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2015年8月10日 (月)

「定年制」戦時体制に源

本日の東京新聞に、「<戦後70年 私たちのくらし> 人生に定年なし」という特集記事が載っていて、その中に「働くシニア増加 再雇用者の78%「生活のため」」という記事があり、主として明治大学の遠藤公嗣さんが「高齢でも働く人が増えるのは社会にとって望ましい。ただ個々の能力を生かし切れていないのでは」等と語っています。

http://www.chunichi.co.jp/article/living/life/CK2015081002000005.html

その左下のコラムっぽいコーナーに「「定年制」戦時体制に源」というミニ記事が載っていて、そこにわたくしが顔を出しています。

「定年制度の芽は、実は戦時体制にあったんです」と話すのは労働政策研究・研修機構(東京都)主席統括研究員の浜口桂一郎さん(56)だ。

国民を戦争に動員するため、政府は労働統制を強化し、賃金統制令などで年功賃金と退職金支払い、五十五歳定年制を企業に強制。地方の産業報国会は「男の操だ 変わるな職場」という戦時スローガンを作り、転職を防いで生産効率を高めることで協力した。ただ、労働力不足などで定年制はほとんど機能しなかった。

敗戦で労働統制はなくなったが、「終戦直後の労働争議の影響で、企業は戦時中の制度をそのまま上書きしたような雇用慣行を導入した」。

当時の電力業界の賃金表は、年齢を重ねるほど昇給し、扶養家族手当も盛り込む。年功序列と五十五歳定年制が普通になったという。低賃金で若年労働者を使えるこの制度は「高度成長期には、企業にとって都合が良かった」。

一九八六年、六十歳定年制を規定した高齢者雇用安定法が成立し、九四年に義務化された。現在は六十五歳までの継続雇用が義務付けられている。米国や英国など一部の先進国では、定年制は差別であるとして法律で禁止されている。

読まれて気がつくと思いますが、この記事の書き方はあまり正確ではありません。定年制の萌芽が生じたのはむしろ戦前期で、戦時中は定年という形式自体はむしろ中断しています。ただ、定年制と密接不可分である企業固定的な長期雇用制と、年齢に基づく年功賃金制度を、国家権力を背景にして民間企業に強制したのが戦時期であったので、そこをおおざっぱに言えば「定年制度の芽は、実は戦時体制にあったんです」と言って間違いではない、ということです。うかつに読まれると誤解を招く書き方になっているので、念のため注記しておきました。

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