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2014年11月11日 (火)

そもそも多様な働き方を阻害しているのは「規制」なのか?@規制改革会議

昨日、規制改革会議(本会議)にお呼びいただき、「多様な働き方を実現する規制改革について」お話をしてきました。

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kaigi/meeting/2013/committee3/141110/agenda.html

このトピックについては、21世紀職業財団の岩田喜美枝会長とわたくしがヒアリング対象です。

私の資料は、

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kaigi/meeting/2013/committee3/141110/item1-2.pdf

にアップされています。

冒頭、規制改革会議という場で、「そもそも多様な働き方を阻害しているのは「規制」なのか?」と問いかけるところから話を始めております。

1 そもそも多様な働き方を阻害しているのは「規制」なのか?

・世の評論家は、雇用分野も他分野と同様、国家による法規制によってがんがらじめに縛られているかの如きイメージで語りたがる。しかし、それはまったく間違い。
・たとえば、日本の労働基準法は、本来、1日8時間、1週40時間を超えて働かせることを禁止する厳格な法規制。しかし、36協定によって法律上は無制限の残業・休日出勤が可能。世界的に見て異例なまでの規制緩和状態。(欧州は残業含めて1週48時間が原則、例外でも1日11時間の休息時間が必須)
・一方、労働基準法は1日8時間、1週40時間より少なく自由に働くことをまったく禁止していない。企業がその気になればいくらでもやれる。そうならないのは、企業がやれることをやらないだけ。規制(レギュレーション)ではなく、慣行(レギュラシオン)が問題。
・ワークライフバランスのために必要なのは、もっと長く働けることなのか?もっと短く働けることなのか?前者であれば規制改革が必要、後者であれば慣行改革こそが必要。
・そこを混同して、労働基準法の規制を緩和すればワークライフバランスがとれ、仕事と育児の両立が可能になるなどというから嘘になる。
(念のため:残業代という賃金規制は別の話)

2 無限定正社員モデルの中の女性の選択肢

・日本型雇用システム(=慣行、≠法規制)において、男性正社員はすべて仕事も時間も場所も無限定なメンバーシップ型がデフォルト。(ex「男のくせに一般職なんて許せない!」)
・このデフォルトモデルは、専業主婦かせいぜいパート主婦が家事育児を担うことを前提。
・このデフォルトモデル(総合職)を女性が遂行するためには、彼女にも「主婦」が必要。親?姑?メード?いずれにせよ、普遍的にはあり得ない。
・伝統的モデルで女性に割り当てられてきたのは、仕事、時間、場所が限定的なだけでなく、仕事内容自体も補助的な働き方(一般職モデル)。これが後に非正規化。
・ようやく、仕事内容は補助的ではなく基幹的、専門的である限定正社員(ジョブ型正社員)が論じられるようになった。しかしなお執拗な反対論。

3 デフォルトが無限定正社員だから、「多様な働き方」はすべて落ちこぼれ視される

・過去20年間、「働き方の多様化」論は繰り返し論じられてきたが、それらはすべて片面的多様化論。
・職務、時間、空間無限定の就労義務とそれを前提とする長期雇用保障・年功的処遇に特徴付けられるメンバーシップ型正社員モデルを当然のデフォルトモデルとし、そこから義務を削り、保障を削る方向にのみ「多様化」。
・それゆえ、その「多様化」はすべて「正しい、本来あるべき姿」からの下方への逸脱という目で見られがち。(ex「解雇しやすいジョブ型正社員反対!」)
・しかし、日本以外の社会では、職務、時間、空間限定の無期労働者がデフォルトモデルであって、「多様化」は両方の方向(これらがより無限定の方向にも、期間も限定の方向にも)でありうる。
・日本以外の社会では「異例」(上方への逸脱)である無限定モデルが日本ではデフォルトとなっているため、日本以外の社会での「通常」が「落ちこぼれ」視される。
・残念ながら、これまでの規制改革論も、無限定モデルをデフォルトとする点では反対論者と何ら変わらない。従って、「落ちこぼれ」論をもたらすのは当然。

4 多様な働き方を実現する「慣行」改革は未だその緒にすら就いていない

・無限定モデルは、(労働時間のように)法に規定されている規制を空洞化することによって、あるいは(配転のように)現実を容認する判例法理を積み重ねることで確立してきた。
・日本国の労働法規制(レギュレーション)は、無限定モデルをまったく強制していないどころか、本来の原則はむしろ逆のはず。
・しかし、日本労働社会の慣行(レギュラシオン)は、何もいわなければ無限定モデルをデフォルトで適用し、それがいやなら下方への逸脱を要求する。
・無限定モデルについてこれない多数の女性は、限定正社員から非正規労働者に至るさまざまな「片面的」多様化を余儀なくされる。
・再度、規制(レギュレーション)ではなく、慣行(レギュラシオン)が問題。
・慣行改革に必要なのは、既に空洞化している規制のさらなる緩和ではなく、その実質的強化。
・たとえば、労働者のデフォルトモデルは限定正社員とし、無限定な働き方を希望する者がそこから上方に逸脱するモデル。
・しかし、現在は規制改革論者も反対論者も皆揃ってこれには猛反対。「慣行」の根強さ。
・慣行(レギュラシオン)改革は未だその緒にすら就いていない。

色々とご質問も頂きましたが、議事録はそのうちアップされると思います。

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