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2014年1月 6日 (月)

正しい労働時間規制のあり方とは?」@『GENKI』107号

107損保労連の機関誌『GENKI』107号に「正しい労働時間規制のあり方とは?」 を寄稿しました。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/genki1312.html

 今年6月に閣議決定された「日本再興戦略」では、労働法制については「ワーク/ライフ・バランスや労働生産性向上の観点から、総合的に議論し、1年を目途に結論を得る」とのみ書かれ、具体的な方向性は示されていません。しかしながら、同日に閣議決定された規制改革実施計画では、「企画業務型裁量労働制やフレックスタイム制」をはじめとした労働法制について総合的に検討することとしており、これは、6年前にホワイトカラーエグゼンプションが話題になったときと似たような論議が俎上に上げられようとしています。
 
こうした動きに対して、筆者は6年前のホワイトカラーエグゼンプション騒動のデジャビュを感じつつ、その間に何の進歩も見られないことに嘆息を漏らさざるを得ません。このホワイトカラーエグゼンプションについて、当時、マスコミや一部政治家からは「残業代ゼロ法案」であるとして問題視する声が寄せられていましたが、この制度の本来の趣旨である労働時間と賃金のリンクを外して成果に見合った報酬を払うという観点自体には正当性はあるのであって、むしろ本質的な問題は、労働時間が無制限に長くなって労働者の健康に悪影響を与えないようにするための歯止めとして実労働時間規制を確立することにあると、筆者は繰り返し主張してきました。
 
そもそも、こと物理的労働時間規制に関する限り、日本の労働時間規制は世界的に異常なまでに緩いのです。周知の通り、過半数労働組合または過半数代表者との労使協定さえあれば、事実上無制限の時間外休日労働が許され、(かつての女子保護規定と)年少者を除けば、法律上の労働時間の上限は存在しません。それゆえに、日本はいまだにILO(国際労働機関)の労働時間関係条約をただの一つも批准することができないままなのです。
 
ところが、時間外・休日労働や深夜労働の割増賃金規制は、確かに世界的に見てかなり厳格です。しかしながら、それは物理的労働時間規制ではなく、単に管理監督者でない限り法定労働時間を超えたら割増賃金を時間比例で払えと義務づけているに過ぎません。どんなに高給の労働者であっても、それに応じた高い割増を払わなければならないということを、何が何でも守らなければならない正義とまで言えるかどうかは難しい問題です。とりわけ、裁量性の高い働き方をしているホワイトカラーの場合、労働時間と賃金を厳格にリンク付けることには、働きに見合った処遇、ひいては労働者同士の公平性という観点からも大きな疑問が呈されるのではないでしょう。
 
 ところが、6年前のホワイトカラーエグゼンプションの論議において、政府は、「自律的な働き方」とか「自由度の高い働き方」といった虚構の議論で押し通そうとして世論からの反発を受けていました。しかしながら、この時労働側は、世論で展開された「残業代ゼロ法案」との主張とは異なり、もっぱら過労死の懸念を審議会などにおいて繰り返し強調していました。すなわち、時間外手当は適用除外することはできても、過労死した労働者に対する労災補償は適用除外できないのですから、当然のことです。このことは実は経営側もわかっていました。経団連はその提言において、「労働時間の概念を、賃金計算の基礎となる時間と健康確保のための在社時間や拘束時間とで分けて考えることが第一歩」だと述べ、「労働者の健康確保の面からは、睡眠不足に由来する疲労の蓄積を防止するなどの観点から、在社時間や拘束時間を基準として適切な措置を講ずる」ことを主張していたのです。
 
しかしながら、マスコミや政治家はこの問題に対し、過労死防止という観点を忘れ去ったまま、もっぱら「残業代ゼロ法案」であり問題があるという批判を繰り返していました。この結果、本来の趣旨であったはずの労働時間と賃金の過度に厳格なリンケージの緩和という問題意識が、残業代ゼロにすり替えられ、法案自体が悪事であるとの風潮が形成されていました。このため、政府は、こうした風潮を打破するためにも、あらためてワーク/ライフ・バランスを偽善の言葉としてまとわせることになってしまったようにも見えます。従って、この問題を正しく処理していくために何より重要なことは、きちんと労働時間規制と賃金規制を区分けして、各々の本質に沿った議論を進めていくことではないかと考えます。
 
 では、労働時間規制の本質とは何でしょうか?それは何よりもまず、長時間労働による健康被害を防止し、心身ともに健康に働き続けられるようにすることにあるはずです。労災保険における過労死認定基準では、月100時間を超える時間外労働は業務と発症との関連性が強いと評価されますが、それでも労基法上は違法ではありません。この不整合は是正される必要があります。
 
 現在、社会全体では、労働の現場ではますます長時間労働が蔓延し、過労死や過労自殺といった問題はいっこうに収まる気配が見られません。今年6月に公表された昨年度の脳・心臓疾患と精神障害の労災補償状況でも、脳・心臓疾患は338件(前年度比28件の増)、精神障害は475件(前年度比150件の増)と、増加の一途をたどっています。労働時間規制の本質に立ち返るならば、まず何よりもこの趨勢を打開させるために、物理的労働時間規制を強力に進めることが必要です。その際、これまでの労働時間規制の流れとは一旦切り離して、健康確保のための規制として、当日の勤務と次の日の勤務の間に決まった休息時間を確保する、いわゆる勤務間インターバル規制などを法制上の制度として打ち出していくことも重要な課題であると考えます。
 
 一方、賃金規制の本質とは、過度な低賃金の廃絶とともに、労働者間の賃金の公正さを確保することにあります。額面の賃金額を無意味化するようなサービス残業の横行は断固としてなくしていかなければなりませんが、個々人の裁量性が高く、成果で評価されることが普通のホワイトカラー職場において、過度に厳格な残業時間比例賃金が労働者相互間の公平感に反するような事態があるならば、それを無理に守らせることはかえって問題を生むことにもなりかねません。
 
いかなる賃金制度が公正であるかは、究極的には労使の集団的な意思決定の中でしか決めることはできません。職場で働くみんなの多数意見で決めた賃金のあり方を否定しうるのは、健康確保や差別禁止といった絶対的価値基準によるものだけでしょう。その意味で、労基法37条(時間外、休日及び深夜の割増賃金)の適用のあり方は、まさに現場の労使で決めるにふさわしい事項であると思われます。このことから、筆者は、現行の企画業務型裁量労働制にもまだまだ改善の余地があるものと考えており、具体的には、みなし労働時間制などというもってまわった仕組みではなく、端的に労基法37条の適用除外制度として再構成すべきではないかと考えています。そして、こうした論議を進めていくうえで、重要なことは、賃金規制を健康確保のために適用されるべき物理的労働時間規制とごっちゃに議論しないことだと考えます。


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