フォト
2019年7月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

« 日本型雇用の綻びをエグゼンプションで補う試案@海老原嗣生 | トップページ | 『季刊労働法』245号詳細目次 »

2014年6月 7日 (土)

労働基準法の根本構造がいかに理解されていないかの実例

現在一番活発な労働法学者である大内伸哉さんですら、それを「労働時間規制の核」だなんて全然思っていないのですから当然とも言えますが、でも半世紀以上昔に作られた日本国の労働基準法の根本構造は「労働時間の上限規制を無視されたらどうするの?」という問いに対する答えをちゃんと用意してはいるんですよ。

https://twitter.com/hahaguma/status/475084605922344960

で、労働時間の上限規制を無視されたらどうするの? 「経営者を死刑に」しなくとも、罰則規定の可能性はあるはず。

可能性も糞も、そもそも残業代などという枝葉末節以前に、物理的労働時間を規制している我が日本国労働基準法は、その物理的労働時間の上限を無視した使用者に対して、ちゃんと罰則を用意しています。

第三十二条  使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。

 使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。

第百十九条  次の各号の一に該当する者は、これを六箇月以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。

 第三条、第四条、第七条、第十六条、第十七条、第十八条第一項、第十九条、第二十条、第二十二条第四項、第三十二条、第三十四条、第三十五条、第三十六条第一項ただし書、第三十七条、第三十九条、第六十一条、第六十二条、第六十四条の三から第六十七条まで、第七十二条、第七十五条から第七十七条まで、第七十九条、第八十条、第九十四条第二項、第九十六条又は第百四条第二項の規定に違反した者

だけど、そんなことは議論のどちら側からも誰も指摘しないどころか、気がつかれすらしない、というところに、残業代だけが、それのみが労働時間規制というものであって、物理的労働時間の上限違反に罰則が科せられるなんて心の底から信じられない精神構造がよく窺われるわけです。

日本人の圧倒的多数の労働常識は、六法全書に載ってて誰でも読める実定労働法の規定とは全く異次元の世界にあるということもよくわかります。

ここ数日、いろんな方面から質問攻めにされて、疲弊気味。

(追記)

ちなみに、上の119条1項を見ればわかるように、労働時間規制の本家本流である32条違反と、そのコロラリーとしての労働時間関連賃金規制である37条違反の両方に同じ罰則が規定されていますが、

なぜか後者の残業代違反に対しては、

http://www.anlyznews.com/2014/06/blog-post_782.html

罰則規定がなければブラック企業の経営者なんて露ほども気にしないであろうし、かと言って経営者を死刑にしてしまったら企業存続が不可能になって、逆に労働者が困るかも知れない。どうやって規制を経営側に守らせることができるかまで考えないと、残業代規制を主張しても、受け取る側には説得力が無い。実行力のある残業代規制を主張する人々は、どのような罰則規定を想定して主張しているのであろうか。

などという意味不明の揶揄をする人が現れることはないわけです。というところに、残業代だけが、それのみが・・・(以下同文に付き省略)

(再追記)

ついーとだのはてぶだの見る限り、ますますものごとの構造を全く理解しないまま議論しているつもりの人が圧倒的に多いことに驚く(って、修辞であって実は全然驚かないけれど)

あのね、法律で違法とされていて罰則も付いているけれどそんなもの実際には全然科せられることはないなんてのは労働法の世界には山のようにあって、上で多くの人が違法だと認識している方に分類されている残業代を払わないことだって、現実には労働基準法119条に基づく罰則が適用されるなんてことはほとんどないわけです。

でも、労働者がチクって監督官がやってくると是正勧告切られて、仕方なく未払いの残業代を払って一件落着というパターンになるということは、その限りで法律が動いているということ。経営者が「企業存続が不可能になって、逆に労働者が困るかも知れない」と言っても、その理屈で世の中が動くわけではない。

このように本来の労働時間規制としては枝葉末節の残業代規制については、刑罰法規をほとんど抜かないサーベルとして使いながら、それなりに行政法規としては機能させているわけですね。

それに対して、労働時間規制としては本流のはずの物理的な時間の上限規制の方は、建前上は例外的な状況に対応するためのはずの、

(時間外及び休日の労働)

第三十六条  使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、これを行政官庁に届け出た場合においては、第三十二条から第三十二条の五まで若しくは第四十条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この項において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。ただし、坑内労働その他厚生労働省令で定める健康上特に有害な業務の労働時間の延長は、一日について二時間を超えてはならない。

によって、無制限の時間外・休日労働が違法じゃなくって全く合法的なものになっている、ということが、本ブログで耳にタコどころかイカ大王が何匹もできるくらい繰り返してきたことなんですが、それが上の話と全然結びついて認識されないのが今の日本人の精神構造であるわけです。

合法なんだから、いかに「この会社はこんな長時間労働なんだぜ、けしからんだろう」と泣こうがわめこうが、監督官がサーベル担いでやってこようが、いや働いてた労働者がぶっ倒れようが、その労働者の労災保険の手続きはやってくれるかもしれないけれど、労働基準法上違法じゃない長時間労働に対しては、何一つ手出しも口出しもできないのですね。

36条という天下無敵の免罰規定があるので、32条の「労働させてはならない」という条文は、存在しないに等しい状態になっているんですよ、という話をしているつもりだったのが、そんなこと考えたこともなかったほとんどすべての日本人には全く通じてなかったという笑い話です。

ついでながら、上の条文の但し書きにあるように、今の日本にも絶対的な労働時間上限もあるんですよ。昔は、女子はほぼみんなそうでしたが、男女平等の崇高な理想のためになくなったというのも、ある年齢以上の人に」しか知られなくなっていることかもしれません。

(忘れた頃の追記)

https://twitter.com/bifbo/status/476193715212394496

これは「常識」の範囲じゃないのか。

いや、私も常識の範囲であって欲しいと思っているからこそ書いているわけですが、にもかかわらず全然常識になっていないから書いているわけでもあるんです。

« 日本型雇用の綻びをエグゼンプションで補う試案@海老原嗣生 | トップページ | 『季刊労働法』245号詳細目次 »

コメント

----
…法令に違反した者が確実に処罰されるようにするためには、その社会における大多数の者、少なくとも平均的な知識・考えをもつ人々が、その法令に違反することを悪いことと思い、その法令を遵守する意思をもち、法令違反者というものは例外的な存在であるという状態であることを必要とする。
----
林修三著「法令作成の常識」より

禁酒法の例を出すまでもなく、人々の常識こそが社会の現実であって、法律が社会を作るわけではない、という話ですかね。まあ、禁酒法は販売側はこれをある程度遵守したわけですが(結果、マフィアに酒類販売の巨額の利権を与えた)。

労働時間規制に関していえば、経営者と労働者との間で共通認識をもつことこそが実現の鍵ということになると思います。その観点からは、労働組合が重要な役割をもつはずですが、経営者団体に比べると、いまひとつ影が薄いですね。

これ実際に適用された事例ってありますか?

確かに労働時間規制に罰則があることは確かですが、36協定のおかげでその罰則が適用出来なくなっていると考えられるのではないでしょうか?

質問への丁寧な返答、ありがとうございます。

ところで「残業代規制を主張しても、受け取る側には説得力が無い。」と書いた覚えが無くて、今エントリーを確認すると「労働時間の上限規制を主張しても、受け取る側には説得力が無い。」とあり、さらにGoogleのキャッシュ(2014年6月6日 15:02:17 GMT)でも「労働時間の上限規制を主張しても、受け取る側には説得力が無い」とあるのですが、何時頃参照されたのでしょうか?

筆が滑って書き直す事はあるのですが、今回はなぜか覚えは無いので確認させてください。

濱口先生、あまりカリカリされるとお体に障りますよ。先生の方が小生よりもgentleなはず。

このような精神構造を根付かせてしまったのも所詮は行政の責任ではないですか。

先生の優しい手法で焦らずに革新を進めてください。

uncorrelatedさん、

誤解を招く書き方をしたようで申し訳ありません。

上の引用(みたいな)部分をよくご覧いただければ、二カ所、斜体字になっている部分は、uncorrelatedさんの書かれた原文と異なっております。

全体の文脈を理解いただければ、本来的な労働時間そのものの規制に対しては、uncorrelatedさんの元の文章のように

罰則規定がなければブラック企業の経営者なんて露ほども気にしないであろうし、かと言って経営者を死刑にしてしまったら企業存続が不可能になって、逆に労働者が困るかも知れない。どうやって規制を経営側に守らせることができるかまで考えないと、労働時間の上限規制を主張しても、受け取る側には説得力が無い。実行力のある労働時間の上限規制を主張する人々は、どのような罰則規定を想定して主張しているのであろうか。

というような批判をする人すら出てくるのに、
枝葉末節のはずの残業代規制については、少なくとも表向きは、私が二カ所改変した文章のように

罰則規定がなければブラック企業の経営者なんて露ほども気にしないであろうし、かと言って経営者を死刑にしてしまったら企業存続が不可能になって、逆に労働者が困るかも知れない。どうやって規制を経営側に守らせることができるかまで考えないと、残業代規制を主張しても、受け取る側には説得力が無い。実行力のある残業代規制を主張する人々は、どのような罰則規定を想定して主張しているのであろうか。

などという意味不明の揶揄をする人が現れることはないわけです。

といいたかった訳なのですが、どうもうまく伝わりきれなかったようですね。

なまじ、その後に続くべき

残業代だけが、それのみが労働時間規制というものであって、物理的労働時間の上限違反に罰則が科せられるなんて心の底から信じられない精神構造がよく窺われるわけです。

という文章を、めんどくさいからと

(以下同文に付き省略)

してしまったことも、その趣旨が伝わらなくなった原因かもしれませんね。

いずれにしても、物事を過不足なく的確に伝えていくというのは、なかなかに難しいことであるということを改めて痛感いたしました。

要するに、法安定性がない、料罰規定が違法をさせないための威嚇となっていない、相当多数の者が違法行為により利益を上げているため適法な行為を為すインセンティブがほぼなくなっている。さらに制度管轄者が不在である(警らでなく通報型・申告型である)ということだと思います。

あと、残業代の不払いなんかも、真正不作為による違法であるがため、疎明責任を労働者が負ってしまっている点でしょう。つまり、使用者に支払った証拠がなくても労働法上は問題ないわけで、労働者が使用者の不作為を証明するのが非常に難しいわけです(振込みなのに、「残業代だけは現金で支払った」とか、シフト制や短時間労働者なんかだと、出勤簿と賃金台帳を操作して「労働者がシフトに従わず欠勤」とかで、逃げ切れるわけですね。時間管理についても、過労で死んでも、仕事をしていた証拠がないと、グレーだけどクロにはならない!。

36条も、一般理解が、なんか反対の責任になっちゃっています。
32条の罰条が特別に免除されているのに、要件審査が無く、所謂届け出なんですね。本来、労使協定の有効要件を厳格に審査すべきで、労使協定とその代表者が真正性である証拠を使用者に求めるべきなんです。例えば不真正である場合には公正証書頑分不実記載になるように、「36協定書の控」は、「監督官が作成した公文書(許可証)」として交付するとか。

既にIGさんのコメントに指摘されている通り、問題の根本は条文が空文化しているということですね。
これが強制力を伴う行政権限を付与されている厚生労働省の責任なのか、経営者に対する交渉力も無い労働者の責任なのかということですね。

>これが強制力を伴う行政権限を付与されている厚生労働省の責任なのか、経営者に対する交渉力も無い労働者の責任なのか<?という疑問には誰しも同意せざるを得ないのではないかと思います。
火災報知器型・通報型ではなくて、制度管轄者のあるべき姿としては、警ら・巡視型であるべきです。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 労働基準法の根本構造がいかに理解されていないかの実例:

« 日本型雇用の綻びをエグゼンプションで補う試案@海老原嗣生 | トップページ | 『季刊労働法』245号詳細目次 »