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2014年7月 3日 (木)

日弁連会長声明のどうしようもなさ

本日、日弁連が「「日本再興戦略」改訂2014の雇用規制緩和に反対する会長声明」を発表してますけど、読んでそのあまりのレベルの低さに涙が出てきました。

http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2014/20140703.html

労働法制をわかっていない産業競争力会議がいうならまだいい。労働法制をわかっていないマスコミがいうならまだいい。

でも、法律家の右代表のはずの日弁連会長の声明がこのレベルですか・・・。

これは、本日のみずほ総研のコンファレンスをお聴きになっていた方にとっては、そこで私が喋ったことの繰り返しになりますし、本ブログ何回も繰り返してきたことでもありますが、何が法規制において問題とすべき事柄であり、何がそうではないかという問題の仕分けが、根本的にねじけているという、産業競争力会議はじめとするそして多くのマスコミ報道に共通する欠点が、なんの修正すらもなくこの会長声明にそのまま露呈しているという点にこそ、今日の日本の最大の問題があるのでしょう。

特に、改訂戦略では、一定の年収要件等を満たす労働者を対象として、労働時間と賃金とを切り離し、実際に働いた時間と関係なく成果に応じた賃金のみを支払えばよいとする制度が、新たに提案されている。これは「働き方のニーズに応える」ものとされているが、このような制度が立法化されれば、適用対象者においては長時間労働を抑制する法律上の歯止めがなくなり、使用者が労働者に対して、法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超えた際限のない長時間の労働を命じることが合法とされ、更には休日を取らずに働くことを命じることも許されるということになりかねない。また、これにより労働者の心身の健康悪化や、過労死・過労自殺の増加を助長することにもなりかねないのであり、このような制度が労働者のニーズに応えるものでないことは明らかである。労働者の命と健康を犠牲にして企業の収益を確保し、経済成長を達成しようという発想は厳しく批判されなければならない。

いうまでもなく、日本国の法律制度において、「労働時間と賃金とを切り離し、実際に働いた時間と関係なく成果に応じた賃金のみを支払えばよいとする制度」は何ら禁止されていません。そういう賃金制度が良いかどうかは労使が決めれば良いことであり、導入して失敗しようがどうしようが、それをとやかくいう法規制はどこにもありません。

午後2時に出勤してきて、2時間だけ働いて4時にはさっさと帰っちゃう人に成果を上げたからといって50万円払って、9時から6時まで8時間フルに働いた人にあんまり成果が上がっていないからと30万しか払わないのも、法律上全く合法です。法定労働時間内というたった一つの条件のもとで。

日本国の実定法上、それ以上働かせたら違法であって、懲役刑すら規定されているような悪いことを、それでもあえてやらせるというような例外的な状況では、そうでない状況が出てきます。時間外労働時間に比例した時間外割増賃金を支払わなければならなくなります。ただし、何回も強調しますが、それはいかなる意味でも、特定の賃金制度が良いとか悪いとか、許すとか許さないとかいうような話とは関係がありません。本来悪いはずの時間外労働をあえてやらせることに対する罰金として課されているお金が、あたかも時間に比例した賃金を払えと命じているように勝手に見えるだけです。そんな賃金イデオロギーは、労働基準法のどこにも存在しません。もしあるというのなら、なぜ法定労働時間の枠内であればそれが全く自由に許されているのか説明が付かないでしょう。

こういう労働法の基本をわきまえていればすぐわかるようなことが、産業競争力会議やマスコミの人々に全然理解されないのは、そもそも日本国の実定法が法定労働時間を超えて働かせることを懲役刑まで用意して禁止しているということが、現実の労働社会では空想科学小説以上の幻想か妄想と思われているからでしょう。そう、そこにこの問題のコアがあるのです。

こういうことを一生懸命説明してきている立場からすると、労働法制の基本を全くわきまえない人々と全く同じ認識に立脚しているように見えるこの会長声明は、情けないの一言に尽きます。

日本の労働時間法制の最大の問題はどこにあると思っているのか、「このような制度が立法化されれば、適用対象者においては長時間労働を抑制する法律上の歯止めがなくなり」って、そもそも今の日本に「長時間労働を抑制する法律上の歯止め」があると思っているのでしょうか。残業代はそれ自体はいかなる意味でも「長時間労働を抑制する法律上の歯止め」ではありません。休日手当を払わせている現在において「休日を取らずに働くことを命じることも許される」という状況にないというのでしょうか。一種の間接強制であるとはいえるでしょうが、あたかもそれだけがあるべき労働時間規制であり、それさえあれば長時間労働は存在し得ないかのようなこの言い方には、今過労死防止促進法が成立することの意味が全く抜け落ちているように思えます。

こうやって、現行法上も(法定労働時間の枠内である限り)何ら違法でもなく全く自由にやれる「労働時間と賃金とを切り離し、実際に働いた時間と関係なく成果に応じた賃金のみを支払えばよいとする制度」を、あたかも現行法で禁止されているかのごとく間違って描き出し、それを解禁するためと称して、本来論理的にはなんの関係もない労働時間規制の問題に持ち込むという、産業競争力会議の誤った議論の土俵に、何ら批判もないまま、そのまますっぽりと収まって、ただ価値判断の方向性だけを逆向きにしただけの薄っぺらな批判を展開するのが、日本の法律家の代表の責務なのか、悲しくなります。

こうやって、日弁連会長の立派なお墨付きを得て、ますますよくわかっていないマスコミの議論は、「労働時間と賃金とを切り離し、実際に働いた時間と関係なく成果に応じた賃金のみを支払えばよいとする制度」を認めるべきか否かなどという虚構の議論にはまり込んでいくわけです。一番大事なことをどこかに置き忘れながら・・・。

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