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2015年3月

教育クライシス@『現代思想』2015年4月号

Crisis今野さんがTwitterでつぶやいていたので、『現代思想』2015年4月号を入手。特集は「教育クライシス」ですが、中心はブラックバイト問題で、労働問題の視点からも大変興味深い特集記事が多く掲載されています。

http://www.seidosha.co.jp/index.php?9784791712991

【討議】
ブラックバイトから考える教育の現在 / 大内裕和+今野晴貴

【壊される若者たち】
学校現場への実践的な労働法教育の導入は可能か / 上西充子
若者労働の現状と、労働教育の模索 / 川村雅則

【貧困と孤立】
難民化する子どもたち 声をかけるのは誰か / 仁藤夢乃
貧困と孤立のスパイラルを断ち切る / 中西新太郎
次世代への提言 / 佐々木賢

【追い詰められる学校】
「貧しさに負けた……いえ、世間・格差に負けた……??」 そろそろ学校も教育も、足もとから崩れてきているかも / 岡崎勝
不寛容の学校 / 赤田圭亮

【インタビュー】
「教育再生」を問い直す / 藤田英典 大内裕和(聞き手)

【誰のための「教育再生」か】
安倍政権の教育改革とは何か 教育再生実行政策の目的、手法、そして問題の所在 / 髙橋哲
道徳教科化と国民国家をめぐる政治学 いずれのシナリオを選ぶのか / 松下良平
「グローバル人材育成」論を超え、協同と共生の外国語教育へ / 江利川春雄
まち、子ども、学校、そして、そこに働く人々 教育行財政からみる現在と明日 / 中村文夫

【危機を超えるアイディア】
「教育病」としての暴力 運動部活動における「体罰」を考える / 内田良
貧困の連鎖と向き合う高校教育 関係性をつむぐ〈多元的生成モデル〉の可能性 / 菊地栄治
社会科討論授業の可能性についての断章 「シティズンシップ教育」へのヒント / 和田悠

読みでがあるのは、やっぱり冒頭の今野・大内対談でしょう。どの一節も重要なことが語られており、テキストにしてもいいくらいですが、やや野次馬的に面白かったのは、大内さんがブラックバイトを言い出した頃、今野さんは「ブラック企業問題の焦点を曇らせ、言説を曖昧化するのではないかと危惧していた」というエピソードです。


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『日本の雇用と労働法』への書評

112483 2011年に出版した『日本の雇用と労働法』(日経文庫)に、今なおこうしてお褒めの言葉をいただき続けられるのは、とてもありがたいことです。

http://homepage1.nifty.com/msekine/top/book2015.html

 経営学、経済学、社会学的な労働環境と、

 労働法に基づく法制度の矛盾を説き起こし、

 その矛盾の上に成り立つ日本の労働問題を、

 他国の労働制度と比較し、綺麗に説明します。

 優れた著作です。

 このような著書を、

 20年前に読んでいたら、

 私の社会認識は異なっていたと思う。

 いや、経験を積み重ね、

 今の年齢になったから、

 この書の良さが読み取れるのか。

 いや、いや、そのように自分を慰める以外にない。

 法律実務的には、

 理屈も、正義も、合理性も存在せず、

 イデオロギーと主張だけが存在する不毛の泥沼ですが、

 社会学的に観察すると、労働問題ほど面白いモノはない。

 働く人達の80%はサラリーマンなのだから、

 まさに、彼らの置かれた立場の昆虫観察のような面白さがある。

 このような制度の下にしか生きることができないのが社会なのか。

 蟻か、蜜蜂のコロニーの階層構造と造りを観察するようで面白い。

 著者は、

 メンバーシップに加入できた正社員と、

 雇用契約に基づく非正規社員を二重構造と定義している。

 しかし、正規社員でも、

 本店採用総合職、支店採用総合職、一般職の3層構造になる。

 人間は、このような制度の下にしか生きることができないのか。

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カープの試合がある日は残業なしに 広島労働局が提案

朝日新聞のサイトに、「カープの試合がある日は残業なしに 広島労働局が提案」という記事が載っています。

http://www.asahi.com/articles/ASH3V41TCH3VPITB00K.html?iref=comtop_6_05

Carpカープの試合が地元である日はノー残業デーに――。広島労働局の河合智則局長らがこのほど、ユニホーム姿で記者会見し、働き方の見直しを呼びかけた。

 国が進める「働き方改革」の一環だ。ほかにも家族の誕生日の有給休暇取得や朝型勤務など複数の取り組み案を例示した。今後、企業などに要請していく。

 カープ人気で施策の浸透を図ろうというアイデアは職員が思いついた。「提案するからには率先したい」と労働局も試合日には定時退庁を奨励する。

それじゃあ、大阪と兵庫では、タイガースの試合のある日には・・・・・・

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岩佐卓也『現代ドイツの労働協約』

German業務上の必要があって岩佐卓也『現代ドイツの労働協約』(法律文化社)を通読。

著者は労働史・社会史の立場から、過去10年強のドイツ労働協約の動きを見事に描き出しています。

第1章 協約拘束範囲の縮小―変化の起点(労働協約システムの概要;協約拘束範囲の縮小とそれをめぐる紛争;労働協約システムの構造変化)

第2章 協約規制の個別事業所化―2004年プフォルツハイム協定とIGメタル(ブフォルツハイム協定の成立;プフォルツハイム協定からジーメンス社補完協約まで;「コントロールされた分権化」の困難;転轍の可能性)

第3章 協約交渉の対立先鋭化―2007/2008年小売業争議(小売業の変容;2007/2008年小売業争議の開始;小売業争議の展開と妥協)

第4章 協約賃金の低水準化―NGGと法定最低賃金(旅館・飲食業における低賃金と協約政策;食肉産業における低賃金と協約政策;NGGの法定最低賃金導入論―「協約自治」の壁;運動の展開と政治の変化)

補論 派遣労働と労働協約

ドイツの労使関係の動きについては、主として労働法学研究者が継続的に様々な紹介、分析をしてきていますが、岩佐氏は広い政治史的な観点も持ちつつ労使関係論から叙述しており、労働法的な研究と相補的に読まれるべきものでしょう。

労働法の世界でもよく指摘されてきた協約規制の「分権化」の実態について書かれた第2章も、IGメタルのプフォルツハイム協約ができてからの実際の各事業所ごとのせめぎ合いが活写されていて大変興味深いものですが、労働法学の研究ではあまり出てこない第3章のヴェルディの争議戦術の研究なんか、最近日本ではとんと影を潜めた労使関係論ならではの分析で、大変面白かったです。

さらに、第4章は最近注目されているドイツの最低賃金法に至る労働組合運動と政党をまたがった政治過程を丁寧に跡づけていて、法政策研究としても一級です。ここでは、もともと労働組合運動とりわけ強力なIGメタルなどからは拒否反応の強かった最低賃金を求める運動が旅館・飲食業という組合の弱い産業のNGGという組合から始まり、またEU統合の中で東欧からの請負労働者の流入で低賃金が進んだ食肉産業の状況を背景に進められたということが丁寧に説明されています。また、もともとDGBの中でも少数派だった最低賃金推進派が次第にSPDに、さらにはCDU/CSUにも浸透していくサマの叙述も圧巻です。このあたりは政治学的素養を感じます。


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はじめからメルトダウンしていた古賀茂明氏の倫理感覚

いろいろと話題になっているらしい「輝ける脱藩官僚の星」について、本ブログがどういう視点で見てきたか、いくつかのエントリを改めて引用しておきたいと思います。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-916a.html (古賀茂明氏の偉大なる「実績」)

4062170744 正直言って、ここ十数年あまりマスコミや政界で「正義」として語られ続け、そろそろ化けの皮が剥がれかかってきたやや陳腐な議論を、今更の如く大音声で呼ばわっているような印象を受ける本ではありますが、それ自体は人によってさまざまな見解があるところでしょうし、それを素晴らしいと思う人がいても不思議ではありません。

彼が全力投球してきた公務員制度改革についてもいろいろと書かれていますが、不思議なことに、公務員全体の人数の圧倒的多数を占める現場で働くノンキャリの一般公務員のことはほとんど念頭になく、ましてや現在では現場で直接国民に向かい合う仕事の相当部分を担っている非正規公務員のことなどまるで関心はなく、もっぱら霞ヶ関に生息するごく一部のキャリア公務員のあり方にばかり関心を寄せていることが、(もちろんマスコミ界や政界の関心の持ちようがそのようであるからといえばそれまでですが)本来地に足のついた議論を展開すべき高級官僚としてはどういうものなのだろうか、と率直に感じました。まあ、それも人によって意見が分かれるところかも知れませんが。

しかし、実はそれより何より、この本を読んで一番びっくりし、公僕の分際でそこまで平然とやるのか、しかもそれを堂々と、得々と、立派なことをやり遂げたかのように書くのか、と感じたのは、独占禁止法を改正してそれまで禁止されてきた持株会社を解禁するという法改正をやったときの自慢話です。

不磨の大典といわれた独禁法9条を改正するために、当時通産省の産業政策局産業組織政策室の室長だった古賀茂明氏は、独禁法を所管する公正取引委員会を懐柔するために、公取のポストを格上げし、事務局を事務総局にして事務総長を次官クラスにする、経済部と取引部を統合して経済取引局にし、審査部を審査局に格上げするというやりかたをとったと書いてあるのですね。

嘘かほんとか知りませんが、

公取の職員はプロパーなので、次官ポストが出来るというだけで大喜びするはずだ。公取の懐柔策としてはこれ以上のものはないという、という私の予想は的確だった。

思った通り、公取は一も二もなく乗ってきた。ただ、公取としては、あれだけ反対していたので、すぐに持株会社解禁OKと掌を返しにくい。・・・

・・・公取の人たちは「こんなことをやっていると世間に知れたら、、我々は死刑だ」と恐れていたので、何があっても表沙汰には出来ない。

この独禁法改正が、今のところ私の官僚人生で、もっとも大きな仕事である。

純粋持株会社の解禁という政策それ自体をどう評価するかどうかは人によってさまざまでしょう。それにしても、こういう本来政策的な正々堂々たる議論(もちろんその中には政治家やマスコミに対する説得活動も当然ありますが)によって決着を付け、方向性を決めていくべきまさ国家戦略を、役所同士のポストの取引でやってのけたと、自慢たらたら書く方が、どの面下げて「日本中枢の崩壊」とか語るのだろうか、いや、今の日本の中枢が崩壊しているかどうかの判断はとりあえず別にして、少なくとも古賀氏の倫理感覚も同じくらいメルトダウンしているのではなかろうか、と感じずにはいられませんでした。

わたくしも公務員制度改革は必要だと思いますし、とりわけ古賀氏が関心を集中するエリート官僚層の問題よりも現場の公務員のあり方自体を根本的に考えるべき時期に来ているとも思いますが、すくなくとも、国家の基本に関わる政策を正攻法ではなくこういう隠微なやり口でやってのけたと自慢するような方の手によっては、行われて欲しくはない気がします。

それにしても、通常の政策プロセスで、それを実現するために政治家やマスコミに対して理解を求めるためにいろいろと説明しに行くことについてすら、あたかも許し難い悪行であるかのように語る人々が、こういう古賀氏の所業については何ら黙して語らないというあたりにも、そういう人々の偏向ぶりが自ずから窺われるといえるかも知れません。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-9945.html (そうだよね!と共感できる、同じ視点のコメント)

古賀茂明氏の著書について、先日のエントリに「ようやく同じ視点のコメントが・・・」という共感の声が届きました。

http://pu-u-san.at.webry.info/201106/article_94.html

>「改革派官僚」古賀茂明氏については、新たな動きが大きく報じられているけれど、各方面の論客の皆様からも、やはり、いろいろな発信が。

池田信夫さん・・・もなかなか興味深い。「なるほど」と、説得力を感じるのです。

当然のことながら、改革の同志とも言える高橋洋一さんも大いに発信。・・・

でも、かもちゃん自身は、ベストセラーになっている「日本中枢の崩壊」の中身について、かなり違和感を感じていて、・・・それと同じようなことを誰も指摘しないのは、自分の感覚がずれているのかなぁ、と思っていたのでした。

そうしたら、hamachanブログが・・・

そうだよね!と共感できる、同じ視点のコメントをようやく見つけた。

わたくしからも、共感できるコメントです。

>結局、古賀さんたち「改革派官僚」なる方々の視野に入っている「公務員」とは、どこまでなのでしょうか。

被災地の現場で連日苦闘しておられる公務員の方々については、どのようにお考えなのでしょうか。

考えてなんか、いないのでしょう。

古賀茂明氏にしろ、池田信夫氏にしろ、高橋洋一氏にしろ、こういう「改革」芝居型の人々の頭の中にある公務員改革というのは、霞ヶ関村の中の権力争いで、どういう人々が権力を握るかどうかということでしかないように思われます。

現に今、被災地の現場で日々苦闘している多くの正規、非正規の公務員たちのことなんぞ、これっぽっちも頭にはないのでしょう。

そして、もうひとつ、こういう「構造改革」派の人々が、古賀氏が自らの著書であっけらかんと証言している独禁法改正の裏取引に対して何も言わないのは、自分たちが考える「正義」を実現するためなら、どんな手口でも許されると考えているからではないかという気もします。

古賀氏の正体を知るためにも、池田氏や高橋氏の賞賛で読んだ気にならずに、ちゃんと自分でこの本を買って、じっくり読んでみることをお薦めします。それで古賀氏のやり口に感動したというなら、それはそれでけっこうですから。

今では口をぬぐって知らん顔をしているようですが、池田信夫氏にせよ高橋洋一氏にせよ、一時は古賀茂明氏を褒めちぎっていたことをよもやお忘れではありますまい。

私には、皆さんよく似たタイプの方々に見えます。

最後に、労働法学サイドから大内伸哉さんのコメントに一点だけ苦情を申し上げたこともあります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-5435.html (ふつう、そんなやり方はしません)

先日コメントした古賀茂明氏の著書ですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-916a.html (古賀茂明氏の偉大なる「実績」)

大内伸哉先生が読まれたようで、その感想を「アモーレ」に書かれているのですが、

http://souchi.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-bccc.html (日本中枢の崩壊)

ちょっと気になるコメントがありました。

>この本で個人的に関心をもったのは,持株会社解禁のときの公正取引委員会との戦いやクレジットカード偽造の刑法犯化のときの法務省との戦いのように,古賀氏が具体的に扱った問題についてのことが書かれている部分です。なるほど,こういうようにして法律ができていくのかと勉強になりました。

いや、私も霞ヶ関で何回か法案作業やりましたけど、反対している官庁に次官級ポストをつけてやって黙らせるなんて話は聴いたことがありません。「なるほど、こういうようにして法律ができていくのか」と思われると、心外な方々が数多くおられると思いますよ。

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「実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の在り方について(審議のまとめ)」

冨山和彦氏がL型大学というややミスリーディング気味の宣伝をしたために妙に話題になった職業大学構想の有識者会議が、本日「審議のまとめ」を公表したようです。

これが本文で、

http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2015/03/27/1356314_2_1_1.pdf

これが概要ですが、

http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2015/03/27/1356314_1_1_1.pdf

時間があれば本文をざっとでも読んでいただきたいところですが、ここでは概要の方をつまみ食い的に紹介しておきます。

前説はいろいろと書いていますが、要するところ

実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関を創設し、高等教育を多様化

ここに疑問がある方はじっくりと読んでください。そこはもうわかっているという方は、次の「新たな高等教育機関の基本的な方向性」で、

○ 高等教育を多様化し、機能別分化・複線化を図るため、質の高い専門職業人を養成する 機関として、 新たな機関を既存の大学等と比肩する高等教育機関と位置付ける必要。

○ 産業界と連携しつつ、どのような職業人にも必要な基本的な知識・能力とともに、実務経験に基づく 最新の専門的・実践的な知識や技術を教育する機関とする。

○ 教育内容・方法、教員、施設・設備、評価等の基準は、新たな機関の目的に最適な枠組みとして新設。 諸外国の専門大学も参考に、国際的認知を得られるものとする。

○ 単に現行の大学等の設置基準より低い基準とするのではなく、実践的な職業教育の質を確保しうる仕 組みを備えた高等教育機関とするとの考え方で制度設計を行う。 経緯 教育再生実行会議の第五次提言(H26.7)を受け、平成26年10月から「実践的な職業教育を行う 新たな高等教育機関の制度化に関する有識者会議」(座長:黒田壽二 金沢工業大学学園長・総長) を開催。平成27年3月、「審議のまとめ」を公表。

○ 18歳人口の過半数が大学に進学する中、産業の高度化に対応した人材養成の高度化と、学修成果の国 際的・国内的な通用性の確保が重要であることから、新たな高等教育機関を大学体系に位置付け、学位 授与機関とすることが有益。

○ 高等教育の多様化を図るには、大学・短大・質の高い教育を行う専門学校が自らの判断で円滑に移行し うる仕組みとし、選択肢を増やす必要。 (既存学校種の学部等の一部を移行し、併設も可能)

大学体系の中に位置付ける方向を基本として、中教審で更に検討

それを前提にして、「制度化に当たっての個別主要論点」が論じられています。

(1) 目的 ○ 主たる目的として「質の高い専門職業人養成のための教育」を位置付け。 ○ 「研究」を主たる目的と位置付けずに、例えば、教育内容を学術の進展や技術革新に即応さ せるために行うもの等と位置付けることが妥当か等について今後検討。

(2) 教育内容・方法 ○ 専門教育とその基盤となる教養教育にわたって体系的な教育課程を編成。 ○ どのような職業人にも必要とされる知識や思考法等、変化の激しい実社会を主体的に生きてい くために必要な活用力・応用力の基盤形成が重要。コミュニケーションスキル・ICTスキル等の 基本的な能力や、インターンシップ等を通じた協調性・責任感等の育成にも配慮。 ○ 教育課程編成に産業界の一定の参画が得られる仕組みとする方向で検討。 ○ 実習、実技、演習、実験等を重視。PBLやインターンシップ等を積極的に取り入れ。 ○ 卒業要件は、修業年限4年の場合は124単位、2年は62単位等、大学・短期大学と同水準。

(3) 入学者受入れ、編入学 ○ 社会人と高等学校等の新卒者のいずれもが入学。その際、専門学科卒業者の知識・能力等の深 化・発展や、普通科卒業生の専攻分野の学修への円滑な導入に配慮。 ○ 大学への編入学や大学からの転学者の受入れなど、進路変更の柔軟化に配慮。

(4) 修業年限 ○ 修業年限は2~4年。 ○ 社会人の学び直しに対応するため、学位プログラムのモジュール化による短期履修を可能と する工夫や、その積み上げにより学位授与を可能とすることも検討。 ○ 4年制の場合、前期課程(2~3年)と後期課程(1~2年)の二段階編成も検討。この場合、前期 課程修了者は学位(短期大学士相当)を取得した上で、就職のほか、後期課程への進級や大学 への編入学等を選択可能に。後期課程への入学者は、就職しながら進級する者や、数年間の実 務経験を経てから学び直す者等を想定。

(5) 学位 ○ 「学士」「短期大学士」相当の学位を授与。 ○ 「学士」「短期大学士」に相当する職業学位という概念が適切かについて今後検討。

(6) 教員

① 必要教員数 ○ 新たな高等教育機関では、研究活動に大きなエフォートは求められないが、教育活動として重 視する実習・実技・演習・実験等の実施には大きなエフォートが求められる。この点や、現在 の大学・短期大学の教員数に関する基準を踏まえてさらに検討。 ○ 人材需要が高度に専門的であるため、新たな高等教育機関では少ない収容定員に対する基準を 設定し、少人数の教員・学生による学科を設置しやすくすることも検討。

② 教員の資格要件 ○ 教員の資格は、教育上の指導能力の有無に最重点を置く。 ○ 卓越した実績を伴う実務家教員を一定割合で配置(分野ごとの特性に配慮)。企業等と兼任す る教員も、一定条件の下、必要教員数に算入できる仕組みに。 ○ 実務に関する能力を保証できる仕組みを検討。FDによる指導力向上も求める。 ○ 専門分野の研究を通じて論理的思考等の訓練を積んだ教員も一定程度確保。

(7) 施設・設備等 ○ 実践的な職業教育を行う上で必要な施設・設備を備えることが不可欠。ただし、職業分野の特性 や、実社会の変化に柔軟に対応する必要があることに留意が必要。学生の安定的利用が確保され ている場合は必ずしも自己所有を求めないとすることや、支障のない範囲内で、併設する学校と 一定の共用を認めることも考えられる。 ○ 分野に応じた図書等の資料を活用できるようにしたり、自発的学習できる学習環境の整備が必要 (ICTの活用も検討)。 運動場や体育館を必置とするかについて要検討。 ○ 校地・校舎面積は、質の高い専門職業人養成に必要な施設・設備を備えられる適切な基準とする。 産業界と連携した実習等や、社会人の通学の利便性の向上、企業等と兼任する実務家教員の確保 など特に校地面積の確保が困難な場所への立地の必要性も踏まえて今後検討。

(8) 質の保証システム

① 設置認可 ○ 大学設置基準等とは別に、実践的な職業教育を行うのに相応しい設置基準を設定。 ○ 設置者は国、地方公共団体及び学校法人。設置認可は文部科学大臣が行う。

② 情報公開 ○ 教育情報や財務情報を公開(「大学ポートレート」への参画等)。 ○ 卒業生の社会における評価等(例:学生の資格・ 検定試験等の合格率、卒業者に対する就職先 企業からの評価、学生の授業評価の結果等)も情報公開、自己点検・評価や第三者評価の指標と しても活用。

③ 自己点検・評価、第三者評価 ○ 新たな高等教育機関が主体性をもって自己点検・評価を行う。また、第三者評価として認証評価を実 施。その際、機関別評価に加え、各分野の専門性に応じた分野別評価を実施。

④ 公的助成 ○ 設置基準に相応しい助成水準の検討、追加的財政需要に見合った財源確保が必要。 ○ 成果に応じた配分による質の保証へのインセンティブを設けることも検討。

⑤ その他 ○ 設置認可や評価においては、産業界の協力を得て教育の質を確保(資格との関係に留意)。 ○ 経営悪化や産業界のニーズの変化等により教育の質の保証ができなくなった場合の対応として、 円滑な教育の改善・刷新の仕組みや学生保護方策等について検討。

そして「その他の検討課題」として、

(1) 名称 ○ 「専門職業大学」や「専門職大学」が考えられるが、適切な名称を今後検討。

(2) 分野 ○ 制度として職業分野の限定は行わない。設置基準における分野の種類は更に検討。

(3) 卒業者の実社会での活躍に向けた産業界との連携・協力 ○ 卒業者の出口確保や、実社会での活躍のためには、産業界の連携・協力が不可欠。また、産業界 にとっても人材確保に有用な仕組みとなることが望まれる。 ○ 職業分野別団体等の支援・協力体制の構築に向け、行政レベルでの検討も進める。 ○ 企業等が、専門職業人に相応しい採用方法や採用後の人材活用に見直すことも重要。 ○ 4年課程の修了者が就職時に大卒と同等に処遇されること等により、新しい高等教育機関の位置 づけが社会的にも既存の大学等と比肩するものとなるような配慮を期待。

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「技能実習制度 ようやくまともな法制化」@『全国労保連』2015年3月号

Kaihou1503『全国労保連』2015年3月号に「技能実習制度 ようやくまともな法制化」を寄稿しました。

 去る3月6日に「出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律案」と「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律案」が国会に提出されました。後者は法務省と厚生労働省の共同提出となっています。意外に思われるかも知れませんが、外国人労働者に関する立法が労働行政の(共管とはいえ)管轄となるのはこれが初めてなのです。この制度の経緯と今回の内容を簡単に見ておきましょう。
 この制度ははじめからボタンの掛け違いがありました。もともと労働省サイドが「雇用関係の下で実際に仕事を行いながら技能を習得する」仕組みとして構想した案と、法務省入管局が「労働ではない」という建前の下で拡大を図った研修制度とが、奇妙な形で結合して、1993年に創設されたのです。この時はそもそも後半の「技能実習」という在留資格すら正式には設けられず、法務大臣が認める特定活動というお情けカテゴリーでしかありませんでした。その後、とりわけ前半の雇用ではないとされた「実務研修」部分の欺瞞性が累次の判決で指摘され、2009年入管法改正に至ります。
 この改正で1年目の実務研修が「技能実習1号」、2・3年目の特定活動が「技能実習2号」として、雇用関係の下の就労として位置づけられました。しかし、既に多々問題点が指摘されていた団体監理型をわざわざ法律上に位置づけ、お墨付きを与えるような改正でもありました。そのため、その後も技能実習制度をめぐって見直しを求める声が続き、とりわけアメリカ国務省は「人身売買報告書」において、同制度を「労働搾取目的の人身売買」であると強く批判し続けており、日弁連も人権の観点から制度の廃止を求めてきています。そこまで行かなくても、連合など労働組合側からは制度の厳格化を求める声が強く投げかけられてきました。
 一方、とりわけ第2次安倍内閣が発足してから、産業競争力会議や経済財政諮問会議から、再技能実習を認めることや介護分野でも認めることなどが要請されるなど、制度をめぐる政治状況は大きく変わろうとしていました。こうした中で、法務省は出入国管理政策懇談会の外国人受入れ制度検討分科会において、2013年11月から審議を行い、2014年6月に「技能実習制度の見直しの方向性に関する検討結果」を公表しました。その間、産業競争力会議や経済財政諮問会議から、再技能実習を認めることや介護分野でも認めることなどが要請されたことが結論に影響を及ぼす一方、監理団体や受入機関をめぐる様々な問題への対応を図ろうとしています。同じ昨年6月に閣議決定された「日本再興戦略改訂2014」では、監理監督の在り方を抜本的に見直し、2015年度中の新制度への移行を目指すとともに、実習期間の延長、受入れ枠の拡大等について、2015年度中の施行に向けて、所要の制度的措置を講ずるというスケジュールが示されています。これを受けて同年11月から上記合同有識者懇談会が開かれ、1月末に報告書を出し、3月には法案提出に至ったというわけです。
 最大のポイントは、優良な監理機関・受入機関について、実習生の一旦帰国後2年間の実習を認め、これを(これまでの当初1年間の1号、後の2年間の2号と並んで)3号と位置づけることです。これを認めるための実習生の要件として、技能検定3級相当の実技試験への合格を示しています。これまでは、1号修了時に技能検定基礎2級相当の技能評価試験を受検することを求めていただけですが、2号修了時に3級相当、3号修了時に2級相当の受検を義務づけるので、ようやく技能実習らしい制度になるわけです。対象職種の拡大については、同時に提出された入管法改正案において、介護が専門職として追加されています。
 一方、制度の厳格化については、上記技能評価試験の受検義務化と並んで、監理団体及び実習実施機関のガバナンス強化や問題のある機関の排除が挙げられています。具体的には監理団体に許可制を導入し(今までそうでなかったことの方が不思議ですが)、指導監督を行い、場合によっては許可を取り消すという仕組みです。また、新たに法律に基づく制度監理運用機関を創設し、指導監督を行わせるとされています。言い換えれば、現在のJITCOには実効ある監視ができていないということです。さらに国際的にも問題になっている実習生に対する人権侵害に対応するため、「技能実習関係者が、技能実習生の旅券又は在留カードを保管すること」や「技能実習関係者が、技能実習生の外出等私生活の自由を不当に制限すること」を罰則を以て禁止するなど、実習生保護が図られています。
 いずれにせよ、移民政策は採らないという大前提と、にもかかわらず必要な労働力を外国人で充足したいという喫緊のニーズを、技能の実習という建前で折り合わせるこの制度の微妙なバランスを、労働者保護や人権擁護をきちんと担保しながら維持し続けることの難しさがにじみ出るような法案の内容であることは間違いありません。
 この問題を考える上で参考になるのは韓国の経験です。韓国も1993年に日本を真似て外国人産業研修制度を導入したのですが、やはり人権問題が多発し、2003年からは外国人労働者の雇用許可制が導入されています。実は日本でも、1988年に当時の労働省が雇用許可制を提起したことがありますが、法務省との権限争いに敗れてしまいました。しかし、外国人労働政策の是非は密室の権限争いの勝敗ではなく、国民的議論によって決着されるべきものでしょう。今回の立法構想は、技能実習制という枠内で労働政策としてのあるべき姿を追求したものと言えますが、将来に向けてはもっと広い土俵で論議が進められることが望まれます。

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機密の事務を取り扱う者

なにやら、昨日から議員秘書に残業代を払うとか払わないとかが騒ぎになっていたようですが、

http://mainichi.jp/select/news/20150326k0000m010158000c.html維新の党:足立衆院議員、秘書の残業代不払い宣言

維新の党の足立康史衆院議員(比例近畿)は25日の衆院厚生労働委員会で質問に立ち、元私設秘書から未払いの残業代700万円を請求されたことを明かし「払うことはできない。私たち政治家の事務所は、残業代をきっちりと労働基準法に沿って払えるような態勢かと問題提起したい」と述べ、未払いを正当化した。

足立氏は「私は24時間365日仕事をする。そういう中、秘書だけ法に沿って残業代を支払うことはできない」と持論を展開。元秘書からの請求に対しては「ふざけるなと思う」と強弁した。

 足立氏は経済産業省の元キャリア官僚。取材に対し「労働基準法は現実に合っておらず、見直しが必要だ。議論を喚起するために発言した」と述べた。(共同)

議員本人も、それをケシカランとネット上で熱く騒いでいる方々も、労働基準法第41条第2号をよく読んでからいえばいいのにな、と思っていたところ、

第四十一条  この章、第六章及び第六章の二で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。
 別表第一第六号(林業を除く。)又は第七号に掲げる事業に従事する者
 事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者
 監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの

「機密の事務を取り扱う者とは秘書その他職務が経営者又は監督若しくは管理の地位に在る者の活動と一体不可分であつて、出社退社等についての厳格な制限を受けない者であること。」(昭和22年9月13日発基第17号)

念のため言えば、この「秘書」というのはまさに「職務が経営者又は監督若しくは管理の地位に在る者の活動と一体不可分」な人のことであって、秘書と名がつけば適用除外できるわけではありません。しかし、政治家の政務秘書というのはまさにこういう職務なんだろうと思われます。

http://adachiyasushi.jp/?p=5680 (「秘書残業代不払い宣言」等との報道に係る補足とお詫び)

1.元秘書の残業代不払いについては、そもそも違法ではないとの認識の下に、委員会で発言したものであります。

 当該元秘書は、議員の政治活動と一体不可分であって厳格な労働時間管理になじまない職務に従事していたものであり、労働基準法41条2号に「管理監督者」と並んで規定されている「機密の事務を取り扱う者」に該当すると認識している次第です。

2.折しも国会では、政府が導入しようとしている「高度プロフェッショナル制度」が”残業代ゼロ法案”等といったレッテルの下に批判に晒されているところ、同僚議員諸氏に労働社会の実態を踏まえた冷静な議論をお願いする観点から、労働時間管理になじまない職種の例として自らの議員秘書に言及した次第です。

3.いずれにせよ、国会の委員会において、誤解を招くような発言をし、お騒がせしたことについては、心よりお詫びいたします。

ひとしきりの騒ぎの後で、ご本人から労働基準法の当該規定を改めて認識している旨が語られていますので、これ自体は一応一件落着ですが、この間騒いでいた人々は一体何だったんだろうか・・・・という思いも。

(追記)

ちなみに、経済産業省の後輩の証言によると、

https://twitter.com/zettonu/status/581294235472699392

足立さんは滅私奉公的な古き良き労使協調が好きだったので、その辺の影響もあるのかもしれない。

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金銭解決について朝日新聞でコメント

今朝の朝日新聞は1面トップでどどーーんと「不当解雇 金銭で解決」と、規制改革会議の意見書のニュースが載り、7面では「安易な解雇懸念」と言う記事もあり、そして二人の有識者のコメントが載っています。

http://www.asahi.com/articles/ASH3T7FHGH3TULFA03Q.html?iref=comtop_list_pol_n01(不当解雇の金銭解決、改革会議が提言 政府は導入検討へ)

http://www.asahi.com/articles/DA3S11670031.html?iref=reca(「安易な解雇」懸念 金銭解決制度、労組反発も 解決金水準も焦点)

が、実は記事をよく読めば、書いている記者もよくわかっているように、こういう見出しは実は大変ミスリーディングです。

そして、それは一見対立する立場からのコメントのように見える佐々木亮さんと私のコメントをじっくり読めば、結局現状認識は大して変わらないということもわかるはずです。

今現在、安易な解雇は山のように横行しているのです。

そして、不当な解雇の金銭解雇も山のようにあるのです。

さらにいえば、不当な解雇の泣き寝入りが数的には一番多いはずです。

そういう下からの目線でものを見るか、ごく一部の上澄みの世界からものを見るかの違いでしょう。

私のコメントは以下の通りですが:

裁判上の和解や労働審判は、今でも金銭を支払うことで解決されているケースがほとんどだ。裁判で解雇無効が認められても、実際には復職できずに、解雇時以降の給料が払われる形で解決されている場合が多い。今回の提言は、必ずしも労働者にとって不利にはならない。むしろ、解決金の目安ができれば、低い金額を示された労働者には有利になる。不当に解雇しても金を払わない例が目立つ中小企業に対しても、きちんと支払うよう圧力が強まるだろう。

詳しくは、一昨年『世界』5月号に載せた「「労使双方が納得する」解雇規制とは何か──解雇規制緩和論の正しい論じ方」 をお読みください。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/sekaikaiko.html

L20150529304なお、昨日発行された『ジュリスト』4月号の判例評釈(労働審判における「解決金」の意義--X学園事件 )の最後のところで、今朝の朝日新聞で並んでいる佐々木亮さんを引用しながら、こう論じているのも参照のこと。

・・・ 本件のような事態が生じないようにするために当面必要な対応としては、雇用関係の将来にわたる存在を確認する意図があるのでない限り、労働審判の主文において「金銭補償をした上で労働関係を終了させる」旨を明示することであろう。これは、現実に圧倒的多数の事案において行われていることを確認するだけのことであり、労働契約法上の問題を生じさせるものではない。
 ただ、こうした問題は結局、解雇無効による地位確認請求のみを解決方法として認めてきた訴訟実務を何ら変更することなく、労働審判においても(多くは形式的に)解雇無効による地位確認請求という形式をとらせながら、事実上の取扱いとしてはその大部分について暗黙に雇用終了と引き替えの金銭解決というやり方をとってきたことの矛盾が露呈したものと言うべきであり、解雇事件に対する裁判上の金銭解決という問題に正面から取り組むことが求められていると言うべきではなかろうか。
 この点を極めて明示的に語っているのは、労働審判を多く扱ってきた弁護士による伊藤幹郎他『労働審判を使いこなそう!』(エイデル研究所)の記述である。そこでは解雇事件について、「申立人が必ずしも職場に戻るつもりがなくても地位確認で行くべきである。申立の趣旨を「相手方は申立人に対して金○○円を支払え」などとし、はじめから慰謝料等の請求をするのでは、多くを得ることは望めないと知るべし。必ずしも職場に戻る意思がなくとも、そのように主張しないと多くの解決金は望めないからである。」(11頁)と述べられ、とりわけ第5章の座談会では、「私も基本的には地位確認で進めるのですが、まず申立人を説得します。辞めたくても地位確認をしなければならないのだと。日本の裁判制度はそうなっているのだと。」という発言もある。労働者が不当な解雇に対する金銭補償を求めようとすると、民事訴訟法上は異なる訴訟物である地位確認請求をしなければならないというわけである。
 ここに現れているのは、解雇無効による地位確認請求と、不当な解雇に対する金銭給付請求とが、あらゆる民事訴訟法理論の想定を超えて、法社会学的にはほとんど同一の訴訟物となっているという社会的実態である。解雇の金銭解決問題の本質とは、多くの論者の認識とはまったく異なり、かかる民事訴訟法理論と法社会学的実態との矛盾をいかに解きほぐすかという問題に他ならない。

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海老原嗣生『マネジメントの基礎理論』

Ebi_3 海老原嗣生さんから『無理・無意味から職場を救うマネジメントの基礎理論 18人の巨匠に学ぶ組織がイキイキする上下関係のつくり方』(プレジデント社)をお送りいただきました。

本書は、海老原さんの本としてはちょっと毛色が変わっています。いや、それは私の偏見であって、海老原さん自身としてはむしろ本筋のお仕事なのかもしれませんが、雇用のカリスマとしての海老原さんを知っている目からすると、やっぱりちょっと毛色が違う感じです。

「本書は、組織論のなかでも人と組織のマネジメントについて蓄積されてきた膨大な基礎的・学問的知識を、わかりやすく実例を使って解説した本である。特徴的なのは、それが単に紹介に終わらず、ここに書かれたことを学び実践することで、誰でも一定程度までは人と組織のマネジメントのプロになれることを目指した本であることだろう。その意味で、本書は単なる教科書ではなく、一種の教本である。人を動かすための手引きだとも言えよう。この本があることで、多くの人はようやく現場での人と組織のマネジメントに関する基礎課程を学ぶことが出来るようになったのである。」

どういうマネジメントの巨匠が登場するかというと、

■アブラハム・マズロー

■フレデリック・ハーズバーグ

■リチャード・ハックマン

■グレッグ・オールダム

■エドウィン・ロック

■松井賚夫

■大沢武志

■W・G・オオウチ

■ダグラス・マクレガー

■三隅二不二

■フレッド・フィドラー

■ヘンリー・マレー

■スティーブン・コヴィー

■エルトン・メイヨー

■フリッツ・レスリスバーガー

■マイケル・ポーター

■ゲイリー・ハメル

■C・K・プラハラード

正直言うと、私はほとんど読んでこなかった方々です。

こういう領域にも掌を指すがごとくわかりやすい解説書を書けるのが海老原さんなんですね。

最後の第5章が、いつもの海老原節ですが、全体としては、「おわりに」に書かれているように、リクルートの大先輩で産業組織心理学の世界で有名な大沢武志さんへのオマージュ本になっています。

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広田照幸『教育は何をなすべきか』

0610370広田照幸さんより『教育は何をなすべきか 能力・職業・市民』(岩波書店)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

http://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/isearch?head=y&isbn=ISBN4-00-061037

雇用の空洞化や民主主義の機能不全が進行する現代日本で,教育は未来の社会に向けて何をしていけばよいのか.教育の中の能力観,職業人形成のための教育という考え方,そして市民形成の役割をめぐり,教育を改革する方向を多面的に考察する.理論と実証,歴史と現在を往還しながら展開される著者渾身の問題提起.

この画像にはありませんが、オビにはでかく「職業のための教育だけでよいのか?」と書かれていますので、本書第4章に収められている

第4章 職業教育主義を超えて――学校の役割を再考する

0234840が一つの軸であることは間違いないでしょう。第4章は、同じ岩波から宮本太郎編で出た『自壊社会からの脱却』に書かれたものですが、そのときに、本ブログで次のように紹介しておりました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-91a1.html(職業教育主義は超えられるか?)

今日のさまざまな課題を各論者が取り上げていますが、その中で特に興味深いのは広田照幸さんの「学校の役割を再考する-職業教育主義を超えて」でしょう。

わたくしの「ジョブ型正社員の構想」が、生活保障システムと並んで教育訓練システムを整備すべき重要な課題として打ち出しているのに対して、広田さんはある意味で真っ向から疑問を呈しておられます。

第4章はその時の論文のままですが、今回の本では序章で各章について解説している中で、特にこの第4章についてはもう一遍腰を入れてかなりの分量を割いて論じておられまして、いろいろと感じるものがありました。

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労働法制普及のための分かりやすいハンドブック 316,000部

厚生労働省のホームページの「調達情報」に、入札公告が出ています。

http://www.mhlw.go.jp/sinsei/chotatu/chotatu/wto-kobetu/2015/03/wt0324-02.html

1 競争入札に付する事項

(1)件  名 労働法制普及のための分かりやすいハンドブック 316,000部の印刷

(2)仕  様 入札説明書及び仕様書による。

ふむ、31万6千部というのは、おそらく大学や高校などで出張講座とかをやるときに学生や生徒に配布するのを積算した数字でしょうから、結構な数をこなすつもりのようです。

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『ジュリスト』4月号に判例評釈

L20150529304明日発売の『ジュリスト』4月号に判例評釈を載せております。

http://www.yuhikaku.co.jp/jurist/detail/019330

[労働判例研究]

◇労働審判における「解決金」の意義――X学園事件――さいたま地判平成26・4・22●濱口桂一郎……111

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鈴木俊晴『労働者の傷病と産業医の関与についての法政策』

鈴木俊晴さんから『労働者の傷病と産業医の関与についての法政策』(早稲田大学モノグラフ)をお送りいただきました。ありがとうございます。

鈴木さんの産業医研究は、3年前の労働法学会でも報告されていますが、その後博士論文にまとめ、こういう形になったわけです。

あんまりほかの研究者が手を出さない方面ですが、近年個別労働紛争の世界では、いじめ嫌がらせや、それだけではなくやたらに多いメンタルヘルス系の職場トラブルとの関係で、休職期間満了での退職を争ったり、そもそも職場復帰できるとかできないとかの問題が多く、産業医もそれに当事者として関わって、ある意味ネタの宝庫という状態です。

手垢のついた言葉ですが、まさに時宜に適した研究ネタをものにしたというべきなのでしょう。頂いた送り状によれば、この4月から茨城大学に赴任するとのことです。茨城というとむかし偕楽園の梅を見に行ったくらいですが、さらなるご活躍をお祈りしております。

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『POSSE』26号

Hyoshi26『POSSE』26号をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.npoposse.jp/magazine/no26.html

特集は「残業代ゼロ法案にだまされないために」ですが、

「徹底批判「残業代ゼロ法案」」棗一郎(弁護士)

 「「定額働かせ放題法」反対への呼びかけ」日本労働弁護団 ・ ブラック企業対策プロジェクト ・ ブラック企業被害対策弁護団

 「固定残業代をめぐる幾つかの問題点」竹村和也(弁護士)

 「「新しい労働時間制度」政府案の評価」島田陽一(早稲田大学教授)

 「「残業代ゼロ法案」の規制に向かうアメリカ」中村和雄(弁護士)

 「労働時間規制と限定性を伴わない「残業代ゼロ法案」の問題」海老原嗣生(雇用ジャーナリスト)

 「近年の過労死・過労自殺の事例」本誌編集部

 「15分でわかる「残業代ゼロ法案」をめぐる議論」

私の見解をご存じであればおわかりのように、こういうふうに「残業代ゼロ法案反対」と叫ぶ議論には、正直あまりシンパシーが持てないところがあります。この中で言えば、島田、海老原両氏の考えに近いのですが、今朝の日経新聞の経済教室でも述べたように、ポジトーク気味の「激突」の裏で忘れられていることの方がはるかに重要だと思うので。

特集以外は、

◆単発

 「本当の「女性の活躍推進」に向けて」山口一男(シカゴ大学教授)×黒田祥子(早稲田大学准教授)×竹信三恵子(和光大学教授)

 「ママ・パパ安心労働協約の締結のお知らせ」エステ・ユニオン

 「生活保護削減のための物価偽装の仕組み」白井康彦(中日新聞記者)

 「切り崩される医療制度」久保佐世(京都保険医協会事務局長)

 「「働くこと」を問いかける」山崎憲(JILPT国際研究部副主任調査員)

 「高校生のバイト・就職問題を考える」加藤はる香(高校教諭)×児美川孝一郎(法政大学教授)×嶋﨑量(弁護士)

 「「若者雇用対策法」の概要と有効にするための提案」今野晴貴(NPO法人POSSE代表)

◆連載
 「ブラック企業対策のいま #01福祉・医療ユニット」藤田孝典

 「ブラック企業のリアル vol.11 営業」

 「貧困の現場から社会を変える 第3回」稲葉剛

 「さまよえるキャリア教育 第5回 働かせ方の問題にようやく踏み込んだ若者雇用対策」上西充子(法政大学教授)

 「世界の社会運動から No.10 アメリカ/民主主義を取りもどす―コミュニティ・オーガナイジングのトレーニング」山崎憲

 「労働と思想 26 ウィリアム・モリス―ヴィジョンを発光する多面体」高橋在也

 「文化と労働 No.4 母のいないユートピア―『新世紀エヴァンゲリオン』から『インターステラー』へ」河野真太郎(一橋大学准教授)

 「京都POSSEノート 第4頁 ブラックバイト②」遠藤めぐみ(京都POSSE事務局)

 「労働相談ダイアリー File.22 「辞めさせない」職場を辞める方法」川村遼平(NPO法人POSSE事務局長)

 「ともに挑む、ユニオン 団交 file.7 パワハラ・残業代未払い・団交拒否の牛丼チェーン〈前編〉」北出茂(地域労組おおさか青年部書記長)

おお、JILPTの山崎憲さんが2本も登場していますな。

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労働法教育の努力義務

WEB労政時報のHRWatcherに、「労働法教育の努力義務」を寄稿しました。

http://www.rosei.jp/readers-taiken/hr/article.php?entry_no=365

 去る317日に国会に提出された若者雇用新法、正確には勤労青少年福祉法を全面改正した「青少年の雇用の促進等に関する法律」ですが、本連載でも昨年末にまだ労政審で審議中の段階で取り上げています。

※連載第43回「『若者雇用法』作成中」参照

https://www.rosei.jp/readers/hr/article.php?entry_no=328

 その後今年の123日に、若者の雇用対策の充実等について建議が行われ、227日には法案要綱の諮問答申、そして317日に法案の提出となったわけです。この法案は、法律の題名を除けばほぼ建議から予想されるとおりの内容でしたが、1点、建議から踏み込んだかな、と思われたのが、労働法教育に関する規定が盛り込まれたことでした。

 建議の段階での記述はこういうものでした。「学校段階からの職業意識の醸成」というキャリア教育に関するパラグラフの中で、

…学校段階から、多様な職業について理解を深めるとともに、・・・・・

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日経新聞経済教室「働き方改革の視点」に寄稿

本日の日本経済新聞の経済教室「働き方改革の視点」に寄稿しました。

http://www.nikkei.com/article/DGKKZO84644510Q5A320C1KE8000/

先週金曜日におなじみ八代尚宏さんの第1回が掲載された後を受けて、「適切な規制で選択多様に」と、規制緩和ではなくシステム改革が、そしてそのための規制強化こそが必要であることを説いています。

 昨年6月に閣議決定された日本再興戦略の改訂版は、女性の活躍促進と働き方改革を旗印に、雇用制度改革に向けた様々な方針を打ち出した。しかし、その後の政治家やマスコミの動向をみると、支持する側も反対する側も、働き方改革の本質を的確に理解していないのではなかろうかと思われる状況が続いている。
 ここで提起されているのは、戦後70年にわたり日本の労働社会の基軸となってきた働き方のスタイルを見直すということである。
 つまり「女房子供を扶養する男性正社員」を前提に仕事の中身も、働く時間も、働く場所すらも無限定に会社の指示のままにモーレツ社員として働く代わりに、新卒一括採用から定年退職までの終身雇用と、毎年定期昇給で上がっていく年功賃金制を保障された働き方(メンバーシップ型)の枠組みを、もっと多様で一人一人の生き方に合った形に手直しすることである。
 無限定な働き方と生涯雇用保障の二つは密接不可分で、お互いに相手を前提として精妙に組み立てられている。一方だけのいいとこ取りができるような仕組みではない。
 ところが、雇用の改革はいつも、労働者を無限定に働かせることができる企業の強大な人事権は維持しながら、雇用保障を目の敵にしてもっと自由に解雇できるようにすべきだと主唱する一派と、雇用保障を当然の前提としながら企業の人事権を批判する一派との不毛なポジショントークに覆われ、なかなかまともな議論が進まない傾向にある。
 1980年代までは、メンバーシップ型システムが日本の競争力の源泉だと称賛されていた。ところが90年代以降、メンバーシップ型正社員が縮小し、そこからこぼれ落ちた人々はパート、アルバイト型の非正規労働者になってきた。とりわけ新卒の若者が不本意な非正規に追いやられたことが社会問題化した。一方、正社員は幸福かというと、無限定な働き方を要求しながら、長期的な保障もないといういわゆるブラック企業現象が問題になってきた。
 したがって求められているのは規制「緩和」ではない。規制があるからではなく、規制がないから問題が生じている。雇用内容規制が極小化されるとともに、代償として雇用保障が極大化されているメンバーシップ型正社員のパッケージと、労働条件や雇用保障が極小化されている非正規のパッケージ、この二者択一をいかに多様な選択肢に組み替えるかが、まさに今求められていることである。必要なのはシステム改革であり、それに伴う規制強化である。
 まず最大の誤解が、解雇「規制」である。多くの人々が労働契約法第16条が解雇を規制していると誤解し、これが諸悪の根源だという主張もある。しかしこれは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない解雇は権利濫用(らんよう)として無効だと定めているだけである。
 権利自体は行使するのが当たり前で、例外として無茶(むちゃ)な権利濫用を無効としているだけだ。その権利濫用という例外が、現実には極大化している。なぜなら裁判に持ち込まれる事案ではメンバーシップ型正社員のケースが圧倒的に多いためである。
 彼らは職務も労働時間も勤務地も原則無限定だから、会社側には社内で配転をする権利があるし、労働者側にはそれを受け入れる義務がある。残業や配転を拒否した労働者は懲戒解雇してよいと、日本の最高裁はお墨付きを出している。そうであるなら、たまたまその仕事がなくなったからといって配転の努力もせずに整理解雇することは認められまい。解雇は企業の外から規制されているのではない。企業自らがその人事権によって規制しているのである。
 日本より欧州の方が整理解雇が容易といわれる。事実としてはその通りだが、法律自体は実体的にも手続き的にも、欧州の方が非常に事細かに規制をしている。欧州ではそもそも労働契約で仕事と場所が決まっており、会社側には配転を命ずる権利がないからである。権利がないのに、いざというときにやれと命ずることはできない。逆に日本は会社にその権利があるから、いざというときにはその権利を行使しろということになる。
 解雇ではもう一点、金銭解決の是非を巡る議論がある。これも大きな誤解がある。日本の実定法に、解雇を金銭解決してはならないなどというおかしな規定はどこにもない。地位確認請求訴訟では異なる訴訟物である金銭支払いを命じることができないという民事訴訟法上の技術問題にすぎない。
 労働審判では、地位確認請求に対して金銭支払いの審判を下すことができる。訴訟でも判決に至るまでに和解するものが多く、大半が金銭解決をしている。行政機関である労働局のあっせんであれば、金銭解決が3割で残りは金銭解決すらせず、泣き寝入りの方が多い。そこまでに至らない水面下の泣き寝入りも多いと思われる。欧州並みに解雇の手続き規制を整備し、救済としての金銭補償を明確化することこそ、労働者保護に資するのではなかろうか。
 次に限定正社員(ジョブ型正社員)についても賛成派反対派双方に「解雇しやすい」などの誤解がある。労働契約で職務や労働時間や勤務地が限定されることの論理的な帰結として、当該職務の消滅や縮小が解雇の正当な理由になるのは当たり前であり、欧州諸国で普通に行われていること。正確にいえば、契約上許されない配転を命じてまで、解雇を回避する義務がないというだけである。
 職務が限定されているから、当該職務の遂行能力の欠如も解雇の正当な理由になり得るが、試用期間中ならいざ知らず、長年その職務をやってきた人に、その仕事ができないから解雇だといえるものではない。ジョブ型というのは職務が限定されているという一番肝心なことを忘れた議論が横行しすぎている。「追い出し部屋」に送り込むことが契約上禁じられているのがジョブ型正社員なのである。
 最後に、労働時間についても非常に多くの人々が誤解をしている。過去20年、日本の労働時間規制は極めて厳しいという誤った認識の下に、それをいかに緩和するか、という政策がとられてきた。しかし、日本では過半数組合または過半数代表者との労使協定、いわゆる三六協定さえあれば、事実上無限定の時間外・休日労働が許される。
 それゆえ日本はいまだに、100年前にできた国際労働機関(ILO)の労働時間関係条約をただの1つも批准できない。皮肉なことに労災保険の過労死認定基準では、月平均80時間超の時間外労働は業務と発症との関連性が強いと評価されるが、それでも労働基準法上は違法ではない。
 にもかかわらず、多くの人が日本の労働時間規制を厳しいと誤解するには理由がある。それは残業代規制(だけ)が厳しいからである。国家権力が規制しているという名に値するのはこの部分だけである。規制なので違反したら監督官がやってきて、是正勧告が命じられるが、いうまでもなく残業代とは、時間ではなくお金にすぎない。
 実定法上に存在する労働時間規制が労使協定によって空洞化しているからこそ、賃金規制があたかも労働時間規制であるかのように誤解され、「残業代ゼロ」を巡り緩和派と反対派で熾烈(しれつ)な議論がされてきたが、肝心の労働時間規制はどちらからも放置されてきた。いま必要なのは、健康確保のためのセーフティーネット(安全網)として、在社時間の上限規制や、終業時間と翌日の始業時間に一定の間隔を確保する勤務間インターバル規制を導入することではなかろうか。

(追記)

ちなみに、同じ本日の日経新聞の3面のエコノフォーカスに、「なぜ減らない長時間労働」という山崎純さんの署名記事が載っていますが、そちらにも私が登場しています。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS20H7P_Q5A320C1NN1000/?dg=1

・・・・・長時間労働の第1の理由は、終身雇用にある。日本は社員を定年まで雇うのが原則だ。売り上げが落ち、仕事が減っても、解雇されるケースは少ない。米国では受注が増えれば社員を増やし、受注が減れば社員を減らすのが普通だが、日本では「今いる社員の労働時間を増やしたり減らしたりして対応するのが一般的」(浜口桂一郎・労働政策研究・研修機構主席統括研究員)になっている。・・・・・

ただし、「浜口桂一郎」になっています。

新聞社の表記ルールでは、こっちになってしまうのですが、上の経済教室の寄稿記事では、「濱口桂一郎」にしてもらいました。

ついでに裏話を言うと、経済教室の記事は、最初にゲラが来たときには、名前が「濱口」→「浜口」になっていただけではなく、大事な「権利濫用」が「権利乱用」になっていたんですね。

さすがにこれでは、恥ずかしくて労働法学会にも出られないと強硬に主張して、「権利濫用」に戻してもらいました。

そこまで強硬に言わない人の場合、原稿はちゃんと「濫用」になっていたのに紙面で「乱用」になってしまっている場合もあり得ますので、字面だけ見て「こいつはなんという無知な奴だ」と思わないでくださいね。

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EU派遣労働指令に初のEU司法裁判所判決

去る3月17日、EU司法裁判所が初めて、EU派遣労働指令に関する判決を下しました。

http://curia.europa.eu/juris/document/document.jsf?text=&docid=162945&pageIndex=0&doclang=EN&mode=lst&dir=&occ=first&part=1&cid=263497

話は、EU指令に直律効ありやなしやというEU法的なトピックなのですが、その直律効が問われているのが、派遣の禁止制約の見直しという問題であるので、まさに今日の派遣労働をめぐる議論にも関わる問題でもあります。

話はフィンランドで、北欧諸国によく見られるように、国レベル、産業レベルの労働協約の力が大きいところです。このフィンランドで、派遣労働の利用をかなり制限するような労働協約を締結していて、その組合が、労働協約違反の派遣の利用だと派遣会社と派遣先企業を訴えた事件が、EU司法裁判所まで持ち出されたわけですが、それは、EU派遣指令が正当化されないような派遣の禁止制限は見直せと規定しているので、そういう指令で正当化されないような内容の労働協約を適用しない義務が、各国の裁判所にあるかどうか、という形で提起されたわけです。

Article 4(1) of Directive 2008/104/EC of the European Parliament and of the Council of 19 November 2008 on temporary agency work must be interpreted as meaning that:

–        the provision is addressed only to the competent authorities of the Member States, imposing on them an obligation to review in order to ensure that any potential prohibitions or restrictions on the use of temporary agency work are justified, and, therefore,

–        the provision does not impose an obligation on national courts not to apply any rule of national law containing prohibitions or restrictions on the use of temporary agency work which are not justified on grounds of general interest within the meaning of Article 4(1).

なんだか形式論で逃げた感もありますが、指令は各国政府に見直せといっているだけなんだから、正当化できないような禁止制約を見直さなければ、そういう規定を適用しない義務を各国裁判所に負わせるわけではないよ、と。

この判決が興味深いのは、昨年11月20日の法務官意見が、全く逆の解釈をしていたからなんですね。

http://curia.europa.eu/juris/document/document.jsf?text=&docid=159828&pageIndex=0&doclang=FR&mode=lst&dir=&occ=first&part=1&cid=263497

こちらは英語版がないので、フランス語版で容赦願いますが、

1)      L’article 4, paragraphe 1, de la directive 2008/104/CE du Parlement européen et du Conseil, du 19 novembre 2008, relative au travail intérimaire, doit être interprété en ce sens qu’il interdit le maintien ou l’introduction d’interdictions ou de restrictions concernant le recours aux travailleurs intérimaires, lesquelles ne sont pas justifiées par des raisons d’intérêt général tenant, notamment, à la protection des travailleurs intérimaires, aux exigences de santé et de sécurité au travail ou à la nécessité d’assurer le bon fonctionnement du marché du travail et d’empêcher les abus.

2)      L’article 4, paragraphe 1, de la directive 2008/104 ne s’oppose pas à une réglementation nationale qui, d’une part, limite le recours au travail intérimaire à des tâches qui sont temporaires et qui, pour des raisons objectives, ne peuvent pas être effectuées par les travailleurs employés directement par l’entreprise utilisatrice et, d’autre part, interdit l’affectation de travailleurs intérimaires aux côtés des travailleurs employés directement par l’entreprise pour effectuer des tâches identiques à celles effectuées par ces derniers pendant une longue durée.

要するに、指令に反するような国内法は認められないんだから、この協約もアウトだ、と。

それをひっくり返したわけです。それも、指令に反するというところではなく、指令に反してもいいんだという形でひっくり返した訳なので、欧州労連は早速、労使自治が守られた!と喜んでいます。

http://www.etuc.org/press/court-justice-european-union-guarantees-autonomy-social-partners-regulate-use-temporary-agency#.VQ0GKLCJjIU(The Court of Justice of the European Union guarantees the social partners’ autonomy in regulating the use of temporary agency work through collective agreements)

This ruling gives legal certainty. Now it is very clear that Article 4 only imposes an obligation on the Member States to review potential prohibitions or restrictions on the use of temporary agency work. The Court did not follow the opinion of the Advocate General. On the contrary, the Court guaranteed the right of the social partners to regulate the use of temporary agency work in collective agreements.”

・・・EU司法裁判所は労働協約により派遣労働の利用を規制する労使団体の権利を保障した。

21世紀になってから、ラヴァル事件やヴァイキング事件など、労使自治よりもEUレベルの経済的自由を上位におく判決が相次いでいただけに、労働組合側としては意外な勝利というところでしょう。

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実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の在り方について審議のまとめ(案)

本ブログでも再三取り上げてきた文部科学省の実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化に関する有識者会議ですが、一昨日の第12回会合の資料がアップされていて、>冨山さんの資料とかも載っていますが、いやもうとりまとめ段階ですので、事務局がまとめた「実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の在り方について審議のまとめ(案)が、これからの動向を考える上で重要です。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/061/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2015/03/20/1356051_1.pdf

まず、G型、L型といった議論ばかりが炎上する中で、そもそも何でこういう議論が必要なのかという根本論がどこかに行ってしまっている嫌いがあるので、今更ながらですが、まず確認すべきこととして、

しかし、企業における職業能力開発をめぐる状況に目を向けてみれば、厳しい経済状況などを背景に、新卒一括採用や長期雇用などを特徴とした日本型雇用システムが変容し、正規職員以外の就業形態で働く若者が増加するとともに、企業が人材育成にかける費用を縮小している状況がある。中長期的には企業内における教育訓練の機会が減少している中、職業に必要な知識や技術、能力等を十分に身に付けるためには、学校教育における職業教育の充実が必要となっている。

アカデミック教育を礼賛しているだけでは済まないのであって、学校で職業教育なんてふざけるなと言うのであれば論理必然的に会社が職業教育を全部面倒見てくれるような社会を一生懸命推進しなければなりません。それが現実的だと思うか思わないかにかかわらずですね。

また、高校教育の問題も含め、こういう率直な指摘がされていることも重要です。

これまで、高等学校の普通科や大学に進学すること自体を評価する社会的風潮があったことや、高等学校、特に普通科の進路指導においては、将来の職業選択はさておき、高等教育機関、特に選抜性の高い大学への進学を第一としたものに偏りがちとなっていることなどが指摘されてきた7。実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の創設は、高等学校等卒業後の進路の単なる形式的な多様化にとどまることなく、こうした風潮を打破し、将来自らが就く職業に必要な知識や技術、能力等を身に付けるために、職業教育を重視する学校種に躊躇なく進学できるような選択肢の実質的拡大に繋がるものでなければならない。そのためには、新たな高等教育機関が社会から真に評価されるよう、教育の質に対する信頼を確立しうる制度設計を行うとともに、産業界をはじめとする社会の理解と協力を得ていくことが不可欠である。

具体的な制度設計についてみていくと、大学の中に位置づけるのか、それとは別に位置づけるのかが大きな論点になってきましたが、このまとめ案では、
新たな高等教育機関に関しては、大学体系の中に位置付ける方向で制度設計の検討を更に進めることを基本とすべきである。

としています。

あと、興味深い点を拾うと、教員の資格要件として、
教員組織の一定割合は、各職業分野において卓越した実績を伴う実務経験を有する者(実 務家教員)とすることが適当であるが、その具体的な基準については分野ごとの特性を踏まえた ものとなるよう配慮が必要である。また、実践的教育内容の陳腐化を避けるため、最先端の実務 に携わりつつ並行的に教育にも当たる者を確保できるよう、一定条件の下、そうした者も必要教 員数に算入できる仕組みとすることが望ましい。
とか、名称として、学校種の名称については、
例えば「専門職業大学」や「専門職大学」等が考えられるが、今後の 具体的な制度設計に応じて適切な名称を検討する必要がある。
とか、いろいろとあります。

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サービスしまっせ@文部省

ネタですが、金子良事さんのつぶやきで、

https://twitter.com/ryojikaneko/status/578815188607995904

隣のおばあさまたちの会話が面白い。文部省は昔、カタカナ科目を認めなかったため、図書館サービスを図書館奉仕と訳したらしい。そして、随分、長いこと奉仕だったとのこと。児童奉仕も同じことらしい。なるほどだな。

ここでいう「サービス」を漢字にするというのなら、法律用語なら役務、中国風になら服務、いずれにせよ、ただで何でもしてあげるとかボランティアなんていう含意はないんだから、奉仕という訳語が間違いであることだけは間違いないはずなんですが、当時の文部省の役人にとっては、世間の多くの人々の感覚と全く同じように、サービスってのはただで何でもして上げるという言葉だったんですね。

サービスしまっせ、と。

サービス残業という直訳したら意味不明な言葉が流通する国なればこそです。

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今野晴貴『ブラック企業2』

Img_467a4566c590d2d5bd6b87c97b23bf6ヒット作品のタイトルに「2」をつけて柳の下の泥鰌を狙うのは映画なんかではよくあることですが、新書では珍しいですね。

http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166610037

辞められない! 稼げない! 生きられない!
これが「使い潰し経営」の実態だ!

一部上場有名企業から、IT、外資、大学研究室、国際NGOまで
2015年、残業代ゼロ法案であなたの会社も他人事ではない!

“結論から言えば、被害者の多くはブラック企業に積極的に入社し、また、自ら「辞めない」で働いている。”――「はじめに」より
そのポイントは異常な長時間労働と、「虐待型管理」によって、
精神を破壊するブラック企業の労務管理にあった。

前著『ブラック企業』で若者を使い捨てにする雇用問題を告発した筆者が、三〇〇〇件の労働相談から提言する「決定的解決策」!

前半は、POSSEの経験を踏まえた実例がこれでもかと示され、後半で監督の困難さや規制緩和論の誤りの指摘、そして今後の政策が提示されます。

はじめに――なぜ入るのか、なぜ辞められないのか
序 章 ブラック企業問題とはなんだったのか?
第1章 わかっていても、入ってしまう
第2章 死ぬまで、辞められない
第3章 絡め取り、絞りつくす
第4章 国家戦略をも浸食するブラック企業
第5章 なぜ取り締まれないのか?
第6章 奇想天外な「雇用改革論」
第7章 ブラック企業対策――親、教師、支援者がすべきこと
終 章 ブラック国家を乗り越えて

本書のメッセージで、とりわけ労働側に立っていると自分では思いこんでいるような人にこそきちんと認識してもらう必要のあるのは、真ん中当たりにあるこの言葉でしょう(153頁以下)。

・・・生産性の上がらない労働集約的な業種が、持続可能な「ほどほどの働き方」に転換していくような雇用改革は、日本にとって急務の課題となっている。

このために必要なことは、「階層化」を認めることだと私は思っている。日本では「階層」や「区別」を嫌悪する傾向がある。「一億総中流」という幻想、「誰でもエリートになれる」という機会平等主義がその象徴である。・・・

「全員が中核社員」「全員がエリート候補」には原理的になることがない。普通に生きていく代わりに、普通以上の対価はない。使い潰されない「ほどほどの働き方」と、「真のエリート」の働き方が明確に区別される社会を目指すべきだ。・・・

ところで、階層化と「格差」は違うことに注意して欲しい。・・・階層を明確にした上で、階層間の利害を政治的に調整し、格差を縮小しようとするのが欧米流の社会だと言ってもよいだろう。

階層が覆い隠されている日本社会はある意味では、こうした政治的な利害調整が不明確な、「非民主的」な社会だと言ってもよい。・・・

階層は存在せず、「みんなの利害が同じだ」という前提に立つ言論状況は、「全体主義」の発想に近づいてしまう危険性を孕んでいる。そうした状況では、本当は利害が対立している経営者に対し、普通の若者は「労働時間が長い」「時間当たり賃金が低すぎる」という意見を思いつくこともできなくなってしまうのだ。

だから、利害の違い、立場の違いを明確にし、尊重することが民主的になる。「利害が違う」からこそ、「自分の立場にとって必要なことは、持続可能な労働時間です」と明確に主張できるようになる。対立軸がはっきりしていることは、差別でも悲惨なことでもない。

このあたりは、日本の左派や労働運動自身が労働市場における労働の売り手としての利益最大化いう市場主義的発想よりも、企業経営を下から参加/蚕食するという生産主義的思想が強かったことがずっと尾を引いているのでしょう。

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視点・論点 「働き方改革の基本路線」

さる3月16日に放送されたNHKの視点・論点「働き方改革の基本路線」のスクリプトがNHKのサイトに載ったので、こちらでもご紹介。

NHK総合では早朝(というより未明)の4時20分、Eテレでもお昼過ぎの13時50分と、誰が見るんやろかと思うような時間帯なので、テレビでご覧になった方は数少ないと思われます。

http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/211802.html

 昨年6月に閣議決定された『「日本再興戦略」改訂2014』では、女性の活躍推進と働き方改革を旗印に、雇用制度改革に向けたさまざまな方針を打ち出しています。しかし、その後の動きを見ると、それを支持する側も反対する側も、どこにどういう問題があり、何をどのように変えていかなければならないかという肝心な点について、的確な理解がされていないのではないかと感じられます。その最大の問題は、賛成側も反対側も、雇用制度改革を「規制緩和」だと思い込んでいる点にあります。前者は、日本の労働法が硬直的なために自由な働き方ができず、女性が活躍できないと考えているようですし、後者はその労働法を柔軟化することが長時間労働をもたらし女性の活躍を阻害すると信じているようです。しかし、どちらも間違いです。

 現在の日本の労働法制は、企業が労働者を自由に働かせたいと思えば、それを阻害するような要素はほとんどありません。世界的に見れば極めて規制緩和されてしまっているのが実情です。しかし、それは戦後70年間かけて、労使が作り上げてきた日本型雇用システムの一環なのです。欧米では、労働者は原則として、職務、労働時間、勤務場所を限定して採用されます。いわゆる「ジョブ型」社会です。

従ってその職務が消失すれば解雇の最も正当な理由になります。

それに対して日本では、労働者が会社の一員になる「メンバーシップ型」社会なので、職務も労働時間も勤務場所も無限定が原則であり、それゆえその職務がなくなっても社内に別の仕事がある限り解雇されないのが原則です。逆に、時間外労働や配転を拒否するような労働者は懲戒解雇することが、最高裁の判例によって認められています。

 妻子を養う成人男性のみを前提とすれば、このようなモデルにも合理性がありました。深夜まで働いて残業代を稼ぎ、時には単身赴任も厭わず、その代わり経営が苦しくなっても解雇されずに家族の生活費をまかなうことができるというのは、悪い話ではなかったのです。しかし、かつては結婚退職するのが常識だった女性たちが、子供を育てながら働くのが普通の社会になってくると、このモデルはあらゆる方面に矛盾を生み出していきます。正社員女性は男性並みの無限定な働き方を要求され、それができなければ非正規労働を余儀なくされていきます。ワークライフバランスというスローガンの下で育児休業や短時間勤務をする女性は増えましたが、男性の無限定な働き方は変わらないため、マミートラックと言われるような別コースに集められてしまいます。そしてその分、数少なくなった男性と子供のいない女性たちの労働負荷がますます高まるという矛盾が生じているのです。

 問題の根源は、国家による法規制ではなく企業の雇用慣行にあります。労働基準法では1日8時間、週40時間を超えて働かせてはならないことになっているのに、それは完全に空洞化して、無限定に働くことが原則となり、逆に育児や介護の責任がある場合にだけ、夜勤や残業を免除して貰える権利があるという仕組みになってしまっているのです。ところが、いわゆる規制緩和派は、ここを完全に取り違えて、労働基準法の労働時間規制を緩和すればもっと自由に働くことができると主張します。ウソです。

労働基準法の労働時間規制を緩和するというのは、もっと長く働かせてもいいという以上の意味は持ち得ません。長時間労働できるようになれば仕事と育児が両立するなどと本気で思っている人がいるのでしょうか。

 一方、規制緩和に反対する人々の議論も虚構に満ちています。なぜなら、物理的な労働時間規制という点でみる限り、日本は既にこれ以上ないくらい緩和されているからです。現に労災保険の過労死認定基準を超える年間1000時間といった時間外労働協定も少なくありません。しかし、規制緩和反対論は、例外的に規制されている残業代という賃金規制を維持することに精力を集中しているようです。労働時間に超えてはならない上限を設定しようという考え方には、経営側だけでなく労働側も積極的ではありません。とりわけ、産業別組合や企業別組合など現場に近いところほど、そういう感覚が強いようです。無限定に働く男性正社員を前提とする発想が労使双方に強固に残る中、残業代というお金の話だけが議論の焦点になるのが日本の現状なのです。

 ようやくごく最近になって、仕事内容自体は決して補助的ではなく、むしろ基幹的、専門的な仕事でありながら、職務や時間、空間が限定的な働き方が論じられるようになりました。「限定正社員」とか「ジョブ型正社員」と呼ばれるものです。しかしなお今までの伝統的な意識が非常に強いために、反対の声が絶えません。無限定正社員がデフォルトルールになっているため、多様な働き方というものが落ちこぼれ扱いされてしまうのです。

 過去20年間、働き方の多様化が繰り返し論じられてきましたが、それらは全て片面的多様化でした。

片面的というのは、職務も時間も空間も無限定な就労義務と、それを前提とする長期の雇用保障、年功的な処遇に特徴付けられる、メンバーシップ型の正社員モデルを当然のデフォルトとし、そこから、義務もこれだけ少ない、それゆえ保障もこれだけ少ないというように、削る方向にのみ多様化を考えてきたということです。したがって、働き方の多様化というのはすべて下方への逸脱というふうに見られがちでした。

 そのため、限定正社員とかジョブ型正社員というと、すぐに「解雇しやすいジョブ型正社員反対」というふうな反対論が必ず吹き出してきます。これは、無限定な働き方をデフォルトとする考え方をみんなが共有しているからそうなるのです。しかし、日本以外の社会においては、基本的に職務も時間も空間も限定されている無期契約労働者、つまりジョブ型の正社員がデフォルトモデルであって、そこから両側に多様化していくというのが、働き方の多様化です。

 先に申し上げたように、問題の根源は法規制より雇用慣行にあるのであれば、その慣行改革に必要なものは、既に空洞化している規制のさらなる緩和などではなく、むしろ空洞化している規制を実質的に強化することではないでしょうか。

 例えば、労働者のデフォルトモデルは限定正社員とし、無限定な働き方を希望する者は、そこから上方に逸脱するというふうにルールを決めるということも実はあり得るわけです。むしろ欧米社会はそれがごく普通の在り方です。たとえば、EUの労働時間指令では、原則としては時間外を含めて1週間の労働時間には48時間という上限があります。しかしそれを超えて働いてもいいという人は、個人ベースでこれを適用除外することができます。もっとも、そういう人でも、週1回の休日と1日11時間の休息時間は守らなければなりませんので、週労働時間の絶対上限は78時間になります。

 残念ながら、現在までのところ、規制改革をとなえる方々も、それに猛烈に反対する方々も、限定正社員を原則のモデルと考えるという発想には猛反対のようです。ここに雇用慣行の根強さというものが表れています。

 女性の活躍を推進するための働き方改革とは、法規制の緩和ではなく雇用慣行の改革であり、そのために必要なのはむしろ法規制の強化である、というこの逆説を、関係者たちがどこまで痛切に理解することができるかに、働き方改革の正否がかかっていると言ってもよいでしょう。

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勤労青少年福祉法等の一部を改正する法律案

昨日、勤労青少年福祉法等の一部を改正する法律案が閣議決定され、国会に提出されました。

http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/soumu/houritu/189.html

ここに法律案、新旧対照表も載っていますが、しかし、これはほとんどすべての条文が入れ替えられるに等しい全面改正なのに、あえて全部改正にせずに、せこくちまちまと部分改正してるんですね。おそらく職業能力開発促進法もかなりの改正になるので、両方一部改正という形にせざるを得なかったのでしょうけど。

例の労働法教育の規定は第20条になります。

(労働に関する法令に関する知識の付与)
第二十条 国は、学校と協力して、その学生又は生徒に対し、職業生活において必要な労働に関する法令に関する知識を付与するように努めなければならない。

主語は「国」です。「学校」は、「学生」と「生徒」と言っているので、大学と高校が想定されているのでしょう。

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労働時間規制問題の核心を衝く@『中央労働時報』3月号

1106518582『中央労働時報』3月号に「労働時間規制問題の核心を衝く」という私の講演記録が載っています。

濱口でございます。当初予定されていた演題は、「ホワイトカラーエグゼンプション」でした。政府によれば、今はそのような言葉は使わず「新しい労働時間制度」または「時間でなく成果で評価される制度」となっています。「時間でなく成果で評価される制度」というのが労働時間制度であるというのは、論理的にあり得ない話だと思いますが、何と呼ぶかというのと実は結構難しい。端的に何が問題になっているかと言えば、労働時間に関わる問題です。そこで、労働時間と、それに関わる賃金に関わることが問題になっていますので、今回は「労働時間規制問題の核心を衝く」というタイトルに変更させていただきました。

実は、このテーマについてはここ六~七年ぐらい、私はずっと同じことを言い続けてきていますので、「また同じこと言っているな」とお感じになる方もいらっしゃるかもしれません。それは、私が進歩していないからというのもあるかもしれませんが、同じことを言い続けなければいけないぐらい、世の中が進歩しないのではないかと思っています。これはどちらが正しいかは分かりませんが、それについてお話をしたいと思っています。 ・・・・・・・・

というわけで、毎度おなじみの同じことを喋っております。

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メンバーシップ型の劣化バージョンでしゃにむに頑張らせるなんちゃってベンチャー

1月22日の規制改革会議は、労務屋さんも賛嘆する豪華メンバー(中野円佳、吉田典史、海老原嗣生、高田英樹)でしたが、

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20150313#p1(「育休世代のジレンマ」のジレンマ)

そこでも登場した吉田典史さんがダイヤモンドオンラインで連載している「黒い職場の事件簿~タテマエばかりの人外魔境で生き残れるか?」に、「20代高学歴女性を飼い殺す大企業のホンネ」というこれまたおどろおどろしいタイトルの記事が載っています。

http://diamond.jp/articles/-/68499

上下からなるロングバージョンですが、その下に、実に見事に現実を切り取った表現が出てきます。

A氏 そうですね。「女性の職場進出」を突き詰めると、会社にぶら下がらない、職業意識を持たないといけない。会社にどっぷりとつかる、いわば、「メンバーシップ」ではなく、職業意識を持ち、職業を切り口に会社と関わる「ジョブ意識」になるのが、自然の流れかもしれないですよね。

A氏 だけど、そのような意識を持っていない人を採用しているし、入社後、あえて持たせないように仕向けられているんですよ。特に社長は、中途半端なプロ意識や職業意識を20代の早いうちに潰してしまえ、と部課長に教え込む。

 社長は、ベストセラー『ビジョナリーカンパニー』(日経BP社)を愛読し、「誰をバスに乗せるか」という表現に強烈に影響を受けている。誰と一緒にビジネスをやるのか。それで結果が左右されるということですね。つまりは、仲間意識ですよ。「バスでどこに向かうか」よりは、「この人は、バスに乗せる仲間か否か」を重視するということ。妙な職業意識やプロ意識など、いらないという考えです。

 この異様な仲間意識があれば、ハードな仕事もがんばれるし、少々、理不尽な配置転換を受け入れることもできる。あながち、誤りではないし、マネジメントの本質ではあると思う。今は、「この人は、バスに乗せる仲間か否か」といった意識が、多くの会社に巧妙に浸透しているんですね。必要以上に…。

筆者 このあたりは、メディアも有識者も見事なまでに見誤っているんですよ。ジョブ意識を持たせないようにしているのが、実は経営者やその取り巻きですよ。インテリは、企業社会の現場をパーフェクトに知らないから。

A氏は、この状況を「明るい北朝鮮」と呼んでいるのですが、それはともかく、この「仲間意識」最優先への筆鋒は鋭いものがあります。

A氏 もはや、新規のビジネスモデルなどを次々とつくることがなかなかできない。小さくなる市場でシェアの奪い合いをせざるを得ない。それぞれの部署では仕事の量を増やすけど、20代にはさしたる権限を与えない。市場は激変し、事業の再編は繰り返されるから、配転も増える。リストラも減ることはない。こんな場合、「誰をバスに乗せるか」「価値観共有」が唱えられる。つまり、翻訳、ですよね。ホンネとタテマエをすり替えている。そのことに、20~30代の社員は気がつかない。

「誰をバスに乗せるか」「価値観共有」をもっと浸透しやくするために、社長たちが口にしているのが、「成長」「仲間」「夢」「未来」などで、まるで少年向けの某漫画雑誌みたい。これにまんまとはまる、若い人は多い。

 この路線を盛んに唱える経営者は、売上数十億円で、社員数が50~300人までくらいの、行き詰まったベンチャーや中小企業に多いですよ。創業30~50年ほどで、歴史の長い中堅・中小企業で、業績が30~60億円で行き詰まり、ビジネスモデルに大きなきしみがある会社でも、よく見かける。大企業になりきれていない、ベンチャー企業でも見かけますね。

 特にベンチャー企業の場合、本来は「アドベンチャー」なわけですよ。新規ビジネスを次々と興すことが前提になる。ところが経営陣が「誰をバスに乗せるか」「価値観共有」をしつこく説くベンチャー企業は、もともと創業の頃から、既存事業をそのまま踏襲し、販売したりして、たまたま売れたというケースが目立つ。つまりは、新規事業を興すようなカルチャーがないのです。

 この「なんちゃってベンチャー」が今はものすごく多い。ましてここ数年、景気がいいから、一応勢いがあり、採用をどんどん増やしている。そこでまた、「誰をバスに乗せるか」「価値観共有」を説く。これと、「女性の職場進出」が奇妙に重なるわけですよ。

メンバーシップ型の劣化バージョンでしゃにむに頑張らせるなんちゃってベンチャーというわけですか。

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日本記者クラブ会報3月号

日本記者クラブ会報の3月号に、去る2月16日に喋った講演の紹介記事が載っています。

http://www.jnpc.or.jp/files/2015/03/jnpc-b-201503.pdf

他に登場するのは錚々たる方々で、たとえば、

大沼保昭・朴裕河、黒田東彦、明石康、濱口桂一郎、宮本康昭・・・・・・

という調子です。

朝日新聞の堀口元さんが書かれた紹介記事:

「正社員」の原点たどり、雇用のいま考える

会社に言われればどんな職務もこなし、全国どこへでも異動する。そんな日本独特の「正社員」は、戦時体制下の「勤労は国家への奉仕、給与は家族を含めた生活給」という産業報国の思想が原点だという。職務や労働時間、働く場所が「無限定」の雇用契約ゆえに長時間労働を生む一方、右肩上がりの年功賃金や簡単に解雇できない制度をもたらした、と指摘する。

こうした日本型雇用は日本の競争力の源泉でもあったが、バブル経済崩壊後は一転、否定される存在になった。企業は正社員を絞り込み、あふれた若者は非正社員に。無限定な働き方を求めながら長期的な報酬は免れようとする「ブラック企業」の横行につながっていく。

昨今の「正社員は高待遇」「終身雇用はやめるべきだ」といった主張は「無限定だが一生の面倒は見ない、というのはバランスを欠いた議論だ」と批判。根本にある「無限定性」を踏まえ、企業と働き手の損得が釣り合う議論が必要と説く。

雇用問題を歴史的にとらえるというと、労使の歴史に偏りがち。だが、正社員を軸にした歴史論は、限定正社員や「残業代ゼロ」制度の是非を一歩引いて考えるうえで、いいヒントになった。

  朝日新聞経済部 堀口 元

 

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『季刊労働法』248号

031206『季刊労働法』248号が届きました。

特集の「女性・限定正社員と人材活用」では、やはり、鴨田哲郎、松下守男という労使それぞれの弁護士が限定正社員について論じている文章が一番面白いです。

女性の就労促進と労働法

慶應義塾大学教授 両角道代

無限定正社員は放置していいのか

弁護士 鴨田哲郎

限定正社員雑感

――使用者側弁護士の立場から

弁護士 松下守男

働く現場から見た「女性活躍推進」

なのはなユニオン 鴨 桃代

企業から見た女性活用の今後のポイント

内閣府少子化危機突破タスクフォース政策推進チームリーダー 渥美由喜

日本人の働き方と限定正社員

経済学からみた時間限定正社員をめぐる議論とその課題について

早稲田大学教授 黒田祥子

また、「労働審判制度創設10周年記念シンポジウム」では、なかなか面白い発言がありますが、

■労働審判制度創設10周年記念シンポジウム■

第1部 基調報告と特別講演

最高裁判所事務総局行政局第一課長 品田幸男

弁護士(第一東京弁護士会) 藤田進太郎

東京大学社会科学研究所教授 佐藤岩夫

元日本労働組合総連合会会長 髙木 剛

元日本経営者団体連盟専務理事 矢野弘典

第2部 パネルディスカッション

弁護士・司会進行 棗 一郎

労働政策研究・研修機構理事長 菅野和夫

日本労働組合総連合会総合労働局長 新谷信幸

東京経営者協会労働・研修部兼総務部次長 海老澤大造

東京高等裁判所判事 定塚 誠

東京地方裁判所判事 古久保正人

弁護士(横浜弁護士会) 鵜飼良昭

弁護士(第一東京弁護士会) 石嵜信憲

労働側弁護士の鵜飼良昭さんのこれは、あそこのことかな・・・・とか・・・。

鵜飼 私が危惧しているのは、代理人弁護士、特に申立人代理人に労働法の知識がない以前の不十分な弁護士活動が目立つようになっていることです。それは、各地の協議会や使用者側弁護士などからもよく指摘されるようになっています。・・・不適切事例となるような弁護士は、こういうシンポジウムに来ないでしょうから、ここで言っても声が届きません。そうした弁護士に代理人になるなとも言えません。・・・

その他の論文は、

■論説■

倒産手続における整理解雇法理の適用について

立正大学准教授 高橋賢司

■研究論文■

韓国における非正規勤労者に対する差別的処遇の禁止及びその是正

―労働委員会による差別的処遇の是正を中心に―

早稲田大学大学院 徐 侖希

■判例研究■

賃金減額提案に対する「合意」の成否と「合意」内容の限定解釈

ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件(札幌高判平成24年10月19日労判1064号37頁)

早稲田大学大学院博士後期課程 林 健太郎

■労働法の立法学 第38回■

個別労働紛争解決システムの法政策

労働政策研究・研修機構統括研究員 濱口桂一郎

■神戸大学労働法研究会 第31回■

妊娠中の軽易業務転換を契機とする降格の均等法9条3項(不利益取扱い禁止)違反該当性

―広島中央保健生活協同組合事件・最一小判平成26年10月23日労判1100号5頁―

上智大学准教授 富永晃一

■筑波大学労働判例研究会 第41回■

永住者の在留資格を有する外国人と生活保護法上の受給権

最二小判平成26・7・18判例地方自治386号78頁,賃金と社会保障1622号30頁

佐賀大学教授 早川智津子

■文献研究労働法学 第15回■

労災補償

同志社大学准教授 坂井岳夫

■アジアの労働法と労働問題 第23回■

ベトナムにおける「労働力輸出」産業の実態と問題点

神戸大学准教授 斉藤善久

●重要労働判例解説

内部告発を理由とした報復行為に関する違法性判断

千葉県がんセンター事件・東京高判平26・5・21労経速2217号3頁

淑徳大学助教 日野勝吾

会社更生計画の効力と整理解雇の必要性

日本航空(運行乗務員整理解雇)事件・東京高判平26・6・5労旬1819号78頁

琉球大学准教授 戸谷義治


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ジョブ型(職務限定型)正職員について@『第100回全国図書館大会東京大会記録 2014』

Normaldcim00121『第100回全国図書館大会東京大会記録 2014』 が送られてきました。昨年11月1日、明治大学のリバティタワーで行われたこの大会の第18分科会にわたくしも登壇し、「ジョブ型(職務限定型)正職員について」基調講演をしましたので、その記録を質疑応答と一緒にこちらにもアップしておきます。

第18分科会 職員問題

「非正規雇用職員の今とこれから」

基調講演 ジョブ型(職務限定型)正職員について

濱口 桂一郎 (労働政策研究・研修機構)

報告 現場の非正規雇用職員から

岩渕健二 (荒川区立荒川図書館)

報告 公契約条例の現況

松井 祐次郎 (国立国会図書館国会分館)

報告 日本図書館協会の公契約基準

小形 亮 (日本図書館協会図書館政策企画委員会)

報告 学校図書館非正規雇用職員の現状

佐藤千春 (日本図書館協会学校図書館部会、東京大学教育学部図書室)

 

基調講演 ジョブ型(職務限定型)正職員について

濱口 桂一郎 (労働政策研究・研修機構)

 日本の雇用の主な特徴は、終身雇用、年功序列、企業別組合の3つである。非正規雇用問題を考える場合、この3つの根本にあるものを見ると、理解しやすくなる。

 その根本にあるものとは、職務を定めない雇用契約である。会社の一員として社員を採用するというメンバーシップ型の雇用形態であり、会社内で人のやりくりを行う。この特徴は世界的に見れば少数派である。

 ノキアでは、Microsoftに携帯電話部門を買収された際、契約していた職務がなくなったため、携帯部門の社員を解雇した。一方、日本の紡績会社(カネボウ、ニッシンボウなど)は、時代とともに事業を変えてきたが、社員を解雇することはなかった。このことから、海外では、仕事にお金が付いていると言える。日本は職務内容が変わっても、賃金は変わることがなく、人にお金が付いていると言える。

 また、職務内容以外にも、働く時間、空間も定めていない。そのため、基本的には異動命令や残業命令は絶対となる。その命令に背いたら解雇しても構わないという判決が最高裁でも出ている。しかし、ルールを守っていれば雇用は守られている。

 このような会社との関係性があるのは、正社員だけである。日本では、雇用のあり方が意識的・無意識的に正社員(正確に言うと男性正社員)しか目に入っていない。

 非正規労働者の場合は、仕事に値段がついている。これは国際的な雇用形態に近い。しかし、補助的な意味合いで雇われることが多い。この点は他の国の正社員と大きく異なっている。 それだけでなく、賃金も低い水準にある。

 これは、高度経済成長時に非正規労働者は家族を養う夫がいる妻、扶養されている学生というイメージが形成され、生活給ではない、不安定でも良いと考えられていた。

 その後、非正規労働者の問題は、1990年代初めまでは経済がうまく回っていたため、議論はあったが、変えていこうということにはならなかった。

 1990年代半ばになり、年功序列型賃金などの日本型雇用が崩れ、非正規労働者が増加するようになった。1990年代終わりころになると、このことが問題視され、2000年代には政策でも対策を打つようになった。

 派遣労働法もその一部である。派遣社員はもともと女性が多かった。次第に製造業に広がり、派遣労働者として働く若い男性が増え、年越し派遣村、派遣社員が起こした事件などがテレビで取り上げられることが多くなった背景もある。

 この日本独特の雇用形態を全て一度に変えるのは難しいが、会社の一員か、非正規かという二択ではなく、その間にジョブ型正社員という雇用形態を作るのはどうか。このジョブ型正社員は、国際的には普通の働き方で、仕事の内容や時間空間も決まっている。

 すぐに切れる正社員を作ろうとしているという批判はあるが、その職務がある限りは不当に解雇されることはない。その職務がなくなれば、解雇される可能性があるが、職務がある限り雇用は守られる。

 公務部門は、民間部門よりも話がねじれている。一般的に公務員は雇用契約ではなく、任用と思われているが、実際は雇用である。そのねじれた経過をみていきたい。

 公務部門の雇用形態は2種類ある。1つはドイツ型と呼ばれ、官吏だけは任用であり、労働基本権はない。雇員・傭人については雇用契約が結ばれている。戦前の日本も、ここに含まれる。

 一方、アメリカやイギリス式と呼ばれるものは、公務部門で働く職員はすべて雇用契約で結ばれている。上から下まで雇用で、労働基本権は職種によって制限されていることもある。

 戦後、アメリカの占領軍が日本に入ってきて、公務部門の雇用形態をドイツ型から英米型への変更を推し進めた。変更するにあたり、人事院を作り、職階制やジョブ型の雇用形態の確立を図った。このときに公務員にも労働基準法、労働組合法が適用されるように変更した。

 しかし、労働運動が急進化すると、GHQのマッカーサーはこの沈静化を図った。特にこの運動は官公労が先頭に立って行っていたため、まずはそこから労働基本権を奪い、三六協定など労使対等原則に基づくものも切ってしまった。しかし、労働基準法の労働契約の規定は今でも地方公務員には適用されている。

 戦後、占領軍が撤退すると、日本の公務部門の雇用形態をドイツ型に戻そうとしたが、結局英米型の上から下まで同じ公務員という仕組みのまま、それがすべてドイツ型の任用であるから雇傭契約ではないというわけのわからない形になった。それにより、非正規公務員は、公務員の安定し、手厚い待遇が保証されるところからも漏れる谷間の存在になってしまった。

 このような非正規職員問題は50年代にも議論になっていた。しかし、この当時は、労働基本権についての話が主で、その後議論自体もなくなった。

 90年代?2000年代になり、再度非正規職員問題が取り上げられるようになった。非正規労働者については、2012年に労働契約法の改正や、今年のパート法の改正など対策がとられてきている。しかし、厚生労働省が出した通達には、(終戦直後の認識とは逆に)公務員は適用外と書かれている。

 本来立法の原点は公務員も雇用契約なのだから、非正規公務員にも労働契約法が適用されるべきと思っているが、現実は難しい。そこで、先ほど提示したジョブ型正社員のようなジョブ型公務員を作ることを提案したい。これからの日本の専門的な公務部門には、ジョブ型公務員という雇用形態が、現実的にも落とし所としては良いと考えている。

Q、ジョブ型公務員という考えでは、今後図書館で働く場合、どういう雇用形態が良いか?

A、司書も当てはまると思っている。やはり専門職ならそれを前提とした雇用、人事管理が必要。それまで知らなかった人が人事の命令で来て、サービスをするというのは見直すべき。

Q、非正規公務員を条例レベルで工夫をして安定させてあげられないか?

A、条例で小手先を工夫してこの問題を解決するという発想ではないほうがいい。どれだけニーズがあり、どれだけ人数が必要かというのを積み上げて定員が決まるというのが公務員法の大原則。図書館があって一定の人数の司書が必要な限り、パーマメントなポストが必要なのは当たり前。

Q、専門性があるのに、そのジョブがなくなったらという想定をすることは違和感がある。また、英米型の雇用は失業保険や労働組合が充実しているからできるものではないか?

A、ジョブが確立しているほど、他の組織で同じ職を目指すことになる。医者が典型的な例。組織内でやりくりすることが定着すると、その最低限の人数しか取らなくなり、足りない部分は非正規の形で安価に調達するという形になる。

 失業保険等については、会社が責任を負う分は国がやる必要ない。雇用形態が変わってく場合、社会システムどうするかという大きな部分にもつながる。

Q、ジョブ型正社員、公務員が増えたら、不安定な非正規労働者が増えてしまうのではないか?

A、どこと比べて不安定なのか明確にする必要がある。そのジョブがある限り雇用は安定している。日本の雇用形態は親子と例えられるが、非正規雇用労働者は尊重する他人同士でもない関係になっている。このような現状を見れば、社会のあり方の価値判断になる。

Q、委託の増加は同一価値労働同一賃金という点から考えると、今後どうすれば良いか?

A、同一価値労働同一賃金の概念は、もともと日本にはない。委託、請負は、公共部門からお金が出るだけで民間部門といっても良い。しかし、窓口委託など中途半端な委託は違法となる可能性がある。

Q、調布市、豊中市のような司書職制度はジョブ型か?ジョブ型が導入されたときに職務給となるのか?三六協定がないと言ったが、今の職場で三六協定を結んだことがある。

A、それはジョブ型だと思う。賃金制度については触れなかったが、当面は給料表があって年々給料が上がっていくという形になるのではないか?しかし、マジョリティになってしまったら考えなくてはいけない。

 三六協定については、現場を経験したことがないが、非現業であればないはず。しかし、教育は一種の現業かと思っているので、その方が筋は通る。


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視点・論点「働き方改革の基本路線」

視点・論点「働き方改革の基本路線」

3/16 (月) 4:20 ~ 4:30 (10分)NHK総合・東京(Ch.1)

3/16 (月) 13:50 ~ 14:00 (10分)NHKEテレ1・東京(Ch.2)

【出演】労働政策研究・研修機構主席統括研究員…濱口桂一郎

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日本のアニメ産業環境は厳しいのではない。”違法な劣悪環境”である。

本ブログでも何回かその翻訳を取り上げたくみかおるさんが※欄で紹介しておられた日本のアニメ業界に来たアメリカ人のお話ですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/post-abd9.html#comment-110345380

それで少々虫がいいのかもしれませんが、濱口先生のこのブログで今一度取り上げていただけないでしょうか。アニメマニア同士の閉じた議論に少しでも風穴を開けたいのです。

どういう話かというと、出発点はこの英文記事です。

http://www.cartoonbrew.com/artist-rights/japans-animation-industry-isnt-just-tough-its-illegally-harsh-110074.html(Japan’s Animation Industry Isn’t Just Tough, It’s “Illegally Harsh” Says American Artist)

これがTwitter上で紹介され、

http://togetter.com/li/794400

日本のアニメ産業環境は厳しいのではない。”違法な劣悪環境”である。
夢見ていた日本のアニメ産業で働いたアメリカ人アーティストが語る。週給$25(3000円)完全な奴隷労働者。

「はっきりしておきたいのは日本のアニメ産業は厳しいのではなく、違法な劣悪状態であるということ。彼らは最低賃金さえ払わず、現場で嘔吐し、病院に運ばれるまで長時間労働が課せる。締め切りに間に合わないと分かれば、。1ヶ月半1日の休みもなく働かされます。通常ですら週6、1日10時間勤務」

「私がニューヨークでアニメーターとして働いていた時は家賃も払えたし、自分のものを買ったり、”人生を生きる”時間もありました」

・・・・・・・

06111128_5397bedeedbb7そこでくみかおるさんが、「それでしっかりした議論のたたき台として、私の『ミッキーマウス~』小論をネットに公開したほうがいいと考え」、

http://www.godo-shuppan.co.jp/img/kokai/kaisetsu_kokai.pdf(訳者解説)

http://www.godo-shuppan.co.jp/img/kokai/atogaki_kokai.pdf(訳者あとがき)

を公開されたというわけです。

本ブログにおける紹介です。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/10/post-cfbe.html(『ミッキーマウスのストライキ!』)

このエントリの※欄で、私がこう述べた思いは変わっておりませんので、

読みながら、これをもっと膨らまして新書版くらいの分量で世間に出して読まれるべきだと強く感じました。

いま出版社は、労使関係とかいうとそれだけで尻込みするような感じですが、アニメ界の労使関係という切り口は突破口になりそうな気がします(もう一つはスポーツ界ですが)。知ってる人々が出てくるというのはすごく売りになるように思います。

そう、ジブリ関係の本を出しているところなんか、久美薫さんの本を出しませんか?(→中の人たち)

つまらん本を量産するより、よっぽど世のため人のためでしかもすごく面白い。

心ある編集者の方は、上のリンク先の訳者解説と訳者あとがきを読んで、考えてみてください。

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山口浩一郎監修『統合人事管理』

Bk00000351山口浩一郎監修・「統合人事管理」研究会編著『統合人事管理-グローバル化対応の法律実務』(経団連出版)をおおくりいただきました。ありがとうございます。

http://www.keidanren-jigyoservice.or.jp/public/book/index.php?mode=show&seq=351&fl=2

 ビジネスの国際化に伴ってグローバル人事のあり方が模索されています。企業が獲得、育成すべき人材とは、どのようなものなのでしょうか。グローバル人材に能力を最大限に発揮させ、企業の成長につなげていくには、どのような人事施策が必要なのでしょうか。
 企業が国境を越えて人を雇う場面で浮上する日常的な問題に加え、近時は、現地子会社で不祥事が発生するという深刻な事態も増えています。これらは日本企業がグローバル化する過程で必ず直面する課題であり、そこから日本企業の将来を見通すことができ、新しい視点で自社の人事施策・労務管理を考え直すことにもつなげられます。
 本書は、これまで取り扱われることの少なかった国際的な労働問題に焦点を当て、グローバル展開を推進する企業が労働法をよりどころにしつつ、解決方法を見出すことができるよう具体策を提示するものです。

タイトルだけではやや理解しにくいですが、一言で言えばグローバルな人事労務管理に労働法からアプローチしたQ&A形式の意欲的な本です。書かれているのは主としてグローバル企業の労働問題に関わる弁護士の方々で、主な内容はこんな感じですが、

○労働法を国際場面に適用する
○海外で適材を採用する
○外国人を受け入れる
○人材を海外へ送り出す-赴任
○人材を海外へ送り出す-出張ほか
○グループ人事を国際化する
○人事を全世界的に統一する
○海外拠点リスクを管理する
○国際的にリストラを断行する
○国際化する労組とつき合う

これだけではちょっと茫漠としているので、そうですね、「国際的にリストラを断行するという章に載っている問いをいくつか挙げてみましょう。日本で当たり前のことが海外では許されないことであり、逆に海外で当たり前のことが日本ではやたらに難しいという労働法カルチャーの違いがよく浮かび上がっています。

9-3 当社はアメリカ本社の現地子会社ですが、事業縮小のため整理解雇をすることになりました。人選基準として50歳以上を設けるつもりですが、アメリカ本社からは年齢差別に当たり不適切と指摘されました。年齢基準をどう考えるべきですか。

9-4 前問の場合において、当社は51歳のアメリカ人を整理解雇しました。するとこのアメリカ人はアメリカに帰国後、アメリカの裁判所に当社を相手取って解雇の効力を争う訴訟を提起してきました。どう対応すべきですか。


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『生産性新聞』連載コラムがアップされました

日本生産性本部の機関紙『生産性新聞』に8回にわたって連載した「問われる日本の人事管理」が、掲載された形で生産性本部のサイトにアップされました。

http://www.jpc-net.jp/paper/nihonjinji.html

女性が管理職になりにくい社会

「能力評価」と「能力主義」のアイロニー

派遣法改正 3度目の正直?

実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関のイメージ

若者雇用対策法の大胆と小心

長時間労働禁止の本音と建前

技能実習制度の見直し

解雇の金銭解決と訴訟物

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溝上憲文『2016年残業代がゼロになる』

Zero溝上憲文さんより『2016年残業代がゼロになる』(光文社)をお送りいただきました。ありがとうございます。

溝上さんは労働ジャーナリストとしていろんな方面を熱心に取材して記事を書かれており、本書でもそれがよくわかる記述がかなりあります。

ただ、とはいえ、このタイトルは、まさしく今までの時間無限定正社員を前提にして、ただひたすら残業代ゼロになるぞ、怖いぞ、大変だぞ、と煽っているだけで、労働時間のあり方を根本に戻って考え直そうというものにはなっていないように思えます。

中ではちゃんと、鶴光太郎氏や島田陽一氏らも登場し、規制改革会議の三位一体改革論から何が抜け落ちたのかも的確に指摘をしていながら、最後の結論のところの、あまりにも旧来の無限定正社員感覚を前提にした「正社員消滅計画」なる煽りは、正直いかがなものかと思いました。

もちろん、それは産業競争力会議における議論のねじれ自体の反映であるわけですが、残業代がゼロになるのを阻止すれば、今現在の長時間労働自体は批判の対象ではなくなるのだろうか、と読者に疑問を提起する部分があってもよかったのではないかと思います。

いや、それでは、どっちを向いているんだ、立場を明確にしろという類いの批判に晒されるのでしょうけど。

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安藤至大『これだけは知っておきたい働き方の教科書』

9784480068231安藤至大さんから新著『これだけは知っておきたい働き方の教科書』(ちくま新書)をお送りいただきました。ありがとうございます。

いま働き方の仕組みはどうなっているか? これからどう変わり、どう備えるべきなのか? 法律と経済学の視点から、働くことの構造・現状・未来・対策を説く。

言葉の正確な意味での「入門書」です。そこらに転がっている、専門書を水で薄めただけの、著者の力量のなさを露呈したような入門書じゃなく、労働に関わる話をとことんブレークダウンして、一つ一つは中学生でも分かるようなレベルの話にしながら、それが先端の話にもちゃんとつながっている(と、分かっている人にはちゃんと分かる)ような造りになっています。

この本をちゃんと読んだ上で、例えばこういう時論を読めば、何を言おうとしているかがより一層理解できるようになるでしょう。

http://diamond.jp/articles/-/37951(なぜ「解雇規制の緩和」は不要か “できる解雇”と“できない解雇”の視点から考える)

http://www.nikkei.com/article/DGKDZO72316480V00C14A6KE8000/(雇用制度改革の視点(下))労働時間に上限の設定を

目次は次の通りです。

はじめに

第1章 働き方の仕組みを知る
1 私たちはなぜ働くのか?
生活のために働く
稼得能力を向上させるために働く
仕事を通じた自己実現のために働く

2 なぜ人と協力して働くのか?
自給自足には限界がある
分業と交換の重要性
比較優位の原理
比較優位の原理と使い方
「すべての人に出番がある」ということ

3 なぜ雇われて働くのか?
なぜ雇われて働くのか
他人のために働くということ
法律における雇用契約
雇われて働くことのメリットとデメリット

4 なぜ長期的関係を築くのか?
市場で取引相手を探す
長期的関係を築く

5 一日にどのくらいの長さ働くのか?
「収入-費用」を最大化
資源制約とトレードオフ
限界収入と限界費用が一致する点

6 給料はどう決まるのか?
競争的で短期雇用の場合
長期雇用ならば年功賃金の場合もある
取り替えがきかない存在の場合
給料を上げるためには

コラム:労働は商品ではない?

第2章 働き方の現在を知る
1 働き方の現状とルールはどうなっているか?
正規雇用と非正規雇用
正規雇用の三条件
7種類ある非正規雇用
非正規雇用の増加

2 正社員とはなにか?
正規雇用ならば幸せなのか
正社員を雇う理由
正規雇用はどのくらい減ったのか

3 長時間労働はなぜ生じるのか?
長時間労働の規制
長時間労働と健康被害の実態
なぜ長時間労働が行われるのか
一部の労働者に仕事が片寄る理由

4 日本型雇用とはなにか?
定年までの長期雇用
年功的な賃金体系
企業別の労働組合
職能給と職務給
中小企業には広がらなかった日本型雇用

5 解雇はどこまでできるのか?
雇用関係の終了と解雇
できる解雇とできない解雇
日本の解雇規制は厳しいのか
仕事ができる人、できない人

6 ブラック企業とはなにか?
ブラック企業はどこが問題なのか
なぜブラック企業はなくならないのか
どうすればブラック企業を減らせるのか

コラム:日本型雇用についての誤解

第3章 働き方の未来を知る
1 少子高齢社会が到来する
生産年齢人口の減少
働くことができる人を増やす
生産性を向上させる

2 働き方が変わる
機械により失われる仕事
人口の減少と仕事の減少
「雇用の安定」と失業なき労働移動

3 雇用形態は多様化する
無限定正社員と限定正社員
働き方のステップアップとステップダウン
非正規雇用という働き方
社会保障の負担

4 変わらない要素も重要
日本型雇用と年功賃金
新卒一括採用

コラム:予見可能性を高めるために

第4章 いま私たちにできることを知る
1 「労働者の正義」と「会社の正義」がある
「専門家」の言うことを鵜呑みにしない
目的と手段を分けて考える
会社を悪者あつかいしない

2 正しい情報を持つ
雇用契約を理解する
労働法の知識を得る
誰に相談すればよいのかを知る

3 変化の方向性を知る
働き方は変わる
失われる仕事について考える
「機械との競争」をしない

4 変化に備える
いま自分にできることは何か
これからどんな仕事をするか
普通に働くということ

おわりに

ブックガイド:「働くこと」についてさらに知るために

なお、最後のブックガイドには、拙著『日本の雇用と労働法』も挙がっています。


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日本における教職員の働き方・労働時間の実態に関する調査研究

Dio連合総研の機関誌『DIO』3月号がアップされています。

http://rengo-soken.or.jp/dio/pdf/dio302.pdf

特集は「介護離職問題を考える−仕事と介護の両立に向けて−」なんですが、ここで紹介したいのは、後ろの方の「2014年度新規研究テーマ紹介」です。

3つの新テーマが上がっているのですが、

非正規労働者の働き方・意識に関する実態調査(連合非正規労働センターとの共同調査研究)

派遣労働における集団的労使関係に関する調査研究(連合非正規労働センターとの共同調査研究)

日本における教職員の働き方・労働時間の実態に関する調査研究(日教組からの委託調査研究

はじめの2つが連合非正規労働センター、最後の一つが日教組との共同研究ですね。

このうち特に日教組の委託による「教職員の働き方・労働時間の実態」調査は、多くの人々が問題だと感じながら、法律や政治の谷間でなかなかきちんと(労働問題としての)光を当てられてこなかった問題へのチャレンジで、大変重要だと思います。

日本における小・中・高等学校における教職員の長時間労働の実態はかねてから大きな問題となっており、OECDの調査によっても日本の長時間労働実態は突出している。
この問題は、単に教職員の心身の健康の問題にとどまらず、その過大な負荷が教育の「質」に影響を及ぼし、あるいは教員の早期退職を引き起こすなど、将来にも及ぶ社会的な問題となりつつある。
本委員会では、こうした教職員の労働実態、意識、教育実践に及ぼす影響などについて課題を明らかにするとともに、問題解決に向けた提言を行うことをめざす。
具体的には、幅広い分野にまたがる専門家などによる委員会を設置して、教職員を対象としたアンケート調査を実施し、その結果にもとづいて検討を深める。

そういえば、某経営団体の枢要の地位にいる方も、教師の労働時間問題は深刻で、きちんとやるべきだと仰っていましたし。

日教組自らがやるとどうしても労働問題としてまっとうに議論されるだけでなく、おかしな政治的議論に巻き込まれがちになるだけに、連合総研という明確に労働側の立場ではあるけれども政治的には妙な色眼鏡で見られることのない機関でやるのはいいことだと思います。

しかも、この研究会、先日古稀を迎えられた毛塚勝利先生が参加されるようです。

委 員:毛塚 勝利  中央大学法学部教授
    油布佐和子 早稲田大学教育・総合科学学術院教授
    樋口 修資 明星大学教育学部教授
    青木 純一 日本女子体育大学体育学部教授
    青野  覚 明治大学法学部教授
事務局:小島  茂 連合総研副所長
    杉山 豊治 連合総研主任研究員
    柳  宏志 連合総研研究員
    前田  藍 連合総研研究員


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メンバーシップ型労働社会のロースクール

ロースクールをもうすぐ修了される方のブログ「アホ坊主のナントカ論」で、ロースクールを労働社会のあり方から考察されているエントリがありました。

http://rintaro0324.hatenablog.com/entry/2015/03/10/093107(ロースクールを修了するにあたって:日本の労働社会との齟齬)

ジョブ型社会とメンバーシップ型社会についての簡単な説明の後で、

・・・ロースクールがジョブ型の労働社会を前提にしていることは容易に想像ができるだろう。ロースクールは専門大学院として「法務」という仕事を上手にこなすことができるというレッテルを獲得するために入学するところになるわけだ。日本の法科大学院においても弁護士・検察官・裁判官という「職業」を目指すということになっている。

 けれども、日本では司法試験に不合格になる人のほうが多い。そうすると、その先はジョブ型ではなくメンバーシップ型の労働社会に参加していくことになる。ここで齟齬が起きてくる。2つの労働社会では評価の基準が(おそらく)異なるので違う振舞いが求められることになるのだろうけれど、そんなことは司法試験で忙しくてなかなか気にかけているヒマがない。

そう、日本の法科大学院の悲劇と喜劇は、メンバーシップ型社会のまっただ中に、ジョブ型社会を前提とするロースクールの仕組みをそのまま持ち込んだものであるにも関わらず、当事者たちにその認識が見事に欠如していたという点にあります。

いずれにしても、日本の法科大学院の現状は「メンバーシップ型」と「ジョブ型」の労働社会それぞれに目配りをしなければいけないという面倒くさい構造になっている。そして、メンバーシップ型への対応が(非常に)遅れている。今後は上位の法科大学院だけが勝ち残ってより「ジョブ型の大学院」としての機能を高めていくことになるだろうけれども、そこに至るまでにどう学生を守っていくのか。それが目下の課題になる(と信じる)。

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駒村康平『中間層消滅』

301411000789駒村康平さんより新著『中間層消滅』(角川新書)をお送りいただきました。ありがとうございます。

駒村さんからは昨年『日本の年金』(岩波新書)も頂いていますが、こちらはきちんと正座した解説という感じなのに対して、本書は、以前同じ角川レーベルから出した『大貧困社会』と同様、やや風呂敷を広げ気味に、格差問題、社会保障のなんたるかを説いている本になっています。

http://www.kadokawa.co.jp/product/301411000789/

社会経済構造の大変化の中、社会保障制度は壊れ、所得格差が世界的規模で拡大している。トリクルダウン神話が崩壊した今、安定社会の重石たる中間層の消滅をいかに止めるべきか。歴史的視点から処方箋を考えていく。

ポランニーからピケティからいろいろ出てきますが、読み終えて一番心に残っているのは、前横浜副市長の前田正子さんの寿町のエピソードと、そして「おわりに」のこの言葉でした。

この言葉がしみるなあ、と思う人は実は読まなくてもいいのです。本当にメッセージが届いてもらいたい人は、実はこの言葉の意味が理解できない人たちなのでしょう。

・・・ピケティも指摘しているが、経済学は、科学の装いをまとい、理論的な整合性を重視するあまりに、現実の社会に対する関心を失っているのではないか。・・・イギリスの経済学者、アーサー・C・ピグーの言葉、「哲学は驚きに始まる。経済学は汚い饐えた匂いの街を彷徨って湧いてくる社会的情熱である」といった情熱を失っているのではないか。

社会経済問題に関心を持つ経済学者は、中央省庁の会議室で政府高官と議論したり、机上で統計データを分析するだけではなく、生活困窮者や生活保護を受けている人の生活状況、ホームレスが住む無料低額宿泊施設、引きこもりの人の家に行って、そこで感じる空気から現実社会の問題解決への心情、情熱に火をともすべきであろう。


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日々紹介ビジネスモデルの崩壊@WEB労政時報

WEB労政時報に「日々紹介ビジネスモデルの崩壊」を寄稿しました。

http://www.rosei.jp/readers-taiken/hr/article.php?entry_no=358

 労働問題の業界紙『労働新聞』の3月2日号に、大変興味深い判決が紹介されています。

初判決 「日々紹介と認めず」

栃木県内でホテルを経営する(株)ホテルサンバレーが、大手優良職業紹介会社の宝木スタッフサービスに対し、配膳人である常用従業員は期間の定めがなく、「日々雇用ではない」として約3000万円の不当な紹介手数料の返還を求めた裁判で、宇都宮地方裁判所大田原支部は、原告の主張を全面的に認める判決を下した。同裁判所は毎月のシフト表に基づいて働いていたことなどから、「日々あっせんの事実があったとは言えない」と示している。日々紹介に関する大規模な争いでは裁判所の初判断となる。

※『労働新聞』(2015年3月2日付)

 これは、ある程度労働法に詳しい人にとっては、結構意外な判決なのではないでしょうか。実は、労働法の教科書に必ず載っている「日々紹介に関する大規模な争い」の判決があるのです。・・・・

先日本ブログに書いたエントリを、井上幸夫さんのコメントをもとにさらに膨らませたものです。

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外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律案

標記法律案がアップされています。

http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/soumu/houritu/dl/189-18.pdf

外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律
目次
第一章総則(第一条―第七条)
第二章技能実習
第一節技能実習計画(第八条―第二十二条)
第二節監理団体(第二十三条―第四十五条)
第三節技能実習生の保護(第四十六条―第四十九条)
第四節補則(第五十条―第五十六条)
第三章外国人技能実習機構
第一節総則(第五十七条―第六十三条)
第二節設立(第六十四条―第六十八条)
第三節役員等(第六十九条―第八十一条)
第四節評議員会(第八十二条―第八十六条)
第五節業務(第八十七条―第九十条)
第六節財務及び会計(第九十一条―第九十八条)
第七節監督(第九十九条・第百条)
第八節補則(第百一条・第百二条)
第四章雑則(第百三条―第百七条)
第五章罰則(第百八条―第百十五条)
附則

そもそも技能実習制度など廃止すべきという御意見の人もいるわけですが、存在することを前提とするならせめてこれくらいのきちんとした枠組みの下で最初からやるべきではありましたね。OJTで技能を伝えるといいながら「研修生は労働者にあらず」などというインチキで問題を引き起こすのではなく。

研修・技能実習制度が始まってから既に20年以上の月日が過ぎ、ようやくそれなりにまともな法制度の枠組みの下で、そう、労働政策を否定する入管法の枠組みだけではなく、労働政策の枠組みの中でこの仕組みが動くようになるわけです。

こういう基本的理念が法律に書かれるようになったこと自体、20年前を考えると感無量の感もあります。

(基本理念)
第三条 技能実習は、技能等の適正な修得、習熟又は熟達(以下「修得等」という。)のために整備され、かつ、技能実習生が技能実習に専念できるようにその保護を図る体制が確立された環境で行われなければならない。
2 技能実習は、労働力の需給の調整の手段として行われてはならない。

技能実習計画の認定基準に、こういう文言が入っていることも、当たり前に見えるかも知れませんが、20年前の法務省の研修は就労ではないという感覚からすれば全然当たり前ではなかったのです。

九 技能実習生の待遇が主務省令で定める基準に適合していること。

あるいは、技能実習生の保護というこの諸規定とか

第三節技能実習生の保護

(禁止行為)
第四十六条 実習監理を行う者(第四十八条第一項において「実習監理者」という。)又はその役員若しくは職員(次条において「実習監理者等」という。)は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって、技能実習生の意思に反して技能実習を強制してはならない。
第四十七条 実習監理者等は、技能実習生等(技能実習生又は技能実習生になろうとする者をいう。以下この条において同じ。)又はその配偶者、直系若しくは同居の親族その他技能実習生等と社会生活において密接な関係を有する者との間で、技能実習に係る契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
2 実習監理者等は、技能実習生等に技能実習に係る契約に付随して貯蓄の契約をさせ、又は技能実習生等との間で貯蓄金を管理する契約をしてはならない。
第四十八条 技能実習を行わせる者若しくは実習監理者又はこれらの役員若しくは職員(次項において「技能実習関係者」という。)は、技能実習生の旅券(入管法第二条第五号に規定する旅券をいう。第百十一条第五号において同じ。)又は在留カード(入管法第十九条の三に規定する在留カードをいう。同号において同じ。)を保管してはならない。
2 技能実習関係者は、技能実習生の外出その他の私生活の自由を不当に制限してはならない。
(主務大臣に対する申告)
第四十九条実習実施者若しくは監理団体又はこれらの役員若しくは職員(次項において「実習実施者等」という。)がこの法律又はこれに基づく命令の規定に違反する事実がある場合においては、技能実習生は、その事実を主務大臣に申告することができる。
2 実習実施者等は、前項の申告をしたことを理由として、技能実習生に対して技能実習の中止その他不利益な取扱いをしてはならない。

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10,000,000アクセス突破

ところで、いつのまにか本ブログの累計アクセス件数が、10,000,000件を突破していたようです。

毎度、このような場末のブログにおいでいただき、ありがとうございます。

基本的に労働法政策に関わることだけ書いていくという方針に変わりはありませんが、世の中の動きが少しでもわかる助けになるようなブログを目指して参りますので、今後ともご愛顧のほどをお願い申し上げます。

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就活は社会映す鏡 日本的「働き方」再考を@日経新聞

Namba本日の日経新聞の読書欄、「今を読み解く」で、法政の児美川孝一郎さんが標題のような文章で、4冊の本を紹介しています。

http://www.nikkei.com/article/DGKKZO84095070X00C15A3MZA000/

経団連が新たに定めた指針では、今年の大学3年生から採用活動の時期が繰り下げられた。この3月には会社説明会が解禁となり、面接等の採用選考の解禁は8月である。

 本来ならまだ蓋を開けたばかりのはずだが、今年の就活戦線にはすでに不穏なムードが漂っている。新ルールなどどこ吹く風で、インターンシップ等で学生と接触し、水面下で選考を開始する企業が後を絶たなかったからだ・・・・・

Tunemi紹介されている4冊とは、順に

難波功士『「就活」の社会史』(祥伝社新書)

常見陽平『「就活」と日本社会』(NHK出版)

濱口桂一郎『若者と労働』(中公新書ラクレ)

海老原嗣生『日本で働くのは本当に損なのか』(PHPビジネス新書)

です。

Chuko拙著は、常見さんの本を受けて、

・・・それにしても、就活はなぜ過熱するのか。それは、学生が新卒就職を経て、何とか日本的雇用の世界に入り込むことを目指すからである。・・・

と紹介され、さらに、後の海老原本につなぐ部分では、

・・・著者ははっきりとは書かないが、問題意識の背景にあるのは、誰もがメンバーシップ型(のエリート)となることを夢見る日本的な働き方の「異様さ」への醒めた感覚であろう。同様の感覚は、海老原・・・にも嗅ぎとることができる。・・・

と、(常見本にも共有される)感覚を指摘されています。

9784569815022_2最後のパラグラフは、これらを受けて、

・・・見てきたような意味で、就活とは、見事なまでに私たちの社会のありようを映し出してくれる鏡である。そこに映る複雑な糸のもつれを、いかに解きほぐしていくのかが問われている。

とまとめています。

就活問題というと、つまらない本も山のようにありますが、きちんと本筋を摘出しているとてもいいレビューだと思います

(追記)

ちなみに、amazonブックレビューにも拙著の新たな書評が載っていました。

http://www.amazon.co.jp/review/R1JG4T8Z1CCGSP/ref=cm_cr_dp_title?ie=UTF8&ASIN=4121504658&channel=detail-glance&nodeID=465392&store=books

5つ星のうち 5.0          若者の就職をめぐる見取り図として稀有な本, 2015/3/8      

投稿者
Amazonで購入(詳細)      
レビュー対象商品: 若者と労働 「入社」の仕組みから解きほぐす 中公新書ラクレ (Kindle版)      
作者の濱口桂一郎さんの主張についてはブログでよく知っていましたが、著作が念願のKindle化となり即購入。

若者の就職活動については多数のマニュアル本も出版され、また就職活動の過酷さなどがマスコミでも大きく取り上げられる昨今ですが、その全体をつらぬく仕組みをここまで明確に書かれた本は今までなかったのではないでしょうか。

「大学で学んだ知識は仕事には何の役にも立たない」「求められているのは具体的なスキルではない」「必要なのはコミュニケーション力」等、どれもほとんど人が知っている、または思っていることでしょう。
しかしながら、「『なぜ』そうなっているのか」を理解している人は少ないのではないでしょうか。

本書では、海外と比較しつつ、歴史的な経緯をたどりながら、その「なぜ」を解き明かしてくれます。
就職活動のテクニックを身につける前に、なぜそのようなテクニックが有効なのかと理解するためにも、読むべき一冊と言えるでしょう。
また、採用する側にとっても、採用活動において何を重視するべきなのかを改めて考える契機になる一冊ではないでしょうか。

最後に、濱口桂一郎さんの他の著作のKindle化を祈念してレビューをしめくくりたいと思います。

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ある公職に就くことが決まった方の近著

朝日の澤路さんのつぼやき

https://twitter.com/sawaji1965/status/574407615054147584

ある公職に就くことが決まった方の近著を読み始めたら、最初の方で、「非正規社員では、厚生年金にも雇用保険にも入れない」とあり、それ以上読む気が失せてしまいました。

自分が何を知っているかは知っているけれども、何を知らないかは知らない。

自分が何については語る能力があるかはわかっているけれども、何については語る能力がないかはわかっていない。

そういうたぐいの、言葉の正確な意味での専門バカが、つまり専門以外のことについての無知さ加減に気がついていないゆえに「専門」と「か」の間に「ば」が挟まってしまうたぐいの人が、にもかかわらずマスコミにちやほやされて、自分の無知蒙昧ぶりを天下に知らしめながらも、誰もそのことを本人に忠告してあげることなく、国家の政策形成の枢要なる地位についてもなおその姿が変わらない・・・・・という事態が、たしかに最近よく散見されます。

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『ポケット詩集』

N101thumb180xauto193 本日、毛塚勝利先生古稀記念祝賀会。

錚々たる方々による『労働法理論変革への模索』(信山社)という大冊をいただく。

全39論文、総1040ページという大冊。

とても本日ご紹介できるような生やさしいものではありません。

なので、もう一冊、お別れにいただいた『ポケット詩集』(童話屋)を。

宮沢賢治の「雨にも負けず」から始まって、濱口國男の「便所掃除」(とっても臭い詩です)、与謝野晶子の「君死にたもうことなかれ」、谷川俊太郎の「死んだ男の残したものは」、など、心にしみる詩がたくさん。

毛塚先生ご夫妻は、これを朗読し合っておられるとか。

朗読もいいですが、歌になったものもあります。森山良子の歌う武満徹作曲の「死んだ男の残したものは」

(追記)

ちなみに、昨晩如水会館で聞いた一番「へぇぇぇぇぇぇぇぇ」だった話は、

常見陽平さんはそのむかし「うじきよわし」のリングネームでプロレスしてた、って話。

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季刊労働法248号

248web 『季刊労働法』248号の案内が労働開発研究会のサイトに載ったようですので、こちらでもご紹介。

http://www.roudou-kk.co.jp/books/quarterly/2900/

特集は「女性・限定正社員と人材活用」です。

女性活用に関しては,女性の活躍促進に関する立法動向の行方,女性の人材活用を阻害する法制度の他国との比較,企業から見た女性活用のポイント,労働組合から見た女性活用の留意点を,そして,限定正社員については,その有効活用の方法を労使の弁護士に論じてもらい,限定正社員の労働時間の運用方法に関する論稿を掲載します。

こういう方々の論考ですが、面白そうです。

女性の就労促進と労働法

慶應義塾大学教授 両角道代

無限定正社員は放置していいのか

弁護士 鴨田哲郎

限定正社員雑感

――使用者側弁護士の立場から

弁護士 松下守男

働く現場から見た「女性活躍推進」

なのはなユニオン 鴨 桃代

企業から見た女性活用の今後のポイント

内閣府少子化危機突破タスクフォース政策推進チームリーダー 渥美由喜

日本人の働き方と限定正社員

経済学からみた時間限定正社員をめぐる議論とその課題について

早稲田大学教授 黒田祥子

いや、女性問題とはすなわち男性問題であり、限定正社員問題とはすなわち無限定正社員問題なわけです。

そして、口先はともかく、労働組合側の本音では無限定な働き方を好んでいるからこそ、ワークライフバランスという言葉で耳にいくらたこができても、踊る阿呆は現れないわけで・・・。

今号にはもう一つでかい特集があります。

■労働審判制度創設10周年記念シンポジウム■

第1部 基調報告と特別講演

最高裁判所事務総局行政局第一課長 品田幸男

弁護士(第一東京弁護士会) 藤田進太郎

東京大学社会科学研究所教授 佐藤岩夫

元日本労働組合総連合会会長 髙木 剛

元日本経営者団体連盟専務理事 矢野弘典

第2部 パネルディスカッション

弁護士・司会進行 棗 一郎

労働政策研究・研修機構理事長 菅野和夫

日本労働組合総連合会総合労働局長 新谷信幸

東京経営者協会労働・研修部兼総務部次長 海老澤大造

東京高等裁判所判事 定塚 誠

東京地方裁判所判事 古久保正人

弁護士(横浜弁護士会) 鵜飼良昭

弁護士(第一東京弁護士会) 石嵜信憲

労働審判については、私も分析してきたことがあり、そろそろ公表される時期になりつつあるので、このシンポジウムは興味をそそられます。

その他の論文はまとめて:

■論説■

倒産手続における整理解雇法理の適用について

立正大学准教授 高橋賢司

■研究論文■

韓国における非正規勤労者に対する差別的処遇の禁止及びその是正

―労働委員会による差別的処遇の是正を中心に―

早稲田大学大学院 徐 侖希

■判例研究■

賃金減額提案に対する「合意」の成否と「合意」内容の限定解釈

ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件(札幌高判平成24年10月19日労判1064号37頁)

早稲田大学大学院博士後期課程 林 健太郎

■労働法の立法学 第38回■

個別労働紛争解決システムの法政策

労働政策研究・研修機構統括研究員 濱口桂一郎

■神戸大学労働法研究会 第31回■

妊娠中の軽易業務転換を契機とする降格の均等法9条3項(不利益取扱い禁止)違反該当性

―広島中央保健生活協同組合事件・最一小判平成26年10月23日労判1100号5頁―

上智大学准教授 富永晃一

■筑波大学労働判例研究会 第41回■

永住者の在留資格を有する外国人と生活保護法上の受給権

最二小判平成26・7・18判例地方自治386号78頁,賃金と社会保障1622号30頁

佐賀大学教授 早川智津子

■文献研究労働法学 第15回■

労災補償

同志社大学准教授 坂井岳夫

■アジアの労働法と労働問題 第23回■

ベトナムにおける「労働力輸出」産業の実態と問題点

神戸大学准教授 斉藤善久

●重要労働判例解説

内部告発を理由とした報復行為に関する違法性判断

千葉県がんセンター事件・東京高判平26・5・21労経速2217号3頁

淑徳大学助教 日野勝吾

会社更生計画の効力と整理解雇の必要性

日本航空(運行乗務員整理解雇)事件・東京高判平26・6・5労旬1819号78頁

琉球大学准教授 戸谷義治

徐侖希さんのは、かつて日本労働法学会で報告されたテーマの延長線上ですね。

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外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律案

本日の閣議で、入管法の改正案と、外国人技能実習適正実施法案が閣議決定されたと、日経新聞が伝えています。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS06H29_W5A300C1EAF000/?n_cid=TPRN0006外国人技能実習を拡充 法案閣議決定、受け入れ延長

政府は6日、外国人を日本国内に受け入れて働きながら学んでもらう「外国人技能実習制度」を拡充する外国人技能実習適正実施法案を閣議決定した。技能実習の受け入れ期間を現行の最長3年から5年に延ばすほか、外国人を低賃金で酷使するなどの不正を防ぐため、受け入れ団体や企業を監視する監督機関「外国人技能実習機構」を新設する。

 今国会で成立すれば2015年度中の施行を目指す。技能実習生を保護するため、実習生の意思に反した実習の強制や私生活の制限を禁じ、罰則規定を設けた。法施行後5年をめどに状況を確認し、必要があれば法の規定を見直す。

 同日、入管難民法改正案も閣議決定した。外国人の在留資格を介護にも広げ、国内で介護に従事できるようにする。

閣議決定はしたけれどまだ国会に提出はしていないようで、法務省、厚生労働省いずれのホームページにも法案そのものは載っていません。ただ、ここに提出予定法案の要旨が載っているので、こういう法案なのでしょう。

http://yamamototaku.jp/archives/4465

○外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律案(仮称)
 外国人の技能実習における技能等の適正な修得等の確保及び技能実習生の保護を図るため、技能実習を実施する者及び実施を監理する者並びに技能実習計画についての許可等の制度を設け、これらに関する事務を行う外国人技能実習機構(仮称)を設ける等の所要の措置を講ずる。
  ※ 3月上旬提出予定

○出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律案
 介護の業務に従事する外国人の受入れを図るため、介護福祉士の資格を有する外国人に係る在留資格を設けるほか、出入国管理の現状に鑑み、偽りその他不正の手段により上陸の許可等を受けた者等に適切に対処するため、罰則の整備、在留資格取消事由の拡充等の措置を講ずる。
  ※ 3月上旬提出予定

実は、これら法案の中身は、1月末にまとめられた「技能実習制度の見直しに関する法務省・厚生労働省合同有識者懇談会」の報告に詳しく書かれています。

http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11808000-Shokugyounouryokukaihatsukyoku-Gaikokujinkenshusuishinshitsu/0000072667.pdf

また、その概要を『生産性新聞』2月25日号に寄稿してますので、ご参考までに。

 去る1月30日に「技能実習制度の見直しに関する法務省・厚生労働省合同有識者懇談会」が報告書をとりまとめました。これに基づいて今通常国会に法改正案が提出される予定ですが、その経緯と内容を簡単に見ておきましょう。ただし、今回の動きに先行する技能実習制度の歴史については省略します(拙論「日本の外国人労働者政策」(五十嵐泰正編『労働再審2越境する労働と〈移民〉』(大月書店)所収)参考)。2009年の制度改正で技能実習が出入国管理法上に明確に位置づけられた後も、一方からはその制度拡大、他方からはその厳格化を求める声が続き、法務省は出入国管理政策懇談会の外国人受入れ制度検討分科会において、2013年11月から審議を行い、2014年6月に「技能実習制度の見直しの方向性に関する検討結果」を公表しました。その間、産業競争力会議や経済財政諮問会議から、再技能実習を認めることや介護分野でも認めることなどが要請されたことが結論に影響を及ぼす一方、監理団体や受入機関をめぐる様々な問題への対応を図ろうとしています。同じ昨年6月に閣議決定された「日本再興戦略改訂2014」では、管理監督の在り方を抜本的に見直し、2015年度中の新制度への移行を目指すとともに、実習期間の延長、受入れ枠の拡大等について、2015年度中の施行に向けて、所要の制度的措置を講ずるというスケジュールが示されています。これを受けて同年11月から上記合同有識者懇談会が開かれ、1月末に報告書を出すに至ったというわけです。
 最大のポイントは、優良な監理機関・受入機関について、実習生の一旦帰国後2年間の実習を認め、これを(これまでの当初1年間の1号、後の2年間の2号と並んで)3号と位置づけることです。これを認めるための実習生の要件として、技能検定3級相当の実技試験への合格を示しています。これまでは、1号修了時に技能検定基礎2級相当の技能評価試験を受検することを求めていただけですが、2号修了時に3級相当、3号修了時に2級相当の受検を義務づけるので、ようやく技能実習らしい制度になるわけです。対象職種の拡大については、2014年10月から社会・援護局が開いた「外国人介護人材受入れの在り方に関する検討会」が2015年2月に中間まとめを公表し、単なる物理的な業務遂行ではなく、一定のコミュニケーション能力の習得なども要件とする方向を示しており、改正法施行時に職種追加が行われることになりそうです。
 一方、制度の厳格化については、上記技能評価試験の受検義務化と並んで、監理団体及び実習実施機関のガバナンス強化や問題のある機関の排除が挙げられています。具体的には監理団体に許可制を導入し(今までそうでなかったことの方が不思議ですが)、指導監督を行い、場合によっては許可を取り消すという仕組みです。また、新たに法律に基づく制度管理運用機関を創設し、指導監督を行わせるとされています。言い換えれば、現在のJITCOには実効ある監視ができていないということです。さらに国際的にも問題になっている実習生に対する人権侵害に対応するため、制度管理運用機関で通報・申告窓口を整備するとしていますが、どれだけの権限を行使できるように設計するのか、現段階ではまだ明らかではありません。
 いずれにせよ、移民政策は採らないという大前提と、にもかかわらず必要な労働力を外国人で充足したいという喫緊のニーズを、技能の実習という建前で折り合わせるこの制度の微妙なバランスを、労働者保護や人権擁護をきちんと担保しながら維持し続けることの難しさがにじみ出るような報告書の内容であることは間違いありません。

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職業レリバンスとは実体ではなく社会構造である、って何回言ったら・・・

世の中では依然としてつまらない議論が続いているようですが、言いたいことは

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2015/03/post-fac6.html(要は、ジョブ型なら職業教育、メンバーシップ型なら「文系」)

に尽きているので、少し脇道から。

就職に強いといえば、かつての女子短大は最強でした。四年制大卒女子が軒並み土砂降りで泣き濡れているときでも、すいすいといくらでも就職できたのです。それも、なまじ栄養学科なんていう仕事に役立てようなんて色気のありそうなところじゃなくって、英文科とか国文科とか、絶対に職業人としてやっていく気なんてこれっぽっちもありませんから、と言わんばかりなところのほうが就職率は良かったわけです。

それは極めて明快な理由であって、男女異なる労務管理がデフォルトルールであった時代には、一生会社勤めしようなどと馬鹿げたことを考えたりせず、さっさと結婚退職して、子どもが手がかからなくなったらパートで戻るという女性専用職業コースをたどりますというメッセージになっていたからでしょう。あるいは、結婚という「永久就職」市場における女性側の提示するメリットとして、法学部や経済学部なんぞでこ難しい理屈をこねるようになったかわいくない女性ではなく、シェークスピアや源氏物語をお勉強してきたかわいい女性です、というメッセージという面もあったでしょう。

現実の社会構造の中で、それが会社への入口で高く評価される以上、それも立派な職業的レリバンスに違いありません。だから多くの十代の女子たちは、自らの将来設計を冷静に冷徹に見据えた上で、そういう意思決定をしていたわけです。そしてそれは(少なくとも入口では)確かにペイするものでありました。

ところが、1990年代に舞台設定ががらりと変わり、それまでいくらでも採用してくれていた女子短大というレーベルが、とりわけ英文科とか国文科といった定番のレーベルが、一番お呼びでないものになってしまいました。文系男子と同様、ばりばり会社のために無限定に働きますというメッセージを発する文系女子のレーベルは、それまで可愛くないと忌避されてきた法律経済系の四大卒に変わってしまったわけです。もちろん、それだって、どのジョブのどのスキルとはなんの関係もない「意欲」と「能力」の指標でしかないわけですが、求められる「意欲」と「能力」ががらりと変わってしまった以上、そっちが職業レリバンスのあるシグナルであることはどうしようもありません。

その時期に、女子短大英文科の教授氏が、なぜ日本社会は(俺様の教える)英文学の価値を理解しなくなったのだ、などと悲憤慷慨してみても、あんまり意味がない、というのと、まあよく似た話だと言うことですね。

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川人明/川人博『還暦からの医療と法律』

Kanrekikara 過労死で有名な弁護士の川人博さんから、川人明/川人博『還暦からの医療と法律』(連合出版)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://homepage1.nifty.com/rengo/bunyabetu/bunka/bunkashokai/kanrekikara.html

「60歳を過ぎたら、ゆったりとした人生を楽しみたい」――多くの人はそう思っていた「還暦」後の生活。しかし、仕事は続き、自分の健康、親の介護、子どもや孫の将来のこと、お金のことなど、悩みは尽きません。そんな不安に、第一線で活躍する医師・弁護士の兄弟が最新の知見で親身になってこたえます(Q&A)。随所に入った本音対談も必見!

川人博さんのお兄さんはお医者さんだったんですね。それで医と法で本を作ろうというわけです。

最後の後書きで、二人の若き日が語られています。

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教育再生実行会議第6次提言

今朝の日経新聞に

http://www.nikkei.com/article/DGXLZO83966380U5A300C1CR8000/大学で「職業人」育成を 教育再生実行会議が提言

出ている提言ですが、今のところまだ会議資料のところに「提言案」という形で載っているだけですが、まあこの形で提言になったのでしょう。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouikusaisei/dai28/siryou1.pdf

最初にまず、例の陳腐化論をちゃんと正面に出して、

高等学校・大学等の卒業までに学んだことで生涯通用する時代は既に過去のものとなった今、教育の在り方について、根本的な認識と仕組みの転換を迫られています。これからは、一たび、就職した人や、家庭にいる人も、生涯で何度でも、教育の場に戻って学び中心の期間を持ち、生きがいのための学びを追求することはもとより、知的・人的ネットワークを作り、学びの成果を社会に還元し、再び、新たなステージで活躍するという人生サイクルを実現していくことが不可欠になると考えられます。

まあ、卒業して入社したら全部忘れてこいと言われる「文系」なら、陳腐化してもかまわないのでしょうけど、それはともかく、だからこそ、

現在の教育システムは、基本的には、社会に出たときに必要とされる知識や技術を学校で修得させるもので、これまで有効に機能し、我が国社会の発展を支えてきました。しかし、必要な知識や技術が絶えず変化する、これからの時代には、学校においては、学び続ける意欲や態度はもとより、主体的に知識・技能を修得する方法やそれを活用する方法を身に付けることが重要であり、一人一人が、これを基盤として、その後、社会に出て直面する様々な課題に対応し、学びや考えを深めていけるようにすることが必要です。

と、本当の意味での生涯学習の必要を説き、だからこそ、

その上で、大学、高等専門学校、専修学校等は、これまでの若者中心の学びの場から、全世代のための学びの場への転換が求められます。また、人生を豊かにする学びに加え、「実学」を重視した教育を提供することや、社会人の働き方が多様化していることに対応し、柔軟に教育を提供していくことも必要です。例えば、職業や育児等と両立しやすい弾力的な履修形態で、社会人のニーズに合ったプログラムを提供するなど多様な学び手のニーズに対応した教育機関になっていくことが必要です。

と「実学」の必要性を説いています。

でも、実はこういう誰でも賛成するような総論が目玉なのではなくて、その後ろの方に、

国は、大学、専修学校等で、社会人が産業界のニーズに対応した実践的・専門的な学びを行う際の受講料等の経済的支援を充実する。このため、日本学生支援機構の無利子奨学金について、以前に貸与を受けたことがある社会人等の再貸与を可能とすることや、教育訓練給付金制度について、専門学校の職業実践専門課程や専門職大学院を対象とすることなどの措置が講じられており、これらの活用を推進する。また、社会人等のニーズに合った更なる方策を検討し、支援の充実を図る。

おっと、お金の工面は雇用保険の方でよろしくお願いしますね、という話のような・・・。

文部科学省と厚生労働省が中長期的視野で検討する場を設けるなど、教育行政と労働、福祉行政の一層の連携強化を図る。

連携強化、ってそういうことか。

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岡山茂『格差時代の労働法制改革への提言 』

4735_m岡山茂さんより『格差時代の労働法制改革への提言 私の労働行政を振り返って』(労務行政)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.rosei.jp/products/detail.php?item_no=4735

元・労働省官房審議官の著者が、45年の長きにわたり労働行政に従事した自身の経験を振り返りつつ、今後の労働行政の展開や労働法制の改革について、非正規雇用と長時間労働の改善を中心に、具体的かつ鋭く提言する。

オビで山口浩一郎先生が「役人とは思えぬ思い切った提言をしている」と書かれているので、どんなことを書いているのだろうと思って読んでいくと・・・・、

まず提言以前に、役人時代の経験について結構赤裸々に書かれています。

監督課の法規係長時代、まだ派遣法制定前で、職安法上違法の疑いが濃かった業務処理請負業が広がってきた頃の思い出:

・・・あるとき、職業安定局から、「労供は中間搾取になるので、労働基準局で答弁を作成すべきである」といってきた。私は、問題は事案が労供禁止に当たるかどうかであるから、従来同様に職業安定局で書くべきものだと押し返したところ、担当の業務指導課長が主張して頑張っているとのことであった。そこで私は、しようがないので、直接業務指導課長に説明に行った。同課長の言うのには、「労供の場合は他人の就業に介入して利益を得ており、中間搾取に当たるので、労働基準法6条で取り締まるべきだ。・・・」

 私は驚いたが、問題は現在広がっている人材派遣ビジネスの実態が禁止されている労供に該当するかが問われているのであり、職業安定局が該当すると明確に決定し取り締まることをしないで、労働基準局に中間搾取で取り締まれとは無茶な話だと反論したが課長は納得しない。

これは駄目だと思い、どうしようかと考えていたとき、壁を見ると、職業安定局長の在籍のランプがついていた。そこで私は、「局長に決めてもらいましょう」といって局長室に飛び込んだ。課長も仕方なく入ってこられた。

そこで私は、同様のことを局長に述べるとともに、次のように付け加えた。「今の人材派遣ビジネスは、労働者を他人に使用させており、労供の法律の規定にズバリ該当している。安定行政がこれを違法として摘発する(告発する)ならば、基準局としては、違法に他人の就業に介入して利益を得ているとして労基法(中間搾取)で送検もします。しかし、安定行政がこれを違法として摘発せず放置されるなら、基準局としては適法なものと推定せざるを得ないので、中間搾取で摘発することはできません。なおこのまま適法か違法かを明確にしないで放置されると行政の権威が失われます。労働基準局的な感覚では耐えられません。実態がこれ以上進まないうちに早く、適法か、違法か、あるいは第三の道、立法的解決を図るか、早く決めるべきだと思います」

職業安定局長は、私のこの生意気な意見に怒ることなく、黙って聞いておられたが、最後に「係長、君の意見は正しい。業務指導課長、労供に関する国会答弁は職業安定局で作成しなさい」

この意気軒昂な監督課法規係長が、秋田県職業安定課長、労政局労政課補佐を経て戻ってきたのが因縁の職業安定局業務指導課。岡山さんの担当は障害者雇用率の義務化と納付金制度という難題でしたが、たっぷり書かれているその話題はここではスルーして、因縁の労働者供給事業です。

・・・つまり私は今、当時批判した相手の業務指導課の課長補佐に就任したことになった。あれから4年経っているが、事態はあまり変わっていなかった。ああ言った手前、私はこの問題に取り組まざるを得ないと覚悟を決めた。

で、いろいろと検討した結果、

・・・それにはまず学識経験者による研究会が必要と考え、来年度(昭和52年度)の新政策として「労働力需給システム研究会」設置の予算要求をすることとした。私が予算要求局議でその案を説明したところ、、局長は、私の方を見て「労供をやるか」といって了承された。

ところが、その後岡山さんは労働基準局賃金福祉部に異動になり、この問題から離れてしまったとのことです。

派遣法の前史のそのまた前史のあたるような時代ですが、消極的権限争いの姿など、いかにもというかんじがします。

後半は現下の政策課題に対する提言です。派遣労働、有期雇用、そして長時間労働について、いずれも確かに「役人とは思えぬ思い切った提言」をしています。とはいえ、立場上言いにくいだけで、同じようなことを考えている現役やOB,OGは結構いるのではないかとも思いますが。

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政治資金規正法と雇用助成金

政治部プロパーの問題に口を挟む気は毛頭ないのですが、いささか気になっているのが政治資金規正法で、交付決定から1年間は政治献金が禁止されるという「補助金」です。

昨日の朝日の記事によると、

http://www.asahi.com/articles/DA3S11631318.html((時時刻刻)規正法、四つの対象外 補助金企業寄付、首相側も)

・・・ただ、「利益を伴わないもの」という言葉は、あいまいだ。高市早苗総務相は「個々具体的に判断する」としながら、離島航路に対する補助金や、経営難の事業所で働く労働者を守るために、国が休業手当や賃金などの一部を助成する雇用調整助成金などがこれに当たる、と説明している。

分かったようでかえってよくわからなくなるのは、これは雇用政策のための助成金すべてに適用される話なのかそうでないのかということです。

別に経営難でなくても、障害者を雇い入れたり、労働者のキャリアアップのために訓練を施したりする企業に助成金を支給するというのは「これに当たる」のでしょうか。

そもそも「利益を伴う」ってどういう意味かがよくわかりません。

雇用助成金はすべて、雇用に伴うコストの一部を補填するという考え方でできていますが、それは不利益の一部を補填しているだけだから利益を伴うのではない、と考えていいのか、不利益が減るということは即ち利益があるということではないか、ということなのか、法律の条文が曖昧なために、どう考えても堂々巡りする感じがします。

政策論的には、そもそも政治献金をどう考えるのかという政治部プロパー的議論を括弧に入れて考えれば、雇用に関していい(と評価される)ことをする企業ほど政治献金をできないというペナルティを科すのがいいことなのか、という問題がありそうです。

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S23/S23HO194.html

(寄附の質的制限)
第二十二条の三  国から補助金、負担金、利子補給金その他の給付金(試験研究、調査又は災害復旧に係るものその他性質上利益を伴わないもの及び政党助成法 (平成六年法律第五号)第三条第一項 の規定による政党交付金(同法第二十七条第一項 の規定による特定交付金を含む。)を除く。第四項において同じ。)の交付の決定(利子補給金に係る契約の承諾の決定を含む。第四項において同じ。)を受けた会社その他の法人は、当該給付金の交付の決定の通知を受けた日から同日後一年を経過する日(当該給付金の交付の決定の全部の取消しがあつたときは、当該取消しの通知を受けた日)までの間、政治活動に関する寄附をしてはならない。

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要は、ジョブ型なら職業教育、メンバーシップ型なら「文系」

今朝の朝日新聞が「争論」というでかいコーナーで、例によってL型大学の冨山和彦さんと、「文系」の日比嘉高さんの意見を載せています。

http://www.asahi.com/articles/DA3S11631210.html

大学で文系学部は何を教えるべきか。むしろ職業訓練に力を入れたほうがいいのか。人文・社会科学系学部などの「廃止や転換」を促す通達を文部科学省が昨年、全国の国立大学に出して以来、議論が盛り上がっている。いま、大学に求められる役割とは何だろう。

が、両者とも、大学で教えるべき(と彼らが考えるもの)が、それ自体として即時的に役に立つのだというレベルの議論でもって対立してしまっているので、話が薄っぺらいものになってしまっています。

特に日比さん、職業教育訓練が技術革新で陳腐化するなんて話、何十年も前から耳タコ的に言われ続けていて、それこそ陳腐化してます。

問題は、社会が社会に出てきた若者をいかなる観点からいかなる指標をもって評価し、包摂していくのか、という一点にあります。

日本以外のジョブ型社会では、いかなるジョブのいかなるスキルを身につけたかでもって評価される。それは、敢えていえば本当に直ちに有用であるかどうかはわからない。世の中がそう認めてそれを理由に彼/彼女を受け入れてくれることが重要です。そういう原理で世の中ができているから、その文法に従って行動するしかない、というだけの話。

それに対して今までの日本社会では、このジョブのこのスキルがあるなんて糞みたいな話はどうでもよくて、どんな仕事でも意欲を持ってばりばりやっていく「官能性」があればよかった。何にもできないけれど何でもやれる可能性のある「文系」は、そういうメンバーシップ型の労働力ニーズに見事にフィットしていたからこそ今までウハウハ捌けていたのであって、文系大学教授氏の高邁な理念が受けていたわけではない。そこのところを見落とした議論はナンセンス。学生たちからすれば。そういう原理で世の中ができているから、その文法に従って行動するしかない、というだけの話。

従って、問題はどっちが本当に役立つかなどというナンセンスな議論ではなく、社会が若者を受け入れる受け入れ方のスタイルとして、ジョブ型の方が良いのか、メンバーシップ型の方が良いのか、という問題。というか、日本の企業がみんなメンバーシップ型で文系大学の学生さんたちを全員「官能性」でもって採用してくれるんだったら結構ですが、そうでなかったら、何にもできないが故にウハウハ採用してくれるどころか、何にもできないが故にどこにも就職できずに社会から放り出される若者を生み出すことになるという話。どっちの方が、メリットがあるのかでメリットがあるのか、そういう話。

参考までに、かつて広田照幸さんに呼ばれてミニシンポで喋った中身を再掲しておきます。

要するにこういうことなんです。

 私は実は、どういうジョブについてどういうスキルを持ってやるかで仕事に人々を割り当て、世の中を成り立たせていくジョブ型社会の在り方と、そういうものなしに特定の組織に割り当て、その組織の一員であることを前提にいろいろな仕事をしていくメンバーシップ型社会の在り方の、どちらかが先験的に正しいとか、間違っているとは考えていません。

 ある意味ではどちらもフィクションです。しかし、人間は、フィクションがないと生きていけません。膨大な人間が集団を成して生きていくためには、しかも、お互いにテレパシーで心の中がすべてわかる関係でない限りは、一定のよりどころがないと膨大な集団の中で人と仕事をうまく割り当てることはできません。

 そのよりどころとなるものとして何があるかというと、ある人間が、こういうジョブについてこういうスキルがあるということを前提に、その人間を処遇していくというのは、お互いに納得性があるという意味で、非常にいいよりどころです。

 もちろん、よりどころであるが故に、現実との間には常にずれが発生します。一番典型的なのは、スキルを公的なクオリフィケーションというかたちで固定化すればするほど、現実にその人が職場で働いて何かができる能力との間には必ずずれが発生します。

 ヨーロッパでいろいろと悩んでいるのは、むしろその点です。そこから見ると、日本のように妙な硬直的なよりどころがなく、メンバーとしてお互いによく理解しあっている同じ職場の人たちが、そこで働いている生の人間の働きぶりそのものを多方向から見て、その中でおのずから、「この人はこういうことができる」というかたちで処遇していくというやり方は、ある意味では実にすばらしいということもできます。

 ただし、これは一つの集団組織に属しているというよりどころがあるからできるのであって、それがないよその人間との間にそうことができるかというと、できるはずがありません。いきなり見も知らぬ人間がふらりとやってきて、「私はできるから使ってくれ」と言っても、誰も信用できるはずがありません。そんなのを信用した日には、必ず人にだまされて、ひどい目に遭うに決まっています。だからこそ、何らかのよりどころが必要なのです。

 よりどころとして、公的なクオリフィケーションと組織へのメンバーシップのどちらが先験的に正しいというようなことはありません。そして、今までの日本では、一つの組織にメンバーとして所属することにより、お互いにだましだまされることがない安心感のもとで、公的なクオリフィケーションでは行き届かない、もっと生の、現実に即したかたちでの人間の能力を把握し、それに基づく人間の処遇ができていたという面があります。

 おそらくここ十数年来の日本で起こった現象は、そういう公的にジョブとスキルできっちりものごとを作るよりもより最適な状況を作り得るメンバーシップ型の仕組みの範囲が縮小し、そこからこぼれ落ちる人々が増加してきているということだろうと思います。

 ですから、メンバーとして中にいる人にとっては依然としていい仕組みですが、そこからこぼれ落ちた人にとっては、公的なクオリフィケーションでも評価してもらえず、仲間としてじっくり評価してもらうこともできず、と踏んだり蹴ったりになってしまいます。「自分は、メンバーとして中に入れてもらって、ちゃんと見てくれたら、どんなにすばらしい人間かわかるはずだ」と思って、門前で一生懸命わーわーわめいていても、誰も認めてくれません。そういうことが起こったのだと思います。

 根本的には、人間はお互いにすべて理解し合うことなどできない生き物です。お互いに理解し合えない人間が理解し合ったふりをして、巨大な組織を作って生きていくためにはどうしたらいいかというところからしかものごとは始まりません。

 ジョブ型システムというのは、かゆいところに手が届かないような、よろい・かぶとに身を固めたような、まことに硬直的な仕組みですが、そうしたもので身を固めなければ生きていくのが大変な人のためには、そうした仕組みを確立したほうがいいという話を申し上げました。

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「解雇の金銭解決と訴訟物」@『生産性新聞』3月5日号

『生産性新聞』3月5日号に「解雇の金銭解決と訴訟物」を寄稿しました。

 現代日本の解雇法制をめぐる誤解は少なくありません。日本は法律で解雇を厳格に規制しているという思い込みもその一つですが、労働契約法第16条を一瞥しただけでそれが誤解であることがわかります。西欧では解雇のもっとも正当な理由になる経営上の理由による職の喪失が、日本の大企業正社員ではもっとも許されない解雇類型となるのは、職務の定めなき雇用契約というシステム論的理由によるものであって、法規制の故ではないことは、私が繰り返し説いてきたとおりです。

 解雇をめぐるもう一つの誤解は、金銭解決制度を認めるべきか否かが大きな争点になっていることです。国会では、野党議員が首相に「金銭解決を認めるのか」を繰り返し問うという事態まで起こっています。まるで現代日本では解雇の金銭解決が禁止されているかのようです。もちろん、現代日本において、解雇の大部分はおそらく泣き寝入り等の未解決ですが、少数派の解決事案の圧倒的大部分は、金銭解決されています。労働局等のあっせんにおいても、裁判所の労働審判においても、いや訴訟においてすら過半数は判決に至らず和解で解決しており、その圧倒的大部分は金銭解決です。日本国の法律に、解雇を金銭解決してはならないなどという馬鹿げた規制は一つもありません。

 ではなぜ金銭解決制度の導入が立法政策論として問題になるのか。その原因は労働実体法ではなく、民事訴訟法の訴訟物理論にあるのです。訴訟物とは、訴訟における請求の対象のことで、お金を払えという給付の訴えと法律関係の確認の訴えでは訴訟物が違います。民事訴訟法学では新旧訴訟物理論というのがあって、たとえば賃貸借契約終了に基づく返還請求と所有権に基づく返還請求は、旧訴訟物理論では別々の訴訟物ですが、新訴訟物理論では紛争実態から見てひとつの訴訟物になります。「手段的権利が複数存在するにとどまり、訴訟で解決すべき目的は一個であるとみるべき」(三ヶ月章『民事訴訟法第二版』弘文堂)という考え方からです。とはいえ、さすがに金銭給付請求と地位確認請求をひとつの訴訟物ととらえるような理論は存在しません。

 しかし一方、労働紛争の社会的実態からすれば、不当解雇に対して補償金を支払えという請求と、解雇は無効だからその間の未払い賃金を支払えという請求は、ものの言い方が違うだけで、ほとんど変わりはありません。判決で解雇無効となっても、職場に復帰して就労する権利は認められないのですから、地位確認請求といってもその実態は金銭給付請求と選ぶところはないのです。こういう法社会学的認識が、残念ながら民事訴訟法学には的確に取り込まれていないために、訴訟で判決に至らなければあらゆるレベルの紛争解決システムで自由自在に行われている金銭解決が、まるで法律で禁止されているかのように思い込まれてしまうわけです。

 これがはっきり現れているのが同じ裁判所で行われている労働審判です。労働審判でも解雇事案の圧倒的大部分は解雇無効による地位確認請求です。伊藤幹郎・後藤潤一郎・村田浩治・佐々木亮著『労働審判を使いこなそう!』には、「申立人が必ずしも職場に戻るつもりがなくても地位確認で行くべきである。・・・必ずしも職場に戻る意思がなくとも、そのように主張しないと多くの解決金は望めないからである」という記述があります。しかし、労働審判は訴訟ではないので訴訟物理論に縛られません。地位確認請求に対して、金100万円を支払えというような審判が下され、それで誰も不審に思いません。法社会学的な現実に即した対応が可能になっているのです。

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労働者の主体的なキャリア形成 

田中萬年さんが、青少年雇用促進法と一緒に改正される職業能力開発促進法の規定に疑問を呈しておられますが、

http://d.hatena.ne.jp/t1mannen/20150228/1425082230

http://d.hatena.ne.jp/t1mannen/20150302/1425259721

一昨日の「勤労青少年福祉法等の一部を改正する法律案要綱」ですが、簡単に言えば学校卒業者への職業能力の付与、職業訓練の実施の問題ですよね。

 しかも「職業能力開発」を向上すべき義務が青年達に求められている!! 時代錯誤では無いですか?? 私の感覚がおかしい…?。

 確かに、世界に例の無い「労働の権利と義務」がわが国の憲法に規定されていますが、それをまねたのでしょうか? それにしても権利が無い??

 でも、職業能力の向上が青年達の義務になっていることは世界の国の例として聞いたことがありません。

 「青少年の雇用対策法」なのですから、権利なら分かりますが。

 ま、欧米のように職業能力を習得させることが学校の目的の一つだとして、もう少し学校で職業技術教育をしていれば良いのですが、それが期待できないから、とりあえず可能なキャリア教育とか、卒業者への職業能力と言っているのですが…。

いや、私は別に、ネット上の誤解解説特命係を拝命したわけでも何でもないのですから、そのままにしておいてもいいのですが、田中萬年さんのような職業訓練の権威がこういうことを言われると、ちょっとまずいかな・・・と。

まずもって、今回の改正案に盛り込まれた「基本的理念」

労働者は、職業生活設計を行い、その職業生活設計に即して自発的な職業能力の開発及び向上に努めるものとすること。

のもとになった労政審建議の文言は、

(4)職業人生を通じた労働者の主体的なキャリア形成について

○労働者の主体的なキャリア形成を図ることは、職業能力開発に対する意欲を高め、豊かな職業人生をもたらすなどの効果がある。このため、職業人生を通じて、労働者が自ら自覚を持ってキャリア形成に取り組むことが必要であり、また離職者については国・都道府県、在職者については事業主が、職業能力開発の至要な担い手になることに留意しつつ、関係者が労働者のキャリア形成を支援していくことが重要である。

です。そして、このうち、事業主の責務、都道府県の責務については、既に職業能力開発促進法第4条に規定されています。

今回の改正はこれに加えて、労働者自身をも職業能力開発の主体として位置づけようというものです。

これまではそう位置づけられていなかった?

そう、それこそが問題ではないか、というのがここでの問題意識です。

いや確かに、事業主に責任を負わせるのはいい。だけど、それだけが過度に強調されすぎると、それこそ会社の必要のために会社に役立つ技能を労働者に付与させることが会社の責務という自己完結的な円環の中をぐるぐる回るだけになります。

そこには、会社とは別個の一人の職業人としての労働者の主体的な職業能力を発展させていくという契機は浮かび上がりにくくなります。いやいや、余計なことを考えずに、会社のいうとおり、会社の命令に従って仕事を覚えていけば、ちゃんと一生保証されるよ、と。

そういう会社型職業能力開発至上主義ではまずいだろうという問題意識が背景にあっての、「労働者の主体的なキャリア形成」という話なのですから、いささかメンコの付け所がずれている感を否めません。

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国語力の問題

マルクス:労働者は今までモノ扱いされてきたが、われわれの社会主義運動でようやく人間扱いされるようになってきた・・・

○○:あー、労働者をモノだって言ってる、悪い奴だ、悪い奴だ・・・

上野千鶴子:女性はいままでモノ扱いされてきたが、われわれのフェミニズム運動でようやく人間扱いされるようになってきた・・・

○○:あー、女性をモノだって言ってる、悪い奴だ、悪い奴だ・・・

マルチン・ルーサー・キング:黒人は今までモノ扱いされてきたが、われわれの公民権運動でようやく人間扱いされるようになってきた・・・

○○:あー、黒人をモノだって言ってる、悪い奴だ、悪い奴だ・・・

中身の議論の前に、まず国語力。

(追記)

世に揚げ足取りの例は数あれど、揚がってもいない足をむりやり取った取ったと騒いで謝らせるという珍事は、方広寺の鐘の銘以来かと・・・。

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『AERA』2015年3月9日号にちょびっと登場

16798本日発売の『AERA』2015年3月9日号にちょびっと登場しています。

[大特集]リスク社会を生きるの中の、「プロが教える10大リスクへの心構えと対策」の最後の項目「失業」というところです。

http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=16798

 雇用リスクは、欧米と日本では分けて考える必要があります。大局的には技術革新やグローバル化が進んだ今、労働者には変化に対応できるフレキシビリティーが求められます。ただ一般に、特定の職業能力に対して人を処遇する欧米の「ジョブ型」は、変化に対応しづらい。それゆえ、欧米では過度に職業にこだわらず、フレキシブルにキャリアを切り開くべきだという議論がされています。

 一方、日本では、仕事も給料も職業ではなく「人」に張り付いています。「何ができるか」ではなく、会社が必要とする仕事を遂行できる柔軟さが求められる「メンバーシップ型」です。若いうちはいろいろな部署を回って、キャリアを重ねながら管理職を目指すというモデル。であれば、職業が固定化された「ジョブ型」に比べ、変化に適応できる「メンバーシップ型」が素晴らしいかというと、さにあらず。日本の雇用リスクは別にあります。・・・・・

ちなみに中吊り広告は次の通り。

20150309

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「若者雇用対策法はどこまで役に立つか?」 @損保労連『GENKI』2月号

114損保労連『GENKI』2月号 に「若者雇用対策法はどこまで役に立つか?」 を寄稿しました。

法律の名前が、勤労青少年福祉法を改正して「青少年雇用促進法」になるとは知らないときに執筆したので、その点だけは若干アウトオブデートですが。

 今年1月23日、労働政策審議会が「若者の雇用対策の充実について(案)」の報告書を取りまとめました。これを元に現在開催されている第189回通常国会に若者雇用対策法案が提出される予定です。今回は報告書の内容を確認するとともに、提出される法案が若者の雇用労働環境の改善に役立つのか、一緒に考えていただければと思います。
 報告書では、若者雇用対策の方向性として「新規学校卒業者等の就職活動からマッチング・定着までの適切かつ効果的な就職支援の在り方について」と示されています。その冒頭では「学校段階からの職業意識の醸成」というやや目新しくない項目がありますが、文中には近年のワークルール教育への問題意識を反映し、「社会的自立に不可欠な知識として労働関係法令などの基礎的な知識の周知啓発を推進することが重要」と、労働法教育の必要性が強調されています。これは若者雇用対策の基本点に位置すべき事項と認識すべきものです。
 その上で、重要となる項目が、次に示されている「マッチングの向上に資する情報提供」です。これは、近年社会問題となっているブラック企業と言われる劣悪な労働条件の企業を若者がきちんと見分けて就職しないで済むようにすべきという問題意識が背景にあります。
 この項目のなかでは3つのポイントが示されており、1つめは「労働条件の的確な表示の徹底」です。報告書には、これを法律事項ではなく、新法に基づき策定される指針(若者の募集・採用及び定着促進に当たって事業主等が講ずべき措置に関する指針)に盛り込むべきと示されています。たとえば近年問題となっているいわゆる固定残業代の表示に関しても、求人票に「固定残業代には○時間分の残業手当を含む。○時間を超えた場合は別途残業手当を払う」旨を記載することを指導するといった内容が考えられているようです。この問題に対しては、連合が昨年11月の中央執行委員会で確認した「求人票・求人広告トラブルの改善に向けた連合の考え方」のなかで、労働基準法第15条や職業安定法第5条の3を改正すべきと提案しています。今回の報告書は若者対策に関する取りまとめのため、この点は触れられていませんが、こうした一般対策は今後労働条件分科会などで検討される可能性があります。
 2つめは「職場情報の積極的な提供」です。具体的には、事業主が次表(ア)~(ウ)の情報を、募集に対する応募者や応募の検討を行っている新規学校卒業者から求められた場合には法律上の提供義務を、それ以外に対しては提供の努力義務が設けられる予定です。また、ハローワーク等に求人を出す場合には、ハローワーク等にこれら情報を提供することになります。
(ア)募集・採用に関する状況
   (過去3年間の採用者数及び離職者数、平均勤続年数、過去3年間の採用者数の男女別人数等)
(イ)企業における雇用管理に関する状況
    (前年度の育児休業、有給休暇、所定外労働時間の実績、管理職の男女比等)
(ウ)職業能力の開発・向上に関する状況
    (導入研修の有無、自己啓発補助制度の有無等)
 この内容は、経営側が強く抵抗した結果、やや限定的な仕組みとなっており、選考プロセスの中にいる応募者が「このようなことを敢えて尋ねたら選考から落選する懸念もある」との不安から自己規制してしまう可能性が高いとも思われます。本質的には、これら情報が関係者以外には機密情報であるのか、それとも一般に公開すべきパブリックな性格の情報であるのか、という問題がありそうです。
 3つめは、新聞等でも大きく報じられた「公共職業安定所での求人不受理」です。現行職業安定法では、求人の内容自体が違法な場合でなければ、すべての求人を受理しなければなりませんが、今回の取りまとめでは、残業代不払いなど労働法違反を繰り返す(具体的には1年間に2回以上是正指導を受けたなど)、悪質な求人者からの求人申し込みを、一定期間(具体的には法違反を重ねないことを確認する期間として6ヶ月間)受理しないことができるという特例を設けることにしています。なお、本特例は新規学校卒業者の求人限定ですが、そもそも一般求人の場合には悪質な求人者からの求人を規制しないことに対する議論もあり得ると考えます。また、ハローワークへの求人だけを規制し、それ以外の媒体における求人は許されることへの疑問も提起されそうです。
 また、報告書では、以上のような情報提供に関する規制的な手法とともに、促進的な手法として「認定制度の創設」が示されています。これは既に導入されている「若者応援宣言企業」事業を、法律上の認定制度に引き上げるものですが、現在の事業に対して「実際にはブラック企業も紛れ込んでいるではないか」という批判もなされていることから、認定基準は非常に厳格にしようとしています。具体的には、単に実績を公表していること以外に、新規学校卒業者の定着状況の基準(3年前以内の離職率30%以下など)、ワーク・ライフ・バランスの基準(年次有給休暇の平均取得率70%以上又は平均取得日数10日以上、育児休業の男性取得者1名以上又は女性取得率75%以上、所定外労働時間の月平均20時間以下又は週労働時間60時間以上労働者の割合5%以下)を満たすことが示されています。なお、認定された企業に助成金が支給されることになります。
 過去10年、若者雇用問題が労働論壇のホットトピックになり、さらに近年はブラック企業問題も取りざたされてきましたが、これまで若者を対象にした雇用法規は作られてきませんでした。この新法が若者の雇用労働環境を改善する上での効果が注目されます。また、若者を受け入れる側の労働組合としても、会社・職場内の人材育成の実効性確保に向けた労使協議など、法律には規定されていない側面から若者の雇用や労働環境の改善について考えるべきことは多くあるのではないでしょうか。

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今野晴貴『ブラック企業2 「虐待型管理」の真相』

いや、まだ出てません。3月20日発売だそうです。

文藝春秋のサイトに広告が既にアップされているので、期待を込めて紹介。

http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166610037

嫌なら辞めればいい、では解決しません

前著『ブラック企業』で若者を使い捨てにする雇用問題を告発した筆者が、三〇〇〇件の労働相談から提言する「決定的解決策」!

「ブラック企業」がこれほど知られても、被害が拡大し続けているのはなぜか? 前著『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』(文春新書)で問題提起した著者が、年2000件以上の労働相談の現場から、そのメカニズムを解明します。なんと、被害者の多くはブラック企業に積極的に入社し、自ら「辞めない」で働いているのです。そのポイントは長時間労働と「虐待型管理」によって精神を破壊する労務管理。それこそがブラック企業の利益の源泉なのです。「残業代ゼロ法案」で、あなたの会社も他人事ではありません!

そう、「嫌なら辞めれば」は、そういう働き方を嫌になるはずだということを前提にしているけれど、それこそやりがい搾取で、ベンチャー社長から「さあ、一緒にがんばろう」と言われると、へとへとになりながら「嫌になれない」から「辞められない」のでしょう。

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