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第38回規制改革会議(濱口発言部分)

去る11月10日に開かれた第38回規制改革会議の議事録が内閣府HPにアップされていますので、そのうちわたくしの発言に関係する部分をこちらに紹介しておきます。

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kaigi/meeting/2013/committee3/141110/gijiroku1110.pdf

○濱口統括研究員 濱口でございます。

 本日は規制改革会議の本会議にお呼びをいただき、私の意見を申し述べる機会をいただきまして、ありがとうございます。

 今まで3回ほど雇用ワーキンググループにはお呼びいただいて、お話をしてきたことがございますが、今日はもう少し総論的にいただいた多様な働き方を実現する規制改革ということで、10分ほどお時間をいただいてお話ししたいと思います。

 実はいただいたテーマは「多様な働き方を実現する規制改革について」なのですが、これを見ますと、あたかも規制があって、その規制が多様な働き方を阻害しているかのような前提に立ったタイトルでございますが、私はそもそもそれが間違っていると思っています。マスコミに出てくる世の評論家は、雇用分野においても他の分野と同じように、国家による法規制によってがんじがらめに縛られているかのようなイメージで語りがちですが、それは全く間違いであります。

 例えば、日本の労働基準法。本来は1日8時間、週40時間を超えて働かせてはならないという厳格な規制ですが、しかし、現実には36協定によって法律上、無制限の残業や休日出勤が可能であります。これは世界的に見て恐らく異例なまでの規制緩和状態であります。

 例えば、ヨーロッパは残業を含めて週48時間が原則ですし、例外的にも1日11時間の休息時間が必須になっております。

 一方、この労働基準法はあくまでもそれを超えて働かせてはならないと言っているだけで、それより少なく自由に働くことを全く禁止はしておりません。企業はそれより短い働き方、働かせ方は十分可能なのにそうしないのは、あえて言えば、企業がやれることをやらないだけであります。そういう意味では、ここで問題なのは規制(レギュレーション)ではなくて、慣行、これはフランス語でレギュラシオンと言うらしいのですが、その方がむしろ問題であると言うべきだろうと思います。

 ワーク・ライフ・バランスというときに、例えば夜中の2時まで働いて、ワーク・ライフ・バランスが実現したと言うのであれば別ですが、もっと短く、あるいは自由に働けることが大事であれば、そのために必要なのは規制改革ではなくて、慣行改革こそが必要なはずであります。そこを混同して労働基準法の規制を緩和すればワーク・ライフ・バランスが取れるとか、仕事と育児の両立ができるというようなことを言うのは、私は端的に嘘であると思っています。

 念のため申し上げますと、残業代というものは、これはあくまで単位は円ですので賃金規制です。賃金規制については確かに法定労働時間を超えると、時間にリンクした賃金の支払いが義務付けられております。そこを問題にすること自体、私は別におかしなことではないと思いますが、しかし、法定時間内は、支払い方は自由です。例えば、子供を保育所に預けてから午前11時に出社して、午後2時までの間に仕事をさっさと終わらせて退社した方に、成果を上げているからというので、例えば月50万払う。朝8時から5時までフルに働いたけれども、成果を上げていないからあなたは月20万だよ。少なくとも日本の労働法には、これを禁止するような規定は全くございません。それをしていないというのは、単に企業の慣行であるに過ぎないと思っております。

 これを踏まえて、今、岩田会長がお話された女性の問題に引き付けてお話を申し上げます。いわゆる日本型雇用システムと言われるもの、これも六法全書のどこにもそんなやり方をしろとは書いていません。まさに法規制ではなくて慣行でございますが、この下では、少なくとも男性正社員は全て仕事の中身も時間も空間も無限定な、私の言葉で言うとメンバーシップ型の働き方がデフォルトルールになっています。

 デフォルトというのは、どういうことかというと、例えば、私が一般職で働きたいと言ったら、男のくせに一般職なんて何だと叱られるわけであります。しかし、このデフォルトのモデルは、少なくとも専業主婦か、せいぜいパートで働く主婦が家事、育児を行うことを前提としております。そのデフォルトのモデルを女性にそのまま適用すると、これが総合職になるわけですが、そうすると彼女らにも主婦が必要になります。その主婦は誰がやるかというと、親だったり、姑だったり、あるいはメイドだったり、しかし、いずれにしてもこれが普遍的に存在するということは、恐らくあり得ないでしょう。

 そういう中で伝統的に女性に割り当てられてきたのはどういうモデルかというと、仕事も時間も場所も限定的なだけではなく、仕事の中身自体も補助的な働き方。これがいわゆる一般職モデルであります。むしろ、恐らく90年代末からは、これが非正規に徐々に代替してきたと言えるのではないかと思います。

 ようやくごく最近になって、仕事内容自体は決して補助的ではなく、むしろ基幹的、専門的な仕事でありながら、こういった仕事の中身とか時間や空間が限定的な働き方、限定正社員と言われる、あるいはジョブ型正社員と私は呼んでおりますが、そういったものが論じられるようになってまいりましたが、なお今までの伝統的なデフォルトルールというものが非常に強いために、執拗な反対論がございます。この無限定正社員がデフォルトであるがゆえに、このタイトルにある多様な働き方というものが、社会的に見て落ちこぼれ扱いされてしまいます。

 過去20年間、働き方の多様化というのは繰り返し論じられてきましたが、私から見ると、それは全て片面的多様化であると言えます。片面的というのはどういうことかと言うと、職務も時間も空間も無限定な就労義務と、それを前提とする長期の雇用保障、年功的な処遇に特徴付けられる、メンバーシップ型の正社員モデルを当然のデフォルトとし、そこから、義務もこれだけ少ない、それゆえ保障もこれだけ少ないというように、削る方向にのみ多様化を考えてきたということです。したがって、このデフォルトモデルが正しいものだという立場からしますと、多様化というのはすべて下方への逸脱というふうに見られがちであります。

 したがって、例えば、限定正社員とかジョブ型正社員というと、すぐに解雇しやすいジョブ型正社員反対というふうな反対論が必ず吹き出してくる。これは、吹き出す反対論がおかしいと言っているだけでは駄目なのであって、そもそも無限定な働き方をデフォルトとする考え方をみんなが共有しているからそうなるわけであります。

 しかし、日本以外の社会においては、基本的に職務も時間も空間も限定されている無期労働者、私が言うジョブ型の正社員がデフォルトモデルであって、多様化というのはそこから両方に向けて多様化していくというのが、働き方の多様化であるわけであります。そうすると、そのジョブ型の働き方のデフォルトモデルから上の方に逸脱するモデルというのも、下の方に逸脱するモデルもあるだろう。ところが、日本では一番端の一番無限定なモデルがデフォルトモデルとなりますので、そこから外れるのは全て下方への逸脱と見られてしまう。つまり落ちこぼれ視されてしまうということであります。

 最初に申し上げたように問題は規制より慣行にあるわけですが、この無限定のモデルがなぜ確立してきたか。労働時間のように、そもそも法律で規制があるにもかかわらず、それを労使が一緒になって空洞化させてきたというのもありますし、あるいは配転のように、法律がそれを前提にしているわけではないけれども、現実にそれが当たり前に行われているということで、現実を容認するような判例法理が積み重ねられてきたということで確立をしてきたわけであります。

 少なくとも六法全書に書いてある労働法規制(レギュレーション)というのは、こういった無限定モデルを全く強制はしておりません。むしろ労働時間に見られるように本来の原則は逆のはずでございます。しかし、日本の労働社会の慣行(レギュラシオン)というのは何も言わなければ、つまりわざわざ限定だよと言わなければ、デフォルトでこの無限定モデルが適用されてしまって、それができません、嫌です、と言うと下方への逸脱が要求されてしまう。そうすると無限定モデルについてこられない多くの女性たちは、限定正社員から非正規労働者に至る様々な片面的な多様化というものを余儀なくされることになります。

 繰り返しになりますが、規制(レギュレーション)ではなく慣行(レギュラシオン)こそが問題であるとすると、その慣行改革に必要なものは、既に空洞化している規制のさらなる緩和などではなく、むしろ空洞化している規制を実質的に強化することが場合によっては必要になろうと思います。

 例えば、労働者のデフォルトモデルは限定正社員で、そこから無限定な働き方を希望する者は、そこから上方に逸脱するというふうにルールを決めるということも実はあり得るわけです。むしろ欧米社会はそれがごく普通の在り方であります。

 残念ながら、現在までは規制改革をとなえる方々も、それに猛烈に反対する方々も、いずれもこれには猛反対であります。いずれもこのデフォルトモデルである無限定モデルというものを前提に考えているということで、ここに慣行(レギュラシオン)の根強さというものが表れているのではないかと思います。

 その意味では、いただいたタイトルは「多様な働き方を実現する規制改革について」というものでありますが、むしろ必要なのは慣行改革であり、そして、その慣行(レギュラシオン)改革は、いまだその緒にすら就いていないのではないかというのが私の申し上げたいことでございます。

 以上です。

 

○大崎委員 ありがとうございます。

 濱口先生に御意見を伺いたいと思うのですが、私は先ほど先生のおっしゃった、今、規制の文字面そのものは非常に既に緩和されていて、そちらを余り動かしても慣行が変わっていかないのではないかという御指摘は、誠に共感するところがありまして、とりわけデフォルト状態というものが、非常にある意味、労働者側から見れば制限がほとんどないような状態になっているので、逸脱するのは下へしかいかないというのが全くそのとおりだと思うのです。

 ただ、変えるのが非常に難しいなという気がいたしまして、先ほどちょっとおっしゃった限定正社員をデフォルトにするみたいなことを、ある意味、無理やり制度化するとすれば、例えば、雇用契約においては勤務地等々、職種等々を明記しなければいけないということにして、例えば、配置転換等々を会社が自由に行う場合は特約を結べ、みたいな制度を作るというのが一つの考え方としてあると思うのですけれども、これはこれでそういう特約をくっつけた契約の方を言わば事実上のデフォルトにしてしまう慣行が生まれて、結局、同じになってしまうような気もするのです。

 恐らく会社としては、そういう会社側の自由度の高い特約を結んだ人の方に給与をたくさん払う、あるいは昇進のときに優遇するという人事政策を必ず採ると思われるので、なかなかこれも制度で縛ったからといって、ジョブ型正社員がデフォルトになるというのが非常に難しいなという気がするのです。

 また、労働者側からも本来の自分の働き方、自分の仕事に合った働き方よりは、社会的に上とみなされている働き方を望むという傾向が相当あると思っていまして、長くなって恐縮ですが、1個だけ私自身の経験から申し上げたいと思うのですが、私の勤務先は、実はほぼ入社4年目以降の全社員に裁量労働制を適用しているという、日本企業では非常に珍しい会社なのですが、裁量労働制を導入しようとして検討したときに、私は、実はそのとき従業員組合の執行部にいたのですが、当時、執行部としては結構抵抗を持つ人もいたので、詳しい職務分析をして、本来、裁量労働に最も適合的な職場から先に導入していくというやり方を採ったらどうかということを考えたのですが、結局、起きたことは、それをやられると裁量労働が入っていないところは言わば2級社員というか、要するにノンエリートだというふうに位置付けられてしまうといって、現場の支部が実は反対して、結局、全員で移るのだったらいいということになってしまったのです。それで結果として、ほぼ全員が裁量労働という状況が生まれていて、それはそれでそれなりにうまく回っているのですが、なかなか何が上で何が下かという社会的な思い込みを変えることが難しい中で、どうしたらこのレギュラシオン改革というものが少しでも動き出すのか。その点について何かアイデアがあれば、是非、御教示いただきたいと思います。

 すみません、長くなって恐縮です。

○濱口統括研究員 正にそういうふうな反応をいただくことが1つの目的でございます。つまり、こういうことを言わないと、何か六法全書にこうしろと書いてあると思い込んでいるような評論家とかコンサルタントの方々がいっぱいいらして、マスコミでも活躍しています。それは、まずそうではないということを言うだけでも疲れてしまいますので、まず出発点として、それは規制ではなく慣行である、ということを認識していただく。慣行ですから変えるのは大変難しいです。難しくて、しかも慣行ですから法律上はどちらも可能であるということには変わりはないとすると、結局、多くの方々の意識が変わらない限りはなかなか変わらないというのは、事実であります。

 ただ、あえてここで申し上げているのは、全体の分量はすぐにはそれほど変わらないかもしれないけれども、どちらがデフォルトかというルールを変えるというのは、それなりの意味があるかもしれない。そして、とりわけそのことの意味が一番大きいのは恐らく女性との関係でしょう。

 ここ1年、2年ほどジョブ型正社員とか限定正社員ということを申し上げてきている最大の理由は、時間や空間が限定されている働き方というのは2流、3流であるという意識を変えていくことにあります。先ほど私も上とか下とかという言い方をしたのですが、そうではなくて横に並んでいる。時間や空間はは限定されているけれども、仕事の中身自体は基幹的、専門的な働き方である。それをデフォルトと考えるという一つの意識改革の出発点になり得るかなという意味で申し上げております。

 もう一点、申し上げますと、皆様が忘れていらっしゃるのは、この無限定モデルを労働者に強制しているある仕組みがあります。それは何かというと、就業規則です。どの会社の就業規則にも、「必要に応じ配置転換を命ずることがある」とか、「必要に応じ残業や休日出勤を命ずることがある」と当然のように書いてあります。つまり、そうするとそれは少なくとも我が社においてはそれがデフォルトである。それに従えないような奴は、2流、3流であるということを言わば暗黙のメッセージとして送っていることになります。そういう意味で言うと、ミクロ的にはまずは就業規則の上でどちらをデフォルトにするかというのは、一つの考え方かなと思います。

 これすら現実には、そう簡単な話ではないのかもしれませんが、そういうところにこういった無限定さというものの一つの土台があるということを申し上げたいと思います。

 

○佐々木委員 岩田さん、今日はどうもありがとうございます。また、濱口先生もどうもありがとうございます。

 お2人がおっしゃっていただいたことは、全てそうそうと思いながらお聞きしました。

 この労働の問題に関しましては、ほとんどが法律ではなくて企業が、CEOが変えようと思えば変えられることだと私も思っているのですが、規制改革会議なので、私たちはそこをどういうふうな規制をどういうふうに変化させれば、その企業が動きやすくなるのか、あるいは動くきっかけ、あるいは動かなければいけないと思うのかというところを探っているというのが、一番実は難しい点でございます。

 例えば、女性の取締役を1人というのも実はとても簡単で、私も経済広報誌などに書くのですが、そんなことは簡単で、どこにも法律の規制はないわけだから、来年度から女性の取締役を1人増やすよとCEOが言えば、来年から全部の会社が増えるのですというふうに申し上げております。

 ジョブ型とか今の働き方の多様性に関しましても、ずっとこれは雇用のワーキングでも私も発言してきましたが、全ての多様性が下に見えてしまうということは本当に大きな課題で、これを何とかしていかなければならないと思っています。

 では、本当に法律上、規制改革会議としては何をしたらいいのかということで、課題と考え方はお2人と私どもも一致しているかと思っております。何をしたらいいと思われますか。

 私は、例えば雇用均等法ができたときに、女性であるということを理由に給料を変えてはいけないとか、その頃は面接というか説明会でさえ女性の名前で応募すれば、説明会の日程も教えてもらえなかったという時代があったわけですが、今はさすがにそういうことはなく、オリエンテーションも行かれる。履歴書も受け取ってくれる。しかしながら、知らないうちに総合職と一般職という違う名前になって男性と女性が分かれている。

 私は一つのアイデアとして、入口のところで総合職、一般職というふうに決めてはならないというような、男と女だけではなくて、将来、出張するのか転勤するのかということを入口で決めて、いきなり入口から給料が変わったりするというのもルール違反だとしてしまうのが、まずは一つの方法なのではないかとさえ思ったりするのですが、何かこの時点で規制改革会議として、つまり規制の面でこんなアイデアはどうだろうというものがあれば教えていただきたいと思います。

○濱口統括研究員 先ほども申し上げたのですが、ここまで緩和し過ぎた規制を強化するというのは一つのやり方だろうと思います。ただ、それはあくまでもデフォルトはこちらだということであって、一切の逸脱を許さないとなると、これは本当に多様性のない社会になってしまいます。ただ、デフォルトはこれであるというものを改めてきちんと定め、、そのデフォルトから逸脱するためには相当の手続が必要ということにすると、これは正に規制強化でありますが、かなりの意識改革にはなるでしょう。

 それから、これはもう一段ぐらいワンクッションある話なのですが、なかなか企業が今までのデフォルトから抜けられない大きな理由は、メンバーシップ型の正社員モデルというのは非常に長期の仕組みであります。新卒で入ってから定年退職するまで、若い頃はたくさん働くけれども、それほど給料は高くない。だんだん年齢が高まるにつれて、はるかに高い給料をもらうというのがルールになっています。これを個別契約で見ると、後になってそれを変えるというのは契約違反だという話になってしまいます。

 実は先ほど企業がやろうと思えば幾らでもできると申し上げたのですが、それがなかなかやりにくいのは、そういう長期の暗黙の契約に対する違反になってしまうという問題があるからです。そうすると、そこはやや乱暴な言い方になりますが、集団的なルール変更でやるしかないだろう。つまり若い人も、年を取った人も、あるいは男性も女性も、正規も非正規もみんな含めた中で、みんなで働き方と報酬の在り方というものを考えて、何をデフォルトにするかを決めていく。その中で損をする人も得をする人もいるだろうが、全体としての利益を図っていく。これはやや専門的な言い方をしますと、集団的労使関係システムを使った個別の労働条件の不利益変更をどう考えていくかという話になるのですが、そこが一つの突破口なのかなと思っております。

 ただ、これも恐らく鶴座長は頭の中で考えておられるのでしょうけれども、なかなか難しいのでまだ手がついていないのかなと思います。とりあえず、今、規制ということで考えるとすると、規制改革委員会とか、あるいはかつての名前の規制緩和委員会という名前からすると一見逆に見えるかもしれませんが、むしろある側面において規制を強化する。これがデフォルトであるということをきちんと定めていくというのが、一つのやり方ではないかと思っています。

 

○金丸委員 岩田さん、濱口さん、どうもありがとうございました。

 私も今度、産業競争力会議で雇用の主査を担当することになりまして、今までですと気楽な発言ができていたのですが、今日はまだなり立てほやほやなので規制改革会議のヒラ委員として聞いてほしいのですが、今日、濱口先生のお話を聞いていて思ったのは、例えば、私どもの会社というのは多少地域に拠点もあるのですけれども、ほぼ限定正社員というものがデフォルトなんだなと思って聞いていたのです。私は無限定の正社員がデフォルトな企業のイメージというのは、先生はどんなふうに思っていらっしゃるのでしょうか。

 私は一部の大企業、かなり歴史のある大企業がそんな気がしているのですけれども、中小企業というのは、例えば田舎にあると本社は同じような、例えば私は鹿児島ですけれども、鹿児島に本社があって、多少地域にあるかもしれませんけれども、仕事は鹿児島県内で閉じている可能性が高いので、だから雇用関係の問題というのは、私は本当に一部の大企業の問題と、中小企業であるとかその他の企業の問題がかなり違うのではないかと思っているのが一つ。

 それから、企業の成長のステージと言いますか、それにも大きく影響があるのではないかと思って今日お伺いしていました。と言いますのは、私は会社を2人でつくって、経営者と従業員という関係も2人はないわけですから、一心同体でやってきて、それが5人、10人、100人になってきて、200人ぐらいのときに私は店頭公開したのですけれども、200人ぐらいだと全員名前も顔も知っていますし、それから、人材の流動性と言いますか、私が例えば経営者として、君は配置転換だからどこかで何かやってくれと言って、その人が気に食わなければみんな新しい企業群の社員というのは、みんな新しい企業群というのはマーケットニーズがあるから新しく成長しているので、そうすると、その人たちというのは何か不当な業務命令であるとか配置転換があると、みんな辞めてしまうので、無限定何とか社員って、例えば契約書を結ぼうと思ったこともなければ、人も成長をサポートしてもらえる人材の獲得も相当苦労しましたし、そして女性も男性と区別なく入社してもらいましたので、世間は女子大生が就職難のときというのは当社みたいなところにずっと並んで、そういう方々が御参画いただいて今日があるのですけれども、そうすると新しい企業群の中で私は限定正社員という方がみんなデフォルトなのではないかと、私の多くのIT業界の新しい企業群の仲間たちはそんなふうに思うのですが、先生の方の分析でそういうものが大別できるのかどうかというのをお伺いしたい。

○濱口統括研究員 幾つかの議論のレベルがあるのですが、まず規範という意味で言うと、日本社会において何があるべき姿か、正しいかという意味で言うと、これは昔から二重構造論で繰り返し言われていることですが、大企業のモデルが正しい、あるべき姿で、我々は中小・零細だからなかなかそれはできないけれども、例えば、賃金カーブも到底なかなかそんな大企業みたいに急速に上がっていかないけれども、だけれども、それは上がる方が正しいので、うちは零細だからなかなか上がらないけれども、それはいつかは、明日は大企業になろうみたいな、そういう意味での規範性が非常に強いということがあります。これは意識としての規範性です。

 次に判例法理という意味で言うと、どうしても弁護士費用を払って何年も裁判できるのは大企業の正社員たちですので、彼らの実態を踏まえた形で判例が積み重なってきます。現実には中小零細企業を見ると、判例とは全然似ても似つかないような実態というのは山のようにございますが、しかし、政府の審議会などの場で、労働はいかにあるべきか、ということを議論すると、どうしてもそういう大企業正社員モデルでもって、それを基盤として議論されてしまうということがございます。

 そういう意味で、意識的あるいは判例法理的な意味での規範性というものが厳然とある以上、それをデフォルトとする考え方が個々の中小企業にも影響を及ぼしております。具体的には、普通、多くの日本の中小企業は世間で出回っている就業規則のひな形をほぼそのまま使っております。そのひな形には大体、「必要があれば配置転換を命ずることがある」とか、「必要があれば残業や休日出勤を命ずることがある」と必ず書いてあります。わざわざそこを消しておりません。ということは、現実には配置転換を命ずることはなくても、あるべき姿としてはそういうふうに書いてあるわけです。つまり中小企業であっても、就業規則という形をとったデフォルトモデルは、大企業モデルになっているということがあろうかと思います。

 一方で、そういう議論をするとともに、現実の特に中小・零細企業は必ずしもそうではないんだよという話もしていかなければならないと思いますし、雇用ワーキングでも一度そういう話をさせていただいたこともございます。ただ、どうしても規制改革とかこういうことを議論する際には、規制そのものが頭の中のイメージでは大企業正社員型のモデルあるいは大企業正社員を前提とした女性の働き方のモデルあるいは非正規のモデルということになってしまいますので、やはり形としてはそこから議論をしていく必要があるわけです。もちろん、今、言われたことは非常に重要なことでもありますので、そこは両にらみの形で議論をしていく必要があろうと思っております。

 

○大田議長代理 今日はありがとうございます。

 濱口先生に伺いたいのですが、派遣のように全く新しい形の雇用が出てきた場合、これをどう考えればいいのか。

 制度としては、常用、正社員をデフォルトと位置付けて、その職を奪わないように、飽くまでも一時的、臨時的に派遣を位置付けるという体系になっているのですけれども、今のお話から行くと、こういう全く新しい考え、働き方に対して規制としてはどう位置付けて、どう考えていけばいいのか。今、派遣法が出ていますので、考え方でよろしいのですけれども、伺えればと思います。

○濱口統括研究員 時間の関係もございますので、ごく端的に申し上げますが、現在の派遣法の発想は、今から30年前、正にこういった男性正社員モデルというのが一番正しいと言われていた時代に、そういう男性正社員モデルを代替しないようにということで、あえて言うと女性がやっている仕事とか一部の専門的な仕事だけを派遣でやらせるという形になりました。それがその後の規制緩和で、若い男性の派遣労働者も、特に製造業なんかで出てくると、問題視されるようになりました。女性が派遣社員になっている頃は問題だと言わなかった人たちが、若い男性の派遣労働者が出てくるとけしからん、これは格差社会だと言い出したわけで、非常にジェンダーバイアスのかかった話であると思っております。

 その上でどう考えているかと言えば、やはり派遣という働き方の中でいかに処遇を改善し、そして雇用を安定させていくかということが重要なポイントだろうと思います。世界的に見ても派遣労働者の働き方そのものをいかに改善していくかというのが、労働政策としての正しい方向であろうと思っています。

 

○長谷川委員 濱口先生にお伺いしますけれども、非常に端的に聴きますが、規制強化と言ったときに、例えば、大田先生のおっしゃったことに多少関連があるのですけれども、今、普通、マスコミの世界なんかで例えば正社員は○で派遣は×だというすごく単純な理解があるのだけれども、例えば、会社は無限定の正社員、ジョブ型の正社員、派遣、パートはこれぐらい必ず雇わなければいけないというような方向の規制強化というのはあり得るのか。

 つまり働く側が、ある会社に入ったときに、あるとき私は正社員でありたいけれども、ジョブ型正社員にもなるし、派遣にもなるし、もしかしたらパートでもいいんだ。こういうことも選択肢を用意するという意味では理屈の上では、もしかしたらあり得るのかもしれないと一瞬思ったのですけれども、先生の言う規制強化というときの具体的なイメージはどのようなものなのでしょうか。

○濱口統括研究員 端的に申し上げて、私の考えている労働規制強化というのは、世界共通の労働規制の強化です。労働時間が長過ぎるのはまずいから短くしろとか、最低賃金以下はいけないとか、これは世界中共通の規制であります。それに対して、ある種の規制強化論というのは、日本的な男性正社員の働き方が正しいから、これを守るべきである、と主張するものです。しかし実はそういう法規制はごくわずかです。ほとんどございません。

 例えば、パートを規制するとか、有期を規制するという法律はほとんどございません。最近ようやく規制が設けられましたが、それでもパートや有期についてはヨーロッパに比べてはるかに緩い規制しかございません。なぜか派遣だけ異常に厳しいのですが、恐らくここは先ほど申し上げた派遣法ができたときの日本の特殊な状況を反映していると思われます。

 私が先ほど来、繰り返し申し上げているのは、日本が他の国々と比べて大変既に緩くなっている、緩和されてしまっている部分、あるいは他の国々であれば当然のようにそんなに緩くはないというところについて、きちんともう少しタガを締め直したらいかがでしょうかということであります。

 ややもするとマスコミや評論家の方々は、労働規制と言うと日本的な男性正社員型の働き方を強制するという形で議論される方が大変多いので、もしそういうふうに誤解されるとすると、それは大変私の心とは違うものでございます。むしろ世界共通の労働者であれば、当然守られるべきところが、日本型正社員がデフォルトとなっているために、日本の場合には大変緩んでいるというのが特色であるというのが私の申し上げたいことでございます。

 

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コメント

>現実には36協定によって法律上、無制限の残業や休日出勤が可能であります。これは世界的に見て恐らく異例なまでの規制緩和状態であります

あれ?
アメリカには上限規制はないはずですよ。

日本は36協定についても全く無制限ではなく、厚労大臣の決めた基準があるはずです。特別協定についても、80時間超えの協定を出そうとすると窓口で指導が入るのはよくあることでしょう。しかも、現在は特別協定は年のうち6か月しか使えないのが原則です。
 規制はアメリカより厳しいですね。

投稿: NAGAMI | 2014年11月28日 (金) 10時19分

とても納得できる内容ではあるのですが、この種の会合で行政と経営のあり方ばかりが取り上げられ、労働組合について殆ど言及されることがないのが気になります。
何故なら、現政権およびそれを強く支持している人々が、労働組合の存在意義に関して、少しでも肯定的な考えをもっているとは到底思えませんので・・・。
高度産業社会における民主主義の構成要素として、労使の対等な関係の協議・話し合いは欠かせないのですが、単純な多数決絶対主義を民主主義と勘違いしている彼らにとって、こうした面倒くさい手続きは邪魔なだけのようです。
産業革命以降の長い歴史の中から生まれた知恵を、全く無視できると考えている彼らの傲慢さはいったいどこから来るのでしょうか?不思議でなりません。
Hamachan先生にとっては自明の「政・労・使」が、政権ご指名の委員さんにどれほど共通の認識なのか、老婆心ながら心配になります。

投稿: 人事部OB | 2014年11月28日 (金) 11時15分

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