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2015年7月27日 (月)

日本的労働・雇用慣行によって排除される人々@筒井淳也

『仕事と家族』(中公新書)を出されたばかりのイケメン社会学者こと筒井淳也さんが、労政時報の人事ポータルのジュンジュールに「日本的労働・雇用慣行によって排除される人々」を寄稿しています。

https://www.rosei.jp/jinjour/article.php?entry_no=66024

1980年代には、日本的な雇用や働き方、それを軸とした日本社会の在り方について否定的な言論が見いだされることは少なかっただろう。1970年代前半のニクソン・ショックやオイル・ショックに際し、日本経済は重化学工業からの方向転換によって見事に危機を乗り越え、比較的安定した成長を維持することができた。雇用の面では、内部労働市場を活用した頻繁な異動と女性の非労働力化・パート労働化により、企業は男性稼ぎ手の雇用を保障することができた。

 同時期に政府は、いったんは拡充する姿勢を見せてきた社会保障を「企業と家族」に預け返す方向に舵(かじ)を切った。田中内閣による1973年の「福祉元年」の宣言から、大平内閣時1979年の「日本型福祉社会」への転換である。これにより、1980年代から日本は西欧型の政府主導の「福祉国家」を目指さなくなった。

 これら、企業の動向と政府の動向に共通してみられたのが、性別分業を前提とし、またそれを強化する動きである。日本型福祉「社会」とは日本型福祉「国家」とは異なり、生活保障の供給の主体をあくまで社会、すなわち民間に置く構想である。すなわち企業が男性雇用を守り、男性によって扶養された女性が家事・育児・介護を行うという性別分業体制が前提となる。

 日本が光り輝いた時期に性別分業が強化されたことが、仕事と家庭の両立を促す度重なる政策介入にもかかわらず共働き社会化が日本で進まなかった大きな要因であるといえる。・・・・・

ここでは、家族との関係で論じられていますが、労働のあり方の全般にわたって、1970年代半ばという時期がある種の文化革命(反革命?)の時期であったことは、意外にきちんと認識されていないように思われます。

私自身、1960年代から70年代前半期というのはまだ幼いながらも物心はついていた時期のはずですが、社会的なものごとに対するアカデミックな言説により言語されるような意識が生まれてきたのがその後であったこともあり、それ以前の時期が政府をはじめ一応全てのアクターが西欧型の労働市場を目指し、西欧型の福祉国家を目指していた時代であったという、その時代の本や雑誌をざっと見れば一目瞭然のことがらが、意外にきちんと認識されていないままになっているようです。

改めて考えてみると、この1970年代の日本における「革命」(反革命?)は、単純に日本経済のパフォーマンスが優れているからという理由から産み出された経済的ナショナリズムであったというだけではなく、欧米先進国と共通の60年代末期の「文化革命」、すなわち(西欧諸国では既に確立していた)福祉国家型社会システムへの批判が受け手の側の一つの土俵となっていた面もあるのではないかと思われます。

1968年「革命」が日本的システム礼賛の源流であるというのは意外に聞こえるかも知れませんが、知識社会学の一つの素材として、誰かきちんと分析して欲しいテーマです。

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コメント

今から見れば、1970年代は第二次大戦以上に、巨大な歴史的転換点だったのではないかと思います。戦中と戦後ではむしろ連続性の方が大きいように思いますが、70年代にはそれまでのトレンドとは全く異なる社会経済的ベクトルが生まれたように感じます。

そしてその変動に、先進国中対応に最も失敗したのが日本だったのではないでしょうか。それは「1970年代前半のニクソン・ショックやオイル・ショックに際し、日本経済は重化学工業からの方向転換によって見事に危機を乗り越え、比較的安定した成長を維持することができた」がゆえに、70年代以降の変動への本格的対処を遅らせ、事態を深刻化させてしまったゆえだと思います。もしかしたら、そこに近代日本の社会構造上の要因が働き、言説の磁場を特殊な方向に向けさせたのかもしれませんが。

90年代以降、アメリカ的な対応をまねた改革が行われましたが、ほとんどすべて失敗に終わったと言わざるを得ないでしょう。もはや西欧的な福祉国家の道しか残されていないように思いますが、多くの国民の自覚は薄く、高度成長期への懐古に浸る空気が蔓延し、事態は遅々として進みません。やはり、一度深甚な破滅を経験しなければならないのかと嘆息してしまいます。

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