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2014年(いま)を理解するためのキーワード:ジョブ型正社員@『先見労務管理』1月10日号

『先見労務管理』1月10日号に掲載した「2014年(いま)を理解するためのキーワード:ジョブ型正社員」です。

ちなみに、5つのテーマとその執筆者は以下の通り。何とも言えない取り合わせではありますな。

キーワード① ジョブ型正社員 濱口桂一郎

キーワード② 解雇規制緩和 城繁幸

キーワード③ 労働者派遣 高見修

キーワード④ ブラック企業 佐々木亮

キーワード⑤ XPサポート終了 浅見隆行

http://homepage3.nifty.com/hamachan/senkenjob.html

 今日の日本の雇用・労働問題は、大学生の奇妙な「就活」も、正社員のワークライフバランスの欠如も、非正規労働者の苦境も、すべて日本型雇用システムの特殊性という一点に由来している。その解決の道筋として、濱口氏は「ジョブ型正社員」を提唱する。

日本の正社員は「メンバーシップ型」

 今日労働問題の焦点として指摘されるのは、雇用を保障された正社員は拘束が多く、過重労働に悩む一方で、非正規労働者は雇用が不安定で賃金が極めて低いという点、いわゆる労働力の二極化である。しかし、そもそも正社員は拘束が多いということ自体、欧米の感覚からすれば必ずしも当然ではない。日本以外ではフルタイム、無期契約、直接雇用の3つを満たせば正規労働者であるが、日本ではそれだけでは「通常の労働者」(=「正社員」の法律上の用語)にはなれない。それがはじめて実定法上に定義されたのは、2007年のパート法改正であった。同法第8条第1項によれば、欧米と異なりフルタイム、無期、直接雇用の3要件だけでは「通常の労働者」とは認められない。「当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が・・・変更されると見込まれるもの」でないと日本型正社員とは認めてくれないのである。

 欧米では、雇用契約において、職務や勤務条件が詳細に明記された「ジョブ・ディスクリプション」(職務記述書)が交わされることが常識だが、職務内容や配置が変更されることがデフォルトルールの日本では、そんなものは存在しない。労働基準法で雇入れのときに、就業の場所と従事すべき業務を明示しなければならないことにはなっているが、就業規則で使用者が変更を命令できると規定されていることがほとんどだ。絶対にほかの仕事には就かせないとまで明記していない限り、そんなものに拘束力があるわけではない。

 筆者はこのように職務も労働時間も勤務場所も契約で限定されておらず、無限定、すなわち使用者の命令でいくらでも変えられてしまう雇用のあり方を、企業という「共同体」のメンバーになるという意味で「メンバーシップ型」と呼び、日本以外で一般的な職務も労働時間も勤務場所も限定される「ジョブ型」と対比した(『新しい労働社会』(岩波新書)、『日本の雇用と労働法』(日経文庫)、『若者と労働』(中公新書ラクレ))。メンバーシップ型正社員には、職務限定の権利もなければ(日産自動車村山工場事件最高裁判決)、時間外労働拒否の権利もなく(日立製作所武蔵工場事件最高裁判決)、遠距離配転拒否の権利もない(東亜ペイント事件最高裁判決)。労働法の教科書に書いてあるとおりである。

 その代わり日本型正社員が獲得したのは、欧米であればもっとも正当な解雇理由である整理解雇への制約である。雇用契約の本来の姿に沿って職務や労働時間や勤務場所が契約で限定されていれば、使用者には一方的にそれらを変更する権利はない。それは経営上の理由で当該職務や当該勤務場所が廃止、縮小される場合でも同じである。使用者に対して「やってはならない」と禁じていることを、いざというときだけ「やれ」と命じることはできない。いざというときに「やってくれ」というためには、そうでないときでも「やってよい」といわなければならない。つまり、日本のメンバーシップ型正社員が雇用契約の無限定を受け入れたのは、整理解雇時に他の職務、他の勤務地への配転や時間外休日労働の削減によって雇用関係自体を維持する可能性を高めるためであった。

 これはメリットとデメリットを比較考量した上でのマクロ社会的選択であり、それ自体はいいとも悪いとも言うべきものではない。雇用の安定を最重要と考えるというのは、そのデメリットも含めて、戦後60年にわたる歴史の中で日本の労働者が選択してきた道である。しかしながら、いざというときのために、労働者にとって何よりも重要な職務、労働時間、勤務場所を限定する権利を放棄するというのは、欧米の普通の労働者や労働組合に理解してもらえる見込みの薄いものであることも認識しておく必要がある。「俺たちは契約が無限定なのに、限定されようとしている」などと彼らに訴えても、理解してもらえるとは思わない方がいいだろう。

 一点付け加えておけば、日本国の労働法制は欧米と同様ジョブ型雇用契約を前提に作られているということである。メンバーシップ型契約は、実定法の規定にもかかわらずそれをすり抜ける形で、労使合意による事実たる慣行として確立してきたもの(を裁判所が確認したもの)に過ぎない。

 こうして雇用契約が「空白の石版」となると、採用プロセスも欧米とはまったく異なってくる。特定の職務について技能を有する者を必要のつど募集、採用するという本来のあり方は影を潜め、企業の命令に従ってそんな仕事でもこなせる潜在能力を有する若者を在学中に選考し、学校卒業時点で一括して採用するという、諸外国に例を見ない特殊な慣行が一般化した。

 この新卒一括採用制度においては、学生は特定の職務に関する職業能力をその資格などによって示すという他国で一般的なやり方がとれないため、ひたすら「熱意」と「素質」を訴えるほかない。近年の大学生は卒業の1年以上前から「シューカツ(就職活動)」に励むが、それはいかなる意味でも「職(ジョブ)」に「就」くための活動ではなく、会「社」に「入」ってメンバーシップを得るための「入社活動」でしかない。

1990年代以降、非正規労働者が急増

 こうして無事日本型正社員になれば、職務、労働時間、勤務場所の限定なく働かなければならないが、その代わり仕事がなくなっても配転されることによって雇用は守られる。少なくとも20年前までの日本では、こうした社会的交換がマクロ的に労使の間で成立しており、多くの人々は不満を持たなかった。ところが1990年代以降、企業がメンバーシップ型の正社員を少数精鋭化するという方針を打ち出し、その採用枠を縮小していくにつれ、それまでなら卒業とともに正社員になれたはずの若者たちがそこから排除され、低賃金不安定雇用の非正規労働者として析出されていった。それまでも非正規労働者は存在したが、その中心は家計補助的な主婦パートと学生アルバイトであって社会学的には問題とならなかったのだが、家計維持的な若者が非正規化することで、非正規労働問題が政策課題として浮上したのである。日本型正社員の入口は新卒一括採用に集中しているため、彼らいわゆる「就職氷河期世代」は非正規のまま中高齢化し、問題が深刻化してきた。かつては2割以下だった非正規労働者が今では4割に迫りつつある。

 これに対処するため2012年に労働契約法が改正され、有期契約労働者が契約を反復更新して5年を超えれば無期契約に転換できることとなったが、ヨーロッパ諸国と異なり無期になっただけでは無限定の「正社員」になるわけではない。彼ら無期に転換した有期契約労働者は、職務や労働時間、勤務場所が限定されたという意味で、欧米の正規労働者と同様の「ジョブ型」の労働者ということができる。

積極的に拡大すべき「ジョブ型正社員」だが...

 筆者はこの新たな雇用類型を「ジョブ型正社員」と呼び、積極的に拡大していくべきであると考えている。それは不本意に非正規労働者に追いやられてきた(中高年化しつつある)若者に、ある程度の安定した収入と雇用を保障するものである。一方、その仕事がなくなれば配転の余地がないのであるから整理解雇されることもやむを得ない。この点をマクロ社会的に支えるために、これまでメンバーシップ型社会を前提に極めて未発達であった外部労働市場メカニズム(労働者が異なる企業間を移動する労働市場メカニズム)を張り巡らせていくことが不可欠となる。とりわけ、どの企業でも通用する職業能力の認証システムの開発は喫緊の課題である。

 こうしたジョブ型正社員の確立は、これまで非正規労働者に陥りたくないばかりに不本意に無限定な正社員型の働き方を甘受してきた人々にとっても朗報となり得る。とりわけ、育児中の女性など、会社に生活のすべてをささげることが不可能な労働者にとっては、メンバーシップ型正社員と非正規労働者という極端な二者択一を迫られることなく、ワークライフバランスのとれたそれなりに安定した働き方の選択肢が生まれることは望ましいことであろう。

 しかしながら、これまでのメンバーシップ型正社員を前提とする発想はなお極めて強固であり、最近のジョブ型正社員の提唱に対しては労働組合や労組が支持基盤の政党から激しい反発が生じている。その反発の半ばは保守的な感覚からくるものであるが、残りの半ばは根拠がないわけではない。

 ジョブ型正社員自体は数年前から労働行政サイドで構想されてきたものであるが、そのときはほとんど反発はなかった。ところが2012年末の民主党から自民党への政権交代後、第2次安倍晋三内閣の下で矢継ぎ早に創設された規制改革会議や(とりわけ)産業競争力会議で企業経営者らが解雇自由化論を積極的に打ち上げた後に、それに代わる形でこのジョブ型正社員が持ち出されてきたという経過があり、労組側が不信感を持つことにも理由があるのである。

 実際、規制改革会議の最終報告には現れていないが、途中の議事録を見ると、ジョブ型正社員であるということを理由にして、仕事がなくなった場合の整理解雇だけでなく、仕事がちゃんとあってもパフォーマンスが悪いという理由で自由に解雇できるようにすべきとの意見が繰り返しなされている。パフォーマンスを理由とする解雇をどうするかは本来ジョブ型正社員とは別の論点であり、このような暗黙の意図を持った形で提示されるのであれば、反発するのは当然であろう。

 もっとも、現時点ではそうした腑分けした議論はほとんどなされておらず、労働組合や野党は「仕事がなくなったからといって整理解雇するのはけしからん」という、欧米の労働組合にも通用しないような日本独特のロジックを叫んでいるにとどまる。

メンバーシップ型は「ブラック企業」問題の根源

 筆者はジョブ型正社員の提唱者の一人でもあり、このような事態の推移に困惑しているが、中長期的には労働者の大多数がジョブ型正社員に移行していくことになると考えている。職務も労働時間も勤務場所も無限定のメンバーシップ型正社員がデフォルトであった「古き良き時代」とは、成人男性が扶養する妻や子供の分まで含めて生計費を賃金でまかない、妻や子供はせいぜいパートやアルバイトという形で家計補助的に働くことを前提とするいわゆる一人稼ぎ手モデルが一般的であった時代である。男女雇用機会均等法が施行されて30年近くなる日本で、いつまでもそのようなモデルが持続できるとは思えない。

 今日、社員への長時間労働強要などの点で大きな社会問題となりつつある、いわゆる「ブラック企業」問題についても、その根源にはこのメンバーシップ型モデルがある。本来は長期的な雇用保障と引き替えの無限定的な働き方を、保障のないままで若者に押しつける企業とブラック企業を定義するならば、現実に正社員の枠組みが縮小する中でいつまでもメンバーシップ型を唯一絶対のモデル視する発想こそがブラック企業現象の最大の原因ということもできよう。

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