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EU法における労組法上の労働者性

『労基旬報』2015年6月25日号に「EU法における労組法上の労働者性」を寄稿しました。

一見マニアックなテーマのようですが、実はなかなかアクチュアルなテーマでもあります。

 日本では過去数年間、労組法上の労働者性の議論が沸騰し、2011年の最高裁判決で一応の決着がついた後もなお議論が続いています。しかし、そこで議論の素材となっているのはほとんどもっぱら不当労働行為事件であり、団体交渉の要求を正当な理由なく拒否する事業主に対して、団体交渉に応じよと命令することが出来るか否かというレベルの話に過ぎません。しかし、団体交渉拒否の不当労働行為制度を有している国は先進国でも少なく、そういう問題設定は多くの先進諸国では共有されているわけではありません。
 これに対し、契約上は自営業者である人々が労働組合を結成して団体交渉を要求したり、労働協約を締結したり、労働争議を実施することは、日本では独占禁止法に当たる競争法の領域ではまさに違法性が問われる問題であり、労組法上の労働者性が議論されるとしたら、それこそが議論の焦点になるべき問題です。日本ではあまり議論にならないこの問題について、EU法の領域では昨年12月に、興味深いEU司法裁判所の判決が出されています。
 オランダの情報メディア労連(FNV)は、雇用労働者だけでなくいわゆるフリーランスの独立サービス提供者も加盟しており、雇用労働者の賃金だけではなくフリーランサーの報酬(フィー)も労働協約で決めていました。これは、オランダ法の下では全く合法的です。というのは、オランダの労働協約法第1条は、

1 「労働協約」とは一又はそれ以上の使用者若しくは法人格を有する一又はそれ以上の使用者団体と、法人格を有する一又はそれ以上の労働者団体によって、主としてまたはもっぱら雇用契約において尊重されるべき雇用の条件を規定する協約を意味する。
2 労働協約は、特定役務の遂行の契約又は専門職業サービスの契約にも関わることが出来る。この場合、労働協約、使用者及び労働者に係る本法の規定は準用する。

と規定しています。雇用労働者でなくても団体交渉して労働協約で報酬を決めることができるのです。ところが一方、オランダにも競争法があり、その第6条第1項は、

 オランダ市場における競争の防止、制限又は歪みを目的とし又は結果とするような企業間の協定、企業の団体の決定及び企業間の共同行為は、禁止される。

とする一方、第16条は

 第6条第1項は、(a)労働協約法第1条1項の労働協約には適用しない。

とも規定しています。これだけを頭に置いてください。
 さて、FNVとオランダ音楽家ユニオンはオランダオーケストラ協会との間で労働協約を締結しましたが、それは雇われ楽団員だけでなく自営音楽家の最低報酬も決めていました。そこで登場したのがオランダ競争当局で、自営業者の労働協約は適用除外にならないという見解を示したのです。これを受けてオーケストラ協会は従前の協約を終了させ、自営業者については新たな協約の締結を拒否しました。カルテルだと摘発されてはたまりませんからね。これに怒ったFNVは裁判所に訴え、これがEU司法裁判所に持ち込まれたのです。というのも、オランダであれどこの国であれ、競争法はEU運営条約第101条第1項に明記されたEUの大原則で、競争制限的行為が合法か違法かはすべて最終的にはEUレベルで判断されることになっているからです。
 この事件(C-413/13)の判決は2014年12月4日に下されました。判決はまず、労働者の雇用・労働条件を改善するための労働協約がその性質上条約第101条第1項の適用対象とならないことを確認した上で、しかしながら、たとえ雇用労働者と全く同じ労務(本件でいえば楽器の演奏)を提供しているのであっても、サービス提供者は原則として同条同項にいうところの「企業」にあたると判示しました。労働者を代表する団体がその会員である自営業者のためにその名で交渉しているとしても、それは労働組合としての行為ではなく、企業の団体としての行為に当たるというのです。従って、本件労働協約は条約第101条第1項の適用を除外することは出来ない、というのが結論です。
 ただし、とここでEU司法裁は例外的な状況を示します。もしその自営業者が実際には偽装自営業者であるなら、話は別だと。そして、国内法で「自営業者」と分類されている者であっても、その者の独立性が名目的で、雇用関係を隠して偽装しているのであれば、EU法の適用において労働者と分類することを妨げるものではないと述べます。税制や行政上のために国内法で自営業者とされていても、その者が時間や空間、仕事内容の選択の自由において使用者の指揮命令下にあり、企業活動の不可欠な一部を為しているのであれば、EU法上の労働者としての地位に変わりはないのです。というわけで、EU司法裁はこの「自営音楽家」の労働者性を確認せよと、オランダの裁判所に事案を返しました。
 EU司法裁は条約や指令の解釈を明らかにするところであって、事実審ではないので、かれらオランダの自営音楽家たちの労働者性自体は本判決ではそれ以上議論されていません。しかし、オランダの労働協約法が「準用」されていた自営業者が、それだけでは、つまり偽装自営業者でない限りは、競争法の対象となることから逃れることが出来ないことを明らかにしたという意味で、本判決はかなり重要な意味を有するように思われます。
 日本では現在までのところ、労組法上の労働者性が問題となるのはもっぱら不当労働行為に関わる事案ばかりですが、日本ももちろん独占禁止法という立派な競争法を持ち、公正取引委員会という立派な競争当局を有しているのですから、いずれこうした問題が持ち上がってくることは避けられないのではないでしょうか。そのためにも、今のうちからこうした労働法と競争法の交錯に関わる領域をきちんと検討しておく必要があるように思われます。

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