『労働審判を使いこなそう!』
伊藤幹郎・後藤潤一郎・村田浩治・佐々木亮著『労働審判を使いこなそう!』(エイデル研究所)をお送りいただきました。ありがとうございます。
http://www.eidell.co.jp/book/?p=4645
労働審判制度にかかわる書籍はたくさん出ているが、手続の解説など入門書的なものが多い。本書は解雇、残業代請求などの典型的な事例にとどまらず、いじめ・ハラスメントなどの現代的事例、これまで労働審判ではほとんど扱われてこなかった派遣、偽装請負などの複雑な事例まで網羅した中・上級編となっている。巻末の事例一覧(全222件)など事例の豊富さは類書に例をみない。労働審判を多く扱ってきた4人のベテラン弁護士が、労働審判の面白さや魅力、将来への課題について本音で語る座談会も必見。
の人ですね。
さて、この本で大変興味深かったのは、実質的にはほとんど金銭解決している労働審判において、しかしながら請求は地位確認で行くという戦術論に関わるところです。
・・・申立人が必ずしも職場に戻るつもりがなくても地位確認で行くべきである。申立の趣旨を「相手方は申立人に対して金○○円を支払え」などとし、はじめから慰謝料等の金銭請求をするのでは、多くを得ることは望めないと知るべし。必ずしも職場に戻る意思がなくとも、そのように主張しないと多くの解決金は望めないからである。
これは、実務家として、現に争いの現場で当事者に寄り添って何をなすべきかを論ずる土俵においては正しい議論であることは間違いありません。
しかしながら、そもそも論として考えれば、心にもない原職復帰を口にすることで、獲得したかったそれなりの額の金銭補償を手にすることができるのに、最初からお金で解決したいと口にしてしまうとそれすらも得られないということ自体に問題があるわけで、現場の戦術論では所与の前提として論ずる必要のないそういう問題点に対して、一国の法制の在り方を考える議論においてはきちんと論ずるべきであることもまた言を俟たないところでしょう。
戦術論としての心にもない地位確認請求をすることのリスクは、それが通ってしまいそうになることです。
・・・万一、相手方が「それなら解雇を撤回して職場に戻す」と言ってきたら、原職復帰に徹底してこだわることが重要である。解雇して数ヶ月経れば職場には原職がないのが一般である。また、新規採用などで補充されている場合も多い。したがって、安易に解雇撤回論に乗ってはならず、徹底的に原職復帰にこだわって、相手方の解雇撤回論の虚偽(使用者は一旦解雇した者を戻したくないのが本音)を追求することを念頭に置くべきである。
これまた、現場の戦術論としてはまことに心配りの効いた絶品ものの指南ですが、なんというか、本当は原職復帰したくない労働者が多額の金銭解決を得るために心にもない原職復帰を要求し、しかも解雇撤回という甘い罠に引っかからないように細心の注意を払うという、まことに絶妙の心理戦を戦わなければならないわけです。
こういう高等戦術をやりきるためには、確かに弁護士の助力は必要不可欠であると思います。
しかし、再び一国の法制度の在り方のそもそも論としては、解雇は不当で違法だからきちんとそれを確認し、そのサンクションを与えたいけれども、もうあんな会社には戻りたくないという労働者が、その気持ちを素直にそのまま訴えることがなかなかできなくなってしまっている仕組みにも、問題があるのは間違いないようにも思われます。
はじめに―「労働審判制度」活用のすすめ
第1章 典型的な解決事例―解雇・金銭請求―
Ⅰ.解雇事件について
Ⅱ.整理解雇事件の留意点
Ⅲ.配転拒否解雇事件の留意点
Ⅳ.退職を巡っての留意点
Ⅴ.出向を巡っての留意点
労働審判申立書・補充書面サンプル
Ⅵ.金銭請求について
労働審判申立書サンプル第2章 特殊な雇用形態の事例
Ⅰ.はじめに
Ⅱ.派遣、請負など三者の労働契約関係と労働審判の相手方
Ⅲ.違法派遣(偽装請負)関係と労働審判の対象
Ⅳ.改定労働者派遣法(平成24 年成立)施行後の課題
Ⅴ.その他の特殊の契約形態の労働者の事例と実際
労働審判申立書・補充書面サンプル第3章 こんなふうにも使える労働審判の活用事例
Ⅰ.労働審判だから活用の工夫ができること
Ⅱ.事例紹介と検討
[事例1]定年退職を間近に控えた労働者の賃金請求の申立について退職金額の確定を含んだ調停が成立した例
[事例2]困難が予測された自己都合退職について、労働審判手続を利用して円滑に進めたケース
[事例3]同僚のセクハラ被害を告発し懲戒・配転させられた労働者の要望に基づき、セクハラ方針・規定の是正を行ったケース
労働審判申立書・補充書面サンプル第4章 労働審判における手続上の工夫
Ⅰ.労働審判と土地管轄
Ⅱ.審判前の保全措置
Ⅲ.複数人の申立
Ⅳ.使用者からの申立
Ⅴ.審判申立による裁判中断効について
Ⅵ.異議後の訴訟審理について第5章 〈座談会〉労働審判制度をどう活用するか― 労働審判は面白い!―
審判官、審判員など「人」の問題について
申立時の留意点について
陳述書について
代理人の心構えについて
申立書のボリュウム
証拠説明書をどう活用するか
第1 回審判期日にあたって
地位確認事案で金銭解決をはかるタイミング
解決金の水準について
労働審判にふさわしい事案とは
残業代や労災事件は不適切事案なのか
調停と審判、どちらを目的とするのか
労働審判制度をよりよくするために第6章 労働審判事件受任の心構え
Ⅰ.労働審判事件を受任するにあたって
Ⅱ.〈座談会〉弁護士費用の問題についておわりに
巻末資料
労働審判事例一覧
地位確認/普通解雇 地位確認/整理解雇 地位確認/懲戒解雇 地位確認/雇止め 地位確認/退職・その他 地位確認/内定取消 地位確認/配転・その他
金銭請求/賃金・残業代 金銭請求/退職金 金銭請求/損害賠償
人事/配転・降格 人事/懲戒処分
特殊/派遣 特殊/その他労働審判調書
(1)労働契約終了に対応する労働審判調書
(2)いわゆる復職に対応する労働審判調書
(3)派遣先、派遣元を相手方とした労働審判調書
« 今野論文@『季刊労働法』246号 | トップページ | 『菅井義夫オーラル・ヒストリー』 »
コメント