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職種無限定

職種無限定ゆえに、少子化で塾講師の仕事がなくなっても介護の仕事で雇用が維持できて良かったね、と見るのか、職種無限定ゆえに塾講師が介護までやらされる酷い話、と見るのか、そこが分かれ目。

http://www.asahi.com/articles/ASG9C4C8XG9CULFA00P.html(ベテラン講師を介護に配転 塾産業、少子化という難問)

埼玉県川越市のデイサービス施設「ココファン川越」。塾大手の「市進ホールディングス」が昨年7月、7階建ての自社ビル1階を改築して開いた。生徒が減って使い道がなくなったスペースと、人材を有効活用するためだ。

ビルには、小中学生向けの学習塾「市進学院」や高校生向けの「市進予備校」などが入る。1990年代後半には、生徒が入りきらず、近くのビルに教室を間借りしたこともあった。だが、今や生徒はピーク時の3分の1以下の400人に減った。

そこで考えたのが、一部のベテラン講師を介護などほかの事業に配置転換する策だ。下屋俊裕社長(61)は「講師は若ければ若いほど、生徒に慕われる傾向がある。雇用維持と企業存続のためには仕方ない」。

今日は塾の先生の話ですが、明日は大学の先生の話かも知れませんよ。

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コメント

「メンバーシップ型」という前提から考えると、「お家」の枠にとどまることができる分、塾講師が介護職についても、問題ないように思います。

もちろん、いろいろと頭の切り替えが難しいと思いますが。

少なくとも、相手をするのが、子供から老人に変わるだけで、「人と接する」という点では同じではないでしょうか?

以前代々木ゼミナールが不動産業を始めたという話題がありましたが、人(社員)を生かしながら業務の転向をすることのできる企業は、まだましなのだと思います。

それが出来ない所は、結局「お取りつぶし」になって、「家臣(社員)」一同路頭に迷うわけですから。

だからといって、赤穂浪士のようにどこかに討ち入るわけにもいきませんし。

こうやって考えると、失業したサラリーマンは、立場的には「浪士」と同じで、以前の話題に出てきた「脱サラ」した人は「脱藩」した人、良く言えば坂本竜馬のような存在でしょうか?

その違いは何かというと、個人として自立するか、組織に従属するかなのでしょうが。

つまり、個人として自立する志向が強い人は、リスクを覚悟の上で「脱藩」するのに対して、組織に対する依存傾向の強い人は、「お家」に帰属することを求めようとするわけですが。

この辺りの「意識の違い」も、「メンバーシップ型」と、「ジョブ型」の対比で考慮する必要があると思います。

結局、日本人は組織に依存あるいは従属する傾向の高い民族なので、結果として雇用が「メンバーシップ型」になったと言えるので。

それと、帰属する「お家」がないことで、生きる場所を失い自暴自棄になって、文字通りどこかの歩行者天国に「討ち入る」者が、また出てこないとも限りませんから、そういう人たちに対する「ケア」をどう行うかも考える必要があると思います。

投稿: 我無駄無 | 2014年9月25日 (木) 14時10分

>赤穂浪士のようにどこかに討ち入るわけにもいきませんし
・・・いや、ほんとですね。

ところで、小生、長年フリーをやっていると色々なことに遭遇します。私にとって一番トホホなのは、やはり職切りです。
ある現場に一定期間囲われて(雇われて)いても、そこの仕事がひと段落すると、例え同じ現場で次の同種の仕事があっても、技術的に少し簡単だったり、逆にちょっと高度だったり、やや毛色が違ったりすると、直ぐに別な人と入れ替わりでバイバイ!です。
また別の例では、雇用主自身が事業を失って法人ごと解散ということもあります(実は法人だけは存続してはいるんですが…)。それで、仕事が無いので雇う必要がなくなってしまうというわけです。

前者については、恐らく、別な人を入れたいがために、方便的に職がなくなったように見せかけて、若い人や、同じコストで質が高いか、若しくは質が同じでコストが安い人を入れるわけです。極端な場合、週替わりとかその日ごとなんていうのもあります。
もっと言えば、労働者の家族の介護や妊娠・産休・育休を予定している人、その予備軍などはリスクなので、浪人させ、そのようなリスクのない人と交代させるわけです。事実上の解雇→新規採用→解雇・・・の繰り返しなんですね。
後者のやつは、「親(元方)事業者」が「子」を切るやり方で、最も多いのは、私のような者が就労するサービス生産現場です。数年おきに、会社ごと干されてしまう。そのくせこの親事業者、また同じ経営者に法人を作らせて甦らせるというやり方です。この間、経営者は幾ばくかの蓄えで冬眠状態。

何を云いたいのかと言うと、所謂「ジョブ型」というのは、ややもすると日本中が(勿論全労働者ではないが)待機労働者だらけになってしまう可能性があるのではないか。そしてそれがものすごく顕著になるのが、サービス生産や、小売・飲食現場なのではないか、ということです。

事業が終わってないのに終わったことにする。

これでは、そういう待機労働者には、育児介護制度も、社会保険制度も全部反故になるのでは?、という危惧すら出てきます。つまり、極端な話、雇用が細切れ過ぎて、雇用保険料や社会保険料を負担してくれる人がいなくなるような気がします。
そういうズル(というか、こういうモラル無き労働市場の食い荒らし)をどう防止すればよいのでしょうか。

個人的には、職を細切れにしやすい現場(事業場)には、職種無限定の人(=雇用保険や社会保険料を負担してくれる人)が精々半分(或いは3分の1)くらいはいないと社会保障が成り立たないような気がします。

投稿: endou | 2014年9月26日 (金) 23時06分

endouさん、結局雇用問題を考えるというのは、単なる入り口にすぎず、最終的には今の日本の社会にある構造的な矛盾や問題と、どう向き合っていくのかということなのだと思います。

もちろん、その中に endouさんが懸念している、待機労働者の人たちに対する社会保障も、含まれるわけですが。

実際の話、総論としては「雇用をメンバーシップ型から、ジョブ型へ変えよう」という主張には賛成しても、「メンバーシップ型」の枠がただ単純にはずされてしまうと、それこそ「一億総浪人」になったりするリスクがあるわけで。

そういうリスクをコントロールするためには、ベーシックインカムの導入とかも、検討する必要があると思われますが。

なので、雇用を変えるということは、それに付随する複数の要因を検討しながら、結果的に社会あり方や人の生き方まで変えていくことになるのだと思います。

投稿: 我無駄無 | 2014年9月27日 (土) 22時03分

我無駄無さま、レスありがとうございます。
また、本スレッドにて、素人の戯言を快く掲載していただいていることにも感謝したいと思います。

憲法27条(とりわけ2項)があるにもかかわらず、労働条件(憲法ではもっと広く勤労条件としていますが…)についての考え方が、やや偏向してきたきらいがあります。
即ち、2項に「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。」と、こうあるわけですが、これが、どういうわけか(いやきっと誰かの都合だと思いますけど)これを、只今現在就労中の労働者における、その日一日の労働時間とか休憩時間、若しくは単に就労時の時給で規制しているだけなんですね。最低賃金を時給で示しているのがまさにそうです。
勿論、憲法条文に「~法律で定める」となっているので、この憲法規定は所謂プログラム規定です。そこで現行労基法だと、前述のように現に就労している労働者における「只今現在の労働条件」だけを規定しているに過ぎないわけです。つまりこれは、雇用が継続している(若しくは継続させるための条件を提示して)労働者の保護を図っているだけなんですね。そこには、何時でも解雇できるように雇った労働者や、就労街の待機労働者の保護は図られてはおりません。
ハロワに行っても、期間労働者やパートなど、求人票を見ると細切れ雇用が実に多いわけです。
そこに、求人者の意図が見て取れます。つまり、求人者は、一部を除き、多くは職能者を求めているのでなく、その職の閑散期にさしかかった時、直ちに辞めてもらえるピーク時労働者。もっと欲を言えば、社会保険とか雇用保険がかからないで済むのがベストなわけです。

ほんとうにジョブ型や職能型労働市場にシフトしていくためには、先ず、このプログラム規定の制度的運用を根本から変えて(相当な立法が必要だと思います)、憲法27条2項が、就労頻度の少ない労働者にも、あまねく降りそそぐようにしなければならないと思うわけです。何せ、現実の不本意非正規労働者にあっては、「来週の有給休」や「来月からの育児介護休暇」の代わりに待っているのは、「今週末の退職」・「今月いっぱいの雇い止め」なんですから・・・。

投稿: endou | 2014年9月28日 (日) 02時20分

endouさん、「その日一日の労働時間とか休憩時間、若しくは単に就労時の時給で規制している」という考え方から見えてくるものは、非正規雇用の場合、企業側から見て必要とされるのは、使い捨てにできる「部品」であり「人」ではない。こういうことなのでしょう。

欧米の場合には仕事が先にあり、その仕事にマッチングする「歯車」を見つけてくる、そういう形の雇用になっていて、それが「ジョブ型」の雇用なのでしょう。

で、欧米人は基本的に個人主義なので、そういう前提で物事を考えているから、「ジョブ型」の雇用が成立しているのだと思います。

逆に日本の場合伝統的に「人は石垣人は城」という考え方があって、その延長線上に「メンバーシップ型」の雇用があるわけで。

だからこそ、何もできない新卒者を高いコストをかけて育成していく。

ただ、メンバーシップ型の組織は基本的に共同体なので、共同体の欠点である「二重規範」などの問題点があるわけですが。

その一方で日本の非正規労働者の位置づけも、「歯車」だと思います。

もちろん、最初からそういう前提で仕事をする人は、たとえ雇い止めになってもそれ相応の覚悟があると思いますが、そうではなく望まずにそういう立場にいる人の方が、圧倒的に多いという現実があり、その中で「秋葉原事件」が起こったわけで、もちろんあそこまで行くのは極端な例だとしても、その寸前で耐えている人が多いだろうというのも、また事実なのでしょう。

今の日本の抱えている問題点に関して、透徹した視点を持っていたのが、4年前に亡くなられた、小室直樹さんです。

もし、興味があるようでしたら、
http://ameblo.jp/kimagure-diary2011/entry-11700046386.html
こちらの記事を読んでみてください。

この記事は、いまから40年近く前に小室直樹さんが書いた、「危機の構造」を解説したものですが、この本に書かれた内容は、今の日本の状況を活写していると思います。

投稿: 我無駄無 | 2014年9月28日 (日) 11時46分

上に書いた、「危機の構造」に関してですが、雇用と経済との関連で言うと、こちら、
http://ameblo.jp/kimagure-diary2011/entry-11735641896.html
に詳しく書かれています。

特に、現在の日本社会が、「近代的資本主義」と言えるのかどうか、また「共同体が二重規範等の問題点を持つこと」などについて書かれています。

ここを読むと、日本の雇用がなぜ「メンバーシップ型」なのか、ブラック企業や各種ハラスメントの根源は何か、等がより深く理解できると思います。

投稿: 我無駄無 | 2014年9月28日 (日) 12時23分

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