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2014年12月31日 (水)

川端望さんの拙著書評

東北大学経済学部の川端望さんが、拙著『日本の雇用と中高年』について大変的確な視点で書評していただいていたことに気づきました。

雇用システムに関する問題が、「保守とリベラル,「右」と「左」の両方から抵抗にあう」というまことにねじれた位相にあることを、見事に摘出していただいています。

https://plus.google.com/111914211653276243730/posts/PHro7cwVLjx

 この本で提起されているほとんどの論点に賛成だ。私の企業論の講義でも,だいたいは同じようなことを述べている。私の講義は一応,経済学のもので濱口氏の本は労働法のものだが,濱口氏も規範論で押すのではなく,今後の雇用システムが合理的に存続していくことを念頭に置いて議論しているので,違和感はほとんどない。

 新たに学んだのは,雇用問題の重点対象のとらえ方だ。私は1990年代半ばまでは中高年の雇用調整が重点,それ以後は若者の非正規化や展望なき劣悪処遇(以前はがまんしていれば昇進できた)が重点と考えていた。しかし,実は,中高年は正社員として年功序列的処遇がなされている限りでは既得権益を持つが,いったん雇用を失うと再就職が極めて困難であるという両極化はずっと続いており,中高年問題は何も軽減されていなかった。そこに若者問題が重ねて加わると見るべきだった。この点での認識不足は本書にただしてもらった。

 日本的雇用システムの現状に関する私の認識は以下のようなものだが,濱口氏の認識とおそらく重なると思う(メンバーシップに基づくなど,濱口氏に学んだ用語もある)。「男子正社員のみ年功序列で定年まで,職務と対応しない,社員というメンバーシップに基づいて雇用する慣行」(大企業にとくに強く,中小企業で弱い)はこれ以上,経済的にも有効ではないし,社会的にも持たない。経済的にみれば,女性の能力や,性別年齢を問わない専門的能力を正しく評価して発揮させることができないからだ。社会的には,もはや正規と非正規の格差,男性と女性の格差を正当化することができないからだ。また,男子正社員に暗黙の裡に慣行として約束していた処遇も実現できなくなり,さりとて普通解雇もできないためにいじめ,肩たたきでやめてもらうという不合理が横行するからだ。これを持続可能で,社会的に受け容れられる制度に変えていくことが必要だ。

 ややこしいことに,濱口氏が思い,私もほぼ賛同する改革は,保守とリベラル,「右」と「左」の両方から抵抗にあう。

 例えば,濱口氏の言う「ジョブ型雇用」,つまり何の仕事をするか明確にした上での雇用にすれば,あいまいな査定による男女差別や思想差別を大幅に減じさせる可能性が生まれる(査定制度自体をしっかりしないとだめだが)。と同時に,企業の事業縮小により,その仕事自体がなくなったときの解雇は容認される。日本では,「右」からは前者への抵抗がある。人を自由に配置転換したいからだ。「左」からは後者への抵抗がある。解雇を制限することを最重要と考えているからだ(どの国もこうなのではない。きわめて日本的な保守とリベラルだ)。

 またジョブ型雇用では年齢・勤続のみに基づく昇給・昇格は合理性を失うので同一職種についている限りでは賃金カーブはフラットになる。もちろん,能力・成果により高度な職務に移ることができた人は右肩上がりになるが。子育てに必要な給与を企業が年功賃金で保障する形は薄れていく。かわって,社会政策による子ども手当や児童手当を拡充し,子育てを支援することが必要だ。日本では「左」からは前者への反対が強烈だ。中高年の賃金抑制を伴う賃金カーブフラット化には,常に労働組合は反対している。「右」からは後者への反対が強烈だ。子ども手当をバラマキだという非難の何と大きかったことか。この,日本的な「左」「右」の「常識」にともに反しながら進めなければならないことが,雇用改革の難しさだろう。濱口氏はそれに挑戦する一人だ。

 もちろん,合理的な改革なら合理的に進むというわけではない。ものごとは 必ず行きすぎるし,とくに市場競争には慣性がある。労働市場の作用を強めると保守派が勢いづき,競争だけが激化してセーフティネットが置き去りになったり,ジェンダーバイアスがかえって増大したりする。すると反射作用として,リベラル派は市場と競争の作用を強めることに一律に抵抗する姿勢になる。ところがそれでは問題の先送りになってしまい,現行システムの矛盾が拡大する。このいたちごっこからの出口が必要だ。

なお、学部ゼミでは拙著『若者と労働』と楠木新さんの『働かないオジサンの給料はなぜ高いのか』を使っていただいていたようで、その感想もこちらに書かれています。

https://plus.google.com/111914211653276243730/posts/aDoC7cJ1R6t

 学部ゼミ終了。濱口桂一郎『若者と労働』,楠木新『働かないオジサンの給料はなぜ高いのか』を読んで討論した。現在の,男子限定メンバーシップ型正社員のあり方,それと非正規の格差の何が問題かはだいぶ明らかになった。しかし,現状からの改革は,どの立場から,誰が主張し,その場合に誰が反対するかというところが複雑であることがわかった。
 例えば,濱口氏が提案する「ジョブ型正社員」は制度的には漸進的な改革であり改正労働契約法の延長線上にあるという点で現実的だ。企業がやろうと思えばできるわけで,実際にユニクロが実行している。
 しかし,これを利益とみるか脅威とみるかが,非正規労働者,正規労働者,企業,地域の雇用拡大を期待する人々,のそれぞれにおいて一義的でないために,実際に広がっていくのかどうかを見通すのが難しいという結論になった。一義的でないからこそ,利害集団の枠を超えた賛成が集まるかもしれないし,逆にどの利害関係者からも支持が得られずに進まないかもしれない。うーむ。

さらに、わたくしと関心の方向がとても共通していると見えて、例の冨山和彦さんのL型大学をめぐる議論についても、大変的確な指摘をしています。

https://plus.google.com/111914211653276243730/posts/6uncCsyRJ1w

大学をG型とL型の2種類に分けて後者で職業教育せよという冨山和彦氏の文科省有識者会議資料が話題になっている件。議事録などもっと詳しい文書が出てから改めて議論したいが,プレゼンからわかる大きな構図についてのみコメント。実は,これもいま「企業論」の授業でやっていることと関係する。

日本経済をグローバル競争に直接向き合う部分(Gの世界)とローカル市場の独自性が強い部分(Lの世界)に分けて考えるのは,以前にもコメントしたが賛成だ。

また大学で職業教育の比重を高めよということにも賛成だ。そのために大学が機能分化することもやむを得ないと思う。

ただし,研究大学と職業教育大学で,後者を劣ったもの,研究ができないもの,「……だけ教えていればいいのだ」的に扱うことには100%反対だ。冨山氏のプレゼンの最大の欠陥は,職業教育システムをつくろうというポジティブモードよりも今の大学を否定したいというネガティブモードが強すぎるのと,L型大学をG型大学より劣ったものと読めてしまうことだ。案の定,ネットでそう読んだ上での賛否が起こっている。

また,ひとつの大きな問題は,スライド5と6で,Gの世界にGモードの大学,Lの世界にLモードの大学を対応させていることだ。これは間違っていると思う。むしろ,スライド9はこれとちがうことを言っており,これに賛成だ。私なりに言い換えると以下のようになる。

今の労働市場の重要な変化は,企業内労働市場が縮小していること,つまり企業内で,長期雇用を想定して企業内訓練を施される人の割合が縮小していることにある。Gの世界,グローバル企業でもそうなのだ。

しかも企業内訓練を受けない職には2種類あり,いわゆる「ジョブ型雇用」にも2種類ある。1つは職業別労働市場の職,つまり転職できる専門家たち,転職しながらステップアップできる人の世界だ。もう1つは二次的労働市場の職,つまり非正規のパート,アルバイト,大部分の派遣(派遣の一部は専門家)の世界だ。これは,スキルが不要である,または身分差別的な処遇によりそうみなされているから流動性が高い。

大企業が正社員として囲い込み,企業と企業内でのチームワークに対するコミットメントを確保しながら定年まで雇おうとしている人(男性中心)の割合が低下している理由は,ある程度は大企業のコスト削減という政策だ。これは労働組合やブラック企業批判運動がチェックする対象だ。しかし,同時に長期的にみて構造的にも止めがたい傾向でもある。日本が雇用の安定を強めていくにしても,それは企業内労働市場を回復させることによってではない。転職可能な職業別労働市場を整備し,そこに,きちんとスキルを評価してもらい,身分差別なく参加できるようにすることによってなすべきだ。そうしてこそ女性や非正規の冷遇も解決できると思う。

そこで問題は「各企業が訓練しないならば,誰が訓練するのか」ということだ。今までの労働規制緩和論の最悪の側面は,このこと抜きに「流動性を高めて市場を機能させろ」と言っていたことだ。職業訓練は,従業員を長期雇用で企業内に確保するのでなければ,個々の企業には採算に合うものではない。逆に,何もかも自己研鑽に委ねていては高度スキルを身に着けるのはたいへんで効率が悪く,格差がますます広まる。

したがって,労働市場が流動化すればするほど,職業訓練を行う第3者が必要なのだ。私は授業でこう教えている。ここで,高等教育機関が乗り出してやる時ではないか,というのが私の意見だし,それは冨山氏のスライド9とも一致する。ただし,本当にもっぱら大学がやるのが良いのか,高校ではどうなのかなど,考えねばならないことはたくさんある。

職業訓練を重視する大学は冷遇の対象ではない。むしろ,すでに目指す姿がわかっている研究大学よりも予算と手間暇をかけて厚遇し,創造すべき対象だ。もちろん,研究予算に比べて教育予算の比重を高くはすべきだが,独自に実践や地域社会に近い研究活動も必要であり,予算削減の口実にすべきではない。私はここのところでの冨山氏の意見が聞きたい。

そこで学ぶ内容について冨山氏のスライド7は貧困だ。なぜならば,Lの世界でも社会の変化に対応してものを考えねばならず,そこで生きるには,今までよりは実践的な,変化に対応する思考と行動の能力を付けねばならないからだ。冨山氏のスライド7よりは,いま地方の大学がすでに挑戦している地域関係の学部・学科のカリキュラムの方が役立つだろう。もっと深い研究が必要だ。

以上だが,私はこの議論をとにかくネガティブモード全開での罵倒や皮肉にもっていかず,「大学が職業教育に乗り出すことの必要性はどうか」「その具体的な姿はどうか」というポジティブモードに持っていくべきだと思う。

http://www.econ.tohoku.ac.jp/econ/staff/member/kawabata.html

大学の教員紹介をみると、産業発展論と企業論がご専門ということですが、上の引用を見てもわかるように、雇用労働問題に対する見識は、そこらの労働専門学者よりも遥かに高そうです。

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コメント

 濱口先生,はじめまして。拙評が先生の問題意識をに適うものだったようで安心いたしました。『日本の雇用と中高年』のノートで「桂」を誤記しており,たいへん失礼しました。先ほど修正しました。

投稿: 川端望 | 2014年12月31日 (水) 14時53分

ようこそ、おいでくださいました。
上で紹介しませんでしたが、講義の教材も、
大変関心を共有されていることの感じられるもので、
共感するところ大でした。

投稿: hamachan | 2014年12月31日 (水) 18時07分

既存の大学を機能分化するって可能なんですかね?
文科省はどういう方向で動いてるんでしょう?
自分も職業訓練校の整備 特に国公立でする必要はあると思いますが
既存の大学をそう変更しようとすると大学教員のヒステリックな
反応を見る限り難しそうだなと思います。
大学人には研究>職業訓練みたいな意識があるのでそれを
変えるのも大変そうですしそうなると新設するしかないのかな?
と思います。
ただ職業訓練と云うと安易な物に走ってしまうのが心配です。
僕が職業訓練と云い
イメージするのは主に現場のエンジニアとか看護士とかなんで
ここら辺を重点的に支援して欲しい次第

投稿: 名無し | 2015年1月14日 (水) 22時21分

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