フォト
2019年8月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
無料ブログはココログ

« 『社会政策 福祉と労働の経済学』 | トップページ | 実定法と生ける法有給休暇編 »

2015年8月25日 (火)

問題は障害云々ではなく捨て扶持論

ネット上で結構騒ぎになっているようですが、

http://news.i-cybernet.com/news-id73678.html (ホリエモン「障害者は働くな。無駄」「多くは社会的にはプラスにはならないよ。したいならやり方を考えよう」)

http://yasuyukiarakawa.hatenablog.com/entry/2015/08/24/100929 (【検証】障害者差別発言とされているホリエモンのツイッターを順番に読んでみた(解説付き))

話が障害者差別か否かという方向にねじれてしまっているようですが、いうまでもなくホリエモン氏の昔からの持論は、障害者であるか否かを問わず、生産性の低い人間は下手に働いて人に迷惑をかけるんじゃなく、黙って捨て扶持をもらって引っ込んでろ、という点にあります。

9784165030904 わたしが、『日本の論点2010』の「ベーシックインカム論の落とし穴」で指摘したのも、まさにその点でした。

・・・・・上述でも垣間見えるように、BI論とネオリベラリズムとは極めて親和性が高い。例えば現代日本でBIを唱道する一人に金融専門家の山崎元がいるが、彼はブログで「私がベーシックインカムを支持する大きな理由の一つは、これが『小さな政府』を実現する手段として有効だからだ」、「賃金が安くてもベーシックインカムと合わせると生活が成立するので、安い賃金を受け入れるようになる効果もある」、と述べ、「政府を小さくして、資源配分を私的選択に任せるという意味では、ベーシックインカムはリバタリアンの考え方と相性がいい」と明言している*1。またホリエモンこと堀江貴文はそのブログでよりあからさまに、「働くのが得意ではない人間に働かせるよりは、働くのが好きで新しい発明や事業を考えるのが大好きなワーカホリック人間にどんどん働かせたほうが効率が良い。そいつが納める税収で働かない人間を養えばよい。それがベーシックインカムだ」、「給料払うために社会全体で無駄な仕事を作っているだけなんじゃないか」「ベーシックインカムがあれば、解雇もやりやすいだろう」と述べている*2。なるほど、BIとは働いてもお荷物になるような生産性の低い人間に対する「捨て扶持」である。人を使う立場からは一定の合理性があるように見えるかも知れないが、ここに欠けているのは、働くことが人間の尊厳であり、社会とのつながりであり、認知であり、生活の基礎であるという認識であろう。この考え方からすれば、就労能力の劣る障害者の雇用など愚劣の極みということになるに違いない。・・・・・

« 『社会政策 福祉と労働の経済学』 | トップページ | 実定法と生ける法有給休暇編 »

コメント

BI 論は、本来、自由主義者が「大きな政府」を批判するためのレトリックであったはずですが、日本では左派に属するであろう方々まで独自の BI 論を主張していて、もはや何が BI 論なのかわからなくなっている感があります。我が国論壇(?)でのいつもの光景ではありますが。

日本の一人あたり名目 GDP は 400 万円前後(平成 25 年度実績は内閣府によると 379.6万円)、現行の社会保障・社会福祉を含む政府機能を維持するのに必要なのは、このうち 160 万円くらいですかね(国民負担率を 40% として。まあ周知のとおりこれでは足りていないわけですが)。ここから、どう BI の財源を確保するつもりなのか? という点が論を分けそうですね。

オリジナルに近い形で考えるなら、現行の社会保障・社会福祉をすべてやめてしまって、現金給付に一本化する、ということになるのでしょうけど。そうすると、国民一人あたり年 100 万円強というところですか。障害者や病人はこれでは生きていけないのでは、と思いますけどね。現行の医療給付がなくなる、という点を考えると。

BI 論はある面では「年金の積み立て方式」と似ているように思います。どちらも自由主義者が主に主張している、というだけではなく、保険の持つレバレッジを捨てる、という点において。保険の仕組みを知らないのか、それとも知っていてあえて、という話なのか、まあ、やはりよくわかりませんね。

IG様
BI論者も積立方式論者も人生使い切りモデラーなのですよ。だから議論が噛み合わないのです

一般的なベーシックインカム論は、主に税制を通じた再分配論として論じられていますが、それとは全く異なる視点から、「すべての国民に現金を支給しなければならない」 と提唱する人がいました。
それはクリフォード・ヒュー・ダグラスという人です。

ダグラスは、自身の 「Social Credit (社会信用論)」 と呼ばれる経済理論・経済思想の中で、「国民配当」 というものを提唱しています。
ダグラスの国民配当は税金によるものではありません。
またこれは福祉の思想から生まれたものではなく、主にA+B定理 (A+B理論) と呼ばれる経済分析から導かれた、「価格と所得のギャップ」 を補うためのものです。
ただ、残念ながら、現在の日本ではダグラスのA+B定理をよく理解している人がいません。
hamachanさん、ぜひ、以下のA+B定理の解説をお願いします。

ダグラスのA+B定理が示す価格と所得のギャップは、特に機械化 (ロボットや機械・設備の増加) が進むほど、そのギャップが大きくなります。
故ににダグラスのギャップ理論が正しいとすれば、BI等の再分配政策や雇用政策の前に、そのギャップを埋めるための 「国民配当」 が、ますます必須となってきます。

◆ ダグラスのA+B定理の解説書の一つ
http://www.socialcredit.com.au/uploads/650359800.pdf
(* 19ページ目の、"R. L. Northridge" による解説。)

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 問題は障害云々ではなく捨て扶持論:

« 『社会政策 福祉と労働の経済学』 | トップページ | 実定法と生ける法有給休暇編 »