フォト
2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ

« 『壮年非正規労働者の仕事と生活に関する研究』 | トップページ | 『日本労働法学会誌』123号 »

2014年5月14日 (水)

フード左翼な美味しんぼたち

きちんと論を立てるほどの気はしないけれど、腹ふくるるものがあるので一言だけ。

3年前の福島第一原発のメルトダウン以来、この日本で最も多量の放射線を浴び続けてきたのは、間違いなくそこで働く作業員たちだったはず。

その頃本ブログでも何回か取り上げたけれど、現行の労災認定基準を超えるレベルの被曝をしつつ、我々消費者のためにしんどい作業をし続けてきた人たちだ。

だけど、マスコミネタになってリベラルとか左翼とか言われる人たちが騒ぎ立てるのはいつも、そういう話じゃなくて、セレブでロハスなフード左翼な方々の琴線に触れるようなお話ばかり。

フード左翼な美味しんぼたち。

こういう姿を見て脱力感を感じない人々のセンスは、正直どうかと思う。

それだけ。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/11311-c83c.html(『POSSE』11号「〈3・11〉が揺るがした労働」)

ここで紹介されている電離放射線の労災認定基準はこれですが、

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/09/dl/s0909-11c.pdf

これは1976年の通達なので、シーベルトじゃなくてまだレムという単位を使っていますが、確かに白血病について、0.5レム(=5ミリシーベルト)×(電離放射線被ばくを受ける業務に従事した年数)を「相当量」として、業務上の疾病として取り扱うと書いてありますね。

これはもちろん労災認定基準なのですが、今回引き上げられた250ミリシーベルトという安全衛生基準との落差は大きいものがあります。もちろん、電離則の本則は5年で100ミリシーベルト、1年で50ミリシーベルトであり、妊娠する可能性がないものを除く女性は3か月で5ミリシーベルトとかなり厳しい基準なのですが、それにしても白血病を発症したら労災認定される可能性のある被曝量の50倍までOKにしてしまったのか、という驚きは改めて感じます。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-90ba.html(福島第一原発労働者の放射線被曝をめぐって)

今回も前々回同様、世にはびこるトンデモ労働論を斬るのは抑えて、東日本大震災をめぐる労働問題のうち、東京電力福島第一原子力発電所における炉心溶融事故への対処のために奮闘している労働者たちの安全衛生問題を取り上げたい。

 福島第一原発の事故以来、東京電力とその協力企業の労働者が高い放射線量の中で必死に事態の解決に邁進している。その一方で、震災直後の3月14日に電離放射線障害防止規則の特例省令で、緊急作業時の被曝線量の上限を100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに引き上げた。もともと通常時の上限は5年間で100ミリシーベルト、1年間で50ミリシーベルトである。今回のような緊急事態への特例がその作業中100ミリシーベルトとされていたのが、あっさり250ミリシーベルトとなった。その後も経済産業省サイドは、さらなる上限の引き上げを求めていると報じられている。もともと緊急事態を想定していたはずの上限が、現実に緊急事態が起きると次々に書き換えられていくというのは、「想定外」の一言で済まされる問題ではない。

 とりわけ懸念されるのは、これが事故を起こした東京電力や原子力関係者に対する「お前らが悪いからだ」「お前らが責任を取れ」という現在の日本社会を覆いつつある「空気」によって、無限定的に正当化されていってしまうのではないか、ということである。首相自ら東電本社に乗り込んで「撤退などありえない。覚悟を決めて下さい」と檄を飛ばし、誰も疑問を呈さない。原発作業員を診察した医師によれば、自ら被災し、肉親や友人を亡くした作業員たちが、劣悪な労働環境の中で、しかも「『加害会社に勤めている』との負い目を抱え、声を上げられていない」という。

 事故から3か月も経たないうちに、6月3日には、福島原発の作業員2人が引き上げられた被曝線量の上限をも遥かに超える650ミリシーベルト以上の被曝をしたと報じられ、同14日にはさらに6人が250ミリシーベルトを超えたと報じられた。さらにその後の情報によれば、100ミリシーベルトを超える被曝は124人、50ミリシーベルトを超える被曝は412人に達するという。また、いささか空恐ろしいことだが、東電が下請企業を通じて作業員の被曝線量を測定しようとしたところ、69人のほぼ半数については「該当者なし」と回答があり、氏名も連絡先も分からないという事態が明るみに出ている。被曝したまま闇に隠れている人々がかなりの数に上る可能性があるのだ。

 さらに、この250ミリシーベルトという特例はいうまでもなく、通常の上限である5年で100ミリシーベルトですら、そこまでは被曝しても安心という基準ではない。なぜなら、1976年の通達「電離放射線に係る疾病の業務上外の認定基準について」(基発第810号)によれば、白血病を業務上の疾病として労災認定する基準は、「0.5レム(=5ミリシーベルト)×(電離放射線被ばくを受ける業務に従事した年数)」とされている。

実際、今までも100ミリシーベルト前後の被曝量で労災認定された労働者が10人いるという。緊急時にリスクは取らなければならないが、リスクはある確率で現実化していく。その「覚悟」はあるのだろうか。

« 『壮年非正規労働者の仕事と生活に関する研究』 | トップページ | 『日本労働法学会誌』123号 »

コメント

これはいささか以上に見過ごせぬ言です。

私の知る限り80年代の昔から「反原発運動」の中では被爆労働者の問題も話題になっていましたよ。

「いちえふ」という週刊モーニング連載のマンガは、原発事故現場で働く作業員を活写する。
http://morning.moae.jp/lineup/320

マンガという、日本で発達した素晴らしいコミュニケーション・ツールも、フード左翼な美味しんぼう(福島県の方のブログの話題では、「デマリンボウ」と揶揄されている:
http://shinobuyamaneko.blog81.fc2.com/
)に悪用されて泣いていることだろう。

この「いちえふ」によれば、作業員は地元の人が多いとのこと。結局、フード左翼が事態を改善するのではなく、それが現場であることを改めて認識させられる。

地元紙福島民報の14日付け社説:【風評との闘い】応援団はずっといる(5月14日)
http://www.minpo.jp/news/detail/2014051415643
より、
「そもそも作品の意図が分からない。編集部は議論を深めるためと説明する。県民と支援者の心を傷つけ、復興に使うべき貴重な時間と労力を抗議や反論のために浪費させて何が議論か。」


読売新聞5月17日朝刊社会面に記事によれば、

小学館の週刊漫画誌「ビッグコミックスピリッツ」連載中の漫画「美味おいしんぼ」(作・雁屋哲、画・花咲アキラ)で、原発事故後の健康への影響に関する描写が批判を受けている問題で、同誌の19日発売号に掲載されている編集部の見解が、16日明らかになった。
「編集部の見解」は村山広編集長名で出され、「福島の真実」編として作品に描かれた内容について、「多くの方々が不快な思いをされたことについて、編集長としての責任を痛感しております」と述べた。
(以上引用)
http://www.yomiuri.co.jp/national/20140517-OYT1T50040.html

とのことである。

一般の週刊誌編集部であれば、訴訟問題も常にかかえ、どこまでが許容範囲か、かなりギリギリまで検討される一方、「マンガ」なんだからという安易さが、
墓穴を掘ったと思われる。

また、今回の事案は、3月11日のテレビ朝日の報道ステーションのような科学性の低い報道や毎日新聞の一連の「風評被害」的報道で、福島の人たちの中で、「いい加減にしろ」との怒りのマグマが溜まりつつあったところに、タイミングよく噴火口をつくる役割をしたように思われる。

なお、美味しんぼは、上記読売新聞によれば、「当初の予定通り」しばらく休載するという、と報道されている。

ところが、朝日新聞の社会面の報道では「当初の予定どおり」が落ちている。

「休載」の評価に、死活的に重要な事実のように思う。

美味しんぼの主人公山岡氏は、東西新聞の新聞記者だ。東西新聞というのは、朝日新聞がモデルの新聞のようだ。
が、「新聞記者」のマンガなのに、そのマンガの表現では、取材先の言い分を検証もなく、たれながすということになっている。
まさに、モデルの本当の新聞の取材・編集の仕方もその程度ということだろうか?

正確に報道した読売新聞は、マンガの中では、帝都新聞ということで、山岡記者のいる朝日新聞のライバル新聞社だが、こと、最近の美味しんぼの報道ぶりでは東西新聞(朝日新聞)が完敗だ。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: フード左翼な美味しんぼたち:

« 『壮年非正規労働者の仕事と生活に関する研究』 | トップページ | 『日本労働法学会誌』123号 »