反トラスト法のビューティフルなマインド?
わたくしは無知な人間で、アメリカ労働史の一応の知識があるのと、ナッシュについてはナサーの『ビューティフル・マインド』を一遍読んだだけでしかないのですが、それにしてもこれを見て、頭にはてなマークが点灯する程度の知識はあります。
https://twitter.com/yagiyagi0419/status/602649696213929984
ナッシュ均衡が反トラスト法の元である事は日本ではあまり知られていませんね。アダムスミスを否定し「個々人が自己の利益のみ追求しても、全体の利益は促進されない」=全体の便益を同時に達成する事こそが経済発展になる。彼の死はとても象徴的に思えます。May he rest in piece
反トラスト法については、
http://www.jil.go.jp/institute/rodo/2013/documents/010.pdf (『団結と参加-労使関係法政策の近現代史』)
1 労働差止命令とシャーマン法
アメリカでは団結禁止立法は制定されませんでしたが、コモンローの下でまず刑事共謀の法理が、次いで民事共謀の法理が労働者の団結に適用され、19世紀を通じて労働運動に打撃を与えました。
賃金の増額を要求する靴職人の団結に初めて刑事共謀法理を適用したのが1806年のフィラデルフィア製靴工事件判決です。これが1842年のハント事件判決により変更された後、労働組合運動を抑圧するために用いられたのが労働差止命令(レイバー・インジャンクション)であり、その根拠として発動されたのが1890年の反トラスト法(シャーマン法)でした。
差止命令とは衡平法(エクイティ)上の救済方法で、コモンロー上の損害賠償では十分な救済が得られない場合に、契約内容の履行を命じたり一定の行為を禁ずるものです。一方、シャーマン法は企業の独占を排除し、取引の自由を確保するために、州際通商を制限する一切の契約、トラスト等の団結や共謀を不法とし、刑罰、差止命令、さらに損害額の3倍の賠償請求権の対象としたものです。シャーマン法の審議の過程では、労働組合を適用除外するという修正が盛り込まれていたのですが、最終的に脱落してしまいました。
シャーマン法は施行後労働組合にも適用されるようになり、1908年のダンベリー帽子工事件判決で連邦最高裁もこれを認めました。こうして労働組合による「取引を阻害する共謀」は差止命令や3倍額賠償の対象となりました。
2 クレイトン法
労働組合の20年余の立法闘争の結果、民主党のウィルソン大統領の下で、1914年10月にクレイトン法が制定されました。同法は「人間労働は商品または商業の目的物ではない。反トラスト法のいかなる規定も、相互扶助の目的で設立され資本を有さずまたは営利行為をしない労働団体の存在及び活動を禁止し、または労働団体の構成員が当該団体の正当な目的を合法的に遂行することを禁止・制限するものと解釈すべきでなく、さらにかかる団体またはその構成員が反トラスト法の下における不法な団結または取引を制限する共謀であると解釈されてはならない」(第6条)と宣言し、さらに第20条では平和的争議行為の類型を列挙してそれらの行為に差止命令を発してはならないと規定しました。同法に対し、アメリカ労働総同盟(AFL)のゴンパース会長は「労働者のマグナカルタ」と絶賛しました。
ところが連邦最高裁はその期待を裏切り、1921年のデュプレックス事件判決は同情ストに対する差止命令の発出を認めました。さらに悪いことに、クレイトン法16条は「何人も反トラスト法の違反による損害を受けるおそれがあるときは差止命令を請求する権利がある」と規定していたために、以前は検事しか請求できなかった差止命令を使用者が活用することができるようになったのです。
この労働差止命令の頻発を食い止める立法は、1932年のノリス・ラガーディア法によってようやく成立します。
ナッシュについては、
恐るべき早熟な頭脳を持ち、21歳のときに経済学に革命的進歩をもたらすゲーム理論を打ち立てながら、統合失調症を発病。入退院を繰り返して30年以上の闘病生活を送った後に、奇跡的な回復を遂げてノーベル経済学賞に輝いた数学者ジョン・ナッシュ。綿密な取材をもとに心を病んだ天才の劇的人生に光をあて、人間存在の深淵と生きることの美しさを描いた感動のノンフィクション。
ジョン・フォーブス・ナッシュ・ジュニア(John Forbes Nash, Jr. 1928年6月13日 - 2015年5月23日[1])
1928年に生まれたナッシュが、1950年頃に20歳そこそこで作り出したナッシュ均衡理論が、19世紀末から20世紀初め頃に反トラスト法という形になって、労働組合を痛めつけたというのは、大変素晴らしい歴史像ではあります。若干順序が合わない気もしますが。
実はちょうど今、AFLの創始者サミュエル・ゴンパースの自叙伝を再読しているところで、しかもちょうど立法をめぐる運動でクレイトン法にかかるところ(下巻の360ページあたり)を読んでいるところで、こんなツイートが眼に入ってきてしまったので、余計なこととは思いながら、ついつい一言申し上げてしまいました。
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