遠藤公嗣『これからの賃金』
一見さりげなさそうなタイトルの本ですが,いやいやなかなか「熱い」本です。厚くはありませんが、熱い。
http://www.junposha.com/catalog/product_info.php/products_id/947?osCsid=v0rn9ndb5nkrpjlq2kqphjkgl3
お送りいただいた本に挟まれていた送り状に曰く:
このたび『これからの賃金』を刊行いたしました。私には主張したいことがあり、そのため、一般向け書として刊行しました。ご笑覧いただければ幸いです。
私としては,「日本で働くすべての労働者」の側に立って、現在の日本の賃金制度を考察したつもりです。「日本で働くすべての労働者」とは、たとえば、正規労働者だけではなく非正規労働者も、男性労働者だけではなく女性労働者も、日本人労働者だけではなく外国人労働者も、これらすべての労働者を含む意味です。
そして、その背景にある日本社会の現状を、「1960年型日本システム」の成立と崩壊と理解した上で、今後は、同一価値労働同一賃金をめざす職務評価によって、これからの賃金制度に社会的規制を加えるべきだと主張しました。
本書は、遠藤さんがこれまで専門書や雑誌論文などで書かれてきたことを一般向けにわかりやすく取りまとめたものなので、目新しい知見はあまりありませんが(でもいくつかありました)、リーマンショック以来ややもすると伝統的日本型雇用システムの擁護に走りがちなプロレーバーな方々にとっては、大変いい清涼剤になるはずです。
はじめに
第1章 日本企業における賃金制度改革の動向
1 非正規労働者の職務基準雇用慣行と時間単位給
2 時間単位給の範囲レート職務給への近似化
パートタイム労働者の能力開発施策
エコス社—もっとも精緻な能力開発施策の例
スーパーモリナガ社——分解した課業をそのまま人事査定の評価項目とする例
3 正規ホワイトカラー労働者の賃金制度改革
「成果主義」言説
「コンピテンシー」言説
職能給「神話」の復活
役割給の普及——範囲レート職務給への接近
4 正規の生産労働者の賃金制度は?
Column 小池和男「知的熟練」論の研究不正疑惑
第2章 賃金形態の分類を考える
1 「賃金形態」という言葉
「賃金体系」と「賃金形態」
「仕事給」と「属人給」の大分類の廃止
2 賃金形態と雇用慣行の対応関係
3 賃金形態の分類表
属人基準賃金と職務基準賃金
年功給——属人基準賃金(1)
職能給——属人基準賃金(2)
職務価値給と職務成果給
職務給——職務価値給(1)
職務価値給の労働協約賃金——職務価値給(2)
時間単位給——職務価値給(3)
個人歩合給・個人出来高給——職務成果給(1)
集団能率給——職務成果給(2)
時間割増給——職務成果給(3)
賃金形態から日本の賃金制度改革をみる
Column 電産型賃金体系
第3章 賃金制度改革の背景——一九六〇年代型日本システムの成立と崩壊
1 一九六〇年代型日本システムとは
日本的雇用慣行と非正規労働者の必要
男性稼ぎ主型家族からの労働供給
おたがいに必要とする結びつき
歴史上でかぎられた成立
高い経済効率性と高い差別性
2 一九六〇年代型日本システムの崩壊と労働者への影響
存続する根拠の喪失
崩壊の一現象——非正規も正規も労働者の階層分化がすすむ
労働者にとっての問題
Column 3歳までの子どもを持つ母親の就業
第4章 新しい社会システムにむけて——同一価値労働同一賃金をめざす賃金制度を
1 新しい社会システム—「職務基準雇用慣行」と「多様な家族構造」の組み合わせ
職務基準雇用慣行とは
新しい社会システムの利点
米国の賃金制度が日本の賃金制度に近づく?という誤った主張
2 同一価値労働同一賃金をめざす職務評価
国際的な発展史の素描
日本における研究開発
現在の日本における到達点——自治労職務評価制度
3 これからの賃金と社会的規制
手前の一歩から
企業内労働組合への期待
Column 米国の人事管理担当者と雇用関連訴訟
あとがき
遠藤理論の基本は、「職務基準」と「属人基準」で賃金制度と雇用慣行を大区分し、その中をさらに細かく区分けしつつ、職務基準賃金のうちのとりわけ職務給を唱道するところにあります。
別の所から本書とほぼ同じ図を引っ張ってきましょう。ちょっと用語が違いますが、
図の上が職務基準の世界、下が属人基準の世界。私の言葉で言えば、ジョブ型とメンバーシップ型ということになります。
ああ、ジョブ型ね、と簡単にわかった気にならないこと。
ジョブ派の中で遠藤さんの特徴は、昔の横断賃率理論が依拠する同じ職務価値給の中の労働協約賃金にもかなり批判的なことです。
遠藤さんは女性のコンパラブルワースやペイエクイティ運動と深く関わり、欧米伝統的な同一労働同一賃金が男性職務を高く値付けし、女性職務を低く値付けする男女差別的賃金であると批判する欧米のフェミニズムを踏まえて、職務分析、職務評価をきっちりとやるアメリカ型の職務給を唱道するのです。
とはいえ、本書での遠藤さんは、正面作戦として、属人基準賃金や雇用慣行、とりわけ小池和男氏の知的熟練論を主敵として戦っています。このモチーフは繰り返し出てきます。
また本書の新機軸は、冒頭からいきなり非正規労働者のジョブ型賃金の描写から始めていることで、そこに男性正社員しか眼中にないこれまでの労働研究に対する批判が込められています。
上で、「目新しい知見はあまりありませんが(でもいくつかありました)」と書きましたが、そこに着眼すべき点があったか、と気がつかされたのは、第一章末尾の「正規の生産労働者の賃金制度は?」です。
実は、遠藤さんが口を極めて批判する小池理論をはじめとして、かつては日本の労働研究の賃金理論は大企業の本工といわれる工場ブルーカラー正規労働者が中心だったのですが、いつのまにかホワイトカラー労働者が中心にイメージされるようになっているのですけど、それではそもそも昔中心だった正規ブルーカラー賃金はどうなっているのか、という問題です。
最近の日本経団連の本では、現業技能職は定型的職務で職務給がふさわしいといっているではないか、これは小池理論とはまったく逆であるというのですが、これは興味深い点です。
もっとも、とりわけ電機などをみれば、工場の生産ラインは一部を除いてほとんど非正規化、外部化してしまっているわけで、「ブルーカラーのホワイトカラー化」テーゼの存立基盤自体が極小化しつつあるのかも知れません。
装丁は昨年出た金子良事さんの『日本の賃金を歴史から考える』とそっくりですが、中身は極めて対照的な本です。
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