ローカル経済はジョブ型か?
最近はジョブ型、メンバーシップ型という言葉がやたらに流行って、いろんな本や文章に用いられるようになってます。その中には、たとえば楠木新さんの『働かないオジサンの給料はなぜ高いのか』のように、内包的にも外延的にも拙著での使い方とほぼ同じものもあれば、かなり異なる出発点から議論を展開させていった流れの末に、その本における二項対立と絡み合わせる形でジョブ型とメンバーシップ型という概念を持ち込んでいるものもあります。
その一つとして、冨山和彦さんの『なぜローカル経済から日本は甦るのか GとLの経済成長戦略』(PHP新書)があります。
http://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-81941-9
グローバルとローカルの経済圏を区別せずにその施策を考えていたため、格差問題が生じ、日本経済は停滞してしまっていた。
グローバル企業がいくら稼いでも、日本経済全体の占有率は3割にすぎない。雇用にいたっては、2割程度である。残り7割のローカル経済圏が復活してこそ、初めて成長軌道に乗ることができる。
内容例を挙げると、◎「GとL」を理解すれば格差問題の実相も見えてくる ◎日本のグローバルプレーヤーが長期的に後退してきた本当の理由 ◎大企業と中小企業ではなくグローバルとローカルで分ける ◎ほとんどの産業がローカル経済圏のプレーヤー ◎「コト」消費の時代の到来で「GもLも」戦略に追い風が吹き始めた等々
そして、今、労働市場で人類史上発の巨大なパラダイムシフトが起きている、と著者は主張する。GDPや企業の売上が緩やかに減少していく中で、極度の人手不足が起こっているのだ。
日本経済復活へのシナリオを明らかにする一冊。
というように、GとL、つまりグローバルとローカルという二項対立が本書の基本構造です。
そこに、冨山さんはメンバーシップ型とジョブ型を重ね合わせます。
・・・今のところ、我が国におけるグローバル経済圏での雇用は、仕事内容、労働時間、勤務地が限定されず、新卒一括採用で正社員として入社する「メンバーシップ型」が中心である。もちろん、Gの世界で戦う企業はGモードの高度人材を必要としているので、どこまでこのスタイルでいけるか、かなり疑問だが、とりあえず現状はまだ「メンバーシップ型」が主流になっている。
・・・これに対し、ローカル経済圏での雇用は、基本的に「ジョブ型」だ。・・・
労働の流動化について議論するとき、必ず出てくる疑問がある。
「本当に雇用は流動化するのか」
この疑問は、グローバル企業の大手製造業をイメージするから出てくる。職を失って次に移る場所がないという恐怖感から生ずる。確かに、グローバル経済圏のメンバーシップ型雇用では、恐怖感を抱いても不思議ではない。転職して、あとから「メンバー」に入ることが圧倒的に不利な世界であるからだ。
・・・ローカル経済圏の雇用は、もともと流動性が高い。「Lの世界」はサービス業と中小企業の世界なのだ。そこには終身雇用・年功制・企業別組合という、J.アベグレン博士のいう「日本型雇用の三種の神器」など、過去においても確立したことはない。・・・
正社員、年功序列という日本型正規雇用は、メンバーシップ型雇用の日本型大手製造業にしかフィットしない。ジョブ型雇用のサービス産業にはフィットしないので、労働者が非正規雇用化していく。・・・
この重ね合わせは、消極的な意味で、つまりローカルなサービス業主体の世界には、典型的なメンバーシップ型雇用など確立したことはないし、現にメンバーシップ型の雇用保障などきわめて希薄であるという意味においては正しい言明です。
その非メンバーシップ型的性格は、労働局あっせん事案をまとめた拙編『日本の雇用終了』を一瞥すればよくわかるでしょう。まさにスパスパ解雇していて、それがそれほど大きな問題とも認識されてもいません。
ただ、ではその世界、冨山さんのいう「Lの世界」が欧米の労働社会のような意味でのジョブ型の世界かというと、これまた『日本の雇用終了』がくっきりと描き出しているように、決してそんな代物でもないわけです。
あえていえば、ジョブもメンバーシップも労働者の固有の財産権としては確立していない世界といえましょうか。
そして、だからこそ、規制を緩めると冨山さんが懸念するブラック企業化が進行するわけです。
(追記)
冨山和彦さんといえば、産業再生機構のCOOとして、JALのリストラなどに関わった人として、やたらに規制緩和を唱える市場原理主義者だと思っている人もいるかもしれませんが、本書を読めばグローバル経済圏とローカル経済圏に対して、きちんとそれぞれのロジックで対応しようとしていることがわかります。先に引用した部分の直前の記述ですが、
・・・一般的に、市場の規律には資本市場の規律、製品市場の規律、労働市場の規律という三種類がある。・・・
そうなると、穏やかな退出を促すためには、労働市場での規律を厳しくすることが唯一の有効な方法となる。
具体的には、サービス産業の最低賃金を上げることだ。あるいは賃金がどんどん上がってきて、弱い事業者が悲鳴を上げてきたときに、そこに救済の手をさしのべないことだ。
・・・労働監督、安全監督を厳しくすることも有効だ。・・・
ブラック企業と噂されるのは、圧倒的にサービス産業の方が多い。労働監督や安全監督を強化しなければならないのは、むしろサービス産業の方だ。・・・これを機に中小企業についても容赦なく取り組み、その基準をクリアできない企業には、退出を迫った方が良い。
中小企業経営者の支持を頼むある種の野党にはここまで明確な言い方ができない見事な正論です。
ちなみに、一見冨山氏と同じことを言ってるようなふりをしているある種のヒョーロン家は、こと労働問題に関する限り、断固としてゾンビ企業の味方であるようですな。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-a344.html (ゾンビ企業の味方です!キリッ)
(再追記)
ついでに、女性についても、こういうまともな意見を述べていますね。
・・・女性の雇用に関しても、盛んに語られるのは東京でエグゼクティブとしてバリバリ働く女性のイメージだが、東京にある一流企業で、コーポレートエグゼクティブとして働く女性が増えても、それは日本の女性人口のうちの0.1%にも満たない。99.9%の女性の人生にとって、ほとんど関係がないグローバル経済圏からローカル経済圏へのトリクルダウンが起こらないように、エグゼクティブな女性が増えてもローカル経済圏の女性の労働環境が変わるわけではないのだ。・・・
そんなことよりも、女性の就労参加のリアリティは、普通の職場で子育てをしながら女性が働きやすくなることだ。そのうえで、夫と二人でおおむね800万円程度の世帯収入があり、無理なく子供が育てられる状況をつくってあげる方が、はるかに有効だ。・・・
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