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« どんな場合でも、労働者の命と健康を守るための「岩盤規制」は必要だ | トップページ | 「解雇ルールの整備」@損保労連『GENKI』4月号 »

2014年4月28日 (月)

労働時間法制への基本的な勘違いについて

134513

山本勲、黒田祥子両氏による大著『労働時間の経済分析―超高齢社会の働き方を展望する―』(日本経済新聞出版社)をお送りいただきました。計量経済学を駆使して今日の日本の労働時間問題に斬り込んだ意欲作です。

http://www.nikkeibook.com/book_detail/13451/

現代日本人の働き方に関する事実や問題を、個票データを用いた緻密な分析によって幅広く検討した上で、今後の働き方はどうあるべきかを論じる労作。わが国労働市場分析の本格的決定版。

次の目次に見るように、大変包括的にこの問題に取り組んでいます。

 序 章  本書の目的と概要

第I部  日本人の働き方

 第1章  日本人の労働時間はどのように推移してきたか――長期時系列データを用いた労働時間の検証

 第2章  労働時間規制と正社員の働き方――柔軟な働き方と労働時間の関係

 第3章  長時間労働と非正規雇用問題――就業時間帯からみた日本人の働き方の変化

 第4章  日本人は働きすぎか――国際比較や健康問題等からの視点

第II部  労働時間の決定メカニズム

 第5章  日本人は働くことが好きなのか

 第6章  労働時間は周囲の環境の影響を受けて変わるのか――グローバル企業における欧州転勤者に焦点を当てた分析

 第7章  長時間労働は日本の企業にとって必要なものか――企業=従業員のマッチデータに基づく労働需要メカニズムの特定

第III部  日本人の望ましい働き方の方向性

 第8章  ワーク・ライフ・バランス施策は企業の生産性を高めるか――企業パネルデータを用いたWLB施策の効果測定

 第9章  ワーク・ライフ・バランス施策に対する賃金プレミアムは存在するか――企業=労働者マッチデータを用いた補償賃金仮説の検証

 第10章 メンタルヘルスと働き方・企業業績の関係――従業員および企業のパネルデータを用いた検証

統計データ

分析手法については、わたくしがコメントすることはできないので、いささかいちゃもんのように見えるかも知れませんが、著者らが議論を開始するその前提として当たり前のように考えていることについて、法律的な観点からのコメントをしておきたいと思います。

これは、いうまでもなく著者らの経済学的な業績にけちをつけようという趣旨ではありません。以下に指摘する誤解は、ほとんどすべての経済学者や評論家や政治家や、その他この問題に関わる圧倒的多数の人々に共有されている誤解だから、著者らが前提としてそれを共有していることは何の不思議もありません。しかし、その前提で議論を進めていってしまうと、今日政策アリーナで見られるようなトンデモ議論に至りついてしまうのです。

本書第2章「労働時間規制と正社員の働き方」の冒頭のところにこういう記述があります。素直に読んでください。圧倒的多数の人々は、当たり前のことが書いてあると感じ、何の疑いも感じないでしょう。

2000年代以後、日本では労働時間規制の在り方をめぐって、政府や労使間で活発な議論が展開されてきた。その中でも、しばしば議論の俎上に登ったのは、ホワイトカラー・エグゼンプションの導入である。

ホワイトカラー・エグゼンプションの定義はまちまちだが、一般的には、ホワイトカラー職を中心に、業務内容や年収などの一定の要件を満たす労働者の労働時間規制を緩和する「自律的労働時間制度」のことを指す。日本の法定労働時間は、1日に8時間、1週間に40時間と定められており、法定労働時間を超える時間外労働に対しては、所定の手続を践んだ上で、割増賃金が支給される(本書ではこの規制のことを「労働時間規制」と呼ぶ)。

これに対して、労働時間規制を緩和すると、対象となる業務を労使で定め、労使で予め定めた時間を働いたものと見なすことになるため、労働者は出退社時間を自律的に決められる一方、給与は労働時間の長さに比例しなくなる。・・・

このたった3パラグラフの中に法律的に間違いだらけなんですが、その中でも何よりも重要なのは、「労働者は出退社時間を自律的に決められる一方」というところです。労働基準法は労働者が出退勤時間を自律的に決めてはいけないなどと言っていません。

もちろん、32条は1日8時間、1週40時間という「上限」を定めていますから、ある時刻になったらその上限を超えるという状況になればそこで労働をやめなければなりません。その意味では完全な自律は不可能ですが、少なくともその範囲内であれば、つまり1日8時間以内、1週40時間以内という条件の下であれば、その限りで出退勤時間を自律的に決めても32条違反にはなりません。

大変多くの方が誤解していますが、労基法第4章の変形制だのフレックスだのみなし制だのさまざまな労働時間制度は、32条という刑罰法規の免罰規定であって、32条違反にならない仕組みであれば、つまり1日8時間を超えず、1週40時間を超えないという条件下で、言い換えれば短くなる方向でのみ自律的、裁量的な労働時間制度であれば、そもそも免罰する必要性がないので、労使協定も労使委員会の決議も必要なく、昔のままの労基法のままで実施することができます。だってそうでしょう。そういう制度って、何に違反しているって言うんですか?

ところが圧倒的大部分の経済学者や評論家は、国家が使用者に対して労働時間の上限「のみ」を規制している労働基準法の労働時間規制と、企業が労働者に対してここまではちゃんと働けよ、これより短く働くのはダメだぞ!と要求している就業規則との根本的な区別がわかっていないようです。

就業規則の話をしているのなら、就業規則で定めた時間より短く働くためにはちゃんとした根拠規定が必要でしょう。

でも、労働基準法は違います。名宛人は使用者です。1日8時間、1週40時間より短く働く限り、どんな働き方であろうが、法律違反じゃありません。「労働者は出退社時間を自律的に決められる」ためには、労働時間の上限規制を緩和する必要なんてないのです。その自律性が短い方向にだけじゃなく、長い方向にも及んで初めて、つまりそういう自律的な働き方が1日8時間、1週40時間を超えて初めて、32条違反の刑罰を免れるために一定の手続が必要になってくるに過ぎないのです。

だから、専門職やエリートサラリーマンを念頭に、長くなる方向に自律的な働き方を広げたいというのであればこの議論は正しいと言えますが、ワークライフバランスのために、つまり家庭生活や個人の生活のためにというのであれば、その議論は見当外れなのです。

そうかも知れないけど、それって、本書と何の関係があるんだ?と思われた方も多いでしょう。仰るとおりですが、本書の中核部分である計量分析に対しては私は何も語るべきことがないので、著者らはおそらく何かを言おうとしたわけではないであろう前提認識のところに、文句をつけさせていただいた次第です。

せっかく大著をお送りいただいたにもかかわらず、著者らにとっては枝葉末節のことだけをぐちゃぐちゃ論じた形になってしまい、申し訳ありません。


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