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2014年10月 6日 (月)

毎日社説がある意味まとも

本日の毎日新聞の社説が「年功賃金見直し 政府が口を出すことか」と言っています。

http://mainichi.jp/opinion/news/20141006k0000m070136000c.html

いや、口を出してもいいんですよ。ちゃんと物事の仕組みがわかった上で、雇用システム論的な議論の上でなら。高度成長期の政府はまさにそうだったんですから。1960年の国民所得倍増計画はまさに、社会全体をジョブ型に変えていくという構想の上に、年功賃金の見直しを訴えていたのですから。

問題なのは、雇用がシステムであることを理解せず、社会がシステムであることを理解しようともせず、全体の中のある部品だけを取り出して、中高年が既得権にしがみついていると言わんばかりの奇妙なルサンチマンでもって、年功制を目の敵にする一部の愚かな議論に惑わされないことなのですから。

その意味では、社説のタイトルはともかく、次の記述はまさによくもののわかった人が書いていることが窺われます。

 諸外国では具体的な職務内容が雇用契約で決められ、職務ごとに賃金が定められる「同一労働・同一賃金」が一般的だ。一方、日本は雇用契約では職務が決まっておらず、経営者に社員の転勤や異動を命ずる権限が認められ、その代わり賃金は年齢や勤続年数によって決まる。年功賃金を廃止するのであれば、同一労働・同一賃金の実現に向けた制度改革も行わなければならない。

 一方、職務内容で賃金が決まる制度では、知識や技術の水準が低い新規学卒者より即戦力の労働者が有利になる。実際、欧米諸国では若年層の失業率が著しく高い。日本型雇用は新卒者を一括採用し、社内教育で高い生産性を身につけさせるのが特徴だ。若い時は給料を抑え、勤続年数を積んで生産性が高まるにつれて賃金を上昇させる一方、教育コストをかけて育てた社員が転職しないよう多額の退職金で終身雇用を維持してきた。これらの連動する慣行・制度をどう変えるかを示さず、政府が年功賃金の見直しを要求しても雇用現場は混乱するだけではないか。

 政府に言われるまでもなく、年功賃金の上昇率を緩める企業の動きも見られる。夫婦共働きが増え、正社員の夫が家族全員の生活費を担う割合は減ってきた。定年延長や定年を廃止して65歳までの雇用継続を経営者は求められている。最も高い中高年の賃金を減らし、その分を若年・高齢社員や女性の雇用確保、賃上げに回すことを模索しているのだ。

 やはり個々の雇用現場の実情に基づいた労使の自主的取り組みを尊重すべきだ。公共職業訓練や職業紹介、非正規雇用の改善など、政府が本来やるべきことはたくさんある。

実際、政府は雇用の在り方の見直しのために「公共職業訓練や職業紹介、非正規雇用の改善など」をそれなりに進めつつあります。むしろ、一次元的脳みそを振り絞って年功制だけを攻撃する手合いに限って、こういう年功制縮小のために不可欠な公共的な労働市場インフラの整備に対して、ムダだのなんのとケチばかり付ける傾向にあることは周知の通りです。

言うまでもなく、日本国の法律は年功制にしろなどと一文字たりとも書いていませんから、「労使の自主的取り組み」以外でやりようがないのはもちろんですが、外部労働市場インフラの整備をこれだけやっていくから、皆さん年功制の見直しもよろしくね、とメッセージを発すること自体は、政府の役割としておかしなことでもありません。

「口を出すことか?」。いや、口を出すことではあります。ただし、口以外は出せません。あとは労使がその方向に安心して進めていけるように、ちゃんと政策をやっているかどうかを論ずべきでしょう。

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