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非正規公務員問題の原点@『地方公務員月報』12月号

12_2 総務省自治行政局公務員課編の雑誌『地方公務員月報』12月号に、「非正規公務員問題の原点」を寄稿しました。

現在の公務関係の中にどっぷりつかっていればいるほど見えなくなるものを指摘したつもりです。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/chikouhiseiki.html

 近年、「非正規公務員」問題に対する関心が再び高まってきている。二〇〇七年一一月二八日の中野区非常勤保育士再任用拒否事件をはじめとして、非常勤という名のもとに事実上長期間就労していた職員の雇止めに対して、民間の有期雇用労働者と同様の解雇権濫用法理の類推適用はできないとしつつも、それに代わる損害賠償を命ずる判決が続出している。本稿では、そういった近年の動向自体は取り扱わない。上林陽治『非正規公務員』(日本評論社)はじめ、非正規公務員の現状と裁判例、政策の動きを詳細に分析した本は少なくない。ここで考えてみたいのは、なぜ非正規公務員などという現象が発生するのかという根本問題を、公務員制度の基本に立ち返って、歴史的に振り返ってみることである。
 
1 「公務員」概念のねじれ
 
 公務部門で働く者はすべて公務員であるというのは、戦後アメリカの占領下で導入された考え方である。戦前は、公法上の勤務関係にある官吏と、私法上の雇傭契約関係にある雇員(事務)・傭人(肉体労務)に、身分そのものが分かれていた。これは、現在でもドイツが採用しているやり方である。そもそも、このように国の法制度を公法と私法に二大別し、就労関係も公法上のものと私法上のものにきれいに分けてしまうという発想自体が、明治時代にドイツの行政法に倣って導入されたものである。近年の行政法の教科書を見ればわかるように、このような公法私法二元論自体が、過去数十年にわたって批判の対象になってきた。しかし、こと就労関係については、古典的な二元論的発想がなお牢固として根強い。
 ところが、アメリカ由来の「公務部門で働く者は全員公務員」という発想は、公法と私法を区別しないアングロサクソン型の法システムを前提として産み出され、移植されたものである。公務員であれ民間企業労働者であれ、雇用契約であること自体には何ら変わりはないことを前提に、つまり身分の違いはないことを前提に、公務部門であることから一定の制約を課するというのが、その公務員法制なのである。終戦直後に、日本が占領下で新たに形成した法制度は、間違いなくそのようなアメリカ型の法制であった。それは戦前のドイツ型公法私法二元論に立脚した身分制システムとは断絶したはずであった。
 ところが、戦後制定された実定法が明確に公務員も労働契約で働く者であることを鮮明にしたにもかかわらず、行政法の伝統的な教科書の中に、そしてそれを学生時代に学んだ多くの官僚たちの頭の中に生き続けた公法私法二元論は、アメリカ型公務員概念をドイツ型官吏概念に引きつけて理解させていった。その結果、公務部門で働く者はすべて(ドイツ的、あるいは戦前日本的)官吏であるという世界中どこにもあり得ないような奇妙な事態が生み出されてしまった。結論を先取りしていえば、その矛盾を背負って生み出され、増大していったのが、非正規公務員ということになる。
 ドイツ型(戦前日本型)システムであれば、官吏ではない雇員・傭人の雇用は私法上の雇用契約法制が守ることになる。一方、アングロサクソン型のシステムであれば、(集団的労使関係の特例は別として)公務部門にも当然雇用契約法制が適用される。ところが、戦後日本の非正規公務員とは、公務員だからといって私法上の雇用保護は否定されながら、官吏型の身分保障からも遮断された谷間の存在になってしまった。いわば、非正規公務員とは、ドイツ型公法私法二元論とアメリカ型一元論とがねじれながら奇妙に癒着したシステムが生み出した私生児なのである。
 
2 公務員は現在でも労働契約である
 
 上で述べた「戦後制定された実定法」は、現在でもちゃんと六法全書の上に載っている。本誌二〇一〇年一〇月号に掲載した「地方公務員と労働法」で述べたように、一九四七年に制定された労働基準法は、その第一一二条で「この法律及びこの法律に基づいて発する命令は、国、都道府県、市町村その他これに準ずべきものについても適用あるものとする」と規定している。これは、民間労働者のための労働基準法を公務員にも適用するためにわざわざ設けた規定ではない。制定担当者は「本法は当然、国、都道府県その他の公共団体に適用がある訳であるが、反対解釈をされる惧れがあるので念のために本条の規定が設けられた。」と述べている。労働基準法制定時の国会答弁資料では「官吏関係は、労働関係と全面的に異なった身分関係であるとする意見もあるが、この法律の如く働く者としての基本的権利は、官吏たると非官吏たるとに関係なく適用せらるべきものであつて、官吏関係に特有な権力服従関係は、この法律で与へられた基本的権利に付加さるべきものと考へる」と述べていた。戦前のドイツ的官吏身分の思想を、明文で否定した法律である。
 集団的労使関係をめぐる後述の経緯で非現業国家公務員は労働基準法が全面適用除外となったが、非現業地方公務員には現在でも原則として労働基準法が適用されることは周知の通りである(いや、実は必ずしも周知されていないようだが)。適用される労働基準法の規定の中には、「第二章 労働契約」も含まれる。第一四条(契約期間の上限)、第二〇条(解雇の予告)も適用されるし、解雇予告の例外たる「日々雇い入れられる者」等もまったくそのまま適用される。労働基準法は、非現業地方公務員が労働契約で就労し、解雇されることを当然の前提として規定しているのである。
 労働基準法のうち適用されない規定は、第二条の労働条件の労使対等決定原則など、集団的労使関係の特性から排除されているものであって、就労関係自体の法的性格論(公法私法二元論)から来るものではない。この点は、全面適用除外となっている国家公務員法でもまったく同じである。周知のごとく、二・一ストをはじめとする過激な官公労働運動に業を煮やしたマッカーサー司令官が、いわゆるマッカーサー書簡において、「雇傭若しくは任命により日本の政府機関若しくはその従属団体に地位を有する者は、何人といえども争議行為若しくは政府運営の能率を阻害する遅延戦術その他の紛争戦術に訴えてはならない。何人といえどもかかる地位を有しながら日本の公衆に対しかかる行動に訴えて、公共の信託を裏切る者は、雇傭せられているが為に有する全ての権利と特権を放棄する者である」と宣言した。これを受けて行われた国家公務員法改正で、(団体交渉権や争議権を否定するのみならず)勢い余って(一部に労使対等決定原則を定める)労働基準法まで全面適用除外にしてしまったのだが、それは少なくともアメリカ側当事者の意識としては、官吏は労働契約ではないからなどという(彼らには想像もつかない)発想ゆえでは全くなかったことは、そのマッカーサー書簡の中に「雇傭せられているが為に有する全ての権利」云々という表現が出てくることからも明らかであろう。
 なお、戦後六〇年以上経つうちに労働行政担当者までが(大先輩の意図に反して)公法私法二元論に疑いを持たなくなったようで、二〇〇七年制定の労働契約法は国家公務員及び地方公務員に適用されていない。通達では「国家公務員及び地方公務員は、任命権者との間に労働契約がないことから、法が適用されないことを確認的に規定したものである」などと述べているが、自らが所管する労働基準法の明文の規定に反する脳内法理によってそれと矛盾する実定法を作ってしまうほどにその病は重いように見える。ちなみに、労働基準法が適用除外されている家事使用人についてすら、労働契約であることに変わりはないからとして、労働契約法は適用されているのである。
 
3 国家公務員法の原点の発想
 
 マッカーサー書簡を実際に執筆し、GHQの公務員部長として戦後日本の公務員制度を基本から設計したキーパースンが有名なブレーン・フーバーである。今日に至るまで、公務員法制の基本骨格はフーバーの思想に基づいて構築されている。それは身分的官吏概念とは対極に位置する公務員制度であった。それを象徴するのが職階制である。これは、公務部門の職務を詳細に分類整理し、その職務の明細をきちんと記述し、これに基づいて広く公募し、その職務にもっともふさわしい者をその職に充てるという仕組みである。一九五二年に施行された人事院規則八-一二(職員の任免)について、『人事院月報』27号の「新任用制度の解説」は、「国家公務員法における任用とは官職の欠員補充の方法であると考えられる。すなわち官職への任用であり、職員に特定の職務と責任を与えることであって、職員に或る身分若しくは地位を与えることではない」と述べている。筆者が『日本の雇用と労働法』(日経文庫)や『若者と労働』(中公新書ラクレ)等で用いた言い方を使えば、もっとも典型的なジョブ型の雇用システムであった。
 この時期には、少なくとも人事院は本気でこのシステムを実施しようとしていたようである。その現れが、国家公務員法施行に伴いその附則で「その官職に臨時的に任用されたものとみな」された本省課長以上の官職について、一九五〇年に実施されたいわゆるS-一試験である。
 しかし、この試験が著しく不評を買っただけではなく、職階制自体が他の官庁から極めて強い批判を浴びた。結局一九五〇年に職階法が成立した後も、人事院では職種の決定、職級の設定、等級の設定、格付け等実施準備を進めたが、ついに一度も実施されることなく、多くの人の関心から消え去っていった。戦後公務員の世界は戦前の官吏の世界を再現するように、典型的にメンバーシップ型の雇用システムを構築していったのである。
 ただし、戦前と違ったのは、戦前型システムにおいて公務部門労働力の多数を占めていた私法上の契約による雇員・傭人という枠組が、戦後型システムにおいては全面的に否定されてしまっていたという点であった。戦前の高等官に相当する六級職試験(後の上級試験)、戦前の判任官に相当する五級職試験(後の中級試験)に加え、戦前の雇員に相当する四級職試験(後の初級試験)という身分的枠組が次第に形成されていく中で、公法私法の区別なく全員が公務員というアングロサクソン型システムは、全員が(公法上の)官吏という世界のどこにも存在しないシステムに転化していったのである。
 
4 非正規公務員の発生と拡大
 
 非正規公務員という奇妙な存在が発生してきた原因を探ると、戦前の嘱託制度を受け継ぐ臨時職員制度が、一九四九年の国家公務員法改正により一般職として扱われることになり、常勤臨時職員は定員に組み入れられ、定員外の非常勤臨時職員は人事院規則一五-四で規律されることとなったことにさかのぼる。このとき、従来臨時職員の取扱いを受けていなかった人夫、作業員等も非常勤職員とされ、勤務時間が四分の三に制約されたため、公共事業実施官庁から苦情が集中し、翌年任用形式を日々雇い入れとすることで対処した。とはいえ、その実態は引き続き長期にわたって雇用され、常勤職員と差がない状態であった。
 そこで、一九五〇年九月の事務総長通達(任審発第二七〇号)により「常勤労務者」制度が設けられた。「雇用の期間は二か月とし、その者が実質的には一二か月を超えて継続して勤務できる者であること」を要件とするなど、その出発点から歪みを孕んでいたといえる。さらに、同通達では「職務の内容が肉体的、機械的な技能労働であること」と、戦前の傭人に当たる肉体労働者のみが対象であるはずであったのに、一九五一年三月の京都大学農学部附属演習林照会に対する二三-一七四人事院給与局実施課長回答は「非常勤職員であっても、日々雇い入れられる者は、事務、労務にかかわらず、一日の勤務時間は八時間以内で所轄庁が定めることができる」と述べ、デスクワークの者も公然とフルタイムの非常勤職員として採用できることとなった。この結果、常勤労務者の範囲も公共事業実施官庁のみならず各省庁にどんどん拡大していくこととなった。
 この事態に対し、当時の各省庁職員組合から相次いで人事院に対し、非常勤職員の勤務条件に関する行政措置の要求がなされたが、これに対する人事院判定は見るべき改善がなされなかった。(本節の記述は、今橋脩『非常勤職員の取扱<新版>』(学陽書房、一九五七年)を参考にした。)
 
5 公務員制度調査会の提案
 
 この頃、公務員の労働基本権という集団的労使関係法制上の問題を中心課題として、政府の公務員制度調査会や与党自由党の行政改革特別委員会国家公務員制度部会が議論を行い、いくつかの提案をしているが、それは上述のように拡大しつつあった非正規公務員問題に対する解決策となるものでもあった。その基本的発想は、戦後導入されながら現実との間で乖離を起こしていた「公務部門で働く者はすべて公務員」というアングロサクソン型の考え方をやめてしまい、再びドイツ型(戦前日本型)の二元システムを制度としても導入することで矛盾を解消しようとするものであった。
 まず自由党の上記部会が一九五四年一一月にまとめた国家公務員制度改革要綱案では、「国は、・・・特定の業務について、私法上の雇用関係を結ぶことができるものとし(仮称「国家従業員」)、これは公共の福祉上の要請に基づく点を除き、おおむね一般の民間の雇用関係と同一の法律関係にあるものとする」とした上で、「国家公務員の団体行動権は現状通りとするが、国家従業員については、公共の福祉上問題がない限り、原則として労働三権を適用する」としている。国家公務員の中で労働法の適用関係を区分しようとするのではなく、労働法を適用すべき公的労働者を端的に公務員ではなくしてしまおうというものであった。
 公務員制度調査会における審議も同様の考え方を基礎として進められた。一九五五年三月に田中二郎委員がまとめた第二次案は、「現行法上国家公務員とされているもののうち、単純な労務に従事する職員(以下「国家労務職員」)は、国家公務員に属しないものとすること。これらの者の範囲は、法令上明確に規定するとともに、これらの者は、私法上の雇傭関係に立つ者として、国家公務員法上の厳重な諸制約を解除又は緩和し、必要な範囲においてのみ特別な規制をなすものとすること。」「国家労務職員については、原則として、労働三法の適用があるものとするが、その労務が公務の遂行に密接な関係を持つ国家労務職員については、公益上の見地から、争議行為を禁止すべきものとすること。」としていた。
 この田中二郎案に対して、同調査会の佐藤・大山・滝本三氏の意見は、国家労務職員の外に臨時職員をも非公務員とすることを求め、これを受けて七月にまとめられた第三次案は、「現行法上国家公務員とされているもののうち、臨時の業務に従事する者は、国家公務員に属しないものとすること。これらの者は、私法上の雇傭関係に立ち、一年以内の期間を限って雇傭される「臨時職員」とし、国家労務職員とおおむね同一の規制をなすものとすること」としている。こうして八月に小委員会案が総会に報告されたが、これに対して各省庁からは「現行定員は累次の人員整理で削減されてきたので、現在常勤労務者とされているものもその従事している事務は決して単純な労務ではなく、・・・補助的ではあるが極めて重要な行政事務に従事している場合が多い」という批判が見られる。もっとも、労働省は「単純な労務に従事する労務職員を国家公務員に属しないものとしこれに労働法を適用することは賛成である」と述べている。
 いずれにしても、公務員制度調査会は一一月に内閣総理大臣に答申を行い、これを受けて、政府は総理府に公務員制度調査室を設け、立案作業を始めた。同室は一九五六年八月、国家公務員法改正法案(第一次試案)をまとめた。そこでは、第三条(国家公務員の定義)の第二項として、「国は、単純な労務又は臨時の業務に従事させるため、国家公務員以外の者を雇用し、又は国家公務員以外の者に常時勤務を要しない諮問的、調査的その他の公務を委嘱する場合を除くほか、国家公務員以外の者を置いて、その勤務に対し給与を支払ってはならない。」という規定が置かれている。
 翌一九五七年六月、公務員制度調査室は第二次試案をまとめた。これも内容は第一次案とほぼ同様であったが、政府部内の意見が必ずしも固まっていなかったこともあり、国家公務員制度の全面的な改善案を直ちに打ち出すに至らなかった。一九五八年七月から総理府総務長官の下に公務員制度改革起草委員会を設け、具体案の検討を命じた。政府は一九五九年一月中旬までに関係省庁間の意見調整を終え、具体案の作成を完了する予定であったが、関係省庁間の意見の相違でその成案を得ることが困難であった。そこで、内容を人事行政の一元化と公務員の範囲の明確化に限ったが、なお人事院改組問題に対して、人事院が独立性を脅かすものとして強く反対したため、調整がつかず、ついに国会提出は困難と判断し、この問題に終止符が打たれてしまった。
  これ以後、公務員の労働基本権問題は繰り返し議論の俎上に載せられ、周知の通り去る二〇一一年六月には国家公務員の労働関係に関する法律案が、二〇一二年一一月には地方公務員の労働関係に関する法律案が国会に提出されるに至っている(いずれも二〇一二年末に廃案)が、半世紀前にはそれと同じ土俵で議論されていた非正規公務員問題に対しては、世間の関心の高まりをよそに、法政策としてはまったく取り組む気配さえ見られないままである。
 
6 非正規労働者と非正規公務員
 
 以上の話の流れは、ある程度まで民間労働者に適用される労働法と並行している。もちろん、戦前システムで官吏と対比された雇員・傭人が属する民法の雇傭契約も、それに付加する形で終戦直後労働基準法等で規定された労働契約も、ジョブ型雇用を前提とした法制度である。すなわち、労働者の採用とは、職務の欠員補充の方法であって、職務への採用であり、労働者に特定の職務を与えることであって、労働者にある身分を与えることではない・・・という大前提で構築されている。
 ところが、現実の日本社会で慣習的に発展してきた雇用システムにおいては、雇用契約に職務の定めはなく、使用者の命令に従っていかなる職務をも無限定に遂行する義務を負う代わりに、その職務がなくなっても解雇が正当化されず、企業内に配転可能性がある限り雇用を維持することが規範となる。筆者はかかる雇用のあり方をメンバーシップ型と呼んできたが、その源流をたどると、戦前の官吏の無定量の忠誠義務に至るのかも知れない。いずれにしても、実定法の前提と異なる慣習法が社会の全面を覆うようになる中で、紛争処理を迫られた裁判所は現実社会のルールに沿った形で判例法理を確立してきた。それが、整理解雇法理、就業規則の不利益変更法理、配転法理など、日本独特の労働法理である。かかる世界においては、採用とは労働者に「正社員」という身分を与える行為に転化する。
 そして、使用する労働者全員をメンバーシップ型の枠組に入れることができない以上、そこからこぼれ落ちた労働者を「正社員」と対比される非正規労働者というジョブ型の枠組に囲い込んで処理することが一般化した。彼らは欧米でごく普通のジョブ型労働者と異なり、低賃金で仕事があってもいつ切られるかわからないなど雇用も極めて不安定である。しかし、法の大原則からすれば、「正社員」も非正規労働者も雇用契約に基づいて就労していることに変わりはない。裁判所も累次の判決で、非正規労働者の雇止めに対して解雇権濫用法理の類推適用という手法で救済を図ってきたし、二〇一二年の改正労働契約法は反復更新された有期契約の一定条件下における無期転換を規定した。現実に存在する「身分」の論理を、法の前提たる「契約」の論理によって乗り越えようとするものといえよう。
 上述のように、日本の公務員法制は(その立案者の明確な意図では)民間労働法制の原則と同様にジョブ型で構築されている。実定法上では公務員は身分ではないのだし、就けられた仕事がなくなれば解雇されるというごく当たり前の原則も明記されている(「分限免職」とは整理解雇そのものである)。ところが、実定法上の根拠の存在しない公法私法二元論にとらわれた公務員の世界では、非正規公務員も(民間と異なる)身分とされることによって、就けられた仕事があっても切られるという事態に対して、この手法が通用しないこととされてしまっている。冒頭の諸判決も、それがゆえに損害賠償という決着を図っているのであろう。このように、事態は二重三重四重にねじれにねじれきっているのである。
 
7 ジョブ型公務員
 
 この八方ふさがりの状況に穴を開けるにはどうしたらいいのか、一つの提案を披露させていただきたい。
 上記民間の非正規労働問題について、労働契約法により有期の無期転換という法政策がとられたが、(一部経済学者を含む世間の無知な批判とは異なり)それはメンバーシップ型の「正社員」に転換させようとするものではない。期間の定めはないが無限定の義務を負うわけではない欧米でごく普通の、そして日本の実定労働法が前提とするジョブ型の無期雇用契約に転換させようとしているのである。筆者はこの雇用のあり方をジョブ型正社員と呼び、現在の正社員からの転換も含めて、雇用システムの一つの軸として促進していくべきと考えている。慣習として現存するメンバーシップ型正社員は当面それとして維持しつつ、その横にジョブ型正社員が拡大成長していくというイメージである。
 このジョブ型正社員のアイディアを、公務部門にも応用することはできないであろうか。これまた実定法の本旨に反するとはいいながら行政法の教科書とともに当事者たちの脳内に現存してきた官吏身分的公務員観は当面それとして維持しつつ、その横に欠員補充型、職務に人をあてはめるタイプの、労働契約に基づく公務員を設けるのである。期間の定めはないが、契約で職務が限定されているのであるから、当該職務が消滅ないし縮小したときは配転義務はなく、実定法の原則通り淡々と分限免職(整理解雇)となる。
 ある意味でこれは半世紀前の、公務員制度調査会等が提起した「国家従業員」「国家労務職員」構想の再現とも言えよう。ただし、現在の非正規公務員たちの従事している職務の高度さや恒常さを考えれば、それが単純労務や臨時といった名称でくくれるようなものではないことだけは間違いないであろう。
 そして、現在も実定法上公務員はすべて労働契約に基づいて就労しているはずなのであるから、ジョブ型正社員が労働者の本来の姿であるのと同様に、ジョブ型公務員が公務員の本来の姿であることも、忘れてしまっていいわけではない。ただ、それはもう少し先の話であろう。

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