ドイツとギリシャのアイロニー
ギリシャの国民投票で、反対が多数を占め、ツィプラス首相が勝利宣言というニュースが流れていますが、
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFK06H0P_W5A700C1000000/?dg=1
ここでちょっと視線を国際金融とかの上の方から労働社会政策といった下の方にずらし、EUにおけるドイツとギリシャのアイロニカルな関係を見ておきましょう。昨年、日本EU学会で喋ったものですが・・・、
Ⅳ フレクシキュリティの逆説-ドイツ型フレクシキュリティが掘り崩す南欧の労使関係
あれだけ熱っぽく論じられていたフレクシキュリティであるが、2007年12月6日の閣僚理事会で「フレクシキュリティの共通原則」が採択された後、熱が冷めたように動きが止まった。毎年の雇用報告書ではなお義理的に書かれていたが、2013年度にはそれも消えた。
より正確に言えば、2008年以降の経済危機により急速に失業率が上昇したデンマーク型フレクシキュリティモデルの魅力が減退し、むしろワークシェアリング等による雇用維持で低失業率を維持しながら、一人勝ちとも言われる高い経済パフォーマンスを誇るドイツ型フレクシキュリティモデルの人気が高まってきた。デンマークモデルとは対極的なフレクシビリティとセキュリティの組合せが雇用戦略の筆頭に鎮座するようになった。いかなる「モデル」の人気もその時の経済パフォーマンスの従属変数に過ぎないという法則が、改めて実証されたと言うべきであろうか。
・・・ところが皮肉にも、これがEU全体の緊縮財政志向をもたらし、とりわけ南欧諸国における労働法、労使関係の空洞化をもたらしている。
危機がもっぱら金融危機であった2009年頃までは、破綻した金融機関の救済や企業や労働者への支援、そして大量に排出された失業者へのセーフティネットなどのために多額の公的支出が行われ、それが加盟各国の財政赤字を拡大させた。ところが、その不況期には当然の財政赤字が、金融バブルの拡大と崩壊に重大な責任があるはずの格付け機関によって、公債の信用度の引下げという形で、あたかも悪いことであるかのように見なされるようになった。
しかも、ここにヨーロッパ独自の特殊な事情が絡む。いうまでもなく、共通通貨ユーロの導入によって、「安定成長協定」という形で加盟国の財政赤字にたががはめられてしまっていることである。本来景気と反対の方向に動かなければならない財政規模が、景気と同じ方向に動くことによって、経済の回復を阻害する機能を果たしてしまうこのメカニズムは、自由市場経済ではなく協調的市場経済の代表格であるドイツの強い主張で導入され、結果的に市場原理主義の復活を制度面から援護射撃する皮肉な形になってしまっている。そしてドイツ主導で進められた財政規律強化のための財政協定が2013年1月に発効し、各国の財政赤字はGDPの0.5%を超えない旨を各国の憲法等で規定し、これを逸脱した場合には自動修正メカニズムが作動するようにしなければならず、これに従った法制を導入しない国にはGDPの0.1%の制裁金を課するという仕組みが導入された。
このように事態がドイツ主導で進められる背景には、経済危機に対してドイツ経済が極めて強靱な回復力を示し、ドイツ式のやり方に他の諸国が文句を言いにくいことがある。しかしながら、ドイツの「成功」をもたらしたのは、危機からの脱却のために政労使がその利益を譲り合うコーポラティズムである。労働側は短時間労働スキーム(いわゆる緊急避難型ワークシェアリング)により雇用を維持するとともに、さまざまな既得権を放棄することで、ドイツ経済における労働コストの顕著な低下に貢献した。これにより、他の諸国と対照的に、ドイツの失業率はむしろ低下傾向を示した。
このドイツ型コーポラティズムの「成果」がEUレベルでは緊縮財政を強要する権威主義的レジームを支え、ドイツにおける協調的市場経済の「成功」が結果的に他国におけるその基盤となるべき雇用と社会的包摂への資源配分を削り取っているというのが、現代ヨーロッパの最大の皮肉である。・・・もっとも典型的なギリシャを見よう。債務不履行を回避するための借款と引き替えに強制されたのは、個別解雇や集団解雇の容易化だけでなく、労使関係システムの全面見直しであった。2010年の法律で有利原則を破棄し、下位レベル協約による労働条件引下げを可能にするとともに、賃金増額仲裁裁定の効力を奪い、2011年には従業員の5分の3が「団体」を形成すれば企業協約締結資格を与えることとした。これにはさすがにILOが懸念を表明するに至った。
ギリシャを苦しめているのはアングロサクソン流の「ねおりべ」ではなく、国内的には大変ソーシャルなドイツのEUにおけるヘゲモニーであるというアイロニーほど、この問題の複雑さを物語るものはないように思われます。
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