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2015年8月 8日 (土)

労働条件を聞かないことが合理的だったメンバーシップ型社会

溝上憲文さんのこの記事がやや炎上気味に話題になっているようですが、

http://president.jp/articles/-/15860 (「仕事内容」より「労働条件」ばかりを聞く学生はいらない)

「学生の中には『勤務時間は何時間ですか、残業はありますか』と聞いてくる人もいます。労働条件のほうが優先度が高く、仕事に対する情熱を感じない学生が非常に多い。そんな学生に労働の権利だけを断片的に教えるのは危険だと思います。働くとはどういうことか、働く喜びや意義を大学で教えてほしいですね」

・・・採用担当者が強調するのは、労働環境がよいか悪いかよりも、仕事にやりがいを持てるかどうかを重視してほしいということです。中堅商社の採用担当者は「労働者の権利だけを振りかざすような社員は会社のリスクにつながり、排除したいと思う経営者も多いのではないか」と指摘します。

付け焼き刃的に損得だけの労働法の知識の前に教えるべきことがあるのかもしれません。

https://news.careerconnection.jp/?p=14946 (「労働条件ばかり聞いてくる学生は願い下げ」 人事の本音に批判殺到「前時代的すぎる」)

この問題を考える上では、伝統的な日本が雇用をきちんと守っているメンバーシップ型企業を前提とする限り(あくまでも「限り」)、労働条件を細々と聞くような、近代的雇用労働関係を前提とする労働者像は合理的ではなく、むしろ不合理なものとなってしまうものであったということを理解することでしょう。

本来、この「本来」というのは、民法や労働基準法その他の日本国の実定労働法令を前提とすれば、ということですが、本来、雇用関係というのは労務の提供と報酬の支払いの交換契約なので、労働条件を細々と聞かないなどというのは、不動産を買うときに「ええわ、ええわ」で細かいことを確認しないまま買っちゃうようなもので、端的にアホゥな行動でしかありません。

債権債務関係に入ろうというのに、その契約条件を細かく問いたださない方が良いなどというのは、まともな感覚から言ったらキチガイじみた話です。

にもかかわらず、ここが大事ですが、にもかかわらず、戦後日本で確立したメンバーシップ型社会においては、そういう実定法が前提とする当然の行動様式が、かえってクレイジーに見えるような社会であった、そして社会の主流の人々であればあるほど、そういう「おとなの常識」を身に染みこませて、「勤務時間は何時間ですか、残業はありますか」と聞くような行動様式を、近代人として立派であるとして褒めるどころか、学生気分の抜けない馬鹿げた奴だと見なしてきたわけです。

そして、それはそれ自体としては、つまり、そういうメンバーシップ型をちゃんと守るような企業を前提とする限り、職業人生全体としては決して損はしない、むしろ労働条件をごちゃごちゃ言うような馬鹿者よりもずっといい目を見るという形で、ちゃんとご褒美がもらえてきたのです。

そういう「常識」があまりにも確立していたが故に、それをうまいぐあいに「エクスプロイット」するブラック企業がはびこることもできたわけです。

このあたりの機微は、『情報労連REPORT』2013年8/9月号に書いた「ブラック企業現象と労働教育の復活」でも触れましたが、

http://homepage3.nifty.com/hamachan/johororen1308.html

「労働教育」という言葉は、現在ではほとんど死語となっていますが、かつては労働省の課の名称として存在したれっきとした行政分野でした。終戦直後に占領軍の指令で始まり、労働省設置時には労政局に労働教育課が置かれ、労働者や使用者に対する労働法制や労使関係に関する教育活動が推進されたのです。ところがその後1950年代末には労働教育課が廃止され、労働教育は行政課題から次第に薄れていきます。その最大の要因は、「見返り型滅私奉公」に特徴付けられるメンバーシップ型正社員雇用が確立するにつれて、目先の労働法違反について会社に文句をつけるなどという行動は愚かなことだという認識が一般化していったことではないかと思われます。つまり、労働法など下手に勉強しないこと、労働者の権利など下手に振り回さないことこそが、定年までの職業人生において利益を最大化するために必要なことだったわけです

 ところが、近年若者の間で問題となっているブラック企業現象とは、そういう労働者側の権利抑制をいいことに、「見返りのない滅私奉公」を押しつけるものでした。そこで働く若者の側にブラック企業の行動の違法性を明確に意識する回路がきちんと備わっていれば、どんな無茶な働かせ方に対してもなにがしか対抗のしようもありうるはずですが、日本型雇用システムを前提とする職業的意義なき教育システムは、そもそも労働法違反を許されないことと認識する回路を若者たちに植え付けることを必要とは考えてこなかったのです。とりわけ、非正規労働者やブラック企業の若い労働者など、労働条件が低く、将来的にも低い労働条件の下で働く可能性が高い人ほど、労働者の権利を知らず行使することもできないという傾向にあることが、問題意識として大きくクローズアップされてきました。

メンバーシップ型社会においては「労働法など下手に勉強しないこと、労働者の権利など下手に振り回さないことこそが、定年までの職業人生において利益を最大化するために必要なことだった」ということをきちんと踏まえないと、この問題に対する議論は何か薄っぺらな上滑りしたものになってしまいます。

もちろん、メンバーシップ型社会というのは、いかなる意味でも法律上その他の規制によって成り立っているものではなく(日本国の法律制度は徹頭徹尾ジョブ型)、労使双方の暗黙の了解の上に成り立っているという意味では法的には極めて曖昧なものなので、会社がメンバーシップ型に処遇してくれると「勝手に」信じ込んで滅私奉公したあげくに使い捨てられたとしても、それは自己責任にしかならないわけですが。

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コメント

元記事ではどちらかというと「順序」を問題にしている、という印象を受けました。

この場合、学生が売り手、企業が買い手という立場ですから、買い手が買うかどうかを決めていない段階で、売り手が契約条件を聞く、というのは確かに取引のあり方として順序が違うかもしれません。

通常の売買契約では、買い手が購入を決めるのが先で、その後に売り手が条件を確認する、という流れが普通ですよね。ただ、雇用契約の場合、売り手が条件を確認する、という段階が省略されがちなので、先に確認しようとする気持ちもわからないではないです。また、それが買い手に不躾という印象を与えるのも仕方がないことのように思えます。

学生には交渉のやり方を教えるべきなのかもしれませんね。内定の連絡を受けたときに、一旦保留させてもらってから、改めて労働条件の詳細を聞く、というのが一番いいんじゃないかと思いますが。事前に「細かい労働条件は後で機会を設けて聞かせてください」などと伝えておくとなお良しです。

>通常の売買契約では、買い手が購入を決めるのが先で、その後に売り手が条件を確認する、という流れが普通ですよね。ただ、雇用契約の場合、売り手が条件を確認する、という段階が省略されがちなので、先に確認しようとする気持ちもわからないではないです。<

なるほど、小売一般ではその通りです。
労働力商品が一般の小売と違うのは、①売り手が一つしか商品を持ち合わせていない点、②時間的空間的に流通ができない、若しくは著しく限られる点、③さらに、新卒採用だと市場が開かれている期日が限られている点・・・等でしょうか。
これらだけ見ても、かなり特殊な商品だと言えるわけですね。

そうすると、選ぶ側も選ばれるようにする(フェアーな取り引きを実現する)にはどうすればよいかを考えるのが労働市場にとって大切で、それ故、このような市場は公共的(=国家による自由とか平等の実現)であるべきなんでしょうね。きっと。

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