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2014年10月 4日 (土)

あんたら、インターナショナルだろ?では済まないから・・・

ありすさんと金子良事さんの掛け合いですが

https://twitter.com/alicewonder113/status/516816003041615872

移民を積極的に受け入れたら、この国の超安定性は崩れるのではないか?という懸念はあるかも知れない。しかし、超安定な超閉鎖的な国家が、他国から超然としてあるとしたら、なんというか奇妙な感じ…

https://twitter.com/alicewonder113/status/516816140111478784

懸念は乗り越えてでも、閉鎖性を打ち破ろうというのが正しい左翼の姿ではw

https://twitter.com/ryojikaneko/status/516816923917434880

あんたら、インターナショナルだろ?というw

「あんたら、インターナショナルだろ?」で済むんなら、労働運動は苦労しないのでね。

そんな単純な話ではないから、労働運動にとって移民問題は解くに解けない難問なんです。

Book_12889 五十嵐泰正編『労働再審』第2巻『越境する労働と移民』所収の「日本の外国人労働者政策-労働政策の否定に立脚した外国人政策の「失われた20年」の冒頭のところに、その辺の消息を簡単にまとめておきましたが、

(1) 外国人労働者問題の本質的困難性

 外国人労働者問題に対する労使それぞれの利害構造をごく簡単にまとめれば次のようになろう。まず、国内経営者の立場からは、外国人労働者を導入することは労働市場における労働供給を増やし、売り手市場を緩和する効果があるので、望ましいことである。また導入した外国人労働者はできるだけ低い労務コストで使用できるようにすることが望ましい。この両者は「できるだけ安い外国人労働者をできるだけ多く導入する」という形で整合的にまとめられる。

 これに対し、国内労働者の立場から考えたときには、外国人労働者問題には特有の難しさがある。外国人労働者といえども同じ労働市場にある労働者であり、その待遇や労働条件が低劣であることは労働力の安売りとして国内労働者の待遇を引き下げる恐れがあるから、その待遇改善、労働条件向上が重要課題となる。しかしながら、いまだ国内労働市場に来ていない外国人労働者を導入するかどうかという局面においては、外国人労働者の流入自体が労働供給を増やし、労働市場を買い手市場にしてしまうので、できるだけ流入させないことが望ましい。もちろん、この両者は厳密には論理的に矛盾するわけではないが、「外国人労働者を入れるな」と「外国人労働者の待遇を上げろ」とを同時に主張することには、言説としての困難性がある。

 ほんとうに外国人労働者を入れないのであれば、いないはずの外国人労働者の待遇を上げる必要性はない。逆に、外国人労働者の待遇改善を主張すること自体が、外国人労働者の導入をすでに認めていることになってしまう。それを認めたくないのであれば、もっぱら「外国人労働者を入れるな」とのみ主張しておいた方が論理的に楽である。そして、国内労働者団体はそのような立場をとりがちである。

 国内労働者団体がそのような立場をとりながら、労働市場の逼迫のために実態として外国人労働者が流入してくる場合、結果的に外国人労働者の待遇改善はエアポケットに落ち込んだ形となる。そして国内労働者団体は、現実に存在する外国人労働者の待遇改善を主張しないことによって、安い外国人労働力を導入することに手を貸したと批判されるかも知れない。実際、外国人労働者の劣悪な待遇を糾弾するNGOなどの人々は、国内労働者団体が「外国人労働者を入れるな」という立場に立つこと自体を批判しがちである。しかしながら、その批判が「できるだけ多くの外国人労働者を導入すべき」という国内経営者の主張に同期化するならば、それはやはり国内労働者が拠ることのできる立場ではあり得ない。いまだ国内に来ていない外国人労働者について国内労働市場に(労働者にとっての)悪影響を及ぼさないように最小限にとどめるという立場を否定してまで、外国人労働者の待遇改善のみを追求することは、国内労働者団体にとって現実的な選択肢ではあり得ないのである。

 この利害構造は、日本だけでなくいかなる社会でも存在する。いかなる社会においても、国内労働者団体は原則として「できるだけ外国人労働者を入れるな」と言いつつ、労働市場の逼迫のために必要である限りにおいて最小限の外国人労働者を導入することを認め、その場合には「外国人労働者の待遇を上げろ」と主張するという、二正面作戦をとらざるを得ない。外国人労働者問題を論じるということは、まずはこの一見矛盾するように見える二正面作戦の精神的負荷に耐えるところから始まる。

 労働政策は労使の利害対立を前提としつつ、その間の妥協を両者にとってより望ましい形(win-winの解決)で図っていくことを目指す。外国人労働者政策もその点では何ら変わらない。ただその利害構造が、「できるだけ安い外国人労働者をできるだけ多く導入する」ことをめざす国内経営者と、「できるだけ外国人労働者を入れるな」と言いつつ「外国人労働者の待遇を上げろ」と主張せざるをえない国内労働者では、非対称的であるという点が特徴である。

その辺をすっ飛ばして「あんたら、インターナショナルだろ?」ってのは、半分インテリ向けのからかい言葉としてよくできてるし、実際効果もあるだろうけど、あんまり生産的ではないと思いますね。

ちなみに、来る10月11日に岡山大学で開かれる社会政策学会の共通論題で私が報告する内容の一部は、まさにこの問題と関わるあるトピックを取り上げています。

http://jasps.org/wp/wp-content/uploads/2014/08/129program-final-140818.pdf

・・・一方で2000年代半ば以降、欧州委員会はデンマーク型フレクシキュリティを推奨する方向性を明確にしてきたが、近年の経済危機により後退気味である。さらに2000年代後半の累次のEU司法裁判所判決によって、フレクシキュリティの社会的基盤である北欧型労使自治システムがEU市場統合の原則に追いつめられるという逆説的な事態が進んでいる。これに対してEUレベルでストライキ権について規定を設けようとするモンティ提案は、労使双方からの批判を浴びて撤回された。・・・

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