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「成長」をハードワークの同義語として擁護/反発する人々

またもなつかしのデジャビュシリーズですが、

https://twitter.com/alicewonder113/status/502440729743208449

ありす:世界はもうこれ以上経済成長しなくていいと言うのは、こういう女性たちをそのままにしていいと言ってるのと同義だと思ってる

スメルジャコフ:問題はどういう経済成長がいいのか、ということですよね。過労死と隣り合わせの経済成長がいいというわけではないでしょうし。

ありす:少なくとも経済成長は必要だということだと思っています。嫌な経済成長は嫌だからといって、成長を嫌がっていても何の世のため人のためにならない

ありす:いや…というか、過労死は経済成長と関係がないんですよ。過労死が成長をもたらすわけでもないし、経済成長してなくても過労死はあるので。

本ブログでも何回も指摘しているのですが、なまじまじめに経済学を勉強してしまったありすさんは、世間一般で、とりわけブラックな職場で人をハードワークに追い込むマジックワードとして用いられる「成長」という言葉が、厳密に経済学的な意味における「成長」とは全然違うことにいらだっているわけです。

でもね、その「成長」への反発は、そういう「成長」を振りかざす人々がいるからその自然な反作用として生じているのである以上、お前の用語法は経済学における正しい「成長」概念と違う、といってみても、なかなか通じきれないわけです。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-8159.html(何で日本の左派なひとは「成長」が嫌いか)

メモ書きとして:

ジョブ型社会では、経済成長すると、「ジョブ」が増える。「ジョブ」が増えると、その「ジョブ」につける人が増える。失業者は減る。一方で、景気がいいからといって、「ジョブ」の中身は変わらない。残業や休日出勤じゃなく、どんどん人を増やして対応するんだから、働く側にとってはいいことだけで、悪いことじゃない。

だから、本ブログでも百万回繰り返してきたように、欧米では成長は左派、社民派、労働運動の側の旗印。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/post-5bad.html(「成長」は左派のスローガンなんだが・・・)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/post-211d.html(「成長」は労組のスローガンなんだし)

メンバーシップ型社会では、景気が良くなっても「作業」は増えるけれど、「ジョブ」は増えるとは限らない。とりわけ非正規は増やすけれど、正社員は増やすよりも残業で対応する傾向が強いので、働く側にとってはいいこととばかりは限らない。

とりわけ雇用さえあればどんなに劣悪でもいいという人じゃなく、労働条件に関心を持つ人であればあるほど、成長に飛びつかなくなる。

も一つ、エコノミック系の頭の人は「成長」といえば経済成長以外の概念は頭の中に全くないけれど、日本の職場の現実では、「成長」って言葉は、「もっと成長するために仕事を頑張るんだ!!!」というハードワーク推奨の文脈で使われることが圧倒的に多い。それが特に昨今はブラックな職場でやりがい搾取するために使われる。そういう社会学的現実が見えない経済学教科書頭で「成長」を振り回すと、そいつはブラック企業の回し者に見えるんだろうね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-b066.html(決まってるじゃないか。自分の成長のためだよ!)

まあ、要すれば文脈と意味内容のずれによるものではあるんだが、とりわけ経済学頭の人にそのずれを認識する回路がないのが一番痛いのかもしれない。

(追記)

まあ、実のところ、「ニュースの社会科学的な裏側」さんのこの評言が一番的確なのかも、という気もしますが・・・。

http://www.anlyznews.com/2013/02/blog-post_13.html

さすがに経済成長を重視する人々も、不平等や外部不経済が自動的に解決すると主張する人々は少数だ。ただし、ブラック企業問題に取り組んでいるNPOに経済成長に着目しないのはセンスが悪いと高飛車に言い放ったりする経済成長万能派も現存するわけで、実証的・理論的な背景が脆弱な面もあって、特に根拠は無いのだが、左派には不愉快に思われるような気がする。つまり、左派は経済成長が嫌いなのではなく、経済成長と言う単語にうるさい人々が嫌いなのでは無いかと思われる。

いるいる。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-b066.html(決まってるじゃないか。自分の成長のためだよ!)

・・・・もちろん、本ブログにも現れたように、そういうのを崇拝する人々もいるようで、

>ところで、ベンチャー系チェーンの中には、経営者を崇拝する社員たちが、自らサービス残業を買って出るケースもあるようだ。

 ブラック企業の問題に詳しいNPO法人若者就職支援協会の黒沢一樹さんは、自身もベンチャー系の飲食店チェーンで働いた経験を持つ。

「1日の平均勤務時間は16時間くらいでしたね。サービス残業はあたりまえで、泊まりもありました。みんなけっこう自分から長時間労働をしているので、おかしいなと思い、『どうしてこんなに働くんですか』って聞いたことがあるんです。そうしたら『決まってるじゃないか。自分の成長のためだよ!』と……。

 その店では社長が神様みたいに思われていて『あの人はすごい』『社長様さまです』ってみんな言い合っていた。たしかに店員は一生懸命接客していて、サービスの質は高かった。でも、それだけ働いて、正社員でも月20万円の給料って、どうなんだろう、と。結局、その会社は僕が辞めてまもなく潰れてしまいました」

なるほど、いかにも。「決まってるじゃないか。自分の成長のためだよ!」ですか。

そういえば、

>だいたいこのような起業家の元には、同じような価値観を持った人たちが集まり、自分の意思で夢を叶えるために必死に頑張っているだけです。努力しているだけです。

>努力している人、頑張っている人を批判するのはよくない。
あなたの頭のレベル、低いね。

と罵倒した人もいましたっけ。

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コメント

どうも、「修業」と「成長」を混同している人が多いようで。

本文中で書かれている、「成長」というのは、「メンバーシップ型」の組織の中で、「修業(あるいは苦行)」を積み重ねることにより、結果のいかんを問わず、「あいつはがんばっている」と評価され、組織内のヒエラルキーが上がっていくという、意味でつかわれている気がします。

多分、こういうシステムが最もうまく作動するのは、禅寺なのでしょう。

しかし、利益を追求することが目的の企業で禅寺と同じことをすると、いろいろとおかしなことが起こり、それが「ブラック企業」として表面化する。

というか、ブラック企業として批判されている企業の経営者はおそらく、確信犯的に自分の企業を疑似的な「宗教組織体」にしていると思います。

その例が、ぶっちゃけワタミやゼンショーなのでしょう。

とはいえ、ワタミやゼンショーを批判しても、ブラック企業問題は解決しません。

台風が来ることを批判しても台風が消滅しないように。

結局、雇用問題を含めて今の日本の抱えている色んな問題の原因は、日本の社会が「ゲマインシャフト型」であり、雇用に限定すると、そのことの結果として、「メンバーシップ型」になっていることでしょう。

なので、結果だけを見て、「雇用をメンバーシップ型から、ジョブ型にすべきだ」と言っても、うまくいかないのではないかと思います。

ただ、戦後「村落共同体」としての「ゲマインシャフト」は崩壊して、元々「お家」としての構造を持っていた「企業」の中に「ゲマインシャフト」が入り込んだものの、元々企業は「ゲゼルシャフト」である必要があるため、日本の企業ではもろもろの矛盾が発生している。

そして、今ではその企業の「ゲマインシャフト」も崩壊し始めているので、「その次」を考えるべき時期に来ていると思います。

普通に考えると、日本の社会がゲマインシャフトから、近代化してゲゼルシャフト化すれば、かなり物が解決すると思いますが、それでもゲゼルシャフトにも欠点があり、その欠点をも解決するためには、おそらく、ゲマインシャフトとゲゼルシャフトのハイブリッドとしての、「ケゼルマインシャフト」型の社会を、創造する必要があると思います。

おそらく、それが可能なのは、クリスマスの一週間後に神社仏閣に「初もうで」として参拝しても何の矛盾も感じない日本人だけでしょう。

で、この記事のテーマの「成長」は「ゲマインシャフト」の中における、ヒエラルキーの基準としての「成長」と「経済的な成長」は、分けて考えるべきでょう。

それを、ごっちゃにしてしまうから、わけがわからなくなるわけで。

ただ、ブラック企業の正当化のための免罪符として、「成長」が利用されるのは、問題だと思いますが。

投稿: 我無駄無 | 2014年8月22日 (金) 14時19分

おっしゃることは基本的には全くその通り、極めて常識的な意見です。
ただ、働く前からこういう情報にふれていると、「一生懸命」になることをカッコ悪いと思う若者が増えてきます。昔は就職して何年かで大企業病になったものですが、今はサボらず働かずみたいな大企業病に新入社員の時点で罹患している人がでてきました。

力の120%を出す必要はないと思いますが、給料をもらう以上90%くらいは出すべきじゃないでしょうかね。
もともと能力の低い奴が30%くらいしか出さない。
だから誰かにしわ寄せが行ってブラック化するのだと思います。

投稿: ぽぽりん | 2014年8月23日 (土) 10時34分

ぽぽりんさん。
書かれたコメントが、本文に対するものか、自分のコメントに対する感想なのか、いまいちよく解りませんが、「力の120%を出す必要はないと思いますが、給料をもらう以上90%くらいは出すべきじゃないでしょうかね。」というのは、その通りだと思います。

ただ、本文中で言われていることは、機能集団(ゲゼルシャフト)である企業で、共同体(ゲマインシャフト)の中で通用するような、「ハードワーク」をただのバイトに求めようとするのは、どうだろうか。という趣旨でしょう。

自分もその前提でコメントを書いています。

あと、「経済成長」とゲマインシャフトにおける「人間的成長」を混同しているのも、問題だと。

まあ、確かに、「働く前からこういう情報にふれていると、「一生懸命」になることをカッコ悪いと思う若者が増えてきます」ということも、言えるので、要は「バランス」をどうとるかであり、今の日本の社会や企業では、そのバランスが崩れていることが、問題なのだと思います。

その現れとして、「ブラック企業」が出てきたのだと、言えるわけですし。

投稿: 我無駄無 | 2014年8月23日 (土) 17時20分

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