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2015年8月10日 (月)

竹中理論はなぜ使えないのか

金子良事さんが終日都立図書館にこもって竹中恵美子著作集を読んでいたそうです。

http://ryojikaneko.blog78.fc2.com/blog-entry-397.html

で、その結論は、

・・・結論から言ってしまえば、今、竹中恵美子著作集で読むべきものはほとんどない、というのが私の印象でした。・・・ただ、そういうものを一通り、勉強してきて、あえて言いますが、そのほとんどはアウト・オブ・デートです。それくらい時代が変わっているのです。

これは率直に言って、私自身の実感でもあります。女性労働論にきちんと取り組もうと思って、竹中著作集を通読して感じたのとほぼ同じです。

ただ、そのアウトオブデート感は、実はかなりの部分、ものの言い方というか議論の際の用語法に規定されている面もあります。竹中女子労働論を特殊理論に過ぎないと叩いた大沢真理さんの議論と、では本質においてそんなに違うかというと、かなり似ているとも言える。

大沢さんの本は、たとえば20年以上も前の『企業中心社会を超えて』が現在においてもとてもアクチュアルで、その中の台詞をそのまま今日の女性政策の舞台にもっていっても湯気が出るくらい通用しそうなのに、竹中理論がそう見えないのは、二世代か三世代くらい前の古めかしいマルクス主義的概念枠組みを必死にこねくり回しながら、その用語法を駆使して何事かを言おうとしているからで、それは同時代的には大変意味のある作業であったのであろうなあ、とは思うけれども、それを追体験することに(思想史的意義以上の)意義があるかというと、いささか疑問というところです。

竹中さんはその後むしろラディカルフェミニズム系に走って、著作集の後ろの方はそういう論文が並んでいるのですが、それはそれでファンがいっぱいいるのでしょうけど、そっちは逆に女性労働論に使えるかというと使いにくい。今日の労働社会政策が求める理論を提供しているわけではない、という感じになっちゃってます。そして、やや失礼な言い方ながら、そういう議論をするなら上野千鶴子さんの大風呂敷の方が読んでて楽しい。

ただ、これまた失礼極まる言い方になるのかも知れませんが、竹中さんがそういう知的茨の道を切り開いてきたからこそ、その弟子筋の研究者たちが、今日的な意味で使える研究成果をたくさん生産することができているのであろうとも思われるので、やはりその研究史的意義が大なるものがあるとは思うのです。

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» 再び竹中恵美子先生の著作をめぐって [社会政策・労働問題研究の歴史分析、メモ帳]
濱口先生が私の前エントリを枕に「竹中理論はなぜ使えないのか」ということを書かれているのですが、もう少し内在的になぜ今、読んでもあまり意味がないのか、ということを考えてみたいと思います。まあ、しかし、私は竹中恵美子を読もうとは思っても、自分から『家父長制と資本制』を再読しようとは思わないですし、大沢さんの『企業社会を超えて』もそうですね。今、ちょっと読み返してみたら、やっぱり古いなと感じました...... [続きを読む]

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