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« 女子大願書不受理は職業訓練差別か? | トップページ | 常見陽平『「就活」と日本社会』 »

2015年1月21日 (水)

ピケティの時事評論

H_p50720有名なベストセラーの方は、変な人の妙な便乗本まで出てきて、あんまりコメントする気が出ませんが、こちらは、大げさめいた邦題とは異なり、さらりと読める時事評論集です。

http://ec.nikkeibp.co.jp/item/books/P50720.html

タイトルも、このオビも、露骨に『21世紀の資本』に便乗しようとしてますが、いやあんまり出てきませんよ。そのr>gは。

原題の「Peut-on sauver l'Europe ?」(ヨーロッパを救えるか?)のとおりで、まさにこの10年のヨーロッパ、フランスの経済、社会、労働政策の動きに対するぴりりと鋭いコラム(もともと『リベラシオン』紙のコラム)であり、労働関係でも、

ボルケシュタインはフランケンシュタインに非ず

無期労働契約を再考する

最低賃金をめぐる意地の張り合い

週35時間制の呪い

等興味深いエッセイがありますし、なにより、ここ数年の欧州危機に対して、

・・・根本的な間違いは、国家のない通貨、政府のない中央銀行、共通予算政策のない共通財政目標が可能だと考えたことにある。・・・

と、ずばり直言しています。

意外に、教育問題にも結構コメントしており、興味深い視点があります。


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コメント

トマ・ピケティの「21世紀の資本」が話題になっている。「21世紀の資本」は我が国でも話題になっている格差の問題をピケティが論じている。

以下、ピケティの「21世紀の資本」に関して、直観的ではあるが、筆者のコメントである。

r>g(資本収益率は所得収益率より大きい):
次の事例から理解できる。経営者の報酬は会社の儲けに対する報酬であり、労働者の報酬は経費である。安倍首相(労働者)の給与は1580万円(その他収入を入れて年収4000万円)であるという。一方、カルロスゴーン社長の報酬は10億円であるという。
資産所得は経営者に対する報酬と同じく、会社の儲けに対する報酬であり、一方、労働所得は経費である。資本主義は、投入した資本や労働に対して儲けを最大化しようとするものであり、儲けに対する配分は労働経費に対する配分より大きくなる。倫理的な良し悪しは別として、これが資本主義である。

r>gの経済的な意味(倫理的な良し悪しは別):
資本所得も労働所得も同じだとしよう。もし、同じように利益が配分されるなら、誰がリスクを冒して投資をするだろう?資本の所有者はお金を失うリスクを抱えている。高額の報酬を得る経営者は、結果が出なければ辞めさせられる。

資本収益率と所得収益率の時系列:
ピケティは紀元1世紀から21世紀にいたる資本収益率と所得収益率の時系列を提示している。前例のない貴重なデータである。所得収益率が16世紀から少しずつ上がり始め、20世紀になって急上昇し1950-2012年においてピークを迎える。2012年以降21世紀末にかけて所得収益率は下降すると予測している。
一方、資本収益率は一定値(ほぼ4%くらい)を維持している。2012年以降、資本収益率と所得収益率の乖離が大きくなる、格差が大きくなるとしている。

富の集中:
資本収益率と所得収益率の乖離は所得の格差を生む。ピケティは資本投資によるリスクテイクだけでは富の集中を説明できないとしている。(筆者は)富が富を生むというポジティブフィードバックのメカニズムと富の集中は無関係ではないと考える。富の分布はべき乗分布(パレート分布)に従う。ポジティブフィードバックのメカニズムがなければ、収穫逓減の法則に支配され、イノベーションによる飛躍あるいは新たな秩序の創生はない。

資本収益率の収斂:
2012年以降、所得収益率は下降するが、資本収益率はほぼ一定値を維持する。これは、富の分布が定常分布に収斂し、資本収益率がほぼ一定値に収斂するのではないかと推測する。

20世紀初頭から2012年にかけて:
所得収益率は16世紀から少しずつ上がり始め、20世紀になって急上昇している。ルネサンスの頃から科学技術が芽生え、経済成長につながったと考える。19世紀末からの産業革命は急速な経済成長をもたらした。一方、資本収益率はほぼ一定であり、資本収益率と所得収益率の差は縮まった。しかし、経済成長が頭打ちになり、経済成長率が下がってくると資本収益率と所得収益率の差が広がる。ピケティは1950-2012年に経済成長率のピークを迎えたとしている。右肩上がりの成長のように、持続する経済成長が期待できる場合、資本収益率と所得収益率の差を縮めることができるのではないか。

世界各国の格差:
上位0.1%の所得シェアを世界各国で比較すると、米国8%、英国5.5%とアングロサクソン諸国で格差が大きく、日本、ドイツ、フランスは2%程度である。米国や英国では1990年代以降、格差の拡大が広がっている。日本、ドイツ、フランスにおいても英米ほどではないが、1990年代以降、格差の拡大が広がっている。

グローバル化の影響:
筆者は、1990年代以降の格差の拡大は経済のグローバル化と無縁ではないと考える。経済のグローバル化は、先進国における資金の集中を促し、集められた資金は新興国に投資される。新興国に対する投資から得られた収益は、さらなる資金の集中をもたらす。新興国における労働コストの低下は、先進国における労働コストを低下させ、格差の拡大に繋がる。経済のグローバル化は資金を拡散させると同時に、資金の集中を促し格差の拡大に繋がる。

経済成長の低下:
ピケティは2012年以降の経済成長の低下を予想している。経済のグローバル化による新たなマーケットの創出は経済成長のポジティブな要因であるし、イノベーションもポジティブな要因である。一方、資金の集中による格差の拡大、人口の減少は経済成長のネガティブな要因である。

資産に対する累進課税:
ピケティは、資産に対する累進課税を提案している。しかし、資産に対する課税と所得に対する課税を区別するのも問題があるように思える。収益を制限する事前的な課税(例えば資産と所得を区別するような)よりも、収益を再配分する事後的な課税のほうが望ましいと思う。公益を害するようなものでない限り、経済活動に対する事前的な規制は避けるべきである。

『新・資本論』とはいうものの、内容はリベラシオン紙に掲載された評論集ですね。原書のタイトルは”PUET-ON SAUVER L'EUROPE?”(欧州を救えるか?)。ケインズの『説得評論集』のようなものでしょうか。それにしても1936年に『一般理論』が世に出たときには、学会の外でまでこんな大騒ぎにはならなかったんでしょうね。ただ1938年には『一般理論』を実践にうつすような『アメリカ民主主義のための経済綱領』がニューディール(左派?)から起草され(アルビン・ハンセンなどの影響もあったでしょう。37年恐慌の渦中に執筆されたわけです。共著者に後のマルクス経済学者、ポーリ・スウィージーの名も見られます)。閑話休題。この本、名が体を表していないようなんですが、内容はなかなか面白い。フリードマンを批判しつつも、調査研究において示された厳密さと正確性は後進に大きな影響を与えた(ミルトン・フリードマンに捧ぐ)というのはピケティ自身の経験でもあろうし、ある意味今日のピケティに対する評価も、そこに止まるのかも知れません。この間、社会運動ユニオニズム研究会の公開研究会で喋ったのですが、ピケティの研究は膨大な時系列データを用いて、市場経済と格差拡大の疫学的因果関係(正確に言えば統計的相関でしょうか)を実証した功績は大なれど、資本主義市場経済が格差を不可避に生み出す病理メカニズムまでは十分に解明されていないのではと思います。だから対策も「革命」ではなく対症療法的なんですね。また、欧州議会選挙で社会党系は中道左派が勝てば欧州が変わると言うが、フラスではすでに社会党が第一党でフランスを変えられるはずだということを忘れている(投票に行こう!)との皮肉はピケティらしいが、ミッテランにせよシラクにせよサルコジにせよ、フランスの大統領は当選した途端に公約を反故にする悪しき伝統がありますからね。ピケティやE・トッド(95年大統領選ではシラクのブレーン)などの「新しい知識人(ヌーボー・アンテロ)」世代は政党やシンクタンクのブレーンに収まるなど、ブルデュー派などの闘う研究者グループからは何かと批判もあるようですが、選挙が終われば政権ベッタリではなく、距離を置いて批判的言論も展開するというのは好感が持てますね。民主党ブレーンの先生方もそうあってほしいものです。

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