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2015年2月

上西充子さんの疑問にお答え(する立場じゃないけど)

昨日紹介した「勤労青少年福祉法」を改正して「青少年の雇用の促進等に関する法律」にする法案要綱ですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-3efa.html(勤労青少年福祉法の一部改正ときましたか)

上西充子さんがツイートで疑問を呈されています。

私はいかなる意味でも上記法改正に関わっていないので(だから法律の題名も昨日まで知らなかった)、そもそもお答えする立場では全然ないのですが、上西さんの疑問が単純な立法技術上のもののように思われるので、法律をかじった人間として若干の解説をしておきたいと思います。

https://twitter.com/mu0283/status/571451598754304000

ん??  的確な労働条件の明示は要綱から落ちた?? それとも、「基準に適合する事業主の認定等」を中小企業に限定せずに、ここに吸収された、ということか?

https://twitter.com/mu0283/status/571467106677493761

やっぱり法案要綱では労働条件明示の件が落ちている気がする。 プリントアウトして、建議と要綱をつきあわせてみよう。

https://twitter.com/mu0283/status/571475694904999936

問題は、報告のⅡの1の(2)のマル1「労働条件の的確な表示の徹底」(→5の(1)の「募集・採用及び定着促進に当たって事業主等が講ずべき措置をまとめた指針を作成することが適当」)が、法律案要綱ではどこへ行ったか。

https://twitter.com/mu0283/status/571476665987014659

「報告」では、「マッチングの向上に資する情報提供」が「労働条件の的確な表示の徹底」と「職場情報の積極的な提供」の二本立てになっていた。しかし、法律案要綱では後者は「青少年雇用情報」として情報提供が努力義務になっているが、前者への言及がないように見える。

https://twitter.com/mu0283/status/571477017385836544

先ほど、認定制度に吸収された?と書いたが、「基準に適合する事業主の認定等」は、「常時雇用する労働者の数が300人以下のものに限る」とあるので、やはりそこに吸収されたわけでもない。

https://twitter.com/mu0283/status/571477192367992834

募集段階の労働条件と実態が違う!という問題への対応はどうなったのだろう。 昨日の会議の傍聴ができなかったのだが、気になる。

この疑問は、建議の文言を読むと氷解するはずです。

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12602000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Roudouseisakutantou/0000072021.pdf

➀ 労働条件の的確な表示の徹底

求人者から示される労働条件は、若者が就職先企業を決定する際の重要な情報であるが、一部の求人において、求人票記載(募集時)の労働条件と労働契約締結時に明示された労働条件が異なる、労働契約締結時に明示された労働条件と実際の労働条件が異なるといった状況があるとの指摘があった。
現行法において、労働者の募集に当たっては、労働条件の明示義務、虚偽の条件呈示の禁止、労働条件の的確な表示に係る努力義務のほか、労働契約締結に際しては、労働条件の明示義務等が規定されている。
これらの規定の遵守を徹底するため、募集から就労に至るまでの過程で守るべき事項について、5(1)で後述する事業主等に係る指針において一覧できるよう定めることが適当である。

ご覧の通り、「指針において一覧できるよう定めることが適当である」と書かれています。

つまり、こうした事柄は既に職業安定法や労働基準法に規定されていることなので、それをダブって青少年雇用促進法に規定するのではなく、それに基づく指針に書くのだよ、とちゃんと書いております。

この点は、建議段階でわたくしが書いた簡単な解説文でもこう述べております。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/roukijunpo150125.html

(「若者雇用対策法の概要」 労基旬報1月25日号 )

 その第1は「労働条件の的確な表示の徹底」で、報告書案では法律事項ではなく、新法に基づき策定される指針(若者の募集・採用及び定着促進に当たって事業主等が講ずべき措置に関する指針)に盛り込むべきとしています。この点について、資料の中ではいくつか具体的な例が挙がっていて、例えばこういう記載があります。

・「固定残業代への対応として、求人票に欄を設け、しっかりと記載できるようにすべきではないか」という課題に対し、「ハローワークの求人票の特記事項欄に「固定残業代には○時間分の残業手当を含む。○時間を超えた場合は別途残業手当を払う」旨を記載するよう指導している。今後、現行の取り組みを徹底する。」

その後にこう書いておりまして、

 この問題については、連合が昨年11月の中央執行委員会で「求人票・求人広告トラブルの改善に向けた連合の考え方」を確認しており、そこでは、具体的な法改正事項として
(1) 労働基準法第15条
①「労働条件の明示」の内容について、「事実と相違するものであってはならない」旨を規定する。この規定により、明示された労働条件と実際の労働条件が異なる場合について、労働基準監督官の指導・監督を可能とする。
②「労働条件の明示」の方法について、パート労働法第6条を参考に「書面の交付」を明文化する。
③「労働条件の明示」の時期として、「原則として実際の就労開始前とする」旨を明らかにする。
④「労働条件の明示」がなされていない場合も、第2項・第3項が適用されることを明らかにする。
(2) 職業安定法第5条の3
上記(1)①と平仄を合わせて、「明示する労働条件は事実と相違するものであってはならない」旨を規定する。
(1) 労働基準法施行規則第5条第1項を改正し、労働基準法第15条第1項後段で書面の交付で明示しなければならない労働条件に「法定労働時間を超える労働があるときの時間外割増賃金の計算及び支払の方法」を追加する。
といったことを求めています。今回の報告書は若者対策ということなのでここまで踏み込んでいませんが、こうした一般対策は今後労働条件分科会なりで検討されていく可能性があります。

いずれにせよ、今回はこうした労働条件明示関係については、実態法的には特段の変化をしているわけではないということです。

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ベンチャー企業というのは夢を見て24時間働くというのが基本@三木谷浩史楽天会長

1月29日の産業競争力会議の議事録がアップされています。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/skkkaigi/dai20/gijiyoushi.pdf

分科会ではなく本会議なので、いろんな人が広い分野にわたっていろんなことをいっているんですが、その中でちょっと聞き捨てならない発言があったようです。

(三木谷議員)
雇用に関してだが、ベンチャーは是非この対象から外してほしいと思う。私もそうなのだが、ベンチャー企業というのは夢を見て24時間働くというのが基本だと思っているので、そういう会社に残業云々と言われても正直言って困る。我々も会社に泊まり込んで仕事をやっていた。ベンチャーはこの対象から外して、そのかわりがぽっと公開したらもうかるというものではないかなと思う。

いや、ベンチャー企業の経営者の方がベンチャー精神に満ちあふれて1日24時間、1年365日働こうが何しようが、誰からも指揮命令を受けているわけではないので、言葉の正確な意味での自己責任です。

しかし、そのベンチャー経営者との間に日本国民法第623条に基づき雇用契約を締結して、労務を提供して報酬を得る約束をしただけの、一介の労働者に対して、「ベンチャー企業というのは夢を見て24時間働くというのが基本」という倫理を要求するのが、契約関係に基づいて取引することを大原則とする我らが市場経済社会において正当なことであると心の底から考えておられるとするなら、それは残念ながら他のいかなる先進諸国においても共感を得られないでしょう。

労働者ではない経営者と、純粋の労働者の間に位置するのが、両方の性質を兼ね備えている(言葉の正確な意味における)管理監督者であり、それ故、どの諸国においても、管理監督者については労働時間規制がなにがしか緩和ないし除外されているわけですが、言うまでもなくそれは「監理監督者」という職務の性質に着目しているから認められているのであって、会社自体がベンチャー企業だからそこで働いている労働者はみんなベンチャー労働者だ、ゆめをみて24時間働くのだなんて馬鹿げた話はないわけです。

ていうか、経営者やせいぜい管理監督者という職務ベースに通用する話を、会社というバウンダリーでその中の人にみんな適用して疑いを持たないというところに、いかにも特殊日本的なメンバーシップ感覚が濃厚に満ちあふれているわけですが。

実を言うと、日本のベンチャー型ブラック企業のロジックというのは、まさにこのタイプなんですね。職場の真端にまで経営者になったかのような感覚を要求する。

メンバーシップ感覚の上にベンチャー礼賛が乗っかると日本型ブラック企業が生み出されるわけです。

(参考)

http://homepage3.nifty.com/hamachan/q&a1312.html(「ブラック企業問題とは何か」 『人事労務実務Q&A』12月号 )

4 「社畜」批判がブラック企業を産み出すパラドックス

 この点についても、上記萱野さんとの対談で、筆者は次のように説明しました。いささか入り組んでいますが、注意深く読んでください。

・・・これはものすごくパラドキシカルで頭が混乱するかもしれませんが、そういうメンバーシップ型社会のあり方に対する批判が80年代末から90年代ごろ、「「会社人間」はだめだ、「社畜」はだめだ」というかたちで、いっせいに噴き出します。・・・世界的には80年代にイギリス、アメリカのネオリベラリズムが非常に流行って、90年代初めごろに日本に入ってきます。この二つの流れがないまぜになる中で、「だから会社に頼らずもっと強い人間になって市場でバリバリやっていく生き方がいいんだ」という強い個人型のガンバリズムをもたらしました。 

 大変皮肉なことに、強い個人型ガンバリズムが理想とする人間像は、ベンチャー企業の経営者なんです。理想的な生き方としてそれが褒め称えられる一方で、ベンチャー企業の下にはメンバーシップも長期的な保障もあるはずもない労働者がいるわけです。しかし、彼らにはその経営者の考えがそのまま投影されます。保障がないまま、「強い個人がバリバリ生きていくのは正しいことなんだ。それを君は社長とともにがんばって実行しているんだ。さあがんばろうよ」という感じで、イデオロギー的にはまったく逆のものが同時に流れ込むかたちで、保障なきガンバリズムをもたらしました。これが実は現在のブラック企業の典型的な姿になっているんではないでしょうか。・・・

 つまり、労働者を企業のメンバーと見なすことに疑問を抱かないという点では従来型の日本型雇用の発想を維持しながら、「保障」や「見返り」といった現象面のみを否定しようとする流行のイデオロギーが、結果的に「保障なき拘束」「見返りのない滅私奉公」という不合理極まるシステムを産み出してしまったわけです。

 この奇怪な構図は、今日ブラック企業を論ずる際にもいつも姿を現します。従来の日本型雇用を信奉する立場の人々からは、ブラック企業における追い出しの現場の凄惨さへの認識の乏しいまま、それくらいの長時間労働は当たり前だという若者批判が繰り返されますし、まったく逆の日本型雇用を否定する立場の人々からは、従来型のメンバーシップ意識をもはるかに超える宗教的とすら言えるような経営者へのイデオロギー的同一化の実態への認識が欠けたまま、「辞めればいい」という軽々しい評論が飛び交います。こういう不毛な議論のはざまで、身も心も捧げ尽くした若者たちが安易に使い捨てられている、という点にこそ、この問題の深刻さがあるというべきでしょう。

(追記)

典型的な「意識高い系」の兄ちゃんが、市場経済の基本原則を「意識高い」と罵っている奇観:

https://twitter.com/Goendama/status/571606647006601216

自ら企業もしない・できない系の意識高い系が呪詛を吐いて居るな。有る意味ベンチャー企業はどこも同じだぞ。

自分は、雇用契約で賃金もらって働くような「意識低い系」じゃなくって、ベンチャー意識に充ち満ちてビジネスを切り開く「意識の高い」人間だと思っている人間が、なぜか用語法を180度逆転させて喋っているのが可笑しい。

1816 ちなみに、「意識高い系」については、常見陽平さんの『普通に働け』を、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-7646.html

日本の雇用・労働をめぐる議論は、エリートかワーキングプアを対象としたものに偏りがちである。

そこには「普通の人」の「普通の働き方」が見落とされており、ブラック企業論争やノマド論争で可視化されたのは、私たちの「普通に働きたい」というこじれた感情であった。

しかし、「普通の人」とは誰か?

「普通の働き方」とは何か?

そもそも私たちは「普通」ということが、実はよく分かっていないのだ。

本書は豊富にデータを揃えながら「意識の高い」系言説のウソを暴き、私たちノンエリートのための働き方を考察する。

491012 まっとうな働き方については、同じ常見陽平さんの『僕たちはガンダムのジムである』を、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-ffa2.html

・・・会社と社会は、僕たちジムで動いている。

この現実を直視するべきだ。

・・・ジムであることの誇りと責任を今こそ持とうではないか。

世の中はガンダムだけで動いているわけではない。世の中はジムで動いている。・・・

・・・僕たちは「ガンダム」のジムである。

ジムだからといって、人生は終わったわけではない。・・・世の中は普通の人で動いている。ジム同士のつながる力で、真っ白な手を広げて待っている明日を少しでも明るく、1℃でも熱くしたいのだ。

それぞれお薦めしておきます。

(再追記)

一方、はてぶに適切な用語法の例が:

http://b.hatena.ne.jp/entry/eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/24-89d1.html

Dicer 「ベンチャーは基本的に自分で起こすもの。就職するものではない」と何度繰り返しても、意識の高い高学歴が「夢のある話」に引っかかってブラック零細企業へ就職していく。人生棒に振っているのわかってる?

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漫画とドラマで労働法を学ぶ韓国の若者たち

韓国のハンギョレ新聞に、「漫画とドラマで労働法を学ぶ韓国の若者たち」という記事が載っていて、正直どこの国の話かと笑ってしまいました。「いがみ合うほどよく似てる」というのは、日本と韓国のあらゆるところに見いだせそうですが、とりわけ労働問題ではそのようです。

http://japan.hani.co.kr/arti/politics/19751.html

・・・大多数の国民の日常が労働であるのに、私たちの社会は学校教育ならぬ漫画やドラマ、テレビ広告を通して勤労基準法、最低賃金法、労働組合法、産業災害補償保険法、雇用保険法などの労働法を習わねばならない。

 『錐』では大企業会社員を主人公にしたウェプトゥーン『未生』には登場しない労組の役割が詳しく描写されている。主人公の労務士グ・ゴシンは年配の労働者を前に「こんなことは学校で教えなければならないのに…」とため息をつく。「ドイツでは小学校で模擬労使交渉をし、フランスでは高等学校の社会授業で交渉戦略を立てる」のにだ。

とはいえ、その先にこういう台詞が出てくると、韓国から見るとまだ日本が進んでいるように見えるのだなあ、と妙な感慨がわきます。

私たちの教育では労働自体を冷遇したり否定的に教えようとする。ソン・テス雇用労働研修院教授は「これからは学生たちの人生で労働法がいかに重要か、どんな問題を含んでいるのかを説明すべきなのに、私たちの教育過程にはそうしたものがほとんどない。労働者の権利について習ったという生徒を見つけるのは難しい」と話す。彼は「日本の社会科教科書では私たちの勤労基準法に当たる内容を憲法ぐらいの分量を割いて紹介している。韓国には労働を理念偏向的に眺める視線がまだ多く残るが、労働が人生でどれほど大きな影響を及ぼす問題なのか教育制度で現実感をもって扱うべきだ」と提案した。

ここまで言われるとこそばゆくなりますが、それがどれだけ生徒の頭にしみこんでいるかというとはなはだ心許ないからこそ問題なわけで・・・・。

まあ、韓国のことだから、数年後には青少年雇用法とかいう法律ができて、そこに労働法教育の努力義務とかが書かれている可能性がありますね。

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労働法教育の努力義務

さて、その「青少年の雇用の促進等に関する法律」案ですが、労働法教育の努力義務規定が設けられています。

http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11652000-Shokugyouanteikyokuhakenyukiroudoutaisakubu-Jakunenshakoyoutaisakushitsu/0000075778.pdf

十二 労働に関する法令に関する知識の付与

国は、学校と協力して、その学生又は生徒に対し、職業生活において必要な労働に関する法令に関する知識を付与するように努めなければならないものとすること。

主語は国です。国が学校と協力して労働法を教育する努力義務ですが、この「国」は当然、中身を所管する労働行政だけではなく、協力の相手方である学校を所管する文部行政も含まれるのでしょうね。

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勤労青少年福祉法の一部改正ときましたか

本日、労政審の職業安定分科会と職業能力開発分科会で例の若者雇用対策法案の要綱が諮問され、即日妥当と答申されました。

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000075763.html

中身は本ブログでも何回か取り上げてきたとおりで、後ろの方で具体的な条文も見ますが、新たな話は特にありません。

むしろ、やや意外だったのは法律のタイトルです。というか、今まで若者雇用対策法案とか勝手に言ってきましたが、ふたを開けてみると、勤労青少年福祉法の一部改正で、題名が「青少年の雇用の促進等に関する法律」になります。

ふむ、「若者」は法律用語にはならないだろうとは思っていましたが、勤労青少年福祉法を持ってきましたか。

なんだか、ちょうど30年前に男女雇用機会均等法を作るときに、勤労婦人福祉法の一部改正にしたのを思い出しますね。

http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11652000-Shokugyouanteikyokuhakenyukiroudoutaisakubu-Jakunenshakoyoutaisakushitsu/0000075778.pdf

この法律は、青少年について、適性並びに技能及び知識の程度にふさわしい職業(以下「適職」とい う。)の選択並びに職業能力の開発及び向上に関する措置等を総合的に講ずることにより、雇用の促進 等を図ることを通じて青少年がその有する能力を有効に発揮することができるようにし、もって福祉の 増進を図り、あわせて経済及び社会の発展に寄与することを目的とするものとすること。

具体的な内容は、建議に書かれていたことを条文に落としたもので、

六 求人の不受理

公共職業安定所は、求人者が学校の学生又は生徒であってこれを卒業することが見込まれる者等(以 下「学校卒業見込者等」という。)であることを条件とした求人(以下「学校卒業見込者等求人」とい う。)の申込みをする場合において、その求人者がした労働に関する法律の規定であって政令で定める ものの違反に関し、法律に基づく処分、公表その他の措置が講じられたときとして厚生労働省令で定め るときは、職業安定法第五条の五の規定にかかわらず、その申込みを受理しないことができるものとす ること

八青少年雇用情報の提供

1 労働者の募集を行う者及び募集受託者は、学校卒業見込者等であることを条件とした労働者の募集 (以下「学校卒業見込者等募集」という。)を行うときは、青少年の募集及び採用の状況、職業能力五頁 の開発及び向上並びに職場への定着の促進に関する取組の実施状況その他の青少年の適職の選択に資 するものとして厚生労働省令で定める事項(以下「青少年雇用情報」という。)を提供するように努 めるとともに、学校卒業見込者等募集に応じ、又は応じようとする学校卒業見込者等の求めに応じ、 青少年雇用情報を提供しなければならないものとすること。

2 求人者は、学校卒業見込者等求人の申込みに当たり、その申込みに係る公共職業安定所又は職業紹 介事業者に対し、青少年雇用情報を提供するように努めるとともに、その申込みをした公共職業安定 所若しくは職業紹介事業者又はこれらの紹介を受け、若しくは受けようとする学校卒業見込者等の求 めに応じ、青少年雇用情報を提供しなければならないものとすること

といった調子です。

あと、職業能力開発促進法の改正も一緒に入っていて、ジョブカードが「職務経歴等記録書」という名前で規定されています。

二 職務経歴等記録書の普及

国は、労働者の職務の経歴、職業能力その他の労働者の職業能力の開発及び向上に関する事項を明ら かにする職務経歴等記録書の様式を定め、その普及に努めなければならないものとすること。また、国 は、その様式を定めるに当たっては、青少年の職業生活設計に即した自発的な職業能力の開発及び向上 が促進されるように配慮するものとすること

ちなみに勤労青少年福祉法というのは、

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S45/S45HO098.html

ご覧の通り、7月第3土曜日を勤労青少年の日にするとか、余暇の有効活用とか、勤労青少年ホームを作りますよ、とかあとは一般にやっていることを並べただけの中身のほとんどない法律ですが、これで中身の結構ある法律になるわけです。

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日々紹介ビジネスモデルの崩壊

ピョンヤンじゃない『労働新聞』という、あまり関係者以外が読まないメディアの報道なので、知らない方も多いと思いますが、日本の業界紙の『労働新聞』3月2日号に、大変興味深い判決が紹介されています。

初判決 「日々紹介と認めず」

栃木県内でホテルを経営する(株)ホテルサンバレーが、大手優良職業紹介会社の宝木スタッフサービスに対し、配膳人である常用従業員は期間の定めがなく、「日々雇用ではない」として約3000万円の不当な紹介手数料の返還を求めた裁判で、宇都宮地方裁判所大田原支部は、原告の主張を全面的に認める判決を下した。同裁判所は毎月のシフト表に基づいて働いていたことなどから、「日々あっせんの事実があったとは言えない」と示している。日々紹介に関する大規模な争いでは裁判所の初判断となる。

これは、私の本を読んでいる方には「あぁ、あれか」とぴんとくると思います。

戦前は労務供給事業として行われていたいくつものビジネスが、港湾や建設などで弊害が目立っていた労働ボスの撲滅のために、戦後職業安定法で(労働組合を除いて)全面的に禁止されたため、弊害の少ない家政婦とかウェイターとかマネキンとかを認めるための便法として、これは有料職業紹介なんですよ、毎日紹介して、毎日その紹介手数料をもらっているんですよ、という建前でもって70年近くやってきたわけです。

その後、禁止されていた労働者供給事業が労働者派遣法という形で認められ、別に日々紹介などと虚構をいわなくても、派遣している間派遣料金と賃金のマージンを取るビジネスモデルもできるようになったのですが、既に確立していた日々紹介というビジネスモデルは、俺たちは派遣じゃないという建て前を崩すことなく、ずっと続いていたんですね。

でも、それがついに崩壊する日が来たようです。

解雇法制で有名なヒルトン事件だって、日々紹介なのに無期雇用労働者の解雇問題として取り上げられていて、誰もそっちに疑問を呈さないという奇妙な平和が続いていたんですが、ものごとをきちんと考える人なら、おかしいな、と思うはずだったんです。

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拙著『新しい労働社会』の73頁以下にその経緯がやや詳しく書かれていますので、ご参考までに。

臨時日雇い型有料職業紹介事業

 もう一つ、実態として極めて登録型派遣事業に近いのが、家政婦、マネキン、配膳人といった臨時日雇い型の有料職業紹介事業です。これらにおいても、求職者は有料職業紹介所に登録し、臨時日雇い的に求人があるつど就労し、終わるとまた登録状態に戻って、次の紹介を待ちます。ところが、こちらは職業紹介という法的構成を取っているため、就労のつど紹介先が雇い入れてフルに使用者になります。実態が登録型派遣事業と同様であるのに、法的構成は全く逆の方向を向いているのです。これは、占領下の政策に原因があります。
 もともと、これらの職種は戦前は労務供給事業で行われていました。ただし、港湾荷役や建設作業のような労働ボス支配ではなく、同職組合的な性格が強かったと思われます。ところが、これらも職業安定法の労働者供給事業全面禁止のあおりを受けて、弊害はないにもかかわらず禁止されてしまいました。一部には、労務供給業者が労働組合になって供給事業を行うケースもありました(看護婦の労働組合の労働者供給事業など)が、労働組合でなくてもこの事業を認めるために、逆に職業紹介事業という法的仮構をとったのです。
 しかしながら、これも事業の実態に必ずしもそぐわない法的構成を押しつけたという点では、登録型派遣事業と似たところがあります。最近の浜野マネキン紹介所事件(東京地裁2008年9月9日)に見られるように、「紹介所」といいながら、紹介所がマネキンを雇用して店舗に派遣したというケースも見られます。マネキンの紹介もマネキンの派遣も、法律構成上はまったく異なるものでありながら、社会的実態としては何ら変わりがないのです。その社会的実態とは労働者供給事業に他なりません。・・・

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俺のん,でかくて太いらしいねん。やっぱり若い子はその方がいいんかなあ。

というわけで、大阪海遊館のセクハラ事件最高裁判決がニュースになっていますが、裁判所のHPにも早速アップされています。

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/883/084883_hanrei.pdf

4 しかしながら,原審の上記3(1)の判断は是認することができるが,同(2)の 判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 本件各行為の内容についてみるに,被上告人X1は,営業部サービスチー ムの責任者の立場にありながら,別紙1のとおり,従業員Aが精算室において1人 で勤務している際に,同人に対し,自らの不貞相手に関する性的な事柄や自らの性 器,性欲等について殊更に具体的な話をするなど,極めて露骨で卑わいな発言等を 繰り返すなどしたものであり,また,被上告人X2は,前記2(5)のとおり上司か ら女性従業員に対する言動に気を付けるよう注意されていたにもかかわらず,別紙 2のとおり,従業員Aの年齢や従業員Aらがいまだ結婚をしていないことなどを殊 更に取り上げて著しく侮蔑的ないし下品な言辞で同人らを侮辱し又は困惑させる発 言を繰り返し,派遣社員である従業員Aの給与が少なく夜間の副業が必要であるな どとやゆする発言をするなどしたものである。このように,同一部署内において勤 務していた従業員Aらに対し,被上告人らが職場において1年余にわたり繰り返し た上記の発言等の内容は,いずれも女性従業員に対して強い不快感や嫌悪感ないし屈辱感等を与えるもので,職場における女性従業員に対する言動として極めて不適 切なものであって,その執務環境を著しく害するものであったというべきであり, 当該従業員らの就業意欲の低下や能力発揮の阻害を招来するものといえる。

その「極めて露骨で卑猥な発言」とは、こういうものだったようです。

「俺のん,でかくて太いらしいねん。やっぱり若い子はその方がいいんかなあ。」

「夫婦間はもう何年もセックスレスやねん。」,「で も俺の性欲は年々増すねん。なんでやろうな。」,「でも家庭サービスはきちんと やってるねん。切替えはしてるから。」

「この前,カー何々してん。」

「今日のお母さんよかったわ…。」,「かがんで中見えたんラッキー。」, 「好みの人がいたなあ。」

品位のある新聞諸紙にはここまで書かれていないようなので、どの程度の発言だかわからない方もいるかと思われ、載せておきます。

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玄田有史『危機と雇用』

0610220玄田有史さんから『危機と雇用 災害の労働経済学』(岩波書店)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/isearch?head=y&isbn=ISBN4-00-061022

震災は多くの人から働く機会を奪っていった.それはどのようなプロセスで生じ,誰に対して特に困難な状況をもたらしたのか.いかなる雇用対策が講じられたのか.様々な調査データを駆使して,困難から立ち上がろうとする人々の営みとその支援を労働の側面から描き出し,今後起こりうる危機への備えについて考察する著者渾身の研究.

東日本大震災直後に行われた緊急雇用対策は、その少し前に襲ってきたリーマンショック対策として実施されていた政策を流用する形でやれたから何とかやれた面があるという指摘は、いくつかのアイロニーも含めて重要な指摘です。


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吉留久晴「ドイツのデュアル大学での人材養成にかかわる産学連携の実相」

『産業教育学研究』2015年1月号に、吉留久晴さんの「ドイツのデュアル大学での人材養成にかかわる産学連携の実相」という大変興味深い論文が載っています。

是非、高等教育レベルの職業教育問題を論ずる方々は、L型とかいうキャッチーな言葉ばかりに踊らされず、こういう地味だけれど本当に役に立つ研究成果をふまえていただきたいと思います。

この論文については、すでに田中萬年さんがブログで紹介していますが、

http://d.hatena.ne.jp/t1mannen/20150213/1423791830(理論と実習を関連づけるドイツの大学改革)

  ドイツのデュアル大学での人材養成にかかわる産学連携の実相

          -デュアルパートナーの関与・役割に着目して-

                吉留 久晴(鹿児島国際大学)

概要:学士課程での理論学修とデュアルパートナーと呼ばれる企業等での長期間の実習を組み合わせた、新しい種類の高等教育機関であるデュアル大学が、2009年にドイツで誕生した。本稿では、こうしたデュアル大学での人材養成に対する企業等の関与・役割の実態とその特徴を明らかにすることを試みた。分析の結果、大学の構成員であるデュアルパートナーが実習のための場所の提供のみならず、理論と実習の両学修の計画・実施・評価・改善に重層的かつインテンシブに関与し、同大学の理論学修と実習の統合の実現に貢献していることが浮き彫りとなった。

デュアルパートナーというのは、つまり実習先の企業のことですが、重要なのは、

・・・看過できないのは、デュアルパートナーに、大学教員などと対等な地位と権限が与えられていることである。・・・決して形式的ではなく、実質的に対等な大学の構成員であることは、デュアルパートナーの代表者が、デュアル大学の理事会の構成メンバーに必ず含まれることからも如実に分かる。このように、同パートナーが、「大学の自治や使命遂行」に直接関与できるようになっているのである。

こういうのを聞くと、すぐに「大学の自治が・・・」という人が出てきそうですが、いや、デュアルパートナーが参画して教育内容を決めることこそが「大学の自治」なんですね。文部科学省の基準に従うことよりも。

ある3年制のデュアル大学の学修課程のモデルは次のようですが、

20150213103543


入学すると、まず実習からスタートするんですね。その後、理論と実習を交互に繰り返して、実習では長期間かけてプロジェクト研究に従事し、最後に卒業研究で、学士号が授与されるというわけです。

そして、入学者選考はデュアルパートナーの手にすべて委ねられています。入学希望者は、各デュアルパートナーと学修・養成契約を締結しなければならず、つまりその企業に採用されなければデュアル大学に入学できないのです。

うむ、これって、卒業後の就職活動が大学入学時点に前倒しになっているだけという感じもしますな。

デュアル大学の学生には、在学中の3年間、各デュアルパートナーから毎月800-1000ユーロの手当が支給され、かつ卒業後はそのデュアルパートナーに採用される可能性が高く、6割は実習先に就職ということなので、ますますそんな感じです。

授業の60%が非常勤講師で、その9割はデュアルパートナーからの実務者で、企業側も力を入れているそうです。

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谷口功一『ショッピングモールの法哲学』

08410l谷口功一さんより『ショッピングモールの法哲学 市場、共同体、そして徳』(白水社)をお送りいただきました。

http://www.hakusuisha.co.jp/detail/index.php?pro_id=08410

ニュータウンの風景を初めて目にした時の違和感は何だったのか? 文化表象としてのゾンビや多摩ニュータウンという場を問題にしつつ、荻生徂徠からサンデルまで規範理論を用いて〈郊外〉の実像に迫る!

「多摩川の向こう岸に忽然と現れるニュータウンの風景は、私にとっては衝撃的なものであり、いつしか、この風景を主題として何か書きたいと思うようになりゆく中、自らの故郷の風景と重なったのだった。」──「終わりに」より

本書の後半は、かつて『国家学会雑誌』に載せた難しそうな論文ですが、前半はややエッセイ風な感じの郊外論。

序章 国家と故郷のあわい/断片
 Ⅰ 郊外の正義論
第一章 南大沢・ウォルマート・ゾンビ
第二章 市民的公共性の神話と現実
第三章 グローバライゼーションと共同体の命運
第四章 共同体と徳
Interlude 本書の構成と主題
 Ⅱ 「公共性」概念の哲学的基礎
序 公共性論をめぐる状況
第一章 テーゼⅠ「共同性への非還元性」
第二章 テーゼⅡ「離脱・アクセス可能性」
第三章 テーゼⅢ「公開性」
第四章 テーゼⅣ「普遍的正当化可能性」
第五章 公共性の条件
終わりに

とりわけ、第1章の「南大沢・ウォルマート・ゾンビ」には、谷口さんが首都大学東京に赴任したときの強烈な思い出が語られています。

・・・私自身、都内に居住を開始してから、すでに人生の過半を過ごしたこととなるが、その生活本拠は長らく私鉄沿線の所謂「第3山の手地区」にあり、現在の勤務校へと通うため、京王相模原線に揺られて多摩川境を越え、さらにその先、進行方向右手に忽然と現れる若葉台の超人工的マンション群を初めて目撃した際(二〇〇五年当時)の印象・感慨は今もって忘れがたいものがある。それは、私にとって、ある種の唐突なSF的パノラマに対面したかのような「違和感」でさえあったのだった。

・・・さて、南大沢に再び踵を返そう。駅の改札を出て右手に向かって大学を目指すと、その両脇には二〇〇〇年九月に三井不動産によって開発された巨大なアウトレットモールが非日常的・祝祭的空間を形成し、それが終わるところに大学キャンパスが門口を開けている。実際それは、二〇〇八年四月一日に改称されるまでは、南仏「プロヴァンス風の街並み」と「祝祭(La Fête)」という二つのテーマの下に「ラフェット多摩」と呼ばれていたのである。このイメージコンセプトの最たるものは、大学への進行方向左手の店舗壁面に麗々しく掲げられたフランス語表記の「偽史」——“La able de la Fête Tama et le voyage fantastique de la Famille Verne” であり、その中では、南大沢が、プロヴァンスに住むヴェルヌ一家がタイムマシン(?)に乗ってやって来て棲みついた街であることが記されている。ちなみに私の勤務校には、長男のパスカル君が学んでいるそうである。

こういう地域に比べると、その前身の都立大学がもとあった目黒区の都立大学駅近辺の方が、よっぽど日常的というか界隈的雰囲気がありますね。

「第3山の手地区」というのがどういう意味なのかよくわかりませんが、例えば下高井戸駅前商店街の雰囲気など、ある種下町的名感じもします。

それにしても、谷口さんの、ゾンビ映画をはじめ、さまざまな文学や芸術への造詣の深さはすごいものがありますね。

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居神浩編著『ノンエリートのためのキャリア教育論』

Isbn9784589036544居神浩編著『ノンエリートのためのキャリア教育論 適応と抵抗そして承認と参加』(法律文化社)をお送りいただきました。

http://www.hou-bun.com/cgi-bin/search/detail.cgi?c=ISBN978-4-589-03654-4

居神浩さんのノンエリート論といえば、本ブログでも今まで何回もとりあげてきましたが、以下のような方々と一緒にこういう内容の本にまとめられました。

まえがき

序章:ノンエリート大学生のキャリア教育の課題:「適応」と「抵抗」(居神浩)

 社会政策論としてのノンエリート・キャリア教育論/実践的課題/市場の論理でしか語られない教育の議論/社会政策として の教育論の展開のために

第Ⅰ部:大学におけるキャリア教育論の実践と課題:「適応」と「抵抗」の側面

第1章:ボーダーフリー大学生が学習面で抱えている問題:実践と克服の途(葛城浩一)

第2章:やる気に火をつけろ!:読売新聞「大学の実力」調査から(松本美奈)

第3章:ノンエリート大学生の労働者の権利に関する理解:キャリア教育における労働者の権利教育の実施に向けて(林祐司)

第4章:権利を行使することの困難と希望:NPO法人「きょうと労働相談まどぐち」と労働問題講座の実践(高橋慎一・橋口昌治)

第Ⅱ部:大学外部におけるキャリア支援の取り組み:「承認」と「参加」の側面

第5章:ノンエリート大学生を対象としたキャリア教育の射程:生活実態に根差した〈キャリア教育/支援〉に向けて(児島功和)

第6章:地域若者サポートステーションによる高校アウトリーチが示唆するもの:キャリア支援と心理支援の融合の重要性(熊澤真理)

第7章:教育的アプローチによる自立支援の課題:「子どもの貧困」問題を通して(上原裕介・繁澤あゆみ)

終章:これからのノンエリート・キャリア教育の展望:「承認」と「参加」に向けて(居神浩)

 目線をより低く、より遠くへ/承認の戦略論:「サードプレイス」の創出/「参加」の戦略論:「社会」の教科書/政策論と しての見通し:「若者政策」への展開

あとがき

本書では、第3章、第4章で一番必要なのに一番わかっていないノンエリート学生への労働法教育が論じられていて、特に第4章は実践の場(きょうと労働相談まどぐち)にいる人による実践記録です。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-a5af.html(「マージナル大学」の社会的意義)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-9581.html (「大学がマージナルを抱えている」のが「マージナル大学」となる理由)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-1d68.html (ノンエリート大学生をめぐる認識ギャップ)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-3f30.html (ノンエリート大学生に一番必要な講座)

 

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「格差是正と差別是正の矛盾」@労基旬報2月25日号

労基旬報2月25日号に寄稿した「格差是正と差別是正の矛盾」です。

 昨年11月、民主、維新、みんな、生活の4野党が、「労働者の職務に応じた待遇の確保等のための施策の推進に関する法律案」を国会に提出しました。また、同月の解散で行われた衆議院総選挙では、民主党と維新の党が共通政策としてマニフェストで同一労働同一賃金を謳っています。もっとも、法案の内容は格差問題への関心が前面に出ており、理論的な整理がどこまでつけられているのかよくわからないところがあります。

(目的)
第一条 この法律は、近年、雇用形態が多様化する中で、雇用形態により労働者の待遇や雇用の安定性について格差が存在し、それが社会における格差の固定化につながることが懸念されていることに鑑み、それらの状況を是正するため、労働者の職務に応じた待遇の確保等のための施策に関し、基本理念を定め、国の責務等を明らかにするとともに、労働者の雇用形態による職務及び待遇の相違の実態、雇用形態の転換の状況等に関する調査研究等について定めることにより、労働者の職務に応じた待遇の確保等のための施策を重点的に推進し、もって労働者がその雇用形態にかかわらず充実した職業生活を営むことができる社会の実現に資することを目的とする。

(基本理念)
第二条 労働者の職務に応じた待遇の確保等のための施策は、次に掲げる事項を旨として行われなければならない。
一 労働者が、その雇用形態にかかわらずその従事する職務に応じた待遇を受けることができるようにすること。
二 正規労働者・・・以外の労働者が正規労働者となることを含め、労働者がその意欲及び能力に応じて自らの希望する雇用形態により就労する機会が与えられるようにすること。
三 労働者が主体的に職業生活設計・・・を行い、自らの選択に応じ充実した職業生活を営むことができるようにすること。

 ここには、2000年代以来若い男性の非正規労働者が目立ち始めたことによって駆動されてきた社会的格差問題への関心と、それ以前から主婦パートの基幹化現象によって問題意識に上せられてきた職場における差別問題とが、整理されないまま併存しているようです。

 雇用形態によって賃金の決め方が全然異なっているのは、日本の非正規の決め方がおかしいのではなく、日本の正社員の決め方が世界的に見て極めて特殊だからです。すなわち、年齢と扶養家族数で基本給を決め、それを働きぶりで査定する年功賃金制度です。この賃金制度の源流は、戦前呉海軍工廠にいた伍堂卓雄が唱えた生活給思想にあります。彼の考え方は、まさに格差問題を解決するために、職務に応じるのではなく、家族の生計費に応じたものにすべきという発想でした。戦後労働運動が職務給に反対してきたのも、それが格差をもたらすと危惧したからです。社会構成員の生活水準をできるだけ平準化すべきという平等主義を、国家による再分配を通じてではなく、企業内部の賃金配分を通じて実現しようとしたのが、年齢と扶養家族数に基づく年功賃金制でした。そして、それゆえにそれは同じ仕事をしている女性正社員を(女房子供を養う必要がないからという理由で)差別し、同じ仕事をしている主婦パートを(亭主に扶養されているのだからという理由で)差別するロジックでもあったのです。こうした賃金制度をめぐる歴史を頭に置けば、格差問題と差別問題とが、場合によっては、というよりもむしろ多くの場合に、相矛盾する帰結をもたらすということが理解されるはずです。

 非正規労働者に限っても、格差の是正と差別の是正は多くの場合に矛盾します。「職務に応じた待遇」という方向を貫くのであれば、何よりもまず職場で重要な役割を担うに至っている基幹的パートがその対象となるべきでしょう。しかし、彼女らの多くは、早急に是正されるべきみじめな生活水準にあるというわけではありません。逆に「格差の固定化」を何とかしなければならないというのであれば、製造業派遣や日雇派遣で働く若年・中年の男性非正規労働者が対象になるはずですが、彼らの職務内容は全く基幹的ではありません。同一労働同一賃金原則は異なる労働に従事する者を救うわけではないというあまりにも当たり前の事実は、今日の日本においてどこまで理解されているのでしょうか。

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大内伸哉『労働時間制度改革』

9784502130014_240大内伸哉さんから新著『労働時間制度改革』(中央経済社)をお送りいただきました。毎度ですがありがとうございます。

http://www.biz-book.jp/%E5%8A%B4%E5%83%8D%E6%99%82%E9%96%93%E5%88%B6%E5%BA%A6%E6%94%B9%E9%9D%A9%E2%80%95%E3%83%9B%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%88%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%82%B0%E3%82%BC%E3%83%B3%E3%83%97%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%9C%E5%BF%85%E8%A6%81%E3%81%8B/isbn/978-4-502-13001-4

感情論が先行しがちなホワイトカラー・エグゼンプション導入の是非。三六協定や割増賃金ではなぜだめか、という複雑な現行制度の問題点からわかりやすく説き起こします。

大内さんとは意見が合うところと合わないところがありますが、労働時間法制についてはおおむね似たようなご意見の持ち主だと感じています。

それは、労働時間規制としては、普通の労働者のための絶対的上限規制ないしインターバル規制こそが必要で、割増賃金ばかりで規制するのはよくないというところです。

本書は、そもそも労働時間規制とは?というところから説き起こして、日本の労働時間規制は労働者の健康保護に役立ってきたのだろうか?(いうまでもなく反語)、欧米の労働時間規制はどうなっているのか、日本の労働時間規制のどこに問題があるのかを、わかりやすく解き明かしていきます。

私の『新しい労働社会』では第1章の半分くらいでそそくさと論じたテーマを、じっくり一冊をかけて論じている本で、文章も読みやすく、時宜にも適している本です。


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究極のピケティ便乗

011507まあ、どうひっくり返っても、お前がピケティの同志であるわけねえだろ、というようなたぐいの人に限って、例えば池田信夫氏とか高橋洋一氏とかが平然とピケティの便乗本を売り出してがっぽり儲けているので、こういう雑誌のこういう特集ってのも、世の中的にはありなんでしょうなあ、としか言いようがないわけですが・・・。

http://presidentstore.jp/books/products/detail.php?product_id=2186

それにしても、言うに事欠いて、「世界初! お金に困らない 「ピケティ」実践講座」ですぜ、お兄さん。

たしかに世界初でしょうなあ。つうか空前絶後。

なにしろ、キーワードが「r型」と「g型」。G型L型@冨山和彦じゃありませんよ。

どういう風に使うかというと:

[タイプ診断]あなたはお金が貯まる「r型」か、お金が逃げる「g型」か

オンとオフを分けないr型、イライラしやすく落ち込みがちなg型……

ピケティセオリーを職場に応用

時間半分、100倍稼ぐ「r型」仕事術

うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・

ところで、竹信三恵子さんはγ型なんでしょうか。

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絵に描いたような一知半解

朝日の澤路毅彦さんのツイートに出てくる「外資系コンサル」氏の言っていることが、三流評論家にもよくあるタイプの絵に描いたような一知半解なので、思わず笑ってしまいました。でも考えてみれば、こういう低レベルの「勉強会」に出て、一生懸命一知半解の講師の言葉をお勉強してしまう人もいるのか、と思うと、いささか心が冷える思いも・・・。

https://twitter.com/sawaji1965/status/569755939944865793

今日の午前中は外資系コンサルタント会社のメディア向け勉強会。「同一労働価値同一賃金」がテーマだったのでの参加してみました。職務給制度の案内が中心で、それはそれでわかるのですが、前段は頭の中が「?」。日本型雇用の特徴の一つが、「労働時間に対する賃金支払い」だそうです。

https://twitter.com/sawaji1965/status/569756673574703104

続き)その特徴は「ホワイトカラーにも成果でなく労働時間の長さで賃金が支払われる」(趣旨)。そのメリットは「経営側による搾取を防止できる」。デメリットは「サービス残業、ブラック企業、残業代泥棒」。これを解消するには、「ホワイトカラー・エグゼンプション制度など、法令の変更が必要」。

https://twitter.com/sawaji1965/status/569757753826095104

続き)正社員特権というのも日本型雇用の特徴で、これを解消するには「解雇法制の変更が必要」との説明。さすがに「何を変更するのか」と尋ねると、判例法理のことだと。岡田先生がご苦労された、「雇用指針」はどこに?

https://twitter.com/sawaji1965/status/569758753739771906

続き)一番驚いたのは、「女性活用・若者の処遇改善、正規・非正規の格差解消に向けた3点セット」。「職務主義人事制度」「管理職の評価能力強化」はまあわかるとして、ここに「労働時間でなく成果に基づく給与決定」がくるのはなぜ?

https://twitter.com/sawaji1965/status/569763863123484674

雇用指針を確認。「共通に適用されるルールについても、裁判所は個々の判断に際して典型的な日本企業に多くみられる『内部労働市場型』の人事労務管理と、外資系企業や長期雇用システムを前提としない新規開業直後の企業に多くみられる『外部労働市場型』の人事労務管理の相違を考慮することがある」

https://twitter.com/sawaji1965/status/569852700457771008

夕方、他社の記者とあれこれ話す。今日の午前中あった勉強会について。労働契約法も労働基準法もちゃんと読んでいない可能性がある。ナショナルウエストミンスター銀行事件の名前を出したのですが、反応なし。日本の解雇規制を議論するときに、知らなかったら素人でしょう。

わかっている人にはこれで尽きていますが、念のために蛇足を付け加えると、欧米型ジョブ型労働市場における同一労働同一賃金の基本形は、ノンエリートに適用されるシンプルな職務給、すなわち、厳密な意味で「労働時間に対する賃金支払い」。

欧米のエリートの査定付き職務給は、それをベースにしつつ、その職務の成果が報酬に反映されるので、時間とのリンクが切れる。

これに対して、日本の賃金制度はそもそも職務ベースじゃないから、時間あたりの価値という概念がない。残業代のところだけ割増賃金が義務づけられているが、それはもともと職務と無関係。ここまで話がひっくり返っている議論も珍しい。

外資系コンサルといいながら、欧米の労働者の賃金制度を知らないとしか思えない。

正社員特権云々も、未だに言い続けている莫迦な三流評論家もいるけれど、規制改革会議や産業競争力会議をはじめとしてまっとうなところは既に、雇用契約の問題だということをちゃんと理解するに至っている。

呆れるのは、「これを解消するには「解雇法制の変更が必要」との説明。さすがに「何を変更するのか」と尋ねると、判例法理のことだと」という問答。

いやはや、この外資系コンサル氏は、雇用契約の無限定性に基づいて、裁判所が権利濫用という民法の一般法理を使って判断していることを、国家権力を使って無理矢理代変えさせることができると思っているようです。この外資系の本国は、多分三権分立という概念がなく、独裁政党が命令すればどんな判決でも出させられる国なのでしょう。

いずれにせよ、こういうもののわかった新聞記者から哀れみのまなざしで見られるような「外資系コンサル」氏と似たよう手合いが、もののわかっていない低能マスコミの世界にはまだまだ生息し続けられるのですから、日暮れて道遠しです。

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「技能実習制度の見直し」 @『生産性新聞』2月25日号

『生産性新聞』2月25日号に「技能実習制度の見直し」を寄稿しました。

 去る1月30日に「技能実習制度の見直しに関する法務省・厚生労働省合同有識者懇談会」が報告書をとりまとめました。これに基づいて今通常国会に法改正案が提出される予定ですが、その経緯と内容を簡単に見ておきましょう。ただし、今回の動きに先行する技能実習制度の歴史については省略します(拙論「日本の外国人労働者政策」(五十嵐泰正編『労働再審2越境する労働と〈移民〉』(大月書店)所収)参考)。2009年の制度改正で技能実習が出入国管理法上に明確に位置づけられた後も、一方からはその制度拡大、他方からはその厳格化を求める声が続き、法務省は出入国管理政策懇談会の外国人受入れ制度検討分科会において、2013年11月から審議を行い、2014年6月に「技能実習制度の見直しの方向性に関する検討結果」を公表しました。その間、産業競争力会議や経済財政諮問会議から、再技能実習を認めることや介護分野でも認めることなどが要請されたことが結論に影響を及ぼす一方、監理団体や受入機関をめぐる様々な問題への対応を図ろうとしています。同じ昨年6月に閣議決定された「日本再興戦略改訂2014」では、管理監督の在り方を抜本的に見直し、2015年度中の新制度への移行を目指すとともに、実習期間の延長、受入れ枠の拡大等について、2015年度中の施行に向けて、所要の制度的措置を講ずるというスケジュールが示されています。これを受けて同年11月から上記合同有識者懇談会が開かれ、1月末に報告書を出すに至ったというわけです。

 最大のポイントは、優良な監理機関・受入機関について、実習生の一旦帰国後2年間の実習を認め、これを(これまでの当初1年間の1号、後の2年間の2号と並んで)3号と位置づけることです。これを認めるための実習生の要件として、技能検定3級相当の実技試験への合格を示しています。これまでは、1号修了時に技能検定基礎2級相当の技能評価試験を受検することを求めていただけですが、2号修了時に3級相当、3号修了時に2級相当の受検を義務づけるので、ようやく技能実習らしい制度になるわけです。対象職種の拡大については、2014年10月から社会・援護局が開いた「外国人介護人材受入れの在り方に関する検討会」が2015年2月に中間まとめを公表し、単なる物理的な業務遂行ではなく、一定のコミュニケーション能力の習得なども要件とする方向を示しており、改正法施行時に職種追加が行われることになりそうです。

 一方、制度の厳格化については、上記技能評価試験の受検義務化と並んで、監理団体及び実習実施機関のガバナンス強化や問題のある機関の排除が挙げられています。具体的には監理団体に許可制を導入し(今までそうでなかったことの方が不思議ですが)、指導監督を行い、場合によっては許可を取り消すという仕組みです。また、新たに法律に基づく制度管理運用機関を創設し、指導監督を行わせるとされています。言い換えれば、現在のJITCOには実効ある監視ができていないということです。さらに国際的にも問題になっている実習生に対する人権侵害に対応するため、制度管理運用機関で通報・申告窓口を整備するとしていますが、どれだけの権限を行使できるように設計するのか、現段階ではまだ明らかではありません。

 いずれにせよ、移民政策は採らないという大前提と、にもかかわらず必要な労働力を外国人で充足したいという喫緊のニーズを、技能の実習という建前で折り合わせるこの制度の微妙なバランスを、労働者保護や人権擁護をきちんと担保しながら維持し続けることの難しさがにじみ出るような報告書の内容であることは間違いありません。 

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冨山和彦氏依然絶好調

さて、文部科学省の実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化に関する有識者会議ですが、着々と審議が進んで10回目です。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/061/gijiroku/1355370.htm

「実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化に関する基本的な方向性(案)」という資料も出され、ほぼ方向性はまとまりつつあるやに見受けられますが、それで黙っていられないのがL型大学の使徒こと我らが冨山和彦氏です。

冨山氏提出資料というのを見ていくと、1回目に提出した資料が話題を呼んだときの怪気炎が依然として吹き上がっておりまして、なかなか絶好調であります。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/061/attach/1355383.htm

まず基本思想、「高等教育を二つ山の「ツインピークス構造」へ大転換せよ!」と主張します。

1 新たな高等教育機関は、日本経済の発展を実現するための重要機関であることから、従来の大学の下に位置づけるのではなく、既存の大学と同等レベルの高度な高等教育機関と位置づける。即ち、高等教育機関の基本体系として、現状のアカデミアを重視した東大を頂点とする一つ山構造から、二つ目の高くて大きい山を形成する⇒高等教育における「学術的な一般教養」至上主義からの根本的転換(ネット時代、大学全入時代において、真の「一般教養」、すなわち生きて行くための「知の技法」は博士課程修了者を中心とする既存の大学教員の独占物ではない)を行う。
2 新たな高等教育機関では、企業での実習や演習を通じた実践力を身に着けるとともに、職業大学型教養科目として「汎用性の高い職業人としてのベーススキル」(例:ロジカルシンキング・コミュニケーションスキル・ITスキル・プログラミングスキル・簿記等)や職業資格の習得を目的としたトレーニングを行う。
3 現状の設置基準の中で、職業教育との関連が薄い項目は緩和または撤廃し、経営の自由度を担保する一方で、成果(卒業生の就職状況等)の情報開示を義務付け、市場原理による退出圧力が厳しくかかるようにし、「高い山」を形成しうる高等教育機関のみが生き残る仕組みにすることで、質の担保を図る。
4 本課題は、高等教育機関の「数」ではなく、「質・中身」の問題であることから、単なる補助金対象校の拡大による「補助金のバラマキ政策」となってはならない。

そして、次の台詞がすごいです。「「四流の大学もどき」には絶対にならない制度設計を!」。

実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関は、日本経済の発展を実現するための重要機関であること、また、学位の国内・国際通用性の観点から「大学体系の中に」位置づける。
既存の大学や短大からも、下記に指摘するような「新たな高等教育機関」大学制度に魅力を感じて転換が出ることを想定した制度とする。

で、あの台詞が再び出てきます。

「一般教養」についても、「学術的な一般教養」に拘泥することなく、本来の教養、すなわち現代の実社会において生きて行くための基礎的な「知の技法」を教える(その意味で、経済原論でサミュエルソンを読むことよりも、経営戦略論でマイケル・ポーターを読むよりも、簿記会計の基礎をしっかり身に付けることが真の「一般教養」であることは当然の結論)

さすがに、大型二種免許云々というのは引っ込めたようです。ま、簿記会計の基礎は商学系統の学問の基礎であることは間違いありません。

そして、この延長線上に、教員資格についてのこの台詞が・・・。

3. 教員資格は、産業界からみた評価・経験をベースとし、何よりも「教える力」「鍛える力」を最重要視する。現状、実質的な要件となっている博士号(≒「研究する力」らしきものを表象?)については一切問わない。(「形式」ではなく、実際に実践力の高い学生を育成できるか否かを重視する・・・博士号が「職業型」高等教育機関、特に文科系のそれにおいていかに役に立たないかは、先行して制度化されている専門職大学院で既に実証済みであり、より基礎的な実技訓練を行う大学レベルでは、なおさら役に立たないことは明白

どこかでもらってきた博士号だけを偉そうにひけらかす御仁は一番役に立たなさそうです。

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細川良「フランスにおける法定合意解約制度について」@規制改革会議

去る2月20日(先週金曜日)、規制改革会議雇用ワーキンググループで、労働政策研究・研修機構の細川良研究員が「フランスにおける法定合意解約制度について」報告していて、その説明資料がアップされています。

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kaigi/meeting/2013/wg3/koyo/150220/item1.pdf

なお参考資料として、規制改革会議の専門員でもある水町勇一郎さんの「フランスの2013年改革(雇用安定化法)の背景と概要」も載っています。議事録がアップされるのはかなり先でしょうが、とりあえずご参考までに。

1834 今すぐもう少し詳しい説明を読みたい方は、明日発売の『労働法律旬報』2月下旬号が「フランスにおける労働契約の終了(後編)」を特集していて、そこに細川さんが「フランスにおける2013年雇用安定化法による経済的解雇の改革」を書いているほか、古賀修平さんが「フランスにおける合意解約」を書いているので、ご参考までに。

http://www.junposha.com/catalog/product_info.php/products_id/981?osCsid=5t15emredbejnsjn9blg44tnt4

[巻頭]ワークルール教育と契約的世界=道幸哲也・・・04

[特集]フランスにおける労働契約の終了(後編)

「フランスの解雇法制」翻訳にあたって=島田陽一・・・07

フランスにおける合意解約=古賀修平・・・08

フランスにおける経済的理由による解雇=古賀修平・・・16

フランスにおける2013年雇用安定化法による経済的解雇の改革=細川 良・・・32

[研究]「採用の自由」論復活の試み―内容とその批判的検討=萬井隆令・・・39

[紹介]一橋大学フェアレイバー研究教育センター89/90年代末以降のドイツの労働市場改革―自由主義モデルへの転換と再規制のせめぎあいのなかで=大重光太郎・・・52

[連載]ワークルール検定問題②日本ワークルール検定協会・・・63

団結権の保障=道幸哲也

労働者概念=國武英生

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日教組婦人部の偉大な実績

なぜか最近、またも日教組が話題のようですが、日教組が話題になる時にはいつもそうですが、その本来の労働組合としての活動ではないところでばかり話題になるのは残念なことです。

ということで、先の臨時国会で審議未了廃案になった女性活躍推進法案が再度提出されるということでもあり、働く女性の活躍のための立法の先駆者として、日教組婦人部がどういう活躍をしてきたかをごく簡単に。

一応労働基準法で産前産後休業の権利は認められていたとはいえ、学校の女性教師が妊娠したからと言って担任している学級をほっとくわけにはいかず、なかなかその権利を行使することができなかった1950年代、日教組婦人部が運動を開始して、当時の社会党に法案を提出させ、それが成立に至ったのが「女子教育職員の産前産後の休暇中における学校教育の正常な実施の確保に関する法律」です。

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/houritsu/02219550805125.htm

法律第百二十五号(昭三〇・八・五)

 ◎女子教育職員の産前産後の休暇中における学校教育の正常な実施の確保に関する法律

 (目的)

第一条 この法律は、国立又は公立の学校に勤務する女子教育職員が産前産後の休暇をとる場合において、その休暇中当該学校の教育職員の職務を行わせるための教育職員の臨時的任用に関し必要な事項を定め、もつて女子教育職員の母体の保護を図りつつ、学校教育の正常な実施を確保することを目的とする。

 (定義)

第二条 この法律において「学校」とは、小学校、中学校、高等学校、盲学校、聾学校及び養護学校をいう。

2 この法律において「教育職員」とは、校長、教諭、養護教諭、助教諭、養護助教諭、講師(常時勤務の者に限る。)及び寮母をいう。

 (国及び地方公共団体の任務)

第三条 国又は地方公共団体は、国立又は公立の学校に勤務する女子教育職員が産前産後の休暇をとる場合における当該学校の学校教育の正常な実施を確保するため、必要な財政的措置を講ずるように努めなければならない。

 (国立又は公立の学校における教育職員の臨時的任用)

第四条 国立又は公立の学校に勤務する女子教育職員が権限のある者の承認を受けて産前産後の休暇をとる場合においては、任命権者は、その休暇中当該学校における学校教育の正常な実施を図るために、その休暇の期間の範囲内において、学校教育の正常な実施が困難となると認める期間を任用の期間として、当該学校の教育職員の職務を行わせるため、臨時的に校長以外の教育職員を任用しなければならない。

2 市町村立学校職員給与負担法(昭和二十三年法律第百三十五号)第一条又は第二条に規定する職員(特別区立の学校の職員を除く。)である教育職員の前項の規定による臨時的任用については、同項の規定にかかわらず、任命権者たる市町村の教育委員会の申出により、当該市町村の教育委員会と都道府県の教育委員会とが協議して決定する。

 (適用除外)

第五条 前条第一項の規定による臨時的任用については、国家公務員法(昭和二十二年法律第百二十号)第六十条第一項から第三項まで及び地方公務員法(昭和二十五年法律第二百六十一号)第二十二条第二項から第五項までの規定は適用しない。

   附 則

1 この法律は、昭和三十一年四月一日から施行する。

さらに、1960年代には産休後の育児休業の権利を目指して運動を進め、やはり社会党から法案を国会に提出し続け、一方で自民党サイドでは看護婦の育児休業の法案が議論され(こっちは労働組合の圧力ではなく、国立病院の看護婦確保策だったのですが)、両方を一緒にする形で1975年に法律が成立しています。

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/houritsu/07519750711062.htm

法律第六十二号(昭五〇・七・一一)

◎義務教育諸学校等の女子教育職員及び医療施設、社会福祉施設等の看護婦、保母等の育児休業に関する法律

 (目的)

第一条 この法律は、義務教育諸学校等の女子の教育職員及び医療施設、社会福祉施設等の看護婦、保母等の職務の特殊性等にかんがみ、これらの者について育児休業に関する制度を設け、女子の教育職員及び看護婦、保母等の継続的な勤務を促進し、もつて義務教育諸学校等における教育及び医療施設、社会福祉施設等における業務の円滑な実施を確保することを目的とする。

 (定義)

第二条 この法律において「義務教育諸学校等」とは、小学校、中学校、高等学校、盲学校、聾学校、養護学校及び幼稚園をいう。

2 この法律において「医療施設、社会福祉施設等」とは、病院、診療所、助産所、促健所、保健施設(国民健康保険法(昭和三十三年法律第百九十二号)第八十二条第一項の健康の保持増進のための施設をいう。以下第四項において同じ。)、児童福祉法(昭和二十二年法律第百六十四号)に規定する児童福祉施設(同法第十七条に規定する施設を含む。)、身体障害者福祉法(昭和二十四年法律第二百八十三号)に規定する身体障害者更生援護施設、精神薄弱者福祉法(昭和三十五年法律第三十七号)に規定する精神薄弱者援護施設(心身障害者福祉協会の設置する福祉施設を含む。)、生活保護法(昭和二十五年法律第百四十四号)に規定する保護施設、老人福祉法(昭和三十八年法律第百三十三号)に規定する老人福祉施設及び売春防止法(昭和三十一年法律第百十八号)に規定する婦人保護施設をいう。

3 この法律において「教育職員」とは、校長(園長を含む。以下第十五条第一項において同じ。)、教頭、教諭、養護教諭、助教諭、養護助教諭、講師、実習助手及び寮母をいう。

4 この法律において「看護婦、保母等」とは、看護婦、准看護婦、助産婦及び保健婦(保健所又は保健施設(病院又は診療所である保健施設を除く。以下この項において同じ。)の業務に従事する保健婦にあつては、過疎地域対策緊急措置法(昭和四十五年法律第三十一号)の過疎地域その他政令で定める地域において保健所又は保健施設の業務に従事する者に限る。)であつてその業務に従事する者並びに保母、寮母及び女子の児童指導員並びに医療施設、社会福祉施設等の入所者について保護、指導、訓練又は授産の業務に直接従事するその他の者のうち政令で定める者をいう。

 (育児休業の許可)

第三条 国立及び公立の義務教育諸学校等の女子の教育職員並びに国及び地方公共団体の運営する医療施設、社会福祉施設等の看護婦、保母等(常時勤務を要しない職にある者、臨時的に任用された者及び条件付採用期間中の者を除く。以下「女子教育公務員等」と総称する。)で、その一歳に満たない子を養育するものは、当該子の養育のため、任命権者に対し、育児休業の許可を申請することができる。この場合における育児休業の許可の申請は、休業しようとする期間を明らかにしてしなければならない。

2 任命権者は、前項の許可の申請があつたときは、第十五条第一項に規定する臨時的任用が著しく困難な事情がある場合を除き、育児休業の許可をしなければならない。

3 任命権者は、第一項の許可の申請があつた場合において、当該申請に係る子について当該申請をした女子教育公務員等に対して既に育児休業の許可をしたことがあるときは、前項の規定にかかわらず、育児休業の許可をしないものとする。ただし、特別の事情がある場合は、この限りでない。

 (育児休業の期間)

第四条 育児休業の期間は、任命権者が定める日に始まり、その始まる日から当該育児休業に係る子が一歳に達する日までの間において任命権者が定める日に終わる。

2 任命権者が育児休業の期間を定めるときは、当該女子教育公務員等の申請を尊重するように努めなければならない。

3 任命権者は、女子教育公務員等から申請があつたときは、育児休業に係る子が一歳に達する日までの期間を限度として、当該育児休業の期間を延長することができる。この場合における期間の延長は、特別の事情がないときは、一回に限るものとする。

 (育児休業の許可の失効等)

第五条 育児休業の許可は、当該許可を受けた女子教育公務員等が産前の休業を始めたとき、若しくは出産したとき、又は当該許可に係る子が死亡したときは、その効力を失う。

2 育児休業は、当該許可に係る子を養育しなくなつた場合には、終了する。

3 育児休業の許可を受けた女子教育公務員等は、当該許可に係る子が死亡したとき、又は当該許可に係る子を養育しなくなつたときは、遅滞なく、その旨を任命権者に届け出なければならない。

4 育児休業の許可は、当該許可を受けた女子教育公務員等が休職又は停職の処分を受けたときは、当該休職又は停職の期間中は、その効力を停止する。

 (育児休業の効果)

第六条 育児休業の許可を受けた女子教育公務員等は、育児休業の期間(育児休業の許可の効力が停止されている期間を除く。以下同じ。)中は、その身分を保有するが、職務に従事しない。

2 育児休業の許可を受けた女子教育公務員等に対しては、育児休業の期間については、給与を支給しない。

 (不利益取扱いの禁止)

第七条 女子教育公務員等は 育児休業を理由として不利益な取扱いを受けることはない。

 (国家公務員である女子教育公務員等に係る育児休業の期間についての取扱い等)

第八条 女子教育公務員等のうち国家公務員である者(以下「国家公務員である女子教育公務員等」という。)に係る一般職の職員の給与に関する法律(昭和二十五年法律第九十五号)第十九条の三第二項の規定の適用については、育児休業の期間は、在職期間でないものとする。

第九条 育児休業の許可を受けた国家公務員である女子教育公務員等が職務に復帰したときは、当該育児休業の期間の二分の一に相当する期間(以下この項において「調整期間」という。)を引き続き勤務したものとみなして、その職務に復帰した日又はその日から一年以内の昇給の時期に、昇給の場合に準じてその者の俸給月額を調整し、又は調整期間の範囲内でその職務に復帰するに至つた日の翌日以後の最初の昇給に係る昇給期間を短縮することができる。

2 前項の規定により俸給月額を調整された者のうちその調整に際して余剰の期間を生ずる者については、当該余剰の期間に相当する期間の範囲内で、その者の同項の規定による調整後の最初の昇給に係る昇給期間を短縮することができる。

第十条 国家公務員である女子教育公務員等に係る国家公務員等退職手当法(昭和二十八年法律第百八十二号)第七条第四項の規定の適用については、育児休業の期間は、同項に規定する現実に職務を執ることを要しない期間に該当するものとする。

 (育児休業の許可に伴う臨時的任用)

第十五条 任命権者は、育児休業の許可をする場合においては、当該義務教育諸学校等における教育又は当該医療施設、社会福祉施設等の業務の円滑な実施に支障がないと認めるときを除き、第四条第一項の規定により定められた当該育児休業の期間を任用の期間として、校長以外の教育職員又は看護婦、保母等を臨時的に任用するものとする。

2 前項の規定による臨時的任用については、国家公務員法(昭和二十二年法律第百二十号)第六十条第一項から第三項までの規定及び地方公務員法(昭和二十五年法律第二百六十一号)第二十二条第二項から第五項までの規定は、適用しない。

 (政令への委任)

第十六条 国家公務員に係る第三条から第十一条までの規定の施行に関し必要な事項は、政令(一般職に属する国家公務員に係る第三条から第八条まで及び第十一条の規定並びに一般職の職員の給与に関する法律の適用を受ける国家公務員に係る第九条の規定に関し必要な事項については、人事院規則)で定める。

 (私立の義務教育諸学校等において講ずべき措置)

第十七条 私立の義務教育諸学校等の設置者並びに国及び地方公共団体の運営する医療施設、社会福祉施設等以外の医療施設、社会福祉施設等を運営する者は、この法律に規定する育児休業の制度に準じて、女子の教育職員又は看護婦、保母等について、その子の養育のための休業に関し、必要な措置を講ずるよう努めなければならない。

   附 則

 (施行期日)

1 この法律は、昭和五十一年四月一日から施行する。ただし、附則第三項の規定は、公布の日から施行する。

 (処遇に関する当分の間の措置)

2 当分の間、この法律の目的の達成に資するため、育児休業の許可を受けた女子教育公務員等に対し、法律又はこれを基準として定める条例の定めるところにより、必要な給付を行うことができる。

3 人事院は、一般職の職員の給与に関する法律の適用を受ける国家公務員に係る前項の給付について、国会及び内閣に対し、必要な事項を勧告するものとする。

なんにせよ、日教組といえば妙な政治的イデオロギーの眼鏡越しでばかり論じようとする傾向が強いだけに、こういうまことにまっとうな労働組合としての本来あるべき政治活動を実践し、法律として実現させてきた日教組婦人部の歴史を、きちんと見直していく必要があると思われます。

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まだまだ生きてたスト規制法@WEB労政時報

WEB労政時報のHRWatcher連載に、本日「まだまだ生きてたスト規制法」がアップされました。

http://www.rosei.jp/readers-taiken/hr/article.php?entry_no=352

 相当に労働法に詳しい人でも、スト規制法のことを知っている人は少ないのではないでしょうか。これは正式名称を「電気事業及び石炭鉱業における争議行為の方法の規制に関する法律」といい、1953年に制定されています。最近は集団的労使関係が閑古鳥が鳴いているので、基本から説明していきましょう。

 日本国憲法第28条で団結権、団体交渉権、団体行動権が保障されていますが、この団体行動権の中にストライキなどの争議行為の権利と組合活動の権利が含まれます。しかし、とりわけ争議権については法律レベルでいくつもの制限があります。公務員については争議権が一律に禁止されていますが(このこと自体、かつては大テーマだったのですが、いまではほとんど議論もありません)、民間部門でも労働関係調整法第36条により「工場事業場における安全保持の施設の正常な維持又は運行を停廃し、又はこれを妨げる行為は、争・・・・

スト規制法なんて聞いたことないという人も、そんなのあったなあ、という人も、もちろん、戦後70年というのなら総資本と総労働の対決だという人も、改めて最近は日本の国土からほとんど根絶状態にあるストライキなるものを正面から規制した法律がなお生きていることをじっくりと味わってみてください。

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春闘の復権@山田久氏

日本総研の山田久氏が、「2015 年春闘の展望と課題①」として、「持続的賃上げに向けた2つの条件」という文章を書かれています。

https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/researchfocus/pdf/7978.pdf

日本は90年代以来名目賃金が下落基調にあった原因をその雇用システムに求め、それ故持続的賃上げのためには雇用システム改革が避けられないと説いています。

90 年代以降の低成長時代に入ってから、事業再編が遅れるなかで、多くの日本企業は激化するグローバル競争に対抗するために低価格戦略を採り、人件費抑制スタンスを強めた。この背景には、わが国では雇用契約の基本は仕事の内容や勤務を特定せず、いわば企業という共同体の一員になる「就社型」であり、事業再編を行う際には別の雇用機会を与えることが企業責任として強く期待されるという事情を無視できない。そもそもセーフティーネットが整備されていないため、事業再編に伴う整理解雇は社会的に許容されにくい面も見落とせない。そうしたもとで、労使は雇用維持を優先し賃金を削減する道を選択してきた。

つまり、持続的賃上げに向けて、雇用システムの見直しは避けて通れない課題である。持続的賃金引き上げの条件となるコスト削減型経営から付加価値創造型経営への転換には、「就社型」の雇用システムを見直し、欧米タイプの「ジョブ型」あるいは「就職型」の要素を強める必要があるといえよう。ただし、欧米タイプの正社員の導入にあたっては、①企業の枠を超えた産別や職業別の人材交流の仕組み、②職種別レベル別の能力認定制度の整備、③北欧でみられるような再就職支援・失職時生活保障のための労使共同機関の創設、④カウンセリング・職業紹介・職業訓練をトータルで提供する再就職支援に向けた官民連携の仕組みの充実、等様々な環境整備が条件になる。

もうひとつ持続的賃上げに必要なのは、賃金引き上げの仕組みの再構築である。これが必要なのは、わが国では現状、企業業績が改善しても月例賃金が上昇するメカニズムが十分に機能しなくなっているからで、過去十数年で生じた状況変化を踏まえた上で、そうしたメカニズムを再構築し、新たな形で「春闘の復権」を目指すことが求められている。

注目すべきは最後の「春闘の復権」を呼びかけているところでしょう。

国際比較の視点でみれば、わが国では米国のようにプロフェッショナル労働市場が発達し、景気回復期にはより高い賃金を求めて転職が活発化し、需給関係から賃金が上がる構造にはない。また、わが国では企業内組合が基本であり、企業横断的に職種別や産業別の労働組合が形成され、強いバーゲニングパワーで賃上げを実現する力も持たない。そういう状況で、職能資格制度という下方硬直性の強い賃金制度を整え、春闘でパターンセッター方式という、最も賃上げ余力のある産業がリードする形で社会全体での賃金の底上げを図るという、日本独特の仕組みを作り上げてきたのである。それが、いまや職能資格制度が見直されて賃金の下方硬直性は弱まり、パターンセッターとして賃上げをリードすべき輸出産業が、厳しいグローバル競争のなかで賃上げ余力を低下させてしまった。そした状況変化を踏まえた上での、マクロ的な賃金引き上げの仕組みの再構築という意味での「春闘の復権」が求められている。

ここまで言われると、それは具体的にどういうものなの?と聞きたくなりますが、それは次回までお預けのようです。

では、具体的にはどのような形で賃金引き上げの仕組みを再構築するのか、シリーズ第2回のレポートで議論を展開したい。

人の気を持たせるのに長けている人ですな。

なお先日紹介したように、3月12日には、この山田久氏を招いて労働政策フォーラムが開かれます。

http://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20150312/info/index.html(多様な社員の活用を企業の成長力に)

私は直接関係しませんが、テーマが今日的話題ですし、結構興味深い事例が語られるのではないかと思われます。

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最近効き出してきたツボ

1月28日の規制改革会議の議事録がアップされています。

松浦民恵さんと小林良暢さんがプレゼンしてるのですが、小林さんのはやはりというか小林節が炸裂していまして、これは必読です。

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kaigi/meeting/2013/committee3/150128/gijiroku0128.pdf

小林さんは連合ができたときに電機労連から連合総研に出向して、8年間やったけど働き方改革はできなかった。

・・・連合は一体何をしてきたんだろうかということを最近ずっと考えております。

で、3つの課題というわけですが、このあたりのしゃべりが何とも小林節です。

第1の課題は、すぐできる「働き方」の「改革」をすることです。もともと何でこんな働き方をしているのか、これを変えるにはどこかツボがあるはずだ。ツボだけ押さえてやれば、少しは前へ進むだろうということを一つお話します。
しかし、ツボだけでは、マッサージに行っても次の日になると元の木阿弥ですから、第2の課題は、どこか根本的に体に異常がある場合にはそれを治さなければいけないということで、一体何が阻害要因か。やはり政労使の合意形成の在り方が、今、機能不全をきたしているということをお話します。
第3の課題は、それを突破して日本型の政策決定システムの枠組みを変えることによって新しい働き方を実現していくにはどうすべきかというお話をさせていただきます。

で、その第1の『ツボ』ですが、

1つめの提言は、「上限規制」をきちんと設けることです。労働時間短縮といってもなかなか進みません。これも連合は25年掛かっても進まないというわけです。・・・ただ、これは「青天井」の長時間労働を強いるものだと、連合とか労働組合は批判していますが、実は、これは現場の労使協議で、労使が合意して労働局に申請を出しております。この36協定というのは労使合意済みなんです。青天井だと言っても自分たちが結んだ協定に基づいてやっているんだということですが、これが直らないというわけです。

そう、労働組合サイドが長時間労働批判をするときの最大の急所は、(過半数組合のない事業所は別にして)その長時間労働とはまさに労働組合が認めてやらせているものであるという点なんですね。ただ、、それは、

しかし、現場を回ってみますと、意外に最近効き出してきたツボが1つあるということが分かってきました。それは何か。過労死認定基準の効果が徐々に出てきていて、かつては900時間とか1,000時間とか1,100時間の協定であったものが、だんだんと800時間くらいのところに下がってきた。この基準を下げてやれば、あるいは何らかの形でここの要素を使ってそれを下げていけば突破できる。連合の言っている年間300時間というのは、やや「絵空事」の感がありますので、とりあえずは年間700時間くらいに押さえて600時間へ持っていくということが可能ではないか。

自分らが現場で過労死認定基準を超えるような36協定を結んでいて、長時間労働になるから云々といっても絵空事に聞こえるのは当然なので、それでも大変長時間労働に変わりはないとはいえ、まあこういうレベルから始めるしかないのでしょう。

こういう調子で小林節が全開で進みますが、一点だけ小林さんが誤解されているらしい点を指摘しておきますと、

3つ目は、これは様々な議論も出されているところなので、これを是非、「休息時間11時間」という制度を導入すべきではないかというわけであります。
付け加えますと、EUの休息時間には、オプトアウト条項というものが必ず付いています。

オプトアウトというのは、EU労働時間指令における(時間外を含めて)週48時間規制を、個人の雇用契約ベースで適用除外する制度のことをいうので、それ以外の休息時間等の規制についての特例措置は「オプトアウト」とはいいません。なぜならそれらは、業務や職種で指令上既に規定されているからで、個人の意思で勝手に出たり入ったりできるものではないからです。

まずいのは、この後の質疑応答で、佐々木かおり氏が

○佐久間委員 ありがとうございます。小林所長にお伺いしたいんですけれども、先ほど個人的にということでしたが、オプトアウトについて触れられたかと思いますが、このオプトアウトというのは休息時間だけなのか。全体の労働時間規制とか、休日とか、そういうもの全体にオプトアウトというような選択肢を用意するということでございましょうか。

と問うたのに対して、

○小林所長 EUのことをモデルにして考えておりますので、EUの休息時間指令に基づき、各国が設けているオプトアウトに関しては休息時間に限定したものであります。
ただし、休息時間の対象としない職種と言いますか、人たちはどういう人にするかということは、どうも各国ごとにオプトアウトをつくるという形になって、どういう職種をEU全体で適用除外にするかということにはなっていないようでありまして、国によって違いがあるようです。

と、完全に逆の答えをしてしまっている点です。

職種とか一切関係なく、個人の意思に委ねているのは、(時間外含めて)週48時間という規定のオプトアウトであって、休息時間については、下記のような広汎な業務について「当該労働者に同等の代償休息期間が与えられるか、合理的な理由によりそれが不可能な例外的な場合には、当該労働者に適当な保護が与えられることを条件として、法律、規則若しくは行政規定又は労働協約若しくは労使協定によって」適用除外を認めています。

(a) 沖合労働を含め、労働者の職場と住居が離れている場合や労働者の複数の職場が相互に離れている場合の活動、
(b) 財産や生命を保護するために常駐が求められる警備や監視の活動、特に警備員や管理人又は警備保障会社の活動、
(c) サービス又は生産の継続の必要性のある活動、とりわけ、
(i) 研修医の活動を含む病院又は類似の施設、居住施設及び刑務所によって提供される収容、治療及び/又は看護に関する活動、
(ii) 港湾又は空港労働者、
(iii) 新聞、ラジオ、テレビ、映画制作、郵便及び電気通信サービス、救急、消防及び防災のサービス、
(iv) ガス、水道及び電力の生産、送電、供給、家庭廃棄物の収集と焼却場、
(v) 技術的な理由で仕事を中断できない産業、
(vi) 研究開発活動、
(vii) 農業、
(viii) 定期的な都市交通サービスで乗客の輸送に関わる労働者、
(d) 活動の波が予測可能な場合、特に、
(i) 農業、
(ii) 観光旅行業、
(iii) 郵便業
(e) 鉄道輸送に従事する者の場合、
(i) その活動が断続的であるか、
(ii) 労働時間を列車に乗車して過ごすか、又は、
(iii) その活動が輸送時刻表に関係し、交通の継続性と定期性の確保に関係する者。
(f) 指令89/391/EEC第5条第4項に規定された事情がある場合、
(g) 災害が発生し又は災害の危険が差し迫っている場合。
4 本条第2項に従い、第3条及び第5条の適用除外は、次の場合に認められる。
(a) 労働者がシフトを交替し、あるシフトの終了から次のシフトの開始まで1日及び/又は週の休息期間をその都度とることができない交替制労働の場合、
(b) 労働時間が1日中に分散する活動の場合、特に清掃員の活動の場合。

これらは、厳格に1日11時間のインターバルを入れられない職種だからで、できるだけすぐ後に「同等の代償休息期間」が付与されれば良いというのは、いってみれば休息時間について柔軟な変形性を認めているのと同じです。

なんにせよ、これらは指令で明記されているので、国内法でこれら以外に認めることはできません。

細かいことをいうようですが、せっかくの休息時間規制の話題が、変な方向に進んでしまうとまずいので、ここは細かく言っておきます。

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この期に及んでも未だに無期雇用と終身雇用の区別がつかない日経新聞

本日の日経新聞の社説が悲惨です。

http://www.nikkei.com/article/DGXKZO83522330S5A220C1PE8000/撤廃したい有期雇用への規制

これだけ口を酸っぱくして説き聞かせてきても、未だに特殊日本的な契約の中身が無限定であるが故の終身雇用と、欧米でもごく普通の単に期間の定めがないというだけの無期雇用との違いが全然理解できていないようなのです。

もっとも、この社説が取り上げている今回の特別措置法自体が、国家戦略特区ワーキンググループの八田達夫座長のこういう無知蒙昧な認識から出発していることを考えれば、こういう社説に帰結することも当然なのかもしれません。

 有能な人材が終身雇用の職場の大企業に囲い込まれたり、大企業から飛び出せない原因の一つは、現行法では、有期雇用の自由な再契約が認められていないことにあると考えられる。すなわち、一定期間を経過した有期雇用は、終身雇用に切り替えない限り、打ち切りにすることを雇用者に義務付けていることが問題である
 例えば、山中伸弥京都大学教授のiPS 細胞研究所でも、研究者が雇用の不安定性に晒されていると聞く。
 こうした人材の流動化によりイノベーションを促進するためには、少なくとも上記のような最先端の研究機関や、研究の盛んな区域において、有期雇用の自由な再契約を可能とする制度改革を緊急に行うべきである。
 
言うまでもなく「有期雇用の自由な再契約」は認められていますし、ましてや「一定期間を経過した有期雇用は、終身雇用に切り替えない限り、打ち切りにすることを雇用者に義務付けている」などという、ほんの少しでも労働法の素養があれば書けるはずのない文章です。でも、こういう語っている対象を全然知らないままの「政策提言」がそのまま政府の政策になり、法律になっていくというのが、恐ろしいところです。

偉い経済学者として誰もその首に鈴をつけにいこうとしない八田達夫氏は仕方がないとしても、天下の日経新聞が未だにこんな悲惨な認識では情けないの一言に尽きます。

無期契約というのは、正当が理由があれば解雇できる契約です。仕事がなくなったというのは、欧米型のジョブ契約であれば、もっとも正当な解雇理由です。ところが、特殊日本的な中身が無限定で何でもやらせる契約であれば、たまたま今命じている仕事がなくなったからといって、解雇することが正当になるわけではありません。ところが、日本のことしか目に入らない視野狭窄症の経済学者や経済評論家は、欧米でごく普通の無期契約という言葉を見ると、とたんに特殊日本的な無限定契約だ、終身雇用だと思い込んでしまい、非正規労働者を何でぴかぴかの偉い正社員様にできるんだ、とわめき散らすというわけです。

もちろん、労働契約法18条は有期契約を5年反復更新したら無期契約にすることができるといっているだけです。

有期契約と無期契約はどこが違うのか?

有期契約は、解雇しなくても期間満了で雇止めできるという点だけです。期間の定めがなくなることによる法的効果は、ぎりぎり問い詰めればそれに尽きます。それ以外の諸々はすべて、無期契約なるが故ではなく、「正社員だから」とか「終身雇用だから」とか、「職務の定めがないから」といった、それ自体は期間の定めの有無とは関係のないことどもに基づくものであって、労働契約法18条によってもたらされるものではありません。

雇止めとは何か?

要するに、最初は何年何月何日までの契約だよといっておいて、それを何回も何回も更新して、と言うことは実は最初から何年何月何日まででおわるつもりなんかまったくないまま、都合の良いところで解雇したい、ただし、その解雇が正当な理由があるかどうかをあれこれいわれたくない、というただそれだけのことですね。

言い換えれば、有期契約が無期契約になって何が変わるか?

正社員のように何でもやる契約ではなく、一からこの仕事だけ、この場所でやる契約であるのであれば、その仕事がなくなったから解雇するよ、と一言言えば良いだけの話です。有期であろうが無期であろうが、約束した仕事がないのに雇い続けろという無理無体を要求するほど、莫迦な法律ではありません。

もし、それすらもいいたくないとすれば、それはおそらく、仕事はちゃんとあるのに、その人をクビにしてほかの人に代えたい、という状況だからでしょう。でもね、もしそうなら、その人では使えない理由をちゃんといわなければなりません。そういう最低限の責務も果たしたくないという欲求に応えることが日本の産業の競争力を飛躍的に向上させるゆえんであるとは、まともな人なら考えないでしょう。

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日本記者クラブ講演はレコードチャイナで報道

先日の日本記者クラブでの講演は、中身が私のいつも書いたり喋ったりしていることで新味がなかったためか、日本のマスコミはどこも報じませんでしたが、レコードチャイナが記事にしていたようです。

http://www.recordchina.co.jp/a102621.html

Imgout 2015年2月16日、戦後の雇用問題に詳しい濱口桂一郎労働政策研究・研修機構主席統括研究員 は日本記者クラブで「戦後70年、雇用問題の変遷―いま何が問われているか」と題して講演し、「雇用を保障された正社員は拘束が多く過剰労働。一方で拘束の少ない非正規は不安定で低処遇―という雇用の2極化が進んだ」と指摘。この中で、無限定な働き方を強いて使い潰し、長期的な報酬を免れる「ブラック企業」が続出した、と分析した。 ・・・・・・

ちなみに、全体の動画はこちらで見られますが、

最後の質疑応答が結構面白いです。

戦後70年の雇用問題というならば、三井三池の総労働と総資本の対決を抜きにして語れるのか?と糾弾されました(笑)。

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いや、だから、今現在「現実的」なんです

労働弁護士の塩見卓也さんが

https://twitter.com/roubenshiomi/status/568967929095589888

私は実際に年間で休んだ日が計9日、358日連続勤務で毎月のように200時間超の時間外労働を強いられた人の事件とかやっているわけで、労働時間法制の法案要綱に対する批判は決して「非現実的な想定」なんかではないんですよ

https://twitter.com/roubenshiomi/status/568968599601221633

(続き)こういう「非現実的」とか思ってしまう就労も、本当に存在するし、なにより問題は、今回の法案が通ってしまえばそんな働き方も一応「適法」となるから、労基署が是正指導することすらできなくなるんですよ。

うーむ、半分正しいんだけど、半分間違っている。

べつに「今回の法案が通ってしま」わなくても、現行法制の下でも、まさに塩見弁護士が担当しているように、(36協定が結ばれていて、残業代・休日手当が払われている限り)「そんな働き方も一応「適法」」であるわけですが。

まさに、現行法制下でも、労働者がぶっ倒れて労災保険認定をされたとしても、それ故に直ちに労働基準法違反として違法になるわけではないのですが。

そう、いかなる長時間労働であってもそれ故に直ちに違法とできないという批判は、改正法どころか、まさに現行法制においてこそ今現在「現実的」なんですが。

現行法で監督官がやれるのは、あくまで未払い残業代を払えというゼニカネの話に過ぎないのであって、長時間労働それ自体に対しては、違法だから摘発というのではなく、長時間労働は体に悪いからやめませうね、という指導に過ぎないわけです。

そこからいかなる政策的結論を導き出すかについては人によっていろいろな意見があるでしょうし、私は私の意見を今まで山のように言ってきていますが、それはそれとして、あたかも現行法の下において(ゼニカネを超えて)一定以上の長時間労働が法的に禁止されているかのような説明は、話のレトリックとしては理解することは可能とはいえ、いかがなものかと思いますよ。

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早稲田大学法学部入試問題(政治経済)より

読売新聞のサイトに各大学の入試問題がアップされています。

そのうち、早稲田大学法学部の政治経済の入試問題を見ていくと、こんな問題がありました。ここまではほとんど選択式の問いですが、これはやや本格的な記述式です。

http://www.yomiuri.co.jp/nyushi/15/sokuho/waseda_0215_seikei_mon.pdf

Waseda

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鈴木宗徳編著『個人化するリスクと社会』

186368『POSSE』での軽妙洒脱な社会学講義が評判の仁平典宏さんより、仁平さん執筆の章を含む鈴木宗徳編著『個人化するリスクと社会 ベック理論と現代日本』(勁草書房)をお送りいただきました。私のようなベックも碌に読んだことのないような輩にまでお送りいただき、ありがとうございます。

http://www.keisoshobo.co.jp/book/b186368.html

90年代後半以降、日本社会は「第二の近代」へと突入したと言える。労働の柔軟化、未婚化・晩婚化の進行、社会的孤立、自己責任論の跋扈など、さまざまな領域において生じた一連の現象を、本書では個人化という統一的な観点から説明を試みる。現実・理論・政策を包括的に把握し、日本社会の進むべき方向を照らし出す。

仁平さんが書かれているのは第2部第8章「日本型市民社会と生活保障システムのセカンドモダニティ―二つの個人化と複数性の条件」という章ですが、

ベック理論とゼロ年代の社会変動(ベック・テーゼを問いなおす;個人化論が受容された背景 ほか)
第1部 個人化する日本社会の課題(社会学史における個人と社会―社会学の課題の変容とそれへの理論的格闘;社会の構造変化と家族―「家族の機能」再考;日本型企業社会とライフコース―その成り立ちと個人化による揺らぎ;資本主義経済システムにおける人間関係の外部性)
第2部 個人化という謎を解き明かす(後期近代における監視社会と個人化―子どもの「見守り」技術の導入・受容に着目して;個人化社会における孤立と孤立死;道徳による貧困層の分断統治―一九世紀福祉史と個人化;日本型市民社会と生活保障システムのセカンドモダニティ―二つの個人化と複数性の条件;個人化のパラドクスを超えるために)

上述のように、碌にベックを読んでいない私にとって、「ゾンビカテゴリー」とか「ゾンビ化」といった概念はなかなか新鮮で興味深いものでした。この一節は、ちょうど私が雇用をめぐっていろいろと考えている領域と重なるところが大きく、頷くところが多かったです。

・・・ネオリベラリズムは、国家の無作為化・市場化によって、標準を壊すことには荷担するが、オルタナティブを作らない。結局は、壊れかけた家族への依存を強めたり、階級・階層の影響を強めるなどゾンビの跳梁を許す。つまり、ネオリベラリズムと、自由の増大を意味する個人化は本来対極にある。・・・

第2に、国家はゾンビカテゴリーのうちでも特異な位置にある。彼は、国家をゾンビカテゴリーの典型とするが、実は、家族や階級、貧困などの他のゾンビカテゴリーと並列におけない。むしろ、転移可能性を高めて後者のゾンビ群を消すためにこそ、国家の実効化が必要になるという点で、両者は対極的な位置にあるのだ。・・・

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市野川容孝・渋谷望編『労働と思想』

9784906708567さて、熊沢誠『私の労働研究』と一緒に堀之内出版からお送りいただいたのは、市野川容孝・渋谷望編『労働と思想』なんですが、こちらは正直、頭の中がリアルワールドに向かいすぎている現在の私には中身のある感想は書けないので、単なる紹介にとどめておきます。

http://www.horinouchi-shuppan.com/#!rs/c1i8l

はじめに 市野川容孝
シェイクスピア 演劇と労働の力学─「以降」の思想のために 本橋哲也
ロック 労働が所有権を基礎づける? 植村邦彦
ルソー 『社会契約論』を読む 市野川容孝
ヘーゲル 人倫的生活における市民社会の「絶対的否定性」 斎藤幸平
マルクス 「潜勢的貧民」としての「自由な労働者」 佐々木隆治
モース 社会主義・労働・供犠 溝口大助
グラムシ ポスト・フォーディズム時代のヘゲモニー 明石英人
ラカン 労働と「うつ」─四つのディスクールと資本主義 松本卓也
サルトル ストライキは無理くない! 永野潤
ウィリアムズ ストライキ、共同体、そして文化 大貫隆史/河野真太郎
デリダ 職業(プロフェッション)としての言語行為 宮﨑裕助
カステル 労働という重力─「社会問題の変容」を巡って 前川真行
ネグリ゠ハート マルチチュードとマルクスの「物象化」論 斎藤幸平
ラクラウ アーティキュレーション(節合)の政治理論 山本圭
ヒルシュ 近代国家─資本主義社会の「政治的形態」 隅田聡一郎
ホックシールド 快適な職場と不機嫌な家庭─感情労働論以降のホックシールド
スピヴァク 思想と「労働者」─ロウロウシャとは何だ 西亮太
ムフ ムフのヘゲモニー論について 佐々木隆治
ベック 個人化する社会 鈴木宗徳
サッセン グローバル・シティの出現と移民労働者 伊豫谷登士翁
ジジェク 二一世紀のコミュニズム─ベケット的なレーニンとともに 清水知子
ホネット 承認・物象化・労働 大河内泰樹

労働を可視化するために 渋谷望

ここで取り上げられている諸家の諸著のうち、本ブログで取り上げたことのあるのはカステルとホックシールドですので、その時のエントリも再掲しておきます。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-acce.html(ロベール・カステル『社会問題の変容 賃金労働の年代記』)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-325e.html(それは日本も同じ)

金子良事さんのつぶやきに若干気になる点が・・・、

http://twitter.com/#!/ryojikaneko/status/189353670851301378

カステルの『社会問題の変容』を眺めていて、フランスもイギリスと同じく雇用関係の基層に奴隷制度があったんだなと思った。これが上昇するイメージ。これに対して日本は規範的には奉公制度で、元々武士の御恩と奉公が江戸時代初期に他の身分に移ったものだから、西洋と全く逆で上から下なんたよね。

いやだから、その点ではフランスもイギリスもドイツも日本も同じなんですよ。まったく同じ構造。逆にたぶん中国とかは違う。

まあそれを「奴隷制度」と呼ぶかどうかは別にして(歴史上別の現象に使われる用語をこっちに使わない方がいいとは思うけど)、日本法制史学者の瀧川政次郎の『日本労働法制史研究』(東京大学経済学部図書館蔵)の冒頭部分を若干引用しておきます。

・・・而して我が国に於いてこの半自由労働制の範疇に入るべき労働法制は、上代に於いては家人及び雑戸の制度であり、中世に於いては所従、従者、下人、名子、被管、候人、譜代、荒子等の名で呼ばれている譜代下人の制度であり、又近世に於いては、それらの名残なる譜代奉公人及び被管百姓等の制度である。即ちこれらの制度の下に労働を他人に提供する者は、いずれも上代の奴隷と同じように、その主人の権力下に隷属している者ではあるがその主従関係ないし終身奉公契約なるものは、亦雇傭契約が賃金を対価とする双務契約なる如く、主人の御恩と庇護を対価とする一種の労務契約であるといっても良いのである。中世の主従関係に於いて、この御恩なる語は、倫理的感情を意味せずして、所領の恩給を受けるという物質的恩恵を意味し、奉公なるものは、この対価に対する忠勤義務の履行であると考えられていた。・・・

・・・足利季世頃からそろそろ文献の上に現れてくる一期半期の所謂出替奉公人及び年期奉公人は、この譜代下人及び譜代奉公人の変化した者であって慶長元禄頃の出替年期の奉公人の性質は、譜代もののそれと大差あるものではないが、これは半自由の範疇に入れないで、自由労働者とする方が穏当ではあるまいかと私は考える。・・・

(追記)

金子さんがご自分のブログで論じられているのですが、今日は午前中、公共政策大学院の講義(労働力需給システム)があるので、とりあえず簡単にひと言だけ。

http://ryojikaneko.blog78.fc2.com/blog-entry-229.html(奉公、武士、規範)

江戸時代だけが関心で「近世以前は関係なし」というのなら、そもそも江戸時代の「奉公」は武家奉公であれ町方奉公であれ、近世的雇傭契約なのであって、中世的「ご恩と奉公」とは位相を異にしている。

中世的忠勤契約が近世的(身分的残滓を含む)雇傭契約に移行したという点で日欧共通と述べているのであって、それ以上のニュアンスを論じ出せば、各国ごとにいろいろ違うところが出てくるのはまた当然。

おそらくそのニュアンスの違いには、トッド的な家族構造の違いがなにがしか影響しているだろうという予感があるが、これは実証研究が必要なのでこれ以上書かない。

(再追記)

http://twitter.com/#!/ryojikaneko/status/189922182254706688

ただ、僕が考えたかったのは規範の問題で、事実レベルの問題ではなかったと書き終わった後で気付きました。整理せずに書いたのがまずかったです。

事実と規範は別次元じゃない。

江戸時代に中世的「御恩と奉公」の事実が希薄化してるのに、観念的な規範だけが空中を漂って近代以降の現実と化するなどということはありえない。というか、そんなことを論証するのは超絶的に難しいはず。

江戸時代の雇傭については、現在でもなお戦前『国家学会雑誌』に書かれた金田平一郎の「徳川時代に於ける雇傭法の研究」を超える研究はないと思う。

それから、職人の話はまた別。佐口さんがどこかで書いていたと思うが、西洋でも日本でも雇傭契約の原型は家内奉公であって、職人は請負契約の流れ。「なぜ、日本がブルーとホワイトが決定的に分裂しなかったか」じゃなくて、もともと別。

それが何でくっついてきたのか?が問うべき事柄。話の流れが逆では?

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-8a19.html(ホックシールド『タイムバインド』)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post-7c38.html(鈴木和雄『接客サービスの労働過程論』)

読みながら考えたのは、もともと英語で雇用契約は「コントラクト・オブ・サービス」だったことです。だから、サービスをする側がサーバントで、サービスを受ける側がマスターで、二つ合わせて「主従法」(マスター・アンド・サーバント・アクト)という不平等な関係の法律だったわけですね。

それが19世紀終わりのイギリスでようやく使用者・労働者法(エンプロイヤー・アンド・ワークメン・アクト)になった、というのは労働法の歴史に必ず出てくる話ですが、でもエンプロイヤーとの関係ではもはやサーバントじゃなくなった労働者も、サービスの顧客との関係ではやはり言葉の正確な意味でサービスする人=「サーバント」であるわけで、サービス経済化が再びサーバントを呼び起こしてしまったということになるのでしょうか。

いやもちろん、それにしても顧客はサーバントに対するマスターではないのですから、その言うことを何でも聴かなければならないわけではない。

と考えて、スカイマーク航空のように

http://npn.co.jp/article/detail/57107549/

(1)お客様のお荷物はお客様の責任において収納をお願いします。客室乗務員は収納の援助をいたしません。

(2)お客様に対しては従来の航空会社の客室乗務員のような丁寧な言葉使いを当社客室乗務員に義務付けておりません。客室乗務員の裁量に任せております。安全管理のために時には厳しい口調で注意をすることもあります。

(3)客室乗務員のメイクやヘアスタイルやネイルアート等に関しては、『自由』にしております。

(4)客室乗務員の服装については会社支給のポロシャツまたはウインドブレイカーの着用だけを義務付けており、それ以外は『自由』にしております。

(5)客室乗務員の私語等について苦情をいただくことがありますが、客室乗務員は保安要員として搭乗勤務に就いており接客は補助的なものと位置付けております。お客様に直接関わりのない苦情についてはお受けいたしかねます。

(6)幼児の泣き声等に関する苦情は一切受け付けません。航空機とは密封された空間でさまざまなお客様が乗っている乗り物であることをご理解の上でご搭乗頂きますようお願いします。

(7)地上係員の説明と異なる内容のことをお願いすることがありますが、そのような場合には客室乗務員の指示に従っていただきます。

(8)機内での苦情は一切受け付けません。ご理解いただけないお客様には定時運航順守のため退出いただきます。ご不満のあるお客様は『スカイマークお客様相談センター』あるいは『消費生活センター』等に連絡されますようにお願いいたします。

てなことを言うと、サーバントの分際で何を言うか、と非難囂々となるわけです。

いやなんでここに客室乗務員が出てくるかというと、本書の第2部、ホックシールドの感情労働を取り上げたところでその実例として出てくるのがまさにその客室乗務員だからなんですね。

日本でホックシールドの感情労働が取り上げられるときにはだいたい医療福祉関係のケア労働が中心ですが、これらは必ずしも会社の命令でと言うわけでなくむしろかなりの程度プロフェッションとしての自己統制に属するのに対して、客室乗務員の「スマイル」は、まさに商品としての(メイド・)サーバントなので、より本質的であるわけです。

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『若者と労働』は本当に良い本だった。

Chuko

「僕はこの瞳でブログ書く」というブログで、拙著『若者と労働』を書評していただきました。いささか身に余る絶賛です。

http://isigami.blog96.fc2.com/blog-entry-985.html

・・・濱口桂一郎『若者と労働 「入社」の仕組みから解きほぐす』を読了。これは掛け値なしの傑作だと断言できる。なんとなくではあっても、「なんか今の労働のあり方って微妙じゃない?もっとみんなが幸せに働けるようなシステムはないものか・・・」と感じたことのある人に心から一読を勧める。

そして、

・・・俺は、この本を読んで、自分が「そんなの理不尽だ!」と感じてきたアレコレの根っこの部分に、欧米とは根本的に異なる日本独自の雇用システムが存在していることに気づかされ、目から何枚も鱗が落ちた。そうか、本質はここにあったのか、と。もっと言えば、自分がぼんやりと抱えてきた問題意識は、こういう方向から深めていけば良いのかという見通しが超クリアに立ってしまって勝手に驚きもした。しかも、この本には、現状の分析だけじゃなくて、俺が感じてきたような「理不尽さ」を社会から取り除いていくための、ごく現実的な処方箋までカッチリと提示されている。「正社員になること」が、「大事な自由を手放すこと」にならない、そんな真っ当な社会を実現するための処方箋が。

なんて死角のない、充実した一冊なんだ。

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熊沢誠『私の労働研究』

9784906708581熊沢誠『私の労働研究』(堀之内出版)をお送りいただきました。もう一冊と一緒なんですが、そっちは後回し。労働研究者としてはまず熊沢誠さんのこの本、「多くの労働研究者に慕われる御大がその研究人生を振り返る散文集」を読まなければなりません。

http://www.horinouchi-shuppan.com/#!006/c1rts

労働研究の碩学が語る研究観、研究生活――。

多くの労働研究者に慕われる御大がその研究人生を振り返る散文集。

真摯な研究、暖かな人柄。労働者を見つめる視点の原点から到達点の全てを記す。

『POSSE』の連載、氏のHPからの精選論稿に大幅加筆修正して収録。

また、研究人生を振り返った書き下ろし「回想記・労働研究の道ゆき」は、昭和から平成の研究者の赤裸々な足跡は、先達の貴重な記録であると同時に、「たゆまず自らの仕事を貫くということ」について、関連の研究者ならずとも人の生きる道標となるテキストである。

ということで、やはり我々後学の者としては、1章と終章に書かれた人生振り返り記が興味深い内容です。

敢えて変なところに着目すると、最後の「顧みて思えば」で、自らの生き方を「市場主義」と呼んでいるところが面白かったです。研究テーマも研究方法も全く自由にやってきたことを語りつつ、

・・・この「自由」については、私がいつも「左派」のプロレイバーでありながら、どの革新政党の、組合界のどの単産やナショナルセンターの「お抱え」にもならなかったことの影響が大きいと思う。私は「初期」の終わり頃から、学派も組織のバックもなく、書店の編集者の要請で、または自ら原稿を持ち込んでの依頼で研究成果の出版を果たすという「市場主義」を取るほかなかった。・・・

そう、こういう意味においてはまさに、市場が、市場こそが精神の自由を確保するのです。

そして、熊沢さんはそこまで書かれていませんが、私は熊沢労働研究の基調低音は、日本の労働組合の主流派からは常に白い目で見られてきた、労働者は労働を会社に売って生きているんで、心を売っているんじゃないという欧米の労働者的なある種の「市場主義」であり、そのこととどこかで繋がっているような気がします。

一章 私の労働研究─テーマと問題意識

はじめに

1 研究史の初期(一九六七~七八年)

その時代/初期のテーマと問題意識/著作

2 研究史の中期(一九七九~九六年)

その時代/問題意識・テーマ・方法論/著作

3 研究史の後期(一九九七年以降)

この時代の研究環境/著作/むすびにかえて

二章 われらの時代の働きかた

はじめに

1 シューカツをめぐって

2 なにが就職の「成功度」を決めるのか

3 非正規雇用とキャリア分断

4 流転の職歴

5 有期雇用を規制する必要性と可能性

6 正社員のしんどさの根にあるもの

7 ノルマのくびき

8 人べらしの修羅

9 パワーハラスメント論序説

10 〈被差別者の自由〉のゆくえ─女性労働論の今日

11 産業民主主義と組合民主主義

三章 公務員バッシング対抗論─橋下「改革」と公務員労働組合

1 組合つぶしの論理と背景─新自由主義と大阪市の事情

2 日本の公務員労働運動─厳冬の風土と季節

3 公務員の労働条件維持にどう取り組むのか

4 公共部門の労働運動に期待されるフロンティア

四章 労働・社会・私の体験─ホームページ・エッセイ抄

1 仕事のありかたをめぐって

福島第一原発の「復旧」作業を担う人びと/卒業して五年─浜野美帆の軌跡/労働者としての教師/関越自動車道の事故に思うこと

2 日本社会の影をみつめて

若い世代の貧困と医療格差/小さな生活圏のいじめと暴力/熱中症に斃れる貧しい高齢者/大津市立中学校のいじめ自殺

3 回顧と体験

わが街四日市で脱原発を訴える市民デモができた!/研究会「職場の人権」の再出発/わが高校時代の新聞部活動─桜宮高校事件にふれて/五月の一〇日間/追悼・熊沢光子

五章 書評と紹介─近年の読書ノートから

はじめに

1 労働の世界

スティーヴン・グリーンハウス『大搾取!』/飯島裕子、ビッグイシュー基金『ルポ 若者ホームレス』/西谷 敏『人権としてのディーセント・ワーク』/戸村健作『ドキュメント 請負労働180日』/榎本まみ『督促OL修行日記』/森岡孝二『過労死は何を告発しているか』/伊藤大一『非正規雇用と労働運動』

2 現代日本の社会と生活

A・ファーロング、F・カートメル『若者と社会変容』/本田由紀『教育の職業的意義』/宮本太郎『生活保障』/岩村暢子『家族の勝手でしょ!』/ノーマ・フィールド『天皇の逝く国で』/井上芳保編著『健康不安と過剰医療の時代』/生活保護論 ふたつの好著

3 日本近代史・現代史の諸相

夏木静子『裁判百年史ものがたり』/草野比佐男詩集『定本・村の女は眠れない』/アンドルー・ゴードン『日本労使関係史 1853~2010』/菊池史彦『「幸せ」の戦後史』/大田英昭『日本社会民主主義の形成』/水溜真由美『「サークル村」と森崎和江』/鄭玹汀『天皇制国家と女性』

4 アラブ世界から

デボラ・ロドリゲス『カブール・ビューティスクール』/アミン・マアルーフ『アラブが見た十字軍』

六章 スクリーンに輝く女性たち

はじめに

1 女たちの絆

『女の子ものがたり』ほか─生きがたさを超えて/『フローズン・リバー』の溶けるとき

2 歴史の原罪をわが身に負って

『サラの鍵』─フランスの過去のあやまちをみつめて/『オレンジと太陽』─福祉国家の影を問う良心/『東ベルリンから来た女』─そこにあえて留まること/『故郷よ』─失われた大地の語り部として

3 狂気の時代を生きぬく

『悲しみのミルク』─トラウマを解き放って/『愛の勝利を』─精神病院の内と外/『キャタピラー』─若松孝二作品の頂点/『清作の妻』─軍国の明治の村を刺し通す/『やがて来たる者へ』─殺戮の彼方に届くまなざし

4 闘う女たちの群像

ドキュメント『外泊』にみる解放の息吹き/『ファクトリー・ウーマン』─ノンエリート的階級意識の光/『追憶』─忘れられない青春の名作

終章 回想記・労働研究の道ゆき

1 青春前期の模索

2 徒弟時代

3 自立のとき─研究と生活の条件に恵まれて

4 働きざかり─労働者の実像をもとめて

5 ゆるやかな登り坂─状況批判のさまざまの試み

6 高齢期の日々

7 顧みて思えば

資料:著書リスト/共著(収録論文)リスト

あとがき

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戦後の雇用問題の変遷 いま何が問われているか@日本記者クラブ

Headerleftlogo本日、15時より、日本記者クラブで「戦後の雇用問題の変遷 いま何が問われているか」というタイトルでお話をします。

http://www.jnpc.or.jp/activities/news/report/2015/02/r00030438/

「戦後70年 語る・問う」というシリーズの一環で、これまで登場したのは、赤坂真理、原武史、保阪正康、加藤典洋、高木勇樹、山田太一、小峰隆夫、志摩篤、張本勲、渡辺靖、見田宗介、大沢真幸、明石康、といった人々です。

また、このシリーズ以外にも、会見カレンダーを見ると、いろんな人が出てきてますね。先日はピケティさんも登場したようです。

(追記)

動画がアップされています。

労働政策に詳しい濱口桂一郎さんが、「戦後70年 雇用問題の変遷、いま何が問われているか」をテーマに話し、記者の質問に答えた。 司会 水野 裕司 日本記者クラブ企画委員(日本経済新聞社)

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長時間労働禁止の本音と建前@『生産性新聞』2月15日号

『生産性新聞』2月15日号に「長時間労働禁止の本音と建前」を寄稿しました。

13日の建議の前に原稿を書いていたので、冒頭がちょびっとアウトオブデートな感じですが、中身はマスコミに横行する山のような論評よりも数倍深いはずです。

 本稿執筆時点ではまだ報告書がまとまるに至っていませんが、労政審労働条件分科会における労働時間法制の審議も大詰めを迎えています。論点は多岐にわたっていますが、私の関心からすると残業代とは切り離した物理的な労働時間の規制が盛り込まれるか否かが重要です。この問題について、かなり前の資料ですが「労働時間法制に関する各側委員からの主な意見」を見ると、労働側が時間外労働の上限規制やインターバル規制に積極的であるのに対して経営側は「上限規制やインターバル規制といった一律の規制は、現場に馴染まず、事業活動の停滞や雇用機会の喪失を招きかねない」と、極めて消極的な態度を取っているように見えます。

 1月に示された報告書案では、一般的には上限規制や勤務間インターバル規制は盛り込まず、高度プロフェッショナル労働制という年収1075万円以上の高給労働者にのみこれらを持ち込むことになっていますが、これらは本来高度でもプロフェッショナルでもない普通の労働者にこそ必要な制度でしょう。ただ、では上記労使の対立図式が正直ベースのものなのかというと、必ずしもそうではなさそうです。

 『労働法律旬報』2015年1月合併号に連合総研前副所長の龍井葉二氏が書かれている「労働時間短縮はなぜ進まないのか?」に、労働側-少なくとも現場レベル-の本音が描かれています。

 もう10年近くも前になるが、連合本部で労働条件局を担当していたときの話である。連合としての時短推進計画を見直すことになり、時間外労働の上限規制が論点になった。われわれ事務局としては、上限規制を強化する方針で臨んだのだが、いくつかの産別から猛反対を食らった。この推進計画はガイドライン的なものであり、もともと縛りの強いものではなかったのに、である。

 われわれは産別本部にまで足を運んで説得に当たったが、頑として聞いてくれない。日本における時間外労働の労使協定時間が異様に長いことは、当時から指摘されていたことであったが、連合がその邪魔をしてくれるな、というのが本音だったと思う。

 おそらくここに現れているのは現場の労働者の本音そのものであり、産別はそれを正直に表示しているだけだというのが真実でしょう。上層部は長時間労働が問題だとご託を並べても、現場は長時間残業してたくさん残業手当を稼ぐことの方が大事だという感覚に満ちているとすれば、使用者側の「現場に馴染まず」という言葉は存外に深いものがあります。しかし、その感覚が異常な長時間労働の蔓延を許し、女性の活躍を妨げる要因になっているとすれば、労使双方の本音に忠実なだけでは物事は進展しないというのもまた事実でしょう。

 報告書案が提示している高度プロフェッショナル労働制について、労働側は「蟻の一穴になる」と盛んに警告を発しています。大変皮肉な言い方ですが、ごく僅かの労働者にしか労働時間の上限規制や勤務間インターバル規制が適用されないような「蟻の一穴」が、今後適用対象をどんどん拡大していくのであれば、つまりごく普通の労働者にも時間外労働の絶対上限や勤務間の休息時間規制が適用されるようになるというのであれば、それこそ望ましい姿というべきではないでしょうか。そういう期待を込めた時に「蟻の一穴」という言い方はしないのでしょうが。

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育休ジレンマで悶える職場@規制改革会議議事録

WEB労政時報に「「育休世代のジレンマ」で「悶える職場」」を書いたと思ったら早速第40回規制改革会議の議事録が趙スピードでアップされていました。

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kaigi/meeting/2013/committee3/150122/gijiroku0122.pdf

これはとにかく絶品級に面白いので、まず読んでください。最初の海老原節は、いつもの海老原師匠の独演会どおりですが、そのあとに中野円佳さんと吉田典史さんを並べたセンスはすごいです。ていうか、実はわたしがサジェストしたんですけど。

中野 ・・・そうすると、非常に単純化して言えば、上昇志向の高い人は、そういうティピカルなオールドカンパニーからは出ていって、ある程度低く調整して私はこのぐらいで良いですというふうに抑えられた人の方が企業に残りやすい。そうなると、そういう企業の中ではそもそも女性の人数は増えていきませんし、管理職にがんがんなっていこうという人たちも増えません。女性に対する偏見も消えないですし、夫婦の関係としても、女性は例えば時短勤務を取り続けていて、給料ががくっと減っていますという中で、夫が120パーセントがんがん稼いでくれて、妻は補助的に働いた方が合理的というふうになって、イクメン化も進まないというか、妻が結局、家事・育児をやるという構造も変わらない。会社の中では、言わばバリバリ子供を生まずにやっている女性と、ぶら下がり社員みたいな人たちが対立していくような状況もちょこちょこ起こり、こうして女性活用がうまくいきませんというのが本の中で言っていることです。

どうしてこうなるのかということに対しては、さくっと説明するだけにとどめたいのですけれども、先ほどの辞めていく人たちの中で両方100パーセントやりたい、子育ても仕事もやりたいというのは、ぱっと聞くと特に上の世代の方からはそんな欲張りなことをそもそも望むのが悪いと言われそうな面があるのですが、でも、私もこういう世代なのですけれども、この人たちが育ってきた社会的背景というのは、社会の方が極めて両方を求めてきましたよねという話が背景としてあると思います。仕事も男女関係なく自己実現だとかやりがいを求めてやっていく。別に結婚しても家庭に入ることを前提にしないことを、特にエリート層の女性たちはある意味たき付けられてきていますし、それで結婚とか出産というものを余り考えずに仕事選びをした結果、30歳前後になって突然いろいろなプレッシャーが降りかかってくるというのが、この世代が経験している世界だと思います。

これを、他方から見ると、

吉田 ・・・一見、弱者と思われていながら実は弱者ではないという場合は、2番目の育児休業明け社員です。私はこういう記事を書くと、大体インターネットの中で炎上するのです。女性とか労働組合役員の方たちなどからよく狙われるのです。

いろいろな捉え方があっていいと思うのですが、前提として今後少子化が進んでいく以上、女性が大切な戦力であることはあえて議論するまでもないと思うのです。ただ、物事はもう少し複眼思考が必要ではないかと思うのです。

例えば、一例を挙げてみました。正社員数200人の教材制作会社があります。営業企画部が正社員8人、問題はここからです。この8人の中で、2人が育児休業明けの女性社員、30代です。この方たちは、役員の方から聞くと、よく頑張っておられるようですが、仕事が遅いのだそうです。復帰前には戻らないのだそうです。そうすると、6人がフォローをするわけです。一見これは美しい話です。ただ、私が感じておる限りで言うと、残り6人で2人を対応するのは難しい。1990年代に比べると、この十数年、非常に仕事の量が増えています。非常に難しい上に難しい状況になっているのです。

結局、結構優秀な女性がフォローをしていくわけです。ところが、人事の評価では、育休明けで平たく厳しく言うと、周りに迷惑を掛けていた女性が上に上がっていくわけです。それは職能資格制度の下で、悪く言うと年功序列的なものです。支えていた20代とか30代前半の人たちが浮かばれないわけです。こういうことは、不思議と新聞とかテレビ、雑誌に出てこないのです。これは、レアなケースではなく、多くの中小企業、中堅企業、大企業に多いと思うのです。私にはつくづく正直者がばかを見るような形に見えるのです。

実態からかけ離れた慣例があり、既得権化していることがあります。この会社の場合、労働組合があります。企業内労組です。労使協定ではないのですが、双方のお約束があるようです。双方というのは労働組合役員と経営側との間に。それは育児休業明けの社員の場合、3年間は人事異動しない。そうすると、いつまでもこの8人の中で2人が3年間残ることになるわけです。6人はいつまでこういうしわ寄せを受ければ良いのかということです。

この矛盾を作り出しているのは何なのか?

WEB労政時報で最後に書いたことですが、改めてこの「ジレンマ」と「悶え」を生み出している仕組みを確認しておきましょう。

・・・原則と例外は、原則が圧倒的多数で、例外がごく少数であれば、あまり問題は起こりません。しかし、例外が適用される人々が拡大してくると、原則の方にしわ寄せが来ます。そう、吉田典史氏のかつての職場に起こったのは、みんなが原則として時間無限定で働くことを前提に、そうはいっても無茶なことにはならないように適度に調整しながらほどほどの恒常的残業で回していた職場に、時間が限定された人が相当の割合を占めるようになってしまったという事態でした。

 「越えることのできない」「大きな溝」を作りだしているのは、直接的にはそれまでの日本の職場の常識に反する「時間がきたからといって帰ってしまう」非常識な(!)労働者の出現です。かつての補助的業務しかやらない「女の子」社員ならともかく、職場の基幹的業務を担う社員がそんなことで、仕事が回るわけはないだろう、と、思うでしょう。男性だけでなく、意欲に燃えたバリキャリ女性も。そう、そのバリキャリ女性が、燃え尽きて辞めていく、というのが、「育休世代のジレンマ」であったわけです。この袋小路をどうしたらいいのでしょうか。

そうでない職場のあり方なんてありうるのか?

ここで四番手の財務省大臣官房文書課広報室長 高田英樹氏が颯爽と(?)登場します。別に(どこかのりふれはが忌み嫌う)財務省の広報宣伝活動をしようというわけではなく、高田氏がかつて出向していたイギリスの財務省の話です

・・・私がイギリスの財務省に着任して最初にまず驚いたのが、夕方の5時とか6時になるとみんなどんどん荷物をまとめて、家に帰ってしまうのです。御案内のように、日本の役所、財務省もそうですけれども、非常に恒常的に深夜まで働いておりますし、私も深夜あるいは明け方まで働くことはざらだったわけですが、彼らは本当に夕方ぐらいに帰ってしまって、夕方7時ぐらいになるとほとんど職場が閑散としているわけです。しかしながら、経済・財政を見ると、当時はリーマンショックの前で一番絶好調だったということもあるのですが、とにかく50四半期を超える連続プラス成長、非常に安定した経済成長ですし、また、財政に関しても先進国の中でも際立って良かったわけです。

翻って日本を見ると、我々はいつも深夜、明け方まで働いているのですが、その割には経済も良くならないし、財政も良くならない。一体この差は何なのだろうという素朴な疑問に対する答えを探して、この3年間を過ごしたと言っても過言ではないわけです。

現役の公務員の方がこういうことをこういう場で堂々と発言されるのはとても良いことです。とかく、一見進歩的な風情の人が、こと相手が役人になればブラック企業の社長に早変わりという例もこれあり、国会審議と並んで霞ヶ関村のワークライフノンバランスに大いに貢献している主計局を擁する財務省からの発言であるだけに、大変貴重だと思います。

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小室淑恵さん@産業競争力会議点検会合

本日、産業競争力会議点検会合で「女性の活躍推進」が取り上げられ、各省のプレゼンに続きl、小室淑恵さんがこういうことを語られたようです。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/jjkaigou/dai12/siryou.html

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/jjkaigou/dai12/siryou5.pdf

この中で、「労働時間に関する直接的な制限が議論されることが重要である」と述べています。

アメリカでは、時間外割増率の高さによって長時間労働を抑制する仕組み、ヨーロッパでは直接的に週35時間労働などの上限規制がなされている。一方で日本は時間外労働に対する割増賃金の規定は法定されているが、長時間労働の是正に対する効果は十分でないと考えられる。また、労働時間規制については、週40時間という基準はあるものの36協定によって規制がないも同然の状況があり、このような状況は先進国で日本だけである。貴重な人材資源をうつ・過労死から守り、夫婦で働いて夫婦で育児家事を協力し、希望する夫婦が二人以上の子どもを持てる社会を作るもっとも基本的な環境整備として、36協定の見直しに着手すべきであり、それなくして真の女性が輝く日本社会は実現しないと考えられる。

ただし、上記の議論には慎重な検討及び時間を要することから、比較的スピーディーに着手できる方向として、一つ目にあげた制度・枠組の中で、「長時間労働の是正に向けた取組(特に「時間当たり生産性を勘案した評価制度の導入(残業をプラス評価としないこと)」や「管理職の人事評価の要素にワーク・ライフバランス推進を設定」などを含む)」を選択制で任意の情報公開項目ではなく、必須公開項目とすることなどが制度・枠組の中で重要である。

本日の労政審建議でも、長時間労働の制限についてはなかなか議論が進まないようなので、こういう搦め手からの方策を考えていく必要もあるのかも知れません。

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Arteの取材

本日、仏Arteテレビの取材。

日本の女性労働問題で、そこは無限定の働き方とか長時間労働が活躍を阻害している云々といろいろと喋ったのですが、かつての日本における女性のあり方を語れというから、「かつてのヨーロッパと同じく・・・」というと、そんなことは聞いてないという。聞かれてなくても、そこを抜かすとミスリードになるからとかなりヒートアップしましたな。

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規制改革会議公開ディスカション資料

昨日、規制改革会議の公開ディスカッション「多様な働き方を実現する規制改革」というのがあったようです。

そのうちに議事録が公開されると思いますが、とりあえず各スピーカーの資料がアップされています。

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kaigi/meeting/2013/discussion/150212/gidai/agenda.html

資料1

内閣府規制改革推進室 提出資料(PDF形式:399KB)

資料2

日本労働組合総連合会 神津里季生事務局長 提出資料
(その1)(PDF形式:492KB)、(その2)(PDF形式:684KB)、 (その3)(PDF形式:515KB)

資料3

一般社団法人日本経済団体連合会 椋田哲史専務理事 提出資料(PDF形式:427KB)

資料4

新経済連盟 提出資料(PDF形式:336KB)

資料5

万協製薬株式会社 松浦信男代表取締役社長 提出資料
(その1)(PDF形式:557KB)、(その2)(PDF形式:718KB)、 (その3)(PDF形式:577KB)、
(その4)(PDF形式:465KB)

資料6

NPO法人ファザーリングジャパン 徳倉康之理事 提出資料(PDF形式:733KB)

資料7

中野麻美弁護士 提出資料(PDF形式:684KB)

ふむ、この面子がまた面白くて、誰が考えたのかな?という感じです。

この中で、新経済連盟さんの資料が、終わりの方でこういう資料を提示しておられて、

Shinkei

なんと、メンバーシップ型とジョブ型をアウフヘーベン(?)してパートナーシップ型になるというみたいな図になっておりますですな。

いや、パートナーシップちゅうのは、まさに共同経営者てことですから、ある意味究極のメンバーシップだと思うのですが・・・。

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碓井敏正・大西広編『成長国家から成熟社会へ』

既にここで告知したように、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-9679.html (基礎経済科学研究所シンポジウム)

3月1日に基礎経済科学研究所の「労働法制「改革」と労働組合運動の課題」というシンポジウムに出て報告をすることになっていますが、そのシンポでもう一人報告をされる浅見和彦さんから、その論文の収録された碓井敏正・大西広編『成長国家から成熟社会へ 福祉国家論を超えて』(花伝社)をお送りいただきました。

http://kadensha.net/books/2014/201409seityoukokka.html

201409seichoukokka この本、編集方針は、タイトルからもうかがえるように、経済成長に批判的で、福祉国家にも懐疑的というスタンスのようで、この本全体を批評しようとするとかなり批判的にならざるを得ないところもありますが、お送りいただいた浅見さんの書かれた2章は、日本の雇用の現状をよくえぐり出されていて、共感するところの多い文章でした。

成熟社会における対抗戦略とは

――変容を迫られる対抗戦略

ゼロ成長下では成り立たない福祉国家路線

資本主義の最終段階としてのゼロ成長社会。

地滑り的に変化する政治、経済、国際関係の下、問われる、福祉、

地方自治、労働組合運動、革新運動のあり方、ジェンダー、ライフスタイル……。

途方もない財政赤字を直視し、国まかせではない、

社会の底力を発揮できる成熟社会の実現にむけて。

Ⅰ 国家と市民社会を考える

第1章 成熟社会の対抗軸

第2章 成長経済下の政権交代と右傾化

──アベノミクスへの対抗軸──

第3章 成熟社会と革新運動

──憲法・福祉・労働・教育・組織論 

第4章 成熟社会における責任政治 

──民主主義と自由主義──

Ⅱ 労働と生活を考える

第5章 ポスト福祉国家の生活保障

第6章 成熟社会における働き方

第7章 成熟社会と労働組合運動の改革 

Ⅲ 地方と外交を考える 

第8章 成熟社会に向かう地方自治の条件

第9章 ゼロ成長日本のアジア共生戦略

──対米従属と歴史修正主義への対案──

浅見さんの書かれた第6章から、「これからの労働のかたちを考える」という一節の中の、正社員改革に対する記述は、左派によくある決まり文句的発想からはるかに脱しています。

・・・いうまでもなく、政府の規制改革会議や財界の議論は「正社員改革」が眼目としてあり、そのための解雇規制緩和政策の展開を図ろうとする狙いがあるという現実の文脈を無視することはできない。しかしながら、そうした脈絡から出てきている「ジョブ型正社員」論と解雇規制緩和の議論がなされているために、労働側が、過労に倒れるこれまでの「無限定正社員」の国際的に見たときの特異な性格を擁護するかのような「批判」や、非正規労働者の貧困や劣悪な労働条件という現実に向き合わない「批判」に終始することは、働き方の改革を目指す上で、一種の思考停止に陥ることになる危険性をもっている。・・・・・

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厚生労働省は、労働組合を排除したいのですか?

上西充子さんが、「厚生労働省は労働法啓発冊子で労働組合の説明を削除!」したと、かなり怒りを示しておられます。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/uenishimitsuko/20150212-00042968/

厚生労働省が昨年末に開設した総合情報サイト「確かめよう労働条件」で提供している冊子には、労働組合の役割に関する説明がない。厚生労働省は労働組合の意義を認めないのか?

上西さんが指摘するのは、2010年に厚労省労働政策担当参事官室が作った『知って役立つ労働法~働くときに必要な基礎知識~』と、昨年末に厚労省労働基準局監督課が作った『知っておきたい働くときのルールについて』で、かなりの中身が落とされているということなんですが、

2015021200042968roupeiro0026view


確かに、赤字の部分が、労働政策担当参事官室が作った冊子にはあるのに、労働基準局監督課が作った冊子には入っていません。

これを捉えて、上西さんは、

「厚生労働省は、労働組合を排除したいのですか?」

と詰問されるのですが、いやこの目次の対照表を見ると、落とされているのは、外にも男女平等関係とか、失業給付や職業訓練とか、新卒の就職とか、つまり、労働基準局監督課が、労働基準監督官の監督指導という形で権限を行使できる分野じゃない領域すべてのように見えます。

日本の労働基準監督官は、労働組合にかかわる問題については一切権限を持っていませんので、監督課の作った冊子には載っていない、というだけのように見えるのですが、これで「厚生労働省は、労働組合を排除したいのですか?」と詰問されては、なかなかしんどいのではないか、と。

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労働政策フォーラム「多様な社員の活用を企業の成長力に」

JILPTの労働政策フォーラム、次回3月12日の案内がアップされていますので、こちらでも宣伝しておきます。場所は有楽町朝日ホールです。

http://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20150312/info/index.html

グローバル競争と人口減少が進む我が国においては、年齢・性別・雇用区分等にかかわらず、働くすべての人たちの意欲と能力を引き出す人材マネジメントが企業成長の重要なカギとなり、ひいては国全体の経済成長にも寄与するものと期待されます。

本フォーラムのプログラム前半では、依然として「正社員」か「非正社員」で分断される日本の労働市場のあり方にマクロ経済の視点から一石を投じ、構造的課題を問題提起します。続くパネルディスカッションでは、ミクロの企業現場における「多様な社員」の活用事例を踏まえながら、働く個人と企業が共に成長・発展できるような人事戦略や人材育成の仕組みなどについて議論します。

これは、基調講演を日本総研の山田久さんがされます。

基調講演
労働力減少時代への雇用システム改革~多様な人材の能力発揮のために~ 山田 久 日本総合研究所チーフエコノミスト

パネルディスカッション 多様な社員を企業成長にいかに活かすか

パネリスト
イオンリテール株式会社 石塚 幸男 取締役専務執行役員

株式会社クレディセゾン 武田 雅子 取締役(戦略人事部・CS 推進室管掌)

日本アイ・ビー・エム株式会社 平林 正樹 人事. 労務次長

コメンテーター
山田 久 日本総合研究所チーフエコノミスト

コーディネーター
今野 浩一郎 学習院大学経済学部教授

私は直接関係しませんが、テーマが今日的話題ですし、結構興味深い事例が語られるのではないかと思われます。

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「育休世代のジレンマ」で「悶える職場」@WEB労政時報

WEB労政時報に連載しているHRWatcherに「育休世代のジレンマ」で「悶える職場」がアップされました。

http://www.rosei.jp/readers-taiken/hr/article.php?entry_no=346

 去る1月22日に開かれた規制改革会議で、「多様な働き方を実現する規制改革について」4人の論者が論じた中に、おなじみの海老原嗣生氏(ニッチモ)と並んで、中野円佳氏(新聞記者)と吉田典史氏(ジャーナリスト)が登場していました。

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kaigi/meeting/2013/committee3/150122/agenda.html

 現時点では議事録はアップされていませんが、プレゼン資料を見れば何を語ったかは大体わかりますし、なによりそれぞれの著書を読めば、この二人を並べた意図も伝わってきます。以下、主として両氏の著書をベースに、出産育児を抱えた女性労働者の問題を、本人とそれを取り巻く周囲の労働者の両側から見ていきましょう。

 現在の日本の仕事と育児など家庭生活との両立のための法制は、少なくとも六法全書の上の文字面だけでいえば先進国として遜色のないものになっています。・・・・・・・

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「課長・島耕作」は特殊例 中高年にこそ限定正社員制度を@『経済界』2015年2月24日号

1034thumb174x2461289『経済界』2015年2月24日号が「ポスト団塊・バブル世代の研究」を特集しておりまして、その中にわたくしも顔を出しております。

この面子がなかなかですが・・・、

ポスト団塊・バブル世代の研究
「課長・島耕作」は特殊例 中高年にこそ限定正社員制度を 濱口桂一郎(労働政策研究・研修機構)
日本の未来で働くための、「40歳定年制」  柳川範之(東京大学大学院教授)
「人材流動のネックとなる年功制度は改めるべき」  渡部昭彦(ヒューマン・アソシエイツ・ホールディングス社長)
働かないオジサンを企業はどうするか 楠木 新(『人事部は見ている。』著者)
青春への回帰か、新たな自分発見か 活況呈する〝リターン〟マーケット
バブル世代、注目経営者の仕事観と人生観  田岡 敬(JIMOS社長)
歌謡曲を共通項に人が集う「世代遺産」  安東暢昭(スポットライト社長)

わたくしのコメントは次の通りですが、他の方々がどんなことを言っているかは、書店で。

「課長・島耕作」は特殊例 中高年にこそ限定正社員制度を
(労働政策研究・研修機構)濱口桂一郎

戦後の日本は、高度成長期の右肩上がりの社会構造・経済構造を背景に、「係員・島耕作」がみんな「社長・島耕作」を目指し、必ず「課長・島耕作」ぐらいにはなると思い、部分的にそれを実現していた珍しい社会だったと思います。しかし世界のどこを見ても、働く人がその持ち場でベテランになるのが普通のコースで、管理職になるのは例外です。ほかの国では、会社に入ってしばらくの間は仕事を覚えていくので給料は上がっていきますが、ある程度の段階に達すると給料はフラットです。給料が上がっていかないのがベースで、人によっては上がっていくこともあるのが普通と考えれば、給料やポストが上がらないことで文句は出ません。

日本は、1990年代のどこかで大変革をしなければいけなかったはずなのに、新たな仕組みを確立せずに、小手先の対処療法として、「非正規社員」や「成果主義」を導入したため、いろいろな歯車が狂ってきています。

1つの解決策は、今話題になっている「限定正社員」だと思います。限定正社員と言うと、解雇しやすいという宣伝が行きすぎていますが、要は給料が上がらない代わりにその仕事をやっている限り雇用は安定していくということです。限定正社員の制度を最も必要とするのは、実は中高年層だと思っています。

現在は中高年の正社員が増えすぎ、さらに65歳までの継続雇用も義務付けられ、企業がもたなくなっています。ある段階から給料はフラットにして、定年後もその仕事と給料でやっていくのであれば、高齢化社会に対応した雇用システムが実現できるはずです。しかし、そのためには前倒しで、40代ぐらいからその仕組みを導入することが必要です。現状を前提とすると、限定正社員が唯一可能な解決策になると思います。(談)

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WSJで学べない経済英語

いうまでもなく、ベア、ベースアップというのは和製英語ですが、和製というのは表現が和製という生やさしいものではなく、概念自体が完璧に和製であって、いかなる形でも自然な英語にすることは不可能なほど純和風の概念である、ということが分かっていないと、こういう生半可な解説をすることになります。

http://jp.wsj.com/news/articles/SB12052756172436844285404580445152139045856(【WSJで学ぶ経済英語】第167回 ベースアップ)

<今週のキーワード>

base-pay increase(ベースアップ)

ベースアップ」は日本語では広く根づいているものの、実は和製英語でこれをそのまま「base up」としても通じない。英語でいう場合はこの「base-pay increase(直訳すれば基準賃金増)」とか「basic wage rise」などの言葉が用いられる。

base-pay increase」が消費にとって重要なのは、「定昇=定期昇給」の一時的な給与の上昇と違い、生涯賃金全体を押し上げるためだ。「定昇」は勤続年数が1年伸びるに連れて賃金表に従って昇給することだが、「ベースアップ」はその賃金表自体が書き換えられて同じ勤続年数での給与が増えることを意味する。このため、「base-pay」を基に計算するボーナスや退職金も連動して上がることになる。

 春闘の労働組合側を束ねる連合は今春闘でのベースアップ要求を月給の2%以上としている。これに対し経営者側を束ねる経団連は政府の賃上げ要請もあったことからベアを選択肢の1つとしているが、春闘方針となる「経営労働政策委員会報告」では連合の要求水準が「納得性の高いものとはいえない」となるべく低めに抑えることを狙っている。春闘全体の相場形成に影響力を持つ自動車などの産業別労組は組合員平均6000円のベアを要求する見込み。大半の大手企業は春闘要求回答日を3月18日にする方針だ。

いや、申し訳ないけど、この文章自体が日本語以外では理解不能ですから。

日本語のベースアップのもとになっている「ベース賃金」という戦後期の特殊な概念自体が、英語の「base pay」とはまったく異なる概念ですから。

「base pay」(基本給)って概念はあります。その反対語は「additional pay」(付加給)。

労使交渉で賃金を上げるというときに、このジョブの基本給をいくらにする、それとは別に、クリスマスボーナスをいくらにする、そういう概念はあります。

でも、定期昇給の反対概念としてのベースアップという概念は、数ページの戦後日本労働史でもって説明しない限り、「base-pay increase」という一言で理解されるはずがない。

ついでに、英語の「base pay」に近い日本社会の概念に「きま給」(きまって支給する給与)というのがあります。その反対語が「特別に支払われた給与」。

でもね、この一見類似する概念にも大きな違いがあります。前にも本ブログで紹介しましたが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-e4bf.html(「きま給」)

英語で「base pay」といえば所定時間内給与であって、時間外手当(残業代)は当然(例外的に行う時間外労働の対価なのだから当然)「additional pay」ですが、なぜかわが日本国においては、時間外・休日手当は「決まって支給する給与」なんです。

ま、実態がまさにそうであるからといえばそうですが・・・。

(追記)

上のWSJ日本版の解説の文章をよく読むと、完全に概念が混乱してますな。

日本語の上では「ベースアップ」の反対語を正しく「定昇」としていながら、その定昇の説明を

「定昇=定期昇給」の一時的な給与の上昇と違い・・・

はあ?これって。「定昇」という漢字二字熟語を、「base pay」の反対語である、ゆえに「additional pay」であるにちがいない、ゆえに「temporary」であるにちがいない、と推論して、「一時的な給与の上昇」と書いてしまっているように見えますね。

多分、漢字の読めない人が書いているんじゃないでしょうか。

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基礎経済科学研究所シンポジウム

基礎経済科学研究所の「労働法制「改革」と労働組合運動の課題」というシンポジウムに出ます。

3月1日、場所は慶應義塾大学です。

http://kisoken.org/wordpress00/?p=1266

わたくしと浅見和彦氏が報告を行い、岡本一、柴田徹平の両氏がコメントするようです。いずれも今までお目にかかったことのない方々ですが、建設的な議論を戦わせることができれば幸いです。

☆進行する労働法制の「改革」は、労働現場に何をもたらすか

☆対抗する労働運動は何をなすべきか

 基礎研東京支部では、年1回、「労働組合運動強化論」研究集会を開催しています。今回は、重要な局面を迎えている労働法制の「改革」の動向を批判的総括的に把握するとともに、それが労働現場に何をもたらすかを解明したいと考えます。戦後の労働法の基本的理念-8時間労働制、労働時間にみあった賃金保障、労働者の直接雇用など-が180度、転換・変質させられる重要な問題です。

 昨年6月に閣議決定された新成長戦略では、時間ではなく成果で評価される「新たな労働時間制度」の創設や職務等を限定した多様な正社員の普及・拡大など、柔軟で多様な働き方の実現に向け、雇用環境の大きな変革がうたわれています。労働者派遣法の改正についてもひとまず廃案にはなりましたが、国会での審議が続くと考えられます。

こうした労働法制の改革に対抗すべき労働運動も、労働組合への加入率拡大も含め、困難で複雑な条件下で、さまざまな改革課題に直面しています。

 シンポジストの濱口桂一郎氏は、『新しい労働社会‐雇用システムの再構築へ』(岩波新書)などで、これまでの日本型雇用システムを科学的に分析され、問題の本質を鋭く突き、型にはまった労働規制緩和論と労働規制強化論の単純な対立図式や不毛な議論にくみせず、非正規労働者の本当の問題は何か、賃金と社会保障のベストミックスのあり方、職場からの産業民主主義の再構築(労働者代表制度の再構築、新たな労使協議制などを含む)を建設的に提言されています。

 浅見和彦教授は近著の『成長国家から成熟社会へ』(碓井敏正・大西広編)のなかで、安倍政権の解雇規制緩和の議論、すなわち、経営者・政府主導の「新しい働き方」の提案に対して、労働側に立ち遅れはないかと問い、「限定正社員」問題への対策、労働側の労働市場政策の必要性、パートタイム労働のあり方などの問題提起をされています。これまでの浅見教授の「労働者の諸階層の類型論」「産業・地域・職場の三つの相互関係」「労働協約による規制と改革など労働組合の機能論」をふまえた労働組合運動強化論に加えて、有意義な問題提起が期待されます。

お二人の講演をふまえて、コメンテイター、会場からの発言で、労働問題研究者だけではなく、労働運動関係者等にとっても有意義な場にさせていきたいと考えます。

プログラム

  司会・進行

     宮下 武美(基礎研東京支部事務局・足立区労働組合総連合事務局長)

  報告者

    濱口桂一郎(労働政策研究・研修機構統括研究員) 「政府財界の労働法制改革の問題点と労働運動への期待」

     浅見 和彦(専修大学経済学部教授)「労働法制改革と労働組合運動の課題」

   コメンテイター

     岡本  一(NPOかながわ総研)

     柴田 徹平(中央大学大学院生) 

  全体討論

ちなみに、去る1月25日には、松尾匡さんが呼ばれていたようですね。

http://kisoken.org/wordpress00/?p=1262

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戦後の雇用問題の変遷 いま何が問われているか@日本記者クラブ

Headerleftlogo日本記者クラブの「戦後70年 語る・問う」という会見シリーズの一環として、2月16日にわたくしが「戦後の雇用問題の変遷 いま何が問われているか」というテーマでお話しをいたします。

http://www.jnpc.or.jp/activities/news/report/2015/02/r00030438/

労働政策に詳しい濱口桂一郎さんから「戦後の雇用問題の変遷 いま何が問われているか」をテーマにお話をうかがう予定です。

日本記者クラブ会員またはクラブ加盟社の記者であれば、どなたでも参加できます。

ちなみに、このリンク先の今までの登場人物を見ると、錚々たる顔ぶれが並んでいますね。

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『社会政策学会誌』18号

186140私の問題関心からすると、まずは特集1の「現代ヨーロッパの雇用流動化と所得保障」なんですが、いずれも立派な論文ではあるんですが、特集の焦点の合わせどころの感覚が、同じ時期の社会政策の動きをEUレベルから見てきた私からすると、なんだか少しずれている気がしないでもない、という感じ。それはたしかに「新自由主義」ではないけれど、「非能力主義的平等主義」でもないんじゃないか、と。

http://www.minervashobo.co.jp/book/b186140.html

【巻頭言】 トヨタの人事管理・労使関係と社会政策(猿田正機)

【特集1】 現代ヨーロッパの雇用流動化と所得保障

〈特集1趣旨〉特集に寄せて(高田一夫)

スウェーデンにおける長期失業者の特徴と制度的対応(山本麻由美)

ドイツにおける求職者への就労支援の現状と課題――「1ユーロジョブ」の位置づけ(森 周子)

新自由主義か、非能力主義的平等主義か――瑞蘭独仏英伊における家計データの時系列分析(稗田健志)

【特集2】 スウェーデン、デンマーク、日本の障害者雇用就業政策

〈特集2趣旨〉特集に寄せて――スウェーデン、デンマークから日本の障害者雇用・就労政策を考える(岩田克彦/松井亮輔)

スウェーデン障害者雇用政策の見直しと新たな課題(訓覇法子)

デンマークの障害者雇用就業政策――2013年障害者制度改革を中心として(岩田克彦)

【特集3】 日本の産業別組合機能の研究と手法

〈特集3趣旨〉特集に寄せて(笹島芳雄)

企業横断賃金交渉と産業別組合化論――戦後日本の産業レベル労使関係(松村文人)

金属機械・海運における産業レベル賃金交渉(藤井浩明)

石炭・繊維における産業レベル賃金交渉(木村牧郎)

【投稿論文】

社会福祉法人の現代的意義と課題(濵本賢二)

氏原正治郎「企業封鎖的労働市場モデル」の検証――「京浜工業地帯調査」原票の分析をもとに(橋本健二)

【書評】

松本由美著『フランスの医療保障システムの歴史的変容』(評者:尾玉剛士)

SUMMARY/学会関連資料

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日本航空整理解雇事件のアイロニー

日本航空の整理解雇事件は、客室乗務員もパイロットも、最高裁が上告を退けて確定したようです。

http://www.sankei.com/affairs/news/150206/afr1502060028-n1.html

日本航空の会社更生手続き中に整理解雇された元パイロット64人が解雇取り消しを求めた訴訟で、最高裁第1小法廷(金築誠志裁判長)は6日までに、元パイロットらの上告を退ける決定をし、原告側敗訴が確定した。決定は5日付。元客室乗務員71人も4日に最高裁で上告を退けられ敗訴が確定している。

 一審東京地裁は、日航は更生計画に沿って人員を削減する必要があり、希望退職を募るなどの努力もしたことから「解雇は有効」と判断。二審東京高裁も支持した。

本ブログでも何回か取り上げてきましたが、この事件ほど、解雇というものに対する日本人の感覚の特殊性を示すものはないように思われます。

会社がつぶれかけても整理解雇はケシカラン一方で、組合所属や年齢に基づく解雇を不当だとする感覚は著しく乏しい、という欧米人には理解しがたい感覚です。

この辺を、一昨年『世界』5月号に寄稿した「労使双方が納得する」解雇規制とは何か──解雇規制緩和論の正しい論じ方」でこう述べたところですが、

http://homepage3.nifty.com/hamachan/sekaikaiko.html

 要するに、アンフェア解雇は厳しく規制するが、ジョブレス解雇は原則として正当であり、ただしそれがアンフェアなものとならないようきちんと手続規制をかけるというのが、ヨーロッパ諸国の解雇規制の基本的な枠組みなのである。

 この解雇に関する日欧の常識の乖離が露呈したのが、日本航空(JAL)の整理解雇問題であった。JALの労組は国内向けには整理解雇法理違反だと主張していたが、国際労働機構(ILO)や国際運輸労連(ITF)にはそんなものが通用しないことがわかっているので、解雇基準が労組に対して差別的だという国際的に通用する主張をしていた。ところが、それを報じた日本の新聞は、記事の中では「2労組は、整理解雇の際に『組合所属による差別待遇』『労組との真摯(しんし)な協議の欠如』『管財人の企業再生支援機構による不当労働行為』があったと指摘。これらは日本が批准する結社の自由と団結権保護や、団体交渉権の原則適用などに関する条約に違反すると主張している。」とちゃんと書いていながら、見出しは「日航2労組『整理解雇は条約違反』ILOに申し立て」であった*1。残念ながら、「整理解雇は条約違反」ではないし、そんなナンセンスな申し立てもされていないのである。

しかし、とりわけパイロットなどは、もっとも典型的なジョブ型職業であるようにもおもわれますが。減便して余ったパイロットを客室乗務員や地上職に配置転換できるわけでもないでしょう。医師を看護師や医療事務に移せないように。

もひとつ、この事案で意識すべきは、人員整理における年齢基準に疑問を抱いていないこと。地裁判決では、こう述べています

・・・このように年齢の高い者から順に目標に達するまでを対象とするという基準は、上記のとおり、解雇者の恣意が入る余地がないことに加え、年功序列型賃金体系を採る企業では、年齢の高い者を解雇対象者とするほど人件費の削減効果が大きいこと、定年制を採る企業では年齢の高い者ほど定年までの期間が短く、企業に貢献できる期間が短いという意味において将来の貢献度が相対的に低いとの評価が可能であること、再就職が困難である等の問題もあるものの、退職金等により、その経済的打撃を調整しうること・・・等からすれば、これを他の人選基準では目標神通を満たさない場合の補助的な基準とすることには合理性があるということができる。

これまた、『日本の雇用と中高年』で述べたように、日本社会でしか通用しない論理なのですが。

(追記)

こういう、メンバーシップ感覚だけ旺盛で、欧米型のフェアネスの感覚を欠いた議論の行き着く果ては、

https://twitter.com/ikedanob/status/563715164370120705

これは重要な判例。会社がつぶれても最高裁まで争える日本は、労働組合のユートピアだ。

欧米型のフェアネス感覚の欠如したこの池田信夫氏のような人間が、あたかもジョブ型の合理性から評論しているような顔で、こういうインチキな議論を展開できるになるわけです。

欧米なら普通に不当労働行為だとか年齢差別だって言えるはずのところで、日本独特のメンバーシップ感覚に訴えざるを得ないような日本社会のどこが「労働組合のユートピア」なのか。

しかし、そもそも労働組合を企業メンバーシップ感覚からしか理解できない人にとっては、こういう非論理が平気で通用してしまうわけですね。

(おまけ)

「ニュースの社会科学的な裏側」さんがこのエントリを引いていろいろと書かれているのですが、

http://www.anlyznews.com/2015/02/blog-post_8.html

「メディアと判決文の両方を批判しているのだが、話がちょっと分かりづらい」というのもややずれていて、本ブログの文脈ではすでに何回も書いてきたテーマについて、「やっぱり日本人の感覚はこうだよね」と、言っているに過ぎないのです。

上にあるように、そもそも組合サイドの宣伝戦略がそれに乗っかったものでしかないので、別に今さらメディアと判決を事々しく批判しなおしているわけでもない。

まあ、あえて言えば、いつものことながら、インチキな議論を展開する方々に対する皮肉がむずむすするということでしょうか。

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目指せ監督官!

Inspect


http://www.mhlw.go.jp/general/saiyo/dl/h27_pamph.pdf

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「若者雇用対策法の大胆と小心」@『生産性新聞』2月5日号

『生産性新聞』2月5日号に「若者雇用対策法の大胆と小心」を寄稿しました。

 去る1月23日、労働政策審議会が若者の雇用対策の充実等について建議を行いました。これを元に今通常国会に法案を提出する予定ですので、その内容を見ておきましょう。

 建議中では「マッチングの向上に資する情報提供」が重要な項目です。これは、近年いわゆるブラック企業問題が社会問題となり、劣悪な労働条件の企業をきちんと見分けて、そういうところに就職しないで済むようにすべきという問題意識が背景にあります。

 その第1は「労働条件の的確な表示の徹底」で、建議では法律事項ではなく、新法に基づき策定される指針(若者の募集・採用及び定着促進に当たって事業主等が講ずべき措置に関する指針)に盛り込むべきとしています。たとえば近年問題となっているいわゆる固定残業代に対しても、求人票に「固定残業代には○時間分の残業手当を含む。○時間を超えた場合は別途残業手当を払う」旨を記載するよう指導するといったことが考えられているようです。この問題については、連合が昨年11月の中央執行委員会で労働基準法第15条や職業安定法第5条の3を改正すべきという提案をしていますが、今回はそこまで踏み込んでいません。

 マッチングの第2は「職場情報の積極的な提供」です。ここは法律上の義務及び努力義務規定が設けられる予定です。具体的には、新規学卒者の募集に対する応募者や応募の検討を行っている新卒者が求めた場合には、次の項目について事業主が選択して情報提供を行うこととしています。応募者や応募検討者以外に対しては努力義務です。また、ハローワーク等に求人を出す場合には、ハローワーク等にこれら情報を提供することになります。

(ア)募集・採用に関する状況

   (過去3年間の採用者数及び離職者数、平均勤続年数、過去3年間の採用者数の男女別人数等)

(イ)企業における雇用管理に関する状況

(前年度の育児休業、有給休暇、所定外労働時間の実績、管理職の男女比等)

(ウ)職業能力の開発・向上に関する状況

(導入研修の有無、自己啓発補助制度の有無等)

 これについては、経営側がかなり抵抗した結果、やや限定的な仕組みとなりましたが、選考プロセスの中にいる応募者が「こんなことを敢えて尋ねたら選考からはずされるのではないか」と心配して自己規制してしまう可能性が高いようにも思われます。本質的には、これら情報が関係者以外には比すべき機密情報なのか、それとも一般に公開すべきパブリックな性格の情報なのか、という問題がありそうです。

 マッチングの第3は、新聞等でも大きく報じられた「公共職業安定所での求人不受理」です。現行職業安定法では、求人の内容自体が違法な場合でなければ、すべての求人を受理しなければならないこととされていますが、審議会資料によれば(以下同じ)残業代不払いなど労働法違反を繰り返す(具体的には1年間に2回以上是正指導を受けたなどの)悪質な求人者からの求人申し込みを、一定期間(法違反を重ねないことを確認する期間として、具体的には6ヶ月間)受理しないことができるという特例を設けることにしています。これは新規学卒者の求人に限った特例ですが、そもそも論からすれば一般求人の場合には悪質な求人者からの求人でも許されるのはなぜかという議論もあり得ましょう。また、ハローワークへの求人だけを規制し、それ以外の媒体であれば許されることへの疑問も提起されそうです。

 総じて、項目としては今までにない新たな手法に大胆に踏み込んでいる一方で、その具体においてはいささか経営側に遠慮した小心さも窺われ、そういう効果がもたらされるか興味深いところです。

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格差と差別の大きな落差

Dio_2連合総研の『DIO』301号は、「賃上げで動く日本経済」が特集ですが、

http://rengo-soken.or.jp/dio/pdf/dio301.pdf

ここはつむじ曲がりにあえて「非正規労働者の3人に1人は世帯の主たる稼ぎ手」という調査報告を取り上げます。23ページからです。

調査結果のポイントは

 Ⅰ.非正規労働者の実像

・非正規で働いている者の約30%は正社員として働きたいが職が見つからなかった者である。
・3人に1人は、世帯の主たる稼ぎ手である。男性に限れば、2人に1人が、世帯の主たる稼ぎ手である。
・過去1年間の賃金年収は、4人に3人が200万円未満である。就業調整せず自らの賃金が世帯収入の全部または大部分を占める人でも、半分近くが200万円未満である。

 Ⅱ.非正規労働者の就労に関する意識と実態

・仕事に対する満足は正社員の職がなかった者の3人に1人以下にとどまる。
・半数以上は職場で何らかの問題があったと認識し、その意識は正社員の職が無かった者の方が強い。
・労働組合の必要性については半数が認識しているものの、実際の加入率は10%程度である。

 Ⅲ.非正規労働者の家計・生活に関する意識と実態

・非正規労働者が主たる稼ぎ手である世帯の4割が、過去1年間の世帯全体の収支が赤字である。
・非正規労働者が主たる稼ぎ手である世帯の4分の1は貯蓄がない。これに貯蓄100万円未満をあわせると半分を超える。

ということなんですが、さてだからといって、先の臨時国会に民主、維新、みんな、生活の4野党が提出した「労働者の職務に応じた待遇の確保等のための施策の推進に関する法律案」の第1条「目的」にいうように、

第1条 この法律は、近年、雇用形態が多様化する中で、雇用形態により労働者の待遇や雇用の安定性について格差が存在し、それが社会における格差の固定化につながることが懸念されていることに鑑み、それらの状況を是正するため、労働者の職務に応じた待遇の確保等のための施策に関し、基本理念を定め、国の責務等を明らかにするとともに、労働者の雇用形態による職務及び待遇の相違の実態、雇用形態の転換の状況等に関する調査研究等について定めることにより、労働者の職務に応じた待遇の確保等のための施策を重点的に推進し、もって労働者がその雇用形態にかかわらず充実した職業生活を営むことができる社会の実現に資することを目的とする。

職務に応じた待遇を確保したら格差がなくなるかというと、そういう話でもないということが分かっているかなんですね。

だって、職務に応じて処遇している欧米社会は、まさに職務に応じて格差が拡大しているわけです。

そもそも、若い男性の非正規労働者が目立ち始め、非正規といえども家計補助的ではないということが目立つようになってきて、格差社会という議論が盛んになってきたのですが、でも、ネットカフェ難民だとか年越し派遣村とかでフレームアップされるそういうタイプの非正規労働者の多くは、実はそれほど高度な仕事をしていないことが多い。逆に、格差社会とかいわれるようになるもっと以前から、主婦パートが現場で主任になったり店長になったり、そういう基幹化が進んでいるのに、職務に応じた待遇になっていないという問題意識が指摘されてきていて、それはまさに同一労働同一賃金原則から来る差別問題であったわけです。

格差と差別の間には大きな落差があるんですね。

顧みすれば、そもそも戦後日本が同一労働同一賃金の欠如した「差別」社会になった最大の理由は、呉海軍工廠の伍堂卓雄に始まり、戦時中の賃金統制や戦後の電産型賃金体系が、まさに「格差をなくすため」にこそ「職務に応じない賃金」に一生懸命してきたからであってみれば、格差是正と差別是正とは相矛盾するものであるとも言えます。

非正規労働者に職務に応じた均等処遇を実現して、賃金が上がるのは主婦パートたちであり、上がらないのは生活の苦しい人たちであるということが見えてきたときに、さて日本人はどういう反応をするのか、というのが、実は何十年も前から透けて見えている構造ではあるんですね。

(参考)

2006年の「再チャレンジ」時代に書いたものですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/post_cefc.html(差別と格差の大きな差)

・・・「差別」と「格差」の間には大きな「差」があります。場合によっては、差別をなくすことが格差を生むこともあり、差別をすることが格差をなくすこともあるのです。

夫と妻の収入が男女差別の故に大きな差が生じているとき、その差別は実は世帯単位で見た格差を縮小する働きを持っている場合もあります。男女差別をなくし、優秀な妻がその能力に応じた収入を十全に得られるようになることは、その裏側で優秀でない夫が男であるという理由で得ていた収入を得られなくなることと相まって、世帯単位で見た所得格差を拡大する働きをもちます。皮肉な話ですが、差別の解消が格差を生むという因果関係がありうるのです。

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第88回日本産業衛生学会の案内

Jsoh88btn_a4dl_3今年の5月13日~16日に大阪で開かれる第88回産業衛生学会のプログラムがアップされています。

http://convention.jtbcom.co.jp/jsoh88/program.html

今回、シンポジウム4として、「新しい労働時間規制と疲労対策―勤務間インターバル制度に関連して―」が行われます。

最近、ホワイトカラー・エグゼンプションの導入が再び検討されるなど、わが国の労働者の働き方が大きく変わる可能性が出てきた。その中で、大きく懸念されることは経済的な利益の追求をよそに、過重労働や過労死などの問題で、働く者の健康や安全、生活が損なわれていくことである。しかし、今後、利益追求型の新しい働き方が登場した場合、従来の過重労働対策がどこまで歯止めをかけられるか未知数である。本シンポジウムでは、EU諸国で導入されている「勤務間インターバル制」等に焦点をあてながら、それら対策の長所や改善点などを踏まえて、労働者の生活や健康、安全を「衛る」新しい疲労対策の可能性を探る。

私も登壇して、主としてEUの労働時間規制についてお話しします。

座長 近藤 雄二(天理大学体育学部体育学科) 城  憲秀(中部大学生命健康科学部保健看護学科).

演者 濱口桂一郎(労働政策研究・研修機構)
「EUの労働時間指令、勤務間インターバルによる労働時間規制について」

池添 弘邦(労働政策研究・研修機構)
「わが国における勤務間インターバル制の実態と課題」

岩根 幹能
(新日鐵住金株式会社 和歌山製鐵所 安全健康室 一般財団法人 NSメディカル・ヘルスケアサービス)
「過重労働対策の現状と課題」

久保 智英(労働安全衛生総合研究所)
「労働者の疲労回復と勤務間インターバル」

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御社に労働組合はありますか?

とわざわざ勇気を振り絞って聞かなくても、ここで検索できます。

http://www.jtuc-rengo.or.jp/unionsearch/

ここにUAゼンセンから日高教までずらりと産別が並んでいますが、そこにチェックを入れ、「検索」をクリックすると、あら不思議、いや別に不思議でもないけど、加盟単組がずらりと並んで出てきます。

ゼンセンのはじめの方は、なるほどこの組合昔は「全繊」だったんだな、ということがよくわかる社名が並んでます。あの人権争議の近江絹糸も「オーミケンシ」として残ってますな。だんだん下の方を見ていくと、産業構造の転換でサービス・流通関係に殴り込みをかけていったことがよくわかります。

ざっと見た感じ、加盟単組が一番多いのは自治労は別としてJAMですかね。

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連合は邪魔をしてくれるな

Show_image昨日紹介した『労働法律旬報』1月合併号には、先日連合総研副所長を退任された龍井葉二さんが、これまた大変興味深い文章を書かれています。「労働時間短縮はなぜ進まないのか?」というこの文章の冒頭に、こういうやりとりが再現されています。

 もう10年近くも前になるが、連合本部で労働条件局を担当していたときの話である。連合としての時短推進計画を見直すことになり、時間外労働の上限規制が論点になった。われわれ事務局としては、上限規制を強化する方針で臨んだのだが、いくつかの産別から猛反対を食らった。この推進計画はガイドライン的なものであり、もともと縛りの強いものではなかったのに、である。

 われわれは産別本部にまで足を運んで説得に当たったが、頑として聞いてくれない。日本における時間外労働の労使協定時間が異様に長いことは、当時から指摘されていたことであったが、連合がその邪魔をしてくれるな、というのが本音だったと思う。

労政審での議論だけ聞いていると、あたかも労働側が長時間労働の規制を主張し、経営側がそれに反発しているように見えますが、いやそれはそれで確かに一つの真実ですが、その薄皮一枚めくった裏側には、労働側自身が長時間労働規制に猛反発する「本音」が透けて見えてくるのもまた事実なのです。

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労弁佐々木亮独演会@規制改革会議

規制改革会議雇用WGの12月17日の議事録がアップされました。この日は労働弁護団の佐々木亮さん一人がゲストスピーカーで、ほとんど佐々木さんの独演会状態です。

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kaigi/meeting/2013/wg3/koyo/141217/gijiroku1217.pdf

いろんなテーマが論じられていますが、私も本ブログで佐々木さんたちの著書についてコメントしたのと同じことについて、鶴さんが聞いています。

○鶴座長 すみません、1点だけ。今のお話の中で、佐々木さんの御著書の中でもちょっと出てくるのですけれども、労働者の中には金銭解決をしても和解をしてもいいと思っていても、余りその戦略だと、最初からそれを出すと、余り得るものを得られなくなりますよと、アドバイスとして、地位確認を求められる方が良いし、それでやるとバックペイということもあってということで、それをある意味では推奨される場合もあるというお話、また、解雇はもう取消しということになったとしても、それに安易に乗っては駄目なのですよというようなお話も、若干、御著書の中にもそういういろんなケースがあるというお話を書いていらっしゃって、本人が割と金銭的な解決で良いと思っていても、最後もそこに行くのかもしれないのだけれども、今の体系の中でそのようにした方が良いですよということ、それで得るものが大きいということであれば、そちらの方へ少しバイアスがかかっているとすれば、今の制度というのが本来の意味で良い制度なのかなということを、そういうお話を聞くと、どうしても我々はこれで大丈夫なのかなということを思う場合もありまして、ちょっとその点についてはどのようにお考えなのかお教えください。

○佐々木弁護士 そういったケースは、判決が出るとかそういうところではなく、裁判中若しくは紛争が勃発した直後ぐらいに、労働者として金銭解決してもらえればそれで良いという意思を持っているけれども、その労働者的には金額の高い金銭を得ないと納得できないという場合に起こることなのです。
確かに、今、我が国の制度では、解雇されたから金銭請求するというのは、理屈上は損害賠償請求しかないのです。これは解雇自体を不法行為と捉えてやることになりますので、単に解雇無効というだけではなくて、解雇無効に加えて違法性まで必要になるということになります。こういった解雇はそんなにないのです。
要するに、労働契約を単に解約しているという行為にすぎませんので、これが違法性を帯びるというのは、例えば、労働組合員だからとか、差別的な意識とか、若しくは侮蔑的な形で辞めさせるとかということになると、裁判所でも損害賠償請求を認めていますけれども、そのときの水準というのは慰謝料としては数十万円とかそういうレベルなのです。そうなってくると、労働者の考えからすれば、戻るか戻らないかというところについてはまだ選択は先にできるということを考えると、一旦地位確認請求という形を取ることになります。そして、その会社に戻るということであると、労働契約が存在している限り、賃金請求権が生じる構造があるので、弁護士としてはどちらが請求権として立ちやすいか、どちらが立証しやすいか、そして、どちらが経済的利益が高くなるかということを考え、本人は金銭解決だと言っていたとしても、そのメニューは後で選択できますということで、当面は地位確認請求をするということになると思います。

結構機微に触れる話もあったりして、じっくり読む値打ちのある議事録です。

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長時間労働と限定契約@今野晴貴

Show_image『労働法律旬報』1月合併号が労働時間規制を特集しています。

http://www.junposha.com/catalog/product_info.php/products_id/967?osCsid=kl9vc9oln26dnba2jsifp3mv31

[特集]労働時間規制を考える―なぜ労働時間規制は必要なのか?・・・06
労働時間の思想と時間法制改革=西谷 敏・・・08
人間的な労働時間を求めて―柔軟化の国際的動向と日本=田端博邦・・・20
長時間労働を生みだす要因を考える=深谷信夫・・・34
労働時間の制限・短縮と人たるに値する生活=森岡孝二・・・42
長時間労働と日本の法規制そして社会構造―労働者意識から考える=豊川義明・・・48
民主主義をささえるための労働時間規制=鴨田哲郎・・・56
労働時間規制と過労死=川人 博+笠置裕亮・・・61
長時間労働問題と労働条件明確化の課題=今野晴貴・・・65
労働時間短縮はなぜ進まないのか?―労働組合運動の視点から=龍井葉二・・・70
長時間労働とILO条約―ディーセントワークを求めて=中嶋 滋・・・75

この中で、読まれるべきはPOSSE今野晴貴さんの「長時間労働問題と労働条件明確化の課題」でしょう。長時間労働に対する4つの規制方法として、1:実定法の制定による労働時間の上限設定、2:労働契約の評価・解釈の変更、3:企業内労使交渉・労使慣行による制限、4:労働契約の具体的記述による制限(限定契約)を挙げ、

この論文ではとりわけ4の限定契約による長時間労働規制の有効性について論じています。

限定正社員というと、打てば響くように「解雇しやすい」という形容詞をつけたがる人々が多い中で、これを労働市場規制につなげていく必要性をきちんと説いています。出色の論考と言えましょう。

・・・近年、労働市場における労働条件決定は、労働規制の意義を相対化する文脈(いわゆる「強い労働者」像)で用いられてきたために、無条件に労働条件を低下させるかのような誤った認識が広がってきたように思う。

むしろ現在の日本の労働者には、労働市場に於ける労働条件の選択や決定の契機は極めて乏しく、これが青天井の労働要求を受け入れる大きな要因になっている。労働契約内容の明確化など、労働市場を介した適切な労働条件決定を実現する意義を、新たな角度から検討しなおすべきではなかろうか。

この問題意識を労使関係論一般につなげていえば、本来労働市場における対峙するアクターとして、労働給付とその対価としての金銭給付を市場で交渉するメカニズムであったはずの「労使関係」が、戦後日本ではあたかも一個の組織集団内部の人間関係調整メカニズムであるかのようになってしまったために、労働給付の量が市場で交渉されるべきものという労使関係論本来の認識が逆に異様なものに見えるようになってしまっているという状況が現れているのでしょう。


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クローニー・キャピタリズムと労働者の「仕分け」

どういう組み合わせかと頭をひねる人もいるかもしれませんが、いや別に内在的な論理的連関はないのですよ。

ある事象を指す用語が、あまりにも悪意に満ちていて、対象を罵倒するためにわざとその言葉を使っているんだろうと思われる現象が、たまたま取った形態であります。

ていうてもなんのことやらですね。本日の労務屋さんのブログに、先日慶応で開かれた『新時代の「日本的経営」』20年シンポジウムについての詳しい感想を書かれているのですが、そこから噴出して別エントリとなった「高木朋代敬愛大教授にひとことふたこと。」という文章が、今まで見たこともない労務屋さんの「怒り」を感じさせるものになっていまして、それを読み進むにつれて、

「これって、労務屋さんにとっての「クローニー・キャピタリズム」だったんだなあ」

と深く感じた次第です。というか、読み進んでいくと、労務屋さん自身が下の注釈でクローニー騒ぎに言及されているのですけど。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20150202#p2

誰に受けることを目論んでいるのか知らないが雇用ポートフォリオを「「労働者の仕分け」システム」と称し、あるいは労使間の合意形成について「すりかえ合意」といった悪意のある用語を用いていることだ。これはおよそ(元)人事担当者の神経を逆なでするものだが、そうした感情的な問題を排してもおよそ不適切と言わざるを得ない。

まず「「労働者の仕分け」システム」については、「仕分け」という用語は専門用語として確立されておらず*1、であれば定義が与えられていない以上通俗的な意味、すなわち民主党政権における「事業仕分け」のアナロジーであると考えていいだろう。

まあ、単純に日本語で仕分けといえば、別にそういう意味とは限らない、といういいわけも可能でしょうけど、やはり、あのジョブカードやら未払い賃金立て替え払いを無造作に仕分けられた経験を共有している労働関係者としては、自ずからそういうインプリケーションを感じるのは宜なる佳奈でしょうね。

とくれば、本ブログの読者諸氏にとっては、例の駒崎さんをめぐる騒ぎの時の、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/post-9c68.html(やっぱりこいつらは「りふれは」)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/post-97a1.html(ステークホルダー民主主義とクローニー資本主義)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/post-fe0a.html(「りふれは」稲葉振一郎氏に擁護の余地はあるか?)

に対して、この「労働者の仕分け」に怒りを隠せない労務屋さんが、

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20141110#p2(「りふれは」の話)

hamachan先生には「クローニーキャピタリズム」という語は「低劣な」「下司下郎」と同等程度の罵倒表現であるというご事情があるようです

と、あんまり罵倒語だと感じておられない様子であったことを思い出されるのではないかと。

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労働と「思想」

イスラム国方面で事態が緊迫していたさなかに、労働と思想をめぐってTwitter上で緊迫したやりとりがされていたようです。

こちらにそれが採録されていますので、こちらではいちいち引用しませんが、

http://d.hatena.ne.jp/ueyamakzk/20150130思想研究にも実学にも、集合的な技法という意味での試行錯誤がない

このブログの人は、「思想研究」の対語を「実学」などと言っているので、その時点で話にならないのですけど、

いわゆる思想家と言われる人の通常書物に体系化された「思想」を研究するという学問(「思想史学」)と、現実社会の(普通思想家とか言われない人々の言動と彼らが織りなす相互作用の体系に表れる)ルールのシステムという意味での「思想」を研究する学問(もちろん、それ自体は「実学」ではない経験科学としての「社会科学」)との対比という意味では、興味深いものがあります。

ただ、そういう意味で言うと、この登場人物の配置状況は、それ自体があまりにも皮肉なものでありすぎる。

なぜなら、私の目からは、ここで思想系をdisっているようにみえる稲葉振一郎氏こそ、一番現実社会の「思想」よりも思想家の「思想」にばかりかまけている人に見えるからで、ここでの稲葉氏の発言自体、一種の近親憎悪というか、同じ思想系同士の「そのブドウは酸っぱいぞ」に響くところがあります。

実を言うと、私も金子氏の感覚にやや近くて、カステルみたいに壮大な労働のリアルな歴史を描き出したものとかを除けば、思想史学それ自体にはあんまり食指は動かないのですが、別にだからといってdisる気も起こらない。

私にとって思想家の「思想」が興味をそそるのは、それがケインズの言う意味で、後代の現実社会のプレイヤーをその思想の奴隷とし、現実社会を動かしてしまうことがあり得るからです。労働の世界はとりわけそれが顕著であるだけに、思想家の「思想」抜きに現実社会研究もあり得ないのですが、その限りということになります。「本当に正しいマルクス解釈」なるものに関心が持てないゆえんでもあります。

なんにせよ、いろんな意味で面白いやりとりですので、これだけに終わらせるのはもったいないですね。

(追記)

ちょっと言葉が足りなかった気がするので、若干の追記。

「本当に正しいマルクス解釈」に関心が持てないというのは、「本当に正しいマルクス解釈」と称する思想が現実社会のアクターの思想に影響を与え、現実社会の人々の行動に影響を与え、現実社会の動きそのものを(良きにつけ悪しきにつけ)左右していくその有様に関心がないということでは全くなく、むしろその逆であって、私は大変関心を持っています。

979 というか、まさにそういう種類の関心が結実したのが、本ブログでも取り上げたボルタンスキー&シャペロ『資本主義の新たな精神』(上)(下)(ナカニシヤ出版)であって、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/post-3fd2.html

そして、日本の文脈においても、かなりのずれを持ちながら、1968年世代の「本当に正しいマルクス解釈」が労働者自主管理社会主義への傾倒を経て、ヒエラルキー的じゃなくて自律的な、プロジェクト的、ネットワーク的な「資本主義の第3の精神」を称揚する思想的構えを形作っていったことは間違いなく、そしてそれが1990年代以降の英米型ネオ・リベラリズムと時に交差し合いながら、今日の日本社会の有り様を形成してきていることも確かなのです。

そういう意味では、まさに1968年的な意味での「本当に正しいマルクス解釈」は、まさに大いなる関心の対象ではあるのですが、しかしその関心の有り様は、いかなる意味でも、19世紀に生きたそのユダヤ系亡命ドイツ人の脳みその中身それ自体ではなく、その脳みその中身であると称して提示された20世紀の人々の脳みその中身であるわけです。

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若者・中高年まとめて書評

「idea notes」さんのブログで、拙著『若者と労働』と『日本の雇用と中高年』をまとめて書評いただきました。

http://ideanotes.hatenablog.com/entry/2015/01/31/233019(読書:2015年1月後半に読んだ本)

最初に出てくるのは、今日的話題の『イスラーム国の衝撃』ですが、その次に拙著が二冊取り上げられています。

そして、日本の労働をめぐる問題を分かりやすく整理したこちらの2冊も読んだ。

この2冊の中身を手際よく解説して、

Chuko26184472_1どちらの本も、働き方に関する制度設計をどう変えていくのが望ましいのかを考えるヒントを与えてくれる。内容的にはかさなるところが少なからずあるので、若者の雇用問題により関心があれば『若者と労働』だけを、中高年の雇用問題について特に知りたければ『日本の雇用と中高年』だけを読むという手もあるだろう。

と述べています。

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