『ドイツにおける解雇の金銭解決制度』
JILPTの報告書『ドイツにおける解雇の金銭解決制度』がアップされました。
http://www.jil.go.jp/institute/reports/2015/0172.html
http://www.jil.go.jp/institute/reports/2015/documents/0172.pdf
1. ドイツにおいては、労働関係存続保護の法思想のもと、解雇制限法により、社会的に不当な解雇は、無効となるのが原則となっている(解雇無効原則)。但し、解雇制限法は、同時に金銭補償による労働関係の終了を可能とする制度も整備している。それが、解消判決制度(同法9条・10条)および解雇制限法1a条である。
2.このうち、解消判決制度は、解雇が社会的に不当であり、それゆえに無効であるけれども、当該解雇を契機として、もはや労働者と使用者間の信頼関係が崩壊してしまっている場面に限り、労働裁判所が判決(解消判決)により、労働契約関係自体は解消しつつ、使用者に対して労働者へ補償金を支払うべきことを命じることで、当事者双方の利益調整を行うことを目的とした制度(例外的利益調整規範)である。
それゆえ、かかる解消判決を申し立てた側の当事者は、具体的に信頼関係の崩壊を惹起する事実(解消事由)を、主張・立証しなければならない。これは、労働者側が申立てを行う場合も同様である。(但し、連邦労働裁判所は、使用者が申立てを行う場合には、解消事由の存在を厳格に解釈している。)。
このように、解消判決制度自体、解雇制限法のなかでは例外的位置付けを有すること、またそれゆえに解消判決を求めるためには厳格な要件が定立されていることもあって、ドイツにおいては、かかる解消判決制度が利用されることは稀となっている。
なお、同制度に基づく補償金の算定方法については、解雇制限法10条が枠組を規定しており、それによれば月給額の12ヶ月分を上限に裁判官が裁量によって金額を決定することとなっているが、学説上は、その際には年齢および勤続年数が重要な考慮要素となることが指摘されており、また実務では勤続年数×月給額×0.5という算定式が目安として用いられている。
3.ところで、ドイツにおいては、解雇紛争における金銭補償による解決可能性をより拡充すべきとする解雇規制の改革論が、1970年代より論じられてきた。もっとも、1970年代および1980年代の議論は、主に(後述する)社会計画制度の存在が不平等をもたらしているとの問題意識のもと、経営上の事由に基づく解雇の事案一般における労働者の使用者に対する補償金請求手段が論じられるにとどまり、存続保護法としての解雇制限法の本質および解雇無効原則自体は、正面から議論の対象とはされてこなかった。
しかし、2000年代に入ると、かかる社会計画制度の不平等性を批判する議論に加え、存続保護思想に基づく解雇無効原則と、現実の解雇紛争処理実務は乖離している(「理論と実務の乖離」)がゆえに、被解雇労働者に対する金銭補償を法的ルールとして正面から認めるべきとする議論と、解雇法制に金銭補償による労働契約関係の終了を可能とする手段を導入することで、解雇に伴う使用者側のコスト予測可能性を高めようとする議論が、新たに登場することとなる。
そして、これら3つの議論が合流することで、1970年代および80年代とは異なり、2000年代初頭においては存続保護思想に基づく解雇無効原則自体の正当性を問う見解が現れるようになり、最もドラスティックなものとしては、解雇無効原則を放棄し、金銭補償を解雇ルールの原則に位置付けるべきとする見解まで登場することとなった。
ただ、結局のところ、かかる方向性での解雇規制改革論は、現実には法改正に結実することはなかったわけであるが、これら2000年代初頭の時期における改革論者らが有していた問題意識自体は、当時のドイツ連邦政府にも共有され、かかる問題意識を背景に、解雇制限法へ1a条が新たに導入されることとなる。
4.そして、かかる一連の解雇規制改革論を経て、ドイツの労働市場改革に伴い、2004年の解雇制限法改正によって、新たに規定されたのが解雇制限法1a条である。ドイツにおいては、解雇制限法4条によって、解雇訴訟の出訴期間が、解雇通知の到達から3週間以内に制限されており、かかる期間を徒過した場合には、当該解雇は有効とみなされることとなっているが、かかる1a条の内容は、出訴期間の徒過による解雇訴訟の放棄と引き換えに、法律上定められた金額で労働者に補償金請求権を取得させる制度となっている。また、かかる補償金額の算定のために、勤続年数×月給額×0.5という算定式が法律上のルールとして採り入れられることとなった。
もっとも、かかる1a条は、労使当事者をして裁判上の和解による解決を志向させるインセンティヴとして機能する制度構造を採用してしまったがために、ドイツ国内における評価は、批判的なものが多数を占めており、それゆえに、実務においてもほとんど利用されてはいない。
このように、ドイツにおいては解消判決制度および解雇制限法1a条が整備されてはいるものの、いずれも現実社会において利用されることは稀となっている。しかし他方、ドイツにおいて、社会的に正当な理由無く解雇された労働者が、原則通り、解雇無効を主張し、元の職場へ復帰できているかといえば、実はこれも極めて稀な現象であって、むしろドイツの解雇紛争は、現在でも、その大多数が裁判上の和解によって処理されている。
5.すなわち、ドイツでは、労働裁判所制度および弁護士保険制度の存在によって、訴訟を提起すること自体のハードルがそもそも高くない。そして、解雇制限訴訟については労働裁判所法61a条によって、訴えの提起から2週間以内に和解手続を行うべきことが定められているため(和解弁論)、解雇紛争の多くは、労働契約関係自体は解消しつつ、使用者が労働者に対して補償金を支払うことを内容とする和解によって終了している。また、そこでの補償金額については、法律等に明記されているわけではないが、実務上の算定式が存在しており、それによれば、当該労働者の勤続年数×月給額×0.5という算定式を用いることが、実務上既に確立しており、これをベースとしたうえで、各事案ごとの諸事情を考慮しつつ、最終的な補償金額が算定されることとなっている。
そして、裁判上の和解がかくも高い解決率を実現できているのは、ⅰ)解雇無効原則自体が、労使双方にとって、その実情と合致しないルールであること、およびⅱ)そこで用いられている補償金算定式は、解雇制限法が示す被解雇労働者の要保護性の指標(勤続年数および年齢)と合致したものであることが、その背景にあるように思われる。その点では、ドイツにおける解雇をめぐる「法の世界」と「事実の世界」は乖離してはいるものの、法の世界には、事実の世界における解雇紛争処理の安定性を下支えしている側面があることが指摘できる。
6.なお、以上に加え、ドイツにおいては従業員代表機関である事業所委員会が存在しており、かつ常時21人以上を雇用している事業所において、事業所閉鎖や合併、会社分割等の事業所変更により、一定規模以上の人員削減が予定される場合には、当該事業所委員会には、使用者と、当該解雇によって生じる経済的不利益を補償・緩和するために、「社会計画」を策定することについての共同決定権が生ずる。
かかる社会計画の内容については、法律上の定めはないが、被解雇労働者に対する金銭補償が定められるのが通常であり、実務上、多くの社会計画においては、年齢×勤続年数×月給額を一定の係数で除するという算定式が用いられている。そして、策定された社会計画は、事業所協定としての効力を有し、関係労働者に対して直接に適用されるため、当該労働者は社会計画に基づき算定された補償金の請求権を、使用者に対して取得することとなる。かかる社会計画制度の特徴は、事業所変更に伴う解雇が有効であるか否かに関わらず、労働者が金銭補償を得ることができる制度であるという点にある。
なお、上記の事業所委員会の共同決定権は、同意権としての性質を有するため、使用者と事業所委員会との間での合意が成立しない場合であっても、仲裁委員会が裁定という形で社会計画の策定について判断を行うため、社会計画自体は、その要件が充足されている以上は必ず策定される。
但し、上記の通り、社会計画制度は、あくまで事業所委員会の存在を前提としている。しかし、現在のドイツにおける事業所委員会の設置率は年々(緩やかにではあるが)低下傾向にあることからすれば、それに伴って、社会計画が策定される事例も減少傾向にあることが推察される。
執筆担当は山本陽大さんです。
もともとドイツの解雇法制が得意分野である山本さんが現地調査を踏まえて鋭く分析しています。
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