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2014年4月

荻上チキSession22の中身

P4283231thumb400x300110395_2 P4283246thumb400x300110397_2 昨日出演したTBSラジオ「荻上チキSession22」のディスカッションモード「労働時間の規制緩和」について、

http://www.tbsradio.jp/ss954/2014/04/20140428.html

上西充子さんとありすさんがまとめてくれています。

http://togetter.com/li/660584

http://togetter.com/li/660589

音声はこちらからどうぞ

http://podcast.tbsradio.jp/ss954/files/20140428main.mp3

また、youtubeにも音声記録がアップされています。

ついでに聞いてた人の感想

https://twitter.com/Ningensanka21/status/460795284683902976

hamachan先生は話す人よりも書く人だなと思いましたまる

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「解雇ルールの整備」@損保労連『GENKI』4月号

109損保労連の『GENKI』4月号が送られてきました。

http://www.fniu.or.jp/kikanshi/index.html

今号には、わたくしは「解雇ルールの整備」を寄稿しています。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/genki1404.html

 昨年来、労働分野の規制改革の議論が盛んになるなかで、その本丸と目されているのが解雇規制の緩和です。しかしながら、官邸主導の会議体である規制改革会議や産業競争力会議などでの議論内容を見ると、必ずしも正しい認識のもと論議が進められていないようにも思えます。また政治家やマスコミ報道、評論家などにおいても、正しい認識にもとづいていないことが窺われる発言や言説が数多く見受けられます。
 そもそも、日本の解雇規制は、彼らが主張するように、本当に厳しいのでしょうか。
解雇規制について、実定法上では、労働契約法第16条で次のように規定しているにすぎません。

(解雇)
第十六条  解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。 

 
これはヨーロッパ諸国の解雇に関する規定と比べて、なんら厳しいわけではありません。たとえば、ドイツでは、解雇は社会的正当性がなければ無効とされていますし、フランスでも同様に、解雇には真実かつ重大な事由が必要とされているほか、イギリスでも不公正な理由で解雇された被用者を救済する制度があります。
 では何が違うのでしょうか。GENKI106号(2013年10月発行)「ジョブ型正社員とは何か?」でも述べたように、日本型正社員は職務も勤務地も労働時間も制限がない代わりに、仕事が少なくなったりなくなったりしたときでも、社内での配転が可能である限り、解雇が正当と認められにくいだけなのです。つまり解雇「規制」が厳しいのではなく、日本の雇用システムの問題なのです。
 この労働契約法第16条を「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない権利濫用があったとしても有効」と改正(改悪?)することは、法理からして不可能ですし、たとえ同条を削除しても、当該条文が規定された2003年以前に戻るだけで、状況は変わりません。そもそも、根っこの権利濫用法理は民法1条3項に明記されており、まさかそれを削除することはできないでしょう。
 ここで皮肉となりますが、もし仮に欧州並みに解雇「規制」を設けるのであれば、その例外(解雇できる場合)についても同じように明確化する必要があり、例えば次のような条文が考えられます。
なお、規制改革と言えば、規制緩和を一般的にはイメージされますが、緩和するだけでなく、こうした規制を明確化するというのも立派な規制改革となるでしょう。

(解雇)
第○条 使用者は次の各号の場合を除き労働者を解雇してはならない。
一 労働者が重大な非行を行った場合。
二 労働者が労働契約に定める職務を遂行する能力に欠ける場合。
三 企業経営上の理由により労働契約に定める職務が消滅または縮小する場合。ただし職務が縮小する場合には、解雇対象者は公正に選定しなければならない。
 前項第三号の場合、過半数労働組合または従業員を代表する者に誠実に協議をしなければならない。

 
 さて、ここまで述べてきたことは、実は出るところへ出たときのルールに過ぎません。中小零細企業を中心とした現実の労働社会においては、裁判所に持ち込めば適用されるであろう判例法理とはかけ離れたレベルで解雇が自由奔放に行われています。年間数十万件の解雇紛争を労働裁判所で処理している西欧諸国に比べ、日本で解雇が裁判沙汰になるのは年間1600件程度に過ぎず、圧倒的に多くの解雇事件は法廷にまで持ち込まれて来ないのです。解雇をはじめとする雇用終了関係について、全国の労働局に寄せられる相談件数は年間10万件にも上りますが、そのうちあっせんを申請したのは約4000件弱です。 
そこで、筆者は、主に中小零細企業などで生じる裁判所にまで持ち込まれない個別労働紛争とその解決の実態を探るため、都道府県労働局におけるあっせん事案の内容を分析し、2012年に『日本の雇用終了』(労働政策研究・研修機構)を公刊しました。
 労働局のあっせんは任意の手続であり、参加を強制することはできないことから、事案の約4割には会社側が参加せず、結果として、解決に至るのは全体の3割に過ぎません。こうした制度の不安定さを反映して、解決金の水準で最も多いのは10万円台であり、約8割が50万円以下での解決となっています。もちろん、膨大な費用と機会費用をつぎ込んで裁判闘争に持ち込めば、解雇無効の判決を得られるのかもしれませんが、明日の食い扶持を探さなければならない圧倒的多数の中小零細企業労働者にとって、それはほとんど絵に描いた餅に過ぎないのです。
 ここに、法廷に持ち込まれる事案だけを見ている法学者や弁護士には見えにくい、解雇の金銭補償の持つ意味が浮かび上がってきます。たとえばドイツでは、解雇が無効と判断された場合に労使いずれかの申し立てにより、補償金と引き替えに雇用関係の解消を命じることができ、その額は原則12か月分、50歳以上なら15か月分、55歳以上なら18か月分とされています。またスウェーデンでは、違法無効な解雇について使用者が復職を拒否したときは、金銭賠償を命じることができるとされていますが、その水準は、勤続5年未満で6ヶ月分、5年以上10年未満で24ヶ月分、10年以上で32ヶ月分とされています。
先に述べた現実の労働社会の実態をふまえれば、規定の内容にもよりますが、こうした金銭補償基準が法定されることが、ごく一部の大企業正社員を除き、不公正な解雇に晒されている圧倒的多数の中小零細企業の労働者にとっては、むしろ福音となるとも考えられるのではないでしょうか。

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労働時間法制への基本的な勘違いについて

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山本勲、黒田祥子両氏による大著『労働時間の経済分析―超高齢社会の働き方を展望する―』(日本経済新聞出版社)をお送りいただきました。計量経済学を駆使して今日の日本の労働時間問題に斬り込んだ意欲作です。

http://www.nikkeibook.com/book_detail/13451/

現代日本人の働き方に関する事実や問題を、個票データを用いた緻密な分析によって幅広く検討した上で、今後の働き方はどうあるべきかを論じる労作。わが国労働市場分析の本格的決定版。

次の目次に見るように、大変包括的にこの問題に取り組んでいます。

 序 章  本書の目的と概要

第I部  日本人の働き方

 第1章  日本人の労働時間はどのように推移してきたか――長期時系列データを用いた労働時間の検証

 第2章  労働時間規制と正社員の働き方――柔軟な働き方と労働時間の関係

 第3章  長時間労働と非正規雇用問題――就業時間帯からみた日本人の働き方の変化

 第4章  日本人は働きすぎか――国際比較や健康問題等からの視点

第II部  労働時間の決定メカニズム

 第5章  日本人は働くことが好きなのか

 第6章  労働時間は周囲の環境の影響を受けて変わるのか――グローバル企業における欧州転勤者に焦点を当てた分析

 第7章  長時間労働は日本の企業にとって必要なものか――企業=従業員のマッチデータに基づく労働需要メカニズムの特定

第III部  日本人の望ましい働き方の方向性

 第8章  ワーク・ライフ・バランス施策は企業の生産性を高めるか――企業パネルデータを用いたWLB施策の効果測定

 第9章  ワーク・ライフ・バランス施策に対する賃金プレミアムは存在するか――企業=労働者マッチデータを用いた補償賃金仮説の検証

 第10章 メンタルヘルスと働き方・企業業績の関係――従業員および企業のパネルデータを用いた検証

統計データ

分析手法については、わたくしがコメントすることはできないので、いささかいちゃもんのように見えるかも知れませんが、著者らが議論を開始するその前提として当たり前のように考えていることについて、法律的な観点からのコメントをしておきたいと思います。

これは、いうまでもなく著者らの経済学的な業績にけちをつけようという趣旨ではありません。以下に指摘する誤解は、ほとんどすべての経済学者や評論家や政治家や、その他この問題に関わる圧倒的多数の人々に共有されている誤解だから、著者らが前提としてそれを共有していることは何の不思議もありません。しかし、その前提で議論を進めていってしまうと、今日政策アリーナで見られるようなトンデモ議論に至りついてしまうのです。

本書第2章「労働時間規制と正社員の働き方」の冒頭のところにこういう記述があります。素直に読んでください。圧倒的多数の人々は、当たり前のことが書いてあると感じ、何の疑いも感じないでしょう。

2000年代以後、日本では労働時間規制の在り方をめぐって、政府や労使間で活発な議論が展開されてきた。その中でも、しばしば議論の俎上に登ったのは、ホワイトカラー・エグゼンプションの導入である。

ホワイトカラー・エグゼンプションの定義はまちまちだが、一般的には、ホワイトカラー職を中心に、業務内容や年収などの一定の要件を満たす労働者の労働時間規制を緩和する「自律的労働時間制度」のことを指す。日本の法定労働時間は、1日に8時間、1週間に40時間と定められており、法定労働時間を超える時間外労働に対しては、所定の手続を践んだ上で、割増賃金が支給される(本書ではこの規制のことを「労働時間規制」と呼ぶ)。

これに対して、労働時間規制を緩和すると、対象となる業務を労使で定め、労使で予め定めた時間を働いたものと見なすことになるため、労働者は出退社時間を自律的に決められる一方、給与は労働時間の長さに比例しなくなる。・・・

このたった3パラグラフの中に法律的に間違いだらけなんですが、その中でも何よりも重要なのは、「労働者は出退社時間を自律的に決められる一方」というところです。労働基準法は労働者が出退勤時間を自律的に決めてはいけないなどと言っていません。

もちろん、32条は1日8時間、1週40時間という「上限」を定めていますから、ある時刻になったらその上限を超えるという状況になればそこで労働をやめなければなりません。その意味では完全な自律は不可能ですが、少なくともその範囲内であれば、つまり1日8時間以内、1週40時間以内という条件の下であれば、その限りで出退勤時間を自律的に決めても32条違反にはなりません。

大変多くの方が誤解していますが、労基法第4章の変形制だのフレックスだのみなし制だのさまざまな労働時間制度は、32条という刑罰法規の免罰規定であって、32条違反にならない仕組みであれば、つまり1日8時間を超えず、1週40時間を超えないという条件下で、言い換えれば短くなる方向でのみ自律的、裁量的な労働時間制度であれば、そもそも免罰する必要性がないので、労使協定も労使委員会の決議も必要なく、昔のままの労基法のままで実施することができます。だってそうでしょう。そういう制度って、何に違反しているって言うんですか?

ところが圧倒的大部分の経済学者や評論家は、国家が使用者に対して労働時間の上限「のみ」を規制している労働基準法の労働時間規制と、企業が労働者に対してここまではちゃんと働けよ、これより短く働くのはダメだぞ!と要求している就業規則との根本的な区別がわかっていないようです。

就業規則の話をしているのなら、就業規則で定めた時間より短く働くためにはちゃんとした根拠規定が必要でしょう。

でも、労働基準法は違います。名宛人は使用者です。1日8時間、1週40時間より短く働く限り、どんな働き方であろうが、法律違反じゃありません。「労働者は出退社時間を自律的に決められる」ためには、労働時間の上限規制を緩和する必要なんてないのです。その自律性が短い方向にだけじゃなく、長い方向にも及んで初めて、つまりそういう自律的な働き方が1日8時間、1週40時間を超えて初めて、32条違反の刑罰を免れるために一定の手続が必要になってくるに過ぎないのです。

だから、専門職やエリートサラリーマンを念頭に、長くなる方向に自律的な働き方を広げたいというのであればこの議論は正しいと言えますが、ワークライフバランスのために、つまり家庭生活や個人の生活のためにというのであれば、その議論は見当外れなのです。

そうかも知れないけど、それって、本書と何の関係があるんだ?と思われた方も多いでしょう。仰るとおりですが、本書の中核部分である計量分析に対しては私は何も語るべきことがないので、著者らはおそらく何かを言おうとしたわけではないであろう前提認識のところに、文句をつけさせていただいた次第です。

せっかく大著をお送りいただいたにもかかわらず、著者らにとっては枝葉末節のことだけをぐちゃぐちゃ論じた形になってしまい、申し訳ありません。


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どんな場合でも、労働者の命と健康を守るための「岩盤規制」は必要だ

ときどき、私が書いたんじゃないかと見まがうようなのが載ることがある朝日の社説ですが、今朝のもそんな感じでした。

http://www.asahi.com/paper/editorial.html(残業と賃金―成果主義を言う前に)

何時間働いたかではなく、どんな成果をあげたかで賃金が決まる。それ自体は、合理的な考え方だ。

だが、過大な成果を求められれば、長時間労働を余儀なくされ、命や健康がむしばまれかねない。その危機感が薄いのが心配だ。・・・

という書き出しで始まり、

最大の懸念は労働時間の上限規制があいまいなことだ。国が基準を示しつつ、労使合意に委ねるというが、雇い主と働く側との力関係を考えると、有効な歯止めにはならないだろう。

今も労使で協定を結べば、ほぼ無制限の長時間労働が可能になる実態がある。しかも、サービス残業が労働者1人あたり年間300時間前後にのぼるとの推計もある。残業代さえ払われない長時間労働を根絶するのが最優先課題である。

という指摘をしつつ、最後は

成果ベースの賃金制度は、政府の規制改革会議も提案している。こちらは「労働時間の量的上限規制」や「休日取得に向けた強制的な取り組み」とセットであることを強調している。

働き方を柔軟にすることは望ましい。しかし、理念を追求するだけでは、逆に労働環境を悪化させかねない。どんな場合でも、労働者の命と健康を守るための「岩盤規制」は必要だ。

と、味噌と糞をきっちり区別して(注)、あるべき方向を示しています。

とりわけ最後の「どんな場合でも、労働者の命と健康を守るための「岩盤規制」は必要だ」というのは、今晩のラジオでも言おうと思っていた決めぜりふなので、先に使われちゃったなという感じです。

(注)本ブログで取り上げた記事のように、「残業代ゼロ」ばかりに焦点を当てると、味噌も糞も一緒くたになって、結局中途半端な結論のまま糞味の味噌を食わされる始末になるのです。

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荻上チキSession22

というわけで、明日(4月28日)の深夜10時40分頃から、TBSラジオの「荻上チキSession22」に出ます。

前回は電話出演でしたが、今回は生身で出ます。相方はPOSSEの今野さんなので、実のある議論ができそうです。

http://www.tbsradio.jp/ss954/2014/04/2014428.html

「残業代がゼロに?安倍総理が検討を指示した 労働時間の規制緩和」

■スタジオゲスト

▼独立行政法人 労働政策研究・研修機構研究員の濱口桂一郎さん

▼NPO法人「POSSE」代表の今野晴貴さん

いや、もちろん、「残業代がゼロ」と「労働時間の規制緩和」とは違うというところから話が

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話がずれてきている

火曜日のエントリでは朝日の報道に「脱力感」を呈しましたが、実を言うと、その対象の産業競争力会議のペーパーも、私としてはたいへんな脱力ものでした。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/skkkaigi/goudou/dai4/siryou2.pdf

いや、このペーパーのあちらこちらに、「ジョブ型」「メンバーシップ型」をはじめ、私の文章かと見まがうような用語がこれでもかこれでもかと詰め込まれてはいるのですよ。でも、肝心の政策の中身が、私の言ってることとはどんどん逆の方向に向かっているように見えるのです。

いや、新聞報道が目の敵にする残業代については、繰り返し述べているように高給労働者にまで過剰な規制をする必要はないし、そもそも賃金をどうするかは(最低基準を除けば)労使の交渉にゆだねられるべきことという考え方に変わりはありません。

しかし、日本の労働時間規制の最大の問題である物理的労働時間の上限がほとんど規制されておらず、青天井のままになっていることについては、山のようなリップサービスの文言はあるものの、それではいったい何をどう規制するのかはどこを見ても出てきません。

あまつさえ、私が目を疑ったのは、このペーパーにこういう文言が出てきていることです。

子育て・親介護といった家庭の事情等に応じて、時間や場所といったパフォーマンス制約から解き放たれてこれらを自由に選べる柔軟な働き方を実現したいとするニーズ。特に女性における、いわゆる「マミー・トラック」問題の解消

そういう言い方で進めようとしたことが最大の間違いなんですよ、と口を酸っぱくして言い続けてきたことが、かくも簡単に出てくるのでは、私は何を言いに行ったんだろうか、と脱力感を感じるしかありません。

本ブログでも述べたように、私は産業競争力会議の雇用人材分科会に有識者ヒアリングに呼ばれて、長谷川座長や八代尚宏さんらの面前で、こう述べています。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/bunka/koyou_hearing/dai1/gijiyousi.pdf

したがって、問題はある意味で厳しい残業代規制をどうするかという話でなければならなかったはずだが、かつての規制改革会議は、ホワイトカラーエグゼンプションというものを仕事と育児の両立を可能にする多様な働き方であるという言い方をされていた。私はこのような言い方をしたことが問題を混迷させたのではないかと思っている。

当時日本経済団体連合会は、これは労働時間と賃金が過度に厳格にリンケージされていることが問題なんだ、それでは昼間たらたら働いて、夜いつまでも残っている人間のほうが高い給料をもらっていくことになってしまう、これはおかしいのではないかという非常にまともなことを言っていた。ところが、それが表に出なかった。そして、ワーク・ライフ・バランスのためのホワイトカラーエグゼンプションだという議論に対して、労働者側は、これは過労死促進であると反論した。私はまっとうな反論であったと思っている。

ただ、実はエグゼンプトだから過労死するのではなくて、エグゼンプトでなくてもその組合が結んでいる36協定で無制限の残業をやらせたら、やはり過労死するので、エグゼンプトが諸悪の根源というわけではない。物理的な時間規制がないというところに問題があるのだが、少なくとも過労死促進だという議論は、それはそれで正当である。こういうかみ合わない議論のまま建議が2006年の年末に出され、2007年の年始にこれが新聞に出た途端に残業代ゼロ法案であるとか、残業代ピンハネ法案であるという、本来はそれでなければならないことが、あたかもそれが一番悪いことであるかのような批判がなされ、結局それでつぶれてしまった。これは大変皮肉なことであって、本来の目的である残業代問題が一番言ってはならないことになってしまった。そのために、いまだにこの問題、エグゼンプションの問題が労働時間と賃金のリンケージを外すという本来の目的ではなく、ワーク・ライフ・バランスといったような議論になってしまっているところに、かつての議論の歪みがいまだに糸を引いているのではないかと思っている。

・・・それとともに、先ほど来申し上げているように、日本の労働時間規制の最大の問題は、物理的な労働時間規制がないという点。したがって、健康確保のための労働時間のセーフティネットをきちんと確保することが必要で、当面何らかの根拠としては現在、存在する過労死認定基準としての月100時間ということになろうかと思う。しかし、ヨーロッパ各国で存在している1日ごとの休息時間規制といった、いわゆる勤務時間インターバルというものを基本的なシステムとして導入することも考えるべきではないか。残業代とは関係のない物理的な労働時間規制というものの必要性がむしろ重要であろうと思っている。

これも何回も繰り返していることですが、労働時間規制とはこれ以上長く働かせてはいけないと言っているのであって、これ以上短く働いてはいけないなどと馬鹿なことを規制しているのではありません。労働保護法制と就業規則をごっちゃにしたような議論がまかり通ったことが、かつてのホワイトからエグゼンプションの議論を駄目なものにした最大の原因です。

そういった舌の根も乾かないうちに、子育てや親の介護のために労働時間の規制緩和などという馬鹿げた議論が平然と出てくるのは信じられない思いです。

この問題は、私はいろんなところで繰り返し述べてきました。最近も、去る3月5日に開かれた経済社会総合研究所、経済産業研究所、労働政策研究・研修機構の「経済における女性の活躍に関する共同セミナー」で、あえて場所柄をわきまえずに強調したところです。

たまたま本日、その議事録が経済社会総合研究所のHPにアップされたので、私の発言部分を引用しておきたいと思います。女性の活用を褒め称える議論をすべきところで何でこういうつまらないことをいうのだと不愉快に感じられた方もいるのかもしれませんが、今回の産業競争力会議のペーパーを見るにつけ、やはり機会を捉えてこういうことを言い続けていかないといけないのだろうな、と思いを新たにしたところです。

http://www.esri.go.jp/jp/workshop/forum/140305/data/gijiroku.pdf

○濱口 JILPTの濱口でございますが。私は必ずしもJILPTを代表してお話をするわけではございません。私はここにあるとおり労使関係部門の統括研究員でして、女性労働とかワークライフバランスについて研究しているわけではありません。では、なぜ私がここにいるのかというと、恐らく麻田さんの趣旨としては、最近労働時間であるとか雇用形態といったことについていろいろ議論の中に巻き込まれておりますので、恐らくそういう観点からのコメントをという趣旨ではないかなというふうに思っております。パネルディスカッションが予定調和的な議論ばかりというのはいかがなものかと思いますので、若干不協和音のある発言と聞こえるかもしれませんが、お許しをいただければと思います。

 また、前半の最後に松田先生から労働時間のあり方についての御質問がありました。また、児玉先生あるいは樋口先生のお話の中でフレキシビリティが重要だというお話があったのですが、正直言って私はかなり違和感を感じております。どこに違和感を感じたのかということについてもちょっと突っ込んでお話をしたいと思います。

 皆様にはせっかく雨の中をお集まりいただいたので、予定調和的というよりはむしろ少し火花を散らすような話があった方が良いかなというふうに、その方が顧客満足度も高まるのではないかと思っておりますので、よろしくお願いしたいと思います。

 今から7年前にワークライフバランス憲章と行動指針というのができました。大変良いことが書いてあるのですが、ほとんど実現しておりません。30代、40代の男性の長時間労働は全く変わっておりませんし、男性の育児休業、2%近くとっているといことになっていますが、これ実は5日未満が半分近くなので、こんなものは実は育児休業でも何でもないのではないかと思います。

 このように笛を吹いても踊ってないのですが、なぜ踊らないのか。それは非常に簡単であって、踊る阿呆になりたくないからです。つまり踊るのは阿呆なんです。何が阿呆かというと、日本的な雇用システムにおいてはいわゆる男性正社員というのはワーク無限定、ライフ限定というのがデフォルトルールですので、そこでワークライフバランスだといって掛け声に踊らされて踊ってしまうと阿呆になってしまいます。

 一つ面白い言葉があるのでご記憶にとどめていただければと思うのですけれども、昔、私が今おりますJILPTの前身の職研に亀山 直幸さんという方がいたのですが、彼があるとき、日本の労働者、正社員というのは雇用安定、職業不安定なんだ、それで人生が安定するんだと名言をはかれました。もちろんこれはこれで大変合理的なシステムなのですが、問題はその合理的なシステムが、補助的な働き方を前提としていた女性がそうでない働き方をしようとしたときに、なお合理的であり得るかというのが問題なのだろうと思います。

 ややデフォルメした言い方になるかもしれませんが、少なくとも1960年代に結婚退職制とか女子若年定年制なんかで裁判になったときの会社側の主張ははっきりと、女子社員は補助的な仕事をするもんだと言っておりました。その後はもちろんそんな露骨なことは言いませんが、しかしそれを前提とした男性の働き方自体が明示的に変わったわけではありませんので、変わらない男性の働き方を前提として、しかし女性がどういう働き方をするかという問題はずっとこの数十年間続いてきた話なのだろうというふうに思います。

 それが一番はっきりと現れているのが総合職の女性たちです。踊りきれない総合職女性たちという、これまたわざと面白がらせるような表現をしておりますが。育児休業とってる間は良いんですよ。あるいは短時間勤務やってる間は良いんです。ところが、それが終った後待ってるのはフルタイムではなくてオーバータイムの日々であるというのが最大の問題になるわけです。

 ここはちょっと突っ込んでお話しておきたいと思います。ここ10年ぐらいの労働時間とワークライフバランスをめぐる議論というのは、混乱している、むしろミスリードするような議論が支配的であったのではないかと思います。先ほどのRIETIの報告の中でもちらっとそれが出てくるのですが。労働時間のフレキシビリティを高めることがワークライフバランスに資するのだという、ちょっと聞くともっともらしい話がずっと続いているのですね。

 例えば今からもう大分前、2005、6年頃の当時の規制改革会議の答申なんかでも、仕事と育児の両立ができる働き方を実現するために労働時間規制の適用除外を増やさなければいけない、と言っておりました。その後、ホワイトカラーエグゼンプションの立法化というのは挫折するわけで、、それについてはまた論ずべきことがあります。しかし、ここで申し上げたいことは、そもそも労働時間のフレキシビリティを高めるということがすなわちワークライフバランスだというふうに無媒介な議論がされすぎていたということ自体に対して、私は非常に疑問を持っているということです。

 もう少しきちんと分けて議論すべきです。そもそも労働基準法が労働時間を規制していること、つまりフレキシビリティではなく労働時間のリジディティこそがまずは第1次的なワークライフバランスなんですね。これは考えてみれば当たり前です。夕方仕事が終わってから保育所に子供をピックアップしにいける確実性がある、あるいは家に帰って家族のために料理をつくる確実性があるというのがまず第1次的なワークライフバランスであるはずです。もしそれが、会社のために夜遅くまで残る可能性がある、ということであれば、確実にワークライフバランスを確保できるという予見可能性が失われてしまいます。残業が恒常的にあるかどうかはともかくとして、フレキシブルに働けるというのはそういうことですよね。つまり、労働時間のフレキシビリティは、第一次的にはワークライフバランスに反するのです。

 こういった毎日の労働時間の確実性という意味での第一次的ワークライフバランスが確保された上で、それでも足りないからもうちょっと融通を利かせられないか、例えば育児のために育児休業とったり、短時間勤務したり何なりというのが、次の段階です。これは私は第2次的なワークライフバランスと呼んでいます。この局面に来て初めて、フレキシビリティがワークライフバランスに役立つという話になるのです。

 ヨーロッパでは第1次的なワークライフバランスはあることが前提です。少なくとも一部のエリートを除けばあるのが前提で、その上で第二次的ワークライフバランスができるようにということで育児休業をはじめとするいろいろな仕組みがあります。実を言うと、それに対応するような仕組みという意味で言えば、日本の法律は大変完備しています。六法全書を見る限り、日本の第2次ワークライフバランスのための法制度は大変立派なものです。では何で踊れないのかというと、その前段階、つまり第1次的なワークライフバランスを確保するための日常的な労働時間の規制というところが非常に弾力化しているからです。そこを抜きにして、2次的ワークライフバランスにおいてのみ正しい議論が無媒介的に入ってしまうと、労働時間をもっとフレキシブルにするとワークライフバランスが実現できるというような、まことにミスリーディングな議論になってしまうのではないかと思います。

 これは主として労働時間規制の問題ですが、ワークライフバランスの議論としても大きな問題があったのではないかと思っております。

 それがまた男性正社員の働き方にも影響してくるわけですね。

 日本型雇用慣行、雇用システムとの関係でもいろいろと議論がされているのですが、私が大変違和感を感じているのは何かと言いますと、日本型雇用システムが固定的でリジッドであることが女性の働き方に対してマイナスに影響を与えているというような議論にどうもなっている感じがするのです。もし間違いであれば申しわけないのですけれども、それがゆえにもっとフレキシブルにという話になっているのではないか。これもまた、フレキシブルとかリジッドという言葉を無媒介的に使いすぎているのではないか。

 そもそも日本型雇用システムの特徴をどこにとらえるかなのですが、雇用保障という意味でのある種のリジッドさがあるのは確かです。しかしそれを補償するために非常に極限的なまでに労働時間とか仕事の中身についてのフレキシビリティが高まっている点にこそ、その最大の特徴があるとみるべきではないか。これはかつて高度成長に貢献したことは確かですが、それが特に家庭責任を負っている女性にとって働くことを難しくしていたという形で問題をとらえないと、バランスのとれた議論にならないのではないかと思っております。

 そういう観点で、近年いわゆる限定正社員とかジョブ型正社員という議論が出てきているのですが、議論の出発点が日本型システムはリジッドであるところに問題があるというふうな発想からこの問題をとらえると、どうも話がおかしな方にゆがんでいってしまうのではないかなというふうに思います。

 このシンポジウムは「女性の活躍」というタイトルになっておりますが、女性問題というのは男性問題と裏腹の関係にありますので、男性の働き方をどうするかということを抜きに女性の働き方の議論というのはありえないと思います。

 「女性の活躍」をタイトルにしているシンポジウムの場で『女性の活躍はもうやめよう』なんていう台詞をあえて掲げるということ自体大変不協和音だろうなというふうに思っているのですが、あえてこういうことを言わせていただきました。

 つまり、今の社会の文脈で女性の活躍ということを言うと、それは伝統的な男性正社員並みという含意をどうしても引きずってしまいます。そうでないと言っても「もっとフレキシブルに」という言葉が今までの男性型のフレキシブルな働き方と繋がってしまう。そうするとある種スーパーウーマン的な活躍のモデルしかなくなってしまう。そうでない活躍のモデルをもっと考えた方が良いのではないか。やや極論でありますが、あえて議論の種にするために提起させていただきました。

 ありがとうございました。

 

○濱口 幾つかの論点があると思います。まずフレキシビリティについては、私はフレキシビリティにさまざまな異なるフレキシビリティがごちゃ混ぜになっているのがおかしいのではないですかということを申し上げました。今樋口先生が言われたのを聞いていると、どうもそれはもう1つ別の、第3番目のフレキシビリティなのです。まずはじめに、労働時間をきちっと守らせる、リジッドにきちんと守らせる、それ以上無理に働かなくてもいいというのか、それともそこをもっとフレキシブルに働くのかという第1次的なフレキシビリティがあります。その次に、育児とか家族の世話のために、それをもう少し融通を利かせられるようにするという意味での第2次的なフレキシビリティがあります。そしてさらに、これは最近EUなんかでよく言われていることですが、人生の中で仕事に重点を置く時期とそうでない時期をさまざまなライフステージに割り振っていくという考え方もあります。これもまたフレキシビリティですが、人生というレベルでの第三のフレキシビリティと言えるでしょう。

 私が問題だと思っているのは、そういったさまざまなフェーズを異にしたフレキシビリティが、ややもするとごっちゃの議論になっていることです。そして、日本型雇用システムとの関係で言うと、結局会社からみてフレキシブルに働かせることができるというところの第一次的フレキシビリティをどうするのかという議論と、労働者個人にとってより個人のニーズに応じてフレキシブルに働けるという第二次的フレキシビリティという、本来きちんと分けて議論しなければいけないものが、意識的にか無意識的にか、ごっちゃに議論されてしまっているのではないか、これは単に学者の議論だけなら良いのですが、政策の議論の中でそういうごちゃ混ぜ論を前提にいろいろな政策が進んでいってしまうと、大変まずいのではないか。実際今までの政策の流れは、そういうふうになってきていたというふうに私は認識しています。むしろそこは落ち着いて、いろいろなフレキシビリティをきちんと分けるところから話を出発した方が良いのではないかと、そういう趣旨で申し上げたつもりであります。

 私は労働者の働き方が一様になるべきだなどとは全く思っておりませんし、多様化していくのだろうと思っております。その多様化するための1つの枠組みとして、例えばいわゆる正社員と言われる人たちの中に第1次的なフレキシビリティ、会社からの要請に従ってよりフレキシブルに働かなければならないという意味でのフレキシビリティをより抑えたようなタイプというのが徐々に増えていくことが、これは当面女性にとってもそうですが、長期的には男性にとってもよりハッピーなあり方だろうと思います。

  私の書き方が悪くて樋口先生が誤解されたのかもしれないのですが、日本型雇用システムについてもそれが良いとか悪いとかという単純な議論をしているつもりはありません。むしろ今のフレキシビリティの議論でわかるように、日本型システムが前提としている第1次的なフレキシビリティ、つまり労働基準法で制約している労働時間の制約性が非常に乏しいという意味でのフレキシビリティをどうするのかという議論を抜きにして、あるいはそこを余り深く突っ込まずに、第2、第3のフレキシビリティによって女性の活躍がどんどん進むというような話をしていくと、どこかで無理が露呈するのではないかというのが私の趣旨です。

 日本型システムの働き方というのは、それはそれでミクロ経営的には非常に合理的なものがあるから今まで続いてきているわけです。しかしマクロ社会的な問題があるから縮小してきているという面もあるわけで、それがどの程度維持されてどの程度維持されないかは、労働者の働き方と組み合わせるときに、フレキシブルな働き方がワークライフバランスに対して非常に制約要因になるものだということを基本的に踏まえて話をしないと、かえって変な方向にいくのではないかなというのが私の申し上げたかったことであります。

 

○濱口 同じ話になりますが、もちろん無限定というのはある種のイデアルティップスであります。実態はさまざまです。ただ、裁判所に訴えたときに、明確に限定していない限り無限定であるのがデフォルトルールであるということもまた間違いない事実だと思います。そのことが、現実はさまざまでありながら、基本的な雇用ルールは無限定型であるということが判例法理等々で確立しているというのもまた確かなので、そこである程度のルール、多分さまざまな限定のグラデーションがあると思うのですが、それをもう少し明確な形で作っていくことが必要なのではないか。

 さまざまなレベルがあると思います。一番上のレベルでは、、命に関わるような意味でのワークライフバランスを保つために、例えば時間外労働の上限設定をすべきではないかとか、毎日必ず休息時間をとらせるといった最小限のリジディティを確保するということが必要でしょう。最近規制改革会議もこれを打ち出しました。とはいえ、これに対して経営者側は大変強く反発をしているのも御承知のとおりです。もう少し下のレベルでは、日常的な次元である程度の家庭生活や社会生活ができるぐらいに時間外というものを制約しようという話があっていいだろうと思います。これは当然のことながら絶対それ以上はだめだというような形ではなく、イギリスの個別オプトアウトとか、免除請求権みたいな形になるでしょう。いずれにしても、今のような三六協定があればその極限まで長時間労働できることになっているという枠組みだけで本当に良いのかというのが問題意識です。

 もう少し企業の必要と労働者の側の必要に応じた形でのさまざまなグラデーションを作っていくなど、第1のフレキシビリティのレベルでもっと議論すべきことはあるのではないかなというふうに思っています。

 

○濱口 表現はもちろん話を賑やかすためにあえてこういう書き方をしました。しかし、最後のところを読んでいただくと、むしろ活躍の定義を変えましょうという趣旨で申し上げていることはご理解いただけると思うのですが、そのように理解していただけないのは多分私の不徳の致すところなのだろうというふうに思いますが。

 一般職を増やそうという話なのか、という点についてですが、一般職自体が昔のまさに典型的な60年代型の発想の女性正社員モデルを看板だけつけ替える形で残してきたたものなので、どうしても補助的な仕事というインプリケーションのある言葉です。そんなモデルで良いはずはないので、だからこそきちんとした生涯キャリアがあるような、しかし今までの男性型の無制限な働き方でないような働き方のモデルを出しましょうというのが私は限定正社員という概念を提起する意味だと思っているのです。 そこを見直すということは、女性用の一般職という枠からそうでない男女共通の、しかし一定の限定のある働き方というふうに発想の転換をしなければいけないのです。旧来型の総合職と一般職の分担を前提とした意味での男性型「活躍」モデルを前提にした上で、その「活躍」を女性も同じようにやるんだという話にしてしまうと、それはやはりかなり無理を要求することになるのではないか。もちろんその無理を達成できる女性は当然いるでしょうし、恐らくこの場にいらっしゃるような方であればあるほどその比率は高まると思います。

 私は正直こういうところで議論していて、ある種のエリートバイアスみたいなのがあるのではないかと感じるのです。もう少し組織の中で下積みの方でやっている方々のことを考えると、なかなかそんな簡単にはいかないよということをだれかがメッセージを入れた方がいいというふうに思っています。それは、活躍をやめろという意味ではありません。活躍の中身をちょっと考え直そうという趣旨で申し上げたつもりです。

 

○濱口  今言われたことは非常に重要なポイントだろうと思います。先ほどもちらっと申し上げたのですが、どうしても労働問題だけという形で議論していると上から下までいろいろな視線で議論しなければいけないという話になるのですが、これはちょっともしかしたら偏見かもしれないのですが、女性問題という形になると、ややもするとそれを議論している方々が社会的に見るとより上位の方々で、どうしてもそれに引き付けた形で議論になってしまう傾向があるのではないか。ちょっと実はそれもあって最後にわざと人を怒らせるようなことを言ってみたのですが。そういう上の方の人たちにとってはリアリティのある活躍ということだけでやっていると、そんな活躍に到底及ばないような人たちが、しかしそれぞれのミクロな場でみみっちくても小さな活躍をするということがどうやって可能かという話にどうも繋がっていかないのではないか。そういう意味から言うと、今指摘された点は非常に重要だというふうに思っております。

 もちろん女性だけではなく、全ての問題について社会の上の方から下の方までまなざしを全方位に見渡したような形で議論していくことが必要だろうと思っております。

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徹底討論・迷走する日本型雇用に決着点はあるのか!(海老原嗣生×濱口桂一郎)

NPO法人 人材派遣・請負会社のためのサポートセンターから、講演録冊子が送られてきました。『雇用を取り巻く動きと今後の人材サービス』 というタイトルで、私の巻頭論文「特殊日本型派遣法を正道に戻す時期」 と、2013年に行われた4回の講演会の講演録が載っています。

講演者は、個人講演は安藤至大、飯田泰之、高橋俊介、今野浩一郎、豊田義博、水町勇一郎といった方々ですが、2回目(昨年6月20日)は、海老原嗣生さんの発案で、一人講演を並べるんじゃなくて、海老原さんと私が噛み合うスタイルにしようということになって、結果的にたいへん面白いやりとりになっています。

私の発言部分をこちらにアップしておきますが、できれば冊子の方で、海老原さんとのやりとりの形で読んでいただけると、もっと面白いと思います。

2013年第2回派遣・請負問題勉強会

6月20日(木)

第一ホテル両国 5F「清澄」

プレゼンテーション2

「ここが変だよ、日本型雇用」

労働政策研究・研修機構 統括研究員 濱口 桂一郎氏

日本型雇用システムの本質部分

私からは、日本型雇用システムというのがどういうもので、最近、どんな問題がでてきているかお話ししたいと思います。

 先ほど話された海老原さんが日本型雇用の良いところを、その後私がその問題点を言う役回りのようですが、結論的に言えば、日本型雇用システムを単純に良い・悪いでは語れません。ただ、間違いなく言えるのは欧米をはじめ、他のアジア諸国と比べても日本型雇用システムが「変わっている」「大変特殊だ」ということです。何が特殊か。それは人と仕事をどう結びつけているかという点であり、そこに本質的違いがあります。

会社とそこで働く人との関係でみると、日本の特殊性が明らかです。そもそも会社は、仕事の束とも言えるいろいろな事業をおこなっており、その事業を分けてジョブにブレイクダウンしていきます。そのひとつひとつのジョブにそれを最も的確に遂行できる人を貼り付けていく、これが欧米型のやり方です。日本は違います。日本は初めに人があって、その人に仕事を貼り付けるという仕組みです。これを採用方式でいえば、日本は新卒一括採用方式、欧米は欠員補充方式です。ここから長期雇用や年功賃金、あるいは企業内組合といった日本型雇用システムの根本的なところが出来上がってきました。初めに仕事がありきなのか、初めに人ありきなのか、ここが一番のコアになるところです。私がこの数年来、様々な場所で書いたり発言したりしているジョブ型とメンバーシップ型との違いの要点がここにあります。そしてこの日本型雇用の特殊性は、他の国から大変理解し難いものです。

日本型雇用からくる特徴的問題

 ひとつは若年者雇用の問題です。昔から日本型雇用システムゆえの問題は様々ありました。一番典型的なのは中高年雇用問題です。女性雇用問題も労働時間の問題もあります。しかし、例外的に他の国で問題になっていることが起こらなかった領域があります。それは若者雇用問題です。近年、マスコミ等で「日本型システムであるがゆえに若者が苦労している」といった議論が出てきていますが、それはここ10年ほどのことです。2003年に政府が初めての若者雇用対策を4省庁で出し、その翌2004年に厚生労働省の職業安定局に若年者雇用対策室を置きました。驚かれるかもしれませんが、その前までは若者の雇用問題が日本にはありませんでした。妙な話ですが、ようやくここにきて欧米型の先進諸国と問題意識が共有されてきたということです。この点については後ほど詳しく触れたいと思います。

もう一つは、日本の労働法と日本型雇用システムとの関係からくる問題です。やっかいなことに、日本の労働法は日本型雇用システムを想定するものではありません。そもそも労働基準法、職業安定法等どれをみても、あくまで仕事というのが決まっていて、その仕事に対して採用や処遇が決まってくることを前提としています。仕事に人を貼り付けるという欧米や他のアジア諸国と同じ仕組みを規定したものでした。ところが、現実の日本社会はそうではなく、人に仕事を貼り付けるということでどんどん発展してきたため、いろんなところに矛盾が生じました。法と現実の間に矛盾が生じると、その矛盾を埋めなければなりません。それをどこが埋めてきたかというと裁判所です。裁判所は六法全書に書いてあるものだけで判断するわけにはいきません。全ての事案は、日本型雇用システムで動いている現実の職場で起きていることですから、どんな慣行で物事が動いているかを良く調べ、それに相応しいような判断を下します。それがどんどん積み重なり、判例法理という名前で、それ自体がひとつの法制度になっていく。それがある程度積み重なってくると、最近の労働契約法のように実体法の中に入ってくるわけです。

正社員の仕組みと解雇に対する認識

日本型の仕組みの中で日本的な正社員が生まれます。例えば、日本の年功的な賃金システムは定期昇給がもたらしています。1969年、当時の日経連は能力に基づいて査定をして昇給していくという、能力主義管理を打ち出しました。年功制は実はもともと組合による生活給の要求からきていて、これに対して会社側も能力という理屈付けで妥協し、査定をしながら定期昇給する仕組みを確立してきました。

この仕組みは20代については概ね現実に合っています。なぜなら、知識・スキルのない若い人をOJT等で能力を上げていくからです。しかし、30代・40代になっても能力が上がり続けるかといえば、だいぶ首を傾げます。ここに日本型雇用の昔からの問題である中高年問題が発生してくる要因があります。日本は解雇規制が厳しいといわれますが、中小零細企業はいくらでも解雇しますし、大企業でも明示的な形での解雇ではなくても、実はリストラが何回も繰り返されています。問題なのは日本の場合、人を減らすとき、真っ先に中高年を切っていることです。それを当たり前だと思っているところに日本の最大の特徴があります。日本は能力に応じ昇給していくといいながら、中高年になるにしたがって徐々に現実との乖離が大きくなっていくので、乖離が特に大きくなった中高年に着目して、出すことを考えます。こうしたとき逆に欧米では、「この仕事できる人いますか」と言って入れ、その仕事が変わらない限り基本的に給料は変わりませんから、仕事に慣れている中高年に残ってもらい、本当に人を切るときは若者からです。これは労働協約でも先任権で決められていて、アメリカはその典型ですし、ヨーロッパでは法律で定められています。こうしたことに対する理解はほとんどありません。だから今年に入って突如として出てきた解雇規制という話で「できの悪い中高年を切って若者を入れやすくする」と口走る有様です。欧米ではあり得ません。そんなことを言った瞬間に、実は欧米見習うべきといいながら欧米を全く理解していないことを露呈しています。

正社員雇用の収縮と日本の若年雇用問題

はじめに触れた日本の若者の雇用問題ですが、以前は問題が無かったのに、ここに来てどうして問題となってきたのでしょうか。ひとことで言えば90年代以降の正社員の収縮です。有名企業でなくとも、どこかには入社できた社会。それが崩れてきたのがおそらく90年代半ば以降。そしてそれが問題意識として生じ、政策にも取り上げられたのは21世紀になってからです。

ここには若干時間差があります。問題が発生した90年代半ばのことを就職氷河期といいますが、当時はそういう問題意識はほとんどなく、流行った議論といえば当座の安い給料で夜中まで働かされる正社員よりフリーターのほうがはるかに良いという「夢見るフリーター論」です。その後、小泉政権の長期的な景気回復基調で、新卒の採用が拡大する中、前の就職氷河期時代に労働市場に入り込めなかった人が取り残されて、年長フリーターが生まれ問題視されてきました。これが最大の背景です。つまり、新卒でスキルがないから雇ってくれないという欧米型の純粋な若者雇用問題というより、こぼれ落ちてしまった人を今更正規のルートには乗せられないという問題が提起されたのが日本の若者雇用問題、雇用政策の始まりです。

昨今の日本的雇用慣行の変容と課題

実はここ数年、何とか潜り込んだ人の問題も指摘されています。典型的なのがいわゆるブラック企業です。このブラック企業の話は、中々分かりにくいところがあります。夜中まで長時間労働させ、ビシバシ叩く等は、「昔も俺たちの新入社員時代は当たり前」という人も多いでしょう。では昔と今では何が違ってきているのでしょうか。日本型雇用システムとは、スキルのない若者を入れ、厳しく鍛えることで会社を支える人間を育てていくものです。それは途中でこぼれ落ちることを基本的に前提とはしていません。だからこそ入社の際の選別が厳しくおこなわれます。しかし、ブラック会社は入口でどんどん入れて、新入社員に即戦力を要求し、大量にこぼれ落ちることを前提にしている。入社した若者が抱く疑問がそこにあります。白紙で入ってくる若者を厳しく育てその企業に相応しい戦力化を図るのが日本型雇用システム維持の前提だったはずです。つまり即戦力なんてあり得ない。こうしてみると、日本型雇用システムも確実に崩れていると感じます。ブラック企業がここ数年問題になったのは多分、ここのところなのでしょう。

日本型雇用はここ20年ほどで変わってきました。今までのようにメンバーシップ型を希望者全員に適用していくのは多分、もう無理です。欧米やアジア諸国のやり方や日本の実定法を前提とする仕組みに今すぐ移行するのも無理な話です。そんなことをしたら一番ひどい目に合うのは今、正に学校を卒業しようとしている若者たちです。ジョブ型の社会は、白紙に絵を描く議論としてはある意味筋が良いのですが、日本の社会はそれを前提にできていません。どちらもなかなか難しいとしたら、その間の仕組みを考えなければなりません。

対談:「だからどう変える?日本型雇用」

海老原嗣夫氏VS濱口桂一郎氏

濱口:欧米と日本型雇用の違いは、海老原さんの指摘通りですが、そもそも、日本だけなぜこんな「変」な雇用の仕組みになってしまったのか。

日本も資本家や経営者がいて、その指揮命令下で働く人がいるという資本主義社会構造であることに、何ら変わりはないはずです。しかし、世界は全盛期のヨーロッパから様々なことを模索し、さらには理想とまで思えた「社会主義とはなんだ」ということまでやったあげく、使用者と労働者の権利関係を明確にし、労働者の立場を守るための仕組みとして労働法を整備してきました。日本もその流れに乗って来たと皆思っていますが、実は根本的なところが違うのです。

マルクスが若い頃に書いた『経済学哲学草稿』の中に、「労働者が自分の働いている場を家庭のように思えない資本主義社会を変えなければいけない」という一節があります。しかし、その後の世界の労働運動は「働いている場が家庭である必要はない。私は部品だが、無茶な働かされ方は許さないし、貰うものは貰う。プライベートの生活をきちんと充実させる」というものに変化してきました。逆に働かせる側も労働者という部品を買って、そのスペックに合ったところにはめて、全体は経営側がきちんと動かすというやり方で進みました。しかし、日本はなぜかそうならなかったのです。法制度は全く同じ仕組みのはずなのに、いわば若きマルクスの初心がまだ生きているかのように、働く人がその職場で主人公になることを望んだ。でも、初めからそんな能力があるわけもないので、職業生活の中で、年功的に割り振るというやり方が進んでいきました。年功昇格状況の図Bはみごとにそれを表しています。右側の図を見ると、初めから指示する側と指示される側に分かれています。世の中はそういうものだからお互いに不満のないように上手く回せば良いという考え方です。一方、左側の日本の図は若いうちは下積みで苦労し、職業人生の後の方で命令する側に回る。それを基本的に男性正社員限定で行っています。この仕組みを行う国は、社会主義、共産圏も含め日本以外存在しません。

ただ、最近それが崩れてきました。一番大きい原因は、女性の社会進出と年齢構造の高齢化だと思います。元々、この仕組みは最初から男性限定、しかも、中高年は少なく、若者が多かった時代の中でのみ回っていたものです。戦後からある時期にかけ確立してきた日本的な仕組みは、資本主義社会の中でかなり異例な環境に許されて実現してきましたが、ついに軋みが生じて来たのだと考えます。

濱口:あてがう仕事がないのではなく、欧米なら初めから上にあてがうわけです。欧米の場合、資格を持っていれば能力があると見なして、それに合ったところに付けます。基本的には先ず、ジョブありきです。逆にいえばそこに付けるためにジョブには上から下までいろいろあるのだということで、社会全体が動いているわけです。日本はそうではありません。欧米から見れば資格がない人間を営業で使うことすら無駄使いだと見えるでしょう。

しかし、そのもうひとつ奥に、より本質的な問題が見えます。人の能力は簡単にわかるものでしょうか。哲学的に言えばわかりません。わかるわけがないから、わかったことにする仕組みを世の中が作るのです。社会は全部約束事で動いています。例えば、社会的に認められたコースを修了したとか、この資格試験に合格した等、「一定のクオリフィケーションを与えられたら能力があると皆で見なしましょう」という約束事で世の中回っているわけです。逆に、長期的な関係の中で「資格はあったけど、こいつはだめだ」となれば排除されていきます。それが世界共通のやり方だとすると、やはり日本は特殊です。

日本では最初にクオリフィケーションを用いたりしませんから、採用の入口段階で人間をじっくり見なければならない。そもそも、長期的に見なければわからないものを、その前に判断しろという無茶な話なのです。その無茶を就活で行っているのですから、学生が苦労するのは当たり前の話です。

濱口:人の可能性を信じ、かつその可能性を開花させる権利があるというと、凄く日本の社会は人間的です。しかし本当に100%それができるかといえば、できるはずがない。そもそも、資本主義社会ならば企業は毎日競争していかなければならない。つまり、人の集まりが会社だと言いながらも、会社側は事業を存続させ発展させていかなければならないわけで、ひとりひとりの満足度を最大にするわけには、やはりいかないものです。その矛盾は多分、様々な働き方の中に押し付けられていると思います。ただ、それを「嫌だ」と思わずできるよう「エリートを夢見る」ことによって、そんな気持ちを緩和できる仕組みが動いているのだと思います。

濱口:ある意味、日本ほど若者の雇用問題がない国はないことを非常に象徴的に示すものがあります。それはOECDのリポートで見て取れるのですが、そのリポートの中で、若者の状況を4つに分けています。『ハイパフォーマー』、『上手くいかず出たり入ったりしている者』、『ずっと排除されている者』、『学校に戻った者』。一番上のハイパフォーマーは、だいたい4割くらいいます。ところが、欧米のハイパフォーマーの定義は、学校卒業後の5年間のうち半分以上職業に就き、そこで何らかの仕事をした者をさしています。それ以外の三つはそこまでいかない人たち。それが欧米の状況です。そこから見たら日本は超ウルトラスーパーハイパフォーマーみたいなものです。日本の若者だけが大変だと言われますが、実は、その中身が全然違う。ただ、興味深い点は、ドイツをはじめ、いわゆるデュアルシステムの仕組みが社会に確立している国々は、失業率が日本並みに下がり、ないところは大変高くなっています。

濱口:そもそも、労働者を出世させろとはどこにも書いていません。繰り返しますが、日本の六法全書に出ている文面を見ても、欧米と変わったことは一切書いていませんし、男女雇用機会均等法を見ても、入口から出口まで平等にしろと欧米から見て当たり前のことが書いてあるだけです。しかし、そこに書いていない男性の仕組み、雇用慣行が日本は違うので、そこに無理が出てくるのです。しかし、男性と女性を平等に扱えという法律ができたのですから、多分、他にやりようがないでしょう。どこをどうするのかは凄く難しい話です。

濱口:全てを満足させる良いシステムなんてあるはずがないと思っています。現実に可能な選択肢の中で、より悪さの少ないものを選ぶしかない。もし、メンバーシップ型に男性も女性もはめられるのなら、それが一番ハッピーですが、残念ながらそれは不可能でしょう。不可能なことをあたかも可能であるかのように言って追い求める、或いは、目指すべきだというのは非常に誠実性に欠けます。一方で、様々な社会的システムがきちんと担保されていないまま、これが世界標準だと言ってしまえば、そこからこぼれ落ちる人は非常に悲惨な目に合うから無責任。結局はその狭間の中、どこかで苦痛は生じるのですが、その苦痛が最小限になるよう、様々なパラメーターで測りながら動かしていくしかないのでしょう。日本人にとって受入れやすい仕組みをあえて言うならば、デュアルシステムです。学校にいる間から会社の中に入れる仕組みを作り、そこでこぼれ落ちる人を最小限にする。学校を卒業する頃にはある程度の方向性が出ていますから、ジョブ型の苦痛をより少なくすることが可能になると思います。ただ、大学側は大きな負担になりますから、これはこれで大変な騒ぎになると思います。

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市場主義の時代は終わったのか続いているのか?

『労基旬報』4月25日号に掲載した「市場主義の時代は終わったのか続いているのか?」です。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/roukijunpo140425.html

 筆者は2004年度以来、毎年東京大学公共政策大学院で「労働法政策」という講義を担当してきている。講義を始めたとき、労働法の教科書は山のようにあっても、労働法政策を論じた本などほとんど存在しなかったので、約半年かけて講義用のテキストブックを執筆した。それが『労働法政策』(ミネルヴァ書房、2004年)である。その内容は、大部分が行政関係者の手になる立法時の解説書の内容をかみ砕いて分野別かつ時系列に並べ、全体として日本の労働法制の発展史が浮かび上がってくるようにしたものである。残念ながらあまり本が売れないために増補や改訂の機会はなく、一方出版以来の10年間に労働法制は以前にも増して激動の時期を経験したため、内容は古くなりすぎてしまっている。

 ただ、立法の歴史については、各章・節ごとにその後の推移を書き足していけばアップデートできる。実際、数年前からは、受講者に本を買ってもらう代わりに、アップデート版を電子ファイルで配布し、それに基づいて講義を行っている。2012年度から講義を始めた法政大学公共政策大学院でも、同様のやり方をしている。一般読者には届かないが、これはこれで解決方法ではある。

 しかし、同書の中でアップデートしてきていない部分がある。それは総論に当たる「近代日本労働法政策の諸段階」という章である。筆者はこの章で、近代日本の労働法政策を20年ごとに時代区分した。その時代区分は、おそらく他の歴史書ではまずお目にかかれないような、筆者独自のものである。すなわち、1910年代半ば以前を労働法政策の準備期、1910年代半ばから1930年代半ばまでを自由主義の時代、1930年代半ばから1950年代半ばまでを社会主義の時代、1950年代半ばから1970年代半ばまでを近代主義の時代、1970年代半ばから1990年代半ばまでを企業主義の時代、そして1990年代半ばからを市場主義の時代と名付けて、各時代の特徴を明らかにした。

 この時代区分にも議論の余地はいっぱいあるだろうが、ここでは最後の市場主義の時代がその後どうなったのかが問題である。同書出版当時は小泉改革の全盛期であって、あと10年くらいはこの傾向が続くだろうと思っていた。科学的根拠のない20年周期説によって、2010年代半ばまでが市場主義の時代で、いい加減その頃になると世の中の雰囲気も変わってきて、逆の方向に向かいだしているのではなかろうか、と想像していたわけである。

 ところが、世の中はそう予想通りには動いてくれなかった。小泉後の安倍、福田、麻生の3政権の労働政策は、市場主義の流れの延長線上とは言いながらかなり労働者保護的な方向に傾きを示し、その後の民主党政権はかなり明確に反市場主義的な政策を打ち出した。その背景には2008年のリーマンショックによって、市場主義政策への批判が社会に広まったことがある。2010年代半ばまで健在のはずの市場主義がいささか尻すぼみ気味になったのである。

 さらに話を複雑にするのは、民主党政権の失政等もあり、2012年末の総選挙で自公両党が政権に復帰し、第2次安倍内閣のもとで、再び市場主義的に見える労働政策が推進されてきていることである。現在、2014年、当初の予想ではそろそろ市場主義の時代に幕が下りる頃だったはずが、幕引きを急ぎすぎて転んでしまって、結局幕が引けず、市場主義の時代の第二幕目を上演することになってしまっているのであろうか。それともそれは最後の炎が燃え上がっているだけで、やはりそろそろ市場主義の時代は終わろうとしているのだろうか。

 筆者の20年周期説が否定されたことはいいのだが、今がどういう時代であるのかの方向感覚が失われてしまったことは残念である。読者はどうお考えだろうか。

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拙著短評

Chuko拙著『若者と労働』へのブクログレビューです。「miki」さんです。

http://booklog.jp/users/lovethai/archives/1/4121504658

ブラック企業や非正規雇用など若者の労働問題について、基本的なところから解き明かしていく1冊です。
教育の仕組みや諸外国との比較もとても興味深いのですが、この本のいいところは、解決策についてしっかりと述べられているところです。
以前から、雇用問題が世代間の対立として感情的に語られることに違和感を覚えていたので、この本を読んで本当によかったです。
労働問題に興味のある方すべてにおすすめの本です。

そう、労働問題を世代間対立に無理に押し込めて、扇情的な議論を展開する一部の論者の悪影響から、心ある人々を守りたいというのが、この本の一つの動機です。

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残業代ゼロ糾弾路線の復活?

本日の朝日朝刊の1面トップは

http://www.asahi.com/articles/ASG4P5142G4PULFA00Y.html(「残業代ゼロ」一般社員も 産業競争力会議が提言へ)

でしたし、たぶん明日の朝刊に載るであろう今夜アップされた記事が

http://www.asahi.com/articles/ASG4P5142G4PULFA00Y.html(「残業代ゼロ」一般社員も 産業競争力会議が提言へ)

ですから、これはもう、労働時間問題は働き過ぎでも過労死でもなく、ひたすら残業代ゼロという銭金路線で行くと決めたということでしょうか

なんだか脱力感で新しく何かを書く気力もわかないので、以前書いたものを引っ張り出しておきます。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/johororenjikan.html

(「労働時間規制は何のためにあるのか」 『情報労連REPORT』2008年12月号)

 そもそも労働時間はなぜ規制されるのだろうか。ここ数年来労働基準法改正案に加え、ホワイトカラー・エグゼンプションや名ばかり管理職という形で労働時間規制の問題が話題になることが多いが、政治家やマスコミ人に限らず、労使や行政関係者までが、もっぱら時間外割増賃金をどうするかということにしか関心がないように見える。まるで労働時間規制とは長時間労働に対して割賃という形で報酬を与えることが目的であるかのようである。

 一方で、過労死や過労自殺は一向に減る気配を見せず、特に若い正社員層における異常な長時間労働は、非正規労働者の増加と軌を一にしてますます加速している。労働経済白書によれば、25~44歳の男性で週60時間以上働く人の割合は2割以上に達している。週60時間とは5日で割れば1日12時間である。これは、1911年に日本で初めて工場法により労働時間規制がされたときの1日の上限時間に当たる。

 工場法はいうまでもなく、『女工哀史』に見られるような凄惨な労働実態を改善するために制定された。当時、長時間労働で健康を害し結核に罹患する女工が多かったという。労働時間規制は何よりも彼女らの健康を守るために安全衛生規制として設けられたのである。

 ところが、終戦直後に労働基準法が制定されるとき、1日8時間という規制は健康確保ではなく余暇の確保のためのものとされ、それゆえ36協定で無制限に労働時間を延長できることになってしまった。労働側が余暇よりも割賃による収入を選好するのであれば、それをとどめる仕組みはない。実際、戦後労働運動の歴史の中で、36協定を締結せず残業をさせないのは組合差別であるという訴えが労働委員会や裁判所で認められてきたという事実は、労働側が労働時間規制をどのように見ていたかを雄弁に物語っている。

 もっとも、制定時の労働基準法は女子年少者については時間外労働の絶対上限を設定し、工場法の思想を保っていた。これが男女雇用機会均等に反するというそれ自体は正しい批判によって、1985年改正、1997年改正により撤廃されることにより、女性労働者も男性と同様、無制限の長時間労働の可能性にさらされることになった。健康のための労働時間規制という発想は日本の法制からほとんど失われてしまったのである。

 こうした法制の展開が、労働の現場で長時間労働が蔓延し、過労死や過労自殺が社会問題になりつつあった時期に進められたという点に、皮肉なものを感じざるを得ない。その後労災補償行政や安全衛生行政は、過労死認定基準の2001年改正や労働安全衛生法の2004年改正など、長時間労働を安全衛生リスクととらえ、その防止を目的とする政策方向に舵を切ってきた。ところが、肝心の労働時間行政とそれを取り巻く関係者たちの意識はまったく変わらなかったのである。

 それを象徴的に示したのが、2007年に国会に提出された労働基準法改正案とその提出に至るいきさつである。まず、いまなお国会に係属している同改正案は、1か月80時間を超える時間外労働に対して5割の割賃を払えとのみ規定している(中小企業を除く)。お金が欲しければそれ以上残業しろと慫慂しているかのごとくである。そこには長時間労働を制限しようという政策志向はほとんど感じられない。

 一方で、国会提出法案からは削除されてしまったが、それに至るまで政治家やマスコミを巻き込んで大きな議論になったのが、いわゆるホワイトカラー・エグゼンプションであった。ところが、上記のような労働時間規制に関する認識の歪みが、この問題の道筋を大きく歪ませることとなってしまった。そもそもアメリカには労働時間規制はなく、週40時間を超える労働に割賃を義務づけているだけである。したがって、ホワイトカラー・エグゼンプションなるものも割賃の適用除外に過ぎない。一定以上の年収の者に割賃を適用除外することはそれなりに合理性を有する。ところが、日本ではこれが労働時間規制の適用除外にされてしまった。ただでさえ緩い労働時間規制をなくしてしまっていいのかという当時の労働側の批判はまっとうなものであったといえよう

 ところが、この問題が政治家やマスコミの手に委ねられると、世間は「残業代ゼロ法案」反対の一色となった。そして、長時間労働を招く危険があるからではなく、残業代が払われなくなるからホワイトカラー・エグゼンプションは悪いのだという奇妙な結論とともに封印されてしまった。今年に入って名ばかり管理職が問題になった際も、例えばマクドナルド裁判の店長は長時間労働による健康被害を訴えていたにもかかわらず、裁判所も含めた世間はもっぱら残業代にしか関心を向けなかったのである。

 ホワイトカラー・エグゼンプションが経営側から提起された背景には、長時間働いても成果の上がらない者よりも、短時間で高い成果を上げる者に高い報酬を払いたいという考え方があった。この発想自体は必ずしも間違っていない。管理監督者ではなくとも、成果に応じて賃金を決定するという仕組みには一定の合理性がある。しかしながら、物理的労働時間規制を野放しにしたままで成果のみを要求すると、結果的に多くの者は長時間労働によって乏しい成果を補おうという方向に走りがちである。その結果労働者は睡眠不足からかえって生産性を低下させ、それがさらなる長時間労働を招き、と、一種の下方スパイラルを引き起こすことになる。本当に時間あたりの生産性向上を追求する気があるのであれば、物理的な労働時間にきちんと上限をはめ、その時間内で成果を出すことを求めるべきではなかろうか。

 二重に歪んでしまった日本の労働時間規制論議であるが、長時間労働こそが問題であるという認識に基づき、労働時間の絶対上限規制(あるいはEU型の休息期間規制)を導入することを真剣に検討すべきであろう。併せて、それを前提として、時間外労働時間と支払い賃金額の厳格なリンク付けを一定程度外すことも再度検討の土俵に載せるべきである。

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シンポ「非正規公務員問題を考える」

明日のシンポジウムの案内が「市民社会フォーラム」のブログにアップされていたので、直前ですが一応紹介しておきます。

http://civilesociety.jugem.jp/?eid=25556

シンポジウム「非正規公務員問題を考える」
~官製ワーキングプアの実態と改善に向けて~

●日時 2014 年4月22日(火) 13時30分~16時30分
●会場 星陵会館(東京都千代田区永田町2-16-2)
●主催 早稲田大学メディア文化研究所 公共ネットワーク研究会
●参加費 無料

【基調講演】
上林 陽治氏 (公益財団法人地方自治総合研究所研究員)
【ファシリテーター】
原 昌平氏 (読売新聞大阪本社編集委員)
【パネリスト】
濱口 桂一郎氏(労働政策研究・研修機構労使関係部門統括研究員)
種田 由紀子氏(豊中市放課後こどもクラブ任期付短時間指導員)
沢辺 均氏 (株式会社スタジオ・ポット代表取締役)

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二宮厚美編『新福祉国家構想4 福祉国家型財政への転換』

110063二宮厚美・福祉国家構想研究会編『新福祉国家構想4 福祉国家型財政への転換』 (大月書店)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.otsukishoten.co.jp/book/b110063.html

この本、実は昨年5月に刊行されているのですが、1年近くたって送られてきたのは、添付されたお手紙によると、献本作業の不手際で送られていなかったからだそうです。

まあ、そのおかげで、安倍内閣成立後1年半近く経ってその今までの推移と照らし合わせながら読むことができるという面もあります。

序 章 競争国家か福祉国家かの対抗関係(二宮厚美)
第1章 財政危機のなかの福祉国家型財政への道(二宮厚美)
第2章 財政危機の原因と、打開策としての福祉国家型財政(梅原英治)
第3章 福祉国家における社会保険制度(髙山一夫)
第4章 現代日本の「社会保障と税の一体改革」をめぐる二つの道(川上 哲)
第5章 福祉国家型地方自治のもとでの自治体財政の争点と将来(平岡和久)
第6章 グローバル化のなかの福祉国家型国民経済の展望(岡田知弘)

基本的には序章と第1章を書かれている二宮厚美さんの枠組みで全体が構成されています。その枠組みとは、新自由主義とポスト福祉国家論と(本書の著者らの)新福祉国家論という三者対立図式なんですが、彼らの議論がどこまでフィージブルであり得るのかについては、正直なかなか難しいものを感じる面があります。

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旧著短評

1124832011年刊行の旧著『日本の雇用と労働法』(日経文庫)に、久しぶりに読書メーターで短評がつきました。「あんさん」です。

http://book.akahoshitakuya.com/cmt/37289689

海外出張した際、専門教育を受けていない新卒者を採用する日本の就職制度や、数年毎に職場を異動することなど、何故そうなのか質問を受けても上手く答えられなかった。現地で納得が得られるかどうかは別にして、今後はこの本の内容で説明できそうに思えた。

 

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労働問題と集団的自衛権

いや、何の関係があるか全然わからないのですが・・・・・、

http://blog.goo.ne.jp/orangesr/e/b20d7b14e89f90dfb8196753914e7fdf(ときどきこういう頭になる)

今回は濱口桂一郎氏の本を読んでいていたら
なぜか「集団的自衛権」の問題が浮かんできて
電車を降りて乗り換えのためターミナル駅を歩いているうちに
「自衛権」の本質論までグルグルしてしまった

とのことなんですが、なんで私の本を読んでると集団的自衛権になるのか、言われた(言われてないけど)私にも全然わからない・・・。

たいていは知的刺激を受ける本を読んだときですが
本の語る方面に向けて活動が活発になるかというと
そんなわけでもなく

「本の語る方面」じゃないということなので、そもそも関係を考えること自体があまり意味がないのかもしれませんが。

あえて言えば、集団的労使関係と集団的自衛権とは・・・・、「集団的」という形容詞は同じだけれど、あんまり関係なさそうな。

いや、個別的労使関係だけでは弱いから集団的労使関係で対抗するというのは、個別的自衛権だけでは弱いから集団的自衛権で対抗するというのと共通している、というのかな?でも、だいぶ違うような気もするし。

もやもや。

なんにせよ、朝から拙著をお読みいただきありがとうございます。

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拙著短評

Chuko例によって、ツイート上の拙著短評:

https://twitter.com/hiroyuki_t0227/status/457347891829301248

濱口桂一郎『若者と労働』を読み終えた。日本の労働、とくに入り口の部分に関して基礎的なことを改めて学べてよかった。今後の仕事、とりわけアドボカシーには有効な素材がたくさんあった。

 

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ホワイトカラー・オーラル・ヒストリー:団塊の世代の仕事とキャリア

20140420090406 も一つ労働関係のオーラルヒストリーをお送りいただいていました。こちらは中央大学企業研究所のワーキングペーパーです。

語り手は、日立製作所で社会プロジェクト推進本部次長までされた千代雄二郎氏。京大経済学部を卒業して、1972年に日立に入社して国鉄向けの営業に従事し、その後インフラ設備の営業や情報機器レンタル営業なども経験された方ということです。

どちらかというと、雑談っぽい雰囲気で話が進んでいってる感じで、さらりと読めます。

いろいろと面白い下りがありますが、たとえば、

千代:一般的にいうと、工場の主任技師、課長職ですね。この人たちは設計はしてません。してないというか、できない。もうできなくなったというのが正しいかもしれません。彼らがやっているのはお金だけです。お金の管理をやっているだけです。いいすぎかな?だから、課長職の人も現場の設計を離れ、実質マネジメントをしているということなんです。

清水:それは40ぐらいということなんですか。

千代:40ぐらい。

清水:早いんですね。

一つ苦情というか、注文ですが、巻頭に肩書き付きの谷口明丈さんと市原誠さんの前書きがあって、この二人はわかるんですが、本体に入って、いきなり、

清水:以前から、大学の友人たちとの呑み会で・・・・・・・

この清水さんって誰?状態。あと、久保さんとか梅崎さんとか、もちろん労働研究業界のわかる人はわかるでしょうけど、本書のどこにもインタビュワ側の一覧表がついていないので、どこの誰が聞いているのかこの本だけではわからないというのは、いかがなものでしょうか。

付いてきたお手紙によると、このシリーズは今後も、旭化成、伊藤忠商事、長銀、マツダ等々の仕事とキャリアについての聞き取りの結果を継続して刊行する予定とのことです。面白そうですね。

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『梅原志朗オーラル・ヒストリー』

労働オーラルヒストリーの新たな一冊、『梅原志朗オーラル・ヒストリー』をお送りいただきました。

インタビュワはJILPTアシスタントフェローの鈴木誠さんと、高千穂大学の田口和雄さんです。

梅原志朗さんは東芝労組で賃金制度を担当し、電機労連や金属労協などでも活躍された方で、労働運動史の世界では後者としての側面が有名ですが、本書で主として掘り下げられていおるのは、もっぱら東芝時代の賃金制度についてです。

かつて1960年代まで経営側がアメリカ型職務給を主張していた頃、総評などはただ反対するだけだったのに対し、一部にヨーロッパ型横断賃率論を主張する勢力があったことは、歴史に詳しい方々はご存知だと思いますが、組合の中で一番それに近い立ち位置にいたのが電機労連だったと言っていいでしょう。

そのなかで熟練度別賃金や仕事給といった方向に向かって最も進もうとしていたのが、梅原さんを中心とする電機労連で、本書ではその頃の様々な動きがかなり細かく、整然と語られています。

以前あるところで電機労連の賃金政策の歴史をざっと教えてもらったことがあるのですが、初期の頃のものほどかなりはっきりと仕事給的志向が強く出ていたのですね。

も一つ、本書で興味深いのは、東芝では1960年代まで職員と行員の身分の区別(差別ではないとしても)が残存していたという話ですね。それをなくすべく奮闘する話も、本書の読みどころの一つです。

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図書館司書とジョブ型正社員

Chuko拙著『若者と労働』に対する書評が、「29Lib 分館」というブログに書かれていますが、

http://blog.goo.ne.jp/hiroyuki-ohba/e/caa1453cf2a61d61b6266c1b98c3b286(メンバーシップ型雇用は若年層に有利、だが部分的なジョブ型採用もまた望ましい)

このブログ、「図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、単身赴任生活の愚痴など。」ということで、そういう観点からの興味深いコメントがされています。

はじめの方は、「メンバーシップ型雇用は若年層に優しい」という本書の認識をきちんと紹介していただいているのですが、後半でジョブ型正社員という提起を取り上げ、その図書館・情報学という観点からの意味をこう説明されています。

ジョブ型正社員というのは、僕の専門領域である図書館学においても大きな示唆のある提案である。司書資格というのは一応ジョブ型雇用の世界が前提になっており、司書資格課程を教える教員は、文系学部内では珍しく、教養志向とは異なるジョブオリエンテッドな専門知識を教授する。だが、その受講生が専門職として採用されることは現実にはない。公立図書館員になるということは、結局公務員試験という名のメンバーシップ型採用に通るかどうかがまずあり、さらにそのメンバーシップ内業務の配置転換によってそこにいるというものだからだ。日本の公立図書館の労働は、メンバーシップ型雇用の図書館員(すなわち正規採用された公務員で、部署異動によって図書館にたまたまいるというだけの人も多い)と、たくさんの有期雇用の「司書」で構成されている。これでは長期に一貫した図書館運営ができない。そういうわけで公務員の採用でこの制度が広まることを切に願う。

本来ジョブ型正社員という形態こそがふさわしいはずの図書館司書が、メンバーシップ型公務員と非正規公務員といういずれもその業務に適切ではない形態のはざまに陥っているという事態に対する思いが伝わってきます。

 

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大内伸哉編『有期労働契約の法理と政策』

167941大内伸哉編『有期労働契約の法理と政策 法と経済・比較法の知見をいかして』(弘文堂)をお送りいただきました.ありがとうございます。

http://www.koubundou.co.jp/book/b167941.html

 有期労働契約は2012年に労働契約法の改正が行われ、判例法理であった雇止め制限法理の成文化、有期労働契約を更新し通算5年を経過した場合の無期転換ルールの導入、処遇の格差について不合理な労働条件の禁止という規制が設けられました。
 しかしこの改正には、法律面での議論や労働市場等からの批判が強く、自民党政権になって見直しの議論が進められています。
 本書は、このような政策議論をしていくうえでの基礎理論的基盤となる書です。改正の経緯と内容、これまでの議論状況を整理して法理論的位置づけを確認し、次いで比較法的検討を行っています。また、経済学的視点から有期労働契約を理論と実証の両面から検討しています。以上をふまえて、今後の有期労働契約規制のあるべき政策について考察し、具体的な提言をする書です。

大内さん編著ということで、大内節が濃厚に出ているかというと、必ずしもそうではなく、若手労働法学者のそろい踏みの感もあります。

序章 問題の所在………………[大内 伸哉]
第1章 日本法の状況
 1節 労働法
  〔1〕雇止め制限……………[篠原 信貴]
  〔2〕無期契約への転換……[山川 和義]
  〔3〕均等・均衡処遇………[大木 正俊]
 2節 社会保障法……………[関根 由紀]
第2章 外国法の状況
 1節 ヨーロッパの有期労働契約法制
  〔1〕EU指令……………… [櫻庭 涼子]
  〔2〕ドイツ……………… [本庄 淳志]
  〔3〕フランス…………… [関根 由紀]
  〔4〕イタリア…………… [大木 正俊]
  〔5〕オランダ…………… [本庄 淳志]
  〔6〕イギリス…………… [櫻庭 涼子]
 2節 アメリカの有期労働契約法制……[天野 晋介]
 3節 アジアの有期労働契約法制
  〔1〕中 国……………… [烏蘭格日楽]
  〔2〕韓 国……………… [山川 和義]
 4節 小 括…………………[大内 伸哉]
第3章 経済学からみた有期労働契約……[佐野 晋平/勇上 和史]
第4章 考 察…………………[大内 伸哉]

全体としてまさに「政策議論をしていくうえでの基礎理論的基盤となる書」といえましょう。若干気になった点もありますが、有期労働契約について論ずるならまずは本書をじっくり読んでからにしてねというべき本ではあります。

ちなみに、有期労働契約については、先日JILPT主催の労働政策フォーラムでも取り上げましたが、

http://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20140310/info/index.htm

このフォーラムの内容は、『ビジネス・レーバー・トレンド』6月号に掲載される予定ですので、出席できなかった方々はご期待ください。菅野和夫理事長はじめ、徳住堅治、水口洋介、安西愈、木下潮音といった錚々たる労使の弁護士に、わたくしまで加わっておもしろパネルディスカッションになっております。

 


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小林リズム『どこにでもいる普通の女子大生が新卒入社した会社で地獄を見てたった8日で辞めた話』

F304ad9eb6dd4280a06837dea376eac1204これは面白い!!!

たまたま送っていただいた本ですが、思わず引き込まれて一気に読み切ってしまいました。

左の表紙に写っているのは、著者自身です。ふむ、確かに少し前まで「どこにでもいる普通の女子大生」をやっていたような雰囲気の方ですね。

どういう本かというと、この長ったらしいタイトルの通りなんですが、この版元の紹介文が生ぬるくて、いらいらしてくるような、何ともシュールな体験がこれでもかと描かれています。

正社員という肩書を捨てたら、学生にも戻れない。それはとても危ういことだと思う。

家賃や食費などの生活費をやりくりして自分の手で生活していけるのか、自信はない。

先の見通しもまったくない。だけど……。

正社員でなくなったって、社会に認めてもらえなくたって、私は私だ。

誰かの期待する人生を生きているわけじゃない。

私のなかから奪われるものは、きっとない。

いや、著者が伝えたいことはそういうことなんでしょうけど、本書の真骨頂は、彼女が内定してから入社して8日目に辞めるに至るまでの、名前不詳の「代表」氏の信じがたいほどの言動のあれこれ。

社員たちを発達障害だと罵りながら、そんな奴らを雇ってやっている自分を崇拝させている「代表」が、焼き肉屋に誘った著者に語った言葉:

「男はなぁ、穴に入れたいと思うとんのや」

「男が穴に入れたいのは、人間の真理や。普遍的なことやからそれは変わらん。ワシは嘘をつきたくないんや」

「あの、よくわからないというか・・・・・・・」

「それを話してどうするんですか?」

「何言うとんのや。真理やからそれは知らなあかんやろ。小林はそういう真理がようわからんと思うから、教えてやっとんのや」

「・・・・・・真理って、何のためになるんですか?」

「真理は会社の経営理念と一緒や。これがわからんかったら営業に出せへん」

この調子が延々と続きます。新入女子社員3人組は入社後毎朝6時半に来て、代表氏の「真理」「経営理念」の講義を聴かされることになるのですが、この早朝講義の中身がまた:

「おまえら新卒社員に教えたってくれや」

「こいつら見とるとムラムラするやろ」

と、男性先輩社員3人組とのやりとりが続いて、その最後の台詞が:

「男はなぁ、精子をばらまきたいと思っとる。ワシはお前らを片っ端からやり捨てしたいんや」

代表はそう言って、おしぼりを机に押しつけ、講義を締めくくった。

いや、これが、残業代なしに早朝受けさせられる「経営理念」の講義なんですな。

この会社、著者によれば、現在でも

やる気にあふれたベンチャー企業として就職サイトに掲載され、新卒生や中途採用でも募集している。希望に満ちた会社として手招きしている

そうです。いや、ブラックなどという月並みな形容詞では褒め言葉になってしまうようなトンデモ企業ですが、それでもリクルート業界では優良企業として今でも通用しているんでしょうな・・・。

(追記)

そしてとっても重要な追記。

この入社からたった8日で辞めちゃった彼女たちが、この会社の説明会で、何も知らない学生さんたちに語った言葉:

「実はな、君たちの先輩になる奴らがきとるんや.あいつらにも聞いてみようと思うわ。どや、この会社は?」

代表がオカちゃんに話を振った。

「他の会社では味わえないベンチャー企業の良さを、、肌で感じることができるんじゃないかなぁと思います。私も最初は不安でした」

・・・オカちゃんが話し終えて、自然と私に視線が集まる。私は口を開いた。

「とても風通しが良い会社だと思います。代表が直接話を聞いてくれるので、すごく働きやすいです。この会社を選んでとてもよかったと思います」

学生はまっすぐ私を見つめてくる。私は彼らを見つめ返す。

胃がキリキリした。私は、この子たちに嘘をついている。代表に気に入られるために、彼らに言葉を発している。・・・・・・

かくして、「新卒入社した会社で地獄を見てたった8日で辞めた」どこにでもいる普通の女子大生が着々と再生産されていくわけであります。

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常見陽平『「できる人」という幻想』

0088433常見陽平さんから『「できる人」という幻想 4つの強迫観念を乗り越える』(NHK出版新書)をお送りいただきました。

https://www.nhk-book.co.jp/shop/main.jsp?trxID=C5010101&webCode=00884332014

即戦力、グローバル人材、コミュ力、起業……。
若者への言いっぱなしはもうたくさんだ!

現代日本にはびこる「できる人」幻想が、若者たちの働きづらさにつながっている。だが、「即戦力」の新卒学生など本当に存在するのか? そこまで「コミュニケーション能力」が大事なのか? 気鋭の人材コンサルタントが、キャリアやスキルにまつわる俗説・通説を斬りながら、ヒーローになれない人のための働き方を提案する。

おなじみの常見節があちこちで炸裂していますが、ここでは、「夢畜」という奇妙な言葉を紹介しておきましょう。常見さんの出身の一橋大学でやたらに学生に起業を煽っていた某教授(本文では実名が出てきます)の話からはじまる章の最後の一節です。

・・・思うに、起業家というのは、今やライフスタイルの一つなのではないだろうか。「何者かになりたい」という衝動の表れである。彼らは、会社に縛られていないようで、夢に縛られる「夢畜」と化していくのである。「できる人」という幻想のなれの果てだ。

 

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拙著簡評

131039145988913400963久しぶりに『日本の労働社会』への書評です。「読書メーター」でsatomohikoさんによるものです。

http://book.akahoshitakuya.com/cmt/37074849

働く社会に対する価値観が自分とあっていて、今まで読みたかったのはこれだと思えた一冊。後半にかけ少しづつ内容が難しくなっていくが、最後まで読み通した。労働組合の役割についてもかなり言及されており、労働界に身を置くものとして気付きがたくさんある。

Chuko なお、ブクログではoden8さんによる『若者と労働』へのこういう書評も。

http://booklog.jp/users/oden8/archives/1/4121504658

「メンバーシップ型」の雇用と「ジョブ型」の雇用。後者にシフトしていくのは確かに大事だけど、大学生の教育にまで仕事を見据えさせるのは反対。
本著では批判されているけど、大学はアカデミックであって欲しい。直接仕事に活きないかもしれないが、大学生しか出来ない事をしてから社会に出たい。
仕事に関する訓練を充実させたいのなら、職業訓練校で良いじゃない、と思う。

こういう批判が来るのはもちろん織り込み済みですが、とはいえこういう言葉を田中萬年さんに聞かせると

http://d.hatena.ne.jp/t1mannen/20140404

私もお世話になった佐々木輝雄は東北大学から職業訓練大学校に勤務したとき、ある研究会で東大の教授に「今度、このような大学に勤めることになりました」と名刺を出して挨拶すると、その教授は「あ、資本家の犬の学校ですか」と言われたという。研究者の言葉とは思えない発言だ。佐々木を愚弄しただけでなく、職業訓練への差別、蔑視であることは論をまたない。

というエピソードを思い出すかもしれません。

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限定正社員の登用広がる@東京新聞

東京新聞(中日新聞)の4月12日夕刊に「限定正社員の登用広がる 「転勤・残業なし」魅力」という記事が載っています。

http://chuplus.jp/paper/article/detail.php?comment_id=171811&comment_sub_id=0&category_id=112&from=news&category_list=112&pl=3687023445

例によって、ユニクロの1万6000人正社員登用などの話を伝えた上で、私と木下武男さんのコメントを載せています。

・・・こうした動きを「行き過ぎた非正規化の反動」と分析するのは、労働政策研究・研修機構の浜口桂一郎統括研究員。デフレ不況下で企業は正社員を減らし、非正規社員は今や三人に一人。低賃金や不安定な雇用保障から「使い捨て」批判も強い。企業側にしても、技術の伝承やノウハウが途切れる面があった。景気回復で人材不足に拍車がかかっている上、少子化で労働人口の減少は避けられないため、待遇改善で人材を囲い込む狙いもある。

 昨年四月施行の改正労働契約法では、同じ職場で五年を超えて働く非正規社員が希望すれば無期限雇用に切り替えるよう企業に義務づけた。浜口さんは「無期雇用にする社員の受け皿として企業が限定正社員に目を付けた」と話す。

 ただ厚労省の調査では、限定正社員を導入した企業の六割が解雇条件を労働契約や就業規則で定めていないなど労働条件が未整備なケースが目立つ。労働組合の中には「正社員の賃金引き下げなどに悪用されるのではないか」と懸念も膨らんでいる。

 昭和女子大の木下武男特任教授(労働社会学)は「残業や転勤のない働き方が広がれば、働く人全体の長時間労働解消や女性の活用にもつながる」と評価する一方、「政労使で雇用ルールのガイドラインを定め、企業の恣意(しい)的運用を防ぐような整備が必要」と指摘する。

まあ一言で言えば、法律をよく読みもせずに「正社員にしろとはけしからん!!!」とわめき散らすだけの空理空論専攻の経済評論家諸氏よりも、現実の中で生きている経営者諸氏の方がよっぽど事態をよく認識し、より的確な対応をしてきているということですね。

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G20-OECD-EU若者上質徒弟制会議

G20とOECDとEUという国際総ざらえみたいな構成で「労働市場において若者によりよいスタートを提供するための上質徒弟制の会議」(Quality Apprenticeships for Giving Youth a Better Start in the Labour Market, G20-OECD-EC Conference)というのが、去る4月9日に開かれていたようです。

http://www.oecd.org/employment/quality-apprenticeships-youth-conference.htm

The conference will provide an opportunity for a mutual sharing of good practice in fostering the better insertion of youth into the labour market through the development of quality apprenticeships. It would also seek to foster a greater commitment by countries to take action to introduce or strengthen apprenticeship initiatives and to take stock of the progress achieved.

この会議は、上質の徒弟制の発展を通じて労働市場への若者のよりよい挿入を促進する好事例を相互に共有する機会を提供しようとするものである。それはまた、徒弟制のイニシアティブを導入または強化し、達成された進歩の実績を評価する行動をとる各国のコミットメントを促進しようとするものである。

というわけで、そのプログラムを見ていくと、G20、OECD,EU、ILOの国際機関をはじめ、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス等々の先進国、ブラジル、南アフリカ、中国、韓国までぞろりと登場しているのに、日本の代表は少なくとも発言者としては出ていないようです。

先進国も新興国も、世界共通の政策課題として徒弟制がこれだけ取り上げられているのに、そこに日本の姿がないのは寂しい思いがします。

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『若者と労働』への短評

Chuko4月に入ってからも、いくつか拙著『若者と労働』への短評がネット上に上がっています。

http://ideabank-books.blogspot.jp/2014/04/311_11.html(読書で人生が変わるプロセス)

・・・日本の雇用制度の変遷と問題点が明らかにされていて分かりやすかったです。

https://twitter.com/sakamotoplus/status/454814435081613312

濱口桂一郎さんの「若者と労働 「入社」の仕組みから解きほぐす」 (中公新書ラクレ)を読了。前著をよりわかりやすく敷衍し、対策まで述べている。欧米的なジョブ型労働と日本のメンバーシップ型労働というタイプ分けによる労働環境分析は、今後、この分野のデフォルトになるだろう。

なお、週刊エコノミストのサイトによると、拙著が第54回エコノミスト賞の候補になったけれども、落選したということです。

http://www.weekly-economist.com/2014/04/04/%E7%AC%AC%EF%BC%95%EF%BC%94%E5%9B%9E%E3%82%A8%E3%82%B3%E3%83%8E%E3%83%9F%E3%82%B9%E3%83%88%E8%B3%9E/

エコノミスト賞選考委員会は、「第54回エコノミスト賞」受賞作に、竹田陽介、矢嶋康次著『非伝統的金融政策の経済分析』(日本経済新聞出版社)を選んだ。・・・最終選考には、そのほか、山内麻理著『雇用システムの多様化と国際的収斂』(慶応義塾大学出版会)、加藤弘之著『「曖昧な制度」としての中国型資本主義』(NTT出版)、濱口桂一郎著『若者と労働─「入社」の仕組みから解きほぐす』(中公新書ラクレ)の計4作が残った。

・・・濱口氏の著書は、日本と欧米の雇用の仕組みの違いを論じた良質の啓蒙書である。ただ、本書の主張にはデータの裏付けが少なく、主張にどれだけの根拠があるのか疑問があることが問題とされ、受賞を逸した。

まあ基本、法政策の歴史を描いた本であって、経済学者好みのエコノミスト賞にはあまりふさわしくなかったということでしょうか。日本や世界の若者雇用の細かいデータは、私が監訳したOECDの報告書にいっぱい載っていますが、そういう作りにすると、一般向けの新書としてはあんまり売れなくなるわけで。

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水町勇一郎『労働法 第5版』

L14463水町勇一郎さんの『労働法 第5版』 (有斐閣)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641144637

ていうか、もう第5版ですよ。怒濤の勢いですな。初版が2007年の9月ですから、わずか7年足らずで5版までいっちゃったわけです。

しかも今回は、左のオビにあるように、「全面リニューアル!」です。

どこら辺が一番そうかというと、目次の後ろについているコラムの目次を見てください。78ものコラムが並んでいて壮観です。

構成としては、菅野教科書と同様、非正規労働者に関する法として一つの章にまとめたのが特徴です。そこには、昨年末のニヤクコーポレーション事件が最新の裁判例として早速載ってます(327ページ)。

 

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社会政策学会2014年度秋期大会のお知らせ

社会政策学会のサイトに、もう早くも今秋岡山大学で開かれる大会の案内が載ってます。

http://sssp-online.org/archives/1245

日付:2014年10月11日(土)-10月12日(日)
 会場:岡山大学津島キャンパス
 10月11日(土):共通論題:社会政策としての労働規制―ヨーロッパ労働社会との比較-
  座長:森建資(帝京大)
  報 告 者:濱口桂一郎(労働政策研究・研修機構)
          田中洋子(筑波大)
          菅沼隆(立教大)
  コメンテータ:戸室健作(山形大)
           清山玲(茨城大)
  10月12日(日):書評分科会、テーマ別分科会および自由論題

つうことで、私も報告させていただくことになりました。最近日本の法政策の激動に巻き込まれ気味で、きちんとEUの動向をフォローし切れていない嫌いがありますが、せっかくの機会を与えていただいたので、できるだけあれこれの作業の合間の時間を使って、秋までにはきちんとした報告ができるように勉強しておきたいと思います。

面白いネタは結構あるので、乞うご期待です。

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『週刊社会保障』で『福祉と労働・雇用』の書評

Img_422092770_l『週刊社会保障』という雑誌の3月31日号(2770号)に、私が編著の『福祉+α 福祉と労働・雇用』(ミネルヴァ書房)の書評が載ったようです。

・・・他の諸巻が福祉、社会保障政策の個別分野、あるいはある側面を切り出して論じているのに対し、本書は福祉・社会保障政策だけでなく雇用・労働政策という領域が異なるものを取り扱い、その関係について論じている。・・・

・・・本書を通じて福祉と労働・雇用の問題があらゆる立場の人に関係する問題であることが示されている。これらの問題をとらえるための広い視野を提供してくれる一冊と言えるだろう。

120806 改めて本書を紹介しておきますと、

http://www.minervashobo.co.jp/book/b120806.html

「正社員」体制の下で成り立っていた福祉と労働の幸福な分業は、「正社員」が徐々に縮小し、企業単位の生活保障からこぼれ落ちる部分が徐々に増大するとともに、否応なく見直しを迫られている。福祉と労働のはざまで見落とされてきたものはなにか、そして両者を再びリンクしていくにはどうしたらよいか。
本書は福祉・社会保障政策と雇用・労働政策の密接な連携を求めて、これらの「はざま」の領域の政策課題について検討をおこなう。

はしがき 濱口桂一郎
総論 福祉と労働・雇用のはざまで 濱口桂一郎
1 雇用保険と生活保護の間にある「空白地帯」と就労支援 岩名(宮寺)由佳
2 高齢者の雇用対策と所得保障制度のあり方 金明中
3 学校から職業への移行 堀有喜衣
4 障害者の福祉と雇用 長谷川珠子
5 女性雇用と児童福祉と「子育て支援」 武石恵美子
6 労働時間と家庭生活 池田心豪
7 労災補償と健康保険と「過労死・過労自殺」 笠木映里
8 年功賃金をめぐる言説と児童手当制度 北明美
9 最低賃金と生活保護と「ベーシック・インカム」 神吉知郁子
10 非正規雇用と社会保険との亀裂 永瀬伸子
11 医療従事者の長時間労働 中島勧
12 外国人「労働者」と外国人「住民」 橋本由紀

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筒井美紀『大学選びより100倍大切なこと』

460_105_150筒井美紀『大学選びより100倍大切なこと』(ジャパンマシニスト社)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.japama.jp/cgi-bin/detail.cgi?data_id=345

キャリアデザインのプロが
受験生・大学生・就活生に贈る
大学での学び「オーシャンスイミング」の手引き。

高校(プール)から大学(オーシャン)へ、
進路を絞り、就職先を考える……、
大学の学びで、何より必要なのは、
「ほんまもんのリテラシー」。
他者や社会との、より良い交わりを楽しむために。

大学のあり方が大きく変わる中、
親世代の常識が通用しなくなっています。
今、「迷い」の中にいるこどもたちへ。
そして、親世代への現代版「大学入門」として。

ということで、筒井さん流の大学生活案内という感じの本です。かなり辛口です。

この本の出版社のジャパンマシニストというのがとても気になったので(マシニストって、機械工っていう意味です)、出版社のHPを見ると、

http://www.japama.jp/first.html

以前よりアメリカで刊行されていた、機械工(機械工場の工員)が読む『アメリカンマシニスト』誌の存在を知り、「現場に即した機械工の役に立つ雑誌が日本にも欲しい」との想いからjapan (=日本の)machinist(=機械工)を社名とする。

やっぱりそっちからきた社名だったんですね。

創業当時は、まさに高度成長の幕開けの時代です。機械工作の現場の想いをストレートに文字にする、そんな本を作りたい。雑誌の刊行を手始めに、切削、油・空圧、プレス、熱処理等の単行本、技能検定の参考書および問題集等を刊行しました。

それがなんで教育関係の本を出すようになったかというと、

脱原発を子どもたちの視点からとらえた『超ウルトラ原発子ども』がこの分野の初の刊行図書です。以降、子どもの権利条約、いじめの問題、産院ガイド、遊び場、母親同士の交流などをテーマとして、常に当事者の子どもや母親に視点を置いた教育・育児関連書を刊行していました。

その延長線上に本書があるわけですね。

まえがきにかえて
▶「 つまんねー」基礎学習から「めっちゃ面白い」先生まで
▶ 本物のリテラシーとは
▶ この本を読んで得られるもの
▶ 本書の構成

Guidance1
「自力で問いを立て、自力で答えを出す」
それが大学の学び
▶ 全然発言しない学生
▶ 2行に1つ読めない漢字がある……
▶「 ボキャ貧」ではついていけない
▶ ならば、読めない漢字は練習しよう
▶「 やりたいことがわからない」のは「ダメ人間」か?
▶ 多くの学生につきまとう強迫観念
▶「 やりたいことがわからない」のは健全である
▶「 暗記パン」が心地よくなってしまった
▶「 乃木坂46」のフルネーム覚えられる?
▶「 調べ学習」とはここが違う
▶ なぜ「暗記パン」では「自力で問いを立てる」ことができないのか
▶ でも、基本的事実を知ることは不可欠
▶ 大学で自己不信に陥るとき
▶ 何にでもマニュアルがあると思いこむ
▶ なぜマニュアルでは教えてくれないのか
▶ あなたがイイタイコトは、ジャンル(学問分野)と切り離せない
▶ 学ぶべきことは複数ジャンルにまたがっている
▶ 書くこと=考えること=らせん階段を行ったり来たり
▶「 ラーニング・プア」な3年間【この項目はこちらで読むことができます】
▶ 学生たちが考えている「良い授業」とは
▶ 私がダメ出しをする模擬授業
▶「 知的に揺さぶられたことがない」学生が大半
▶ 知的な揺さぶりとは何か
▶ テーマとは何か、その捉え方に違いがある
▶ テーマとは議論である
▶ プール・スイムからオーシャン・スイムへ
▶ 苦しくてもオーシャン・スイムを続けると
▶ 切り替えに2年はかかるけれど
▶ 悩んだら自分でごはんを作る
▶ 食べることの感覚を大切に
▶ 本章のまとめ

Guidance2
よく読む者は、よく聴き、よくわかる
▶ 学生の8割以上は講義の大事なところがわからない
▶ 多くの大学教員が危機感を持っている
▶ 大事なところがわからない―2つのエピソード
▶「 大事なところ」を外面で見ている
▶ 授業理解度とノートの取り方の関係【この項目はこちらで読むことができます】
▶ 授業理解度はノートの取り方に反映する
▶ ノートの取り方にもレベルがある
▶ 授業理解度が高くても難しいこと
▶ もっと「自分で考える」学習動作とは
▶「 より前進的な理解」を促す2つの要因
▶ 読書の効用と28分の差が示すこと
▶ 読む力の効用と可能性
▶ 本章のまとめ

Guidance3
「好きなことなら、続けられる」のウソ 
▶ 受動的な学習動作とは
▶ 受け身の学習動作は良くないこと?
▶「 ふーん、そうなんだ」の先の肝心なこと
▶ 能動的な学習動作に関する勘違い
▶「 主体的」の本当の意味とは
▶ 大学の学びは「井戸掘り」と同じ
▶「 んなわけないだろ!」と言いたくなるとき
▶ 能動的な学習動作はなぜ難しいのか
▶「 進学“面倒見”競争」がもたらした問題
▶「 わかっているから書ける」のではない
▶ 私が真っ赤に添削する理由
▶ 朱ペン指導は効果絶大
▶ 朱ペン指導の機会はそれほど豊富ではない
▶ 大事なところがわかるにはどうしたらよいか
▶ 集中力は性格でも能力でもない
▶ 集中すれば、内容がぐーっと入ってくる
▶ 授業開始直後の1分に集中!
▶ もし私語が多くて集中できなかったら
▶ 本章のまとめ

Guidance4
学ぶには、技術が要る
▶「 やせたら水着を買おう」と同じ誤り
▶ 本の「アタリ」をつけるコツ
▶ 奥付・まえがき・もくじ・あとがきを読もう
▶ 大学生ならやっていて当然のこととは
▶ 漠然と読んでくるのは予習のうちに入らない
▶ 復習より予習の方が圧倒的に大切
▶「 ハーバード白熱講義」だって予習に時間をかけさせている
▶ 学術書・学術論文とどうつきあうか
▶ アカデミックな「お作法」
▶ パラフレーズ・リーディングをマスターしよう
▶ あらゆる文章には目的があり、それにかなった組み立てとスタイルがある
▶ レポートに「タメ語」を使ってはいけない
▶ 大学で求められる文章のタイプ
▶ 難易度によって構成も変わる
▶ 自分だけ賢くなろうという過ち
▶ 人間の精神作用をパソコンのように考える誤り
▶ loneliness状態では潜在能力が発揮されない
▶ 人前での発表が上手くなるには?
▶ 聴き手を道具視する人は伸びない
▶ 本章のまとめ

Guidance5
本物のリテラシーを身につけよう 
▶大学ランキングに振り回されないで
▶大学選びよりゼミ選びが100倍大切
▶ あらためて「ゼミ」とは
▶ ゼミ選び、教員選びの原則
▶ 選ぶとは、真剣に接すること
▶ 募集要項やウワサではわからないこと
▶ 人は、会ってみなければわからない
▶ どんなメンバーで学ぶのかは重要
▶ ゼミの人数規模も重要
▶ ゼミ選びで真剣に悩む学生
▶ 卒業論文のあとがき
▶ みんなで「書く・読む・対話する」
▶ 君の存在が嬉しい
▶「 不安や悩みはありえな~い」の限界
▶ 強靭な弱さ
▶ 社会のなかに自分を位置づける
▶ より善く生きていくために
▶「 キャリア教育」だけでは培えないもの
▶ 抽象概念を噛み砕く力
▶ 文学や小説を読んでくださいね
▶ 本書のまとめ

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『HRmics』Vol.18

1月火と長野県に出張している間に、海老原さんちのニッチモの『HRmics』Vol.18が届いていました。

http://www.nitchmo.biz/hrmics_18/_SWF_Window.html

今号の特集は障害者雇用です。

私の連載は年齢差別禁止の有為転変です。

リンク先で全部読めますので、マシナリさんの連載など、是非どうぞ。

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ブラック企業被害対策弁護団編 清水直子著『ブラック企業を許さない!』

0678_2 ブラック企業被害対策弁護団編 清水直子著『ブラック企業を許さない!』(かもがわ出版)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.kamogawa.co.jp/kensaku/syoseki/ha/0678.html

最近いっぱい出ているブラック企業本の一つですが、特色の一つはブラック企業被害対策弁護団代表の佐々木亮さんが、ssk_ryoとしてつぶやいていることですね。

つぶやいている?ええ、つぶやいています。それもDaye4yp8 というおなじみの顔で登場しています。

 

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世代間対立を超えて働き方を変えるための羅針盤

Chuko池袋と福岡にある書店リブロがカルトグラフィアというブックフェアをやっていて、そこに拙著も並んでいるようです。

選者は、先日『現代思想』でメンバーシップ型だめ社員の話をされていた仁平典宏さん。

https://twitter.com/books_power/status/451968776620081152

仁平典宏・選/『若者と労働』濱口桂一郎(中公新書ラクレ)/大きく変化している雇用。類書の中でも決定版の一冊。若者のみならず日本全体の労働の課題と指針が見える。昔は若者でしたという方も是非。今の仕組みは中高年労働者も危ない。世代間対立を超えて働き方を変えるための羅針盤。

とのことです。

なお、本書と対になる『日本の雇用と中高年』という本も来月には出る予定ですので、よろしくお願いします。

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石畑良太郎・牧野富夫編著『よくわかる社会政策[第2版]』

165904石畑良太郎・牧野富夫編著『よくわかる社会政策[第2版]雇用と社会保障』(ミネルヴァ書房)を、執筆者の一人の鬼丸朋子さんよりお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.minervashobo.co.jp/book/b165904.html

労働政策や社会保障政策の改革に次ぐ改革は、果たしてわれわれの将来の生活にいかなる影響を与えるのか。さまざまな課題は密接に関連し合い、日常の生活に影響を及ぼしている。本書は、そうした現状を的確に捉え、基礎知識と問題点を、体系的に具体的に読者に理解してもらうことを目的として編集。1テーマを見開きで記述し、用語解説やクロスリファレンスを充実させ、初学者をはじめ、一般生活に役立つテキスト。

[ここがポイント]
〇最新の情報を踏まえた待望の第2版。
〇改革の動向と問題点を鋭くとらえ指摘。
〇1ページ見開き体裁で、充実の用語解説とクロスリファレンス。

ざっと目を通した感じで言うと、すごくクラシックな社会政策の教科書の枠組みのあちこちの中に、とても最新のトピックを詰め込んだ感じです。目次を見ると、その感じが伝わると思いますが、

はじめに 

序 社会政策の考え方
 1 社会政策とは何か
 2 社会政策の考え方をめぐる現段階の理論状況
 3 社会政策の歴史的展開
 コラム:公害問題と原発問題
 4 社会政策の現代的課題⑴:「福祉国家」体制の原理と社会政策
 5 社会政策の現代的課題⑵:社会政策と労働の諸課題
 6 社会政策の現代的課題⑶:社会政策と生活保障の諸課題
 7 社会政策の現代的課題⑷:社会政策と国家・地域・家族・個人
 8 社会政策機能への期待と展望
 9 日本国憲法と社会政策
 コラム:大規模災害と社会政策の役割

 
Ⅰ 賃金
 1 賃金とは何か:賃金を学ぶ意義
 2 日本の賃金の歩み
 3 日本の賃金の現況
 4 財界の賃金政策
 5 賃金体系の変遷
 6 各種の賃金格差・賃金差別
 7 同一価値労働同一賃金の原則
 8 社会政策としての最低賃金制
 9 日本の最低賃金制
 10 賃金闘争:春闘の過去・現在・未来

Ⅱ 労働時間
 1 生活時間と労働時間
 2 資本主義社会における労働時間の決定
 3 労働時間制度の歴史
 4 日本の労働時間制度
 5 所定労働時間と実労働時間の実際
 6 休日・休暇制度の実際
 7 日本的な労働時間規制
 8 時間外労働の濫用
 9 時間外労働をめぐる諸問題
 10 労働時間制度の改善に向けた課題
 コラム:世界の労働時間

Ⅲ 雇用・失業
 1 顕在的失業と潜在的失業
 2 今日の構造的失業とその要因
 3 雇用形態の多様化と不安定就業
 4 パートタイマー
 5 派遣労働
 6 業務請負,個人業主,テレワーク
 7 若者の雇用問題
 8 雇用・失業と社会政策の役割
 9 戦後日本の雇用・失業政策の展開
 10 ルールある雇用と働き方への改革
 コラム:ブラック企業と失業時のセーフティネット

Ⅳ 労使関係
 1 労使関係とは何か:その概念
 2 労使関係の構造と展開
 3 戦後の労働組合運動⑴:労働組合運動の高揚と民主化政策の転換
 4 戦後の労働組合運動⑵:「三井・三池」と「春闘」
 5 戦後の労働組合運動⑶:労働組合運動の転換と労使協調主義
 6 大企業内部における日本的労使関係の形成と展開
 7 日経連「新時代の『日本的経営』」と日本的労使関係
 8 「労働ビッグバン」とその歴史的展開
 9 「労働ビッグバン」の現段階と労働者保護法制
 10 労働問題の現状とこれからの労使関係

Ⅴ 高齢社会
 1 日本の人口の状態
 2 日本の高齢化の特徴
 3 高齢社会の課題と社会政策
 4 日本型福祉社会論
 5 高齢者福祉政策
 6 高齢者雇用政策
 7 社会的経済の重視
 8 社会的企業の保護育成政策:イギリスの経験
 9 オランダにみる新しい社会政策
 10 EUにおける高齢化社会政策

Ⅵ 社会保障
 1 社会保障とはなにか
 2 社会政策における労働と生活
 3 保険・社会保険・社会保障
 4 生活保護制度
 5 生活保護の現実と改革
 6 医療保障と医療保険制度
 7 医療保険と保険者間格差
 8 高齢者の医療保障
 9 公的介護保険の仕組み
 10 公的介護保険の問題点と将来
 11 年金制度の体系
 12 年金財政と運営
 13 最低保障年金と年金の将来
 コラム:労災と職業病

Ⅶ 男女平等
 1 男女平等をめぐる視点
 2 男女平等政策の歴史的変遷
 3 正規労働者の男女間格差問題
 4 雇用形態間格差と女性⑴:非正規労働者の「基幹化」
 5 雇用形態間格差と女性⑵:女性非正規労働者が抱える問題
 6 ワークライフバランスの現状と課題
 7 ハラスメントと女性
 8 貧困と女性
 コラム:「日本」+「子ども」+「親の貧困」=子どもの貧困?
 9 少子高齢化が女性にもたらす影響
 10 家庭生活と女性:結婚・妊娠・子育て・介護
 コラム:シューカツ,婚活,妊活,保活:まだ走り続けないといけないの?

Ⅷ 外国人労働者
 1 外国人労働者問題とは何か
 2 国際労働移動の動向
 3 現代日本の外国人労働者
 4 日系人労働者
 5 外国人技能実習生
 6 「不法就労」外国人労働者
 7 外国人看護師・介護福祉士
 8 専門・知識労働者受け入れの動向
 9 「定住化」と外国人住民問題
 10 外国人労働者と多文化共生
 コラム:国際社会における移住労働者政策

さくいん

お送りいただいた鬼丸さんは、男女平等の章の前半、男女格差や雇用形態格差のところを書かれています。

それにしても何だろう、最初のところで大河内一男の社会的総資本だの、社会政策本質論争だのというところから始まるクラシックさと、個々の項目で取り上げられているトピックの今風さとの雑居ぶりが何とも言えない味わいをもたらしていますね。

最後の章をまるまる外国人労働者に当てているのは、すごくアンバランスに見えて、直近の建設労働や介護労働に導入しようという前のめりな動きを考えると結構時宜に適しています。

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榎一江・小野塚知二編『労務管理の生成と終焉』

9784818823303榎一江・小野塚知二編『労務管理の生成と終焉』(日本経済評論社)を、共著者の一人である関口定一さんからお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.nikkeihyo.co.jp/books/view/2330

いつ、いかにして労務管理は誕生したか。その生成・定着条件、産業の社会的・歴史的現象を比較・解明し、労働の請負化や在宅化・企業外化等の現状と新たな展開を再検討する。

序 章 労務管理の生成とはいかなるできごとであったか    小野塚知二 
1.本書の課題 
2.作業仮説としての職業の世界
3.労務管理の諸相 
4.第Ⅰ相:「まったき職業の世界」における技術と物に関する知識と管理
5.第Ⅱ相:能率(時間と無駄)に関する知識と管理 
6.第Ⅲ相と第Ⅳ相
7.労務管理の現在

第1章 日本労務管理史研究の射程      木下順
1.課題と構成
2.終焉論の諸相 
3.人材ガラパゴス 
4.リーダーシップ 
5米日労務管理史の構想

第2章 フランス金属工業における熟練資格と労働者管理 熟練工システムの動揺と再編成     清水克洋
1.はじめに 
2.中間・下級管理職の登場、不熟練工の専門工化と熟練工教育の新しい課題
3.公的職業能力証明の創設と金属工業経営者による徒弟修業修了・熟練認定
4.戦間期フランス大企業における職業教育と労働者管理
5.おわりに

第3章 管理問題発見の主体と主観 20世紀初頭ヴィッカーズ社バロウ造船所組織調査に即して 小野塚知二
1.はじめに 
2.ヴィッカーズ社工場組織調査の発端と概要 
3.バロウ造船所調査報告書 
4.問題発見の主体と主観 
5.むすび 

第4章 工場徒弟制から「人事管理」へ 生成期ゼネラル・エレクトリック社の組織・管理問題と人材育成を中心に 関口定一
1.はじめに
2.スケネクタディ事業所の事業展開・規模拡大・技術革新と組織・管理上の課題
3.基幹的熟練工・製図工の内部養成--工場徒弟制の役割 
4.GEの工場徒弟制が提起する問題 
5.工場徒弟制・「社立学校協会」・「人事管理」

第5章 フランスにおける「カードル(cadre)」層の形成過程  松田紀子
1.はじめに--「カードル」が想起させるもの 
2.「カードル」の先行形態から自己認識へ
3.他者からの認識と自己認識の強化 
4.むすび215

第6章 日本製糸業における労務管理の生成とジェンダー       榎一江
1.はじめに 223
2.日本製糸業における管理問題の生成 
3.生糸生産の変容と製糸教婦 
4.農商務省による作業監督者の把握 
5.職業婦人としての製糸教婦
6.おわりに 

第7章 会社徒弟制のトランスナショナル・ヒストリー ゼネラル・エレクトリック社リン事業所からトヨタ自動車へ:1903~70年 木下順
1.はじめに 
2.GE社リン事業所における会社徒弟制
3.戦前期日本における会社徒弟制 
4.トヨタ自動車における会社徒弟制
5.アメリカと日本の国民形成 
6.むすびにかえて--徒弟制の政治 

第8章 戦前期日本電機企業の技術形成と人事労務管理       市原博
1.はじめに 
2.創生期の製品開発と技術者・職工
3.技術者の職能的専門化と統制の強化
4.「現場型技術者」・熟練職工の役割とインセンティブ
5.技術者の人材形成とキャリア 
6.おわりに 

第9章 日本の労働者にとっての会社 「身分」と「保障」を中心に  禹宗杬
1.課題と方法 
2.経営における身分
3.身分制の変化
4.おわりに 

終 章「職業の世界」の変容と労務管理の終焉  榎一江
1.はじめに 
2.日本における労務管理の展開 
3.労務管理の終焉?
4.労務管理の終焉に至るいくつかの兆候
5.おわりに

あとがき

これ、さりげなさそうなタイトルですが、なかなかインパクトのある本です。

序章の小野塚論文が、労務管理の諸相として、4つの「相」(フェイズ)ってのを提示するんですが、これが超マクロ的で結構いかれます。第2章以下は、基本的にそれを各国の個別ケースを舐めさすりながら確認していくということになるんですが、それら一つ一つが、とても興味深いと言うだけでなく、同じゼネラルエレクトリックの徒弟制を関口さんと木下さんが違う角度から眺めていく視線とか、フランスも清水さんの現場熟練工と松田さんのカードルとか、実に面白い対比が見られます。

でも、でもですね、多分この本の中で一番の怪論文は、木下順さんの第1章でしょう。いや、途中までは、最近の限定正社員ばなしというのは、その昔、まだ「共同生活体」とか言い出し始める前の津田真澂さんの『年功的労使関係論』で言っていた話じゃないか,という風に、いや実にその通りです!という感じなんですが、

途中からちきりんこと伊賀泰代女史の『採用基準』とか出てきて、「人材ガラパゴス」とか、中村修二も出てきて、果ては山本七平も出てきて、最後は「強制された自発性」という話に落ち着くんですが、いやそこに至るまでが、正直論文というよりはまさに気まぐれエッセイという感じになっています。いいたいことはすごく伝わってくるんですが、なかなか・・・。

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大手企業が「正社員化」を進めるわけ@TOKYO FM TIMELINE

昨日夜7時からのTOKYO FM TIMELINEというラジオ番組で、「大手企業が「正社員化」を進めるわけ」というテーマで,電話出演しました。

http://www.tfm.co.jp/timeline/index.php?itemid=78274&catid=1167(大手企業が「正社員化」を進めるわけ)

ファーストリテイリングが、国内のユニクロ店舗で働くパートらの半分強にあたる1万6千人を地域限定で働く正社員にする方針を決めました。
ユニクロだけでなく、名だたる大手企業が次々と始めています。
たとえば日本郵政は4月から、契約社員は4700人を「新一般職」の名称で正社員に登用。ただし、ファーストリテイリング社と同じく、勤務地を限定し、子育てや介護と両立しやすくするという名目での地域限定正社員。
また、スターバックスコーヒージャパンも4月から、契約社員の約800人はほぼすべてを正社員とするほか、三菱伊勢丹ホールディングスやそごう、西武、西友などでも契約社員の正社員化を進めています。
これらの大手企業が行う「正社員化」もユニクロと同様なのか?
ユニクロをはじめ、大手企業が相次いで「正社員化」を進めるわけと、その背景を考えます。

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土田道夫『労働法概説[第3版]』

167967土田道夫さんのテキスト『労働法概説[第3版]』(弘文堂)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.koubundou.co.jp/book/b167967.html

コンパクトな中にケースを用いた分かりやすい解説と共に必要十分な情報を盛り込み、学生、企業法務部員に重宝されている本書の第3版、誕生!
 2012年の労働契約法、労働者派遣法、高年齢者雇用安定法等の法改正を反映し、第2版刊行後の重要判例や学説等、全面的な見直しを行った。
 よりアップ・ツゥ・デイトとなり、使いやすくなった現在の労働法テキストのスタンダード、待望の最新版。

第2版のときにも書きましたが、まことにオーソドックスなテキストです。もっと面白みを、と思う人もいるかも知れませんが,これが土田さんの持ち味なんでしょうね。


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フジ三太郎と島耕作

Isbn9784791712786最近割とソーシャル系づいている『現代思想』ですが、4月号は「ブラック化する教育」特集だそうです。

目次は下の通りですが、やはり面白かったのは仁平典宏さんと牧野智和さんの対談「「人間力」と冗長性のはざまで」でした。

人間力シューカツの問題については既に耳タコ的に論じられていますが、ここで仁平さんが提起するのは、(今野晴貴さんのブラック企業の定式化に続けて)

・・・ただ一方、このメンバーシップ型雇用は「ダメ社員」の存在も実質的に容認するという形でも機能していました。そこは私は面白いところだと思うのです。もちろん、それは女性と非正規労働者という多大な犠牲の上に成り立っていた冗長性で、その点は擁護できない。ただ、ジョブ型とメンバーシップ型では包摂と排除の線引きの仕方が異なりますが、「モーレツ社員」と共にグダグダしたやつもいるというメンバーシップ型の包摂の形自体は、個人的に興味深い。この20年間は、そこの部分がごっそりなくなって、冗長性に対する憎悪が先鋭化した時期だったと思います。・・・

そう、この話は、私も講演なんかでは、昔は「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだぁ~」てな歌もあったくらいでね、と喋ったりするんですが、どうしても日本型雇用というと島耕作モデルで語りがちになってしまうんですね。

この仁平さんの語るメンバーシップ型「ダメ社員」って、同じ漫画の世界で言うと、フジ三太郎モデルとでもいうべきでしょうか。もちろん、こいつスケベでズルで、情けない奴ですけど。そういう観点から改めて議論してみるといろんなものが違った風に見えてくるかも知れません。

ブラック化する教育  

【討議Ⅰ】
「教育再生」の再生のために / 大内裕和+斎藤貴男+佐藤学

【概論】
教育商品化の現在 / 佐々木賢

【インタビュー】
「教育再生」の再生のために 高校中退と定時制高校から / 青砥恭

【改革の方向性】
高大接続と大学入学者選抜のリアル / 児美川孝一郎
首長主導と国家統制強化の教育委員会制度改革を問う / 中嶋哲彦

【学校「内」/「外」の現場から】
「俺のとは違うなぁ」 学校に臨場すれば見える「アベ暴走教育改革」のアウト! / 岡崎勝
「いびつ」な学校に臨んで 教員「わいせつ行為」「処分」からみえてきたもの / 赤田圭亮

【教科化へのポリティクス】
なぜ英語教育は混迷するのか 混迷からの脱却をめざして / 大津由紀雄
『私たちの道徳』の「私たち」とはだれなのか? 権利と自由を自制して、「我が国を愛する態度」を示すということ / 三宅晶子

【東アジアの〈学校〉】
歴史教科書問題考察の原点 / 大串潤児
朝鮮学校の現在 / 金泰植

【教育の「貧困時代」】
教育家族の逆説 / 矢野眞和
グローバル競争時代の能力論・人材養成論と内面統治の国家主義 / 中西新太郎
専任イス取りゲームをこえて 大学に背をむける非常勤講師たち / 熱田敬子

【討議Ⅱ】
「人間力」と冗長性のはざまで / 仁平典宏+牧野智和

【教育と「生」活】
「東京」に出ざるをえない若者たち 地方の若者にとっての地元という空間 / 山口恵子
二八になってしまいました 高卒一〇年目の若年単身女性たち / 杉田真衣

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いまこの本推してるんです

書店に勤めるタサヤマさんのつぶやきで、

https://twitter.com/girugamera/status/451329078277074945

POPをつけて売っていた濱口桂一郎さんの新書を手にとってレジに来て頂いたお客さんと「いまこの本推してるんです」「そうですか。実は私(濱口さんの)元部下なんです」という会話をしたことがあります。でも会話できないお客さんがほとんど。むずかしいです。

ということがあったそうです。

これは『若者と労働』ですね。タサヤマさんは、本書が出てすぐの時に

https://twitter.com/girugamera/status/371232804069056512

あと濱口桂一郎さんの『若者と労働』読んだ。激烈に良書。圧倒的な良書。去年の新書ベストは小熊英二さんの『社会を変えるには』だったけど、今年はこれ。いまからキノベスコメントを考えます。超絶オススメ。

と激烈に薦めて頂き、その勢いで、紀伊國屋書店のキノベス2014でも

http://www.kinokuniya.co.jp/c/kinobest2014/

「エライ人たちはみんな読んでるのに、なぜか一般の人たちには知られていない研究者」。このお題でまっ先に挙がるのが濱口桂一郎さんです。雇用や福祉の問題を考えたい人は、ほかのすべてを置いといて本書を読もう。(梅田本店・浅山太一)

と薦めていただいています。

書店の方にこうして応援していただいているというのは、とてもとても嬉しくなります。

もうすぐ、これと対になる本も出る予定ですので、ご期待ください。

それにしても、このお客さん、誰だったんだろうと、いろいろ想像が広がっていく・・・。

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雇用政策基本方針

昨日、雇用政策基本方針が全面改正されました。

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000042055.html

そのポイントは次の通りですが、

 

1 雇用政策の基本的考え方
 ビジョンの実現に向け、次の2つを軸として取り組む。 
 (1)社会全体での人材の最適配置・最大活用
  ○外部労働市場の機能強化に向けた「労働市場インフラ」の整備

    能力開発・能力の「見える化」、民間人材ビジネス、地方公共団体、公共職業安定所などの連携によるマッチング機能の最大化
  ○適切な雇用管理
    公正で納得できる処遇や、キャリア形成に配慮した人事配置

 (2)危機意識をもって「全員参加の社会」を実現
  ○働く意欲と能力のある者が参加することができるよう、それぞれに必要とされる支援を実施
  ○特に社会の担い手となる若者に対して総合的かつ体系的な枠組みによる支援を実施


2 雇用政策の基本的な方向性
 (1)「労働市場インフラ」の戦略的強化
  ○人的資本の質の向上と職業能力の「見える化」

    ・企業内、個人主導などさまざまな機会を捉えた職業能力開発の強化
    ・能力評価の「ものさし」を整備し、職業能力の「見える化」を推進

  ○マッチング機能の強化
    ・民間人材ビジネスなど外部労働市場全体でマッチング機能を最大化
   ・公共職業安定所ごとの評価制度の導入や公共職業安定所の改革・機能向上

  ○失業なき労働移動のための一体的な支援
    ・求職者・求人企業に関する情報の充実
    ・移動元企業の転職支援促進

 (2)個人の成長と意欲を企業の強みにつなげる雇用管理の実現
    ・労働者の主体性、内発性を引き出す雇用管理の実現
    ・企業内の労使コミュニケーションの活性化

 (3)「全員参加の社会」の実現に向けて
  ○全員参加の社会にふさわしい働き方の構築

    ・労働者の希望を生かした多様な働き方の実現
    ・「時間意識」を高め、「正社員=いつでも残業」を変えよう

  ○意欲を高め、全ての人に、仕事を通じた成長の機会を
    ・教育と雇用をつなぎ、あらゆる状況にある若者にキャリア形成のチャンスを提供
    在学中から就職後まで総合的、体系的な対策を推進
    ・「シニアの社会参加モデル」を構築
    さまざまな働き方や活躍する場の創造
    ・「女性の活躍は当たり前」という社会へ
    ポジティブ・アクションのさらなる推進
    ・男性の働き方にも多様性・柔軟性を
    家事・育児支援参加促進
    ・障害者などが能力と適性に応じて活躍できる社会を目指して
    福祉、教育、医療などから雇用への円滑な移行の推進
    ・さまざまな事情・困難を克服し、就職を目指す人たちを支援
    生活保護受給者、生活困窮者、ひとり親家庭、刑務所出所者などへの支援
    ・外国人材の活用により我が国の経済活性化を
    高度外国人材の受入・定着

 (4)良質な雇用の創出
    ・産業政策による積極的な雇用機会の創出
    ・サービス業など人手不足産業の雇用環境の改善
    ・地域の雇用機会の確保

ただまあ、性格上どうしても総花的な文書ですので、こう並べると何でもかんでも、という風に見えますが、基本的考え方の所を見ると、雇用政策をどういう方向にもっていこうとしているのかがかなりはっきりと現れています。

ちょっと長いですが、

第一 労働市場の課題と今後の方向性

企業と労働者を結びつける「外部労働市場」と、企業内で労働者と仕事を結びつける「内部労働市場」は、相互に影響しあいながら補完的に機能し、企業の労働需要を満たすように人材を配置している。

一 内部労働市場の機能と課題

企業内部における人材の長期的な育成と安定的な雇用は、企業の競争力の源泉であり、基本的には今後も重視されるべきである。産業構造調整や経営努力を阻害するような過度の雇用維持のための支援策は行うべきではないが、甚大かつ急激な外的ショックの際の雇用維持のための公的支援は、人的資本の散逸防止、労働者の生活の安定のために引き続き必要である。
ただし、内部労働市場については、労働者の主体的なキャリアの選択や専門性の深化が重視されていない、技術革新やグローバル化などの環境変化の中で、人材の内部育成だけでは間に合わないおそれがある、また、中高年正社員が過剰だと感じている企業もあるといった課題も指摘されている。

二 外部労働市場の機能と課題

グローバル化、IT化等により事業活動の新陳代謝のスピードが速まるとともに、事業の先行きについての不確実性が高まっている。その一方で、高齢化の進展とともに、労働者の職業生涯は長期化している。
こうした中で社会全体で人材の最適配置を実現するためには、外部労働市場を通じた人材の再配置機能の強化が必要であり、そのためには、能力開発・能力評価制度の整備、マッチング機能の強化、良質な雇用機会の創出が必要である。
このうち能力開発・能力評価制度及びマッチング機能は、これからの労働市場を支える重要な「労働市場インフラ」であり、その戦略的強化が今後の雇用政策の重要課題である。
一方、良質な雇用機会の創出への政策的支援は、産業政策が牽引役となることが期待される。
産業政策が、労働力供給構造に適合した良質な雇用機会の創出につながるものとなるよう、雇用政策との連携を図ることが重要である。

三 労働市場の今後の方向性

経済社会の変化に対応した労働力の最適な配置を実現するためには、企業内部の人材育成・配置・活用機能を改善するとともに、企業間の労働移動を支援する労働市場の機能強化と良質な雇用機会の創出を進め、内部労働市場、外部労働市場双方の機能の改善を図ることが必要である。
(それぞれの企業において内部労働市場と外部労働市場のベスト・ミックスを追求)
企業内部の人材育成・活用と、外部労働市場からの人材調達をどのように組み合わせるかは、それぞれの企業において決定されるものである。雇用政策としては、企業の様々な選択が可能になるよう、内部労働市場の改善のための企業の自主的努力への支援とともに、外部労働市場の活用が選択肢となり得るよう「労働市場インフラ」の整備を積極的に推進する。
また、外部労働市場の活用に向けて、企業において職務要件や労働条件の明確化などが行われることが望まれる。

リーマンショックのような外的ショックへの対応としては、雇用調整助成金のような内部労働市場維持型政策はやはり大事だけれども、産業構造転換への雇用対応は外部労働市場を通じた人材再配置とそのための労働市場インフラの整備でやっていくということですね。

これ、結構繰り返し出てくるキーワードが「労働市場インフラ」という言葉です。職業能力の「見える化」とか、マッチング機能とかを包括する概念として使っています。私も最近よく使っているのですが、その含意は、外部労働市場ってのは、自由放任でほっとけば勝手に発展するような代物ではなくて、それなりのパブリックな枠組み設計とメンテナンスをしていかないと、きちんとした形で機能してくれるわけではない、ということですね。この辺が案外判ってない人が多いので困るわけですが。

あと、、「正社員=いつでも残業」を変えようとか、いろんなことがそれこそ総花的に盛り込まれています。

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若者雇用と労働教育@『DIO』292号

Dio連合総研の『DIO』292号は、満を持して(?)「若者雇用と労働教育」の特集です。

http://rengo-soken.or.jp/dio/pdf/dio292.pdf

日本型就職・雇用モデルの崩壊と教育の課題 児美川 孝一郎
ブラック企業の実態とその対策 今野 晴貴
高校から広げる労働教育 成田 恭子
「 ワークルール教育推進法」がめざすもの 小島 周一

おなじみの児美川さん、今野さんに加え、日教組の成田さん、労働弁護団の小島さんという最強の布陣です。この中では、一番興味深かったのは成田さんの文章です。

でも、ここではあえてこれら特集記事じゃないコラムの文章を一推ししておきます。

それは、冒頭近くの1ページコラム「「ブラック企業」対策に必要な教育とは」です。筆者はつい最近まで連合総研にいた(今は東海学園大学経営学部の)南雲智映さん。

彼は以前、ブラック企業問題について、「学生に対する労働教育、特に法的に認められている雇用・労働条件に関する権利等の教育内容を充実させることが必要だと主張」していたのですが、どうもそれだけではだめなんじゃないかと思うようになったようなのです。このあたりはとても面白いので、ちょっと長めですが引用しておきます。

・・・しかし、年始に研究仲間と集まって議論したときに、一定レベル以上の大学の学生の目には、若いうちに使い捨てにされる可能性が高くても、ハードワークに耐えて勝ち残れば高額の報酬が得られたり、業界のスタープレイヤーとして活躍できたりする可能性が少しでもある企業であれば、十分魅力的に映っているのではないかという話になった。実際、若者が「安定した大企業への就職は失敗したけれど、そのような企業だったら就職できるし、相当がんばれば成功者になれる」と安易に考え、一見地味に映る堅実な中小企業よりもそのような企業を選びたくなる気持ちはなんとなくわかる。かつて自分たちの世代もそうだったように、子どもの頃から「夢をもちなさい」、「苦しくてもチャレンジしなさい」、「最後まであきらめるな」という教育を受けてきた。少年向けのマンガも、ハードな努力・修行の後には奇跡的な勝利・成功という筋書きだった。そのような子ども時代をすごした人生経験の少ない若者が、「ブラック企業」ではないかという思いをどこかに持ちながらも、自発的にそのような企業に就職してしまう状況があるのではないかということである。

そこで問題になるのが労働教育、(広義の)キャリア教育のあり方である。常識的な対応として、法律で守られた労働者の権利を教えること、一見地味に映る堅実な仕事の価値を伝えることが最低限必要だろう。ここからは議論が分かれるだろうが、子どもの頃からずっと刷り込まれてきた価値観をいったんリセットする教育について、是非を議論する余地があると思う。「ブラック企業」の犠牲者を減らすという観点からは、「大きな夢でなく堅実な幸せを」「ほどほどでいい」「身の丈をわきまえよ」という教えは、時と場合によっては、もっと見直されていいのではないか。もっとも、私自身も年齢を重ねてから、その良さを理解できるようになったのだが…。

うーむ、この感覚、確かによくわかります。少年ジャンプ的価値観というか、そういうのが刷り込まれてきているのは確かなんですよね。

それをリセットする、常見陽平流に言えば、みんながガンダムになれるわけじゃない、ジムはジムなりのそこそこの、ほどほどの人生ってものがあるんだということを教える(言葉の正確な意味での)キャリア教育が必要なんじゃないか、って話です。

 

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海老原嗣生さんのタモリ論 から

雇用のカリスマと謳われ、最近も朝日新聞の1面トップの教育関係記事に常見陽平さんとともに登場している海老原嗣生さんが、おやこれは何?ブロゴスで、タモリ論を論じておられます。

http://blogos.com/article/83461/(タモリは「双葉より芳し」かったか?)

樋口さんの「タモリ論」ではことごとく見落とされたその昔の「恥ずかしい」話を紹介しています。

具体的な内容は是非リンク先を見ていただきたいのですが、タモリ論に何かを付け加えるだけの何も持ち合わせていない私は、無理矢理に雇用政策の話に持って行っちゃいますね。

ここ何回か、海老原さんの「HRmics」に連載しているように、日本の雇用政策はいかにも昔から厳然と日本型雇用システムに沿って完成されていたかのように見えてるようですけど、実はそんなことは全然なくて、あっちに行ったりこっちに行ったりしているんですね。

タモリについての「後からできた偶像でトレースすると見落とされる「本当の姿」」というのとはちょっと文脈がずれるけれども、世の中のいろんなものについてかなり共通に言えることなのではないか、と思うわけです。

ついつい、自分の若い頃から歴史が始まったみたいな発想が、物事を複層的に複眼的に見る見方を阻害するということは、みんなわきまえておいた方が良いことだと思うのですよ。

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