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塩見孝也『革命バカ一代 駐車場日記』

Kakumeibaka_1 これはたまたま本屋で見つけて買いました。塩見孝也『革命バカ一代 駐車場日記 たかが駐車場、されど駐車場』(鹿砦社)

http://www.rokusaisha.com/kikan.php?group=ichi&seq=000384

全国のシルバー世代、全共闘世代に送る熱いメッセージ

元赤軍派議長、あの伝説の男が帰ってきた。 それも革命的シルバー労働者として! 誇り高き 駐車場管理人として!

いま 新たなステージに立っている。――これはその中間報告の書である。

この名前にご記憶がある方はどれくらいおられるでしょうか。かつて共産主義者同盟赤軍派の議長として活躍し、20年あまり獄中で過ごして出所したあと、2008年から清瀬市シルバー人材センターで人生で始めて労働を体験し・・・というあたりまでは、本ブログで何回か紹介してきましたね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-d14f.html (赤軍派議長@シルバー人材センター)

ちょっと前の産経に載った記事で、「さらば革命的世代」という連載ものの「日本のレーニンが知った労働」という記事が、大変興味をそそられました。

http://sankei.jp.msn.com/life/trend/080703/trd0807032211019-n1.htm

>かつて「日本のレーニン」と呼ばれた男は、東京都清瀬市の市営駐車場で汗を流していた。昭和40年代半ば、「世界同時革命」を掲げて武装闘争路線を指揮し、破防法違反罪などで19年9カ月の獄中生活を送った元赤軍派議長、塩見孝也さん(67)。昨年末から市のシルバー人材センターに登録し、月9日ほど派遣先の駐車場で働いている。

 「この年になって、ようやく労働の意義を実感している。39歳のひとり息子も『親父がまともな仕事をするのは初めてだ』と喜んでいます」

 それまでの生計は「カンパや講演料に頼ってきた」というが、あえて働き始めたのは昨秋、心臓を患ったのがきっかけだった。「もっと自活能力を付けたい。地に足のついた生活をしながら革命を追求したい」と思ったという。

うーむ、左翼運動に半世紀をつぎ込んで、今になって「ようやく労働の意義を実感」ですかね。いままでは地に足のついていない革命運動だった、と。

>塩見さんが働く駐車場は駅近くのショッピングセンターに隣接し、休日は約1000台が利用する。時給は1000円だったが、4月から「副々班長」の役職手当で50円上がった。

 「役職に就くのは労働者を管理する側に回ることであり、刑務所でも班長への就任は断固拒否したが、ここでは仕方がない」と主張する一方、「働くとは、すばらしいことだ。社民党や共産党の幹部も理論だけでなく実践したらいい」と、自身の「初めての労働」をうれしそうに語る。

>塩見さんは「要するに、僕のこれまでの生涯は、民衆に奉仕するというより、民衆に寄生してきたのです。奉仕されるばかりで、自前の職業的労働すらしてこなかった。これは情けないことで、よく生きてこられたなとも思う。だからこそ、自己労働を幾ばくかでもやり、本物の革命家になりたいと思うわけです」。

今頃そういうことを言われても・・・。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-c523.html (『総括せよ!さらば、革命的世代』)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/70-ec65.html (70歳まで働く!@東洋経済)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-8ee1.html (老いてますます・・・?)

その67歳にしてはじめて労働を体験した塩見さんが、その職場で労働者としての権利に目覚め、清瀬市シルバー人材センターと就労先クレア駐車場を経営する清瀬都市開発公社を相手どって、休憩時間をめぐって団体交渉をつきつけ、さらに反合理化闘争に突き進んでいく姿を描いています。

1部 駐車場労働〈事始め〉

第1章 駐車場労働を始めた由縁について

第2章 労働の真実とは? 

第3章 労働の只中で去来してくる我がやるせなき想念 

第4章 〈永久革命家〉としての退路を断った僕の駐車場労働

2部 駐車場労働《本番》記

第5章 駐車場労働《本番》記

第6章 改めてシルバー労働とシルバー運動を問う

3部 反合理化――僕の闘争記

第7章 許すまじ、二六年度合理化案

第8章 日本テレビ「ダンダリン 労働基準監督官」に鼓舞された

終章 職場、地域での生活・経済・福祉闘争を政治闘争と結合し“社会政治闘争”を闘おう

しかし人生の大部分を革命運動に打ち込んできた塩見さんが70代になって人生ではじめて取り組んだのが「労働運動」であったというのは、いろいろとものを考えさせます。

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コメント

塩見さんという方にはまったく面識はありませんが(無論、ご高名はかねがね拝聴いたしておりましたが)、職業革命家なら自分の職業にもっと誇りを持っているものと思っていました。わたしなんぞは労組の専従者は職業革命家のようなもんだと心得て、それなりに矜持をもって日々活動をしておりましたが、いつの間にか研究員になってしまいました(笑)

投稿: Hayachan | 2014年12月 8日 (月) 23時26分

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