戦時期に定期昇給が出来たって誰の説なんだろう
金子良事さんの不思議なつぶやき:
https://twitter.com/ryojikaneko/status/463876322754711552
榎さんと小野塚さん編の本の禹さんの論文を読んだんだけど、戦時期に定期昇給が出来たって誰の説なんだろう。濱口さんも書いてたよな。僕が戦時賃金統制の資料を読んだ限りでは単に現状追認だったと思ってるんだけど。
私の知る限り、戦前期に定期昇給が存在せず、戦時期になって初めて定期昇給が「出来た」なんていうトンデモ理論を唱えている人は誰一人いないと思いますよ。
私の『日本の雇用と労働法』(日経文庫)でも、「年功賃金制度の形成」という項で、
日露戦争後、大工場で養成工制度が始まると、他の職工よりも賃金や労働条件を高く設定して、彼らの移動を防止しようという施策がとられます。さらに第一次大戦後、子飼い職工たちを中心とする雇用システムが確立するとともに、長期勤続を前提に一企業の中で未熟練の仕事から熟練の仕事に移行していくという仕組みが形作られます。そして、それに対応する形で定期昇給制が導入されました。これが年功賃金制、年功序列制の出発点になります。
と述べた上で、それはあくまでも
もっとも、こういった新たな制度は大企業の基幹工にのみ適用された仕組みで、臨時工や請負業者が送り込む組夫はそこから排除されていましたし、多くの中小企業も労働移動が頻繁な流動的な労働市場で、年功的ではありませんでした。
と断っております。
そして次の「生活給思想と賃金統制」の項で、
・・・この生活給思想が、戦時期に賃金統制の形で現実のものとなります。
まず1939年の第一次賃金統制令は、未経験労働者の初任給の最低額と最高額を公定し、雇入れ後3か月間はその範囲の賃金を支払うべきという義務を課しました。続いて同年、賃金臨時措置令により、雇用主は賃金を引き上げる目的で現在の基本給を変更することができないこととされ、ただ内規に基づいて昇給することだけが許されました。初任給を低く設定し、その後も内規による定期昇給しか認めないということになれば、自ずから賃金制度は年功的にならざるを得ません。
と、国家の戦時立法によって強制されるに至ったことを述べております。
この推移は、日本労働史においてはごくごく常識的な認識ではないかと思われますし、どこにもそれまで全く存在しなかったのに「戦時期に定期昇給が出来た」などという馬鹿げた記述はないように思うのですが、どうしてこういうつぶやきが出てくるのか、その方が不思議な感じがします。
ちなみに、大企業の基幹工についてはすでに存在していたので「現状追認」と言えても、それ以外の労働者にとっては別に現状」追認ではないわけで、それまで含めて「現状追認」という言葉を使うのは、法政策の叙述としてはたいへんな違和感があります。
戦時期における定期昇給の強制を「現状追認」と呼ぶのであれば、60歳定年も週40時間制も、育児休業も何もかも、およそ大企業分野で広がっていたことを押し広げるような法政策はすべて「現状」追認」ということになりますが、それはなんぼなんでも無茶な用語法でしょう。中小企業団体は怒りますよ。
(追記)
金子さんから反論?
http://ryojikaneko.blog78.fc2.com/blog-entry-315.html(定期昇給をめぐって)
基本的に労働法制という上から目線の政策の流れしか知らない私にとって、いろいろと勉強になるエントリです。なんといっても、仕入れた知識がだいぶ古いので
明治30年代の紡績会社の資料にも「定期昇給」という言葉はあります
といわれると、日露戦争後とか第一次大戦後といった昔仕込みの知識では太刀打ちできません。
ただ、それはいいのですが、わたしは
・・・戦時期に定期昇給が出来たって誰の説なんだろう。濱口さんも書いてたよな。
というつぶやきに反応しただけなので、依然として「誰の説なんだろう」と不思議に感じ続けているだけなのです。
誰の説だったのでしょうか?
(再追記)
念のため、金子さんが最初に取り上げた榎・小野塚『労務管理の生成と終焉』(日本経済評論社)収録の 禹宗杬さんの「日本の労働者にとっての会社 「身分」と「保障」を中心に」においても、「戦時期に定期昇給が出来た」なんて記述は見当たりません。そもそもこの論文はもっぱら戦前(戦間期)を対象に書かれており、戦時期については「おわりに」でちらと触れているだけで、それも、
・・・戦時期に生活給思想が広がったのはブルーカラー一般の賃金カーブを立たせる前提条件を作りだした。何よりも、定期昇給の普及が意味を持った。ただし、年齢という要素は主に初任給に反映され、それが年齢給として具体化するのは戦後のことである。・・・
と、ごく当たり前のことが書かれているだけです。
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