リクルート『Works』122号
リクルートワークス研究所の『Works』122号が「日本型報酬・人事システムの着地点」という大がかりな大特集を組んでいます。
http://www.works-i.com/?action=repository_uri&item_id=1201&file_id=5&file_no=1
「日本型システムはどう機能していたのか」「日本型システムはなぜ行き詰まっているのか」を、わたくしと山田久さんの二人の話で構成し、「システム再生に向けて求められる5つの着地点」として、仕事・役割の重視、賃金プロファイル、キャリア自律、ジョブ型正社員、逆Y字型格付け制度を提示し、最後に編集長のまとめ、という構成。川口大司、今野浩一郎、平野光俊といった方々も登場し、この手の議論の総まとめという風情もあり、読んで損はありません。
最初のあたりから:
日本型システムはどう機能していたのか
日本型報酬・人事システムはどのような前提で成立していたのだろうか。「これから」の着地点を探るため、まずは「これまで」のシステムのあり方を振り返ってみよう。
就職とは、会社のメンバーになること 無限定な働き方が成長を支えた
新卒一括採用、年功賃金、職能資格制度、長期雇用……。これらのキーワードで語られることの多い日本型報酬・人事システムだが、労働政策研究・研修機構の統括研究員、濱口桂一郎氏は「まず、日本はメンバーシップ型の労働社会であることを理解しておくと、日本型システムがどう機能していたのかも理解しやすくなる」と話す。メンバーシップ型労働社会のポイントは、「就職」と呼ばれる現象が、実は「正社員」として「会社」の一員(メンバー)になることを指しているという点だ。
一括採用しなければ優秀な人材の確保は困難
正社員として会社のメンバーとなれば、「職務や時間・空間の限定なく働く義務を負う一方、定年までの職業人生を年功賃金で支えられる生活保障が得られたのです」(濱口氏)
新卒一括採用は戦後、中卒から高卒、更には大卒へと広がっていった。「中途採用市場が発達していなかったこともあり、一括採用の流れに乗らなければ、企業が将来性のあるメンバーを大量採用することは難しかった」(濱口氏)。こうして出来あがった学校から企業への「間断のない移動システム」は、多くのスキルのない若者の就職を可能にし、日本を「若者雇用問題の存在しない国」にすることに貢献した。
日本企業は、決められた仕事に人がつくのではなく、会社のメンバーとなった社員に、それぞれ仕事をあてはめてきた。そのため賃金も、仕事に値札をつける形ではなく、人に値札をつける形で決定してきた。「人につけられた賃金の決め方が、いわゆる年功賃金制なのです」(濱口氏)
年功賃金制のもとでは、新卒労働市場の影響を受けて決まる初任給に、毎年の定期昇給を上積みして賃金が決定される。だからスキルのない新卒採用者であってもそれなりの金額の初任給が得られ、また未経験の職場に異動しても、それまでと同様の賃金が支払われてきたのだ。
1950年代から60年代には経営側と政府は職務給への移行を主張していたが、1969年に出された、経営者団体である日経連の『能力主義管理その理論と実践』という研究会報告は、それまでと立場を変えて年功制を高く評価。従事している職務とは切り離された、いかなる職務も遂行しうる潜在能力を指す、「職務遂行能力」に基づく資格制度を打ち出した。それが職能資格制度であり、メンバーシップ型に適合した制度として広まっていった。
年功賃金制度や職能資格制度に支えられた長期雇用は、働く個人やその家族には、安定というメリットをもたらした。企業側はどんなメリットを享受したのだろうか。
日本総研のチーフエコノミスト、山田久氏は・・・・・・
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