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2015年9月24日 (木)

判例評釈:日本雇用創出機構事件@『ジュリスト』10月号

1369_o『ジュリスト』10月号は知財紛争が特集ですが、判例評釈にはわたくしの日本雇用創出機構事件への評釈が載っています。

http://www.yuhikaku.co.jp/jurist/index.html

[労働判例研究]

◇再就職支援のための出向受入事業――日本雇用創出機構事件――東京地判平成26・9・19●濱口桂一郎……127

これは、いわゆる「追い出し部屋」関連判決の応用問題的な性格を有する判決です。

事案そのものについては、一昨年に東洋経済の記事がありますので、ご参考までにですが、いうまでもなく、評釈は判決文に即して行っています。

http://toyokeizai.net/articles/-/20066(半沢直樹もたまげる、究極の「出向先」)

法解釈学的な評釈に加え、ここでは若干の法社会学的なコメントも付け加えております。

・・・本判決では、出向という形式にこだわって、出向命令権を前提としつつ、その行使が濫用にわたるか否かをまず「業務上の必要性と人選の合理性」において判断している。しかし、ここで論じられていることは実際には、F社がXを再配置要員と位置づけたこと、社内に就業先を用意できないと判断したことの是非であり、実質的にはむしろ(社内に就業先がないことを前提として)再就職支援の受援を命じたことの必要性、合理性を論じているというべきである。

この点について、本件の特徴は、Xが社内に留まることを希望し、出向命令に対しては異議を留めて従っているなど、出向という形式には完全に同意していないことを明示しているが、社内にXの適切な就業先がないことについては必ずしも反論しておらず、とりわけ昭和63年の入社から会社分割による労働契約承継直後の平成16年まで16年以上従事してきたシステムエンジニアの業務について、適性がないとのF社側の判断に何らの反論もしていない点である。少なくとも16年間当該労務を受領してきたF社側に「適性がない」と判断する根拠を示す責任があるはずであるが、Xはそのような主張を一切行っていない。Xが社内に自らがその適性能力に応じて遂行しうる業務が存在しているという積極的な主張をしていない以上、Xを再配置要員として位置づけることから論理的に帰結されるようなF社側のさまざまな言動についても、執拗な繰り返しや恫喝等手法における違法性がない限り、その動機や目的を不当と判断することは困難と言わざるを得ない。

本件から窺われるのは、XにもF社にも、「能力」や「適性」を具体的な職務との関係ではなく、「全ての希望部署から受入れを断られ・・・」といった人間関係的な問題としてしか考えない姿勢である。労使双方がかかる日本的な共同体的企業観を共有しているからこそ、本件は、「社内に適切な就業先がない」者を出向させるべきか、そうでないか、という、「出向という形式のみにとらわれ」た奇妙な対立図式に陥っている。

できるジョブがあるかどうかではなく、もっぱらメンバーシップのみが問題になるというところに、当事者は意識していない日本型雇用システムの影響が見て取れます。

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