すき家-世界革命を目指す独裁者(再掲)
さて、一時ネットを騒がせたストライキ騒ぎもほとんど不発だったようですが、改めて本ブログでかつて取り上げたゼンショーの小川社長に関するエントリを再掲しておきたいと思います。日経ビジネスオンラインと日経ビジネスの記事を取り上げたものですが、いろんな意味で味わい深いものがあります。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-6e9f.html(「アルバイトは労働者に非ず」は全共闘の発想?)
本ブログでも何回か取り上げてきたすき家の「非労働者」的アルバイトの件ですが、
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_db8e.html(アルバイトは労働者に非ず)
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-0c44.html(自営業者には残業代を払う必要はないはずなんですが)
そのすき家を経営する「外食日本一 ゼンショー」の小川賢太郎社長のインタビューが日経ビジネスに載っています。そのタイトルも「全共闘、港湾労働、そして牛丼」です。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20100917/216295/
もしかしたら、このインタビューの中に、「アルバイトは労働者に非ず」という発想のよって来たるところが窺えるかも知れないと思って読んでみましたら、まさに波瀾万丈、革命家の一生が描かれておりました。
>世界の若者は矛盾に対して声をあげている。こういう時に自分は何ができるのか。こうした状況を打破しなければならない。世界から飢餓と貧困をなくしたいというのはこの時からの思いです。
>やはり資本主義社会であるから矛盾があるのであって、この矛盾を解決しなければならない。これは社会主義革命をやるしかないと学生運動にのめり込んでいきました。
―― 大学を辞めて、港湾会社に入社して、労働者を組織されます。
>社会主義革命というのは、プロレタリアと労働者階級を組織しなければならない。ですが、結構、日本の労働者もぬくぬくしちゃってきていた。
>そういう意味で底辺に近くて、故に革命的である港湾労働者に目を付けました。
―― その後、社会主義革命を断念する転機が訪れます。
>やはり社会主義革命はダメだ。資本主義は戦ってみるとなかなかだった。少なくともこれから300年ぐらいは資本主義的な生産様式が人類の主流になると考えました。
>今度は社会主義革命ではなくて、資本主義という船に乗って、世界から飢えと貧困をなくすんだと。
>しかし、自分は資本主義をまったく知らない。議論をすればマルクス・レーニン主義や中国の社会主義革命だとか、そういう勉強ばっかりしてきた。だから資本主義をやり直さなきゃならなかった。
―― 資本主義の第一歩として扉を叩いたのが吉野家です。
>資本主義の勉強をするうちに、外食業かコンビニエンスストアがいいのではないかと思うようになりました。
>世界から飢えと貧困をなくすことという、10代のころから命題は変わっていない。だから食のビジネスには興味があったのです。
その後吉野家が経営危機に陥るところまでが前編で、後編はその次ですが、ふむ、社会主義革命を志して港湾労働者を組織しようとしていた革命青年が資本主義に目覚めると、資本主義体制の下で生ぬるく労働条件がどうとかこうとか言ってるような中途半端な連中は、ちゃんちゃらおかしいということなのでしょうか。
この辺、学生時代に革命的学生運動に身を投じていたような方々が中年期にはかえって資本の論理を振りかざすという学者や評論家の世界にも見られる現象の一環という感じもしますが、いずれにしても、いろんな意味で大変興味深いインタビューです。後編が待ち遠しいですね。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-47c9.html(世界革命を目指す独裁者)
去る21日のエントリで紹介したすき家のゼンショー社長の小川賢太郎氏ですが、
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-6e9f.html(「アルバイトは労働者に非ず」は全共闘の発想?)
ネット上にはまだインタビューの後編は載っていませんが、雑誌『日経ビジネス』には「革命家の見果てぬ夢 牛丼に連なる運命」という記事が載っていますので、そちらから興味深いところをご紹介しましょう。
吉野家を辞めて自分の会社を立ち上げたところから、
>「資本は小川賢太郎100%、意思決定も小川賢太郎100%。専制君主制でやる。なぜなら議論している時間はないからだ」
牛丼という武器を手に革命を目指す独裁者が生まれた瞬間だった。
・・・
>小川はゼンショーを設立したとき、創業メンバーにこう語っている。
「俺は民主主義教育を受けてきた人間。東大全共闘の名においても、いつまでも専制君主でやっているわけにはいかない。憲法を定めて立憲君主制にし、いずれ民主主義にする」
一方で小川はこうも言う。
「最初の頃から民主主義的な会社というのは、成長しないと思うんです。やはり強烈なリーダーが、俺が黒と言ったら黒なんだということで、その代わり全責任を負って、失敗したら俺の命もないと」
小川にとって国内での成功は、世界革命への序章に過ぎない。だから民主主義へはまだ移行しない。
世界革命を目指す独裁者!
世界革命がなった暁には、お前たちにも民主主義が与えられるであろう。
だが、革命戦争のまっただ中の今、民主主義を求めるような反革命分子は粛清されなければならない!
まさしく、全共闘の闘う魂は脈々と息づいていたのですね。
そして、歴史は何と無慈悲に繰り返すことでしょうか。
一度目は悲劇として、二度目は・・・、すき家の外部の者にとっては喜劇として、しかし内部の者にとっては再度の悲劇として。
直接関係ありませんが、学生時代に革命運動に邁進し、その後立場は全く逆になっても「革命戦争のまっただ中の今、民主主義を求めるような反革命分子は粛清されなければならない」という姿勢だけは全く変わらない御仁もどこかにいたような・・・。
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