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2014年10月15日 (水)

中野円佳『「育休世代」のジレンマ』

9784334038168中野円佳さんの『「育休世代」のジレンマ 女性活用はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334038168

昔に比べれば、産休・育休や育児支援の制度が整ったかに見える今、それでも総合職に就職した女性の多くが、出産もしくは育休後の復帰を経て、会社を辞めている。男性と肩を並べて受験や就職活動にも勝ち抜き、出産後の就業継続の意欲もあった女性たちでさえ、そのような選択に至るのはなぜなのか。また会社に残ったとしても、意欲が低下したように捉えられてしまうのはなぜなのか。

この本では、実質的に制度が整った2000年代に総合職として入社し、その後出産をした15人の女性(=「育休世代」と呼ぶ)に綿密なインタビューを実施。それぞれの環境やライフヒストリーの分析と、選択結果との関連を見ていく中で、予測外の展開にさまざまな思いを抱えて悩む女性たちの姿と、そう至らしめた社会の構造を明らかにする。

全体の構成についていうと、15人の高学歴女性たちのライフヒストリーが、3章から6章でトピックごとにやや切れ切れに語られた後に、7章でようやくその人ごとのストーリーが語られるために、途中ではいささか感情移入しにくいところがあります。

感情移入といいましたが、これは基本的に統計分析している本ではなく、ある属性を共有する人々の様々なライフヒストリーの質的研究なので、その一人一人のイメージがわかる形で語られる方が読みやすいはずなのです。

本書については山下ゆさんが「社会学(社会科学)の本としてはダメ」といささか辛口の批評をしていますが、それは社会学をやや狭く理解しすぎで、本書のような当事者の語りを前面に出した質的研究も立派な社会学だと思いますが、それならもう少し構成を工夫した方が良かったかなという印象です。

http://blog.livedoor.jp/yamasitayu/archives/52082473.html中野円佳『「育休世代」のジレンマ』(光文社新書) 7点

さて、本書の提示する「ジレンマ」とは、

男性と同等以上に競争し、仕事へのやる気に溢れていたバリキャリ女性が辞めていく反面、ある程度自身が女性であることを意識し、いずれかの時点で意欲を調整できた助成の方が、仕事を続ける見通しが立っている-というコントラスト

です。言い換えれば

「男並み発想」の学生が「女ゆえ」に退職するパラドクス

ですね。

これは、後書きで自分自身のことであることが語られます。

大学時代、ジェンダー関連の発言をしている女性が理解できなかった。「女」を使わないと食っていけないような女になりたくなかった。いつも隣にいて肩を並べて、野心や将来について語り合い、励まし合ったりしてきたのは、男友達だった。

そう、ここに登場する15人はみななにがしかずつ著者の分身なのです。そういうのは社会学じゃないと思う人もいるでしょうし、それこそが立派な社会学だと思う人もいるでしょう。私はいかなる意味でも社会学アカデミズムとは縁のない人間なので、それがどっちでもかまいませんが、女性労働問題を真面目に考える上でとても重要なことが語られているテキストであることは間違いなく、私にとってはそれで十分です。

その上で、以下若干私の議論に引きつけて思ったことを書きます。

彼女は自分もかつてそうであった「男並み」の発想をマッチョ志向と呼び、それと「女々しさ」の二項対立を提示します。これは欧米社会にも広く見られるものであり、フェミニズムが繰り返し摘示してきたものでもあるのですが、この日本の労働社会における「男並み女性」の生きづらさの構造は、もう一ひねりしたものがあるのではないか、と思うのです。

欧米流のマッチョイズムは、いろんな小説や映画に見られるように、孤独なヒーロー型です。社会構造がそもそもジョブ型である中で、それをより純化したヒーロー像であり、だからこそ、女性的なケアの発想とは対極にあるものと位置づけられるわけです。そういう意味で「ケア」レスなマッチョモデルがわりと単純な批判の対象になるのでしょう。

ところが、日本型のメンバーシップ型社会では、「男並み」の先にある「男たちの世界」そのものが、組織の一員としてべったりケアし合う空間であり、多分欧米のマッチョからすれば「女々しい」とすらいわれるかもしれない世界であり、それゆえに時間無限定にいつまでも一緒にいることが重要な意味を持つ社会であり、そういう意味での職場のケアの過剰が家庭におけるケアの欠如の原因となるというやや輻輳した状況にあるように思われます。

つまり、日本における職場の女性の生きにくさには、欧米と共通のフェミニズム的問題と、日本独特のメンバーシップ型社会ゆえの問題が絡まり合っていて、そこの解きほぐしがなかなか難しいことが、本書もそうですが、なかなか話がすぱっと割り切れた感じがしない大きな理由なのではないかと思うわけです。

ちょっと違う観点から。

先日、都内某所で講演したときに、海老原理論(若いうちは日本型のメンバーシップで、あるところでジョブ型に転換)の最大の難点は女性であって、海老原さんはそこを高齢出産で切り抜けようとしているけど、やはり根本的に無理がある、というようなことを述べたのですが、本書を読んで、こういう高学歴夫婦といえども、実は結構「できちゃった」であるということを踏まえると、やはりそうだよな、と感じました。鼠だって猫だって生き物である以上に、人間だって生き物なんですから。

序 なぜ、あんなにバリキャリだった彼女が「女の幸せに目覚める」のか?

1章 「制度」が整っても女性の活躍が難しいのはなぜか?
      (1)辞める女性、ぶら下がる女性
    (2)どんな女性が辞めるのか?

2章 「育休世代」のジレンマ
     (1)働く女性をめぐる状況の変化
     (2)「育休世代」にふりかかる、2つのプレッシャー
     (3)「育休世代」の出産

3章 不都合な「職場」
     (1)どんな職場で辞めるのか?
     (2)どうして不都合な職場を選んでしまうのか?

4章 期待されない「夫」
     (1)夫の育児参加は影響を及ぼすか?
     (2)なぜ夫選びに失敗するのか?
     (3)「夫の育児参加」に立ちはだかる多くの壁とあきらめ

5章 母を縛る「育児意識」
     (1)「祖父母任せの育児」への抵抗感
     (2)預ける罪悪感と仕事のやりがいの天秤
     (3)母に求められる子どもの達成

6章 複合的要因を抱えさせる「マッチョ志向」
     (1)二極化する女性の要因
     (2)「マッチョ志向」はどう育ったか
     (補1)親の職業との関連
     (補2)きょうだいとの関連
     (補3)学校・キャリア教育との関連

7章 誰が辞め、誰が残るのか?
     (1)結局「女ゆえ」に辞める退職グループ
     (2)複数の変数に揺れ動く予備軍グループ
     (3)職場のジェンダー秩序を受け入れて残る継続グループ

8章 なぜ「女性活用」は失敗するのか?
     (1)「男なみ発想」の女性が「女ゆえ」に退職するパラドクス
     (2)企業に残る「非男なみ」女性と、構造強化の構造
     (3)夫婦関係を浸食する夫の「男なみ」
     (4)ジェンダー秩序にどう抗するか?
     (5)オリジナリティと今後の課題(意義と限界)

おわりに……わたしの経緯

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