« 僕も創業間もないころは年間4500時間働いていたが@すき家 | トップページ | 極左暴力集団と言えば・・・ »

「労働安全衛生法政策の現在」 @『損保労連GENKI』8月号

111 『損保労連GENKI』8月号に 「労働安全衛生法政策の現在」 を寄稿しました。

「労働安全衛生法政策の現在」
 
 今年6月に、改正労働安全衛生法が、国会での可決成立を経て公布されました。今回の改正では、化学物質管理のあり方の見直し、重大な労働災害を繰り返す企業への対応、外国に立地する検査機関への対応などが盛り込まれていますが、主たる論点は2011年に国会に改正案が提出されたときから論議が続けられてきたメンタルヘルス対策と受動喫煙防止対策の2つであろうと考えます。この2つとも、論議の過程において異論が続出し、紆余曲折を経ながら今回の法改正に至っています。
 
 まず1つめの、メンタルヘルス対策ですが、その出発点は自殺対策にあります。年間自殺者数が約3万人にものぼる状況に鑑み、2006年に議員立法で「自殺対策基本法」が制定されたほか、厚生労働省でも2010年に職域におけるメンタルヘルス対策などの検討をすすめる「自殺・うつ病対策プロジェクトチーム」が設置されました。
プロジェクトチームがとりまとめた報告書では、職場の定期健康診断を通じてメンタルヘルス不調者を把握する方向性が打ち出されましたが、報告書の内容を受けて開始された有識者による「職場におけるメンタルヘルス対策検討会」では、労働者のプライバシー保護や労働者への不利益な取扱いに対する懸念から、「医師は症状について事業者に伝えず、意見を述べる場合も労働者の同意を得る」との、やや消極的な姿勢を示しました。ところが、この内容の法制化に向けた労働政策審議会での論議では、再び方向が転換し、2010年12月の建議では事業者がメンタルヘルス対策に関して大きな役割を担う仕組みとなりました。
 こうした論議の末、国会への提出に向けた法案作成にとりかかろうという時に、東日本大震災が発生し、福島第一原発で炉心溶融対応に従事する原発作業員の被曝上限問題など、安全衛生上の大問題が生じたため、法案作成は延期されることになりました。その後、改正案は2011年12月にようやく国会に提出されることになりました。改正案には「精神的健康の状況を把握するための検査等」として、事業者は労働者のメンタルヘルス不調を把握するための検査を行わなければならないことと、労働者はこの検査を受けなければならないことが盛り込まれ、また、事業者は検査結果を通知された労働者の希望に応じて医師による面接指導を実施し、医師の意見を聴いたうえで、必要な場合には、作業の転換、労働時間の短縮その他の適切な就業上の措置を講じなければならないことも盛り込まれました。ところが国会では、2012年8月に趣旨説明までは行われたものの、結果として審議未了にて成立に至らず同年11月の衆議院解散により廃案となりました。
なおこの間、精神医療関係者などからは、事業者がメンタルヘルス対策を講じることにより生じる労働者のプライバシーの問題や事業主からの不利益な取扱いなどが生じる懸念があるとして、法案に対する批判の声が寄せられていました。
 
ここであらためて考えの筋道を整理しておきましょう。確かに、一日の時間のうち大部分を過ごしているのは職場であることから、事業主が精神健康状態をきちんと把握し対策を講ずることができれば、メンタルヘルスをこじらせて自殺に至るという事態を防ぐことができる可能性があります。しかし一方、精神の健康に関する情報というのは、個人情報の中でも特にセンシティブな情報です。使用者が労働者の精神健康情報を収集し、これに基づいて人事管理を行うというのは、労働者にとっては人に知られたくないプライバシーを強制的に暴かれるということでもあります。労働者の精神状態が不調となっていることを理由として、使用者側が不当な処遇を押しつけてくる懸念もあります。ここに現れているのは、企業と労働者の関係をどう見るかという哲学的な対立といえるのではないでしょうか。例えば、労働者は企業の一員であるとの考え方をすれば、企業はメンバーである労働者のことを配慮し、メンタルヘルス不調が自殺に至らないように適切な処遇をしてくれると期待できますが、企業と労働者は赤の他人だという考え方をすれば、メンタルヘルス不調に陥った労働者は配慮よりも排除の対象となるでしょう。現実の労働社会はその両方が混じり合っているため、事業主がメンタルヘルス対策に大きく関与することの是非については、一方の考え方だけできれいに説明することができないのです。
 この改正案はプライバシー保護の観点から、医師や保健師が労働者の同意を得ないで検査の結果を事業者に提供してはならず、さらに面接指導の申出をしたことを理由として不利益な取扱いをしてはならないといった規定を設けていますが、それでも精神医療関係者からの批判を免れることはできませんでした。これは使用者に頼らなければ職場のメンタルヘルス対策が実施できない一方で、使用者に頼ることのリスクも無視できない、という現在の状況をよく示していると言えるでしょう。
 その後2013年に労働政策審議会での審議が再び始まり、「精神的健康の状況を把握するための検査等」を「心理的な負担の程度を把握するための検査等」と言い換えて答申がまとめられました。すなわち、精神疾患の発見が目的ではなく、ストレスチェックであるとあえて位置づけなおしたわけです。しかし、2014年3月に法案を国会に提出する直前に与党自民党の審査で、「検査結果が悪用されるおそれがある」「企業に知られると労働者の不利益が大きい」と反対意見が出たため、労働者が検査を受けなければならないという義務規定を削除し、希望者のみが受けるよう改めるとともに、事業者の義務も50人以上規模企業に限定するという修正を施し、ようやく2014年6月に成立に至ったのです。
 
2つめの論点の受動喫煙対策についても紆余曲折を経ましたが、メンタルヘルス対策とは異なり理路は単純です。2003年に「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」が成立し、国際的に受動喫煙防止の気運が高まるなかで、2011年の安全衛生法改正案において、全面禁煙か空間分煙を事業者の義務としつつ、飲食店やホテルなどについては当分の間受動喫煙を低減させることを求めることとしたのです。ところがこちらは愛煙家の国会議員からの批判が強く、努力義務とする修正への動きが国会ですすめられ、2012年11月の衆議院解散により廃案となりました。その後、労政審で再審議して再提出された法案では、上記事業者の義務を全面的に努力義務とする内容へと変更されて今年6月の成立に至りました。
 さて、今回の改正には直接は盛り込まれていませんが、近年の安全衛生法政策における焦点の一つに過労死対策が挙げられます。この観点で注目すべき議員立法が今年6月に成立しています。それは、「全国過労死を考える家族の会」の運動がもとになり、与野党間で議論がすすめられた結果、成立した「過労死等防止対策推進法」です。その内容は、調査研究の推進等、国民に対する啓発、相談体制等の整備等、民間団体の活動に対する支援などで、直接、労働者に権利や義務が生じるものではありませんが、今後、労働時間法制の見直しの論議がすすめられるなかで、長時間労働と関係性の高い過労死の調査・研究をすすめていくことにより、長時間労働自体の上限規制など、新たな安全衛生法政策につながっていく可能性を秘めているものと考えます。

なお、この号には、中執セミナーとして、水町勇一郎さんの「ホワイトカラーの労働時間制度の在り方」という講演録も載っています。

|

« 僕も創業間もないころは年間4500時間働いていたが@すき家 | トップページ | 極左暴力集団と言えば・・・ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「労働安全衛生法政策の現在」 @『損保労連GENKI』8月号:

« 僕も創業間もないころは年間4500時間働いていたが@すき家 | トップページ | 極左暴力集団と言えば・・・ »