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2014年12月28日 (日)

日本型雇用に未来はあるか?@『FORUM OPINION』27号

NPO現代の理論・社会フォーラムより『FORUM OPINION』27号が届きました。

これに、9月27日に行ったわたくしの講演の記録が掲載されております。

「日本型雇用に未来はあるか?」というのは、主催者側からいただいたタイトルで、必ずしも話の中身にあっていない面もありますが、restructuringと「リストラ」の違いという切り口から始まって、日本型雇用に関する総論としてわかりやすく語られていると思いますので、年末の頭の整理としてざっと目を通していただければと思います。

http://keizaiken.sakura.ne.jp/?page_id=21

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 「日本型雇用に未来はあるか!?」というタイトルをいただきまして、ちょっと戸惑ったのですが、日本語の「リストラ」を切り口にしてお話をしたいと思います。

 

日本での雇用契約は社員になること

 

 2014年6月にブリュッセルで、日本とEUの政労使で開催された「日本EU労働シンポジウム」のテーマがrestructuringでした。これはヨーロッパからすればナチュラルなテーマですが、日本側の反応は「リストラがテーマ?」だったようです。日本語でリストラと言うと、かなり違うニュアンスになるからです。

「リストラ」という言葉が、独特なニュアンスを持つのはなぜなのでしょうか?日本の労働社会、職業社会の有り様は、ヨーロッパとは根本的に異なります。ヨーロッパの雇用関係の主軸は仕事です。つまり働く労働者と企業とはジョブを通じた関係です。これに対して日本は、社員であること、メンバーシップなんですね。日本語で雇用者を指す言葉は、一般的には社員です。つまりmember of companyです。これが日本の雇用契約の基本的な有り様です。

日本の企業は、構成しているメンバーによる共同体的な性格を持っていると思います。雇用契約もこの仕事をして下さいという形ではありません。仕事は企業に入ってから決めるので、「来月から札幌で営業をしてくれ」となるわけです。これが特徴です。

 どんな仕事をするかも分からずに会社に入って、その命令通りしなければいけない。そんなバカな話があるのかと思うかもしれませんが、逆に言うと産業構造が変わり、事業を縮小しても直ちに「あなたはいらないよ」ということになりません。企業の一員という契約で入っているので、絶対的な縮小でない限り企業の中のどこかに仕事を見つけてくれるのです。

 もちろん日本でもジョブに基づくところもあります。たとえば医療の世界では、医師が余ったから看護師に回すとか、医療事務に回すことはありえません。大学の教員も典型的なジョブ型です。しかし、某予備校では少子化の影響で生徒が減ってきたので、教員を新規事業の介護の仕事に回したという事例はあります。予備校の先生を介護に回しても雇用を維持する、何と温かい予備校だろうということになります。

 こうしたことを見ると、かなり専門的な職能に基づいて雇用関係を作っている分野ですら、企業組織の中での雇用が至上命題になっていることが分かります。

 日本に戦前から進出しているIBMが、ある部門を分割して別の企業と新会社を作るということになりました。ところが、労働者側が反発して裁判になり最高裁まで行った事件があります。

日本で今から14年前に商法が改正され、会社分割という制度が設けられました。その際に労働者保護のために労働契約承継法が作られました。これは基本的にEU型の発想で、仕事が別の会社に移るのであれば、人も一緒に移るという考え方です。国鉄がJRになった時も同じです。それまで日本にはこうした法律はなかったのですが、14年前の商法改正の時にこのようなルールが作られたのです。

IBMの裁判がおもしろいのは、労働側が「私たちは日本IBMに入ったのに、なぜ別の会社に行かなければならないのか」と主張して裁判を起こしたことです。つまり、労働者保護の法律に従って企業がやったことがおかしいというわけです。

 余談ですが、商法改正の少し前に連合の労働者保護を求めるキャンペーンの一環の集会で話をしました。EUにおける労働者保護の話をしたのですが、ふと上を見たら演題には「気がついたら別会社に」と書かれていたのです。しかし、別会社に行かせてもらえず、元の会社に残され仕事がないというのがリスクなはずです。演題は私の話したことと逆だったのです。日本IBMの裁判は、ある意味で象徴的な事件であったと思います。

 日本的な企業と個人の関係は、企業とその人との関係の維持が優先されるので、日本の解雇規制が厳しすぎるという企業側の批判を受けます。たとえば産業競争力会議などで、武田薬品の長谷川閑史会長は、以前ドイツの子会社の社長をした経験からドイツではどんどん解雇できたのに、日本は解雇できないのはおかしいと言っています。しかし、ドイツは「雇用保護法」という法律があり従業員代表機関と協議しなければならないとか、整理解雇の場合にはsocial planを作らなければならないとか、世界で一番解雇について厳しいのです。

 ということで、労働法学者は、長谷川氏はなにも分かっていないと言うのですが、そういう批判も間違いだと思います。

 私は、産業競争力会議とか規制改革会議に呼ばれて話をすることがあります。委員の方が労働契約法第16条はけしからん。こんなのがあるから日本は競争力を失ってダメになると言うのです。しかし、そこには「客観的、合理的な理由がない解雇は無効です」と書いてあるだけです。

 確かにある面、日本の方が解雇しにくいことは確かです。何故かというと企業と個人のつながりが職でなくて企業のメンバーであるからです。企業の一員なので、仕事を理由にして関係を断ち切ることができない。解雇が客観的かつ合理的だとか言う時に、ヨーロッパでは「あなたの仕事がなくなったから」というのは正当な理由になりますが、日本では不当な理由になるのです。

規制改革会議などで、パフォーマンスの悪い社員を首にしたいが、なかなかできないと言います。中高年の人達は年功制で給料が上がっているのだから、それなりの仕事をしてもらわなければ困るということのようです。しかし、会社に入る時の契約には何も書いていないのです。いきなりおまえはパフォーマンスが悪いというのは通るはずがありません。

 

解雇につきまとう「本人の問題」

 

 日本では、雇用契約に仕事の内容は書かれていません。会社の中のどんな仕事でもやりますという契約になっています。ですからヨーロッパのように「あなたの仕事がなくなったので、やめてもらいます」というのが通らないわけです。ということは解雇に際して、会社の中でやれる仕事をさがしたかどうかが問われるわけです。その人にやらせる仕事が何もなかったということで、初めて解雇の正当な理由になります。

そこだけ見ると労働者は守られていると見えます。しかし、それでもその人を解雇すると社会的にどういう意味を持つかのかということです。会社側はその人がやれる仕事を探したが何もなかった。それくらいこの人は何もできないというレッテルが貼られることになるわけです。

 もちろんこれは企業規模によって異なります。「あの人リストラされた人よ」というと、大きな企業になればなるほど、どうしようもない人というニュアンスがついてまわるわけです。ここが「リストラ」とrestructuringの違いですね。restructuringであれば、本人の職業能力とか資質と関係ない話で、だからこそ会社側に責任があり労使協議になります。日本でも整理解雇は本人には責任がない、もっぱら会社の責任なので、より厳しく規制されます。したがって整理解雇4要件があるのですが、そのロジックはヨーロッパと同じです。しかし、企業と労働者の関係のあり方が異なるので、企業の責任を強調すればするほど、それでもなおかつ解雇されるくらい本人に問題があるというような社会的な意味合いを持ってしまうわけです。これはすごく皮肉な話だと思います。

 ヨーロッパでは、restructuringは労働者の責任ではないという意味合いがありますが、日本では逆にダメな奴だ、パフォーマンスが悪いというスティグマがついてしまうのです。

 リストラとか整理解雇といえば言うほど本人の問題となってしまうので、労組も「リストラ反対!」となります。だからますますやりにくくなる。リストラをあえてやれば、解雇された人はますますろくでもない奴だという悪循環になってしまうわけです。

 このことは、景気変動とか産業構造転換など量的な雇用変動に対する対応を難しくしています。ひとつは企業の内部的なフレシキビリティでの対応です。そうした仕組みが可能であったのは、企業との関係がメンバーシップである正社員とそうでない人達、この人達を非正規雇用の労働者と呼んでいいかどうかは議論があるのですが、「正社員でない人達」という二重構造になっていて、量的なフレキシビリティは、その二重構造の外側の人達を対象にしたわけです。70年代のオイルショックも80年代の円高不況もそうです。これは社会的にはほとんど問題になりませんでした。

ところが、リーマン・ショックの時は、企業は同じことをやったのですが、「派遣切り」、「非正規切り」などと社会から批判されました。これは、90年代後半以降、非正規雇用の労働者が増えてきたためだと思います。社会の方が変わったということですね。

 

「雇用調整助成金」が転換点

 

 私は決して「ジョブ型の優位」を言っているわけではありません。一般的にどちらが優位か劣位化を単純に言える問題ではないと思っています。

日本の場合、1970年代のオイルショックから1990年代のアジア通貨危機までの約20年は、労働社会の有り様を前提とした雇用維持型の雇用政策は高く評価されていました。それ以前は、政府や日経連は、日本的な終身雇用とか年功序列などに否定的でした。60年代から70年代の初めの政府の経済・社会政策関係の文書を見ると、日本をもっと近代的な社会にしなければいけないと書かれていました。

 では近代的な社会とは何かということになるのですが、1967年に作られた「第1次雇用対策基本計画」の中では「職業能力と職種に基づく労働市場」と書かれていますが、これはこの時代を象徴する言葉だと思います。当時、企業は若者を採用するのに熱心で中高年を雇おうとしません。政府は、これは「職業能力と職種に基づく労働市場」ができていないためと言っていたのです。

 これが大きく変わるのが、1974-75年です。オイルショック後に雇用保険法が施行されました。雇用保険には、「雇用調整給付金」(数年後に「雇用調整助成金」に改称)という制度ができました。これは景気変動で職がなくなっても解雇せずに休業扱いにすれば、2分の1から3分の2を国が助成するというものです。私は、この雇用調整助成金が歴史的な転換を示したと考えています。

 当時、西ドイツにはすでに「操短助成金」という制度があり、景気が悪くなった時に解雇せずに雇用を維持したら失業保険から金を出すという仕組みです。リーマン・ショックの時も、ドイツはこの制度で雇用を守りました。

日本では、最近「過度な雇用維持型から労働移動促進型への転換」と言って、雇用維持があたかも悪いことかのような雰囲気があります。これは労働力を流動化させればいいみたいな発想で、おかしいと思います。そもそも雇用維持という点では日本もドイツも同じなのです。ただ、これに対して単純に雇用維持こそあるべき姿だと言うのでは、どんな仕事でもいいから会社にいさせてくれということになってしまいます。

 ですから言葉の腑分けをきちんとして議論すべきだと思います。職が一時的に縮小する時に雇用を維持し、景気が回復すれば職も回復しますから、雇用維持は何の不思議もありません。

 ところが日本の場合は、そういう発想でなかったために、雇用政策自体も会社の一員としてじっとしているというイメージになっています。つまり有り様の議論と政策の議論とが、変な風にリンクしてしまっているので、腑分けすることがむずかしくなっているという感じがします。

 ところで、「社員」という言葉はおもしろいですね。そのまま訳せばmember of company ですが、法律上member of companyは出資者のことです。合名会社は全員が無限責任社員で合資会社は無限責任社員と有限責任社員の両方がいます。有限責任社員はお金だけの出資、無限責任社員はお金以外の出資が可能です。労務出資というものもあります。あまり知られていないようですが、商法には出てきます。

 会社とは人の集まりですが、人がお金を出したり労務を出したり知恵を出したりして事業をやっている。合名会社が進化して合資会社になり株式会社になるわけですが、無限責任社員はなくなります。人間が集まって事業をする時に、お金を出す人は会社のメンバーで、労務を出す人はメンバーでないというのはおかしいですよね。この話は「資本主義とはなんぞや」につながるのですが、19世紀から20世紀にかけて議論がありました。資本と労働は対等に出し合って事業をやっていたのに、いつの間にか資本の方だけが会社のメンバーとなったのはおかしい。これが社会主義の出発点とも言えます。

 そこで、ヨーロッパでは会社はあなた達のものと譲るが、労働者としての権利はあるよという考え方で妥協をしたのではないかと私は考えています。

ところで、知的財産権の問題で発明した労働者が特許を取得するようになっていますが、これを会社の帰属にしようという話が出ています。これは、労働者は労働生産物をなぜ取得できないのかという問題の応用問題です。これは民法上の問題でもあります。民法では生産物はその材料の所有者が取得します。材料を提供したのが資本家なら資本家のものです。しかし、民法には付加価値が大きい場合には工作者のものになるという規定があります。しかし、これは請負とか独立の事業を行っている場合です。労働者がどんなに付加価値がついたものを作っても労働者のものにはなりません。というのは、労働者は資本家の補助的手段に過ぎないという考え方からきています。ただ知的生産物だけは労働者のものになるという特例があるのです。

 

日本型は戦時体制にできた

 

 話を戻しますと、日本の仕組みがいつできたかということですが、私は戦時体制下だと考えています。戦時体制のもとで労働者を戦士として動員するため、労働市場や企業の労務管理に規制を加えました。この規制のもとになっているのが「企業の一員」という発想です。これが維持されメンバーシップ型のシステムになったと考えています。

 戦争直後の電力会社の賃金体系である電産型賃金体系が年功賃金のもとになりました。電産の初代書記長は佐々木良作さんで、後に民社党の書記長、委員長を努めました。佐々木さんは戦時中、日本電力の人事にいたのです。戦時中の資料を見ますと、賃金ではなくて給与と書かれています。企業は国家という家からみれば分家みたいなもので、事業主は天皇から経営を任され、そこで働く人やその家族は国家の一機関みたいな感覚が強かったようです。ですから賃金ではなくて給与だというわけです。こうした戦時中の賃金体系が戦後、電産型賃金体系につながったと思います。

労働側は口先では同一労働同一賃金と言いながら、実際には中高年の賃金が下がるので反対していると私には見えます。企業側や政府は、50年代、60年代には、「もっと欧米化しろ」「近代化しろ」と言っていました。日経連が1955年に出した「職務給の研究」には、同一労働同一賃金で職務給にしなければいけないと書かれています。

 先ほど申しましたように、政府が考え方を変えたのはオイルショック後と明確なのですが、経営側はよく分かりません。60年代半ばから70年代半ばにかけてだと思います。60年代末に出された有名な「能力主義管理」という報告書では、仕事ではなく企業のメンバーシップであることを前提に政策を考えています。

90年代以降は少しずつ変わってきています。当時「失業なき労働移動の促進」というフレーズがよく使われました。「労働移動支援助成金」も90年代からありました。この流れの象徴が95年に日経連が出した「新日本的経営」ではないでしょうか。正社員を「長期蓄積能力活用型」として維持し、別立てで「雇用柔軟型」と「高度専門能力活用型」があったのですが、「高度専門能力活用型」は普及しませんでした。理由は雇用柔軟型も「専門能力の活用」となっていたからです。普通の専門能力は雇用柔軟型で、高度なものが高度専門能力活用型となったのです。

この20年の雇用のあり方は、マクロ社会的な形できちんと提起してこなかったことが、議論を複雑にしていると考えています。

 

きしみが出てきた「日本型」

 

質問

ジョブ型が世界標準でメンバーシップ型は特殊日本型と理解しました。アベノミクスは雇用をジョブ型に変えていこうとしているのでしょうか。特に限定社員制度はジョブ型への転換になるのでしょうか。労働界の批判は強いようですが。

 

濱口

世界標準だから正しいとは言えません。そもそも歴史貫通的にいいか悪いかみたいなとらえ方はおかしいですね。この先20年後、30年後にまた世の中が変わって、やはりメンバーシップ型がいいとなるかもしれません。

 私が言いたいことは、メンバーシップ型でやってきたが、状況にあわなくなってきたので、いろいろな問題が起こっているということです。

 アベノミクスの話ですが、安倍首相の頭の中には、労働問題はほとんどないと思います。ジョブ型と言っていますが、中高年の役に立たない人を首にするのに、もっともらしく聞こえるから言っているだけです。本気でジョブ型にする気はないですね。

 限定社員ですが、連合は「解雇しやすい限定正社員に反対」と言っています。確かにその通りですが、コンセプトがけしからんと言うと、会社の言われるままにあっち行けこっち行けではないという、働く人達にとってより望ましい働き方を、労働組合が自らつぶすことになるのではないかと思っています。

 

質問

建設現場などは、たこ部屋同然のところがあります。こういうのはメンバーシップでもなんでもないのではないか。

 

濱口

ルール無視は世界中どこへ行ってもあると思います。ボスがいばって仕切っていたものを、どのようなルールを作るのかということだと思います。そのルールのひとつが欧米では仕事でのつながりで発展してきたし、日本は会社の一員という仕組みとなった。どちらも近代社会がつくった所産だと思います。

 

質問

企業内福祉制度、企業内年金制度もあったが、これらは企業によって切り捨てられていったのではないか。

 

濱口

19世紀から20世紀前半には欧米でも企業内福祉があり、それが徐々に外部化しました。これは企業を超えた形で組織されている労働組合が大きな役割を果たしたと思います。どの国も最初は企業内福祉という形だったようです。

 日本の場合、健康保険ができる前には各企業に共済組合がありました。ところが、共済組合でやっていた大手企業などは健康保険組合になり、中小企業は政府管掌健康保険(協会けんぽ)となりました。日本は企業別の健康保険組合が残ったのです。失業保険も当初は企業の退職金はいらないという話もありましたが、大企業ほど失業しないこともあり残りました。企業別の労働組合の影響で企業内的要素が残ったとも言えます。

 家族手当、児童手当ですが、戦前にできた給与の中の家族手当が膨らみました。ところが60年代に政府は欧米を見習い、児童手当をつくりました。71年に児童手当法が施行され、厚生省は「小さく産んで大きく育てる」、「第5の社会保険」と言ったのです。

ところが90年代に介護保険を作った時に、また「第5の社会保険」と言いだしました。企業が児童手当を出しているのに、なぜ国がよけいなものを出すんだという論調が強まり、つぶせないので残ったというのがその歴史です。

しかし、2000年代になり、ある政党が子ども手当を打ち出しました。すごいことを考えているなと思ったら、「ばらまきだ」と批判されて縮小させてしまいました。個々の制度とそれを支える雇用システムに議論をつなげていくことが必要だと思います。企業の家族手当をやめ公的な家族手当を拡充するという文脈で議論すべきだったと思います。

 

質問

日本は非正規雇用が増加し、若者の貧困化も進んでいると思いますが。

 

濱口

ヨーロッパでもイタリア、スペインなど非正規雇用の労働者が増えている国はあります。期間の定めのない雇用は解雇しにくいので、切りやすい非正規を増やしているのです。雇用を安定させなければという議論はありますが、なかなかむずかしいようです。それでもヨーロッパでは、仕事がなくなり整理解雇の際に労働組合、労働者代表と交渉するという仕組みはあります。また、有期で働いている人の多くは、一定の期間働くと無期に切り替えられます。

ジョブ型社会の最大の欠点は若者が就職しにくいことです。学校を卒業した若者はまだ仕事ができないので、企業は採用しません。そこで若者はまず有期雇用で働き、企業に認めてもらって採用されるのです。若者の非正規が多いのは意味があるわけで、非正規雇用率が高いからけしからんということにはなりません。

 日本の非正規雇用も数字だけでは語れないと思います。日本は何もできない人を入社させます。正規雇用になる回路は少ないので非正規雇用は固定化されてしまいます。そこでジョブカードを作りましたが、非正規での経歴などをジョブカードに書いてもなかなか採用してくれません。

 

質問

ブラック企業をどうとらえるのでしょうか。

 

濱口

ブラック企業については、今野晴貴氏が、日本型の雇用システムを取りながら、それがもたらす長期的なケアが欠落していると定式化しています。私も基本的に同じ考えです。ブラックな存在は多いのですが、昔からあるたこ部屋はブラック企業ではありません。日本的なまともな企業に見えて、そうでないのがブラック企業です。

よく「昔は何日も徹夜して仕事した」という人がいます。日本型企業は、そういうことがあっても、次は楽なところに回してくれるとか、定年までいればトータルでバランスがとれているようです。長時間労働やパワハラだけを現象としてとらえブラック企業と言うと、典型的な日本型企業と区別つかなくなってしまうと思います。大量に採用してパワハラして辞めさせていく、これがブラック企業です。

 

質問

企業別労働組合が日本型雇用に果たしている役割についてどのように評価しているのか。労働組合に未来はあると思いますか。

 

濱口

労働組合は非常に重要なポイントです。戦前の組織率のピークは昭和5、6年で6%程度です。労働組合は企業の外にありました。中小企業中心で大企業は空白地帯です。戦時中に産業報国会となり企業単位で福利厚生をやりました。大河内一男先生などは、戦後の企業別組合は、これがベースになっていると言っています。

そうなると組合も、企業単位で組合員の利益を最大化する方が、メリットがあると考えるのは当然です。終戦直後の組織率は53%まで上がりましたが、日本の圧倒的な労働者は、その時初めて労働組合を体験したわけです。それ以降は一本調子で減り、今や17%程度です。

 

質問

女性労働者についてですが、日本型雇用の恩恵を受けなかったと思います。女性の半分は非正規雇用です。

濱口

 日本型雇用システムは、学卒から定年退職までですが、それは男性社員と言うカテゴリーで、女性社員は結婚退職までです。残ればいかに追い出すかということになります。裁判になったケースで、会社側の主張を読むと、結婚後の女性はなぜ置けないかが率直に書かれています。仕事は補助的なもので、いわば非正規の一種だったわけですね。それが均等法以降、総合職、一般職というラベルを貼り、かつ言い訳できるように総合職に女性を数人入れたりしたわけです。

 均等法以降も女性の活躍といいながら基本のところの認識はあまり変わっていないのではないかという気がします。

 

企業内労組は変わらない

 

質問

労働市場の流動化ですが、EUはセーフティーネットが充実しているので転職しやすいのでは。

 

濱口

労働力の流動化のセーフティーネットは、日本とヨーロッパでそう変わりません。並んでいるアイテムはほとんど変わらないのです。たとえば日本はリーマン・ショックの後、雇用保険と生活保護の間に穴が空いているので、第2のセーフティーネットとして求職支援法を作りました。私は穴は空いていなかったと思っています。生活保護法には稼働年齢層に支給できないとはどこにも書いてありません。単純に運用の話だと思います。

また、自公政権の末期から民主党政権にかけて雇用保険法の改正が行われ、雇用期間が1年未満の非正規の人達が入れないので、6か月未満にして対象を拡大しました。しかし、雇用保険法の条文には1年未満はダメという規定はありません。これは1950年に出された「支給要領」に書かれています。家計補助的な婦女子、学生アルバイトは労働者とはいえないので、対象としないと書かれています。雇用期間1年未満でも臨時工は入っていました。排除していないのです。穴はなかったのです。

同じことが職業訓練にも言えます。職業訓練校を作って企業の外で職業訓練して就職させるという法体系を確立しました。1960年代までは、訓練校がメーンでした。企業内訓練は、認定職業訓練といって本来の職業訓練と同じことを行い、受かった人は技能士の資格が与えられました。

それが78年に職業訓練法(その後、職業能力開発促進法に改称)が改正され、企業に対して助成金を出し、企業内訓練が主軸になります。それ以降、職業訓練校に対する世間の目は、落ちこぼれの行くところとなりました。優秀な生徒は普通科に行き、どこにもいけない生徒が訓練校に行くと言われました。制度は何も変わらないのに、社会の変化で違う位置づけになってしまったのです。

ところが90年代になると、民間の専修学校などの活用によって、形の上では企業外の職業訓練が増えたのですが、問題は社会の中にどのように位置づけられているかということだと思います。

求職者支援法でもお金を出すのだけれども、お金をもらうために訓練を受けるという位置づけになってしまいました。訓練を受けなければ就職ができないという社会でないところに形だけ作ったので、お金をもらうために訓練を受けるみたいになってしまったわけです。

 

質問

日本型雇用というと終身雇用、年功序列賃金、企業内組合がありますが、未来はありますか。

 

濱口

未来はあるとは思えないですね。年功制は変えざるを得ないでしょう。それをどう着地させるかが見えないから悩んでいるのだと思います。年功原理は維持できないが次の原理がない。年功制というのはある年齢以上は変なことをしないというセーフティーネット的な機能もあります。そこを分かってこの話をしているのかどうかが気になるところです。

 終身雇用は変な言葉ですね。勤続年数で言えば日本もドイツもそう変わりません。「過度な維持型から労働移動促進型」へというけれど、労働移動することがいいことかと言えば、仕事がありやっていければその方がいいわけです。成長戦略として民間の人材ビジネスを活性化させるというのであれば、それなりの意味がありますが、産業構造が変わる中で人を動かした方がいい時に、無理やり残すのはいかがかなと思います。企業別組合についてですが、おもしろいのは60年代にあれだけ年功制、終身雇用をやめろという提言が出たのですが、企業別組合をやめろとは一度も言われたことがないことです。

 

 

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