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2014年9月24日 (水)

もともと共産党は反米民族主義だったような・・・

元日本共産党中央委員会常任幹部会委員の筆坂秀世氏が書いたこれが結構話題になっているようですが、

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/41772(戦後「左翼」の罪深き思考停止)

私は相当前から、日本の政党の中で最も“親米的”な政党は、実は日本共産党ではないかと思ってきた。

・・・なぜ日本に、日本人に、もっと誇りを持てないのか。日本を貶めて何が嬉しいのか。朝日新聞や共産党、社民党、進歩派を自認する人々に言いたいのは、このことだ。

一見、元共産党幹部が「転向」したみたいですが、私にはむしろ「先祖返り」に見えます。

実際、ある年齢以上の人にとっては、むしろ日本共産党(やその周辺の人々)こそが、自民党政権が(内心持っていたとしても絶対に外向けには出せなかった)反米ナショナリズムを極めて素直に露骨に出していた政治集団であったように思われますが。

確かに、終戦直後(ほんとに直後だけ)は米占領軍を解放軍と思ったこともあったようですが、すぐに弾圧されてレッドパージとかの対象になり、その後長い間、いわゆる反米右翼が世間の表面に出られなかった間、民族の正義を掲げてアメリカを糾弾するという反米ナショナリズムの受け皿になってきたわけで、その辺の消息がかなりの程度忘れられてきたことが、こういう文章が受ける土壌でもあるのかも知れません。

Photoその辺の歴史を知らない人にとっては、こういう本を読むといいでしょう。

私たちは「戦後」を知らない
あなたは、共産党が日本国憲法の制定に反対し、社会党が改憲をうたい、保守派の首相が第九条を絶賛していた時代を知っているだろうか。戦後の左派知識人たちが、「民族」を賞賛し、「市民」を批判していた時期のことをご存じだろうか。全面講和や安保反対の運動が「愛国」の名のもとに行なわれたことは? 昭和天皇に「憲法第九条を尊重する意志がありますか」という公開質問状が出されたことは?
 焼跡と闇市の時代だった「戦後」では、現在からは想像もつかないような、多様な試行錯誤が行なわれていた。そこでは、「民主」という言葉、「愛国」という言葉、「近代」という言葉、「市民」という言葉なども、現在とはおよそ異なる響きをもって、使われていたのである。

本ブログの用語法に惹き付けていえば、左翼がまだ「リベサヨ」なんかじゃなかった時代ってのがあり、共産の若い連中はそれこそ「祖国と学問のために」活動してたわけです。

時は流れ日は移り、共産党までがまるでリベサヨめいたことをいうようになる時代は、りふれは近辺のネトウヨっぽい人々が支那朝鮮叩きでは飽き足らず、戦後保守派からしたら許されざるはずの宗主国アメリカを攻撃する時代でもあるわけで、そういう中で、昔の共産党風の反米民族主義を打ち出すと、なんだかやたらにネトウヨっぽく見えるという現象でしょうか。

これは、昔の諸君正論に書いていた人々が最近の産経まわりを見たら眉をひそめるだろうというのとちょうど対称をなしているわけですが、なんにせよ、戦後史が歴史知識に入っていない人々が多いと、こういう話もなかなか伝わりにくいわけです。

(参考)

民族の自由を守れ
蹶起(けっき)せよ 祖国の労働者
栄(は)えある革命の伝統を守れ
血潮には 正義の血潮もて叩きだせ
民族の敵 国を売るいぬどもを
進め 進め 団結かたく
民族独立行動隊 前へ前へ進め

民族独立勝ちとれ
ふるさと 南部工業地帯
ふたたび焦土(やけつち)の原と化すな
暴力(ちから)には 団結の実力(ちから)もて叩きだせ
民族の敵 国を売るいぬどもを
進め 進め 団結かたく
民族独立行動隊 前へ前へ進め

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