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2014年5月

すき家-世界革命を目指す独裁者(再掲)

さて、一時ネットを騒がせたストライキ騒ぎもほとんど不発だったようですが、改めて本ブログでかつて取り上げたゼンショーの小川社長に関するエントリを再掲しておきたいと思います。日経ビジネスオンラインと日経ビジネスの記事を取り上げたものですが、いろんな意味で味わい深いものがあります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-6e9f.html(「アルバイトは労働者に非ず」は全共闘の発想?)

本ブログでも何回か取り上げてきたすき家の「非労働者」的アルバイトの件ですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_db8e.html(アルバイトは労働者に非ず)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-0c44.html(自営業者には残業代を払う必要はないはずなんですが)

そのすき家を経営する「外食日本一 ゼンショー」の小川賢太郎社長のインタビューが日経ビジネスに載っています。そのタイトルも「全共闘、港湾労働、そして牛丼」です。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20100917/216295/

もしかしたら、このインタビューの中に、「アルバイトは労働者に非ず」という発想のよって来たるところが窺えるかも知れないと思って読んでみましたら、まさに波瀾万丈、革命家の一生が描かれておりました。

>世界の若者は矛盾に対して声をあげている。こういう時に自分は何ができるのか。こうした状況を打破しなければならない。世界から飢餓と貧困をなくしたいというのはこの時からの思いです。

>やはり資本主義社会であるから矛盾があるのであって、この矛盾を解決しなければならない。これは社会主義革命をやるしかないと学生運動にのめり込んでいきました。

―― 大学を辞めて、港湾会社に入社して、労働者を組織されます。

>社会主義革命というのは、プロレタリアと労働者階級を組織しなければならない。ですが、結構、日本の労働者もぬくぬくしちゃってきていた。

>そういう意味で底辺に近くて、故に革命的である港湾労働者に目を付けました。

―― その後、社会主義革命を断念する転機が訪れます。

>やはり社会主義革命はダメだ。資本主義は戦ってみるとなかなかだった。少なくともこれから300年ぐらいは資本主義的な生産様式が人類の主流になると考えました。

>今度は社会主義革命ではなくて、資本主義という船に乗って、世界から飢えと貧困をなくすんだと。

>しかし、自分は資本主義をまったく知らない。議論をすればマルクス・レーニン主義や中国の社会主義革命だとか、そういう勉強ばっかりしてきた。だから資本主義をやり直さなきゃならなかった。

―― 資本主義の第一歩として扉を叩いたのが吉野家です。

>資本主義の勉強をするうちに、外食業かコンビニエンスストアがいいのではないかと思うようになりました。

>世界から飢えと貧困をなくすことという、10代のころから命題は変わっていない。だから食のビジネスには興味があったのです。

その後吉野家が経営危機に陥るところまでが前編で、後編はその次ですが、ふむ、社会主義革命を志して港湾労働者を組織しようとしていた革命青年が資本主義に目覚めると、資本主義体制の下で生ぬるく労働条件がどうとかこうとか言ってるような中途半端な連中は、ちゃんちゃらおかしいということなのでしょうか。

この辺、学生時代に革命的学生運動に身を投じていたような方々が中年期にはかえって資本の論理を振りかざすという学者や評論家の世界にも見られる現象の一環という感じもしますが、いずれにしても、いろんな意味で大変興味深いインタビューです。後編が待ち遠しいですね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-47c9.html(世界革命を目指す独裁者)

去る21日のエントリで紹介したすき家のゼンショー社長の小川賢太郎氏ですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-6e9f.html(「アルバイトは労働者に非ず」は全共闘の発想?)

Hyoshi ネット上にはまだインタビューの後編は載っていませんが、雑誌『日経ビジネス』には「革命家の見果てぬ夢 牛丼に連なる運命」という記事が載っていますので、そちらから興味深いところをご紹介しましょう。

吉野家を辞めて自分の会社を立ち上げたところから、

>「資本は小川賢太郎100%、意思決定も小川賢太郎100%。専制君主制でやる。なぜなら議論している時間はないからだ」

牛丼という武器を手に革命を目指す独裁者が生まれた瞬間だった。

・・・

>小川はゼンショーを設立したとき、創業メンバーにこう語っている。

「俺は民主主義教育を受けてきた人間。東大全共闘の名においても、いつまでも専制君主でやっているわけにはいかない。憲法を定めて立憲君主制にし、いずれ民主主義にする」

一方で小川はこうも言う。

「最初の頃から民主主義的な会社というのは、成長しないと思うんです。やはり強烈なリーダーが、俺が黒と言ったら黒なんだということで、その代わり全責任を負って、失敗したら俺の命もないと」

小川にとって国内での成功は、世界革命への序章に過ぎない。だから民主主義へはまだ移行しない。

世界革命を目指す独裁者!

世界革命がなった暁には、お前たちにも民主主義が与えられるであろう。

だが、革命戦争のまっただ中の今、民主主義を求めるような反革命分子は粛清されなければならない!

まさしく、全共闘の闘う魂は脈々と息づいていたのですね。

そして、歴史は何と無慈悲に繰り返すことでしょうか。

一度目は悲劇として、二度目は・・・、すき家の外部の者にとっては喜劇として、しかし内部の者にとっては再度の悲劇として。

直接関係ありませんが、学生時代に革命運動に邁進し、その後立場は全く逆になっても「革命戦争のまっただ中の今、民主主義を求めるような反革命分子は粛清されなければならない」という姿勢だけは全く変わらない御仁もどこかにいたような・・・。

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『改正労働契約法に企業はどう対応しようとしているのか』

Jil昨年11月に記者発表されたときに本ブログでも紹介した調査結果が報告書の形にまとまりました。渡邊木綿子さんの執筆です。

http://www.jil.go.jp/institute/research/2014/122.htm(改正労働契約法に企業はどう対応しようとしているのか―「高年齢社員や有期契約社員の法改正後の活用状況に関する調査」結果―)

改正労働契約法に企業はどのように対応しようとしているのか、有期契約労働者の雇用管理にどういった影響が及び得るのかを把握する。

昨年11月のエントリはこちらです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/post-7763.html(改正労働契約法への企業の対応)

改正労働契約法における無期転換ルール(第18条)への対応方針を尋ねると、調査時点では「対応方針は未定・分からない」とする企業が最多だったものの、次いで多かったのは「通算5年を超える有期契約労働者から、申込みがなされた段階で無期契約に切り換えていく」であり、「適性を見ながら5年を超える前に無期契約にしていく」や「雇入れの段階から無期契約にする」と合わせると、何らかの形で無期契約にしていく意向の企業が、フルタイム契約労働者で42.2%、パートタイム契約労働者で35.5%にのぼった(図表1)。

012201_expand
何らかの形で無期契約にしていく意向があるとした企業に対し、どのような形で無期契約にするか尋ねると、フルタイム契約労働者及びパートタイム契約労働者とも、「(新たな区分は設けず)各人の有期契約当時の業務・責任、労働条件のまま、契約だけ無期へ移行させる」割合がもっとも多かった(それぞれ33.0%、42.0%)(図表2)。次いで、フルタイム契約労働者では「既存の正社員区分に転換する」(25.9%)、パートタイム契約労働者では「正社員以外の既存の無期契約区分に転換する」(16.2%)の順に多く、正社員以外の無期契約区分を活用する割合は、既存・新設を合わせてフルタイム契約労働者で25.0%、パートタイム契約労働者では26.7%となった。

012202_expand
改正労働契約法における有期・無期契約労働者間の不合理な労働条件の相違禁止ルール(第20条)に対応するため、雇用管理上で何らかの見直しを行ったか尋ねると、フルタイム契約労働者あるいはパートタイム契約労働者を雇用している企業のうち、「既に見直しを行った」及び「今後の見直しを検討している」割合は合わせても1割程度にとどまり、「見直しを行うかどうかを含めて方針未定」が半数弱、「見直し予定はない(現状通りで問題ない)」が3社に1社超にのぼった(図表3)。

012203expand
今般の労働契約法の改正を契機に、①有期契約の反復更新に係る上限を設定する企業が増えるのではないか、②正社員への転換制度・慣行に影響が及ぶのではないか、③有期契約労働者の活用自体が縮小するのではないか、などと懸念された反作用は、少なくとも調査時点では限定的であることも確認された。

政策的インプリケーションとしては、

•労働契約法が改正されたことに対する企業の認知度は高いが、内容についてはさらに浸透させていく必要がある。改正内容の認知度は、対応方針の明確化に寄与することから、無期転換申込権発生前後の混乱を避けるためにも、できるだけ速やかに浸透させることが重要である。

•調査時点では、無期転換ルールを回避しようとする企業は6~7社に1社程度と多くなく 、また、改正労働契約法に伴い契約の更新回数上限や勤続年数上限等を新設した企業も限定的であることが判明した。とはいえ、未だ対応方針を決めかねている企業も少なくない。今後も適宜、同様の調査を行いながら、引き続き動向を注視していく必要がある。

•今回の調査では、改正労働契約法が概ね前向きに受け止められている様子が浮き彫りになった。だが、今後、雇用調整が必要になった場合の対処方法や、正社員と有期契約労働者の間の仕事や労働条件のバランスの図り方などが、課題になるとみている企業も多い。無期化区分の雇用管理上の留意点や、モデルとなるような事例について、政策的に示していく必要性が改めて示唆された。

201406この調査結果は大変関心を持たれ、去る3月に開かれた労働政策フォーラムでも報告され、その概要が『ビジネス・レーバー・トレンド』の6月号ににも載っています。




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久しぶりに『新しい労働社会』にも書評

131039145988913400963昨年、今年と新刊書が出ても、以前の本も着実に読まれ続けているというのは、書いた身としてはうれしいことです。昨今は新書本もその場限り、その時限りの書き捨て、読み捨て本が溢れていますが、こうして時々思い出したように書評がアップされるということは、そういうたぐいの本とは違うカテゴリーで読まれ続けているということを示しているようで、ありがたいことです。

アマゾンレビューでは、「K. ANDO」さんが5月28日付で、

http://www.amazon.co.jp/review/R2GZ7BU39IMW7V/ref=cm_cr_pr_perm?ie=UTF8&ASIN=4004311942

この本で学んだこと、インスパイアされたことは数あるけれど、長期にわたって記憶に残ると思うのは冒頭にある次の趣旨の一節。

「私は、社会問題を論ずる際に、その現実適合性を担保してくれるものは、国際比較の観点と歴史的パースペクティブだと考えています。空間的、時間的な広がりの中で捉えることで、常識外れの議論に陥らずに済みます。」

労働問題に限らず、今後自分で論を立てようとするときに、このことを銘記しようと思いました。

労働問題に限らず、とても有益な本だと思います。

と、ツボにはまる書評をしていただいておりますし、

読書メーターでは、5月10日付で「あんさん」さんが

http://book.akahoshitakuya.com/cmt/37880124

労働問題は社会保障問題につながり、さらに教育から社会の成り立ち、最終的には社会正義や民主主義をどう考えるか、という所までつながっていく... 良し悪しは別として、特に欧米とは大きく異なり、しかも法制度と実態とが乖離している日本の雇用・労働慣行にも、それなりの歴史的経緯が... 少なくとも、一筋縄ではいかない複雑なテーマだということは理解できた。

続いて5月26日には「ELW」さんが

http://book.akahoshitakuya.com/cmt/38309395

素晴らしい概説書。派遣、非正規、扶養手当などの問題がEUでの 扱いとともに紹介され、考えさせられるところが多かった。薬師院 仁志の『日本とフランス』を読んでおいて良かった。

と評していただいております。

26184472_1なお、今月出した『日本の雇用と中高年』についても、ツイートでこういうコメントが:

https://twitter.com/retascag/status/470851746399399936

電シス序論の課題のために『日本の雇用と中高年』を読み進めているが、最初はムズいと思って読んでいたものの、総文で経営学とってるからか、なかなか興味深い内容でビックリ。

https://twitter.com/harahirohire/status/472323976027316224

濱口桂一郎『日本の雇用と中高年』読了。賃金がフラットなジョブ型労働契約と、年功賃金分の生計費を賄う普遍的な社会保障の組合せが目指すべき道なのだろう。しかし改革後の総コスト(賃金+社会保障費)が変わらない経営側と、年功賃金を正当な対価と考える労働者の間で改革主体が見つからない。

ついでに、これは何に対する評なのかよくわからないのですが、とりあえずここに並べておきます。外見に対する評価等ではないことだけは間違いないと思うので・・・。

https://twitter.com/mizuna3/status/469803557072281601

特に理由は言わないけど今さきほど私のハマちゃんこと濱口桂一郎への評価が急激に上がった。

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平成25年度個別労働紛争解決制度施行状況

平成25年度個別労働紛争解決制度施行状況が公表されました。

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000047179.html

http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10401000-Daijinkanbouchihouka-Chihouka/0000047216.pdf

全体的な傾向としては、相談、助言指導、あっせんいずれも件数は減少傾向。中身は解雇が減っていじめが増えている、ということです。

総合労働相談件数                 1,050,042 件 (前年度比 1.6%

うち民事上の 個別労働紛争相談件数      245,783 件 ( 同     3.5%

・ 助言・指導申出件数                  10,024 件 ( 同     3.3%

・ あっせん申請件数                    5,712 件 ( 同     5.5% ) 

もう少し詳しめにみていくと、リーマンショックを受けた2008年度の事案についてかつて分析したことがありますが、そのときに比べると経済状況の改善によって整理解雇が激減しているのに対し、それ以外の雇用終了は横ばい気味、そしていじめ・嫌がらせが激増しているというのが率直な印象です。

先日来新しい労働時間制度というので騒ぎになっている産業競争力会議のペーパーですが、もう一つのトピックが「予見可能性の高い労働紛争解決システムの構築」で、こちらについては田村厚生労働大臣の提出資料でも、

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/kadaibetu/dai4/siryou6.pdf

労働局におけるあっせんについて分析・整理を実施。労働審判、裁判における和解事案についても、法務省を通じ裁判所と調査方法等について調整中。

と書かれているとおり、分析を進めているところです。

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西村純『スウェーデンの労使関係―協約分析を中心に』

SwedenJILPTの報告書『スウェーデンの労使関係―協約分析を中心に』がアップされました。執筆は西村純さんです。ちなみに「いたる」と読みます。

http://www.jil.go.jp/institute/reports/2014/0165.htm

現代日本においては、労働法制上労働協約が就業規則に優越する法規範として位置づけられているにもかかわらず、企業別組合中心の中でその存在感は希薄であり、使用者が定める就業規則が法規範の中心的存在となっている。これに対し、欧州諸国では全国や産業レベルで締結される労働協約が国家法と企業レベルを媒介する重要な法規範として労働社会を規制している。ただし、近年事業所協定や企業協約への分権化が指摘されている。

そこで、産業レベル労働協約が中心である欧州諸国を中心に、現代先進諸国における規範設定に係る集団的労使関係の在り方(国、産業レベルの団体交渉、労働協約とその拡張適用、企業レベルの協議交渉等)について実証的かつ包括的に研究し、これからの日本の労働社会の在り方に関するマクロ的議論の素材とする。

かかるプロジェクト研究の中で、本調査研究では、特に、下記の事柄に注目し、調査を実施した。

1.労働力の集団的取引が今なお維持されている国における労使関係の実態の解明

2.中でも特に、スウェーデン・モデルにおけるコアとなる賃金決定・労働移動のルールの解明

西村さんについては、先日、JILPTのコラムに登場したのでご記憶の方もいるかも知れません。

http://www.jil.go.jp/column/bn/colum0247.htm(ジョブ型社員と思われる労働者の心情)

メンバーシップ型をうらやましがるジョブ型のスウェーデンの労働者の実態を、うらやましがられた日本人の研究者が実際に現場に行って調べてきた成果です。主な事実発見はこれだけあります。

1.労使関係の構造は、組合の単一構造となっている。この点で、組合と事業所委員会からなるドイツのような二重構造にはなっていない。

2.また、地域レベルの産別協約というものも存在していない。産別協約はあくまで、中央組織で締結されるセントラルアグリーメント(セクター協約)のみとなっている。

3.組織率は、90年初頭と比べると、低下傾向にあるものの、6割以上をキープしている。また、製造業に関してみると、その低下率は低く8割近い水準を維持している。協約適用率は、依然として高く、ブルーカラーでは91%にのぼる。

4.産別協約が適用される同一事業所内に組合員、および、非組合員がいる場合、非組合員にも、その内容が適用される。もし、そうしなければ差別にあたるということもあり、このような方法がとられている。

5.協約間関係(産別協約と企業レベルで締結されるローカル協約)については、「ノーメランダバーカン(Normerande Verkan;以下NV)」というルールがある。NVと見なされる事項については、産別協約の内容が、ローカル(企業)レベルでもそのまま適用される。NVでない事項については、ローカル協約によって、産別協約の内容を変更することができる。賃上げ率は、NVではないため、企業レベルの労使交渉で、産別協約の内容を変更できる。

6.しかしながら、実際には、産別協約の内容を下回るような内容の協約を、企業レベルで締結することはできない。この点は、企業レベルの組合(クラブ)の交渉力による部分が大きい。

7.一方、産別協約は、賃金に関して非常にラフな規定しか設けていない。職務の価格に関する規定という点から、産別協約の内容を吟味すれば、必ずしも精緻な規定を設けているわけではないと考えられる。例えば、職務の定義については、図表2のような規定が置かれている。V社組合代表の言葉を借りると「企業は独自の賃金システムを持っており、独自の賃金表(tariff)を持っている。それぞれの労働者の賃金は、会社の制度に基づいて決定している」。

8.また、ブルーカラーにも能力査定が導入されている。しかし、組合は、そうした変動給部分を、賃金を安定的、かつ、集団的に上げていくための道具として活用している。能力査定は、組合からの要望で導入される場合もある(A社)。以上のことから、変動給の導入は、組合を弱体化させるというよりは、活性化していると考えられる。一般的に言われるような、能力査定が組合の団結力を低下させることには繋がっていないことが窺われる。

9.整理解雇の人選については、雇用保護法で定められている先任権規定に基づき、対象者が自動的に選定されているわけではない。先任権規定を厳格に適用しては、実際の業務が立ち行かなくなるということを、組合自身も分かっており、無理な適用を経営に主張することはしていない。

10.整理解雇の人数や人選は、現場の労使交渉を経て、決定している。その全てが、経営の自由であるわけでもなければ、その全てが法律の規定である先任権に従って実施されているわけでもない。労使双方の要望が合致するよう、適度な内容で合意形成がなされ、実施されている。

11.そして、その際には少なくない回数の交渉が、労使の間で実施されている。経営は、こうした度重なる交渉に応じる負担を引き受けることと引き換えに、解雇者の選定において自らの意図を一定程度反映させることができるようになっている。

12.こうした密な労使交渉が行われる理由は、もし、組合と人員削減の人数や人選について合意できなければ、法律にある先任権規定が自動的に適用されることになるからである。

13.失業対策に関して、産別組合の地域支部が果たしている役割が実は大きい可能性が示唆された。

こうやってまとめてしまうと、いささか平板ですが、是非リンク先の本文を読んでみてください。すごく生々しい筆致で、スウェーデンの労働者の生き方が浮かび上がってきます。

西村さんが感じた政策的インプリケーションはこうですが、

1.産別協約に基づいた集団的労使関係システムを維持する上で、企業レベル(主に事業所もしくは職場)の労働組合が果たしている役割は少なくない。この点は、産業レベルにおいて集団的労使関係システムを構築したとしても、企業レベルの組合の役割が小さくなるわけではないことを示唆していると思われる。

2.一方で、産業レベルの労使関係に参加することで、経営側は一定の金銭的メリット(保険料の企業負担分の控除、職場で過度の賃上げ要求を行う労働者の発言の抑制など)を享受している。このことから、集団的労使関係システムは、労使双方にメリットがあるような形で構築されなければならないと考えられる。

3.整理解雇時の労使交渉の分析から、先任権という法規定が、それ自体の実施ではなく、事業所内での労使交渉の実施を促していることが明らかとなった。法律の具体的な規定が、その逸脱規定と合わさって、企業内において労使の真摯な交渉を促すことに寄与しているという事実は、企業内に形成された発言機構の実効性の担保を考える上で、興味深い知見だと思われる。

読まれた方それぞれに、いろんなインプリケーションを感じるのではないか、それだけの深い中身をもった報告書です。


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サービス価格は労働の値段である

十年一日の如く、ネット上では定期的に生産性の話題が上がるようですが、本ブログではもうとっくに済んでおります。ただ、こういう単純なことがなかなか理解してもらえないだけで・・・。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/post-8791.html(なにい?労働生産性が低いい?なんということだ、もっとビシバシ低賃金で死ぬ寸前まで働かせて、生産性を無理にでも引き上げろ!!!)

依然としてサービスの生産性が一部で話題になっているようなので、本ブログでかつて語ったことを・・・、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-107c.html(スマイル0円が諸悪の根源)

日本生産性本部が、毎年恒例の「労働生産性の国際比較2010年版」を公表しています。

http://activity.jpc-net.jp/detail/01.data/activity001013.html

>日本の労働生産性は65,896ドル(755万円/2009年)。1998年以来11年ぶりに前年水準を割り込み、順位もOECD加盟33カ国中第22位と前年から1つ低下。

>製造業の労働生産性は米国水準の70.6%、OECD加盟主要22カ国中第6位と上位を維持。

>サービス産業の労働生産性は、卸小売(米国水準比42.4%)や飲食宿泊(同37.8%)で大きく立ち遅れ

前から、本ブログで繰り返していることですが、製造業(などの生産工程のある業種)における生産性と、労働者の労務それ自体が直接顧客へのサービスとなるサービス業とでは、生産性を考える筋道が違わなければいけないのに、ついつい製造業的センスでサービス業の生産性を考えるから、

>>お!日本はサービス業の生産性が低いぞ!もっともっと頑張って生産性向上運動をしなくちゃいけない!

という完全に間違った方向に議論が進んでしまうのですね。

製造業のような物的生産性概念がそもそもあり得ない以上、サービス業も含めた生産性概念は価値生産性、つまりいくらでそのサービスが売れたかによって決まるので、日本のサービス業の生産性が低いというのは、つまりサービスそれ自体である労務の値段が低いということであって、製造業的に頑張れば頑張るほど、生産性は下がる一方です。

http://activity.jpc-net.jp/detail/01.data/activity001013/attached.pdf

この詳細版で、どういう国のサービス生産性が高いか、4頁の図3を見て下さい。

1位はルクセンブルク、2位はオランダ、3位はベルギー、4位はデンマーク、5位はフィンランド、6位はドイツ・・・。

わたくしは3位の国に住んで、1位の国と2位の国によく行ってましたから、あえて断言しますが、サービスの「質」は日本と比べて天と地です。いうまでもなく、日本が「天」です。消費者にとっては。

それを裏返すと、消費者天国の日本だから、「スマイル0円」の日本だから、サービスの生産性が異常なまでに低いのです。膨大なサービス労務の投入量に対して、異常なまでに低い価格付けしか社会的にされていないことが、この生産性の低さをもたらしているのです。

ちなみに、世界中どこのマクドナルドのCMでも、日本以外で「スマイル0円」なんてのを見たことはありません。

生産性を上げるには、もっと少ないサービス労務投入量に対して、もっと高額の料金を頂くようにするしかありません。ところが、そういう議論はとても少ないのですね。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-2546.html(サービスの生産性ってなあに?)

(追記)

ついった上で、こういうコメントが、

http://twitter.com/nikoXco240628/status/17619055213027328

>サービスに「タダ」という意味を勝手に内包した日本人の価値観こそが諸悪の根源。

たしかに、「サービス残業」てのも不思議な言葉ですね。英語で「サービス」とは「労務」そのものですから素直に直訳すれば「労務残業」。はぁ?

どういう経緯で「サービスしまっせ」が「タダにしまっせ」という意味になっていったのか、日本語の歴史として興味深いところですね。

※欄

3法則氏の面目躍如:

http://twitter.com/ikedanob/status/17944582452944896

0713fe530fcea06ff35722211e39f7b9__2>日本の会社の問題は、正社員の人件費が高いことにつきる。サービス業の低生産性もこれが原因。

なるほど、ルクセンブルクやオランダやベルギーみたいに、人件費をとことん低くするとサービス業の生産性がダントツになるわけですな。
さすが事実への軽侮にも年季が入っていることで。

なんにせよ、このケーザイ学者というふれこみの御仁が、「おりゃぁ、てめえら、ろくに仕事もせずに高い給料とりやがって。だから生産性が低いんだよぉ」という、生産性概念の基本が分かっていないそこらのオッサン並みの認識で偉そうにつぶやいているというのは、大変に示唆的な現象ではありますな。

(追記)

http://twitter.com/WARE_bluefield/status/18056376509014017

A6d443f6111359036af108d43070c76c__2>こりゃ面白い。池田先生への痛烈な皮肉だなぁ。/ スマイル0円が諸悪の根源・・・

いやぁ、別にそんなつもりはなくって、単純にいつも巡回している日本生産性本部の発表ものを見て、いつも考えていることを改めて書いただけなんですが、3法則氏が見事に突入してきただけで。それが結果的に皮肉になってしまうのですから、面白いものですが。
というか、この日本生産性本部発表資料の、サービス生産性の高い国の名前をちらっと見ただけで、上のようなアホな戯言は言えなくなるはずですが、絶対に原資料に確認しないというのが、この手の手合いの方々の行動原則なのでしょう。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-2546.html(サービスの生産性ってなあに?)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_b2df.html(労働市場改革専門調査会第2回議事録)

(参考)上記エントリのコメント欄に書いたことを再掲しておきます。

>とまさんという方から上のコメントで紹介のあったリンク先の生産性をめぐる「論争」(みたいなもの)を読むと、皆さん生産性という概念をどのように理解しているのかなあ?という疑問が湧きます。労働実務家の立場からすると、生産性って言葉にはいろんな意味があって、一番ポピュラーで多分このリンク先の論争でも意識されているであろう労働生産性にしたって、物的生産性を議論しているのか、価値生産性を議論しているのかで、全然違ってくるわけです。ていうか、多分皆さん、ケーザイ学の教科書的に、貨幣ヴェール説で、どっちでも同じだと思っているのかも知れないけれど。

もともと製造業をモデルに物的生産性で考えていたわけだけど、ロットで計ってたんでは自動車と電機の比較もできないし、技術進歩でたくさん作れるようになったというだけじゃなくて性能が上がったというのも計りたいから、結局値段で計ることになったわけですね。価値生産性という奴です。

価値生産性というのは値段で計るわけだから、値段が上がれば生産性が上がったことになるわけです。売れなきゃいつまでも高い値段を付けていられないから、まあ生産性を計るのにおおむね間違いではない、と製造業であればいえるでしょう。だけど、サービス業というのは労働供給即商品で加工過程はないわけだから、床屋さんでもメイドさんでもいいけど、労働市場で調達可能な給料を賄うためにサービス価格が上がれば生産性が上がったことになるわけですよ。日本国内で生身でサービスを提供する労働者の限界生産性は、途上国で同じサービスを提供する人のそれより高いということになるわけです。

どうもここんところが誤解されているような気がします。日本と途上国で同じ水準のサービスをしているんであれば、同じ生産性だという物的生産性概念で議論しているから混乱しているんではないのでしょうか。

>ていうか、そもそもサービス業の物的生産性って何で計るの?という大問題があるわけですよ。
価値生産性で考えればそこはスルーできるけど、逆に高い金出して買う客がいる限り生産性は高いと言わざるを得ない。
生身のカラダが必要なサービス業である限り、そもそも場所的なサービス提供者調達可能性抜きに生産性を議論できないはずです。
ここが、例えばインドのソフトウェア技術者にネットで仕事をやらせるというようなアタマの中味だけ持ってくれば済むサービス業と違うところでしょう。それはむしろ製造業に近いと思います。
そういうサービス業については生産性向上という議論は意味があると思うけれども、生身のカラダのサービス業にどれくらい意味があるかってことです(もっとも、技術進歩で、生身のカラダを持って行かなくてもそういうサービスが可能になることがないとは言えませんけど)。

>いやいや、製造業だろうが何だろうが、労働は生身の人間がやってるわけです。しかし、労働の結果はモノとして労働力とは切り離して売買されるから、単一のマーケットでついた値段で価値生産性を計れば、それが物的生産性の大体の指標になりうるわけでしょう。インドのソフトウェアサービスもそうですね。
しかし、生身のカラダ抜きにやれないサービスの場合、生身のサービス提供者がいるところでついた値段しか拠り所がないでしょうということを言いたいわけで。カラダをおいといてサービスの結果だけ持っていけないでしょう。
いくらフィクションといったって、フィリピン人の看護婦がフィリピンにいるままで日本の患者の面倒を見られない以上、場所の入れ替えに意味があるとは思えません。ただ、サービス業がより知的精神的なものになればなるほど、こういう場所的制約は薄れては行くでしょうね。医者の診断なんてのは、そうなっていく可能性はあるかも知れません。そのことは否定していませんよ。

>フィリピン人のウェイトレスさんを日本に連れてきてサービスして貰うためには、(合法的な外国人労働としてという前提での話ですが)日本の家に住み、日本の食事を食べ、日本の生活費をかけて労働力を再生産しなければならないのですから、フィリピンでかかる費用ではすまないですよ。パスポートを取り上げてタコ部屋に押し込めて働かせることを前提にしてはいけません。
もちろん、際限なくフィリピンの若い女性が悉く日本にやってくるまで行けば、長期的にはウェイトレスのサービス価格がフィリピンと同じまで行くかも知れないけれど、それはウェイトレスの価値生産性が下がったというしかないわけです。以前と同じことをしていてもね。しかしそれはあまりに非現実的な想定でしょう。

要するに、生産性という概念は比較活用できる概念としては価値生産性、つまり最終的についた値段で判断するしかないでしょう、ということであって。

>いやいや、労働生産性としての物的生産性の話なのですから、労働者(正確には組織体としての労働者集団ですが)の生産性ですよ。企業の資本生産性の話ではなかったはず。
製造業やそれに類する産業の場合、労務サービスと生産された商品は切り離されて取引されますから、国際的にその品質に応じて値段が付いて、それに基づいて価値生産性を測れば、それが物的生産性の指標になるわけでしょう。
ところが、労務サービス即商品である場合、当該労務サービスを提供する人とそれを消費する人が同じ空間にいなければならないので、当該労務サービスを消費できる人が物的生産性の高い人やその関係者であってサービスに高い値段を付けられるならば、当該労務サービスの価値生産性は高くなり、当該労務サービスを消費できる人が物的生産性の低い人やその関係者であってサービスに高い価格をつけられないならば、当該労務サービスの価値生産性は低くなると言うことです。
そして、労務サービスの場合、この価値生産性以外に、ナマの(貨幣価値を抜きにした)物的生産性をあれこれ論ずる意味はないのです。おなじ行為をしているじゃないかというのは、その行為を消費する人が同じである可能性がない限り意味がない。
そういう話を不用意な設定で議論しようとするから、某開発経済実務家の方も、某テレビ局出身情報経済専門家の方も、へんちくりんな方向に迷走していくんだと思うのですよ。

>まあ、製造業の高い物的生産性が国内で提供されるサービスにも均霑して高い価値生産性を示すという点は正しいわけですから。
問題は、それを、誰がどうやって計ればいいのか分からない、単位も不明なサービスの物的生産性という「本質」をまず設定して、それは本当は低いんだけれども、製造業の高い物的生産性と「平均」されて、本当の水準よりも高く「現象」するんだというような説明をしなければならない理由が明らかでないということですから。
それに、サービスの価値生産性が高いのは、製造業の物的生産性が高い国だけじゃなくって、石油がドバドバ噴き出て、寝そべっていてもカネが流れ込んでくる国もそうなわけで、その場合、原油が噴き出すという「高い生産性」と平均されるという説明になるのでしょうかね。
いずれにしても、サービスの生産性を高めるのはそれがどの国で提供されるかということであって、誰が提供するかではありません。フィリピン人メイドがフィリピンで提供するサービスは生産性が低く、ヨーロッパやアラブ産油国で提供するサービスは生産性が高いわけです。そこも、何となく誤解されている点のような気がします。

>大体、もともと「生産性」という言葉は、工場の中で生産性向上運動というような極めてミクロなレベルで使われていた言葉です。そういうミクロなレベルでは大変有意味な言葉ではあった。
だけど、それをマクロな国民経済に不用意に持ち込むと、今回の山形さんや池田さんのようなお馬鹿な騒ぎを引き起こす原因になる。マクロ経済において意味を持つ「生産性」とは値段で計った価値生産性以外にはあり得ない。
とすれば、その価値生産性とは財やサービスを売って得られた所得水準そのものなので、ほとんどトートロジーの世界になるわけです。というか、トートロジーとしてのみ意味がある。そこに個々のサービスの(値段とは切り離された本質的な)物的生産性が高いだの低いだのという無意味な議論を持ち込むと、見ての通りの空騒ぎしか残らない。

>いや、実質所得に意味があるのは、モノで考えているからでしょう。モノであれば、時間空間を超えて流通しますから、特定の時空間における値段のむこうに実質価値を想定しうるし、それとの比較で単なる値段の上昇という概念も意味がある。
逆に言えば、サービスの値段が上がったときに、それが「サービスの物的生産性が向上したからそれにともなって値段が上がった」と考えるのか、「サービス自体はなんら変わっていないのに、ただ値段が上昇した」と考えるのか、最終的な決め手はないのではないでしょうか。
このあたり、例の生産性上昇率格差インフレの議論の根っこにある議論ですよね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-0c56.html(誰の賃金が下がったのか?または国際競争ガーの誤解)

経済産業研究所が公表した「サービス産業における賃金低下の要因~誰の賃金が下がったのか~」というディスカッションペーパーは、最後に述べるように一点だけ注文がありますが、今日の賃金低迷現象の原因がどこにあるかについて、世間で蔓延する「国際競争ガー」という誤解を見事に解消し、問題の本質(の一歩手前)まで接近しています。・・・・・

国際競争に一番晒されている製造業ではなく、一番ドメスティックなサービス産業、とりわけ小売業や飲食店で一番賃金が下落しているということは、この間日本で起こったことを大変雄弁に物語っていますね。

「誰の賃金が下がったのか?」という疑問に対して一言で回答すると、国際的な価格競争に巻き込まれている製造業よりむしろ、サービス産業の賃金が下がった。また、サービス産業の中でも賃金が大きく下がっているのは、小売業、飲食サービス業、運輸業という国際競争に直接的にはさらされていない産業であり、サービス産業の中でも、金融保険業、卸売業、情報通信業といたサービスの提供範囲が地理的制約を受けにくいサービス産業では賃金の下落幅が小さい。

そう、そういうことなんですが、それをこのディスカッションペーパーみたいに、こういう表現をしてしまうと、一番肝心な真実から一歩足を引っ込めてしまうことになってしまいます。

本分析により、2000 年代に急速に進展した日本経済の特に製造業におけるグローバル化が賃金下落の要因ではなく労働生産性が低迷するサービス産業において非正規労働者の増加及び全体の労働時間の抑制という形で平均賃金が下落したことが判明した。

念のため、この表現は、それ自体としては間違っていません。

確かにドメスティックなサービス産業で「労働生産性が低迷した」のが原因です。

ただ、付加価値生産性とは何であるかということをちゃんと分かっている人にはいうまでもないことですが、世の多くの人々は、こういう字面を見ると、パブロフの犬の如く条件反射的に、

なにい?労働生産性が低いい?なんということだ、もっとビシバシ低賃金で死ぬ寸前まで働かせて、生産性を無理にでも引き上げろ!!!

いや、付加価値生産性の定義上、そういう風にすればする程、生産性は下がるわけですよ。

そして、国際競争と関係の一番薄い分野でもっとも付加価値生産性が下落したのは、まさにそういう条件反射的「根本的に間違った生産性向上イデオロギー」が世を風靡したからじゃないのですかね。

以上は、経済産業研究所のDPそれ自体にケチをつけているわけではありません。でも、現在の日本人の平均的知的水準を考えると、上記引用の文章を、それだけ読んだ読者が、脳内でどういう奇怪な化学反応を起こすかというところまで思いが至っていないという点において、若干の留保をつけざるを得ません。

結局、どれだけ語ってみても、

なにい?労働生産性が低いい?なんということだ、もっとビシバシ低賃金で死ぬ寸前まで働かせて、生産性を無理にでも引き上げろ!!!

とわめき散らす方々の精神構造はこれっぽっちも動かなかったということでしょうか。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-fcfc.html(労働生産性から考えるサービス業が低賃金なワケ@『東洋経済』)

20120627000143401今年の東洋経済でも取り上げたのですけどね。

「日本の消費者は安いサービスを求め、労働力を買いたたいている。海外にシフトできず日本に残るサービス業をわざわざ低賃金化しているわけだ。またその背景には、高度成長期からサービス業はパート労働者を使うのが上手だったという面もある」(労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎統括研究員)

こう考えると、サービス業の賃金上昇には、高付加価値化といった産業視点の戦略だけでなく、非正社員の待遇改善など労働政策も必須であることがわかる。「サービス価格は労働の値段である」という基本に立ち戻る必要がある。

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岸健二編『業界と職種がわかる本 ’16年版』

7960_1400134692岸健二編『業界と職種がわかる本 ’16年版』 をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.seibidoshuppan.co.jp/product/9784415218373/

これから就職活動をする学生のために、業界や職種を11業種・8職種にまとめて簡潔に紹介。就職活動の流れや最新採用動向も掲載。就職活動の基本である業界職種研究の入門書として最適な一冊。
自分に合った業界・職種を見つけ就職活動に臨む準備ができる。

ということで、就活用のガイドブックですが、業界研究に「業界を理解しよう」と並んで「各業界の働く環境を知っておこう」がちゃんと入っていたり、業界研究と並んで職種研究があったりと、結構本格派の本になっています。

◇ 将来を見据えた企業選びのために
◇ 最新動向を1ページでおさらい 就職活動ポイントチェック
◇ 本書の構成と使い方

【第1章】 業界研究

 1 業界を理解しよう
 2 各業界の働く環境を知っておこう
 3 各業界の仕事を理解しよう

【第2章】 職種研究

 1 企業のしくみを知っておこう
 2 職種への理解を深めよう
 3 企業が求める人物像とは?

【第3章】 就職活動シミュレーション

 1 就職活動の流れを知っておこう
 2 準備なくして勝機なし
 3 いざ、企業にアプローチ
 4 山あれば谷ありの就職戦線
 5 先輩たちの就職活動日記
 6 スケジュールチェックシート

【第4章】 最新採用動向

 1 学生確保の競争が激化
 2 活動時期が大きく変化

【インタビュー】 先輩に聞いた就職活動の極意

◇ 「内定」を得た先に ― 将来を見すえたキャリアデザインをしよう

編者の岸健二さんは、長く日本人材紹介事業協会でこの分野に携わり、最近では労働調査会のサイトで「労働あ・ら・かると」というコラムの執筆者の一人としても活躍しています。

最近のコラムを紹介しておきますと、

http://www.chosakai.co.jp/information/11406/(「ブラック企業を紹介するな」というクレイム)

「若者の使い捨てが疑われる企業」「違法な労働条件下で人材を働かせる雇用主」といった定義が定着しつつあると思える「ブラック企業」という言葉ですが、最近私の仕事である「民間職業紹介を利用しての苦情の受付と対処助言」窓口への、人材の方からの電話やメールでの苦情申立ての中にも、よくこの言葉が使われるようになってきました。

その内容で多いのが、「人材会社から紹介されて求人企業に面接に行ったが、とんでもないブラック企業だった。面接交通費、時給、慰謝料を、その紹介会社に支払ってもらいたい。」「人材会社に求職登録したら、紹介してくる会社はブラック企業ばかりで、まともな求人がない。もう少しマシな求人はありませんか。悪い求人は受付を拒否し、良い求人を選んで紹介してほしい。」というパターンです。・・・

このコラムの書き手の中では、いつも結構洒脱な文章を書かれるので、愛読者も多いと思います。


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ホワイトカラー・ノンエグゼンプションの原点@『全国労保連』5月号

『全国労保連』5月号に寄稿した「ホワイトカラー・ノンエグゼンプションの原点」です。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/rouhoren1405.html

 昨年来、規制改革会議や産業競争力会議といった政府中枢の会議体において、そしてそれを受けて厚生労働省の労働政策審議会においても、労働時間規制の見直しの議論が始まっていることは周知の通りです。私もその議論の中で、とりわけ過労死防止や健康確保の観点から、時間外労働の物理的上限設定や毎日の休息時間(インターバル)規制の必要性を説いてきていますが、ここではその問題は取り上げません。

 もう一つの大きな論点が裁量労働制やホワイトカラーエグゼンプションとして論じられてきた問題ですが、こちらについても、労働時間規制の問題ではなく賃金規制の問題として論ずべし、というのが私の年来の主張です。つまり、労働時間と成果とが比例せず、働いた時間だけ賃金を支払わなければならないという規制が適切でない労働者とはどういう人々なのか、という観点から冷静な議論をすべきではないかということです。

 ここでは、終戦直後に制定された労働基準法が、管理監督者というごく少数の人々を除いて、ホワイトカラーもブルーカラーもすべて労基法37条による残業代規制の対象に含めてしまったのはなぜか、という観点から、あまり知られていない歴史秘話をひもといてみたいと思います。

 そもそも戦前は、職工(工員)と呼ばれたブルーカラーと職員と呼ばれたホワイトカラーは異なる賃金制度の下にありました。ブルーカラーは時給制または日給制で、早出残業の場合はその時間分が歩増で支払われました。一方ホワイトカラーは純粋月給制で、欠勤しても減額されない代わりに残業しても残業代は付きません。ノーワーク・ノーペイでもなければノーペイ・ノーワークでもない世界です。

 ところが1947年に制定された労働基準法では、ホワイトカラーもノーワーク・ノーペイかつノーペイ・ノーワークの世界になってしまいました。この点、実は制定直後から問題意識はあったようで、1948年9月に出された『労働基準法逐条解説全書』(産業厚生時報社)の質疑応答の中に、次のようなものがあります(40頁~41頁)。

問:月によって定められた賃金の場合、割増賃金の算定では所定労働時間で除するのであるから、この面から考へれば、現今迄の月給制といふものは基準法が出来た為に、その純粋性を失って、日給月給制に移行した。但しこの場合でも平均賃金算定の場合は、総日数で除するのであるから、この面からは本来の月給制の純粋性をとどめてゐるが、ともかく基準法が出来た為に一面からは月給制であり、一面からは日給月給制となり、かくして本来の月給制と云ふものは基準法が制定された為に失くなったと考へられる。即ち、純粋の意での月給制は実施できなくなったと考へられるが如何?

答:労働基準法の賃金の考へ方は、アメリカ式の所定労働時間給的な考へ方である。であるから、超過労働に対しては割増賃金を支払う。然し、無届欠勤、遅参の場合、賃金の減額(労働のないところに賃金はないとの考へ方であるから、減額と云ふよりも始めから欠勤、遅参に相当する所定労働時間の賃金は与えないことになる)することも出来る訳であるから、ご意見の通りであると云ふことができる。

 これは労働基準監督官石丸兼一担当と明記されていますから、当時の労働省労働基準局監督課の公式見解でしょう。「アメリカ式の考へ方」といいながら、そのアメリカの制度が管理職だけでなくかなり広範なホワイトカラーの適用除外(ここでいう「純粋の意での月給制」)を認めているのを取り入れていないことに問題意識はなかったようです。

 戦前はきちんと峻別されていたブルーカラーとホワイトカラーが渾然一体に議論されるようになったのはなぜなのか。その原点は戦時体制下にあったようです。戦争の進展とともに労働移動率が高くなり、また標準以下の能率しか発揮しない者も増え、その原因を日給制ないし請負給制のもつ「その場限りの労働を買う性質」によるとする議論が出てきました。また、事業場は「陛下の赤子を預かる処」「勤労報国の場」であるとして工員月給制が提唱されました。並木製作所(現パイロット万年筆)の渡部旭氏の「賃金観より見た月給制度」はこう述べています。「欧米流の契約賃金説や労働商品説に由来する賃金制度、まして請負制度のごとき資本主義むき出しの賃金制度は、宜しく之を海の彼方に吹き放って、日本本来の『お給金制』に立ち戻るべきである。お給金制とは即ち月給制度のことである。月給制度こそは安業楽土の境地に於いて家族制度の美俗を長養し、事業一家、労資一体の姿に於いて産業報国の実を挙げうると同時に、真に産業を繁栄ならしむる最善の制度なのである。大死一番賃金と能率の関係を切り離せ。」これが職工と呼ばれて職員と差別的な取り扱いを受けてきた工員にとって、差別撤廃に向けた大きな意味を有するものであったこともまた確かでしょう。

 1945年4月に厚生省が策定した「勤労者(工員)給与制度ノ指導ニ関スル件」は、工員月給制を明確に定式化しています。しかしながら、これは「基本給ハ月ヲ単位トシテ支給スルコト、但シ正当ナ理由ナキ欠勤ニ対シテハ欠勤日数ニ対シ日割計算ヲ以テ減額支給スルヲ得ルコト」と、ノーワーク・ノーペイの要素を持ち込んだ純粋でない月給制を工員に適用しようとするものでした。これはさらに、「就業十時間ヲ超ユル早出残業」には早出残業手当、「所定休日ニ於ケル出勤」には休日出勤手当を「支給スルモノトスルコト」と、ノーペイ・ノーワークの原則は月給制にもかかわらず全面的に適用するというものでした。

 一方、ホワイトカラーの「給与」は大蔵省の所管であり、会社経理統制令において事細かに定めていたのですが、その1943年の改正において、会社経理統制令施行規則に第20条の2という枝番の規定が設けられました。そこには「居残手当又ハ早出手当ニシテ1日9時間ヲ超エ勤務シタル者ニ対シ9時間ヲ超エ勤務シタル時間1時間ニ付キ50銭ノ割合ニ依リ計算シタル金額」「休日出勤手当ニシテ休日出勤1回ニ付キ3円ノ割合ニ依リ計算シタル金額」と書かれていました。つまり、ホワイトカラー職員にも残業手当や休日出勤手当を払えというのは、戦時下大蔵省の命令でした。

 このように歴史を振り返ってみると、現在ホワイトカラーエグゼンプションを導入すべきか否かという形で提起されている問題は、実は戦時下に封印された戦前型の純粋月給制を復活すべきか否かという問題に他ならないことがわかります。

 

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筒井美紀・櫻井純理・本田由紀編著『就労支援を問い直す』

177182筒井美紀・櫻井純理・本田由紀編著『就労支援を問い直す 自治体と地域の取り組み』(勁草書房)をおおくりいただきました。ありがとうございます。

http://www.keisoshobo.co.jp/book/b177182.html

就労支援に寄せられる期待と疑念とが錯綜している。本書は、横浜市と豊中市の創意工夫と試行錯誤について詳述するとともに、その背後にある理念や矛盾・限界を浮き彫りにする。そして、「こんな働き方や支え方が広がれば、地域は喜びと活気に溢れるだろう」という、目指すべき新たな社会ビジョンを提示する。

去る25日に大阪大学豊中キャンパスで開かれた日本労働法学会のミニシンポでは、高齢者の分科会に来るだろうという期待を裏切り、就労価値論という方に出てましたが、そこで神吉知郁子さんが報告されていた話とつながるテーマがこの本では取り上げられています。

ただ、政治学や社会政策論でのマクロな議論ではなく、ミクロな地域に根ざした活動を追いかけて見えてくるものを探ろうという地味だけど味わいの深い本です。

まえがき[本田由紀]
凡例

序章 「就労支援の意味」を問うことの意味[筒井美紀・長松奈美江・櫻井純理]
 1 本書が言いたいこと・問いかけたいこと
 2 就労困難者の就労支援のあり方をめぐる議論
 3 調査対象の設定と本書の構成

第Ⅰ部 国の政策と2市の概要

第1章 国の福祉政策・労働政策の変遷[福田志織・喜始照宣・長松奈美江]
 1 福祉・労働政策における2つの潮流
 2 公共職業訓練制度
 3 生活保護受給者への就労支援政策
 4 母子世帯の母に対する支援政策
 5 若者に対する支援政策
 6 対象者を限定しない支援へ

第2章 横浜市と豊中市の概要[御旅屋達・寺地幹人]
 1 横浜市の概要
 2 豊中市の概要

第Ⅱ部 横浜市

第3章 横浜市の就労支援政策[御旅屋達・喜始照宣・堀有喜衣・筒井美紀]
 1 横浜市の就労支援の概要
 2 就労困難層への職業訓練――横浜市中央職業訓練校
 3 生活保護受給者の就労支援
 4 「就労支援は基礎自治体の仕事である」

第4章 就労支援の委託にともなう課題――人材企業を事例として[筒井美紀]
 1 人材ビジネスに着眼する理由
 2 事業はどのように受託され運営されているか
 3 現場支援者の供給源と採用後の訓練
 4 事業受託側の困難と課題―自治体との関係で
 5 就労支援諸機関の育成と現場支援者の雇用安定を

第5章 協同労働団体の連携による就労困難な若者の支援――「くらしのサポートプロジェクト」の挑戦[本田由紀]
 1 協同労働による就労支援を問うことの意味
 2 「くらしのサポートプロジェクト」の枠組み
 3 「くらしのサポートプロジェクト」の受講生像
 4 「くらしのサポートプロジェクト」の成果①―受講生の変化
 5 「くらしのサポートプロジェクト」の成果②―実施団体の変化
 6 「くらしのサポートプロジェクト」からの示唆

第Ⅲ部 豊中市

第6章 豊中市における就労支援政策の概要[櫻井純理]
 1 事業を担当するスタッフと予算
 2 雇用・労働関連事業の対象と内容
 3 ハブとして機能する雇用労働課

第7章 就労支援の「出口」をめぐる模索――中小企業支援の視点[櫻井純理]
 1 無料職業紹介所とTPSによる出口開拓
 2 地域の中小企業への働きかけ
 3 事業者側の受け止め方
 4 豊中市の就労支援政策の魅力,そして残された課題

第8章 連携によってつながる支援の輪――豊中市における生活保護受給者への就労支援[長松奈美江]
 1 生活保護受給者への就労支援をめぐる問題
 2 豊中市における生活保護受給者への就労支援
 3 福祉事務所と地域就労支援センターによる連携の成果
 4 生活保護受給者への効果的な就労支援へ向けて

第9章 リビング・ウェイジを生みだす飲食店――地域が育む自営業による女性の就労[仲修平]
 1 就労支援と雇用創出を問う意味
 2 豊中市における女性の就労支援事業
 3 当事者たちにとっての飲食店
 4 就労支援政策の理念と地域の自営業

第10章 ポスト日本型福祉社会における就労支援――豊中市地域雇用創造協議会の取り組みを事例として[阿部真大]
 1 新しい就労支援の誕生
 2 ポスト日本型福祉社会における変化
 3 労働供給側へのテコ入れ―地域雇用創造推進事業
 4 労働需要側へのテコ入れ―地域雇用創造実現事業
 5 新しい就労支援の課題

終章 誰もが働ける社会/生きていける社会を築く[櫻井純理]
 1 あらためて就労困難者とは誰なのか?
 2 なぜ「就労」が必要か
 3 「普通の」働き方を変えること

引用・参考文献
あとがき[筒井美紀]
索引
執筆者紹介

豊中といえば、昨年11月に本書にも出てくる西岡正次さんに呼ばれて講演に行った際、豊能地域の地方自体の職員の方々と懇談する機会があり、いろんなことを学ばせていただいたことがあります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/post-6d1b.html(全国津々浦々で労働法教育を)

今旬の話題でいえば、NHKで放送されている「サイレントプア」(深田恭子主演)のモデルになっているのが豊中市なんですね。

そういう豊中のケースは、とても興味深いものがたくさんあります。

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産業競争録会議長谷川資料で注意すべき点

昨日開かれた産業競争力会議課題別会合に出された長谷川座長の資料については、書かれてもいないことをまことしやかに報ずるマスコミもあったりして困ったものですが、まずはきちんと原資料に当たって確認すべきを確認するという基本動作をしっかりやりましょう。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/kadaibetu/dai4/siryou5.pdf

そのうえで、とかくマスコミがやりがちな、重要でないことばかり大騒ぎして、一番肝心なことを見事にスルーするという弊に陥らないようにするために、ここで注意して目を通すべきところを指摘しておきます。

まず、「新しい労働時間制度の考え方」と題する4ページの一番下の項目。

健康確保は、「労働時間上限」、「年休取得下限」等の量的制限の導入、

対象者に対する産業医の定期的な問診・診断など十分な健康確保措置

ど素人ならともかく、ある程度の玄人ならこれを見て、なるほど法律上の上限設定は何が何でもやるつもりはないんだな、と読まなければなりません。

4月の長谷川ペーパーは明確に、上限は労使で決めると書かれていましたが、今回はわざとそこをぼやかしていますが、法的上限を設定するならそう書くはずで、そうでないということはしないということです。

その証拠に、すぐ後に「対象者に対する産業医の定期的な問診・診断など十分な健康確保措置」とあります。いや、ご存じの通り、現行労働安全衛生法で月100時間を超える時間外労働をさせる場合は産業医の面接指導を義務づけていますから、そのレベルの時間外労働をやって産業医の面接指導を受けることは当然の前提と言うことなのでしょう。

も一つ言うと、その少し上に

量的上限規制を守れない恒常的長時間労働者、一定の成果がでない者は一般の労働管理時間制度に戻す。

いや「守れない」って、もし法律上の上限だったらその段階で法違反ですから、戻すも戻さないも摘発対象です。この記述はそうじゃないと言うことですね。

しかしだとすると、その前の3ページで麗々しく、

政府(厚生労働省)は、企業による長時間労働の強要等が行われることのないよう、労働基準監督署等による監督指導を徹底する等、例えば「ブラック企業撲滅プラン」(仮称)を年内に取りまとめ、政策とスケジュールを明示し、早期に対応をする。

といっているのは、4月の長谷川ペーパーと同様、法律上違法ではないことを監督官が監督指導するという法治国家にあるまじきことを述べていることになります。

今まで何回も書いてきたのでもういい加減飽きてますが、現在の法律では、長時間労働はただそれだけでは違法じゃありません。違法じゃないことを監督官が監督指導して是正させるなどあり得ません。できるのは現行法で違法なことだけ、つまり残業代払ってないぞ、という、本来の労働時間規制の本旨からすれば枝葉末節のことだけです。しかしその枝葉末節による監督指導もできなくなり、とはいえ法律上の労働時間の上限規制もやる気が全くないとすると、やれないことをやれやれといって、合法的な長時間労働を国家権力が摘発しないから怠慢だと無理難題を言いつのるという、何とも陰鬱な映像が浮かんできてしまいます。

とにかく、この資料のどこにも、長時間労働それ自体を違法にするなどという記述は見当たらないのですから、いったいこの「ブラック企業撲滅プラン」なるものは何を摘発させるつもりなのか、是非伺いたいところです。

この資料について、注意を喚起すべき点はほぼ以上に尽きます。

例示に過ぎないいくつかのもっともらしい職種を、まるでその職種に限定するかのように報道する馬鹿なマスコミとか、この資料の5ページを見れば小学生でもわかることなので、あまりにもレベルが低くて失笑しますが、本ブログの読者にそれをいちいち言うのは失礼でしょう。抽象的な言葉で限定めかした言葉をまぶしておけば、それを真に受けるマスコミほど使いやすい存在はありませんね。

とりあえず今の段階では以上。

(追記)

朝日の澤路記者によるコンファーム

https://twitter.com/sawaji1965/status/471890088289243137

昨日ツィートしましたが、濱口さんご指摘の通り、「量的上限規制」は「目安」でしかなく、法的上限をもうけるつもりはないことは、事務局に確認しております。

(再追記)

表現手法につき苦言を呈されました(笑)

http://blog.goo.ne.jp/orangesr/e/ce2a2e847102eac546d35327070fdc15

この件について言いたいことは私もほぼ同じですが
相変わらずの濱口節で読者を選んでしまいそうなのが
この方面では影響力のある方だけにもったいない感じ

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『日本の雇用と中高年』の評判

26184472_1今月刊行された『日本の雇用と中高年』(ちくま新書)について、いくつかのブログで取り上げられています。

http://tomitomi1.blog.ocn.ne.jp/blog/2014/05/post_5387.html(能率技師のメモ帳)

サラリーパースンが9割を占める日本社会は、まさに会社を中心としたムラ社会。

 そのムラに入るということは、「就職」ではなく「就社」であり、仕事そのものではなく「人」を基準にして評価されるというメンバーシップ・・・ムラの掟を守り定年まで勤め上げるということでもあります。

 今週は、ニッポンの雇用に関連する書籍を3冊読破。

 そのなかでも、日本における中高年雇用の歴史的事実を分かりやすくまとめたのが本書です。学部のリポート的な感じの流れで構成でまとめられており、気軽に読み進めることが出来ます。・・・

ということですので、気軽にお読みください。

http://kurokawashigeru.air-nifty.com/blog/2014/05/525-19a6.html(きょうも歩く)

おなじみの黒川滋さんの拙著評です。

定年延長と高齢者雇用が必要な社会になっているのに、どうして進まないのか、という疑問に答えてくれる本です。1980年代のジャパンアズナンバーワンの誤解とそれにもとづくシステムが、労使ともに染みついていて、解決を難しくしている、ということを改めて認識しました。・・・

私が語りたかった点を的確に取り上げていただいている点は、やはり黒川さんです。

http://sr-partners.net/archives/51942111.html(特定社労士しのづか  「労働問題の視点」)

こちらもおなじみの篠塚祐二さんです。

・・・私が,これらの著作をもっと読み込もうと思っているさなかに新著「日本の雇用と中高年」が刊行された。しかし,刊行されたからには読むしかあるまいとしかたなく読んでみると,新たな発見がいくつもあった。・・・

このように「日本の雇用と中高年」で考えさせられた点は多すぎて切りがないので,皆さん,購読してみることをお勧めする。

いやまあ、仕方なく読むよりも、気軽に読んでいただきたいところです。

篠塚さんは、例の社労士の権限拡大をめぐって、ブログ上で論陣を張っておられます。私は共感するところが多いのですが、今野晴貴さんとはいくつか食い違うところがあるようです。

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過労死等防止対策推進法案

去る5月23日に議員立法で国会に上程され、本日衆議院を通過した過労死等防止対策推進法ですが、

http://mainichi.jp/select/news/20140528k0000m040046000c.html(過労死防止法案:衆院で可決、成立へ…傍聴の遺族、喜び)

過労死や過労自殺の防止対策を国の責務で実施する「過労死等防止対策推進法案」が27日、衆院本会議で可決された。法案は今国会中に成立する見込み。

改めて、その条文を本ブログにアップしておきます。

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g18601025.htm

過労死等防止対策推進法案

目次

 第一章 総則(第一条―第六条)
 第二章 過労死等の防止のための対策に関する大綱(第七条)
 第三章 過労死等の防止のための対策(第八条―第十一条)
 第四章 過労死等防止対策推進協議会(第十二条・第十三条)
 第五章 過労死等に関する調査研究等を踏まえた法制上の措置等(第十四条)
 附則

   第一章 総則

 (目的)
第一条 この法律は、近年、我が国において過労死等が多発し大きな社会問題となっていること及び過労死等が、本人はもとより、その遺族又は家族のみならず社会にとっても大きな損失であることに鑑み、過労死等に関する調査研究等について定めることにより、過労死等の防止のための対策を推進し、もって過労死等がなく、仕事と生活を調和させ健康で充実して働き続けることのできる社会の実現に寄与することを目的とする。

 (定義)
第二条 この法律において「過労死等」とは、業務における過重な負荷による脳血管疾患若しくは心臓疾患を原因とする死亡若しくは業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡又はこれらの脳血管疾患若しくは心臓疾患若しくは精神障害をいう。

 (基本理念)
第三条 過労死等の防止のための対策は、過労死等に関する実態が必ずしも十分に把握されていない現状を踏まえ、過労死等に関する調査研究を行うことにより過労死等に関する実態を明らかにし、その成果を過労死等の効果的な防止のための取組に生かすことができるようにするとともに、過労死等を防止することの重要性について国民の自覚を促し、これに対する国民の関心と理解を深めること等により、行われなければならない。
2 過労死等の防止のための対策は、国、地方公共団体、事業主その他の関係する者の相互の密接な連携の下に行われなければならない。

 (国の責務等)
第四条 国は、前条の基本理念にのっとり、過労死等の防止のための対策を効果的に推進する責務を有する。
2 地方公共団体は、前条の基本理念にのっとり、国と協力しつつ、過労死等の防止のための対策を効果的に推進するよう努めなければならない。
3 事業主は、国及び地方公共団体が実施する過労死等の防止のための対策に協力するよう努めるものとする。
4 国民は、過労死等を防止することの重要性を自覚し、これに対する関心と理解を深めるよう努めるものとする。

 (過労死等防止啓発月間)
第五条 国民の間に広く過労死等を防止することの重要性について自覚を促し、これに対する関心と理解を深めるため、過労死等防止啓発月間を設ける。
2 過労死等防止啓発月間は、十一月とする。
3 国及び地方公共団体は、過労死等防止啓発月間の趣旨にふさわしい事業が実施されるよう努めなければならない。

 (年次報告)
第六条 政府は、毎年、国会に、我が国における過労死等の概要及び政府が過労死等の防止のために講じた施策の状況に関する報告書を提出しなければならない。

   第二章 過労死等の防止のための対策に関する大綱

第七条 政府は、過労死等の防止のための対策を効果的に推進するため、過労死等の防止のための対策に関する大綱(以下この条において単に「大綱」という。)を定めなければならない。
2 厚生労働大臣は、大綱の案を作成し、閣議の決定を求めなければならない。
3 厚生労働大臣は、大綱の案を作成しようとするときは、関係行政機関の長と協議するとともに、過労死等防止対策推進協議会の意見を聴くものとする。
4 政府は、大綱を定めたときは、遅滞なく、これを国会に報告するとともに、インターネットの利用その他適切な方法により公表しなければならない。
5 前三項の規定は、大綱の変更について準用する。

   第三章 過労死等の防止のための対策

 (調査研究等)
第八条 国は、過労死等に関する実態の調査、過労死等の効果的な防止に関する研究その他の過労死等に関する調査研究並びに過労死等に関する情報の収集、整理、分析及び提供(以下「過労死等に関する調査研究等」という。)を行うものとする。
2 国は、過労死等に関する調査研究等を行うに当たっては、過労死等が生ずる背景等を総合的に把握する観点から、業務において過重な負荷又は強い心理的負荷を受けたことに関連する死亡又は傷病について、事業を営む個人や法人の役員等に係るものを含め、広く当該過労死等に関する調査研究等の対象とするものとする。

 (啓発)
第九条 国及び地方公共団体は、教育活動、広報活動等を通じて、過労死等を防止することの重要性について国民の自覚を促し、これに対する国民の関心と理解を深めるよう必要な施策を講ずるものとする。

 (相談体制の整備等)
第十条 国及び地方公共団体は、過労死等のおそれがある者及びその親族等が過労死等に関し相談することができる機会の確保、産業医その他の過労死等に関する相談に応じる者に対する研修の機会の確保等、過労死等のおそれがある者に早期に対応し、過労死等を防止するための適切な対処を行う体制の整備及び充実に必要な施策を講ずるものとする。

 (民間団体の活動に対する支援)
第十一条 国及び地方公共団体は、民間の団体が行う過労死等の防止に関する活動を支援するために必要な施策を講ずるものとする。

   第四章 過労死等防止対策推進協議会

第十二条 厚生労働省に、第七条第三項(同条第五項において準用する場合を含む。)に規定する事項を処理するため、過労死等防止対策推進協議会(次条において「協議会」という。)を置く。

第十三条 協議会は、委員二十人以内で組織する。
2 協議会の委員は、業務における過重な負荷により脳血管疾患若しくは心臓疾患にかかった者又は業務における強い心理的負荷による精神障害を有するに至った者及びこれらの者の家族又はこれらの脳血管疾患若しくは心臓疾患を原因として死亡した者若しくは当該精神障害を原因とする自殺により死亡した者の遺族を代表する者、労働者を代表する者、使用者を代表する者並びに過労死等に関する専門的知識を有する者のうちから、厚生労働大臣が任命する。
3 協議会の委員は、非常勤とする。
4 前三項に定めるもののほか、協議会の組織及び運営に関し必要な事項は、政令で定める。

   第五章 過労死等に関する調査研究等を踏まえた法制上の措置等

第十四条 政府は、過労死等に関する調査研究等の結果を踏まえ、必要があると認めるときは、過労死等の防止のために必要な法制上又は財政上の措置その他の措置を講ずるものとする。

   附 則

 (施行期日)
1 この法律は、公布の日から起算して六月を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。

 (検討)
2 この法律の規定については、この法律の施行後三年を目途として、この法律の施行状況等を勘案し、検討が加えられ、必要があると認められるときは、その結果に基づいて必要な措置が講ぜられるものとする。

 (厚生労働省設置法の一部改正)
3 厚生労働省設置法(平成十一年法律第九十七号)の一部を次のように改正する。
  第四条第一項第四十七号の次に次の一号を加える。
  四十七の二 過労死等防止対策推進法(平成二十六年法律第   号)第七条第一項に規定する大綱の作成及び推進に関すること。
                   「労働保険審査会                     
  第六条第二項中「労働保険審査会」を               に改める。         
                    過労死等防止対策推進協議会」              
  第十三条の次に次の一条を加える。
  (過労死等防止対策推進協議会)
 第十三条の二 過労死等防止対策推進協議会については、過労死等防止対策推進法(これに基づく命令を含む。)の定めるところによる。
 (アルコール健康障害対策基本法の一部改正)
4 アルコール健康障害対策基本法(平成二十五年法律第百九号)の一部を次のように改正する。
  附則第七条のうち厚生労働省設置法第六条第二項の改正規定中「労働保険審査会」を「過労死等防止対策推進協議会」に改める。
  附則第七条のうち厚生労働省設置法第十三条の次に一条を加える改正規定中「第十三条の次」を「第十三条の二の次」に改め、第十三条の二を第十三条の三とする。

     理 由
 近年、我が国において過労死等が多発し大きな社会問題となっていること及び過労死等が、本人はもとより、その遺族又は家族のみならず社会にとっても大きな損失であることに鑑み、過労死等に関する調査研究等について定めることにより、過労死等の防止のための対策を推進する必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。

とりあえず、法政策的には、

第五章 過労死等に関する調査研究等を踏まえた法制上の措置等

第十四条 政府は、過労死等に関する調査研究等の結果を踏まえ、必要があると認めるときは、過労死等の防止のために必要な法制上又は財政上の措置その他の措置を講ずるものとする。

という規定が今後どういう風に展開していくことになるかを、とりわけ労働時間法制の見直しの議論が急展開しつつある状況のさなかであるだけに、注目していきたいと思います。

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神の御前の労働契約法と労働組合法

宇佐神宮の権宮司が解雇されたと高天の原は大騒ぎです。

http://www.oita-press.co.jp/1010000000/2014/05/27/232307

 全国八幡神社の総本宮・宇佐神宮(宇佐市)の宮司職を代々務めてきた世襲家出身で神宮ナンバー2の権宮司、到津克子(いとうづ・よしこ)さん(45)を、神社本庁(東京都)が権宮司職を免職とし、神宮は解雇していたことが26日、関係者への取材で分かった。いずれも15日付。到津さんは神宮トップに当たる宮司としての地位確認を訴訟で求めたが、昨年5月に最高裁で敗訴が確定。その後も神宮と到津さんは業務内容や職場環境などをめぐって対立を続けており、世襲家が神職を免職された上、解雇される前代未聞の事態となった。

 関係者によると、神社本庁は宇佐神宮の宮司と氏子の代表でつくる責任役員会からの具申を受け、到津さんを免職した。神宮は神社本庁の決定に伴い到津さんとの雇用契約を解除、到津さんが住む境内の職舎(通称宮司邸)からの退去を要求している。宇佐神宮側は、具申をした理由は「いろんな事情を勘案した」としている。
 両者の対立は業務内容などをめぐって泥沼化していた。昨年5月の最高裁決定以降も、神宮は「到津さんの勤務態度に問題がある」として給与をカット。一方、到津さん側は「祭典の日程を知らされないなど露骨な嫌がらせを受けている」などと主張。到津さんが、社務所内で男性権宮司からけがを負わされたとして告訴(3月に不起訴処分)するトラブルも起きていた。
 到津さんは昨年夏ごろ、自身の労働環境について全日本建設交運一般労働組合県本部に相談。県本部によると、4月8日に第1回団交を開き「本人が働こうと主張しても仕事が与えられない。きちんと仕事を与え、まともに給料を払うべきだ」と要求、5月28日に第2回の団交を開く予定だった。
 県本部の宮久武雄委員長は「団交中に一方的に突然解雇を告げられるのは、労働組合法に照らしても極めて不当な行為。団交の内容に解雇不当を加え、引き続き強く要求していく」と話している。

うわわ、神に仕える身の宮司さんが解雇されたとか、団体交渉とか、しかも出てくる組合が建交労ですよ!

以前、神の御前の労働基準法を論じましたが、今回は労働契約法と労働組合法の一粒で二度(労働法的に)おいしい事件です。

もっと詳しい情報が欲しいですね。

(ついでに)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-00c0.html(神の御前の労働基準法)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-2400.html(神の御前の労働基準法再び)

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『日本労働研究雑誌』6月号

New『日本労働研究雑誌』6月号は、「雇用保障について改めて考えるために」が特集テーマです。

http://www.jil.go.jp/institute/zassi/new/index.htm

提言 雇用保障とその課題(PDF:509KB)小宮 文人(専修大学法科大学院教授)

解題 雇用保障について改めて考えるために(PDF:620KB)編集委員会

論文 雇用流動化で考慮されるべき論点──解雇がもたらす影響について 江口 匡太(中央大学商学部教授)

紹介 雇用終了の際の手続き──「従業員の採用と退職に関する実態調査」から 郡司 正人(JILPT調査・解析部次長)奥田 栄二(JILPT調査・解析部主任調査員補佐)

「雇用終了」への労使の対応──B労働組合の事例から 後藤 嘉代(労働調査協議会調査研究員)

離職者に対する再就職支援システムの現状と課題 阿部 正浩(中央大学経済学部教授)神林 龍(一橋大学経済研究所准教授)佐々木 勝(大阪大学大学院経済学研究科教授)竹内(奥野) 寿(早稲田大学法学学術院教授)

論文 ハルツ改革後のドイツの雇用政策 橋本 陽子(学習院大学法学部教授)

労働法制から見た雇用保障政策──活力ある労働力移動の在り方 野川 忍(明治大学法科大学院教授)

どれも読んで面白いものですが、あえて一つ選ぶとすると、JILPTの郡司・奥田コンビによる実態調査の紹介でしょうか。竹内寿さんの解題では

 雇用流動化に関連して,解雇規制等のあり方を考えるにあたっては,雇用終了の実態がどのようなものであるかについての理解も重要である。これに関しては,労働政策研究・研修機構編『日本の雇用終了』(労働政策研究・研修機構,2012 年)[濱口桂一郎執筆]が解雇理由の観点から詳細に紹介・類型化・分析を行っているが,特に手続面に注目して紹介しているのが,郡司正人・奥田栄二「雇用終了の際の手続き―『従業員の採用と退職に関する実態調査』から」である。同紹介は労働政策研究・研修機構が2012 年に実施した『従業員の採用と退職に関する実態調査』のうち,解雇,退職勧奨にかかる箇所を取り上げている。それによれば,普通解雇,整理解雇とも,解雇回避措置(普通解雇については警告,是正機会の付与や,退職勧奨等を指す)は相当程度行われているという。他方で,解雇に関する労使の協議については,半数超の企業が行っていないという。当然といえば当然かもしれないが,有組合企業では協議が行われる割合は高く,逆に無組合企業では低い。解雇等の雇用終了の手続きに関しては,同紹介が指摘するとおり,労働者側の組織的基盤が重要であり,この整備を通じ労使が適切に合意形成できるようにすることが課題の一つといえよう。

と述べています。

なお、本号では、拙著『若者と労働』に対する久本憲夫さんの書評(読書ノート)が載っています。本質的な点に突っ込んだすばらしい書評です。是非ご一読を。

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『ビジネス・レーバー・トレンド』6月号

201406『ビジネス・レーバー・トレンド』6月号です。特集は「有期労働契約法制の新たな展開――改正労契法の課題と対応」。

http://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2014/06/index.htm

こちらは、去る3月10日に行われた労働政策フォーラムの報告とパネルディスカッションが載っています。会場の関係でかなり多くの方の申し込みをお断りしなければならなかったそうなので、残念ながら聞けなかった方々には、誌上でお楽しみいただければ幸いです。

<労働政策フォーラム> 24年改正労働契約法への対応を考える
基調講演 改正労働契約法への対応から見えてくるもの 菅野 和夫 JILPT 理事長
調査報告 有期契約社員の法改正後の活用状況に関する調査結果 渡辺 木綿子 JILPT 主任調査員補佐
事例報告1 ダスキン労組における有期契約社員の雇用安定に向けた取り組み 下 二朗 ダスキン労働組合中央執行委員長
事例報告2 三越伊勢丹「メイト社員」人事処遇制度の概要 西久保 剛志 株式会社三越伊勢丹ホールディングス経営戦略本部人事部人事企画担当マネージャー

<パネルディスカッション>
(パネリスト)
徳住 堅治 旬報法律事務所弁護士
水口 洋介 東京法律事務所弁護士
安西 愈 安西法律事務所弁護士
木下 潮音 第一芙蓉法律事務所弁護士
濱口 桂一郎 JILPT 統括研究員
(コーディネーター)
菅野 和夫 JILPT 理事長

わたくしを除けば、いずれも超豪華メンバーで行われたパネルディスカッションの鋭いやりとりの数々は、繰り返し読む値打ちがあります。

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高尾総司『健康管理は社員自身にやらせなさい』

Book_kenkokanri_img岡山大学医学部の高尾総司さんから近著『健康管理は社員自身にやらせなさい-労務管理によるメンタルヘルス対策の極意-』をいただきました。ありがとうございます。

http://hokenbunka.com/publication.html

 本書は、保健文化社の『健康管理』に連載中の「考察『しごとと健康』」の、2010年4月から2014年4月号掲載までを加筆修正し、人事・労務担当者に向けて分かりやすくまとめたものである。
 著者が提唱する、リスクマネジメントの観点から再構築した職場の健康管理は、メンタルヘルス対策、健康診断・事後措置、過重労働対策でも共通に活用できることから、 企業の人事担当者から好評を得ている。また本書に掲載のメンタル書式・ミニマムセットは、人事担当者の意見を反映されて作成されており、現場で即、使える貴重な材料である。ぜひとも活用いただきたい。

「健康管理は社員自身にやらせなさい」というタイトルも相当ですが、最初に浮かんだタイトルは「会社は健康管理をやめなさい」だったそうです。さすがに、『健康管理』という雑誌を出している出版社から出す本としては誤解を招くということで今のタイトルになったそうですが、高尾さんの言いたいことはむしろ「会社は健康管理をやめなさい」に近い感じです。

高尾さんについては、本ブログで以前に取り上げてきています。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-0ea0.html(メンタルヘルス逆転の発想)

>高尾医師は「メンタルが悪いか否か」と「仕事が出来ているか否か」の二つの問題を混同してきたことがメンタルヘルス対応を難しくさせていると言い切る。

このエントリでは、『ビジネス・レーバー・トレンド』の記事が大変印象的だったので思わず一生懸命紹介したのですが、今回の本は、その思想を全面的に展開しています。

メンタル不調だからといって医療的考え方で対応しようとするからかえって話がこんがらがる。まず何よりも「職場は働く場所だ」という原則に立ち、業務遂行できているかどうかで判断し、業務遂行できていないなら休ませよ、会社は不完全労務提供を受領する義務はない。それをなまじ可哀想だと受領してしまうから、かえって安全配慮義務違反の種をまき散らしてしまう。リスクマネジメントの観点からも、リハビリ出社はやめた方がいい。通常勤務をしても症状増悪せずに一定期間安定継続して就業できるのでなければ復職させてはいけない・・・。

おそらく多くの人が読んでいくとすごく冷たい印象を受けると思うのですが、しかしそもそも雇用契約とは一定の労務の提供とその対価たる報酬の交換契約であるというジョブ型法制の原点に立ち返って考えれば、実にもってごく当たり前のことを語っているに過ぎないことがわかります。

本書のなかで高尾さんが、「もし中途採用だったら?」と問いかけているのが、問題のコアに近づいているのでしょう。中途採用の場合だったら聞けるのに、なぜ復職の場合には聞けないのか、というあたりですね。もう「仲間」になってしまっているからとしかいいようがないでしょう。

実は、このあたりの消息が、高尾さんの議論では必ずしもきちんと腑分けされきっていないようにも感じられるところがあります。

医療モデルでもってメンタルヘルスケアをしろと言うことで人事権が剥奪されたという言い方を高尾さんはするのですが、じつはむしろ、無限定な人事権と裏腹の関係にある無限定な人事義務こそが、メンタルヘルスでもって露呈してしまったのではないか、と私は思うのです。

もし契約で職務が厳密に限定されているのであれば、メンタル不調でその職務が遂行できないからほかのもっと楽な仕事をさせろという訳にはいきません。できないなら休職して、できるようになったら復職するというシンプルな話になります。

ところが日本的な無限定契約では、片山組事件的な意味での配置転換義務が会社に課されてしまいます。この何かできることがあればやらせるのが会社の責務というのは、何かできることがあればやらせることが会社の権利であるから存在するわけで、人事権があるからこそ、その裏面としての人事義務が課されてしまうという構図が、なおわかりやすいフィジカルにとどまっている間はまだ良かったけれど、それがメンタルヘルス不調の爆発的増大という状況のなかで、ここまで話をこじらせてしまったということなのではないでしょうか。

まあ、だからこそ、高尾さんのあまりにも冷淡に見える業務中心に考えるという発想が持つ意味が大きいのではないかと思うわけです。

 

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植上一希・寺崎里水・藤野真著『大学生になるってどういうこと? 』

176321植上一希・寺崎里水・藤野真著『大学生になるってどういうこと?学習・生活・キャリア形成』(大月書店)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.otsukishoten.co.jp/book/b176321.html

大学には入ったけれど、何をどう学べばいい? 生活はどう変わる? 多くの大学で課題となっている初年次教育。大学生活と学習方法の基礎がわかり、4年間と卒業後のビジョンが描ける、若手教員たちの実践から生まれたテキスト。

なんだか最近、こういう感じの本が多いような。

先日筒井美紀さんから頂いた

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/100-d0fe.html(筒井美紀『大学選びより100倍大切なこと』)

も似たようなコンセプトでしたし、常見陽平さんの

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-228e.html(常見陽平『大学生のための「学ぶ」技術』)

もそうでしたね。

いずれも教育の世界と労働の世界のインターフェイスに関心を持って研究や言論活動をしている人々であることを考えると、そういう人々が大学生になろうとする若者たちに語りかけたいことがここに示されていると言えます。

本書は、福岡大学という地方中堅大学で学生たちと向かい合う教育学者、教育社会学者、経営学者によるコラボで、福岡大学らしいにおいもあちこちに感じられ、興味深い読み物になっています。

肝心の大学フレッシュマン・ウーマン諸君がこの本のメッセージをどこまでちゃんと受け止めてくれるかが問題ですが。

はじめに

パートⅠ 大学で学ぶということ
 第1章 大学生になっていくということ
 第2章 どのような大学生になるのか
 第3章 なぜ大学生になったのか?――進路決定過程と進学要求の分析
 第4章 大学生の学びの特質

パートⅡ 大学で学ぶための技法
 第5章 大学での生活
 第6章 大学での学習
 第7章 学習に対するサポート

パートⅢ キャリアを考える
 第8章 なりたい自分になる
 第9章 進路を考える
 第10章 正社員って何?
 第11章 働くこととトラブル

おわりに
本書の意思――大学でいかに学ぶか

 

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限定正社員推進論批判@酔流亭日乗

前にも私の議論について、ちゃんと議論の筋に沿いながら手厳しく批判をされた酔流亭日乗さんですが、学習会報告の一連のエントリで、再度私の議論に対する批判を展開されています。

http://suyiryutei.exblog.jp/22638831(限定正社員推進論批判 ~05/17学習会報告④)

推進の立場から最も説得力のある議論を展開しているのは、先ほども名前を出した濱口桂一郎氏でしょう。・・・

第一の点については、限定正社員(新一般職)のあまりに低い労働条件を押し上げていき、あまりに狭い登用の門を押し広げることでいくらかは果たせるかもしれないと私も考えます。・・・

問題は第二の点です。従来の正規雇用から一定の数が限定正社員に移るとすれば、残った人たちの少数精鋭化はこれまでより段違いのレベルで進むのです。それは現在以上に過労死を頻出させるような働き過ぎをもたらさないだろうか。
 自覚的なエリートならそれもやむを得ないと濱口氏は考えているようにも思われます。しかし、これまでだって過労死したケ-スの多くはどちらかといえば少数精鋭に含まれる労働者でした。自分で選んだ道なのだから仕方ないと言い切ってよいものか。また、従来の正規雇用と限定正社員との格差が甚だしく、後者の待遇が低いものであるなら(現実にそうですが)、養育費や住宅ローンを抱えていれば必ずしも精鋭労働者でなくとも従来の正規雇用にしがみつかざるをえません。そんな既得権はもうゆるされないのだと言って済ませていいのでしょうか。・・・

実はこれから明日大阪大学で開かれる日本労働法学会に出るために、そろそろ出発しなければならないので、いろいろとコメントしたいことはあるのですが、とりあえずご批判を紹介するだけにしておきます。

というか、最後で部分的な答えも書かれているんですけど(苦笑)。

 「希望者全員の格差なき正規雇用化」なんて言ったところで現実に不可能なのだから、今現在可能なことをやっていくしかないでしょう、というのが濱口氏の研究者としてのリアリズムなのでしょう。

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雑感

http://www.asahi.com/articles/ASG5R5CX8G5RUTFK00Z.html(「厚労省の仕事がオーバーワークではないか」野田聖子氏)

少子化・超高齢化社会になると、どうしても政策の主要な課題は社会保障に集中している。私が内閣府特命担当大臣の時に、厚生労働大臣が信じられないぐらいの想定問答集を持ってきた。予算委員会では財務相よりむしろ厚労相に質問が多かった。今も変わっていないし、むしろ増えた。厚労省の仕事がオーバーワークではないか。少しパターンを変えた方がいいのかなと言う気がする。国民の懸案事項は経済の次は社会保障、年金と続く。役所の仕事もかなり多くなっているし、議員立法も厚労省関係の福祉とか医療とか社会保障関係は多い。相当、仕事を増やしている。

かなり以前から、政治家やマスコミ関係の人が、霞ヶ関の業務の4割以上は厚労省マターじゃないかという声を聞きますが、実感でしょう。

問題は、それなら仕事の少なくなった役所の人員を減らして、仕事がやたらに増えたところを増やせばいいではないか、というごく当たり前の理屈がなかなか通らないことでしょう。

それこそ、仕事に人をつけるジョブ型じゃなくて、人に仕事を割り当てる日本的システムの弊害が露呈しているところかもしれません。

昔のように業界振興が天下国家の至上命題だった時代の省庁人員配置をそのままに、社会労働関係の増えた政策需要に対応しようとすると、一方にオーバーワーク、一方にアンダーワークという状態が生じてしまいます。

正確に言うと、仕事が減ったからといってもおとなしくしている役所もあれば、仕事がないと不安なのか、自分のところのジョブディスクリプション(○○省設置法)なんか無視して、よその役所の課題にばかり口を挟みたがる熱心な役所もあったりしますが、でも、それが当該課題をジョブディスクリプション上で所管する役所のオーバーワークの解消に繋がるかというと、逆にますます余計な仕事を増やすだけになったりするので、なかなか大変ですね。

単なる雑感です。

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今野晴貴編著『断絶の都市センダイ』

Photo今野 晴貴『断絶の都市センダイ ブラック国家・日本の縮図』(朝日新聞出版)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=15975

この国には善意も、絆も存在しない。復興バブル、支援ビジネス、貧困と孤独。仙台を見れば?断絶された僕ら?が見えた。こんな国に必要な新しい「つながり」とは? 『ブラック企業』で大佛次郎賞受賞の著者、渾身の衝撃ルポ。

出版社がつけたんだと思いますが、「 『ブラック企業』で大佛次郎賞受賞の著者、渾身の衝撃ルポ」というのはいささかミスリーディング。今野さんも序章と第3章の後半と終章を書いているので著者の一人には違いないのですが、これではまるで今野さんの単著みたいな言い方です。

リンク先には共著者名も書かれていないので、ここでちゃんと明記しておきますと、

生々しいルポの第1章を鈴木由真さん。

第2章と終章を渡邊寛人さん。

第2章補論を深江桃子さん。

第3章前半を川久保堯弘さん。

そしておそらく本書の理論編として重要な第4章を青木耕太郎さんがそれぞれ執筆しています。

これらの記述から、POSSEのもう一つの顔である被災地支援の姿から浮かび上がってくる「ブラック国家」を描き出そうとしています。ブラック企業における日本型雇用に当たるのが、ブラック国家における開発主義だというのが、今野さんらの見立てであるわけですが、さて、読者の皆さんはどう思われるでしょうか。


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しのびよる残業代ゼロ@毎日新聞

毎日新聞の本日の夕刊2面に、でかでかとほぼ3分の2を充てて「特集ワイド:続報真相 しのびよる残業代ゼロ 労働に新制度案 時間でなく成果で評価」という記事が載っています。江畑記者の記事です。

http://mainichi.jp/shimen/news/m20140523dde012010003000c.html

その中に、わたくしのコメントも載っているのですが、

・・・労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎主席統括研究員は「日本では労使の話し合いによる36協定などで残業が認められるため、労働時間はいくらでも延ばせるのが現状。まずは労働時間の上限設定の議論が先だ」と警鐘を鳴らす。

文字通り、そういう趣旨なのですが、ただ記事全体が「しのびよる残業代ゼロ」ですからね。残業代ゼロなんかにかまけていないで、労働時間の上限規制こそ論じるべきだという趣旨がどこまで伝わったか・・・。その後に、年収の3割が消えるとか、モリタクさんの「サラリーマン消滅案」とかいう、残業代ばかりを煽情的に論じるコメントが並んでいるので、一緒くたに読まれるとなんだか意図と違うコメントになってしまっているように見えます。

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『OECD成人スキル白書』

177926明石書店さんから『OECD成人スキル白書』をお送りいただきました。昨年話題になった国際成人力調査(PIAAC)のデータを用いて編まれた初めてのスキル白書です。

http://www.akashi.co.jp/book/b177926.html

20世紀最後の数十年間に始まった技術革新の結果、様々な情報の処理・活用に関するスキルや高度な認知スキル、対人スキルに対する需要が高まってきている。「国際成人力調査(Programme for the International Assessment of Adult Competencies, PIAAC)」の1つの成果である「成人スキル調査(Survey of Adult Skills)」は、一部のキー・スキルの社会での有用性や仕事や家庭での使用状況を知る手がかりを提供する目的で実施された。この種のものとしては初めてとなる成人スキル調査は、様々な情報の処理・活用に関するスキルと考えられるいくつかのスキル、すなわち、読解力、数的思考力、ITを活用した問題解決能力の習熟度を直接評価するものである。
 『OECDスキル・アウトルック』の初年度版となる本書は、初回の成人スキル調査に参加した国と地域の調査結果を収録しており、調査データは、次回以降の『OECDスキル・アウトルック』に収録される内容の多くの裏付けとなる。次回以降の『OECDスキル・アウトルック』では、スキル政策の主要な問題に関連して、国レベルや地方レベル、地域レベルでの教育や雇用、税、イノベーション、経済発展の各分野におけるOECDの分析を掲載する予定である。関連報告書『成人スキル調査:読者ガイド(The Survey of Adult Skills: Reader's Companion)』では、成人スキル調査の設計と算定方法、及び若年齢層の学生や成人を対象とする他の国際調査との関係について取り上げている。

600ページ以上に上る大冊ですので、手に持つだけでずっしりときますが、中身もそれ以上にずっしりときます。

教育関係者にとっては興味深いところがいっぱいでしょうが、ここでは第4章の「職場でのスキルの使用状況」を。

個々でもいろんなトピックがありますが、「仕事におけるスキルの使用と労働契約の種類」の項目では、

・・・調査結果を分析すると、常用雇用契約に関連づけられる仕事と比べて、臨時・派遣雇用契約に一般に関連づけられる仕事では、さまざまな情報の処理・活用に関するスキルと生産性に関係するその他の汎用的スキルが集約的に使用されていないことを改めて確認できる。・・・同じ職業の就業者間で比較しても、スキルの使用の際は依然として顕著である。

と述べています。また、「就業者のスキルと職務要件のミスマッチ」に関しては、

・・・学歴過剰で読解力においてスキル過剰な就業者は、同じ習熟度レベルで十分にマッチしている就業者ほどスキルを使用していないことが確認できる。学歴過剰で読解力においてスキル不足の就業者については逆のことが言える。・・・

いろいろと考えさせます。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/oecd-70cb.html(OECDの『技能アウトルック』が「成人力」ですか)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/oecd-398c.html(OECD『成人スキルの国際比較』)



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過労死等防止対策推進法案本日上程衆院採択予定

朝日新聞の澤路さんの昨日のツイートによると、

https://twitter.com/sawaji1965/status/469376747276746752

過労死防止基本法は、明日の衆議院厚生労働委員会に委員長提案されることが実務者間で決まりました。全会一致で通過、来週の27日に本会議を通過する見通しです。

ということはつまり今日ですな。

法案の名前は正確には「過労死等防止対策推進法案」のはずです。先日の園浦議員のニュースによれば、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-7f19.html(過労死等防止対策推進法案(仮称))

とりあえずは宣言法であって、直接国民の権利義務に関わるものではないとはいえ、政策の方向性をかなり明確に指し示すという意味では、残業代問題ばかりに関心が集中する労働時間規制の問題を、本来の健康確保の観点に引き戻すという効果も期待できるかも知れませんし、うまくいけば、私が従来から言っている労働時間の法的な上限設定と残業代規制の緩和という方向への一助となるかも知れません。

まあ、とりあえずは法案の最初の調査研究というあたりが仕事になるのかな。

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「女性が輝く社会のあり方研究会」提言

経済産業省の外郭団体である企業活力研究所が「女性が輝く社会のあり方研究会」の提言「「女性活躍推進」 後進国から世界のトップランナーへ」を公表しています。

http://www.bpfj.jp/act/contents_display/3/23/

http://www.bpfj.jp/act/download_file/44893445/80160185.pdf

 少子高齢化の中で、多様な人材が持つポテンシャルを最大限発揮させることは、我が国経済の持続的成長にとって最重要課題である。特に、これまで活かしきれていなかった我が国最大の潜在力である「女性の活躍推進」は、労働力人口の維持に寄与するという消極的な意味にとどまらず、企業のイノベーション促進、グローバルでの競争力強化に貢献すると考えられる。

 しかしながら、現状は、第一子出産を機に約6割の女性が離職し、子育て期の30代で女性労働力率が低下する「M字カーブ」は依然として残り、企業における役員や管理職に占める女性割合は、先進国の中で最低水準にとどまっている。

 こうした問題意識を踏まえ、学識者、専門家、企業人などで構成される「女性が輝く社会のあり方研究会」を設置し、特にこれからの社会を担う若い世代に対して、「女性が輝く社会」のあり方の具体的なビジョンと、その実現のための道筋を示すことを目指し、集中的な議論を重ねてきた。本研究会での議論の成果として、「女性が輝く社会」のあり方を具体化した「基本的ビジョン」を示し、「現状と課題」を整理し、その実現に向けて国、企業、教育機関等が具体的に取り組むべきことを提言としてとりまとめた。

ということで、書かれていることには私は全く関わっていないので、個々の記述には責任を持つ立場にはありませんが、昨年10月の第2回会合にゲストスピーカーとして呼ばれて喋ったこともありますので、若干気になります。

○具体的方策
(国)
・子育てインフラの整備(保育サービスの量・質両面での拡充)
・ワークライフバランスのための長時間労働の是正、労働時間法制の見直し等
・女性就労を促進する方向での税・社会保障制度の抜本的な見直し
・女性活躍推進企業への後押し(目標設定・報告の義務づけ、見える化の促進等)
・「同一価値労働同一賃金」原則の推進、限定正社員の導入支援、主婦の再就職支援、新たな家族モデルに関する意識啓発、女性へのキャリア教育及び男性への家庭参画教育の推進 等

(企業)
・「経営戦略」としての女性活躍の推進
・両立支援と活躍支援のバランスのとれた推進
・早期育成(スタートダッシュ)による「“キャリア”と育児」の両立支援、晩期育成も含めた年齢と仕事をリンクさせない社員育成
・管理職・役員への登用等女性の活躍に関する数値目標、透明・客観的な評価の仕組み、長時間労働の是正のための働き方改革

(教育)
・理系女子の育成など幅広い分野での活躍推進
・大学教育における企業ニーズへの対応
・生涯働き続けることを前提とした、中高・大学・大学院でのキャリア教育の再構築
・「男女がともに仕事と家庭と両立できる社会」の実現に向けた意識啓発

このうち、同一労働同一賃金と限定正社員について書かれたところを見てみますと、

⑤ 「同一価値労働同一賃金」原則の推進
正規社員と非正規社員の処遇の格差に関し、職能給を基本とする企業が多数を占める現状においては、まず、客観的理由のない不利益取り扱いの禁止を徹底すべきである。
さらに将来的には、「同一価値労働同一賃金」の原則に基づき、企業において、職務内容等の明確化、客観的な評価法の確立等透明な処遇ルールを徹底させることが必要である。国はその好事例を集め、普及させていくことが有効である。
また、正規から非正規、非正規から正規へという就業階層性の流動化を図る必要がある。最近、非正規から正規への転換を行う企業の事例が目立つようになっているが、一般には、非正規から正規への転換は企業にとってリスクが大きいとも言われる。そのため、非正規から正規への転換を促進するためには、国は、正規に転換するために必要な経験や専門的能力に関する業界共通の評価基準・査定軸を設定するよう要請する等、積極的な関与を行うことを検討すべきである。

⑥ 限定正社員の導入支援
多様な働き方を推進するため、男女ともに、職種や時間、勤務地を限定して働く限定型の正社員モデル(「普通の働き方」のモデル)を作っていくことが重要と考えられる。
ただし、無限定正社員が上とする意識ができてしまうのではないかという点や、無限定正社員が男性、限定正社員が女性ということに固定化するのではないかという点が懸念される。加えて、限定正社員の導入によりワークライフバランスを実現しようとすれば、従来の無限定型正社員における長時間労働は改善されないことも課題として残るなど、限定正社員を普及・定着させる上で、こうした点に配慮した議論が必要である。

だそうです。

ちなみに、私が呼ばれて喋った中身はこんなものでした。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-2c8d.html(女性が輝く社会のあり方研究会)

「OL型女性労働モデルの形成と衰退とその後」

1 日本型雇用システムの「無限定正社員」は男性モデル
・職務、勤務地場所、時間の制限なく、企業の命令に従って働く(非ジョブ型)
・その代わり、新卒採用から定年まで雇用を保障する(メンバーシップ型)
・それを前提に若い頃から教育訓練して企業の色に育て上げる

2 それとは異なる旧式OL型女性労働モデル
・新卒採用から結婚退職までの短期的メンバーシップ
・男性無限定正社員の補助的業務(女房役)
・男性無限定正社員の嫁さん候補(社内結婚)
・それゆえ、四大卒は忌避、短大が良い

3 OL型女性労働モデルの衰退
・男女雇用機会均等法とコース別雇用管理
・無限定正社員モデルについてこれる女性のみの「総合職」
・それ以外の「一般職」・・・が辞めなくなってしまった!
・世知辛くも「一般職」の非正規への代替

4 ワーク・ライフ・バランスの笛吹けども・・・
・無限定正社員モデルにワーク・ライフ・バランスという文字はない
・育児休業というイベントの前後の日常は・・・
・短時間勤務の反対はフルタイム?オーバータイム?
・なのにもっと時間制約なく働けるようにせよという経営側の声
・無限定正社員か非正規かの究極の選択

5 男女共通のジョブ型正社員(限定正社員)
・不本意正社員からワーク・ライフ・バランスを求めて
・不本意非正規からそれなりの安定(仕事がある限り)を求めて
・不可能な「男並み」から可能な「男並み」へ

6 エリートモデルの女性「活用」論からの脱出を
(男女とも、エリート論はエリート論として区別して論じよう。ノンエリートを巻き込むのではなく)

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「『富岡日記』と『女工哀史』の間」@『労基旬報』5月25日号

『労基旬報』5月25日号に「『富岡日記』と『女工哀史』の間」を寄稿しました。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/roukijunpo140525.html

 最近の明るい話題としては、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産に、「富岡製糸場と絹産業遺産群」(群馬県)が登録される見通しとなったことがあります。去る4月26日、文化庁はユネスコの諮問機関が「登録が適当」と勧告したと発表しました。6月15日からカタールのドーハで開かれる世界遺産委員会で登録が決まれば、国内で18件目の世界遺産となります。これを受けて、富岡製糸場に早速観光客が詰めかけているそうです。
 さて、このニュースを受けて、ネット上で有名なブロガーである「ちきりん」氏が、ツイッターで「富岡製糸場って「元祖ブラック企業」じゃん。それが世界遺産になるってことに、ブラック企業撲滅運動系のみなさんは、どんなご意見をお持ちなのかな。やっぱり「絶対反対!」」運動を始めるのかな?」と書き込んだことで、大炎上を引き起こしました。正確に言うと、物事を知っている人々が「富岡製糸場の女工さんはある意味「勝ち組」エリートだったかと(´・ω・`)」「製糸工場の女工≒「野麦峠」「女工哀史」、な理解一発になっちまってる弊害って、マジに大きいとおも(´・ω・`)」等と丁寧に説明しているのに、ちきりん氏は「みなさんが現在、糾弾している企業の職場も、100年後には世界遺産かもしれないわけですよ!?」とか「っていうか、富岡市&製糸場としては全力で「決してブラックではありませんでした!!!」ってことにしたいんだろうと思います。」などと自分の無知ゆえの間違いを認めず、あげくは「間違いを認めたら死ぬ病をお持ちのようで」などとからかわれるに至っています。
 ちきりん氏は匿名のブロガーですが、ネット上の一説によるとキャリア形成コンサルタントの伊賀泰代氏であるという声もあり、その真偽は定かではありませんが。もし人事関係の有名人がこういうトンデモ認識をまき散らしているとすると、いささか問題なしとしないところですので、明治から大正にかけての女子労働に関する推移を教科書的に簡単にまとめておきたいと思います。人事関係者であれば、少なくともこれくらいは常識としてもっておいてもらわなければいけないのですが・・・。

 明治期から大正期にかけて、日本の労働者の過半は繊維工業の女工でした。その出発点に位置するのが、1872年に開業した官営富岡製糸工場です。当時の女工たちは誇り高い士族の子女で、十代半ばの若さながら、その賃金は校長並みで、食事や住居など福利厚生も手厚く、まさにエリート女工でした。その一人であった松代区長の娘横田(和田)英の『富岡日記』には、その誇りがよく出ています。
 やがて日本各地に彼女らを教婦として民間の製糸工場が続々と開かれていきますが、なお女工は良家の子女であり、通勤女工が主で、地域のエリートとして誇りを持って働いていたのです。ところが製糸工業が急激に発展し労働力需要が激増するとともに、1870年代末には女工の出身は主として農村や都市の貧しい平民層に移行し、生家の家計を助けるために口減らしとして労働力を売る出稼ぎ女工が主になりました。
 一方、近代的な紡績工場も幕末から創業が始まり、初期には士族の子女が紋付きを着て工場の門を出入りするような状態でしたが、やはり業種の急拡大とともに農村や都市の貧民層が主たる労働供給源となっていき、それとともに遠方から募集した女工を寄宿舎に収容するのが一般的になっていきました。
 当時の企業にとって最大の問題は女工の募集難でした。そのために悪辣な募集人を使い、おいしいものが食べられる、きれいな着物が着られるなどと言葉巧みに十代の少女を誘惑して工場に連れてくるといったやり方が横行し、時には誘拐という手段も用いられました。その実情は、農商務省の『職工事情』に生々しく描かれています。このような弊害に対処するため、この頃から都道府県レベルで募集人の取締りが行われるようになりました。これは後に国レベルの規制に格上げされます。
 一方、工場の中の労働条件も、富岡時代とはうってかわって長時間深夜労働と低賃金に彩られていきます。高価な機械を使うことから昼夜フル操業が要請され、そのために昼夜交替制の12時間労働で、休憩時間は食事時間15分ずつといった有様でした。女工たちは家計補助のための就労ということで、女工一人の生活を維持する程度の低賃金でしたし、工場や寄宿舎は不衛生で、多くの女工が結核等に感染し、死亡するものも多かったようです。こういう状況に対して女工たちがとったのは逃亡という手段でしたが、これに対しても企業側は、逃走を図ったといった理由で、殴打、監禁、裸体引き回しといった懲罰を加えていました。
 この状況についても上記『職工事情』に詳しく描かれていますが、政府は主としてこの女工の労働条件改善対策として、工場法の制定を図ります。繊維産業界の猛烈な反対の中で立案から30年かかりましたが、同法は1911年に制定され、1916年から施行されました。これは女子と年少者について深夜業を禁止するとともに労働時間を12時間に制限したものです。もっとも、企業側の反対で、施行後15年間は、交替制の場合は深夜業が可能と骨抜きにされました。
 一方、企業側もいつまでもこのような原生的労働関係に安住せず、募集よりも保護・育成に力を注いで、女工の定着を図る施策を講ずるところが出てきます。鐘ヶ淵紡績(鐘紡)をはじめとして1890年代から義務貯金制度が始まりますが、これは逃亡すると没収されるので移動防止策として用いられました。鐘紡は、女工に対する福利厚生の手厚いことで有名です。特に寄宿舎に教育係を置き、国語算数に加え裁縫などを教えました。
 労務管理史上重要なのは、繊維工業では重工業や鉱山と異なり、親方職工による間接管理ではなかったという点です。作業管理も生活管理も企業の直轄で、賃金制度は個人ベースの出来高給です。しかし、上で見たように大部分は使い捨ての労働力であって、企業のメンバーシップがあったわけでもありません。とはいえ、彼女ら主に未婚の女工たちがジョブに基づく労働市場を形成していたとは言えないでしょう。出身家族へのメンバーシップに基づき、家計補助のために就労するというのがその社会的位置であったと思われます。
 鐘紡を先駆者として、大企業は次第に福利厚生や教育訓練を充実していきます。年少の女工が対象であるだけに、これはまさに使用者の温情主義として現れることになります。工場法制定に反対する企業側はこの温情主義を根拠としたのです。鐘紡の武藤山治は、これを「大家族主義」と呼び、1919年のILO総会に出席して、いかに職工を優遇しているかを説明しています。
 なお、有名な『女工哀史』は、東京モスリンの職工だった細井和喜蔵が1925年に書いたもので、職工事情に見られるような原生的労働関係が経験に基づいて描写されているとともに、上記温情主義施設に対する社会主義的立場からの批判も見られます。しかし、この頃にはかつてのような悪辣な募集と逃亡のいたちごっこは影を潜め、特定地域からの固定的な採用と結婚退職までの定着化が進んでいました。また教育内容は花嫁修行化していきます。さらに、この温情主義の流れから、例えば倉敷紡績の大原孫三郎のように、労務管理の科学的研究が始められたことも重要です。 

ちなみに、数年前にも今回のちきりん女史みたいなことを口走って無知を晒しかけた御仁がいましたが、見事なまでの事後処理で対外的にはほとんど無傷で済ませたようです。

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『日本の雇用と中高年』に本格的な書評

26184472_1そうこうするうちに、いくつかのブログで拙著『日本の雇用と中高年』(ちくま新書)への本格的な書評がアップされてきています。

14日にはBIBIさんの「迷跡日録」で、「ページを繰る手が暫時停ま」ったと書かれています。

http://blog.livedoor.jp/akiotsuchida/archives/52280720.html

いいペースで中程まで読み進めていったところ、第二章末の"解雇と定年の複雑な関係"でページを繰る手が暫時停まりました。タブーと言うとおおげさかもしれませんが、多くのサラリーマンが感じていながら表立っては話題にはしない、能力不足を理由とする解雇はまず行われない事実について、唐突に言及されています。著者曰く「日本型雇用システムの本質に関わるところ」。それって、社会政策も超えて社会保障の機能まで有すると?

いや、そこまで反応されなくても・・・。

いつもながら明快な分析で、歴史を踏まえた現状のクリアな認識を得られたような気はするのですが、その現状、種々の要因が複雑に絡み合い、あちら立てればこちら立たず、なんとも難しい。著者の具体的な提言はあるわけですが。

その難しさを伝えるところが難しいわけですが・・・。

そして昨日21日にはおなじみ「山下ゆ」さんの新書ランキング

http://blog.livedoor.jp/yamasitayu/archives/52070874.html

著者の濱口桂一郎は、去年『若者と労働』(中公新書ラクレ)という新書を出しましたが、それと対になるテーマの本です。

日本の雇用が、仕事に人を割り振る「ジョブ型」ではなく、人に仕事を割り振る「メンバーシップ型」であり、それが時代の変化とともに歪みを生じさせている、という現状認識は『若者と労働』、あるいはその前の『新しい労働社会』(岩波新書)と共通。

『若者と労働』では、そうした現実に対して「ジョブ型正社員」という解決策のビジョンと大学改革の必要性を示したわけですが、この本では政策レベルの議論を丁寧にしつつ、最後に労働政策だけではなく福祉制度の変革を訴える内容になっています。

以後の要約も的確で、私の言いたいことを見事に伝えていただいています。

しかし、一番感動したのは、ここに着目していただいたことです。

前半の日本の雇用の歴史の部分についてはやや煩雑に感じる人もいるかもしれませんが、このややこしさを丁寧に示すことで、「魔法の薬はない」という現在の状況がより実感できるような構成になっていると思います。

また、触れられませんでしたけど第5章2の「中高年女性の居場所」の部分も、世間並みに結婚しない女性がいかにひどい状況に置かれていいたかということを知るためにも、ぜひ読むべきところだと思います。

 

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社労士は悪者か?

POSSEの今野晴貴さんが

https://twitter.com/konno_haruki/status/468343837547458561

違憲の可能性も有ると思います

とまで言っているので何事かと思うと、労働弁護士の佐々木亮さんと、社労士の権限拡大に否定的な見解を述べあっているようです。

https://twitter.com/ssk_ryo

社会保険労務士が、労働関係の裁判で補佐人として出廷できて発言できるという制度ができる方向で進んでるらしいが・・・。全然、知らなかった。日弁連は反対しないのかな??

ブラック企業対策らしいが、たぶん逆効果になると思う。使用者側のめちゃくちゃな主張を「補佐」する社労士が裁判所を跋扈することになろう。こんなもの、ブラック企業対策でも何でもありません。

社労士さんにも色々いますので、一くくりには言えませんが、少なくとも私の経験上言えることは、労働事件を扱っていると社労士さんが使用者を誤った方向へ導いている例は枚挙にいとまがございません。残念ながら。もちろん弁護士にもいますが、そりゃ数とその質が違う。

https://twitter.com/konno_haruki

社労士に対する規制緩和で労働問題を解決するなど、虚構である。社労士はそもそも「労働のプロ」ではない。経営者の労務手続きの「代行者」としての職域なのである。拙著『ブラック企業ビジネス』参照。もちろん、中には凄腕の社労士もいるが、それは「特別」に努力されているからなのだ。

かといって、社労士が労働側でまったく役立たないなどとは思っていない。心ある社労士は、独力で労働者の権利擁護の力を獲得している一方で、悪徳な弁護士は労働者や経営者を食い物にしている(『ブラック企業ビジネス』に詳しい)。だから、業界内の「質」の確保が重要なのである。

断っておきたいのは、「弁護士ならよいのか」ということです。弁護士の中にも悪徳だったり、労働問題解決の能力がなく、労働者、経営者を食い物にしているものは大勢いる。だが、少なくとも、弁護士会には労働側のしっかりとした組織があり、ノウハウも蓄積している。これは、社労士会にはほとんどない

確認ですが「社労士は悪だ」とは一言も言っていません。弁護士にも問題があるのも承知です。しかし、社労士は増えすぎて仕事が足りず、目を付けたのが「ビジネス」としての労働問題でした。金儲けのために、すでに違法な指南をする社労士が多数います。だから、まずは質の向上をしてほしいのです。

はっきりいうが、社労士のせいで人生が狂った労働者は膨大にいるであろう。嘘の法的知識で適当にあきらめさせる。「相談料」目当てで行政の下請けをして、実際には能力がないので嘘ばかりつく。私が受けた相談では、枚挙にいとまがない。業務拡大などという前に、この現状を改善すべきである。

弁護士の佐々木さんだけでなく、今野さんまで社労士に対してかなり否定的な意見を述べていますね。

その社労士法の議員立法による改正案はまだ公にはなっていないようですが、特定社労士の篠塚さんがブログでかなり詳しく紹介しています。

http://sr-partners.net/archives/51941304.html(第8次社労士法改正で社労士に法廷陳述権が与えられるかも)

自民党案は大きく3つある。1つは,民間型ADR(裁判外紛争解決手続)における特定社労士の代理権の付与に紛争の目的価額60万円以内という制限を120万円まで拡大すること。なお,行政型ADR(都道府県労働局や道府県労働委員会のあっせんなど)における特定社労士の代理権には従来通り制限はない。

2つ目は,地方裁判所以上の審級における社労士の出廷陳述権の付与である。非訟事件も対象となるので労働審判の審判廷においても陳述権がある。ただし,弁護士が受任している側に立っての陳述に限る。裁判長や労働審判委員会の許可は不要なので,社労士は権利として出廷し陳述が可能となる。

3つ目は,社労士法人に2名の社労士が社員として必要とされているが,それを一人社員でも認める。

篠塚さんも言うように、どちらかと言えばやや遠慮気味の案ですが、佐々木さんや今野さんは認めるべきではないという意見のようです。

確かに、今野さんの『ブラック企業ビジネス』にあるように、悪徳社労士はいっぱいいるのでしょうけど、同書にもあるように悪徳弁護士もいっぱいいるのに、社労士だけ目の敵にするのは、佐々木さんとのやりとりとはいえ、いかにもアンフェアな感を与えます。

現にろくでもない社労士がいるからといっていい方向に進もうとしている社労士の頭を叩くようなやり方がいいのかどうか、今後どういう姿を展望していくのかという観点からすると、いかにも後ろ向きという印象です。

そりゃ、確かにネット上にも池田信夫なんかに心酔して私を罵倒するような社労士もいるようですが、真面目に労働問題を解決しようと日夜研鑽を積んでいる社労士の方々もいっぱいいるわけで、あまり味噌もくそも一緒にした議論はしない方がいいと思います。

特に今野さんは、良心的な社労士ともっと連携していけなければいけないのですから、職業的利害からして反対する立場の弁護士と同じ言い方をするのはどうかと思いますよ。ブラック弁護士は許すけれど、ブラック社労士は駄目といってるように受け取られかねない危険性を感じます。

将来のあるべき姿という点では、私は韓国の公認労務士という制度を日本でも真面目に考えたらどうかと考えています。

だいぶ以前ですが、日本労働法学会で「東アジアにおける労働紛争処理システム」の大シンポジウムをやったときに、こういうエントリを書いたことがあります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-0eb2.html(韓国・台湾の紛争解決システムから学ぶこと)

たとえば、李鋋先生の報告で、韓国では公認労務士制度(日本の社会保険労務士みたいなもの)があるのですが、2008年から経済的弱者のために(集団よりも最近は個別紛争の方が多くなっている)労働委員会における事件代理を「指定労務士制度」として、政府の支援により行っているという点は、不当解雇に関する判定的解決が現在では裁判ではなく労働委員会における救済によって行われているということを考えると、実質的に個別紛争解決への労働者への補助ということができるでしょうし、日本の「法テラス」のもとになった「法律扶助公団」が年間10万件以上もの利用があり、その大部分が賃金や退職金の不払い事案だということからすると、大きな意味を持つ援助になっていると思われます。

日本の場合、職業的にライバル関係にある弁護士は当然として、連合も社労士の権限拡大に慎重な姿勢で、これはいままでの社労士がほとんどすべて使用者のためのサービス提供者として行動してきたことからやむを得ない面もあるのですが、わたしはむしろ社労士を労働者のためのサービスも提供しうるちゃんとした社会的専門職として確立していくことを考えた方がいいと思います。そのためにどういう制度的担保が必要かなど、検討すべき課題はいろいろありますが。

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「限定」正社員は簡単に解雇できる?日本の解雇規制は機能しているのか@日経ビジネスオンライン

日経ビジネスオンラインの「記者の目」という記事に、広岡延隆氏の私のインタビューが登場しています。紙媒体の『日経ビジネス』の詳細版ですね。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20140520/264976/?n_cid=nbpnbo_top_updt&rt=nocnt(「限定」正社員は簡単に解雇できる?日本の解雇規制は機能しているのか)

「限定正社員」の存在が、クローズアップされている。「ユニクロ」(ファーストリテイリング)、日本郵政、スターバックス コーヒー ジャパンなど、ここ1年だけ見ても多くの企業が限定正社員制度を導入した。

・・・ただし、一方で気がかりな点もある。「限定正社員は解雇しやすいのではないか」という点だ。もしそうなら、限定正社員化で得られる効果も「限定」されてしまうと言わざるを得ない。

ここで、私が登場します。

限定正社員の解雇に言及する前に、一般に「厳しい」と見なされている、日本の解雇規制について考えてみたい。

 ここに1つの興味深い調査がある。「日本の雇用終了」(労働政策研究・研修機構刊)。労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎・統括研究員が実施した、普段は日の目を見ることが少ない労働局における解雇紛争のあっせん事例を集めた貴重な調査だ。そこに記された事例を見ていくと、多くの人は暗澹たる気持ちになるはずだ。

・・・・・・・・・

日ごろ雇用労働問題にあまり詳しくない人々にこそよく読んでいただきたい記事です。

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アマゾンで『日本の雇用と中高年』に書評2つ

26184472_1今月発行された『日本の雇用と中高年』(ちくま新書)に対し、アマゾンのカスタマーレビューが17日と20日にアップされています。7日のと併せて3つになりました。

http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%9B%87%E7%94%A8%E3%81%A8%E4%B8%AD%E9%AB%98%E5%B9%B4-%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E6%BF%B1%E5%8F%A3-%E6%A1%82%E4%B8%80%E9%83%8E/dp/4480067736/ref=sr_1_4?s=books&ie=UTF8&qid=1398433830&sr=1-4

「あきら」さんのレビューは「中高齢者の能力と処遇を考えるには最適な本です!!」というタイトルで、

ジョブ型、メンバーズ型という雇用のパターンを提起してきた著者ならではの本と言える。
これまでも従来の観念的な労働法制や解雇規制の浅薄な議論を批判し正してきた。
この本でも参考になる論点が相当記述されていて読み応えがある。

と述べつつ、

ただ ジョブ型社員というのは日本でどこまで一般化するのだろうか。

と疑問を呈し、

ある一定の仕事が指示され、それをキチンと遂行する以上のものを多くの職場で、多くの労働者に求めるのが日本の文化ではなかろうか。
それは地域や職種を無限定の旧来型の正社員により多く要求されたが、無限定な正社員野のみに要求されたり 無限定であるが故に求められたということでも無いように思える。

と論じた上で、最後に

何はともあれこの本は多くの課題を提起している。多くの人にすすめたい。

と薦めていただいています、

もう一人の「中西良太」さんのレビューは、「解雇自由化陰謀論への反駁:年齢給制度下で狙い撃ちにされる中高年勤労者層の日本的労働問題の解決策としてのジョブ型正社員」というタイトルで、

本書では、若者の概念は、前著よりも若い中高年をも包括した形になっており、中年フリーター達、いわゆる中年の非正規労働者たちも包摂したものとして濱口さんの分析が展開されている。・・・

と始めて、そのエッセンスをを次のように見事に論じています。

本書を読み解く際の、導きの糸となる最重要点は、日本型雇用=日本型経営においては、中高年労働者は、職務給=年齢給によると中高年であるほど熟練であるからそれだけ高給取りなのは当然として喧伝されるが、その反面、不況時に真っ先にリストラ対象となるのはまさにそのような中高年からという構造的矛盾が日本型雇用システムの不可避の選択となっている点である。つまり、経営側のご都合主義の論理は見事に破綻していることが、濱口さんにより鋭く指摘されている。

最後に、

本書は日本のすべての勤労者の方達の必読書です。

とまで言っていただいております。

 

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『若者と労働』書評が2つ

Chukoここにきて、昨年出した『若者と労働』(中公新書ラクレ)に本格的な書評が2つ出ました。

一つは去る17日に、「新刊JP」というサイトにアップされたもので、

http://www.sinkan.jp/news/index_4666.html(外国から日本の新卒採用が奇異の目で見られるワケ)

就活中の学生やフリーター、正社員であっても、労働問題に頭を悩ませる若者は多いのではないでしょうか。採用について、労働について、給料について、きちんと考えてみたことはありますか? 給料や就業時間の多寡といった目先の問題にとらわれていると、肝心のことが見えなくなってくることも。
 自分たちが置かれている日本の状況について、原理原則から考えてみませんか?仕組みを理解してみると、「労働問題」の真の姿が見えてくるはずです。

というリードで、拙著『若者と労働』の内容を詳しく解説し、最後に、

本書を読むと、自分が労働の仕組みについていかに無知であったか思い知らされます。現在の雇用状況を作り出した歴史から、労働問題の現状、そして新しい雇用形態のあり方まで、細かな分析と詳しい解説で述べていきます。雇用問題に興味がある方は必読。入門書として最適な一冊です。

と評していただいています。

もう一つは、こちらは紙媒体ですが、日本労働弁護団が発行している『季刊 労働者の権利』最新号に、水口洋介さんが書いていただいたものですが、

http://homepage3.nifty.com/hamachan/20140519142022860.pdf

こちらは、特にジョブ型正社員という処方箋に対して疑問を呈しています。最後の一節では、

・・・日本の問題ある「無限定正社員」を転換するためには、いきなり「ジョブ型」を導入するのではなく、「メンバーシップ型」労働契約を、人間らしく働けるように労働時間短縮、同一労働同一賃金、雇用平等の原則で理解し、修正していく方向を目指すべきだと思います。

と批判をされています。ここは是非多くの読者の皆さんにも考えてほしいところです。

 

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さらば使い捨て経営@『日経ビジネス』5月19日号

Hyoshiもう一冊送られてきた雑誌は『日経ビジネス』5月19日号で、特集はその名も「さらば使い捨て経営」。

http://business.nikkeibp.co.jp/nbs/nbo/base1/index.html?xadid=002

記事のうち、冒頭の「バイト反乱で営業不能」は、ここ数ヶ月話題になっていた「すき屋」の話ですが、それに関する記事がオンライン版の方に載っています。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20140516/264787/?n_cid=nbpnbo_bv_img

(すき家「鍋の乱」で大量閉店の真相 バイトが明かす衝撃の勤務実態)

誌面にはワタミの桑原社長のインタビューも載ってます。

また、「限定正社員に3つの懸念」というコラム記事には、私もちょびっと顔を出しています。

しかし、それより何より、この号で一番わたくし的に「受け」たのは、22-23ページのこの絵でした。自由の女神が手に持っているものに注目。

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雇用がゆがむ@『東洋経済』5月24日号

05151626_53746c3a58b91『東洋経済』5月24日号をお送りいただきました。特集が「雇用がゆがむ」ですからね。

http://store.toyokeizai.net/magazine/toyo/

【第1特集】
雇用がゆがむ
官製ベア・残業代ゼロ・解雇解禁の

[正社員] 官製ベアで約束された“受難”

INTERVIEW |竹中平蔵/産業競争力会議議員(慶大教授、パソナグループ取締役会長)

米国では「残業代ゼロ見直し」へ

[非正社員] 法改正で雇い止め 遠い正社員登用

官製ワーキングプアの特効薬・「公契約条例」制定は一進一退

困窮者を最賃未満で活用 ゆがむセーフティネット

待遇改善は不十分 集まらない原発作業員

外国人材でも企業の使い勝手が優先

執筆はおなじみ風間直樹さんと野村明弘さん。記事の中で一番面白いのはなんと言っても冒頭の労働時間規制緩和を振り付けた経済産業省の動きを曝露したあたりでしょう。

長谷川ペーパーはまさに何を言っているのかよく訳のわからない文章になっていますが、経済産業省が作ったその原案(「スマートワーク」とやら)は、曖昧さのかけらもなかったそうです。

財務省筋から提案されたBタイプ(年収1000万)では収まりが付かない経産省が投資家受けするインパクトのある案を模索してぶち上げた、と。

しかし、推進役が不在な中で注目したキャッチフレーズが「女性の活用」だった、と。柔軟な働き方を望む子育て世代や親介護世代の女性の活用のためという建前の方が世間体が良い、と。

まあ、そんなところだろうと思ってました。

賃金と時間のリンクを外したいという経済界の要求は、経済界の要求としては別におかしいものではなく、本質的には労使間で交渉して決めるべきことですが、労働時間規制を緩和したり撤廃したりすると仕事と育児が両立できてワークライフバランス万歳、というのは、わたくしが何回も口を酸っぱくして言い続けてきたように、まったくウソであり、インチキな議論なのです。

せっかくまともな方向に進み始めていたこの話に、またぞろインチキきわまるトンデモ理論を持ち込んだ元凶は、やっぱり労働問題が基本的にわかっていない経済産業省であったようです

「女性の活用」とか「ワーク・ライフ・バランス」という言葉を、うかつに経産省サイドに使わせていると、いつの間にかこういうトンデモな話になりかねないので、ここは本当に注意が必要です。わたしが、樋口美雄先生の怒りを買いながらも、あえて去る3月のシンポジウムで、

http://www.esri.go.jp/jp/workshop/forum/140305/data/gijiroku.pdf

フレクシビリティの強調に疑問を呈し、労働時間の厳格性こそがまずもって第1次的のワークライフバランスだと強調したのは、こういう事態を予想していたからでもあります。

 ここはちょっと突っ込んでお話しておきたいと思います。ここ10年ぐらいの労働時間とワークライフバランスをめぐる議論というのは、混乱している、むしろミスリードするような議論が支配的であったのではないかと思います。先ほどのRIETIの報告の中でもちらっとそれが出てくるのですが。労働時間のフレキシビリティを高めることがワークライフバランスに資するのだという、ちょっと聞くともっともらしい話がずっと続いているのですね。

 例えば今からもう大分前、2005、6年頃の当時の規制改革会議の答申なんかでも、仕事と育児の両立ができる働き方を実現するために労働時間規制の適用除外を増やさなければいけない、と言っておりました。その後、ホワイトカラーエグゼンプションの立法化というのは挫折するわけで、、それについてはまた論ずべきことがあります。しかし、ここで申し上げたいことは、そもそも労働時間のフレキシビリティを高めるということがすなわちワークライフバランスだというふうに無媒介な議論がされすぎていたということ自体に対して、私は非常に疑問を持っているということです。

 もう少しきちんと分けて議論すべきです。そもそも労働基準法が労働時間を規制していること、つまりフレキシビリティではなく労働時間のリジディティこそがまずは第1次的なワークライフバランスなんですね。これは考えてみれば当たり前です。夕方仕事が終わってから保育所に子供をピックアップしにいける確実性がある、あるいは家に帰って家族のために料理をつくる確実性があるというのがまず第1次的なワークライフバランスであるはずです。もしそれが、会社のために夜遅くまで残る可能性がある、ということであれば、確実にワークライフバランスを確保できるという予見可能性が失われてしまいます。残業が恒常的にあるかどうかはともかくとして、フレキシブルに働けるというのはそういうことですよね。つまり、労働時間のフレキシビリティは、第一次的にはワークライフバランスに反するのです。

 こういった毎日の労働時間の確実性という意味での第一次的ワークライフバランスが確保された上で、それでも足りないからもうちょっと融通を利かせられないか、例えば育児のために育児休業とったり、短時間勤務したり何なりというのが、次の段階です。これは私は第2次的なワークライフバランスと呼んでいます。この局面に来て初めて、フレキシビリティがワークライフバランスに役立つという話になるのです。

 ヨーロッパでは第1次的なワークライフバランスはあることが前提です。少なくとも一部のエリートを除けばあるのが前提で、その上で第二次的ワークライフバランスができるようにということで育児休業をはじめとするいろいろな仕組みがあります。実を言うと、それに対応するような仕組みという意味で言えば、日本の法律は大変完備しています。六法全書を見る限り、日本の第2次ワークライフバランスのための法制度は大変立派なものです。では何で踊れないのかというと、その前段階、つまり第1次的なワークライフバランスを確保するための日常的な労働時間の規制というところが非常に弾力化しているからです。そこを抜きにして、2次的ワークライフバランスにおいてのみ正しい議論が無媒介的に入ってしまうと、労働時間をもっとフレキシブルにするとワークライフバランスが実現できるというような、まことにミスリーディングな議論になってしまうのではないかと思います。

 これは主として労働時間規制の問題ですが、ワークライフバランスの議論としても大きな問題があったのではないかと思っております。

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『日韓比較労働法』(全2巻)

26048937_1西谷敏+和田肇+朴洪圭 編著『日韓比較労働法』(全2巻) (旬報社)を編者の和田先生よりお送りいただきました。 ありがとうございます。

これは、第1巻 労働法の基本概念と第2巻 雇用終了と労働基本権からなり、目次は以下の通りです。日韓の労働法研究者が結集して書かれた大著です。

第1巻 労働法の基本概念
第1部 労働者の概念

1 韓国における勤労基準法上の労働者概念―請負契約における労使協力的関係の構築を中心に
  權 ○(=火へんに赤) (釜山大学法学専門大学院教授)
2 日本における個人請負労働者と「労働基準法上の労働者」をめぐる問題
  脇田 滋(龍谷大学教授)
3 韓国における集団的労使関係法上の労働者概念
  崔弘曄 (朝鮮大学教授)
4 日本における労働組合法上の労働者概念
  野田 進 (九州大学教授)
第2部 使用者の概念
1 韓国における個別的労働関係法上の使用者概念
  沈載珍 (大邱大学教授)
2 日本における個別的労働関係法上の使用者
  山川和義(三重短期大学准教授)
3 韓国における集団的労働関係法上の使用者
  李炳雲 (順天大学教授)
4 日本法における集団的労働法上の「使用者」
  米津孝司 (中央大学教授)
第3部 非正規雇用と雇用平等
1 韓国における非正規雇用の政策―期間制労働と派遣労働の使用を中心に
  趙淋永(嶺南大学教授)
2 韓国における非正規労働者の差別是正制度の争点
  鄭永薫 (憲法裁判所責任研究官)
3  日本における非正規雇用と均等待遇原則・試論
  緒方桂子(広島大学大学院法務研究科教授)
4 韓国における同一価値労働同一賃金
  金善洙 (弁護士)
5 日本における同一価値労働同一賃金原則実施システムの提案
  浅倉むつ子 (早稲田大学教授)

第2巻 雇用終了と労働基本権
第1部 雇用の終了

1 韓国の解雇法制の理解と課題
  李達烋 (慶北大学校法学専門大学院教授)
2 日本における解雇法理の現状と課題
  根本 到(大阪市立大学教授)
3 韓国における辞職強要の規制
  金熙聲(江原大学校法学専門大学院教授)
4 日本における雇用終了と労働者の自己決定
  西谷 敏 (大阪市立大学名誉教授)
第2部 複数労働組合と団体交渉
1 韓国における団体交渉窓口の単一化と交渉代表労働組合等の公正代表義務の制度化
  宋剛直 (東亜大学法学専門大学教授)
2 韓国の改正労働関係法における「交渉窓口単一化」をめぐる諸問題
  趙翔均 (全南大学法学専門大学院教授)
3 韓国における交渉代表労働組合の公正代表義務
  文武基 (慶北大学法学専門大学院教授)
4 日本における団体交渉権の性格と交渉代表制
  西谷 敏 (大阪市立大学名誉教授)
5 日本における「公正代表義務」論
  根本 到 (大阪市立大学教授)
第3部 公務員の労働基本権
1 韓国における公務員の労働基本権
  李羲成 (圓光大学法学専門大学院?授)
2 韓国における公務員の勤労条件決定システムの争点
  盧尚憲 (ソウル市立大学教授)
3 日本における国家公務員労使関係システム―その形成過程と法的問題点
  和田 肇 (名古屋大学教授)
4 日本における公務員の勤務条件決定システムの最近の動向
  奥田香子 (近畿大学教授)

26048936_1 タイトルは「比較労働法」ですが、正面から両国の労働法を比較した論文というよりも、日本と韓国のそれぞれの論点を提示し合った本になっていて、その意味では日韓比較のための素材というべきかもしれません。

ただ、実は近年日本では、韓国労働法の動向について一時に比べると紹介の熱意が薄れたというか、きちんと紹介されなくなっている感じがしていまして、その意味では干天の慈雨というかたいへん興味深く読める論文が並んでいました。

とりわけ、最近の私の関心からすると、第2巻の特に労働組合法制に関わるところがたいへん面白かったです。

 

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Aタイプ(労働時間上限要件型)に労働時間の上限がない件について

いろんな話が絡み合っていて、それぞれごとの考え方が少しずつ違っているのをどう説明するかが難しいという状況なので、今野さんも八代さんも説明不足になるのはやむを得ない面がありますが、そしてNHKがやたらに成果主義賃金制度に焦点を当てようとし過ぎることが話をねじれさせている面もありますが、

やっぱりきちんと語られるべきだったことは、産業競争力会議の長谷川ペーパーのAタイプ(労働時間上限要件型)という名前の仕組みが、全然労働時間の上限を設けることになっていないという、その点だったような気がします。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/skkkaigi/goudou/dai4/siryou2.pdf

いやたしかに、冒頭にでかでかと「「働き過ぎ」防止の総合対策」とあり、「法令の主旨を尊重しない企業の取締りの強化」とか「まずは、長時間労働を強要するような企業が淘汰されるよう、問題のある企業を峻別して、労働基準監督署による監督指導を徹底する」とか書かれていますが、いうまでもなく労働基準監督官は法律違反しか摘発できないので、違法じゃないけど社会的に問題だよなあ、なんてものは文句は言えません。ていうか、違法じゃないのに国家権力が是正勧告なんかさせたらそれこそ問題でしょう。そこのところがわかってなくて、違法じゃないことを労基が是正させないから怠慢だというような批判をする人いますけど、それは法治国家を理解していないわけです。けしからんから取り締まれというなら、まずもってそれを法律違反にしなきゃ。つまり、長時間労働それ自体を禁止して摘発可能なものにしなきゃ。そうでなければそれはただのリップサービス。

では、Aタイプ(労働時間上限要件型)というくらいなのだからそこにはちゃんとその労働時間の上限を超えて働かせたら違法になるような法律上の上限が書かれているのかと思いきや、

対象者の労働条件の総枠決定は、法律に基づき、労使合意によって行う。一定の労働時間上限、年休取得下限等の量的規制を労使合意で選択する。この場合において、強制休業日数を定めることで、年間労働時間の量的上限等については、国が一定の基準を示す。

じっくり読んでね。労働時間の量的上限は労使合意で決めるんです。そして国は一定の基準を示すだけです。

あれ?これってデジャビュが・・・。そう、これは、現在の36協定の仕組みと全く同じです。時間外労働の上限を労使合意で決めるんです。そして国は一定の基準(目安)を示すだけです。

それで労働時間の量的上限があることになるんなら、実は現在ただ今だって、立派に労働時間の量的上限があることになります。現にあるんなら、何で全くおんなじレベルの「量的上限」とやらを入れないといけないの?

ていうか、そもそもこの議論は、少なくとも規制改革会議の議論では、現在の日本では、36協定は青天井であって労働時間の量的上限がないからそこを何とかしなければならないという認識から始まったはずなのに、それと全く同じレベルの「量的上限」を入れるから大丈夫という話になってしまっているという、まことによくわからない論理展開になってしまっているのですね。

今の36協定と同じレベルの「量的上限」では、結局どんなに長時間労働であっても、今の36協定と同じくらいにしか法律違反にはならないので、今の36協定と同じくらいにしか、つまりほとんど摘発のしようがなく、結局違法じゃないから何にも手が出せないのに、労基が怠慢だからと文句だけ言われるという状況がますます進行するような気が・・・。

話が拡散しすぎると結局聞いてる方は何も訳がわからなくなるので、せめてこの一点は、きちんと指摘しておいてほしかった、と思います。

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竜田一人『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記(1)』

C113cfd57803a015720c346b147fdcb1ef0一昨日のエントリ「フード左翼な美味しんぼたち」に、yunusu2011さんがこういうコメントをつけられたので、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-ed23.html#comment-107436227

「いちえふ」という週刊モーニング連載のマンガは、原発事故現場で働く作業員を活写する。

・・・この「いちえふ」によれば、作業員は地元の人が多いとのこと。結局、フード左翼が事態を改善するのではなく、それが現場であることを改めて認識させられる。

この漫画を買って読んでみました。

絵のタッチは劇画風ですが、福島第一原発(いちえふ)の労働の現場感覚を見事に描き出していますね。

ここに描かれるのは「フクシマの真実」ではなく、作者がその目で見てきた「福島の現実」だ。

「メディアが報じない福島第一原発とそこで働く作業員の日常」、そして「この先何十年かかるともしれない廃炉作業の現実」を、あくまでも作業員の立場から描写。「この職場を福島の大地から消し去るその日まで」働き続ける作業員たちの日々を記録した、いま日本に暮らすすべての人たちに一度は読んでみてもらいたい「労働記」です。

ある立場から構築される「真実」じゃなく、ある意味淡々とした時間の経過の中で描かれる「現実」の現実感。これは確かに読まれるべき労働ルポです。

 

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ジョブ型社員と思われる労働者の心情@西村純

JILPTの西村純さんが、コラムで面白いエビソードを書いています。

http://www.jil.go.jp/column/bn/colum0247.htm(ジョブ型社員と思われる労働者の心情)

国際労働財団のシンポジウムで西村さんが

(1) スウェーデンは、企業横断的な連帯は強く、また、雇用形態間の均衡処遇も進んでいる一方で、企業内においては職種間(特にブルーカラーとホワイトカラー)の階層化が見受けられ、それゆえ、企業内の連帯はそれほど強いとは言えない可能性があること。逆に、 (2) 日本は、そうした類の階層は弱く、それゆえ、企業内の連帯は比較的強いと思われるが、その一方で、企業横断的な連帯は希薄で、かつ、雇用形態間の差も小さくはないこと。

を話したのですが、その背景として、西村さんが実施したスウェーデンの現地調査でこういう経験があったというのです。

スウェーデン大手企業の組合代表が呟いた次の発言がある。「個人的には、日本の方が良いと思う・・・この国では、大学を出て大卒エンジニアとして新卒で採用されれば、仕事の経験がなくても、ラインで10年間働いた労働者よりも高い賃金を得ることができる。とてもとても良くないことだと思う。でもそれが事実なんだ」。

いや、それがまさにジョブ型社会のジョブ型社会たるゆえんなんですね。ややもすると、ジョブ型とかメンバーシップ型という概念を無媒介的に優劣論で論じてしまいがちな傾向が、どちらの側にもありますが、どの局面でどうなのかということを抜きにした議論はあまり意味がありません。

ちなみに、西村さんはもうじきスウェーデンの労使関係に関する報告書をJILPTから発表します。また、ミネルヴァ書房から単著も出されます。乞うご期待です。

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労務屋さんの「異論」について

41mvhocvl労務屋さんが拙著『日本の雇用と中高年』について5月12日にさらりとした紹介をされた後、

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20140512#p2

こちらはあっさりと消化しました。日本の雇用政策史をおもに中高年齢者雇用政策と年齢差別禁止を中心に解説し、日本的なメンバーシップ型正社員雇用のあり方が中高年齢者の雇用問題を招いていることをわかりやすく解説しています。政策提案も相当程度妥当で現実的なものとなっています。知的熟練に対する評価と前回のホワイトカラー・エグゼンプションの性格に関する理解には誤りもあるように思いますが(別途書きます)、『若者と労働』で感じられたような財界陰謀論的発想も薄く、私はむしろ、彼ら彼女ら自身がいずれ歩む道を見通すという意味で、こちらを若年者に推奨したいように思います。『若者と労働』はいま彼ら彼女らが読んでもどうにもならない話がほとんどなのに対し、彼ら彼女らが中高年になるまでには、世の中のなにかが変わる・なにかを変える可能性があると思うからです。

(『若者と労働』で財界陰謀論は繰り広げていないはずですが・・・)

16日にはかなりたっぷりと分量をとって「異論」を書かれています。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20140516#p1

数日前にhamachan先生から頂戴したご著書『日本の雇用と中高年』をご紹介した際、一部に誤解があるのではないかとコメントしました。まだ議論に耐えるだけの検証はできていないのではありますが、ご関心の向きも多いようですので、疑問点をざっくりと書いておきたいと思います。

私が「リストラ時の企業行動は、中高年の「知的熟練」を幻想だと考えていることを明白に示している」と述べているのに対して、小池さんの本を引用しつつ、知的熟練もポートフォリオであり、何割はレベルいくつであり、何割はレベルいくつ、という具合だろうと言われるのです。数字がつかみですからどうでもいいのですが、そりゃ世の中のものごとの大部分はポートフォリオですし、とりわけ人間の出来具合はポートフォリオです。

でも、少なくとも教科書レベルで定式化されている小池理論は、若干の誤差はあるかもしれないけれども、だいたいこういうものだという感じで知的熟練を説明しているように思います。あるいはむしろ、本書での関心事項に引きつけて言えば、1970年代以降年功的な職能資格制度が普及していくときにそれを正当化する(厳密にアカデミックではないにせよ、何となくアカデミック風の感じを与える理論としての)知的熟練論というのは、中高年になればなるほどどんどんレベルに達しないのが出てくるよね、というのをあらかじめ組み込んだ議論にはなっていなかった、いいかえればそういう冷酷なポートフォリオ理論の顔はあんまり出していなかったのではないでしょうか。

いや、人事担当者の本音はそんな生やさしいものでははじめからなかったと思いますよ。でも、勤続につれていろんなことを経験し、いろんなことが出来るようになっているから、その分知的熟練が高まっているという「理論」は、少なくともその当事者たちにとっては、自分は知的熟練が高まっているんだよな、と思っていられるものだったのではないかと思いますし、不況になっていない限り、わざわざそれを否定してあげる必要もなかったのでしょう。

でも、不況が襲ってきたら、そういう幻想につきあってばかりはいられない。だから「変化や以上に対処する知的熟練という面倒な技能を身につけ」たはずの中高年労働者が真っ先にリストラの矛先になるという事実」が発生するわけです。もちろん、ポートフォリオである以上、労務屋さんが言うように、

つまり、中高年がリストラされると言っても全員がリストラされるわけではなく、レベル4のような人は退職しようとしても企業は引き止めるかもしれませんし、いっぽうでレベル2にとどまっている人(hamachan先生ご指摘のとおり賃金制度が年功的に運営されている場合に割高になってしまうことが多い)には「リストラの矛先」が向かうであろうことも容易に想像できます。レベル3の人であっても、レベル3の割合が適切な水準を超えているとしたら、やはり「リストラの矛先」が向かいやすいであろうことも見やすい理屈です。

いや、それは当然でしょう。というか、それは全然異論になっていないと思いますが。中高年労働者がみんな(等しくとまでは言わなくても)かなりの程度(企業が大事に思ってくれるだけの))「知的熟練」を身につけているという「幻想」が」、そうじゃない人がリストラされるという事実によって裏切られてしまうという話なので、そんな幻想はじめからないと言われればそれまでです。

でも、実はその「幻想」の物質的根拠が、労務屋さんのいう

賃金制度に関しては、hamachan先生も繰り返し指摘されているとおり、この「何より向上した技能を正しく評価し、それに応じて報酬を支払うことが肝要」というのが難しいわけで、職能給制度のもとでは往々にして「技能が向上しているはずだから」と言って年功的な運用になりがちな点は確かに問題だろうと思いますし、それが上記中高年へのリストラ圧力を招いているというのもそのとおりだろうと思います。

なわけであってみれば、企業がその中高年労働者の知的熟練を判定した結果であるはずの賃金水準が、実は過剰評価でした、だからリストラします、というのは、やはり裏切りになるわけです。

という話を読んでこられて、あれ、金子さんとの掛け合い漫才でも似たような話がなかったっけ?と感じた方、ピンポン。そう、ここで問題になっているのは、そもそも人間の能力というのはわからないものであり、何らかの仕組みで近似するしかないものであり、その近似の仕組みは集団の納得という原理の上でしか成り立たず、そして何か危機が生じたときに露呈される(ことによってはじめてわかる)ある基準からする評価とか必ずなにがしかのずれがあるものである、ということなのです。

この話題は、本当はもう一段くらい突っ込んで議論する値打ちがありますが、ここではとりあえずここまで。

なお、その後に書かれているホワエグの話は、もっとずっと表層レベルの建前と本音の話だと思います。

 

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職務分析は一生懸命やったんです。半世紀以上前にね

私が

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-fbbf.html(金子良事さんの書評+)

実を言うと「肝は職務分析なんですよ。それを誰がやるんですか」というのはそれほど最重要の問題ではないのです。

と述べたのに対して、金子さんは

http://ryojikaneko.blog78.fc2.com/blog-entry-319.html(共同幻想という考え方)

(ちなみに私は「共同主観」とは言いましたが、「共同幻想」なんてばなな親父みたいなことは言ってませんけど)

納得させようにも、日本にはそういう地盤がないんだから、ひとつひとつ積み上げてくしかないではないか、という立場です。その一つが職務分析だということです。重要なのは職務分析が大事だという考えを共有してもらうことで(そこは「肝は納得」なのです)、大事だけど、やっていないという人を増やすことです。

と指摘しています。いや、それはよくわかるんですが、わたしがまず職務分析をきちんとやることから入ることに懐疑的なのは、まさにそれが半世紀以上前に日本の労働行政が真正面からやろうとして玉砕してしまった経験があるからなんですよ。

この経緯は、『日本労働研究雑誌』2012年9月号に載せた「雇用ミスマッチと法政策」の中でやや詳しく紹介していますが、

http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2012/09/pdf/026-033.pdf

Ⅲ ジョブ型労働政策の時代-職務分析

 自分の生きた時代しか目に入らない人々にとっては、日本の労働政策は一貫してこのような大企業正社員型モデルを望ましいものとみなし、雇用維持や企業内教育訓練の推進に注力してきたと見えるであろうが、若干時間軸に沿って過去に遡ってものごとを観察するならば、必ずしもそうとばかりは言えない事実を幾つも発見することができる。むしろ、終戦直後に典型的なジョブ型モデルを前提に作られた諸法律の下で、日本の労働政策は60年代までは極めて素直にジョブ型の構造を示していた。
 まず何よりもジョブ型行政の名にふさわしいのは、職業安定法15条2項に基づく職務分析であろう。同項は「職業安定局長は、公共職業安定所に共通して使用されるべき標準職業名を定め、職業解説及び職業分類表を作成しなければならない。」と規定していた(現在も若干の字句修正はあるがほぼこの形で規定は存在する)。同法の解説書によれば、「職業解説」とはいわゆる職務分析のことで、観察と調査とによって職務の内容をなす作業の全体、その職務に課せられた責任、その職務を一人前に遂行するに必要な経験、技能、知識等の精神的肉体的能力のほか、その職務が他のいかなる職務からも区別される要因を明らかにすることである*1。
 労働省は1948年からアメリカ労働省方式に基づいて職務分析を開始し、その結果を職務解説書として職種ごとに取りまとめていき、1961年までに全173集を作成した。そこで解説された職務の数は8,500に上る。その分量が膨大であるため、これを一冊に取りまとめた『職業辞典』が1953年に作成された。
 なぜ国が職務分析をしなければならないのか、現代人にはもはや素直に理解することが難しくなっていると思われるが、それは上記職業安定法第5条の7が規定する「適格紹介の原則」が、なによりもまず職務単位での求人と求職者との「適格」さを念頭においたものであり、それゆえに職業紹介を行う職員に必要なのはそれが適格であるか否かを判断しうるだけの当該職務に関する知識であったからである。
 こうした職務分析は労働省では1960年代前半でほぼ終了し、1969年に雇用促進事業団職業研究所が設置されて以降は、(法律の規定は残されつつも)もっぱら同研究所及びその後身である雇用職業総合研究所、日本労働研究機構、労働政策研究・研修機構で行われることとなる。時代は既に後述のメンバーシップ型労働政策の時代に入っていたが、その間『職業ハンドブック』を何回も刊行、改定するなどが行われた。やがて時代の流れが再び変化し、外部労働市場志向の政策が復活してきた2006年には、ネット上にキャリアマトリックスという職業解説サイトを開設し、多くの人々の利用に供してきた。

細々と続けられてきたとはいえ、とてもジョブ型労働市場の基本インフラとして活用されてきたなどと言えるものではなく、社会の主流からはほとんど無視される存在になっていたことはおわかりでしょう。ちなみに、挙げ句の果てに民主党政権下では、事業仕分けされてしまいました。

こういうのは細かな職務分析の本を一生懸命作って山のように積み上げても、半世紀以上前の経験の繰り返しになるだけだと思うのです。大事なのは「納得」だというのは、それなりに歴史を踏まえて言っているつもりです。

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「改正労働契約法への反応が浮かび上がらせる日本型正社員感覚」 @『月刊社労士』5月号

『月刊社労士』5月号の「論点焦点」に、「改正労働契約法への反応が浮かび上がらせる日本型正社員感覚」を寄稿しました。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/sharoushi1405.html

改正労働契約法への否定的反応
 一昨年に改正され、昨年4月に施行された労働契約法の有期契約法制について、各方面から反発が相次ぎ、部分的な修正が相次いでいる。官邸に設置された国家戦略特区ワーキンググループに昨年5月出された「規制改革事項の提案趣旨」には、「一定期間を経過した有期雇用は、終身雇用に切り替えない限り、打ち切りにすることを雇用者に義務付けている」という奇妙な認識をベースに、「有期労働契約期間(5年)の延長」(契約型正規雇用制度の創設等)が提起されていた。
 昨年10月に日本経済再生本部が決定した「国家戦略特区における規制改革事項等の検討方針」において、「有期雇用の特例」として、「例えば、これからオリンピックまでのプロジェクトを実施する企業が、7年間限定で更新する代わりに無期転換権を発生させることなく高い待遇を提示し優秀な人材を集めることは、現行制度上はできない。したがって、新規開業直後の企業やグローバル企業をはじめとする企業等の中で重要かつ時限的な事業に従事している有期労働者であって、「高度な専門的知識等を有している者」で「比較的高収入を得ている者」などを対象に、無期転換申込権発生までの期間の在り方、その際に労働契約が適切に行われるための必要な措置等について、全国規模の規制改革として労働政策審議会において早急に検討を行い、その結果を踏まえ、平成26年通常国会に所要の法案を提出する。」と書き込まれた。これに基づき、昨年11月に国家戦略特別区域法案が国会に提出され、昨年12月に成立した。
 これを受けて、労政審労働条件分科会では有期雇用特別部会を設け、審議を始めた。なお、経営側から2012年改正高齢法による65歳までの継続雇用についても、60歳から65歳まで有期契約を更新した結果無期化することを防ぐ措置を求める声があり、職業安定分科会に高年齢者有期雇用特別部会を設けて、合わせて審議することとされた。労働側からは、現行労基法14条でも7年間のプロジェクトのために7年間の労働契約を締結できるのではないかというもっともな疑問が提示されたが、結論先にありきであった。
 結局今年2月に、一定の期間内に完了する業務に従事する高収入かつ高度な専門的知識等を有する有期契約労働者について、プロジェクトの完了までは無期転換申込権が発生しない(ただし10年を超えると無期転換申込権が発生する)こととする旨の建議を行い、今月に改正法案を国会に提出した。法案では、事業主が計画を作成し、厚生労働大臣の認定を受けることをその要件としている。
 
実は極めてヨーロッパ的な法律
 このような否定的な反応が発生するそもそもの根源は、実は(多くの人々の想定とは逆に)改正労働契約法が日本的な法律ではなく、極めてヨーロッパ的な法律であることにある。周知の通り、EUではパート、有期、派遣といった非正規労働についてそれぞれ指令を設け、すべての加盟国の法律となっている。このうち、有期労働指令は、無期労働者との均等待遇を定めるとともに、有期労働の反復更新による濫用を防ぐため、一定期間ないし一定回数の上限の設定を求めている。各国は国内法でそれぞれの上限を定め、それを超えた場合には有期契約が無期化することとしている。これは欧州のグローバルスタンダードである。
 今回の改正労働契約法は、このEU指令に極めて近い法制である。どこがそうか?有期契約の対概念と無期契約としているところである。当たり前ではないかと思われるかも知れないが、日本ではそうではない。日本のこれまでの非正規労働法制は、伝統的日本型正社員を所与の前提においたすぐれて日本型の非正規労働法制だったのである。改正法への反発の原因は、この非正規労働法制の文脈のずれにある。
 特殊日本型非正規労働法制の典型はパート法である。パート法におけるパートタイム労働者の対概念は何だろうか?EU指令と同じくフルタイム労働者だろうか。違うのだ。「通常の労働者」なのである。これは、日本型正社員の法律的表現であって、「当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が・・・変更すると見込まれる」ことが要件である。それゆえ、同一の範囲で職務内容と配置が変更されると見込まれるパートのみが差別禁止の対象となる。
 改正労働契約法には、「通常の労働者」などという概念はでてこない。欧州型非正規労働法制たる所以である。ところが、これを特殊日本型システムの眼鏡を通して見ると、奇妙奇天烈なことになる。
 
日本型正社員感覚に満ちた経済評論家諸氏の批判
 彼らの目には、改正労働契約法18条は、有期を5年反復更新したら「正社員」にしなければならないというばかげた法律に見えたのであろう。人材活用の仕組みが違うのに、5年経ったというだけで「正社員」にできるはずがないではないか!
 圧倒的に多くの経済学者や評論家がそう思い込んでいるようである。しかもそういう人々ほど、「正社員は解雇できない」という(判例法理の局部的理解による)誤ったイメージで語る傾向にある。こうして、法律にはまったく書かれていない「正社員化」強制法という奇怪なイメージが、上記改正への動きを駆動している。
 しかし、改正労働契約法18条が求めているのは、「有期契約」を「無期契約」にすることだけである。人材活用の仕組みをどうするかは別の話である。無期化しても、「当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が・・・変更すると見込まれる」ように変える必要はない。つまり、「当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が・・・変更」されない無期契約労働者があってもいいし、むしろそれが望ましい場合もある。日本型正社員ではない無期契約労働者とは、ヨーロッパではこちらこそ形容詞の付かない通常の労働者だが、日本では有徴の「限定正社員」とか「ジョブ型正社員」と呼ばれ、「解雇しやすい労働者」などと曲解されることすらある。
 では、労働契約法18条、ひいてはそのもとになったEUの有期労働指令の目的は何なのか?端的に言えば、無期契約であれば解雇規制(言うまでもなく、解雇禁止ではなく、解雇には正当な理由が必要ということ)がかかるのに、有期契約を反復更新することで、雇止めという形でそれを潜脱することを防止することにある。期間満了と言うだけで正当な理由なく雇用終了されることを防ぐことがアルファであり、オメガであって、それ以上でもそれ以下でもない。「正社員」並みの(職務内容や配置の無限定と引き替えの)手厚い雇用保障を与えることではない。
 とかく日本型雇用システムを目の敵にして解雇自由を叫ぶような人々に限って、自分の目の中にある無意識の日本型正社員意識には無反省で、そういう偏見から自由なヨーロッパ型の非正規労働法制に対しては、自分たちの偏見を露呈するような奇怪な批判を繰り広げるという、まことに皮肉きわまる事態が展開した過去1年であったといえよう。 
 
社会保険労務士に求められること
 このように、労働政策が世間の注目を集めるようになればなるほど、労働法制への基本的リテラシーを欠く学者や評論家の議論が横行するようになり、それが政策の行方を左右することもある。このような中で、現場の企業労使が妙な議論に動かされることなく、的確な対応を行っていく上では、社会保険労務士の役割はますます大きいものがあろう。
 今回の労働契約法改正への対応についていえば、法が求めているのは有期契約を無期にすることだけであり、その前提の上でどのような雇用形態を構築していくべきかは、挙げて個別企業労使に委ねられているという事実をきちんと伝えることがまず何よりも重要であろう。そしてその上で、既にいくつもの企業が先行的に進めている多様な正社員の在り方について、個別企業の実情に応じて的確なアドバイスをしていく積極的な行動が求められると思われる。そのような能力のある社会保険労務士にとって、これからの数年間は極めて重要な時期になるのではなかろうか。

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精神障害者の就職件数が身体障害者の就職件数を初めて上回る

これは結構重要なニュースではないかと思います。

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000045834.htmlハローワークを通じた障害者の就職件数が4年連続で過去最高を更新/精神障害者の就職件数が身体障害者の就職件数を初めて上回る

厚生労働省は14日、平成25年度の障害者の職業紹介状況をまとめましたので、公表します。
ハローワークを通じた障害者の就職件数は、平成24年度の68,321件から大きく伸び、77,883件(対前年度比14.0%増)と4年連続で過去最高を更新しました。
また、就職率も45.9%(同3.7ポイント上昇)と、4年連続で上昇しました。
さらに、精神障害者の就職件数が大幅に増加し、初めて身体障害者の就職件数を上回りました。

この精神障害者の就職件数は、

http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11704000-Shokugyouanteikyokukoureishougaikoyoutaisakubu-shougaishakoyoutaisakuka/0000045833.pdf

身体障害者 28,307 件 1,734 件増( 6.5%増)

知的障害者 17,649 件 1,619 件増(10.1%増)

精神障害者 29,404 件 5,543 件増(23.2%増)

その他の障害者 2,523 件 666 件増(35.9%増)

合計 77,883 件 9,562 件増(14.0%増)

確かに精神障害者の就職件数が激増してますね。

これはやはり昨年の障害者雇用促進法の改正(4年後に精神障害者も雇用率に含める)が影響しているのでしょうか。

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『日本労働法学会誌』123号

Isbn9784589035981_2『日本労働法学会誌』123号が届きました。メインは昨年の大会のテーマ「債権法改正と労働法」です。

http://www.hou-bun.com/cgi-bin/search/detail.cgi?c=ISBN978-4-589-03598-1

《シンポジウム》
債権法改正と労働法

《報告》
労働契約法と債権法との関係性―総論的課題の考察 ……………………野田 進
労働契約における合意と債権法改正―労働契約の成立の場面を素材として  …………………………………新屋敷恵美子
労働条件の形成と変更―約款・事情変更原則等を中心に ……野川 忍
債権法改正と雇用の期間・終了 ………武井 寛
危険負担法理と役務提供契約 …………根本 到
〈コメント〉「債権法改正と労働法」………………………………………大村敦志

《シンポジウムの記録》
債権法改正と労働法

その他の記事は次の通りですが、

《個別報告》
イギリスにおけるハラスメントの救済―差別禁止法の直接差別から 平等法26条のハラスメントへ ………内藤 忍

《回顧と展望》
「今後の労働者派遣制度の在り方に関する 研究会報告書」を中心とする最近の
 派遣法改正論議について ……………沼田雅之
解雇が無効とされて復職した直後における年休権発生の有無―八千代交通(年休権)事件・ 最一小判平25・6・6労判1075号21頁   ………………………………………戸谷義治
労災保険法上の給付を受ける労働者に対して打切補償を支払って行われた解雇の有効性―専修大学事件・東京高判平25・7・10労判1076号93頁  ……佐々木達也

《追悼》
島田信義先生の思い出 …………………石田 眞

実は、この学会誌を読んで初めて知ったのですが、早稲田の島田陽一さんは、ここで追悼されている島田信義氏のご子息だったのですね。早稲田関係者からすれば、今頃何を言ってるんだということでしょうが、石田さんの追悼文を読んで初めて知りました。

 

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フード左翼な美味しんぼたち

きちんと論を立てるほどの気はしないけれど、腹ふくるるものがあるので一言だけ。

3年前の福島第一原発のメルトダウン以来、この日本で最も多量の放射線を浴び続けてきたのは、間違いなくそこで働く作業員たちだったはず。

その頃本ブログでも何回か取り上げたけれど、現行の労災認定基準を超えるレベルの被曝をしつつ、我々消費者のためにしんどい作業をし続けてきた人たちだ。

だけど、マスコミネタになってリベラルとか左翼とか言われる人たちが騒ぎ立てるのはいつも、そういう話じゃなくて、セレブでロハスなフード左翼な方々の琴線に触れるようなお話ばかり。

フード左翼な美味しんぼたち。

こういう姿を見て脱力感を感じない人々のセンスは、正直どうかと思う。

それだけ。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/11311-c83c.html(『POSSE』11号「〈3・11〉が揺るがした労働」)

ここで紹介されている電離放射線の労災認定基準はこれですが、

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/09/dl/s0909-11c.pdf

これは1976年の通達なので、シーベルトじゃなくてまだレムという単位を使っていますが、確かに白血病について、0.5レム(=5ミリシーベルト)×(電離放射線被ばくを受ける業務に従事した年数)を「相当量」として、業務上の疾病として取り扱うと書いてありますね。

これはもちろん労災認定基準なのですが、今回引き上げられた250ミリシーベルトという安全衛生基準との落差は大きいものがあります。もちろん、電離則の本則は5年で100ミリシーベルト、1年で50ミリシーベルトであり、妊娠する可能性がないものを除く女性は3か月で5ミリシーベルトとかなり厳しい基準なのですが、それにしても白血病を発症したら労災認定される可能性のある被曝量の50倍までOKにしてしまったのか、という驚きは改めて感じます。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-90ba.html(福島第一原発労働者の放射線被曝をめぐって)

今回も前々回同様、世にはびこるトンデモ労働論を斬るのは抑えて、東日本大震災をめぐる労働問題のうち、東京電力福島第一原子力発電所における炉心溶融事故への対処のために奮闘している労働者たちの安全衛生問題を取り上げたい。

 福島第一原発の事故以来、東京電力とその協力企業の労働者が高い放射線量の中で必死に事態の解決に邁進している。その一方で、震災直後の3月14日に電離放射線障害防止規則の特例省令で、緊急作業時の被曝線量の上限を100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに引き上げた。もともと通常時の上限は5年間で100ミリシーベルト、1年間で50ミリシーベルトである。今回のような緊急事態への特例がその作業中100ミリシーベルトとされていたのが、あっさり250ミリシーベルトとなった。その後も経済産業省サイドは、さらなる上限の引き上げを求めていると報じられている。もともと緊急事態を想定していたはずの上限が、現実に緊急事態が起きると次々に書き換えられていくというのは、「想定外」の一言で済まされる問題ではない。

 とりわけ懸念されるのは、これが事故を起こした東京電力や原子力関係者に対する「お前らが悪いからだ」「お前らが責任を取れ」という現在の日本社会を覆いつつある「空気」によって、無限定的に正当化されていってしまうのではないか、ということである。首相自ら東電本社に乗り込んで「撤退などありえない。覚悟を決めて下さい」と檄を飛ばし、誰も疑問を呈さない。原発作業員を診察した医師によれば、自ら被災し、肉親や友人を亡くした作業員たちが、劣悪な労働環境の中で、しかも「『加害会社に勤めている』との負い目を抱え、声を上げられていない」という。

 事故から3か月も経たないうちに、6月3日には、福島原発の作業員2人が引き上げられた被曝線量の上限をも遥かに超える650ミリシーベルト以上の被曝をしたと報じられ、同14日にはさらに6人が250ミリシーベルトを超えたと報じられた。さらにその後の情報によれば、100ミリシーベルトを超える被曝は124人、50ミリシーベルトを超える被曝は412人に達するという。また、いささか空恐ろしいことだが、東電が下請企業を通じて作業員の被曝線量を測定しようとしたところ、69人のほぼ半数については「該当者なし」と回答があり、氏名も連絡先も分からないという事態が明るみに出ている。被曝したまま闇に隠れている人々がかなりの数に上る可能性があるのだ。

 さらに、この250ミリシーベルトという特例はいうまでもなく、通常の上限である5年で100ミリシーベルトですら、そこまでは被曝しても安心という基準ではない。なぜなら、1976年の通達「電離放射線に係る疾病の業務上外の認定基準について」(基発第810号)によれば、白血病を業務上の疾病として労災認定する基準は、「0.5レム(=5ミリシーベルト)×(電離放射線被ばくを受ける業務に従事した年数)」とされている。

実際、今までも100ミリシーベルト前後の被曝量で労災認定された労働者が10人いるという。緊急時にリスクは取らなければならないが、リスクはある確率で現実化していく。その「覚悟」はあるのだろうか。

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『壮年非正規労働者の仕事と生活に関する研究』

109労働政策研究・研修機構の報告書『壮年非正規労働者の仕事と生活に関する研究』がアップされました。

http://www.jil.go.jp/institute/reports/2014/0164.htm

若年非正規労働者の増加が問題視されてから20年以上が経ち、最初に「就職氷河期」と呼ばれた時期に学校を卒業した者が40歳前後に差しかかるなか、35~44歳層の非正規労働者が増加している。その人数は、既婚女性を除いてみても、2002年の51万人から2012年の104万人へと、この10年間で倍増している。

本研究は、25~34歳層(若年)の非正規労働者と対置させて、35~44歳層(壮年)の非正規労働者を「壮年非正規労働者」と呼び、(1)かれらが非正規労働をするに至る原因、(2)その仕事と生活の現状、(3)そこからキャリアアップするための条件を明らかにすることを目的とするものである。

1990年代の就職氷河期世代が年長フリーターと呼ばれるようになったのが2000年代であり、その彼らがさらに加齢して若者から若い中高年に達しつつあるのが2010年代であるわけですが、この若い中高年世代を本報告書は「壮年」というちょっとかっこいい言葉で表現しています。そう、世間的には「働き盛り」と呼ばれる年代なんですよね。

本報告書は、高橋康二さんを中心とする研究グループによる成果ですが、いろいろと興味深い知見を示しています。

報告書では、壮年非正規労働者の就業・労働実態、年収、生活実態、健康状態、意識と行動、それらの男女差について分析した。その結果は、以下の通りである。

1.既婚女性を除いてみると、壮年非正規労働者は、若年非正規労働者よりも消極的な理由から非正規労働を選択していることが多い(図表1)。そして、自らが家計の担い手である場合が多いにもかかわらず、正規労働者とは異なり若年期から壮年期にかけて職務が高度化せず、賃金・年収も上がりにくい。そのため、若年非正規労働者よりも貧困に陥りやすく(図表2)、生活に対する不満が強い。また、年齢が高いこともあり健康問題を抱えている場合も多い。

2.分析から、教育訓練(Off-JT)受講が非正規労働者の賃金を高めていること、正社員転換制度があると非正規労働者の賃金が高まるとともに、非正規労働者が将来への希望や仕事面の目標を持ちやすくなることが明らかになった。これらの効果は、若年非正規労働者に限定されず、壮年非正規労働者においても確認できる。

3.壮年非正規労働者の場合、無期雇用であることが生活満足度を高めている。また、昇給があると積極的にスキル形成行動を行うようになる

4.専門的・技術的な職種、資格を要するサービス職の壮年非正規労働者は、職務レベルが高い、教育訓練が充実している、賃金・年収が高いといった点で、非正規労働者のなかで相対的に質の高い雇用についている。また、「専門知識・スキルを求められる業務」を与えられることは、壮年非正規労働者のスキル形成行動を促す効果を持つ。

これを裏返した形で、次のような政策的インプリケーションを示しています。

以上の分析結果に基づいて必要な政策の方向性を示すと、次のようになる。

1.直面している困難の大きさ、そしてそれが労働市場における正規・非正規の格差を通じて生じていることを踏まえるならば、壮年非正規労働者も、若年非正規労働者と同様に労働政策の対象として位置づける必要がある。

2.企業による非正規労働者への能力開発を支援し、正規転換を促すことが、若年非正規労働者の場合だけでなく、壮年非正規労働者にとっても、有効な政策になりうる。

3.ただし、壮年非正規労働者の勤務先では、若年非正規労働者の勤務先ほど教育訓練が充実しておらず、正社員転換制度も整っていない。そこで、無期転換や昇給といった処遇改善策により本人の生活を安定させ、スキル向上を通じて企業にもメリットをもたらす好循環を作ることが重要となる。ただし、これらの処遇改善策を企業に求めるにあたり、企業規模によってもともとの導入・普及状況が異なる点に注意が必要である。具体的には、昇給については大企業ほど導入している傾向があるため、特に中小企業での導入促進が、無期雇用については中小企業において普及している傾向があるため、特に大企業での普及促進が重要となる。

4.資格を要するサービス職など、(準)専門職への転換の促進が求められる。もっとも、これらの職種に転換することで正規労働者になりやすくなるとは限らないが、公的な職業訓練を通じてこれら(準)専門職への転換を促進することは、壮年非正規労働者が直面する困難を軽減する上で、現実的かつ有効な政策となりうると考えられる。

詳しくは、リンク先のPDFファイルをご覧ください。本文だけで250ページを超すかなりの大作です。



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あらかた理解している事柄だったから・・・

41mvhocvlyamachanさんが5月9日に買って、もう読んじゃった。大して目新しいことは書いてなかったよ、と言ってます。

ようやくhamachan先生の新刊を入手 日本の雇用と中高年

hamachan節が染み付いているせいか、新刊の「日本の雇用と中高年」は今のところすんなり読めている。

あと、途中にでてくる小池和夫や日経連の議論もあらかたは理解しているから、スムーズに読めているのだと思う。

森戸先生が本文中に出てきてウケたw あの方は、おちゃらけ労働法教科書(褒め言葉)の著者だという認識だったが、政府委員もやっていることに驚き。

hamachanの新刊で引用されている主要参考文献のうち、半数近くは"日本人はどのように働いてきたのか(海老原×荻野)"で取り上げられたものだなあ。

Hamachan先生の新刊を読み終わった。あらかた理解している事柄だったから、この本は今後、参考文献リストとして使うことになりそう。

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倉重公太朗編『企業労働法実務入門』

051403 倉重公太朗さんからその編になる『企業労働法実務入門』(日本リーダーズ協会)をお送りいただきました。ありがとうございます。(まだネット上に画像なし)

9784863193659倉重さんと言えば、安西法律事務所の若手代表として各方面で活躍されており、最近も『なぜ景気が回復しても給料は上がらないのか 労働法の「ひずみ」を読み解く』(労働調査会)を共著で出されるなど法政策論の発信面でも大活躍ですが、本書はも少し渋く、経営法曹としての実務に徹した本になっています。

どれくらい実務的かと言いますと、たとえば、労働時間の章の最後の「割増賃金(残業代)への実務対応」のあたりを読むと、

①業務に従事することを明確に禁止する。

②就業規則に時間外労働等は所属長の許可等を要する点を明確に規定する。

③タイムカード打刻のルールを明確化する。

④退職に当たって清算条項を記載した誓約書等を作成させる。

などと、そのやり方が詳しく解説されています。

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『DIO』293号

Dio連合総研の機関誌『DIO』293号をお送りいただきました。

http://rengo-soken.or.jp/dio/pdf/dio293.pdf

特集は「安倍政権の成長戦略を問う」で、

アベノミクスと労働法制の規制緩和 宮里邦雄………………4
逆機能する税・社会保障システム 大沢真理 …………… 10
中小企業の未来を閉ざす安倍成長戦略 黒瀬直宏 …………… 14

といった論考が並んでいますが、ここではhayachanこと早川行雄さんのエッセイ「文明の黄昏」を。

冒頭いきなり、

ミネルヴァの梟は黄昏に羽ばたく。ヘーゲル『法哲学』序文の一節だが、いかなる叡智といえども、事象の本質を認識し得るのは、その事象の終焉近くを俟たねばならないとの趣旨だ。マルクスはこれを批判的に継承し『経済学批判』の序言で、変革の時期を、その時代の意識から判断することはできず、現存する対立から説明しなければならないとして、生産力の発展が経済体制の桎梏に転化することを説いた。今日この対立は1%対99%の軋轢として極点に達しているかにもみえる。果たして私たちは、近代の頂点を極めた20世紀文明という事象の本質を、遂に知りうる地平に到達したのだろうか。・・・

と、ミネルヴァのフクロウが羽ばたいています。

いろんな人の名前が続出しますが、早川さんの歴史認識の基本はポランニーのようですね。最後のところで、

・・・ポランニーに倣えば、私たちは20世紀文明の終末に立ち会っているのかも知れない。暮れなずむ資本主義の黄昏を目の当たりにしたとき、ミネルヴァの梟は、その本質と現状を正確に認識できなければならない。20世紀文明の再生か超克か、進むべき方向を明らかにしながら、歴史の転轍機を切り替える、パラダイムシフトの秋が訪れている。

と語っています。私の基本枠組みも結構ポランニーで、かつてブリュッセル在勤時代に、当時連合総研におられた井上定彦さんと鈴木不二一さんが来られたときに、何の話の流れだったかポランニーの話になって意気投合したこともありました。

4623040720 ただ、私は20世紀文明の黄昏が直ちに資本主義文明の黄昏だとは思っていなくて、むしろ19世紀システム、20世紀システムに続く資本主義の第3クールに入っていくんだろうと思っています。それはどういう性格のものになるのか?このあたり、ちょうど10年前に『労働法政策』を出したときに、その序章として(あまりにも他の部分と不調和な)「労働の文明史」なんていう奇妙なエッセイ風の文章を書いた時以来、(どちらかというと目の前の政策論を中心に考えてきたため)実はあんまり深く突っ込んで考えてこなかったのですが、今回hayachanのエッセイを読んで、あらためて久しぶりに思いをめぐらせました。

 

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冬木糸一さんの拙著書評

26184472_1SF評論を中心にされておられる冬木糸一さんのブログ「基本読書」で、拙著『日本の雇用と中高年』についてかなり詳しい書評をいただきました。

http://d.hatena.ne.jp/huyukiitoichi/20140510/1399736107

本書はずいぶんとわかりやすく過去とこれから先を整理してくれている一冊であり、読みおえると自分の現状や行末を俯瞰してみれるなかなかの良書。

自分がまさにその只中にいるからこそ現状の日本各所で見られる労働形態には違和感ばかり募っていき、かといって欧米の例を持ちだして「こうなれ!」と一点張りで押し付けてくるのも芸がない。そもそも今のひずみだってそれなりの利点があったからこそ選択されてきたものだ。なればこそ容易く全く違った文脈を持つ他国と同じようにできるはずがない。まずは過去を振り返って文脈をたどりどこからおかしくなったのかを一つ一つ点検していきよりよい、今から動きやすい方向へとだんだん舵を切っていくのが地味だが得策というものだろう。

この後、今後の日本社会の展望について意外に楽観的な予想を綴られますが、この点については人によっていろいろと異論のあるところでしょう。

ちなみにこのブログでのジャンル分けで、

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本書は「その他のノンフィクション」に分類されています。

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大内伸哉『雇用改革の真実』

262483大内伸哉さんの新著『雇用改革の真実』(日経プレミアシリーズ)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.nikkeibook.com/book_detail/26248/

雇用制度改革の議論が盛んだが、誤解や偏見に基づく意見が多い。どうすれば皆が働きやすくなるのか。気鋭の論者が解雇規制など注目テーマを取り上げ、問題の本質を明らかにし、あるべき働き方のルールを提示する。

大内節、ますます好調、というところですが、読んで違和感を感じるところも結構あります。

それは何かと考えると、労働法学の正統なバックグラウンドにもとづくあまりにも法解釈論的な記述と、その上に乗っかった経済理論に引っ張られた政策論的な記述とが、やや密接な論理的関連の薄いままにつなげられすぎている感があるからではないかと感じました。

前者がなければ、それはそれで政策論としては素直に読めるのですが、そしてそこから既存の法をどう解釈するかということとは一応切り離した法政策論が展開できる面もあるのですが、そこを前者の法解釈論が抑制するので、既存の規制の緩和は経済合理性に基づいて大胆に主張する一方でそれに伴って導入されるべき新たな規範理論に対しては既存の解釈論で慎重な姿勢になるという、なんだか都合のいい議論になっている印象を読者に与えてしまうのではないかと思うのですね。

あとそれから、これは多分出版社の意向が強く働いているのだろうと思いますが、章のタイトルがあまりにもぎらつきすぎで、実際に書いてあることとかなり乖離があります。

第1章 解雇しやすくなれば働くチャンスが広がる

第2章 「限定正社員」が働き方を変える

第3章 有期雇用を規制しても正社員は増えない

第4章 派遣はむしろもっと活用すべき

第5章 政府が賃上げさせても労働者は豊かにならない

第6章 ホワイトカラー・エグゼンプションは悪法ではない

第7章 育児休業の充実は女性にとって朗報か

第8章 定年延長で若者が犠牲になる

中で言われていることの半分くらいは、実は私の意見と同じです。しかし、私だったらその中身にこういう章タイトルはつけないし、編集者がつけたいと言っても拒否するでしょう。

とりわけ最後の「定年延長で若者が犠牲になる」は、思わず、

いつから城繁幸の亜流になったんだ!?

と言いたくなるタイトルですが(ですから多分編集者のアイディアだと思うのですが)、実は中で書かれているのは、わりとまっとうなことなんですよ。

この章で書かれていることは、私の近著『日本の雇用と中高年』と相当程度重なるので、是非読み比べてもらいたいのですが、認識としてはかなり共通するところがあります。

・・・高年齢者にも、定年後も引き続き戦力として働いてもらう必要があるし、若年者はいきなり戦力として働くことが求められる。・・・

・・・実力主義の広がりは、良好な雇用機会から排除される傾向にあった人たちにとってチャンスの到来を意味する。・・・

実力主義が徹底されたとき弱者に転落する可能性があるのは、若年者である。若年者は仕事の経験が少なく、企業に即戦力として雇われる可能性は低い。これまでのように企業内で長期的に時間をかけて育成してもらえるならば、企業に貢献できる期間が長い若年者は有利となるはずだが、即戦力として直ちに企業に貢献しなければならない状況だと、若年者はたちまち不利になってしまう。

まさにそうなんですが、それを城繁幸流の「定年延長で若者が犠牲になる」などという全く違う認識枠組みの表現のタイトルの下に置くいわれは全くないように思われます。

まあ、これは編集者を責めるべきことなのでしょう。なんだか大内さんの本に対しては、編集者のタイトル感覚を責めるエントリが多いようですね。

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確かに・・・・

26184472_1 https://twitter.com/Ningensanka21/status/464962348566847488

『日本の雇用と中高年』の作者のプロフィール写真が若い

いろんな意味で(笑)おなじみの写真ですから・・・。

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金子良事さんの書評+

26184472_1金子良事さんが、拙著『日本の雇用と中高年』について感想を書かれています。

http://ryojikaneko.blog78.fc2.com/blog-entry-317.html(ジョブ型社会を実現するために)

・・・早速、帰ってこの本を読んでみましたが、私が理解していたレベルの濱口先生の立論よりも、はるかに根が深いレベルの議論になっています。よい悪いということは別にして。

よい悪いということは別にして・・・

しかし、最近の濱口先生の本は、というか、前からそうでしたけど、読み切りにくいですねえ。現実の政策過程、とりわけ過去、現在、未来を通貫する方向性、学術的な成果などを取り込む濱口先生の立ち位置というのはすごいなあと素直に思います。

「読み切りにくい」というのは褒められているのやら貶されているのやらそれこそ読み切りにくいところがありますが、まあそれはそれとして・・・。

金子さんにはお見通しの通り、この本は(も)かなり政策戦略的に書かれています。裏側からいえば、アカデミックな関心を第一義に書かれた本ではありません。

そういう立場からすると、実を言うと「肝は職務分析なんですよ。それを誰がやるんですか」というのはそれほど最重要の問題ではないのです。雇用を安定させようとしたつもりが実はぐらついている中高年の職業を安定させるもっともらしい受け皿をどう作るかという話なので。みんながある程度なるほどと思うようなものであればいい。

実のところ、ヨーロッパだって細かな職務分析なんかやっているわけじゃなく、「肝は納得」であり、誰がそれをやるかといえば、それこそ労働組合でしょう、ということになるわけですが、そこが日本の弱いところになるわけですが。

前に金子さんと話した唯名論と実在論みたいな話になりますが、そもそも「ジョブ」自体共同主観的存在なので、客観的分析を極めれば極めるほど正確な代物になるというわけでもないわけですし。

まあ、人が働くという事柄をめぐる事物というのは、技能だの熟練だの(「知的熟練」も含めて)、全部そういう意味では、みんながそう思うからそのように存在している、ことになっているという存在であるわけです。

 

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原ひろみ『職業能力開発の経済分析』

166042原ひろみさんから『職業能力開発の経済分析』 (勁草書房)をお送りいただきました。ありがとうございます。原さんは今は日本女子大学に移られましたが、最近まで労働政策研究・研修機構におられて、能力開発、人材育成の問題に取り組んでこられました。本書はその集大成です。

http://www.keisoshobo.co.jp/book/b166042.html

個人が仕事に役立つスキルや知識を身につけるために行う学習活動、すなわち職業能力開発とは、人的資本投資の一つであり、日本の経済成長に重要な役割を果たしてきた。本書はマクロ的視点から、労働者や企業はいかなる職業能力開発や人材育成を行い、実際どのような効果を上げているのかを明らかにし、能力開発を促す要件を提示する。

すごくざっくりというと、非正規労働者や女性は企業の教育訓練を受ける機会が少なく、自己啓発の機会も乏しいので、公的な介入、とりわけ企業への助成金や、職業能力評価システムの構築、そしてキャリア・コンサルティングが重要になるというストーリーですが、それを緻密な計量分析でもって解き明かしていきます。

全体として計量分析が中心ですが、第2章の「企業はなぜ訓練を行うのか」は、先日死んだベッカーをはじめ、アセモグルやピシュケといった人の経済理論を紹介しています。

 

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志學館大学法学部入学試験問題(法ビジネス学科)

問題 次の文章を読んで、設問に答えなさい。

コース別雇用管理
 男女別扱いが大前提の日本の企業社会に対し、一九八五年に制定された男女雇用機会均等法は一定の変化を求めました。その結果生み出されたのが「コース別雇用管理」という仕組みです。これは、「総合職」と呼ばれる基幹的な業務に従事する「職種」と、「一般職」と呼ばれる補助的な業務に従事する「職種」を区分し、それぞれに対応する人事制度を用意するというものです。この「職種」という言葉は、驚くべきことに男女雇用機会均等法の第六条(「労働者の職種及び雇用形態の変更」)にまで出てきます。日本国の法律は、ジョブの中身とはほとんど関係のないコースの違いに「職種」という言葉を用いているのですね。外国人に聞かせたら、それだけで小一時間くらい話のネタになりそうな規定です。
 それはともかく、このジョブと無関係な「職種」概念は、要するにそれまでの男性正社員の働き方と女性正社員の働き方をコースとして明確化しようとしたものでした。ただ、男女均等法制に対応したものにするために、女性でも総合職になれるし、男性が一般職になることもあり得るという仕組みにしたわけです。
 実際には、総合職にて転勤に応じられることという条件がつけられることが多く、家庭責任を負った既婚女性にはこれに応えることは困難でした。やがて企業の人事管理も変わっていき、それまで一般職正社員という形で採用していた女性たちを、派遣労働者その他の非正規雇用形態に切り替える傾向が出てきました。正社員の少数精鋭化が進められる中で、女性一般職という存在自体、存在を許されない贅沢と見なされるようになっていったのかもしれません。

「一般職」からジョブ型正社員へ
 しかし、改めて考えてみれば、職務が限定的で配置転換の可能性もほとんどない一般職というモデルは、結婚退職などといった公序良俗に反する慣行を前提にしていることを別にすれば、実は欧米社会でそれこそ一般的な労働者の姿そのものです。まさか、だから「一般職」と名付けたわけでもないのでしょうが、そういう「一般的」な労働者の在り方があまり認められない、とりわけ男性にはほとんど許されないというのは、日本の労働社会がいかに「一般的」でないかを雄弁に物語っているようでもあります。
 この感覚は二〇一〇年代の日本でもなお強固に残っていると見え、「日経ビジネスオンライン」に同年4月に掲載された「ゆとり世代は男子も「一般職」」という記事では、冒頭から「一般職に、男ですよ」と揶揄的な調子で、「遠方への転勤がないから」という理由で一般職を志望した男子学生に対し、「一般職に応募する男性は、まず採用しない」と批判しています。一方でワーク・ライフ・バランスといった言葉を踊らせていても、本音では伝統的な無限定社員のみを求める企業社会の姿をよく示すエピソードと言えましょう。
 しかしここであえて一般職といういささか古くさく見える概念を持ちだしたのは、それを若干修正することで、欧米社会で一般的な労働者の姿を日本の既存のシステムの中に見いだすことができるかもしれないからです。ジョブ型正社員というモデルをいささかの誤解を恐れずに近似的に表現するならば、それは男性も女性もデフォルトで一般職になれるようにしようよ、ということになるのではないでしょうか。これは、反復更新された有期契約からの道筋と並ぶ、もう一つのジョブ型正社員への道と位置づけられるように思われます。

問 男性が一般職になることが特別のことではない社会を実現するという考え方についてのあなたの考えを、800字以内で述べなさい。

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戦時期に定期昇給が出来たって誰の説なんだろう

金子良事さんの不思議なつぶやき:

https://twitter.com/ryojikaneko/status/463876322754711552

榎さんと小野塚さん編の本の禹さんの論文を読んだんだけど、戦時期に定期昇給が出来たって誰の説なんだろう。濱口さんも書いてたよな。僕が戦時賃金統制の資料を読んだ限りでは単に現状追認だったと思ってるんだけど。

私の知る限り、戦前期に定期昇給が存在せず、戦時期になって初めて定期昇給が「出来た」なんていうトンデモ理論を唱えている人は誰一人いないと思いますよ。

112483 私の『日本の雇用と労働法』(日経文庫)でも、「年功賃金制度の形成」という項で、

 日露戦争後、大工場で養成工制度が始まると、他の職工よりも賃金や労働条件を高く設定して、彼らの移動を防止しようという施策がとられます。さらに第一次大戦後、子飼い職工たちを中心とする雇用システムが確立するとともに、長期勤続を前提に一企業の中で未熟練の仕事から熟練の仕事に移行していくという仕組みが形作られます。そして、それに対応する形で定期昇給制が導入されました。これが年功賃金制、年功序列制の出発点になります。

と述べた上で、それはあくまでも

 もっとも、こういった新たな制度は大企業の基幹工にのみ適用された仕組みで、臨時工や請負業者が送り込む組夫はそこから排除されていましたし、多くの中小企業も労働移動が頻繁な流動的な労働市場で、年功的ではありませんでした。

と断っております。

そして次の「生活給思想と賃金統制」の項で、

・・・この生活給思想が、戦時期に賃金統制の形で現実のものとなります。
 まず1939年の第一次賃金統制令は、未経験労働者の初任給の最低額と最高額を公定し、雇入れ後3か月間はその範囲の賃金を支払うべきという義務を課しました。続いて同年、賃金臨時措置令により、雇用主は賃金を引き上げる目的で現在の基本給を変更することができないこととされ、ただ内規に基づいて昇給することだけが許されました。初任給を低く設定し、その後も内規による定期昇給しか認めないということになれば、自ずから賃金制度は年功的にならざるを得ません。

と、国家の戦時立法によって強制されるに至ったことを述べております。

この推移は、日本労働史においてはごくごく常識的な認識ではないかと思われますし、どこにもそれまで全く存在しなかったのに「戦時期に定期昇給が出来た」などという馬鹿げた記述はないように思うのですが、どうしてこういうつぶやきが出てくるのか、その方が不思議な感じがします。

ちなみに、大企業の基幹工についてはすでに存在していたので「現状追認」と言えても、それ以外の労働者にとっては別に現状」追認ではないわけで、それまで含めて「現状追認」という言葉を使うのは、法政策の叙述としてはたいへんな違和感があります。

戦時期における定期昇給の強制を「現状追認」と呼ぶのであれば、60歳定年も週40時間制も、育児休業も何もかも、およそ大企業分野で広がっていたことを押し広げるような法政策はすべて「現状」追認」ということになりますが、それはなんぼなんでも無茶な用語法でしょう。中小企業団体は怒りますよ。

(追記)

金子さんから反論?

http://ryojikaneko.blog78.fc2.com/blog-entry-315.html(定期昇給をめぐって)

基本的に労働法制という上から目線の政策の流れしか知らない私にとって、いろいろと勉強になるエントリです。なんといっても、仕入れた知識がだいぶ古いので

明治30年代の紡績会社の資料にも「定期昇給」という言葉はあります

といわれると、日露戦争後とか第一次大戦後といった昔仕込みの知識では太刀打ちできません。

ただ、それはいいのですが、わたしは

・・・戦時期に定期昇給が出来たって誰の説なんだろう。濱口さんも書いてたよな。

というつぶやきに反応しただけなので、依然として「誰の説なんだろう」と不思議に感じ続けているだけなのです。

誰の説だったのでしょうか?

(再追記)

9784818823303念のため、金子さんが最初に取り上げた榎・小野塚『労務管理の生成と終焉』(日本経済評論社)収録の 禹宗杬さんの「日本の労働者にとっての会社 「身分」と「保障」を中心に」においても、「戦時期に定期昇給が出来た」なんて記述は見当たりません。そもそもこの論文はもっぱら戦前(戦間期)を対象に書かれており、戦時期については「おわりに」でちらと触れているだけで、それも、

・・・戦時期に生活給思想が広がったのはブルーカラー一般の賃金カーブを立たせる前提条件を作りだした。何よりも、定期昇給の普及が意味を持った。ただし、年齢という要素は主に初任給に反映され、それが年齢給として具体化するのは戦後のことである。・・・

と、ごく当たり前のことが書かれているだけです。

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早くも新著にアマゾンレビュー

26184472_1本日発売された『日本の雇用と中高年』(ちくま新書)ですが、さっそくアマゾンレビューがアップされました。

評者は「Social」さんです。http://www.amazon.co.jp/review/R1D1Q1P5ZU6NMJ/ref=cm_cr_dp_title?ie=UTF8&ASIN=4480067736&channel=detail-glance&nodeID=465392&store=books表裏一体の中高年と若者に効く「ジョブ型」正社員という処方箋,)

政府の労働関係の会議や新聞等メディアによく登場する濱口桂一郎氏による、4作目の新書です。
今回も歴史的パースペクティブと国際比較を大切にしながら書かれた本書は、若者が問題となる欧州とは反対に日本では中高年がリストラ等で社会的問題になってきた理由を根源から解き明かしてくれます。そこでは中高年と若者のどちらが損か得かというのは意味のない議論だとよくわかります。当初ジョブ型を志向していた日本の労働市場政策が、時代の変遷や景気状況とともに、結果として内部労働市場にかなり傾斜していく様子、その中で生活を抱えながら生きていく中高年労働者の姿が浮かび上がってきます。そして、著者は不毛な世代間対立を超える処方箋として「ジョブ型」正社員を提示します。巷にはジョブ型への危惧も多くありますが、なぜジョブ型かを知るためにも必読の一冊です。また、政府の公式文書の紐解き方も一級品です。最後に少し触れられている「社会政策」の復権には、私も諸手を挙げて賛成します。まっとうな政策とは何なのかを読者一人ひとりに問いかけてくれる本書の読みやすさは、『日本の雇用と労働法』とhamachanブログの中間かなと個人的に思いました。

ありがとうございます。読みやすさが中くらいというのは、一般向けの新書としてはちょうどいいくらいではないかと思っています。

ちなみに、アマゾンでは現在「一時的に在庫切れ; 入荷時期は未定です。」という状態のようです。

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荒木尚志・菅野和夫・山川隆一『詳説 労働契約法 <第2版>』

177272荒木尚志・菅野和夫・山川隆一『詳説 労働契約法 <第2版>』をいただきました。ありがとうございます。

http://www.koubundou.co.jp/book/b177272.html

考え得る最高の面子による労働契約法の解説書の改訂版です。もちろん、一昨年改正され、昨年施行された有期契約労働に関する18条から20条に関する部分が、大幅に書き加えられています。

この間、例の国家戦略特区WGやら研究者の特例法やらが続出したので、その間の経緯も触れられています。

18条に関する記述の最後のところには、「e) 勤務地・職種限定無期契約労働者に対する整理解雇」という約2ページほどの一節も盛り込まれており、論点がきめ細かく取り上げられています。

しかし、今回の本は有期労働のところだけが改訂されたわけではありません。いろんなところでこの間の議論の進展が盛り込まれています。

たとえば、「従業員代表法制と労働契約法」のところでは、「従業員代表法制の立法的検討がますます重要に」という一節が設けられ、今回の労契法改正もその立法意図の実現のために従業員代表法制の制度化を要請しているといった指摘がされています。

また、解雇の金銭解決についても、「解雇紛争の金銭解決制度の実際的必要性」という一節が設けられ、われわれのやったあっせん事例の研究や東大社研の労働審判の研究などを紹介しながら、こういう指摘をしています。これは議論を呼ぶところではないでしょうか。

・・・この傾向が進めば、濫用的解雇について、金銭解決制度(金銭解決の強制的達成を可能とする制度)を要請する必要性は労働者側にはもはや存せず、使用者側のみに存するということになる。解雇紛争の金銭解決は、制度設置の必要性は著しく少ないのみならず、使用者側にのみ必要性が存在するという偏頗な状況ともなりつつあるのである。

私は若干違う考えですが(金銭解決制度は既に存在するが、その基準がほとんど存在しない点に問題がある)、いずれにせよ、あっせんや労働審判の現実を抜きにした金銭解決論議はもはやできなくなりつつあることがわかります。

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まだ発売されていないのに・・・

26184472_1 明日発売ということですから、まだ発売されてはいないのに、なぜかアマゾンのベストセラーランキングでは、ちくま新書第4位、全体で959位とかいう 順位になっていますね。

http://www.amazon.co.jp/gp/bestsellers/books/2220172051/ref=pd_zg_hrsr_b_1_3_last

ちくま新書では、1位:坂野潤治『日本近代史』、2位:伊勢田哲治『哲学思考トレーニング』、3位:千住淳『自閉症スペクトラムとは何か』に続いて、まだ書店にも並んでいない濱口桂一郎『日本の雇用と中高年』が4位に並んでいます。

たぶん、アマゾンで予約注文された方がかなりの数に上っているからなのでしょうが、たいへんありがたいことです。心より御礼申し上げるとともに、ご読了の上は是非短くても結構ですので書評をしたためていただければ幸いです。

(追記)

出る前からいろいろ批評されていますが、まあ読んでみてくださいな。

 

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過労死等防止対策推進法案(仮称)

自由民主党の薗浦健太郎衆議院議員のホームページにアップされた「そのけんニュース」に、過労死等防止対策推進法案(仮称)の内容が紹介されています。

http://sonoken.org/news/2014/news2014_04.pdf

私が事務局を務める雇用問題調査会において、過労死防止に関するワーキングチームが設立されました。その中で、過労死等防止対策推進法案(仮称)という法律を議員立法を超党派で進めています。

この法案を推し進めるにあたり、過労死で大切な家族をなくされた方々にも、毎回党の議論に参加して頂いております。

この法律は、近年過労死等が多発し大きな社会問題になっていることや、過労死等が本人はもとより、その遺族、家族のみならず社会にとっても大きな損失であることから、調査や研究、その他の過労死等の防止のための対策の推進を図り、健康で充実して働き続けることのできる社会の実現を目的としています。

下記の過労死等の防止のための対策を推進していきます。

ということで、法案の具体的な中身は次の通りです。

①調査研究の推進等

国は、過労死等に関する実態の調査、効果的な防止に関する研究、情報の収集、整理、分析、及び提供をおこなうものとする。

②国民に対する啓発

国及び地方公共団体は、教育活動、広報活動等を通じて、過労死等を防止することの重要性について国民の自覚を促し、これに対する関心と理解を深めるよう必要な施策を講ずる。

③相談体制等の整備等

国及び地方公共団体は、過労死等のおそれのある者及びその親族等が相談を受ける機会の確保、産業医その他の相談に従事する者に対する研修機会の確保、その他の過労死等のおそれのある者に早期に対応し、過労死等を防止するための適切な対処を行う体制の整備、及び充実に必要な施策を講ずる。

④民間団体の活動に対する支援

国及び地方公共団体は、民間の団体が行う過労死等の防止に関する活動を支援するために必要な施策を講ずる。

まさに理念法、宣言法であって、直接国民の権利義務を規定するものではありませんが、とりわけ③と④なんかは、ある程度政府の行う施策を義務づけることを通じて、一定の政策方向を実現させる効果はあるものと思われます。

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EU・日本SPAと人権条項

時事通信が、「EU、日本に「人権条項」要求=侵害なら経済連携協定停止」という記事を配信したので、ネットの一部が盛り上がっているようですが、

http://www.jiji.com/jc/zc?k=201405/2014050500353&g=pol

【ブリュッセル時事】欧州連合(EU)と日本が、貿易自由化に向けた経済連携協定(EPA)と同時並行で締結交渉を行っている戦略的パートナーシップ協定(SPA)に、日本で人権侵害や民主主義に反する事態が起きた場合、EPAを停止できるとの「人権条項」を設けるようEUが主張していることが5日、分かった。日本は猛反発しており、EPAをめぐる一連の交渉で今後の大きな懸案になりそうだ。・・・

例によって、圧倒的に多くのネット民が、ソースに当たらずにあれこれ言い合うという状況になっているようなので、この動きの元になっていると思われる欧州議会の決議を紹介しておきます。これは、去る4月17日に欧州議会総会で可決されたものです。

http://www.europarl.europa.eu/sides/getDoc.do?type=REPORT&mode=XML&reference=A7-2014-0244&language=EN(European Parliament’s recommendation to the Council, the Commission and the European External Action Service on the negotiations of the EU-Japan Strategic Partnership agreement)

このうち、人権という言葉が出てくるところを抜き出しますと、

D.       whereas the EU and Japan share the values of democracy, the rule of law and the promotion of human rights, all of which should form the core part of any agreement between the two parties, aiming to provide a solid framework for that relationship;

D EUと日本は民主主義、法の支配、人権の促進という価値観を共有し、その関係の堅固な枠組みを提供することを目指し、そのすべてが両者の間のいかなる協定についても中核をなすべきであるので、

Human rights and fundamental freedoms

(q)    to reaffirm the shared values of respect for human rights, democracy, fundamental freedoms, good governance and the rule of law, and to work together for the global promotion and protection of these values;

(r)     to promote gender equality as a crucial element of democracy;

(s)     to negotiate a provision in the agreement including reciprocal conditionality and political clauses on human rights and democracy, reconfirming the mutual commitment to these values; to adopt appropriate safeguards to ensure the stability of the agreement and that such a provision cannot be abused by either side; to insist that such conditionality should form part of the Strategic Partnership Agreement with Japan, in the spirit of the EU’s common approach on the matter;

人権と基本的自由

(q)人権の尊重、民主主義、基本的自由、良き統治及び法の支配という共有の価値観を再確認し、これら価値観を世界的に促進し、保護することに向けて活動し、

(r)民主主義の最重要の要素である男女平等を促進し、

(s)人権と民主主義に関する相互条件と政治条項を含む協定の規定を交渉してこれら価値観への相互のコミットメントを再確認し、協定の安定性を守るための適切なセーフガードを採択してそのような条件がいずれかの側から乱用されないようにし、そのような条件がEUのこの問題への共通のアプローチの精神に則って日本との戦略的パートナーシップ協定の一部となるよう主張する。

ということのようです。

いろいろ議論するのはいいのですが、いったいどこの国と価値観を共有しているのかと思うような議論は、世界中の人々が見ているという前提でされた方がよろしかろうとは思われます。

https://twitter.com/sumiyoshi_49/status/464567522956967937

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ワレサ 連帯の男

作業が一段落したこともあり、岩波ホールにアンジェイ・ワイダ監督の『ワレサ 連帯の男』を見に行ってきました。

Block_00

ワレサ役のヴィェンツキェヴィチがよく似ていて感じを出しているのと、妻ダヌタ役のグロホフスカの愛らしさがいい。もちろん、連帯運動がストーリーの中心なんですが、6人の子供を抱えて組合運動にのめり込む夫を支えながら時に怒りを爆発させる妻が話を締めています。

http://walesa-movie.com/main.html

私の世代にとって、ポーランドの連帯運動は、労働者のための共産主義体制という建前の足下で、労働者自身が反旗を翻したという意味で、たいへん重要な意味を有するものであったのですが、その運動がやがてベルリンの壁崩壊からソ連の消滅につながり、かつて共産圏なんてものがあったということ自体知らないような世代が続々と出てきている今日、その導火線としてこういう人がいたということ、インテリでも何でもなく、職業学校卒業の造船所の一電気工が一国の運命を、ひいては世界の運命を変えてしまったということは、改めてきちんと語られていいと思います。

本当は、労働組合の推薦映画にしてもいいんですがね。あんまりそういう関心はないのでしょうか。

ちなみに、本ブログでワレサに触れたことがあるのは:

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_cb60.html(グダニスク造船所閉鎖問題)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-e274.html(ヤルゼルスキ宅でお茶するワレサ)

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『日本の雇用と中高年』

41mvhocvl近く、拙著『日本の雇用と中高年』(ちくま新書)が刊行されます。奥付けの発行日は5月10日ですが、5月7日には書店に並ぶことになるはずです。

労働問題の責任ある唯一の答えは「長く生き、長く働く」を目指すことしかない。けれど社会環境が激変しつつあるなか、雇用と働き方をめぐる問題が噴出している。ひとたびレールを外れると、年齢が足枷になって再挑戦もままならない。損か得か……などといった不毛な議論では、この状況の大転換を見失ってしまう。感情論では雇用は増えないし、不公平も解決できないのだ。では、矛盾だらけの建前と本音のどこが問題か。どのような制度設計が可能なのか。第一人者が労働問題の本質を平易に解き明かす。

目次は次の通りです。日本型雇用のアキレス腱である中高年問題を軸に、やや欲張りなくらいに、いろんなトピックを盛り込んでおります。

序章 若者と中高年、どっちが損か?の不毛

・若者雇用問題がなかった日本

・「雇用問題は中高年」だった日本

・「中高年雇用」問題の有為転変

・表層の損得論を捨ててシステム改革を論じよう

 

第1章 中高年問題の文脈

1 欧米の文脈、日本の文脈

・1997年神戸雇用会議-欧米は若者、日本は高齢者に主な関心

・欧米の文脈-早期引退促進政策はもうとれない!

・日本の文脈-中高年失業が焦点に

・日米欧共通の文脈-長く生き、長く働く

2 ジョブ型を目指した時代の中高年対策

・1960年代の日本はジョブ型労働社会を目指していた

・職業能力と職種を中心とする近代的労働市場の形成

・職種別中高年雇用率制度の完成

・企業単位高年齢者雇用率制度へ

・年齢差別禁止法への試み

3 年齢に基づく雇用システム

・年齢に基づく雇用システムの形成

・年齢に基づく雇用システムの法的強制

・年齢に基づく雇用システムの再編強化

・職務給を唱道していた経営側

・職能給に舵を切り替えた経営側

・労働側の逡巡と横断賃率論

・あべこべの日本的レイオフ制度

4 中高年受難時代の雇用維持政策

・石油危機による雇用維持政策への転換

・産業構造転換への内部労働市場型対応

・現場で進む中高年リストラ

・合理化の指針

・整理解雇法理の確立

・年齢基準の容認

 

第2章 日本型雇用と高齢者政策

1 日本型雇用法理の確立

・生産性向上運動と配置転換の確立

・配置転換(職種変更)法理の確立

・配置転換(勤務地変更)法理の確立

・出向・転籍の出現と拡大

・出向・転籍の法理

・配置転換に順応する労働者

2 日本型雇用システム評価の逆転

・「近代化」論の時代

・OECD対日労働報告書

・内部労働市場論の流行

・日本型雇用のアキレス腱

・日本人論の文脈

3 60歳定年延長の時代

・定年制の歴史

・定年延長政策の始動

・賃金制度改革とその判例的遺蹟

・60歳定年の法制化

4 65歳継続雇用の時代

・なぜ継続雇用なのか

・継続雇用努力義務の法制化

・継続雇用政策と年齢差別禁止政策の絡み合い

・継続雇用制度の例外つき義務化

・継続雇用制度の例外なき義務化

・解雇と定年の複雑な関係

 

第3章 年齢差別禁止政策

1 「中高年問題」の復活と年齢差別禁止政策の登場

・90年代リストラの標的は再び中高年

・中高年雇用政策の復活

・年齢差別問題の提起

・経企庁の年齢差別禁止研究会

・労働省研究会の逡巡

・求人年齢制限緩和の働きかけ

・中高年と職業訓練校

2 年齢差別禁止政策の進展

・2001年雇用対策法改正による努力義務

・年齢にかかわりなく働ける社会の模索

・総合規制改革会議の要求

・2004年改正による年齢制限の理由明示義務

・民主党の年齢差別禁止法案

3 若者(若い中高年)雇用問題としての年齢差別

・年長フリーター問題の政策課題化

・「再チャレンジ」という問題設定

・政治主導による年齢制限禁止

・2007年雇用対策法改正による年齢制限禁止

4 「年齢の壁」を超えて

・経済財政諮問会議労働市場改革専門調査会

・70歳現役社会の実現に向けて

・継続雇用政策の陰で

・40歳定年制論

・諸外国の年齢差別法制

・人権擁護法案における年齢の欠落

 

第4章 管理職、成果主義、残業代

1 日本型システムの中の管理職

・「ミドル」という言葉

・そもそも「管理職」とは?

・社内身分としての管理職

・機能と身分の間

・ジョブ型労働法制との矛盾-労働時間法制

・労働組合法制と管理職

2 中高年を狙い撃ちした成果主義

・「知的熟練」の幻想

・日本型雇用システム改革論の復活

・成果主義の登場と迷走

・人事査定の判例法理

3 中高年残業代対策としてのホワイトカラー・エグゼンプション

・労働時間規制と残業代規制

・日本的「管理職」との妥協

・ホワイトカラーの労働時間問題と企画業務型裁量労働制

・ホワイトカラー・エグゼンプションをめぐる空騒ぎ

 

第5章 ジョブ型労働社会へ

1 中高年救済策としての「ジョブ型正社員」

・「追い出し部屋」の論理

・職務の定めのない雇用契約

・「ジョブ型正社員」は解雇自由の陰謀か?

・「ジョブ型正社員」とは実は中高年救済策である

・途中からノンエリートという第三の道

・継続雇用の矛盾を解消するジョブ型正社員

2 中高年女性の居場所

・OL型女性労働モデルの確立

・社内結婚

・女子結婚退職制

・男女別定年制

・男女雇用機会均等法とコース別雇用管理

・基幹的パートタイマーから「ジョブ型正社員」へ

3 中高年問題と社会保障

・教育費と住宅費は年功賃金でまかなう社会

・問題意識の消滅

・児童手当の迷走

・福祉と労働の幸福な分業体制

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シュトゥルムタール『ヨーロッパ労働運動の悲劇』を直ちに再刊せよ?

Sturmthal_2稲葉振一郎氏がこういう不穏なことを言うておりますので、

https://twitter.com/shinichiroinaba/status/461815038290821121

スキャンしてばらまいたろか / “シュトゥルムタール『ヨーロッパ労働運動の悲劇』からの教訓@『DIO』289号: hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)”

訳書を刊行した岩波書店編集部は、稲葉氏を犯罪者に陥れないために、直ちにシュトゥルムタール『ヨーロッパ労働運動の悲劇』(Ⅰ・Ⅱ)を再刊するように。

なお、どういう本かと言いますと、連合総研『DIO』に寄せた拙文から、最後の一節を。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/dio-8ff3.html

文脈の(ねじれた)回帰

 やがて、時代の舞台は大きく回転し、シュトゥルムタールの著書の台詞が皮肉に響く状況が作られてきた。かつての総評と同盟が中立労組も含めて連合に合体し、かつての日本社会党と民社党が自由民主党からスピンアウトした政治家たちと一緒になって(紆余曲折の末)民主党に合体し、その民主党が政権を握り、連合がその最大の支持基盤となるという、かつてのワイマールドイツにおける社会民主党政権を想起させる状況になった。そして今、日本の民主党政権はワイマールドイツの社会民主党政権と同様、権力の座を再び失ったところである。

 ここで改めてシュトゥルムタールを読むと、そこに書かれた悲劇を「他人の経験」として学び、原著の文脈に忠実な経済社会政策を実行しようとしているのは、連合が力の限り支援してきた民主党の政権ではなく、それをひっくり返してできた保守反動のはずの自由民主党安倍政権である、というこの上ない皮肉がむくむくと湧き上がってくるのが感じられないだろうか。

 安倍政権はデフレ脱却を旗印に掲げ、「異次元」の金融緩和を中心とし、「国土強靱化」などの財政支出も併せた積極的な経済政策を打ち出している。世界的に見ると、こうした積極的金融・財政政策を主張するのは社会民主党をはじめとした左派勢力であって、右派勢力の方が緊縮的政策を主張するのが常識であるが、日本ではなぜか経済政策における左右の対立が逆転してしまっている。

 このねじれ現象は、マルクス経済学者としてアベノミクスを支持する論陣を張っている松尾匡氏が繰り返し指摘しているところだが(例えば『不況は人災です!』筑摩書房)、残念ながら連合や民主党の周りを取り巻く経済学者やエコノミストは、世界的には異例なほど反ケインジアン的な「経済右派」になってしまっているようである。その鏡面現象として、日本における「経済左派」的なケインジアン政策支持者には、極端なナショナリストや歴史修正主義者がぞろぞろ顔を並べるという、これまた奇怪な事態が生じている。「多くの社会民主党と労働組合の指導者たち」が「オーソドックスの理論に執着していた」ことの政治的帰結が、やがてシュライヒャー、パーペンという保守政治家の政権を経て権力を握ったヒトラーのナチス政権による、軍事ケインズ主義ともいうべき経済政策の(少なくとも全面戦争に突入するまでの時期における)大成功であったことを思うと、なかなかに不気味な状況ではある。

 しかし、最近の安倍政権の動きとそれに対する連合や民主党の反応は、それとは異なる側面で奇怪な逆転現象を露呈している。政労使三者構成の場で、経済界に対して賃金の引き上げを強く要求し、強引にそれを呑ませつつあるのは、自由民主党政権であり、それに文句を付けているのは連合や民主党の側なのだ。この場で連合が繰り返し主張している「賃金は個別労使の交渉でやるべき」という台詞は、日本において定向進化した文脈においては、個別企業と個別企業別組合との閉じられた企業内交渉に固執し、企業を超えた産業レベル、全国レベル交渉に極めて警戒的であった経営者団体の言葉と見まがうばかりである。民主党の幹事長に至っては「政府が賃金の在り方に介入するのは社会主義的、共産主義的な手法だ」と述べたそうであるが。

 錯綜した理路を整理する必要がある。大恐慌に対してケインジアン的な財政金融政策を行ったルーズベルト大統領の、もう一つの、そして労働関係者にとって何よりも重要な政策は何だったか。全国産業復興法からワグナー法に至る集団的労使関係システムの構築ではなかったか。それは、労使交渉力の不均衡が労働者の賃金と購買力を低下させ、不況を激化させたという認識に立ち、不当労働行為制度によって労働者の交渉力を強化することでその是正を図ろうとするものであった。1920年代のアメリカで流行した会社組合を不当労働行為として否定し、産業別組合の促進を図ろうとしたのもそのためであった。ニューディールのアメリカがナチスドイツと違っていた最大の点は、労働組合を強化することで賃金を引き上げようとしたことではないのか。

 今、シュトゥルムタールが原著を刊行した当時の文脈が、極めてねじれた形で回帰しつつあるように見える。労働組合の人々にはどう見えているのだろうか。

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