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職務発明への労使の意見

朝日の今朝の報道について、

http://www.asahi.com/articles/ASG924QNWG92ULFA00K.html(特許、無条件で会社のもの 社員の発明巡り政府方針転換)

政府は、社員が仕事で発明した特許を「社員のもの」とする特許法の規定を改め、無条件で「会社のもの」とする方針を固めた。これまでは、十分な報償金を社員に支払うことを条件にする方向だったが、経済界の強い要望を踏まえ、こうした条件もなくす。企業に有利な制度に改まることになり、研究職の社員や労働団体は反発しそうだ。

政府が条件として検討してきた十分な報償金制度をめぐっては、経団連などが「条件の内容が不明確で使いにくい」などと反対し、無条件で「会社のもの」にすることを強く求めていた。方針転換は、こうした企業側の意見に配慮した。

「方針を固めた」とかいうリークだかなんだかの報道なのですが、とりあえずここに出ている労働団体(連合)と経団連の意見が公開されているので、それを貼っておきます。

http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/kenkai/data/20140717kenkai.pdf?0728(日本再興戦略等に対する連合の見解)

「再興戦略2014」には、「企業のメリットと発明者のインセンティブが両立するような職務発明制度の改善」の例として、特許に関する権利を「発明者たる従業者」から「企業」(法人)に帰属させることが挙げられている。法人帰属となり、企業が従業者へのインセンティブを自由に決められるようになると、従業者が現在受けている利益の切り下げにつながる可能性がある。そもそも権利帰属の原則を変える立法事実がないにもかかわらず、このような見直しが検討されていることは問題である。

わが国が、「技術イノベーションの推進/世界最高の知財立国」をめざすのであれば、何よりイノベーションを生み出す人を大事にしなければならない。そのような視点を欠いた制度の改善では、むしろ優秀な人材が海外に流出してしまうという本末転倒の結果をも招きかねない。発明を生み出す研究者・技術者の発明意欲の向上につながるよう、従業者のインセンティブが確保されることを前提とした制度の検討を行うべきである。

http://www.keidanren.or.jp/policy/2013/046.html(職務発明の法人帰属をあらためて求める)

(1)「特許を受ける権利の法人帰属化」の必要性

職務発明は、従業者が企業の有する設備や情報を活用しつつ、職務として行った業務の結果発生するものである。さらに事業化に至るまでは、発明者以外の他の従業者の貢献が不可欠である。

こうしたなか、発明者のみが「対価」を請求できる現在の枠組みは、従業者間の不公平感の醸成にもつながるものである。わが国の職務発明の法人帰属への改正は、この改善に資するものであり、早期に実現することが必要である。

われわれの提案する法人帰属への改正により、発明者への「対価」の支払いは法的義務ではなくなるが、職務発明は企業にとって極めて重要であり、引き続きその奨励に努めることは当然である。対価請求権のない職務発明の法人帰属への改正は、企業が自らの創意工夫によって、発明者を含めた全ての従業者のモチベーション向上のための施策を充実させる契機となる。

(2)「職務発明規定の廃止(=契約への移行)」の懸念

職務発明規定を廃止し、米国同様、雇用契約に規定する報酬のみ認める制度とすべきとの主張もある。しかし、職務の内容、報酬や職務発明に係る権利の帰属等が雇用契約の中で明確となっている米国とわが国の状況は異なっており、こうした契約を個々の従業者と取り交わすことは容易でない。また、これまでの職務発明制度の延長線上で取り決められる可能性も否定できないため、企業の訴訟リスク低減や予見可能性向上が実現できないおそれがある。

つまり、労働組合側が労働者個人個人の貢献と報酬を明確にするジョブ型のルールを求めているのに対して、経営側は会社のみんなが頑張ったんだから、独り占めせずにみんなのものにせよと、メンバーシップ型のルールを要求するという、まことに興味深い対立図式となっていることがわかります。

(追記)

上の朝日の記事はガセだったようですね。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS03H1X_T00C14A9EE8000/(社員の発明、特許は企業に 産業界が報酬ルールに理解)

正確に言うと、従業員の発明を会社に帰属させるという方針はそのままですが、「無条件で」というわけではなく、報酬は企業の勝手ではなく法で規定する方向ということのようです。

特許庁は企業の従業員が発明した特許について、条件付きで企業に帰属させる方向で検討に入った。いまは発明した従業員が特許を持つが、企業の設備や同僚の協力なしに発明するのは難しいためだ。ただ従業員に報酬を支払う新ルールを整備し、企業が発明者に報いることを条件とする。

 特許庁が3日に開いた有識者会議では、経団連の和田映一氏ら産業界の委員が「法律で発明者に報奨することを定めるのは、企業と従業員の双方に有意義」と表明した。

 これまで経団連は「発明の奨励に法的な介入はなじまず、会社側が自由に設定すべきだ」と主張してきた。発明の報酬は各企業が決めればいいとの考えだったが、産業界は発明者への報酬について法規定する考え方を容認する姿勢に転じた。

 新ルールは、発明者に報いる仕組みを各企業が整えるよう法律で義務付ける方向だ。早ければ秋の臨時国会に特許法の改正案を提出する方針だ。

 いまの特許法だと発明の取り決めがなくても構わないが、その場合は報酬額をめぐって訴訟になる可能性がある。2001年から青色発光ダイオードの発明で争った中村修二氏のケースでは、一審が200億円の支払いを企業に命じ、最後は8億円で落ち着いた。

 特許庁が13年に実施したアンケートでは、発明に対する報酬などの取り決めがある中小企業は76%にとどまる。事前に報酬のルールを定めておけば、企業にとってリスク低下につながる。

 今後は報酬額をどう定めるかが焦点になる。従業員が報酬を求める権利をなくして企業が特許を持つ制度にすると、「何らかの損害賠償請求がおきる可能性もある」(京大の山本敬三教授)。従業員も納得する報酬の算定ルールを特許庁が指針などで示せば、訴訟を避ける効果がある。

 一定の基準を満たす企業だけが特許を持つよう規制する案もあるが、すべての企業の規則を政府が調べるのは現実的ではないとの意見がある。

ただ、いずれにせよ、発明者帰属から企業帰属へという方向性は変わらないので、上で紹介した労使団体それぞれの意見の対立構造も変わりがあるわけではなさそうです。

これを極めてよく示しているのが、労務屋さんの意見で、かつてブログでもよく論陣を張っておられましたが、昨日も、

https://twitter.com/roumuya

(2)多くの技術者が研究開発に取り組んでいるとき、すべての人が同じように特許を得られるわけではない。それは能力による部分もあろうが、会社が決めた研究開発の分野がたまたま特許が得にくい分野だったりとか、たまたま競争が激しくて同業他社にタッチの差でやられたとか、さまざまな事情がある。

(3)ありていにいえば運次第という部分も大きいのであり、そんな中で安心して働けるよう、運良く特許がたくさんとれても賃金が大きく増えないかわりに、運悪く特許があまりとれなくても賃金が減らされたりするようなことがない賃金制度を労使で導入、定着させてきている。

(5)さらに現実には技術者個人がすべて単独で特許を獲得することはまずない。多くの場合は同僚の先行研究開発の成果を踏まえているし、端的に上司の助言や関係部署の協力などを得ていることがほとんどではないかと思われる。そのとき、最終的に特許を申請した人が権利をすべて得ることは妥当でない。

(6)報奨金の額が低すぎるという議論もあろうが、特許が商品化され、生産され、販売され、利益が実現するためには、非常に多くの人々の関与が欠かせず、傾向として特許が画期的であるほどにこれらの人々が要する労力も大きくなろう。もちろん個別事情だが特許の寄与度を過大評価すべきでないだろう。

と健筆をふるっておられます。

これはこれでまことに理屈のたった一つの議論だと思います。

ただ、発明という世界のことを、そういう会社員の共同体世界の感覚だけで論じていいのかについては、なまじ私がそういう世界とは縁遠い人間であるがゆえに、留保しておきたいところもあります。

そもそも、民法246条1項但し書きにもかかわらず、雇用労働者の加工による労働生産物についてはいかなる場合でも労働者の所有にならない所以については、19世紀ドイツ以来民法学における一つの論点であったわけですが、そのさらに例外として知的生産物については雇用労働者たる発明者に帰属するという二重の例外を設けていることの意義についても、必ずしもきちんと議論され尽くしているようには思えません。

そして、一番興味深いのは、何かというとメンバーシップ型は奴隷制だとか、ジョブ型正社員はメンバーシップ型を賞賛するものだとか、口を極めて罵っている評論家さんたち当の御仁が、こういう問題になると、あら不思議、成果を挙げた発明者なんかよりもそのまわりで貢献した従業員たちのためにというメンバーシップ型全開のイデオロギーを振り回して何の疑いも抱かないというところでしょうか。

この問題に関する限り、城繁幸氏の同志は労務屋さんであるようです。

(再追記)

上記朝日の記事を書いた記者の方のツイートによれば、「無条件に」というのは、原則を発明者帰属から会社帰属に変えることを指しており、報酬の決め方の話ではなかったということです。その意味では、必ずしも「ガセ」とは言えないことになります。ただ、若干誤解を招く書き方であったことは否定できない感があります。

https://twitter.com/KuniakiNishio

特許①)3日の「社員の発明」の記事は「誤報」ではありません。ただ、「無条件」をめぐり頂いた指摘を真摯に受け止め、誤った印象を与えないようにより分かりやすい記事を書く努力をしていきます。以下、「誤報」ではない理由を述べます。

特許②)私の記事が示す「条件」とは何かです。6月の政府の当初方針は、特許は「社員のもの」を維持しつつ、「十分な報償金制度」があるという条件を満たした企業だけが、特例として「会社のもの」にできるというものでした。3日朝刊1面と6面の記事から引用します。

特許③)1面「政府は6月、十分な報償金を支払う仕組みがある企業に限り、「会社のもの」にできる特例を設ける改正方針を決め、」6面「一律に「会社のもの」にすることは問題点が大きいと考え、「十分な報償金制度」がある企業に限って特例的に「会社のもの」にすることを認める方針を決めていた」

特許④)特例の「十分な報償金制度」に限るという「条件」が新しい方針では、なくなる。「無条件で「会社のもの」」は、すべて一律に最初から「会社のもの」になるという意味で用いました。

特許⑤)特許は誰のものかは、「社員のもの」を維持すべきだとする従業員側と、「会社のもの」に変えるべきだとする企業側が対立する最大論点です。大正時代から続く「社員のもの」を維持するとした6月方針から、経済界の要望で「会社のもの」に変える方針に転換したことに着目したのが3日記事です。

特許⑥)6月記事から要約。「特許法では、特許は「社員のもの」とされている。今回の改正ではこの原則は残しつつ、一定の条件を満たした企業に限り、「会社のもの」にできる特例をもうける。十分な報償金を支払う仕組みがあることを条件にする」

特許⑦)6月18日の委員会で「社員のもの」を維持する方針を示した特許庁に、経済界は反発します。6月20日の政府の知財戦略本部会議で、経団連の知的財産委員長は「一定の条件」と言及し、次のように述べています。議事録から引用します。

特許⑧)経団連知的財産委員長「最近の産構審における議論では、一定の条件を満たした場合には例外的に法人帰属を認めるなど、小規模な改正にとどめようとする動きがある(略)小規模な改正に終わるのではなく、職務発明を法人帰属とし、(略)抜本的な制度改正を進めていただきたい」

月の「社員のもの」(=従業員原始帰属)の方針から転換し、「会社のもの」(=法人原始帰属)になることがニュースだと考えました。また、「無条件」は、報酬についての法的な規定がなくなるという意味では用いていません。

特許⑩)3日朝刊で1面「社員の待遇が悪くならない規定を設ける」、6面「今後の具体的な改正案づくりのなかで、いまと同じように、何らかの形で社員が発明にみあったお金を得られるような工夫をする」と触れましたが、5日記事で、詳しく伝えました

特許⑪)私の記事が「無条件」を、特許を受ける権利が「会社のもの」になるという意味で使っているのに対し、他の報道は、従業員への報酬の法定を「条件」として使っています。「条件」が指し示すものが異なり、矛盾せず、①「会社のもの」の方針と②報酬の法定を伝え、ほぼ同じ内容です。

特許⑫)特許庁は「方針を固めていない」と公式説明しましたが、複数の政府幹部や小委員会関係者らへの取材から、方針を固めていると判断しました。

なんにせよ、労務屋さんのロジックからすれば、発明者というごく一部のエリートだけに莫大な利権を与えるのではなく、縁の下の力持ちとして貢献した名も無き組織の人々のことも考えろという、まことに共同体的連帯意識あふるる主張であるはずが、こともあろうに発明者保護を弱者保護だとかソーシャリズムだとかと罵る人によって主張されているというところにこそ、この問題の皮肉な構造が露呈していると思うわけです。

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