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hamachan先生がやっていること

金子良事さんが5年も前に見事に説明してくれているので、そんなことはみんなわかって読んでくれているものだと思っていましたが、そうでもなかったようです。

http://anond.hatelabo.jp/20140926094846(hamachan先生がやっていること )

研究とは通常、曖昧な二分法から出発し、正確なモデルの構築へと進んで行きます。しかし、hamachan先生の話がやっているのは、正確なモデルへと歩を進めていたものすべてを2つのブラックボックスにまとめ上げて、これはメンバーシップ型、これはジョブ型と言って喜んでいるだけです。何も予測しませんし、どんな出来事についてもほぼすべて説明を付けることができます。何でも説明できるものは何も説明していないものと同じ程度にしか役に立ちません。これは進歩とは言えません。

世の中のある種の学問をやっている人々にとっては、「これはメンバーシップ型、これはジョブ型と言」うところで話は終わりなんだな、と改めて感じ入りました。そこが終着点だから、そこに至るまでが、正確なモデルを構築するところまでが肝であり命であり、その先に残っているのは「喜んでいるだけ」の世界。スバラ式純粋学問の世界。

別のタイプの学問、というよりもむしろ実践においては、その分類が出発点で、そこからリストラだの労働時間規制だの女性問題だの様々な様々な現実課題に対する処方箋をどう書いていくかという本論が始まります。実戦用の分類だから、やたらめったら事細かに分類して見せたところで、現実の政策を動かす人々を動かすことはできないし、結局何の役にも立たない。ある程度ざっくりとしかし本質に触れる分類であることにより、処方箋の切れ味が冴えたり鈍ったりする。

これは別にどっちが優れているとか劣っているとかいう話ではないのですけれど、そこをごっちゃにすると話がワケわかめになりがちです。

そこのところを見事に説明した金子さんの5年前のエントリ:

http://ryojikaneko.blog78.fc2.com/blog-entry-48.html(単純な構図化とプロパガンダ)

・・・政策は設計する段階では、いろいろと複雑な事情をそれこそ十重二十重に考える必要があるが、訴える段になったら、単純でなければならない。その意味で本来、政策提言はその内容を問うまでもなく、少なからずプロパガンダ的性格を持たざるを得ないのである。まず、政策提言を読むときには、こうした性格を知る必要があるだろう。

ただ、ここで書いた注意事項は優れた現実感覚を持つ人の政策提言を読むときに限る。この点を次回、もう一つ、詳しく書いてみよう。

http://ryojikaneko.blog78.fc2.com/blog-entry-49.html(実現可能性のない政策論は意味がない)

昨日、書いたエントリで、「優れた現実感覚を持つ人の政策提言」という表現を書いた。では、私の考える優れた政策提言とは何かを書いておきたい。一言で言うと、実際の政策として実現する可能性の高いものが優れた政策提言である。・・・

世には政策論議が多いが、そのほとんどはこの規準に照らし合わせればゴミである。どうも政策提言を自分の使命のように考えて論文を書く人もいるが、自分の提言がどのようなプロセスを経て、政策として実現するのか、あるいは実際の政策立案者にダイレクトに影響を与える、というような青写真がなければ、画に描いた餅である。それでもその描き方が秀逸であれば、一つの作品としての価値があるが、それさえもないのであれば、存在価値自体に疑問を持たざるを得ない。学会などに行くと自分は何十年もこの政策を訴え続けてきたが実現していないと声高に主張する人がいるが、自分の政治的無能さを公言しているようなものである。まったく恥ずかしい話だ。・・・

もちろん、どっちを恥ずかしいと感じるか感じないかは、その人に依るわけですが。

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