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2013年12月

労働基準監督官 実情と課題@読売

12月31日の読売新聞に、「労働基準監督官 実情と課題…雇用環境、厳しくチェック」という記事が載りました。大津和夫記者です。

http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=90451

若者の使い捨てが疑われる「ブラック企業」など、雇用を巡るトラブルが後を絶たない中、労働基準監督官が働く人の味方としてテレビドラマなどで注目を集めている。監督官の仕事の現場で、その実情と課題を探った。・・・

登場するのは、船橋労基署の竹中監督官

しかし、「労働者の味方」として監督官の役割が増す一方で、現場からは「人手が足りない」との悲鳴が上がっている。

一方、監督官に対する不満も多いようだ。監督官の役割は、労働基準法違反などが疑われる場合に指導することで、「解雇が不当かどうかなどは基本的に民事上のトラブルにあたり、原則として不介入」(同省監督課)。こうしたケースには、都道府県労働局長による助言・指導などで解決を目指す「個別労働紛争解決制度」を紹介するなどしているが、「『役に立たない』と批判される」とある監督官は嘆く。

クビになった労働者がそう言いたくなるもはわからないではないのですが、政府の中枢近くで労働法制をあれこれ論じているはずの経済学者までが、その辺がごっちゃになってたりしますから、なかなか悩ましいところです。

労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎・統括研究員は、「労基署だけで対応するには限界がある。労働者の意見を職場に反映させる仕組みや、紛争を解決する制度の充実も含めて、労働者を守る環境を整備する必要がある」と強調している。

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『POSSE』22号(未刊)に寄せて

Hyoshi21 さて、先日お送りいただいた『POSSE』21号の巻末(裏見返し)に、次号(22号)の特集タイトルが載っています。「追い出し部屋と世代間対立」とのこと。

これは、『POSSE』がもはや若者労働問題の雑誌を超えて、労働問題雑誌の中心になりつつあることを示しているような。

中高年が既得権にしがみついていい目を見ているから、若者はその割を食ってひどい目に遭っているのだ、というような、世代間対立を煽るだけの薄っぺらな議論とは一線を画し、若者たちの現場から問題を構造的に摘出してきたPOSSEであればこそ、その同じ目線を追い出し部屋に送り込まれる中高年たちにも投げかけることができるのだと思います。

次号の記事に期待をしながら、現時点での私なりのスケッチをしておきましょう。

中高年雇用問題とは、人件費が高くつくがゆえに、現に働いている企業から排出されやすく、排出されてしまったらなかなか再就職しにくいという問題です。これは若者雇用問題の焦点である年長フリーターと同じ位相にあります。企業がスキルのない若者向けに新卒一括採用という「入社」の入口を作ってくれているおかげで、別の入口から就職することが極めて困難になってしまうという点で、まったく同型的です。

ではなぜそうなるのか、といえば、ある種の「若者の味方」と称する論者が、これこそ中高年の既得権と批判してやまない年功的な人事処遇制度のために、企業にとって中高年を雇うことが割に合わないものになってしまうからです。だから、企業はリストラをする際には、スキルの乏しい若者よりも、ある程度仕事をこなしてスキルが上がっているはずの中高年をターゲットにしたがるわけです。

運のいい中高年はリストラされずに年功制で高い処遇を受け続けることができるのに、運悪くそこからこぼれ落ちた(落とされた)中高年は、なまじ前の会社でそれなりのいい処遇を受けていればいるほど、会社から戦力外通告を受けた者というスティグマがつきまとい、再就職することは極めて困難にならざるを得ないのです。

この構造は、考えてみれば、運のいい若者と運の悪い若者の関係とよく似ています。運のいい若者はスキルなどなくても、いやむしろ下手なスキルなどない方が喜ばれて企業に新卒で「入社」できるのに、運悪くそこからこぼれ落ちてしまった若者は、「入社」できなかったこと自体がスティグマとしてつきまとい、なかなか這い上げることができなくなる、という構図に。一言でいえば、若者であれ中高年であれ、「得」だからこそそこからこぼれ落ちると「損」する構造です。

その問題の解決の方向性はどちらにあるのか。『若者と労働』では書かなかった、「ジョブ型正社員」のもう一つの重要な意味合いがそこにあるのです。

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仕事に真面目じゃない「経営者目線」

「らじお」さんの瞥見した「経営者目線」なひとの行動様式

https://twitter.com/radio826/status/415653431370477568

喫茶店で採用面接している担当者が「会社の理念を共有し経営者目線で一緒にビジョンを描ける人でないと正社員として採用はしない。言われた仕事を一生懸命やるだけの人はアルバイトで十分。」とか言ってる。一方採用希望の方は、親の介護がどうとか言ってて、ガッツリ働こうという気はなさそう。

https://twitter.com/radio826/status/415655195654094849

面白いのは、その採用担当者が、取引先から仕事催促の電話が入ってるのにほったらかしにして、面接終了後も一緒にいる部下に「正社員の経営者目線」の重要性について長々と語っていること。まず自分が真面目に仕事したら?って思う。

https://twitter.com/radio826/status/415656346273337344

それほど会社の中心にいるとは言えない社員にまで「経営者目線」を要求するのって、ほんとの中心メンバーが明確な意思決定とその適切な伝達ができなくて、その責任を下に押し付けてるだけじゃないかとも思う。

会社に対するロイヤルティに精一杯で、仕事に対するロイヤルティまで手が回らない、ってとこですか。

親の介護と折り合いをつけながら、自分にやるべき仕事を精一杯する人と、取引先からの電話をほったらかしにして経営者目線を振り回す人と、どっちが会社に役に立つか、ってはなしなんでしょうけど。

ま、こういう「経営者目線」教信者を増やすことに一生懸命な布教者がいっぱいいると、経営者目線で無限大に働こうとする労働者を大量に活用できるので、その意味では便利なのかもしれません。

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常見陽平さんのベストテン

常見陽平さんが、ご自分のブログ「試みの水平線」で、今年のベストテンを発表しておられますが、

http://www.yo-hey.com/archives/54693023.html(発表!2013年 私の10冊)

1位 カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生 (渋谷直角 扶桑社)
2位 ユーミンの罪(酒井順子 講談社)
3位 「あいつらは自分たちとは違う」という病(後藤和智 日本図書センター)
4位 統合失調症がやってきた(松本ハウス イースト・プレス)
5位 夜の経済学(飯田泰之 荻上チキ 扶桑社)
6位 日本で働くのは本当に損なのか(海老原嗣生 扶桑社)
7位 若者と労働(濱口桂一郎 中央公論新社)
8位 職業、ブックライター(上阪徹 講談社)
9位 ROCKOMANGA!(喜国雅彦 リットーミュージック)
10位 1995年(速水健朗 筑摩書房)

6位の海老原さんの本に続いて、拙著が入っています。

それぞれについてのコメントは:

エビさんのこの本は、もっと注目されていいと思う。いわゆる欧米型と日本型のうそ本当を丁寧に整理している。今年も雇用・労働の論点は、時にずれ、時に炎上していたけれど、議論の出発点として大事。

濱口桂一郎先生のこの本は、エビさんの本とセットで読みたい。「入社」というキーワードは秀逸。これもまた、事実を丁寧にまとめた本であり、議論の出発点というか前提としておさえておきたい。

こういう、「そもそも論」を書いた本が出て、評価されたのは良いことだと思う。

海老原さんが「エビさん」なら、わたしも「hamachan」でいいような・・・。

ちなみに、八面六臂の常見さん、「アゴラ」でも同じような記事を書かれていますが、

http://agora-web.jp/archives/1574632.html(良書悪書今年の良著を選んでて考えたこと コンテンツと「熱」---)

こちらではちゃんと、濱口などという誰かを逆上させかねない名前は出さずに、うまくまとめておられます。

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海老原嗣生さんの雇用特区論@『POSSE』21号

Hyoshi21『POSSE』21号のメイン特集の生活保護法改正と困窮者自立支援法については、すでにいくつかネット上に紹介する文章もあるので、ここではやはり本ブログでも何回も取り上げてきた雇用特区について、海老原嗣生さんと今野晴貴さんの対談から:

◆企画 雇用特区というネバーランド

 「ほんとにできる? 雇用特区」 海老原嗣生(雇用ジャーナリスト)×今野晴貴(NPO法人POSSE代表)

・・・

海老原:解雇特区の議論は非常に陳腐なものです。労働契約法で決まっていることは客観的合理的理由がない限り解雇してはいけないというだけのことです。解雇特区では、客観的合理的理由がなくても、就業規則に書いてさえいればクビを切れるようになる。こんなものはつくれるわけがありません。産業競争力会議は雇用の門外漢がやっている会議ですから、非常に浅い知識で、日本は解雇が難しいから、それを緩和しさえすれば経済が伸びると考えているのでしょう。・・・

この海老原さんの認識は、私が言ってきたことそのままなので、少し前までは全くその通りだったのですが、実は現時点では、産業競争力会議も規制改革会議と同じように、この問題についてはより正しい認識に近寄ってきていまして、去る12月26日の「中間整理」では、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/post-3489.html産業競争力会議雇用・人材分科会中間整理)

ジョブ型の多様な正社員論に転換しています。もはや、「非常で陳腐」な「門外漢」の議論を振り回しているのは、政府部内ではなんちゃら特区の八田達夫氏くらい、後はネット上だけで受け狙いの妄言を口走る商売人くらいになりました。

むしろ、海老原さんの関心はその先で、

・・・一方、規制改革会議では、客観的で合理的な解雇がなんなのかわからないから解雇のガイドラインを作ろうという議論があります。私はこれに賛成です。ただ、その場合は脱日本型の雇用モデルを導入せよという話になると思います。・・・総合職採用を止め、職務主義で採用し、年功給を止めるという、脱日本型のモデルになると思います。日本の普通の企業でこれを行うのは無理だと思いますので、ぜひガイドラインを示してどういうものがでるのか、やってみてほしいと思います。・・・

 

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元号と紀元

https://twitter.com/loveandzero/status/416773947632656384

世界で元号が未だに使われている国は日本だけということを聞いたことがあるが、台湾は今日102年12月28日なんだよね。これを元号と呼ばないのかな。民国歴というのか。

元号というのは、君主の即位や事件のつど変わっていく仕組みなので、ある一時点を元年として国家が続く限りずっと続くのは元号じゃないですね。その意味では民国紀元はキリスト紀元や皇紀と同じ仕組み。

中華民国が続く限り、民国200年、民国300年となるはずだし、朝鮮民主主義人民共和国が続く限り、主体200年、主体300年と続くはず。実際そうなるかどうかは知らないけど。

一昨年台湾に行ったときは、ちょうど民国100年ということであちこちにポスターが貼ってあったけど、住民は醒めてたみたいです。現在中華民国である地域のほとんど大部分(金門島以外)は、民国元年は大正元年だったわけで、台湾住民にとって民国はいきなり34年から始まっている。

(参考)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%80%E5%85%83

紀元(きげん)とは、ある出来事が起こった年を始点として、それから何年経過したかで時間を測定する、終わりのない紀年法である。

キリスト紀元(西暦、西紀、AD) - イエス・キリストの生年とされていた年を基準とする(実際のイエス・キリストの生年は不明)。紀元前はBCで表記する。
共通紀元(CE) - 始点はキリスト紀元と同じであるが、非キリスト教徒に配慮して造られた。紀元前はBCEで表記する。詳細は、「キリスト紀元」参照。
ヒジュラ紀元 - ムハンマドの聖遷(ヒジュラの年)を基準とする。ヒジュラ暦(イスラム暦)で用いられる。基本は太陰暦であるが、現代ではグレゴリオ暦ベースのイラン暦(ヒジュラ太陽暦)のような暦法もある。
仏滅紀元 - 釈迦の没年、あるいはその翌年を基準とする。採用された国によって基準年(元年)が異なる。
サカ紀元 - インドで公式に使用されているインド国定暦(ヒンドゥー暦)の紀元。紀元は西暦78年に当たり、国定暦ではこの年を「0年」として数える。サカ紀元を紀元とするものは、国定暦の他にも数多く存在する。
創世紀元 - ユダヤ教で神が世界を創世したとされる年(西暦換算で紀元前3761年)を基準とする。ユダヤ紀元とも。ユダヤ暦で用いられる。太陰太陽暦であるため、太陽暦であるグレゴリオ暦とは大きな差がある。
世界創造紀元 - 旧約聖書の天地創造が起きたとされる年(西暦換算で紀元前5509年~5508年)を基準とする。ギリシア語七十人訳聖書に基づき逆算して求められた。東ローマ帝国で公式に採用され、かつて東方正教会においても使われていた(一部では現在も使用されている)。
ローマ建国紀元(AVC) - ローマ帝国が成立したとされる年(西暦換算で紀元前753年)を基準とする。
ディオクレティアヌス紀元 - ローマ皇帝ディオクレティアヌスが即位した年(ユリウス暦284年)を基準とする。
フランス共和紀元 - フランス革命を基準とする。フランス共和暦で用いられた。
神武天皇即位紀元(皇紀) - 神武天皇が即位した年を基準とする。
崇禎紀元 - 崇禎元年を基準とする。明滅亡後朝鮮で使われた。
檀君紀元(檀紀) - 古朝鮮の始祖である檀君王倹が即位した年を基準とする。
主体(チュチェ)紀元 - 金日成の生年を基準とする
孔子紀元 - 孔子の没年を基準とする。清朝末期の変法派が主張した。
黄帝紀元 - 黄帝が即位した年を基準とする。辛亥革命で革命派が用いた。
民国紀元 - 中華民国が樹立された年を基準とする。紀元前は「民前」という
共戴紀元 - モンゴル国のボグド・ハーン政権が樹立された年を基準とする。
人類紀元(HE) - 完新世の始めごろを基準とする。実際にはキリスト紀元にちょうど10000を加えた年数を用いる。

この中には、すでにほとんど使われていないものもありますし、ここにはないものでもすでに滅び去った国や集団で使われていた紀元もあるでしょうが、滅びて誰も使わなくなっても紀年法としての性格は「終わりのない紀年法」であることに変わりはありません。そこが元号との違いです。

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『POSSE』21号

Hyoshi21雑誌『POSSE』21号をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

http://www.npoposse.jp/magazine/no21.html

目次は次の通りで、

◆巻頭インタビュー
 「複雑な世界を生きのびるために」 宮内悠介(作家)

◆特集「"自立"を促す社会のゆくえ」

 「自立支援をめぐる不安と期待」 岩田正美(日本女子大学教授)×指宿昭一(弁護士)×藤田孝典(NPO法人ほっとプラス代表理事)×川村遼平(NPO法人POSSE事務局長)

 「未来をつくる第一歩としての生活困窮者自立支援法」 湯浅誠(社会活動家)

 「フランスにおける社会的排除論 ――失業・貧困対策にもたらした功罪」 都留民子(県立広島大学教授)

 「生活保護改正法案と生活困窮者自立支援法の問題点」 布川日佐史(法政大学教授)

 「生活保護と受給者たちのリアルを社会の「常識」に」 みわよしこ(ライター)

 「子どもの貧困にどのような支援が必要なのか ――まきばフリースクールの実践」 中山崇志(まきばフリースクールスタッフ)

 「ブラック企業に立ち向かう「自立支援」の必要性 ――仙台市における脱商品化を志向した支援の実例を通して」 青木耕太郎(仙台POSSE事務局)

 「「就労支援」の内実 ――四條畷市、生活保護廃止事例から」 POSSE 生活相談チーム

 「自立助長を放棄した生活保護制度 ――2013年改革がもたらす影響」 桜井啓太(大阪市立大学大学院博士課程)

 「15分でわかる生活困窮者の自立支援と労働 ――生活困窮者自立支援法・中間的就労・「社会的排除」論」

◆企画 雇用特区というネバーランド

 「ほんとにできる? 雇用特区」 海老原嗣生(雇用ジャーナリスト)×今野晴貴(NPO法人POSSE代表)

 「ホワイトカラー・エグゼンプションは過重労働促進法 ――アメリカの制度から検証する」 森岡孝二(関西大学教授)

 「雇用特区の狙いは何だったのか?」 風間直樹(『東洋経済』記者)

◆ユニクロ訴訟

 「ブラック企業の告発を封じ込めるスラップ」 水島宏明(ジャーナリスト・法政大学社会学部教授)×今野晴貴(NPO法人POSSE)

 「なぜユニクロは、私の本を訴えたのか ――明るみになった長時間労働の実態」 横田増生(ジャーナリスト)

 「ユニクロ訴訟判決文(抜粋)」 

 「カネはどこへ消えた? ――タックス・ヘイブンというからくり」 志賀櫻(弁護士)

 「「出向」による「追い出し部屋」の外注化? ――退職強要を助長する日本雇用創出機構の「就職支援」」 本誌編集部

 「ドラマ「ダンダリン」を現役監督官と語る」

 「マタハラはなぜ起こるのか?」 加藤美沙(NPO法人POSSE事務局)

◆連載

新連載  「西洋解雇規制事情〔第壱回〕 独逸(ドイツ)編」 野川忍(明治大学法科大学院教授)

 「労働と思想21 ラカンと労働と「うつ」――4つのディスクールと資本主義」 松本卓也(自治医科大学精神医学教室)

 「われらの時代の働きかた その13(最終回) 産業民主主義と組合民主主義」 熊沢誠(甲南大学名誉教授)

 「労働相談ダイアリー File17 合法的に罰金を科すのは大変!」 川村遼平(NPO法人POSSE事務局長)

 「被災地はこれからも 第7回 復興公営住宅見学ツアーから見える被災者の生活不安」 広瀬渉(仙台POSSE事務局)

 「ブラック企業のリアル vol.6 飲食店」

 「ともに挑む、ユニオン 団交file.2 金曜日のミスを理由に月曜日に突然解雇する会社」 北出茂(地域労組おおさか青年部書記長)

 「NO CULTURE, NO WORK? #5 自立支援 自己責任論としての「自立」?」 本誌編集部

 「My POSSEノート page7 学習会」 大田ふみ

 「はたらくっきんぐ! 第5回 朝ごはん」 藤代薫(女子栄養大学在籍)

と、盛りだくさんですが、

まずはじめに気軽に読むには、今野晴貴さんが労働基準監督官の人たちと喋りあった「ドラマ「ダンダリン」を現役監督官と語る」ですかね。


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『若者と労働』がキノベス28位

Chuko紀伊國屋書店が「キノベス!2014」を発表しています。

http://miyabiz.com/prwire/prwireDetail.php?id=201312257243

これは、「紀伊國屋書店スタッフが全力でおすすめするベスト30」で、

過去1年間に出版された新刊(文庫化タイトル除く)を対象に、紀伊國屋書店スタッフが自分で読んでみて本当に面白い、ぜひ読んでほしい本を選び、お客様におすすめしようという企画です。今年は10名の選考委員が、全スタッフから公募した360件の推薦コメントを熟読し、ベスト30を決定いたしました。当社のスタッフが自信を持っておすすめする本。店頭で、ぜひお手にとってご覧ください。

とのことです。

全ジャンルからの30冊は次の通りですが、

【1位】 『想像ラジオ』(いとうせいこう、河出書房新社)
【2位】 『さようなら、オレンジ』(岩城けい、筑摩書房)
【3位】 『スタッキング可能』(松田青子、河出書房新社)
【4位】 『沈むフランシス』(松家仁之、新潮社)
【5位】 『動きすぎてはいけない――ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』(千葉雅也、河出書房新社)
【6位】 『工場』(小山田浩子、新潮社)
【7位】 『4522敗の記憶――ホエ-ルズ&ベイスタ-ズ涙の球団史』(村瀬秀信、双葉社)
【8位】 『とっぴんぱらりの風太郎』(万城目学、文藝春秋)
【9位】 『ことばはいらない――Maru in Michigan』(サチコ・ジョンソン、新潮社)
【10位】 『ヨハネスブルグの天使たち』(宮内悠介、早川書房)
【11位】 『ブラックライダー』(東山彰良、新潮社)
【12位】 『謎の独立国家ソマリランド――そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア』(高野秀行、本の雑誌社)
【13位】 『家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』(小野一光、太田出版)
【14位】 『昨夜のカレー、明日のパン』(木皿泉、河出書房新社)
【15位】 『宝石の国1(アフタヌ-ンKC)』(市川春子、講談社)
【16位】 『大地のゲ-ム』(綿矢りさ、新潮社)
【17位】 『晩年様式集』(大江健三郎、講談社)
【18位】 『11/22/63(上・下)』(スティーヴン・キング、文藝春秋)
【19位】 『傷と出来事』(ジョー・ブスケ、河出書房新社)
【20位】 『バーナード嬢曰く。(REXCOMICS)』(施川ユウキ、一迅社)
【21位】 『ランチのアッコちゃん』(柚木麻子、双葉社)
【22位】 『パンダ銭湯』(tupera tupera、絵本館)
【23位】 『さよならソルシエ1(フラワ-コミックスアルファ)』(穂積、小学館)
【24位】 『おはなしして子ちゃん』(藤野可織、講談社)
【25位】 『胞子文学名作選』(田中美穂編、港の人)
【26位】 『トラウマ恋愛映画入門』(町山智浩、集英社)
【27位】 『忘れられたワルツ』(絲山秋子、新潮社)
【28位】 『若者と労働――「入社」の仕組みから解きほぐす』(濱口桂一郎、中公新書ラクレ)
【29位】 『今を生きるための現代詩』(渡邊十絲子、講談社現代新書)
【30位】 『苦手図鑑』(北大路公子、KADOKAWA)

その28位に、拙著『若者と労働』が入っています。

いわゆるベストセラーと違って、通好みの渋い選択のリストに拙著が加えられていることに、嬉しさも格別です。

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雇用保険の離職理由

本日、労政審の雇用保険部会報告も出されています。

http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11607000-Shokugyouanteikyoku-Koyouhokenka/0000033647.pdf

注目点はもちろん日本再興戦略の「学び直し」を受けた教育訓練給付です。

最後になって出てきた意外な隠し球は、

○ また、自発的に受講する教育訓練ではあるが、45 歳未満の若年離職者については長期の教育訓練の期間中の支援が必要であることを考慮し、当面の措置として、離職前の賃金に応じた一定の額(算定方法は基本手当に倣った上で、当該手当の水準の50%)を教育訓練の期間中に支給すべきである。
本措置の期限は、日本再興戦略を踏まえ、平成30 年度末までの5年間とすべきである。

というもので、なんと教育訓練費用だけじゃなくて、その間の生活費(の一部)も面倒を見ようという話になったようです。

これは大学や大学院の関係でもいろいろと論じなければならないことが出てきそうです。

ということで、本日はそれ以外のいろいろとある項目の中から、あまり注目されなさそうな、しかし離職者の身になるととても重要なあるポイントを。

労働者代表委員からは・・・併せて、基本手当の支給決定における離職理由の認定に当たり、賃金の不払い・遅配、時間外労働・過重労働等、その離職理由についてやむを得ない面もあったと考えられるものの、その事由が連続していなかったり離職直前でなかったこと等により、現行の特定受給資格者の基準には該当せず、「自己都合」離職となっている事例については是正すべきとの意見があった。

・・・また、労働者代表委員から指摘のあった離職理由の取扱いについては、特定受給資格者として整理すべく、基準の見直しを行うべきである。

これは地味ですが結構グッジョブといえましょう。

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産業競争力会議雇用・人材分科会中間整理

本日、靖国参拝報道に押しのけられてしまってほとんど注目されていませんが、産業競争力会議雇用・人材分科会が中間整理を取りまとめて公表しています。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/bunka/koyou/dai6/siryou2.pdf

盛りだくさんにいろんなことが書かれていますが、まずは目次をみると、

はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1
総論~目指すべき働き方と社会・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1
Ⅰ.「柔軟で多様な働き方ができる社会」の構築 ・・・・・・・・・・・・・ 5
1.「多様な正社員」の普及・拡大
○「多様な正社員」の普及・拡大に向けた実効性のある方策の検討・実施
2.ジョブ・カード、キャリア・コンサルティングによる職務・能力の明確化
○「ジョブ・カード」の抜本見直し(ジョブ・カードから「キャリア・パスポート(仮称)」へ)
○キャリア・コンサルティングの体制整備
3.健康、ワーク・ライフ・バランスの確保と創造性発揮を両立させる労働時間規制への見直し
○「働きすぎ」の改善
○時間で測れない創造的な働き方の実現
○テレワーク等の在宅勤務に適合した規制のあり方
4.公平・公正な働き方の実現
○正規・非正規の格差の是正
5.予見可能性の高い紛争解決システムの構築
○「労働審判」事例等の分析・整理・公表
○透明で客観的な労働紛争解決システムの構築
Ⅱ.「企業外でも能力を高め、適職に移動できる社会」の構築 ・・・・・・・10
1.再教育・再訓練の仕組みの改革
○職業訓練の質の向上
2.官民協働による外部労働市場のマッチング機能の強化
○民間人材ビジネスの取組の評価・機能の向上
○ハローワークの質の向上(インセンティブ設計の強化)
○地方自治体の職業紹介機関等との連携強化
Ⅲ.「全員参加により能力が発揮される社会」の構築 ・・・・・・・・・・・11
1.高齢者の活躍促進
○有期労働契約の無期転換のあり方の検討
2.女性の活躍促進
○政府一丸となった施策の総動員
3.外国人材の活躍促進
○技能実習制度の見直し
○外国人材受け入れのための検討
Ⅳ.その他・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13

このうち、最初の総論を読み始めると、冒頭からメンバーシップ型からジョブ型へというおなじみの枠組みが出てきます。

従来の「日本的雇用システム」は、企業と個人とが包括的な雇用契約を結び、「就社」する「メンバーシップ型」の働き方を基本とするものである。「終身雇用・長期雇用」、「年功的昇進・賃金体系」、「企業別労働組合」をその特徴とし、働き手は「終身雇用」等と引き換えに、長時間労働、配置転換、転勤命令等の「無限定な」働き方を受け入れてきた。
このシステムは、高度経済成長の原動力となったが、外部労働市場や教育・訓練システムの活性化が図られず、また、グローバルに通用するプロフェッショナルの育成にも不向きであった。さらに、労働契約に関わるルールも予見可能性が低いと指摘されてきた。

・・・主として家庭で家事・子育てに専念する主婦に支えられた男性が「無限定に」働くという従来の「日本的雇用システム」は、こうした「前向きに働きたい者」のチャンスを制約し、その高い能力を埋もれさせてしまうおそれがある。また、核家族化が進む中で、働く男性・女性が子育てや親の介護に直面しながら働くケースも増えてくると考えられ、さらに、女性の就業参加の増大や経済環境の変化の中で、男性も働き方の「無限定」性を緩和し、仕事以外の生活や自らの能力開発のための時間を確保していくことが必要になるが、従来の雇用システムはその足かせとなりかねない。

・・・以上のように、メンバーシップ型の働き方を基軸とする従来の日本的雇用システムを維持するだけでは、働き手の多様化や企業を取り巻く環境変化に伴い生じてきた様々な課題に十分に対応できなくなってきている。職務等が限定されたジョブ型の働き方を拡大し、日本の強みとグローバル・スタンダードを兼ね備えた、新たな「日本的就業システム」を構築していかなければならない。

では、それが具体的な政策提言にどう表れているか、そこが問題です。

最初の多様な正社員の項は、まさにわたくしの議論に沿って、ジョブ型正社員の促進とそのためのジョブ型インフラの整備を訴えています。

1.「多様な正社員」の普及・拡大
職務内容が明確にされた「ジョブ型正社員」等の多様な正社員となる機会が、多くの企業で生み出されるようにする。これにより、働き方の二極化は解消し、意欲と能力のある女性・高齢者や、子育てや親の介護に直面する等により「無限定」で働き続けることが困難な働き手も活き活きと活躍し、経済・社会に貢献できるようにする。

ちなみにこれへの注釈として、こういういい方もしています。

多様な正社員普及の大前提は、労使双方が契約締結等の場面において互いの権利義務関係を明確にする、「契約社会」にふさわしい行動様式を確立することである。

これこそ、労働法本来のコモンセンスでしょう。

それが成り立つためにはジョブ型の社会インフラが不可欠です。

2.ジョブ・カード、キャリア・コンサルティングによる職務・能力の明確化
女性・高齢者等を含む多様な人材が、その希望等に応じた雇用機会を得るためには、職務・能力の明確化を図ることが必要条件である。その上で、自己研鑽、キャリアアップにつなげることが期待される。このため、ジョブ・カードを抜本的に見直し、その利用率を向上させることにより、広く労働者や学生等がそれを活用し、自ら職務・能力等の明確化を図ることを習慣化する。

そして、さらにその先に

現在の「ジョブ・カード」を抜本的に見直し、1つの「キャリア・パスポート(仮称)」を学生段階から職業生活を通じて所有し、自身の職務や実績・経験、能力等の明確化を図ることができるとともに、社会全体で共有が可能となるような仕組みを新たに構築する。

という目標を示しています。仕事というレッテルをぶら下げる社会ですね。

次の「健康、ワーク・ライフ・バランスの確保と創造性発揮を両立させる労働時間規制への見直し」は、しかしながら、依然としてこれまでのホワイトカラーエグゼンプションの間違いを繰り返している面があります。

いや、まず冒頭、ここから入るセンスは悪くない。今日放送されるはずだったNHKの録画撮りで、私はそう言ったのですよ。

○ 「働きすぎ」の改善
・ 我が国労働者の労働時間は依然として各国と比べても長く、年次有給休暇の取得率についても低い水準にとどまっている。6こうした点は、長年課題とされながら改善が図られていない。事業場内での過重労働に関するPDCAサイクルを構築し、管理職と従業員の双方が、時間を効率的に活用する意欲を高めることを基盤として、年次有給休暇の取得促進、時間外労働削減について、例えば、割増賃金のあり方、労働時間の量的上限規制のあり方(一定期間における最長労働時間の設定、勤務時間の間に一定の休息期間を設けるインターバル規制等)、労使間のイニシアティブのあり方(使用者による休日・年次有給休暇取得に向けた実効的な仕組み)等、様々な政策手法を組み合わせる等による抜本的な方策について、総合的に検討を行う。

ここにはちゃんと、労働時間の量的上限規制のあり方(一定期間における最長労働時間の設定、勤務時間の間に一定の休息期間を設けるインターバル規制等)も明示されています。過労死防止法案とのリンクにもなりうるところです。

ところがその次の「時間で測れない創造的な働き方の実現」が、これまでの議論のしっぽをぬぐい切れていないようです。

○ 時間で測れない創造的な働き方の実現
・ IT化やグローバル化が進展し、柔軟な発想が求められる今日、「時間に縛られる」働き方からの脱却が求められており、労働時間の長さで成果を測り、賃金を支払うことは、企業側にとっても、働く側にとっても、必ずしも現状や実態に見合わない状況が生じてきている。このため、一律の労働時間管理がなじまず、自ら時間配分等を行うことで創造的に働くことができる労働者(例えば、職務の範囲が明確で、高い職業能力を持つ労働者)に適合した、弾力的な労働時間制度(時間で測れない創造的な働き方ができる世界トップレベルの労働時間制度)を構築7する。その際、適用労働者の範囲のほか、休日・休息の確保や、事業場内での過重労働に関するPDCAサイクルの構築等、健康確保措置のあり方を含めた具体化を図る。

いや、企業側が残業代を払いたくないと思っているのは、つまりこの制度を導入したいと持っているのは、そういうやたら高度な人の話じゃないでしょう。この部分は、かつて無知なマスコミや政治家に「残業代ゼロ法案」と批判されたトラウマで、ついつい綺麗ごとで書きはやしたくなる気もしはわかりますが、これではまたもやホワイトカラーエグゼンプションの二の舞を招きかねないと思います。もっと正直ベースで論じるべきではないのかと思いますね。

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(追記)

NHKニュースでちらりと放送されたようです。(リンク先に動画あり)

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131227/k10014151301000.html

これについて独立行政法人、「労働政策研究・研修機構」の濱口桂一郎統括研究員は、長時間労働に歯止めがかからなくなると懸念を示しています。
濱口統括研究員は「今回の提言には働き過ぎの改善が盛り込まれているが、その一方で労働時間を弾力化するのは矛盾している。かつて“残業代ゼロ法案”と批判されたホワイトカラー・イグゼンプションの議論を引きずっているのではないか。働いた時間ではなく成果を重視した賃金制度に変えていくことは必要だが、労働時間はきちんと規制しなければ働き過ぎは抑えられない」と指摘しています。

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この後、「正規・非正規の格差の是正」の次に、「予見可能性の高い紛争解決システムの構築」という項目が挙げられています。これがなかなか興味深いことを指摘していまして、

我が国の労働紛争の解決システムは、あっせん、労働審判、訴訟からなるが、ともすれば、「メンバーシップ型」の労働者を念頭に置いた判例法理のみに焦点が当たっているとの指摘がある。言い換えれば、あっせんや労働審判についても、事例が蓄積されてきているが、その分析・整理が十分になされていないことから、日本の雇用慣行が不透明であると誤解を生じさせている。したがって、司法機関の協力を得つつ、訴訟における「和解」も含め、事例の整理・分析が進めば、我が国の紛争解決システム全体が透明化されることになる。

いや、まさにそれゆえにわたくしたちは労働局斡旋の分析をしたわけですよ。

○ 「労働審判」事例等の分析・整理・公表
・ 平成18 年度から施行されている労働審判制度について、解決事例も蓄積されてきていることから、匿名性に配慮しつつ、その分析・整理を行うことが期待される。また、都道府県労働局で個別労働紛争解決促進法に基づき実施しているあっせん事例や訴訟における「和解」について、匿名性に配慮しつつ、分析・整理を行い、その結果を活用するためのツールを整備する。

分析するだけじゃなくて、

・・・また、主要先進国において判決による金銭救済ができる仕組みが整備されていることを踏まえ、まずは、諸外国の関係制度・運用の状況について、中小企業で働く労働者の保護や、外国企業による対内直接投資等の観点を踏まえながら研究を進める。

金銭解決というと思考停止的に悪と叫ぶ人もいますが、まずは欧州諸国の状況をよく知ってもらうことから始めるべきなのでしょうね。

その先で、やや注目に値するのは、高齢者雇用の関係で、「定年制の廃止も含めた検討を行う」と述べているところでしょうか。これは皮肉で言っているんですが、少なくとも民主党政権時の国家戦略なんたらの40歳定年制とかいう奇妙な提案に比べるとずっとまともです。

ただし、「有期労働契約の無期転換のあり方の検討」というのは、本ブログでも何回か指摘したように、労働基準法で許される5年の有期労働契約を結べば一回きりで何の問題もないのに、わざわざ1年契約を何回も更新しようとするから、労働契約法18条に引っかかるように見えるだけだということを、よく理解していただく必要があるように思われます。

あと、「外国人材受け入れのための検討」については、下手に外国人を入れると日本人労働力を活用しようという意欲が失われ、結果的に労働問題を超えた社会不安問題を惹起しかねないという問題をよく認識しておく必要があります。

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大沢真理『生活保障のガバナンス』

L17394

大沢真理さんより『生活保障のガバナンス』(有斐閣)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641173941

1980年代以降の生活保障システムを詳細なデータを基に跡づけ分析し,日本の社会・経済の脆弱性を照らしだす。特に貧困や地域格差など偏ったお金の流れ,個々人の「生きにくさ」がジェンダーと深く関わっていることを明らかにする。迫力ある著者待望の書。

大沢さんといえばジェンダー論からの社会政策という印象でしょうが、本書は極めて包括的かつ詳細に過去数十年の日本社会のありようを分析しており、じっくり読めばいくらでも得るところの多い本だと思います。

序 論 危機や災害に脆い社会
第1章 所得の格差・動態にかんするデータ─ミクロとマクロ
第2章 生活保障システムというアプローチ
第3章 福祉レジーム論をふりかえる
第4章 生活保障システムの3類型と日本
第5章 「失われた20年」のガバナンスの推移
第6章 失われた20年の始まり─1990年代のガバニング
第7章 小泉改革とはなんだったか─2000年代のガバニング
第8章 生活保障システムの比較ガバナンス─2000年代の日本の座標
終 章 グッド・ガバナンスに向けて

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チープな福祉 日本とイギリス

ネット上で話題の古市さんのこの発言

http://president.jp/articles/-/11364?page=4(牛丼チェーンは日本型福祉の1つ)

【古市】なるほど、すき家はいいですよね。牛丼やファストフードのチェーンは、じつは日本型の福祉の1つだと思います。北欧は高い税金を払って学費無料や低料金の医療を実現しています。ただ、労働規制が強く最低賃金が高いから、中華のランチを2人で食べて1万円くらいかかっちゃう。一方、日本は北欧型の福祉社会ではないけれど、すごく安いランチや洋服があって、あまりお金をかけずに暮らしていけます。つまり日本では企業がサービスという形で福祉を実現しているともいえる。

まあ、「資本主義の国のアリス」さんのこの批判で尽きているわけですが、

http://alicewonder113.blog.fc2.com/blog-entry-40.html(安い牛丼や洋服が、日本型の福祉ですって?)

モノが安く提供されているということは、労働力が安価に提供されているということです。牛丼、ファストフード、安価な洋服……そこで働く人々の賃金はどうなっていると思ってるんですかね。

ただ、もちろんお金のない人々に安い商品を提供することがそれ自体福祉であるという発想は、別段「日本型福祉」などと言わなくても、欧州にもあります。ただし、それをチープレイバーで実現しようというんじゃなくて、

http://www.huffingtonpost.jp/2013/12/22/first-social-supermarket-in-uk_n_4491061.html?utm_hp_ref=tw(失業者や低所得者専用のスーパー、「ソーシャル・スーパーマーケット」とは? )

英国では初めてとなる「ソーシャル・スーパーマーケット」の開店が話題を呼んでいる。失業者など福祉手当の受給者に顧客を限定し、スーパーなどで余剰となった商品を格安で販売する。

提供される商品は、賞味期限が近かったり、パッケージに多少の難があるものなど、通常の流通ルートには乗らなくなったものが中心。

買い物袋一杯に食品を購入しても数百円の価格で済むような値付けになっている。すでに大手の小売業者との提携が出来ており、十分な数の商品を仕入れることが可能だという。

ワケアリ商品を格安で購入して格安で売るというビジネスモデル。労働力が安価に提供されることを前提にしないというところが古市流「日本型福祉」との違いでしょうか。

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『若者と労働』の書評など

Chuko拙著『若者と労働』に、Kitokuさんの「地下書庫に憩う日々」というブログが書評をいただいています。

http://kitoku.hatenablog.jp/entry/2013/12/23/000736

初めは、ちょっと軽いノリの語り口だと思ったが、とても興味深かった。

ジョブ型とメンバーシップ型についてや、一斉採用の歴史等、断片的に知っていたことが改めて整理された感じがする。本書では、日本の労働法は本来はジョブ型就労の社会を前提としたものであるのに、これまで実態として中間層の働き方がメンバーシップ型であったために、判例等を積み重ねてそれに対応して来たということが解説されている。ハローワークがジョブ型就労を前提とした機構であり、新卒生にほとんど縁がないことが解説されているところは、これまで抱いていた疑問が解けてなるほどと思った。・・・

「軽いノリ」のつもりではなかったのですが、できるだけ読みやすくという気持ちがそういう風に表れていたとすれば、それは望ましいことですね。

「これまで抱いていた疑問が解けてなるほどと思っ」ていただいたのはうれしい限りです。

もう一つ、同じ12月23日付で、「よろず小屋」という読書グループの例会記録で、『若者と労働』が取り上げられています。

http://yorozugoya.blog.fc2.com/blog-entry-83.html

よろず小屋12月の例会は、12月14日にルノアール大久保店マイスペース会議室で行なわれました。寒い中、7名の方が参加され、にぎやかに議論をしました。

このグループは、

都内で月に一回読書会を行っています。オープンな読書会ですので、興味のある方はのぞきにきてみてください。

とのことで、今回は拙著が取り上げられたということです。

レポーターからの論点提起は:

若者の労働意識に関するいくつかの調査データをみると、ジョブ型正社員導入にとって追い風になる部分と向かい風になる部分とがある。前者は例えばアスピレーションの低さ、ワークライフバランス志向の高まりなど。後者は年功賃金を支持する割合の再上昇等。後者をどのように手当てしていくか、具体的に考える必要があろう。

ノンエリートの人生モデルを社会的に作っていくことが必要だと思うが、けっこう難しいし時間がかかるようにも思う(回顧的に言えば戦後のある時期に徹底的に破壊してしまったものだとも言える)。

学校教育の問題。高校について言えば、普通科がよいという意識は(専門校交の方が就職率がよいと知られている現在でさえ)まだまだ強いように思われる。大学について言えば、非実学系専攻が多すぎると考えるのか、(本田由紀さんはそのように考えているように思えるが)非実学系の専攻でも教育の職業的意義は確保できると考えるのか。

というもので、これに対して次のような論点が出されたそうです。

  • 日本の職場でジョブを切り分けるのはけっこう大変なように思う。ジョブを切り分けられるように職場のあり方を変えるには相当な時間と手間がかかりそう。
  • 非実学系専攻を労働市場との対応で削減していくと、大学の大学らしさのようなものがなくなってしまうのではないか。
  • 旧来のシステムが養成してきたようなジェネラリストは今後も一定程度必要なのではないか。そうだとしたら、どの程度の必要性を見積もればよいか。
  • 専門性の幅にもよるが、職業教育のシステムは労働市場の変動速度に耐えられるか。特に技術の陳腐化にどのように対応していくのがよいか。
  • 今や労働市場の大きな部分をなす対人接客業の人々の専門性をどう考えるべきか。
  • 派遣をやってみたが、これはこれですっきりしていてよい。ジョブ型正社員のメリットを実感したと言える。
  • 実務能力が学校で身に付くという「幻想」が経済界にあるように思える。あるいは大学教育における職業的な意義とはどの程度実務的なものであるべきか。
  • ノンエリートの人生モデルという点で言えば、最近よくいわれるヤンキー化(地元人間関係プラス家族が生きがい)はそういうもののプロトタイプでは。
  • ブラック企業への批判について。(今回のテキストは離れて)それを批判すること自体は正しいと思うが、個々の求職者のケアをする立場から見ると、ブラック企業から脱出した人たちに次の職場を提供できなければ不十分であるようにも思う。
  • 日本型モノ作りの優位性を主張する経営学的な議論からするとメンバーシップ型正社員の存在にもまだまだメリットがあるということになるのだろうか。


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hamachanブログ2013年ランキング

1.中小企業ではスパスパ解雇してますよ 24,527

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-12a7.html

世間では解雇規制の議論が盛り上がってきているそうですけど、何にせよ、日本社会の現実の姿からかけ離れた思い込みを前提に議論がされたのでは、あらぬ方向に走って行くばかりですので、

2.古市くん、チョーまともじゃん 16,645

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-7a24.html

例の「今後の経済財政動向等についての集中点検会合」に「有識者」として出席した古市憲寿さん。ネット上では誰の代表のつもりだ・・・とかなりな言われようでしたが、公開されたその議事録を読んでみると、実にまっとうな議論を堂々と展開しています。

3.経済学者の意識せざるウソ 13,898

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-fee2.html

今朝の朝日の15面、経済学者の松井彰彦氏が、「改正労働契約法 「身分差」埋める努力を」というのを書いているのですが、これが、法律そのものを知らないまま、慣行を法律規定と思い込み、その慣行を是正しようとしている法律を、その趣旨と正反対のものと取り違えるという、ある種の経済学者に典型的な間違いを堂々と犯しています。

4.何で日本の左派なひとは「成長」が嫌いか 11,982

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-8159.html

メンバーシップ型社会では、景気が良くなっても「作業」は増えるけれど、「ジョブ」は増えるとは限らない。とりわけ非正規は増やすけれど、正社員は増やすよりも残業で対応する傾向が強いので、働く側にとってはいいこととばかりは限らない。

5.なにい?労働生産性が低いい?なんということだ、もっとビシバシ低賃金で死ぬ寸前まで働かせて、生産性を無理にでも引き上げろ!!! 10,050

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/post-8791.html

ただ、付加価値生産性とは何であるかということをちゃんと分かっている人にはいうまでもないことですが、世の多くの人々は、こういう字面を見ると、パブロフの犬の如く条件反射的に、

なにい?労働生産性が低いい?なんということだ、もっとビシバシ低賃金で死ぬ寸前まで働かせて、生産性を無理にでも引き上げろ!!!

いや、付加価値生産性の定義上、そういう風にすればする程、生産性は下がるわけですよ。

6.それが普通のレギュラーワーカー、日本の「正社員」は疑似エリート 8,440

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-50bd.html

本ブログで何回も繰り返してきたことですが、こういう雇用形態を「中間」とか「准正規」とか言うこと自体が、特殊日本型「正社員」という世界的にはかなり特殊な形態をデフォルトだと思っている特異な発想に基づくものなんですね。

日本以外の普通の感覚からすれば、ここで「中間」とか「准正規」と呼ばれている在り方こそ、ごくごく普通の労働者(レギュラーワーカー)の姿であり、適度に安定していてそこそこの賃金を得られる普通のノンエリート労働者の働き方。

7.まともな左派の悩み方 8,196

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-af70.html

まともな左派は、つまりリベサヨでなく、労働者の雇用と生活の向上を何より大事に考える左派は、こういう風に悩まなければなりません。

左派の代表格のような顔をしてしゃしゃり出たがる人々に限って、こういう悩みをほとんど持っていなさそうに見えるところが今日の日本の大きな問題なのでしょうけど。

8.ジョブ型正社員が(貴様ぁ)解雇しやすいなんてのは大嘘 7,880

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-5f42.html

間違った認識のマスコミ報道が、その認識に基づいた間違った理解を生み出し、それに対してまっとうな現実認識を持った人が、元々の議論に対してとんでもなく的の外れた批判をしてしまう・・・という奇怪な事態が、ジョブ型正社員構想をめぐって起こっていることを、この冷泉彰彦さんの文章ほど見事に浮き彫りにしているものはないように思われます。

9.半分だけ正しい竹中平蔵氏 5,866

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-1c39.html

「日本の正社員というのは世界の中で見ると非常に」特殊な在り方であるということ自体は、私が口を酸っぱくして言っているようにその通りです。

しかし、その特殊さを、「非常に恵まれたというか、強く強く保護されていて容易に解雇ができず」という側面だけで捉えてしまうと、あたかも日本の企業は世界で最も博愛的で、異常なまでに自社の利益を顧みずに労働者保護ばかりに勤しんできたかのような、とんでもない誤解をあたえることになります。

もちろん、そんな馬鹿な話はありません。日本型正社員の特殊さは、まず何よりも、職務も時間も空間も限定がなく、会社の命令で何でもやらなければならないというところにあります。そういう無限定さの代償として、「何でもやらせられる」強大な人事権の論理必然的なコロラリーとして、いざというときにも「何でもやらせることによって解雇を回避する」努力義務というのが発生してくるわけです。

・・・ここで大事なのは、こういう法社会学的な相互補完的存在構造が、経済学者の目には全然見えていない、ということなのです。

だから、「日本の正社員というのは世界の中で見ると非常に恵まれたというか、強く強く保護されていて容易に解雇ができず」などという、半分だけ正しいけれども、残りの極めて重要な半分を無視した暴論を平気で言えてしまうわけです。

10.私はブラック企業の経営者だった 5,296

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-1011.html

自分自身が経営者として、まさにそういう行動様式をなんの疑いもなく取ってきた方であるが故に、現実を何も知らない経済学者流とは違って、その実相をこのようにえぐり出すことができるのでしょう。

番外 他人の解雇、自分の解雇 5,391

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-ab5e.html

正当な理由があろうがなかろうが、およそ解雇は自由でなければならないと主張しているはずの人間が、自分のボスによる解雇通告に逆らうなどという言語道断な振る舞いに出たことを、平然と公言しているというのは、これを天下の奇観と言わずして何と申しましょう、というところです。

・・・なんと、正当な理由があろうがなかろうがことごとく認められるはずの解雇をされたと言われることが、名誉毀損に当たる、というすさまじくも終身雇用にどっぷり浸った発想をそのまま披瀝しているんですな。

ちなみに、昨年2012年のランキングは:

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/hamachan-829f.html(hamachanブログ2012年ランキング)

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今野晴貴「大佛次郎論壇賞を受賞して」

今朝の朝日の文化面に、POSSEの今野晴貴さんが「大佛次郎論壇賞を受賞して」という小文を寄稿しています。

http://www.asahi.com/articles/ASF0TKY201312230169.html

 『ブラック企業』にはどんな意義があったのだろうか。

 第一に、「ブラック企業」というインターネット上のスラング(悪口)に過ぎなかった言葉の広がりを、「社会問題」として提起したことだろう。「ブラック企業」とは、若者を正社員として採用しながら、次々に過重労働で使い潰し、鬱病(うつびょう)・過労自殺・過労死に追い込むような企業を指している。この認識は、現在では厚生労働省にも共有され、対策も打ち出されているが、本書がはじめて提示した理解である。

この記事で重要なところは、

・・・このため『ブラック企業』は近年繰り返されてきた「若者の告発」という姿勢をあえて採らなかった。雇用問題はしばしば世代間対立として語られがちだが、ブラック企業問題は世代を超える日本社会・国家全体の問題であることを示したかったからだ。

というところでしょう。中年世代が若者の味方ぶって世代間対立を煽る惨状を克服するのは、若者世代自身が問題をより本質的に捉え返すことからしかありえないからです。

・・・今では「POSSE」は行政関係者やメディア関係者、大学の研究者等も、「第一線の情報」として重宝していると聞く。「POSSE」には現場の労働相談や調査報告のほか、木下武男氏や濱口桂一郎氏など一線の研究者が論考を寄せ、そうした議論が『ブラック企業』を生み出す基ともなった。

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11/5産業競争力会議雇用・人材分科会有識者ヒアリングにて

ビジネス・ロー・ジャーナルに書いた「解雇規制の誤解」の話を、もう少し詳しく説明したのが、去る11月5日に産業競争力会議雇用・人材分科会有識者ヒアリングで喋った内容です。

その時の資料は産業競争力会議のHPにアップされていますが、

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/bunka/koyou_hearing/dai1/siryou2.pdf

その時の議事録のうちわたくしのプレゼン部分は、まだアップされていませんが、わたくしのチェック済みなので、最初の解雇とジョブ型正社員に係る部分をこちらに載っけておきます。

語り言葉なので読めば意味は通じると思いますが、大事な事は、規制があるからではなく、規制がないからこそいろいろな問題が生じているのだということです。ここがわかっているかどうかが、日本の労働問題を語る資格があるかどうかの差をもたらすということもできます。

(濱口総括研究員)
 私からは若干広く今後の労働法制のあり方について、雇用システムという観点からお話をさせていただく。
 ここ半年近くの議論について感じていることを申し上げる。雇用というものが法律で規制されている、その法規制が岩盤であるといった言い方で批判をされているが、どうも根本的にその認識にずれがあるのではないかと感じている。
 むしろ私が思うのは、現代の日本では特にこの雇用・労働分野については法規制が乏しい、ある意味で欠如しているがゆえに、慣行というものが生の形で規制的な力をもたらしている。そのメカニズムを誤解して、法規制が諸悪の根源であるという形で議論をすると、かえって議論が混迷することになるのではないかと思っている。それゆえ、まずは問題の根源である日本型の雇用システムからお話をしたい。
 本当はこれだけでも1時間や2時間かかる議論だが、ごくざっくりとお話をすると、雇用のあり方を私はごく単純にジョブ型とメンバーシップ型とに分けている。日本以外は基本的にジョブ型。日本も、法律上ではジョブ型。
 ジョブ型とは、職務や労働時間、勤務地が原則限定されるもの。入るときも欠員補充という形で就「職」をする。日本は、就「職」はほとんどせず、会社に入る。「職」に就くのだから、「職」がなくなるというのは実は最も正当な解雇理由になる。欧米・アジア諸国は全てこれだし、日本の実定法上も本来はジョブ型。
 ところが、日本の現実の姿は、メンバーシップ型と呼んでいるが、職務も労働時間も勤務地も原則無限定。新卒一括採用で、「職」に就くのではなく、会社に入る。これは最高裁の判例法理で、契約上、絶対に他の「職」には回さないと言っていない限りは、配転を受け入れる義務があり、それを拒否すると懲戒解雇されても文句は言えないことになっている。
 それだけの強大な人事権を持っているので、逆に、配転が可能な限り、解雇は正当とされにくくなる。一方、残業を拒否したり配転を拒否したりすれば、それは解雇の正当な理由になる。日本の実定法は、そのようにしろと言っているわけではなく、むしろ逆である。にもかかわらず、いわば日本の企業が、もう少し正確に言うと人事部が、それを作り上げ、そして、企業別組合がそれに乗っかり、役所は雇用調整助成金のような形で、端からそれを応援してきたというだけのこと。しかしながら、法規制が欠如していることによって、これが全面に出てくる。
 実は1980年代までは、メンバーシップ型のシステムが日本の競争力の源泉だと称賛をされていた。ところが、1990年代以降は、いろいろな理由でメンバーシップ型の正社員が縮小し、そこからこぼれ落ちた方々は、パート、アルバイト型の非正規労働者になってきた。とりわけ新卒の若者が不本意な非正規になってきたことが社会問題化されてきた。一方、正社員はハッピーかというと、いわゆるメンバーシップ型を前提に働かせておきながら、長期的な保障もないといういわゆるブラック企業現象が問題になってきている。
 したがって、求められているのは規制改革ではない。規制があるからではなく、規制がないからいろいろな問題が出ている。雇用内容規制が極小化されるとともに、その代償として雇用保障が極大化されているメンバーシップ型の正社員のパッケージと、労働条件や雇用保障が極小化されている非正規のパッケージ、この二者択一をどうやっていくかというのがまさに今、求められていることだろう。一言で言うと、今、必要なのはシステム改革であって、それを規制改革だと誤解すると、いろいろな問題が生じてくる。
 以下、規制改革であると誤解することによる問題を述べる。

 まず、一番大きなものが解雇規制の問題である。非常に多くの方々が、労働契約法第16条が解雇を規制していると誤解し、人によってはこれが諸悪の根源だと言う方もいるのだが、これは客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない解雇を権利濫用として無効とすると言っているだけである。つまり、これは規制をしておらず、それまでの判例法理を文章化しただけである。
 本来、権利濫用というのは、権利を行使するのが当たり前で、例外として権利濫用を無効とするというだけなのだが、その権利濫用という例外が、現実には極大化している。なぜかというと、裁判官が何も考えず勝手に増やしたわけではなく、そこに持ち込まれる事案がメンバーシップ型の正社員のケースが圧倒的に多いため。彼らは職務も労働時間も勤務地も原則無限定だから、会社側には社内に配転をする権利があるし、労働者側にはそれを受け入れる義務がある。そうであるならば、例えば会社から「濱口君、来週から北海道で営業してくれたまえ」と言われれば受けなければならない人を、たまたまその仕事がなくなったからといって整理解雇することが認められるかと言えば、それはできないだろう。つまり規制の問題ではなく、まさにシステムの問題。
 日本よりヨーロッパの方が整理解雇しやすいと言われている。それは事実としてはそのとおりだが、法体系、法規制そのものはヨーロッパの方が非常に事細かに規制をしている。それではなぜヨーロッパは、整理解雇が日本に比べてしやすいと見えるのかというと、それはそもそも仕事と場所が決まっており、会社側には配転を命ずる権利がないから。権利がないのに、いざというときにしてはいけないことをやれと命ずることができないのは当然。逆に日本は会社にその権利があるから、いざというときにはその権利を行使しろということになる。
 そうすると、この法律はどうできるのかという話になる。単純に労働契約法第16条を、例えば客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない権利濫用であっても有効であるとするのは、だめなものはだめと書いているのをだめなことはいいと書きかえろと言っているだけの話なので、それは法理上不可能。気に食わないからこれを削除してしまったらどうなるかと言えば、これは2003年以前の状態に戻るだけ。まさに八代先生が、その規定が全くない状態でどうするかということを議論されていたときに戻るだけなので、実はそんなものは何の意味もない。逆に皮肉だが、欧州並みに解雇規制を法律上設ければ、その例外、すなわち解雇できる場合というのも明確化される。これは別にこうしろという意味ではなくて、例えばこんなことが考えられるだろう。
 使用者は次の各号の場合を除き、労働者を解雇してはならない。
 一 労働者が重大な非行を行った場合
 二 労働者が労働契約に定める職務を遂行する能力に欠ける場合
 三 企業経営上の理由により労働契約に定める職務が消滅または縮小する場合
 当然、職務が縮小する場合は対象者を公正に選定しなければならないし、また、組合や従業員代表と協議しなければならない。実はこれは今とあまり変わらない。何が違うかというと、労働契約に定める職務というものが定められていなくて何でもしなければならないのであれば、要するに回せる職務がある限りはこれに当たらないということが明確化するということ。すなわち、規制がない状態から規制を作るというのも、1つの規制改革であろうというのがここで申し上げたいこと。

 解雇についてはもう一点。いわゆる金銭解決という問題があるが、これもまた多くの方々がかなり誤解しているのは、日本の実定法上で解雇を金銭解決してはならないなどという、そんなばかげた法律はどこにもない。かつ、現実に金銭解決は山のようにある。金銭解決ができない、正確に言うと金銭解決の判決が出せないのは、裁判所で解雇無効の判決が出た場合のみ。判決に至るまでに和解すれば、それはほとんど金銭解決しているということだし、あるいは同じ裁判所でも労働審判という形をとれば、それはほとんど金銭解決をしていることになる。行政機関である労働局のあっせんであれば、金銭解決しているのが3割で、残りは金銭解決すらしていない。いわば泣き寝入りの方がむしろ多い。そこまで来ないものもあるので、現実に日本で行われている解雇のうち金銭解決ができないから問題であるというのは、実は氷山の一角というよりも、本当に上澄みの一部だけ。
 むしろ問題は、私は労働局のあっせん事案を千数百件ほど分析したが、3割しか解決していないというのも問題だが、解決している事案についても、例えば解決金の平均は約17万円であるということ。労働審判の方は大体100万円であることを考えると、金銭解決の基準が明確になっていないために、非常に低額の解決をもたらしているか、あるいは解決すらしていないことになる。大企業の正社員でお金のある人ほど裁判ができるが、そうではない中小零細企業になればなるほど、あるいは非正規になればなるほど裁判はできない。弁護士を頼むということもできず、低額の解決あるいは未解決になっていることに着目をして、まさに中小零細企業あるいは非正規の労働者の保護という観点から、解雇の金銭解決を法律に定めていくことに意味があるのではないか。
 ドイツの法律を前提として解雇無効の場合にも金銭解決ができるという書き方をしても、そんなものは解雇の判決の後だけの話なのだから、その前には役に立たないということを言う人がいるが、ドイツでは、労働裁判所に年間数十万件の案件が来ているが、圧倒的大部分は実は判決に至る前の和解で解決している。なぜ解決できるかというと、法律で金銭解決の基準が定まっているから。
 もう一つ言うと、日本の場合、金銭解決というと必ずドイツ式が議論される。ドイツは、社会的に不当な解雇は無効であるとした上で、無効であっても金銭解決はできるとなっている。しかし、実はイギリスやフランスなどヨーロッパの多くの国々は、もちろん不当な解雇がいいなどという法律はないが、不当な解雇だから必ず無効になるというわけでもなく、その場合、金銭解決をすることがむしろ原則となっており、また、悪質な場合には裁判官が復職、再雇用を命ずることができるという規定もある。不当な解雇の効果、法的な効果をどうするかということについて、既存の判例をそのまま法律にしなければいけないと思えば別だが、そうではなく、新しく作るということであれば、実はヨーロッパのいろいろな国々の法システムの中には参考になるものがあるのではないか。以上が解雇についての誤解を解くお話。

 2番目が、それと若干関係しているが、いわゆる限定正社員あるいはジョブ型正社員と言われるもの。これも非常に、マスコミ等から解雇規制を緩和するものであるという議論がされている。労働契約で職務や労働時間や勤務地が限定されることの論理的な帰結として、当該職務が消滅したり、縮小することが解雇の正当な理由になるというのは当たり前であるが、これはまさにヨーロッパ諸国で普通に行われていること。正確に言えば、契約上許されない配転をしてまで解雇を回避する義務がないというだけである。
 職務が限定されているから、当然、当該職務の遂行能力の欠如というのも解雇の正当な理由になり得るが、忘れてならないのは、契約で職務が定まっているから、日本のようにどんどん変わっていくことが前提ではない。したがって、試用期間中であれば当然、遂行能力がないから解雇ということがあり得るが、長年その職務をずっとやってきた、言い換えれば企業がその人の労務を受領してきた、企業が文句をつけてこなかった場合に、例えば10年ずっと同じ仕事をやってきた人間に、その仕事ができないから解雇だと言うことができるか。それはなかなか理屈として難しかろうと思う。ここはやはりジョブ型というのは職務が限定されているということを、きちんと御認識いただく必要があろう。
 もう一つ、私はジョブ型正社員という言い方をしているが、これをどう位置づけるかという点について。実は今から20年近く前に、当時の日本経営者団体連盟が「新時代の日本的経営」というものを出したが、それはいわゆるメンバーシップ型の長期蓄積能力活用型と、いわゆるパート・アルバイト型の非正規の雇用柔軟型というモデルの間に、高度専門能力活用型という、同じ大きさの長方形を並べるグラフが打ち出されていたが、現実にはほとんど実現しなかった。
 なぜかというと、おそらく高度という形容詞が余計だったのではないか。高度であろうが中程度であろうが、あるいは場合によっては低度であろうが、そういった限定された専門的能力を、その職務がある限り活用するというタイプと改めて位置づけ直すことで、かつての日本経営者団体連盟のいわば天下三分の計みたいなものをもう一度見直すことができるのではないか。
 その際、そのイメージだが、メンバーシップ型の正社員というのは、いわば私はiPS細胞みたいなものだと思っている。iPS細胞というのは、手に貼りければ手の一部となる、足に貼りつければ足になる、頭に貼りつければ頭になる。日本の人事部は労働者というのはそういうものだ、正社員だったらそういうものだと思って動かしてきたが、ジョブ型というのはそうではない。これは部品である。部品というのは、その部品に合ったところにはめなければ使えない。ということは、実はマネジメントというのが必要になるということ。マネジメントが必要になるのは当たり前ではないかと思うかもしれない。実は今まで日本は、貼りつければそれで済む、あとはそこでうまくやれ、うまくやれる人間を入れているはずだということでやってきた。若干極論を言えば、いわばマネジメントの必要性がなかったのではないか。それがジョブ型正社員ということになると、それは部品なので、適切な部品を適切なところにはめなければならない。そういうマネジメントというものが必要になってくるということだろうと思う。
 最後に1点だけ、この限定正社員について申し上げておくと、これは当たり前のことだが、限定をしなければ限定正社員ではない。限定正社員と契約書に書いたからといって、その後、今までのつもりであちこち使い回していると、これは限定ではなくなる。限定正社員と契約書に書いていたけれども、その後あちこち使い回された人間が、その仕事がなくなったからといって解雇されて裁判所に行くと、裁判所は契約書の文言ではなくて当然実態で判断するだろうから、会社側も限定正社員である限りは、限定ということで我慢しなければならない。

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『Business Law Journal』2月号に「解雇規制の誤解」を寄稿

201402_no71ビジネス法務の専門誌『Business Law Journal』の2014年2月号に「解雇規制の誤解」を寄稿しました。

この雑誌は、「一流の法律家であると同時に、一流のビジネスパースンであることを目指す人材をサポートする」コンセプトだそうです。

一流のビジネスパースンであるなら是非理解しておいて頂きたいことを書きました。

http://www.businesslaw.jp/contents/201402.html

 最近、解雇規制をめぐる議論がかまびすしいが、非常に多くの人々が誤解していることがある。それは、日本は他の欧米諸国より解雇規制が厳しいと思われていることだ。経済学者や一部法学者までそういう誤った認識で語る傾向があるのは嘆かわしいことである。

 日本の労働契約法16条は「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない」解雇を権利濫用として無効としているに過ぎない。解雇できるのが原則であり、権利濫用は例外である。ところが、その例外が非常に広くなっている。特に、欧米では最も正当な解雇理由である経済上の理由による整理解雇が、日本では最も不当な解雇とみなされているし、能力不足を理由とする解雇もなかなか認められない。しかし、それは解雇規制のせいではなく、企業の人事労務管理が鏡に映っているだけなのである。

 この問題を考える出発点は、日本の「正社員」と呼ばれる労働者の雇用契約が世界的に見て極めて特殊であるという点である。諸外国では就職というのは文字通り「職」、英語で言えば「ジョブ」に就くこと、つまり職務を限定して雇用契約を結ぶことであり、通常勤務地や労働時間も限定される。それに対して日本の「正社員」は、世間で「「就職」じゃなく「就社」だ」といわれるように、職務を限定せずに会社の命令次第でどんな仕事でもやる前提で雇われる。また勤務地や労働時間も限定されないのが普通である。こういう「無限定」社員を、われわれ日本人はごく当たり前だと思っているが、実は世界的には極めて特殊なのである。

 そういう日本型「正社員」は、たまたま会社に命じられた仕事がなくなったからといって簡単に解雇されない。なぜなら、どんな仕事でも、どんな場所でも働くという約束なのだから、会社側には別の仕事や事業所に配転する義務があるからである。社内に配転可能である限り解雇は正当とされないのだ。これを労働法の世界では解雇回避努力義務というが、それは「就職」ではなく「就社」した人々だからそうなるのである。

 欧米で一般的な「ジョブ」型の雇用契約では、同一事業場の同一職種を超えて配転することができないので、労使協議など一定の手続を取ることを前提として、整理解雇は正当なものとみなされる。それに対して日本型「正社員」の場合は、雇用契約でどんな仕事でもどんな場所でも配転させると約束しているため、整理解雇はそれだけ認められにくくなる。

 日本は解雇規制が厳しすぎるのではない。解雇規制が適用される雇用契約の性格が「なんでもやらせるからその仕事がなくてもクビにはしない」「何でもやるからその仕事がなくてもクビにはされない」という特殊な約束になっているだけなのだ。ヨーロッパ並みに整理解雇ができるようにするためには、まず「何でもやらせる」ことになっている「正社員」の雇用契約のあり方を見直し、職務限定、勤務地限定の正社員を創り出していくことが不可欠の前提であろう。

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第13回大佛次郎論壇賞に今野晴貴『ブラック企業』

9784166608874今朝の朝日新聞の18面にでかでかと、

http://www.asahi.com/articles/DA2S10891410.html(第13回大佛次郎論壇賞 『ブラック企業―日本を食いつぶす妖怪』 今野晴貴氏)

第13回大佛次郎論壇賞(朝日新聞社主催)は、今野晴貴・NPO法人POSSE(ポッセ)代表(30)の『ブラック企業――日本を食いつぶす妖怪』(文春新書)に決まった。若い正社員を大量に採用して過酷な労働環境でうつ病や退職、過労死に追い込む一群の企業を指摘し、日本的雇用の新たな問題を明らかにした。来年1月30日、東京・内幸町の帝国ホテルで朝日賞、大佛次郎賞、朝日スポーツ賞と共に贈呈式がある。・・・

この後、今までの活動の流れを語り、今後に向けた抱負を語っています。

左側には、選者5人の選評が載っています。

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経済の好循環実現に向けた政労使の取組について

本日、例の政労使会議で標題の文書が政労使の代表によって確認されました。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/seirousi/pdf/torikumi.pdf

本日、政府、日本経済団体連合会、日本商工会議所、全国中小企業団体中央会及び日本労働組合総連合会は、別紙のとおり、経済の好循環の実現に向けて、一致協力して取り組むとの認識に至った。今後、それぞれが具体的な取組を進めるとともに、その成果を確認する。

中身は4つの項目からなっていますが、もちろん最も重要で注目されるのは第1の賃金引き上げです。

1.賃金上昇に向けた取組

デフレ脱却に向けて経済の好循環を起動させていくためには、まずは経済の好転を企業収益の拡大につなげ、それを賃金上昇につなげていくことが必要である。さらに、このような好循環を日本経済全体に波及させ、持続的なものとしていくことが必要である。

政府は、引き続き「三本の矢」を一体として推進するとともに、企業による賃金引上げの取組を促進するため、所得拡大促進税制を拡充するとともに、足元の企業収益を確実に賃金上昇につなげるため、「集中復興期間」における25兆円程度の復興財源を確保した上で復興特別法人税を1年前倒しで廃止する。あわせて、賃金上昇等について経済界への要請等の取組を行うとともに、地方の中小企業・小規模事業者への効果を含め、賃上げの状況についてフォローアップを行い、公表する。

賃金は個別労使間の交渉を通じて決定するものである。その上で、政府による好循環実現に向けた環境整備の下、労使は、各企業の経営状況に即し、経済情勢や企業収益、物価等の動向も勘案しながら十分な議論を行い、企業収益の拡大を賃金上昇につなげていく。

その際、労働者の将来への安心感を醸成し、賃金上昇を消費拡大につなげていくという観点から、様々な対応を検討する。

わたしは、むしろ「賃金は個別労使間の交渉を通じて決定するものである」なんて余計なことを言う必要はないと思いますけどね。そういう言い方が、本来マクロな性格を持っている賃金がミクロな「各企業の経営状況に即し」すぎた原因でもあるわけで。

ちなみにその他の項目は、

2.中小企業・小規模事業者に関する取組

3.非正規雇用労働者のキャリアアップ・処遇改善に向けた取組

4.生産性の向上と人材の育成に向けた取組

です。

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誰か『組合オルグ一代』を映画かドラマにしませんか?

昨日、午前中は生保労連でジョブ型正社員や労働時間規制の話をして、午後は日本三大オルグの一人、UAゼンセンの二宮誠さんのお話を聴きました。3時から延々6時半まで、さらにその後の懇親会で夜半まで、その武勇伝に聞き惚れる半日となりました。

二宮誠さんについては、オーラルヒストリーをいただいた時に本ブログでも取り上げていますが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-e847.html(『二宮誠オーラルヒストリー』)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/h-7bb6.html(組と組合はどう違う?)

・・・朝5時頃に戸をどんどん叩くんですね。・・・戸を開けて「何があったの」と聞くと、「会社に行ったら会社がもぬけの殻なんです」・・・「社長の家も、もぬけの殻なんですよ」

・・・「とりあえず、金目のものはみんな運べ」・・・大野繊労の委員長に「会社に黙って4トントラックを持ち出してくれ」と頼み、それに持ち出せる全ての金目のものを積み込んで、廃校になった大野郡和泉村の小学校に隠しました。それで、朝8時10分の始業時を迎えて、組合員全員を集めて報告集会を行いました。

そのうちにヤクザが出てきて、ドスを抜き、それを突きつけて「貴様ら、金目のものをどこに隠した」と威嚇するんです。会社は最後は優遇手形を乱発しているんですねそれがヤクザにまで行っているわけですよ。ほとんどただで手に入れているんでしょうけど。「これをどうしてくれる」ということでヤクザとひと揉めしました。・・・最後に「お前が指示したんだな。お前の家族を殺してやる」といって啖呵を切って帰って行きましたが。その時、わたし自身まだ独身でしたから、まさに怖いものなしでした。

あとは、退職金の組合分をどこからどうしているとかなるわけです。残されている金目のもの全てが抵当で銀行に抑えられているわけですから、要は銀行にどれだけ損してもらうかしかないんですね。・・・

それを取るために何をしたか。みんなに10円持ってきてくれと言っておきました。メインバンクは某銀行でした。みんなを並ばせたんですよ。70名くらい組合員がいました。10円で通帳を作りに並ばせて、その本店に他のお客さんの相手をすることが一切できない状態にしました。

そうしたら頭取が出てきて、始めは「こんなことは違法だ」と叫んでいました。「違法なら違法で警察を呼んだらどうだ」と言ったところ、多少押し問答はありましたが、最後は「なんとかしてくれ」と言うんです。・・・

こういうたぐいの話がいっぱい載ってるし、昨日はオーラルヒストリーにも出てこない失敗しかけた話とかもいろいろ聞けました。失敗しかけた話は結構あるようですが、失敗した話は一つもない、というのが凄いところです。

上のエントリでも言いましたが、

これは本当に褒め言葉としていうのだが、かつての労働組合の闘争はヤクザ映画と同じように描き得るほどのドラマに満ちている

というぶこめがつきましたが、いやまさしくそうです。どこか映画化しようという人いないかな。

これはほんとに、映画かドラマ化したら結構受けそうな気が。

ダンダリンが評判とってる時期だけに、組合オルグの一代記ってのもいいんじゃないか、と心ある映画人かテレビ人はいないものでしょうか。

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朝日新聞社説 on ブラック企業

本日の朝日新聞の社説が、ブラック企業を取り上げています。

http://www.asahi.com/paper/editorial.html?ref=editorial_backnumber(ブラック企業―根絶のために行動を)

 ひどい働き方をさせられていると思ったら、役所に相談するなど行動を起こそう。社会の側はそれを受け止め、企業に是正させる仕組みを整える。この二つをかみあわせ、ブラック企業を根絶していきたい。

 過労やパワハラで社員が精神障害になった事業所で、その後も月80時間超の残業が続く。ある会社は、残業代が支払われない「管理職」が社員の7割を占め、うち半分は20代……。

 「若者の使い捨てが疑われる企業」への対策として、厚生労働省が実施した調査からは、すさまじい実態が伝わる。

 対象になった5111事業所のうち82%で、違法残業や賃金不払いなどの労働法令違反が見つかった。

 こんな風に思う人がいるかもしれない。「若いときには、がむしゃらに働いて当たり前。オレもそうだった」と。

 確かに、これまでも長時間労働や過剰なノルマはあったし、労働法令がいつも守られていたわけではない。

 それ自体、問題ではあるが、そこには「メンバーシップ型」と呼ばれる日本独特の雇用システムもあった。会社はいったんメンバーになった正社員に厳しい要求をするかわりに、育成の機会と雇用の安定を保障するのが前提だった。

 ブラック企業には、この前提がない。体力と気力のあるうちは徹底的に働かせ、心身をこわしたりして「能力不足」と判断したら、退職に追い込む。まさに使い捨てだ。

 どう対応するか。

 今回の調査はハローワークへの相談電話や投書など、労働者の行動が手がかりになった。

 働く側が労働時間や賃金、採用・解雇について、労働法の基礎を身につけておくことが肝要だ。それがないと、会社の言いなりになってしまう。学校も、就職率を競うだけでなく、学生・生徒に命と健康を守る手立てを伝えてほしい。

 ただ、行動を起こしても、それを受け止める枠組みがなければ孤立するだけだ。

 労働者の不満の受け皿であるはずの労働組合の組織率は今年17・7%まで落ち込んだ。ブラック化しやすい新興企業では、組合がないのが普通だ。

 個人でも加入できるユニオン、労働相談を受けるNPOや弁護士、そしてなにより、労働行政の奮起にかかる。

 事後的な摘発はもちろんのこと、「使い捨て」の判断材料のひとつである離職率の調査・公表など、あらゆる取り組みを強化すべきだ。

短い中に大事なことをきちんと盛り込んだ良い社説になっていると思います。

(今野晴貴さんの感慨)

https://twitter.com/konno_haruki/status/413529145948127232

今日の朝日新聞の社説「ブラック企業 根絶のために行動を」を読んで、「あれ、自分が書いたんだっけ?」と思うほど、私たちが発信してきたことがくみ取られている。濱口桂一郎さんや、POSSE、「ブラック企業対策プロジェクト」が発信してきたことが、本当に結実しつつある。

https://twitter.com/konno_haruki/status/413530120452710400

今日の朝日新聞の社説「ブラック企業 根絶のために行動を」。本当に、感慨深い気持ちになる。1年前、私が『ブラック企業』を出版したころは、「ブラック企業」の定義も、何が問題なのかも、ぜんぜん社会に共有されていなかった。今や、朝日の社説も、厚労省も、私たちと同じ定義を使っている!

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大三元さんの旧著書評

131039145988913400963大三元さんの「読書のあしあと」というブログで、4年前の旧著『新しい労働社会』に対して、かなり詳しい、そして大変に踏み込んだ懇切な書評をいただきました。

http://blogs.yahoo.co.jp/honestly_sincerely/64253753.html

まず、全体の感想として、

労働問題は歴史問題などと並んで感情的になりやすく、何を読んだらいいのかわからない問題の一つではないかと思うが、そんな中で本書は独自の分析に基づいて現代日本の労働問題を整理している好著だと思う。

単に規制緩和を主張するでもなく、「小泉改革は全て悪」のような左翼でもなく、ロスジェネに加担するでもなく、きちんと歴史的経緯を踏まえて独自の主張を展開している。
そのすべてに同意できるわけではないが、基本的な論点をおさえつつ平易に叙述されている本書は、現代の労働問題入門としても相応しいと思う。

と評していただいた上で、様々な問題に対する切り込み方について、個々の例を挙げながら、

その手並みは鮮やかで、主張もきわめてまっとうである。

と述べています。

最後の「職場からの産業民主主義」については、

これは確かに現実的な策かもしれないが、個人的に気になったのは、著者はユニオンなど企業の「外側で騒ぐ」タイプの組合運動ではなく、「内側から改革する」タイプの組合運動を推奨しているが、それを進めた組合員が企業の社員として評価されない現実をどうするのか、という点に全く触れていないこと。・・・

と疑義を呈されています。

ちなみに、既にコメントがついていて、

新聞の書評欄の文章のようですね。余裕が感じられます、

まさに、そういう雰囲気の漂う書評です。


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有斐閣ストゥディア『労働法』

L15001小畑史子,緒方桂子,竹内(奥野)寿 著『労働法』(有斐閣)をお送りいただきました。有斐閣ストゥディアという新しいテキストシリーズのようです。

http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641150010

労働法と日常生活との関わりを意識して読み進められるよう,事例を活用しつつ,労働法の基本的な考え方や制度の成り立ちを丁寧に解説。コラムには就職後に役立つ知識等を盛り込むことで,労働法を学ぶ意義や楽しさも実感できる。初学者に最適な1冊。

著者は、若手から中堅になりつつある活躍中の研究者です。テキストとしては初等クラスですが、コラムの「もう一歩先へ」「知って得する」などは、結構話題のトピックを取り上げていますね。

第1章 労働法を概観してみよう
第2章 労働関係の当事者と基本的権利義務
第3章 労働条件の決定
第4章 労働契約の成立
第5章 人 事
第6章 賃 金
第7章 労働時間・休憩・休日
第8章 休暇・休業
第9章 差別禁止・均等・均衡取扱いの法ルール
第10章 安全衛生・労働災害
第11章 労働契約の終了
第12章 非典型雇用
第13章 労働組合・不当労働行為
第14章 団体交渉・労働協約
第15章 団体行動

たとえば、183ページの「正社員の方が辞めにくい?」

非正規労働者の中には、「正社員だといざというときに辞めにくい」と考えて、非正規労働者として働いている人もいるといわれています。責任の重さといったことを考慮すると、このように考えるのもなるほどと思われます。また、正社員が辞職を申し出て退職したところ、辞められて会社の事業に支障が生じたとの言い分で、多額の損害賠償請求をされたという事例も時々聞かれます。ですが、法的には・・・・・・・・・

法的には? ちゃんと答えられますか?


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若者の「使い捨て」が疑われる企業等への重点監督の実施状況

既に新聞、テレビ等でも報道されているので、データ等はこのリンク先をご覧頂くとして、

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000032425.html

ここでは、「違反・問題等の主な事例」の詳しい内容を発表資料から:

http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11202000-Roudoukijunkyoku-Kantokuka/0000032428.pdf

重点監督及び申告監督における指導事例

事例1:長時間労働等により精神障害を発症したとする労災請求があった事業場で、その後も、月80 時間を超える時間外労働が認められた事例
【概要】
30 歳代前半の労働者から、長時間労働やパワーハラスメントが原因で精神障害になったとして労災請求があったことを契機に監督指導を実施したところ、以下の事実を確認した。
① 監督署がIDカード等の労働関係に関する書類を調査したところ、36 協定の上限時間を超え、最も長い者で月80 時間を超える時間外労働が行われていたこと
② 時間外労働に係る割増賃金を定額の手当(最高3 万円)で支払うこととし、労働時間の把握を行っていなかったが、労働時間を確認したところ、法定支給額に不足していたこと
③ 時間外・休日労働が月80 時間を超える労働者に係る医師の面接指導等について、実績がなく、より積極的な運用が求められると判断
【監督署の指導内容】(現在、是正確認中)
①について、労働基準法第32 条(労働時間)違反を是正勧告し、長時間労働の抑制を指導
②について、労働基準法第37 条(割増賃金)違反を是正勧告し、不払いとなっている割増賃金の支払いを指導
③について、時間外・休日労働を月80 時間を超えて行わせた労働者に対し、より積極的に面接指導等を実施することを指導

事例2:社員の7 割に及ぶ係長職以上の者を管理監督者として取り扱い、割増賃金を支払っていなかった事例
【概要】
監督指導時に確認した事実は以下のとおり。
① 会社は、正社員のうち7 割程度を占める係長職以上の労働者(半数程度が20 歳代)を、労働基準法第41 条第2 号に基づく管理監督者として取り扱っていたが、監督署が係長職以上の労働者の職務内容、責任と権限、勤務態様、賃金の処遇等を確認したところ、労働基準法第41 条第2 号に定める管理監督者とは認められなかったこと
② 当該管理監督者とされていた労働者について、労働時間管理が適正に行われておらず、また、時間外労働に係る割増賃金が支払われていなかったこと
【監督署の指導内容】(一部、是正済み)
①について、係長職以上の労働者について労働基準法第41 条第2 号に定める管理監督者に該当しないとして、管理監督者の範囲を全社的に見直し、必要な改善を図ることを指導
②について、労働基準法第37 条(割増賃金)違反を是正勧告するとともに、関係記録の精査や労働者への聴取などを行い、賃金不払残業が明らかになった場合には適正な割増賃金を支払うことを指導
(指導を受け、会社は②について実態調査し、適正な割増賃金を支払った。なお、①は是正確認中)

事例3:営業成績等により、基本給を減額していた事例
【概要】
会社の労働者の平均年齢は、20 歳代後半。
監督指導時に確認した事実は以下のとおり。
① 商品売上額や在庫管理状況が不良の場合に、基本給を減額する制度(基本給×マイナス○%とする規定や、マイナス○万円とする規定)を設けており、基本給の一部が支払われていない月が認められたこと
② 会社は、始業・終業時刻を静脈認証により把握し、時間外労働を労働者からの残業申請により管理していると説明したが、監督署が調査したところ、静脈認証と残業申請の記録に乖離が生じており、会社の人事労務責任者もその乖離についての合理的な説明ができなかったこと
【監督署の指導内容】(是正済み)
①について、労働基準法第16 条(賠償予定の禁止)、第24 条(賃金の支払)違反を是正勧告し、当該制度の即時改善を指導
②について、賃金不払残業の有無に関する実態調査を行い、賃金不払残業が明らかになった場合には適正な割増賃金を支払うことを指導(指導を受け、会社は①の制度を廃止するとともに、②について実態調査し、適正な割増賃金を支払った)

事例4:月100 時間を超える時間外労働が行われていたにもかかわらず、健康確保措置が講じられていなかった事例
【概要】
会社の労働者の平均年齢は、20 歳代後半。
監督指導時に確認した事実は以下のとおり。
① 監督署が静脈認証システムの労働時間記録等の関係書類を調査したところ、36 協定の特別条項の上限時間を超え、最も長い者で月100 時間を超える時間外労働が行われていたこと
② 時間外労働に係る割増賃金は定額で支払われているが、把握した労働時間と突き合わせをしておらず、支給額に不足が生じていたこと
③ 衛生委員会が設置されておらず、長時間労働者の健康障害の防止を図るための対策の樹立について、調査審議されていなかったこと。また、時間外・休日労働が月80 時間を超える労働者に係る医師の面接指導等について、実績がなく、より積極的な運用が求められると判断されたこと
【監督署の指導内容】(一部、是正済み)
①について、労働基準法第32 条(労働時間)違反を是正勧告するとともに、長時間労働の抑制を指導
②について、労働基準法第37 条(割増賃金)違反を是正勧告し、不払いとなっている割増賃金の支払いを指導
③について、労働安全衛生法第18 条(衛生委員会の付議事項)違反を是正勧告するとともに、衛生委員会において、長時間労働者の健康障害の防止を図るための対策の樹立について速やかに調査審議を行い、必要な措置を講ずることを指導。また、時間外・休日労働が月80 時間を超えていた労働者に対し、より積極的に面接指導等を実施することを指導
(指導を受け、会社は②について実態調査し、適正な割増賃金を支払った。
なお、①、③は是正確認中)

事例5:無料電話相談を契機とする監督指導時に、36 協定で定めた上限時間を超え、月100 時間を超える時間外労働が行われていた事例
【概要】
9 月1 日の無料電話相談において、20 歳代の正社員から、月150 時間もの残業を行っているとの情報提供を受け、監督指導を実施したところ、以下の事実を確認した。
① タイムカード等の関係書類を調査したところ、36 協定の特別条項の上限時間を超え、正社員では最も長い者で月84 時間の時間外労働が行われており、
また、パート社員の中には、月170 時間もの時間外労働を行っていた者もいたこと。
② 時間外・休日労働が月80 時間を超える労働者に係る医師の面接指導等について、パート社員は対象としておらず、また、正社員を含めて実績がなく、より積極的な運用が求められると判断されたこと
【監督署の指導内容】(是正済み)
①について、労働基準法第32 条(労働時間)違反を是正勧告するとともに、長時間労働の抑制を指導
②について、時間外・休日労働を月80 時間を超えて行わせた労働者に対し、より積極的に面接指導等を実施することを指導(指導を受け、会社は、①について、仕事の分担を見直すなどにより、時間外労働を削減するとともに、②の対象者に面接指導等を実施した)

事例6:労働時間が適正に把握できておらず、また、算入すべき手当を算入せずに割増賃金の単価を低く設定していた事例
【概要】
会社の労働者の平均年齢は、20 歳代後半。
監督指導時に確認した事実は以下のとおり。
① 時間外労働に係る割増賃金の単価計算において、算入すべき手当(業務手当、地域手当、付加手当、住宅手当(一律支給のもの)(若手社員では賃金の約2 割5 分に相当))を算入せず、割増賃金の単価が低く設定されていたこと
② 会社は、始業・終業時刻をタイムカードにより把握し、時間外労働を労働者からの残業申請により管理していると説明したが、監督署が調査したところ、タイムカードと残業申請の記録に大幅な乖離が生じており、会社の人事労務責任者もその乖離についての合理的な説明ができなかったこと
【監督署の指導内容】(是正済み)
①について、労働基準法第37 条(割増賃金)違反を是正勧告し、割増賃金の単価計算に含めるべき手当を算入の上、適正な割増賃金を支払うことを指導
②について、賃金不払残業の有無に関する実態調査を行い、賃金不払残業が明らかになった場合には適正な割増賃金を支払うことを指導
(指導を受け、会社は①、②ともに過去2 年分を調査し、適正な割増賃金を支払った)

事例7:賃金が、約1 年にわたる長期間支払われていなかったことについて指導したが、是正されない事例
【概要】
20 歳代の元労働者より、約8 か月間も定期賃金が支払われていないことを理由に退職し、その後請求するもほとんど支払われないとの申告を受け、監督指導を実施したところ、以下の事実を確認した。
① 申告人の申し立てどおり、定期賃金について、約8 か月間にわたり所定の支払日に一部しか支払われていなかったこと。指導時においてもその大半について支払われないままとなっていること
② 申告人以外の労働者・元労働者に対しても、最大約11 か月間の定期賃金不払いがあり、現在も賃金の多くが支払われないままやむを得ず働いている者がいること
※ 新たな採用・募集も行われていた。(現在は行われていない。)
【監督署の指導内容】(是正の見込みがないため、送検に向けて対応)
①、②について、労働基準法第24 条(賃金の支払)及び最低賃金法第4 条(最低賃金の効力)違反を是正勧告し、申告人を含む全労働者の不払となっている賃金の支払いを指導した。

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なにい?労働生産性が低いい?なんということだ、もっとビシバシ低賃金で死ぬ寸前まで働かせて、生産性を無理にでも引き上げろ!!!

依然としてサービスの生産性が一部で話題になっているようなので、本ブログでかつて語ったことを・・・、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-107c.html(スマイル0円が諸悪の根源)

日本生産性本部が、毎年恒例の「労働生産性の国際比較2010年版」を公表しています。

http://activity.jpc-net.jp/detail/01.data/activity001013.html

>日本の労働生産性は65,896ドル(755万円/2009年)。1998年以来11年ぶりに前年水準を割り込み、順位もOECD加盟33カ国中第22位と前年から1つ低下。

>製造業の労働生産性は米国水準の70.6%、OECD加盟主要22カ国中第6位と上位を維持。

>サービス産業の労働生産性は、卸小売(米国水準比42.4%)や飲食宿泊(同37.8%)で大きく立ち遅れ

前から、本ブログで繰り返していることですが、製造業(などの生産工程のある業種)における生産性と、労働者の労務それ自体が直接顧客へのサービスとなるサービス業とでは、生産性を考える筋道が違わなければいけないのに、ついつい製造業的センスでサービス業の生産性を考えるから、

>>お!日本はサービス業の生産性が低いぞ!もっともっと頑張って生産性向上運動をしなくちゃいけない!

という完全に間違った方向に議論が進んでしまうのですね。

製造業のような物的生産性概念がそもそもあり得ない以上、サービス業も含めた生産性概念は価値生産性、つまりいくらでそのサービスが売れたかによって決まるので、日本のサービス業の生産性が低いというのは、つまりサービスそれ自体である労務の値段が低いということであって、製造業的に頑張れば頑張るほど、生産性は下がる一方です。

http://activity.jpc-net.jp/detail/01.data/activity001013/attached.pdf

この詳細版で、どういう国のサービス生産性が高いか、4頁の図3を見て下さい。

1位はルクセンブルク、2位はオランダ、3位はベルギー、4位はデンマーク、5位はフィンランド、6位はドイツ・・・。

わたくしは3位の国に住んで、1位の国と2位の国によく行ってましたから、あえて断言しますが、サービスの「質」は日本と比べて天と地です。いうまでもなく、日本が「天」です。消費者にとっては。

それを裏返すと、消費者天国の日本だから、「スマイル0円」の日本だから、サービスの生産性が異常なまでに低いのです。膨大なサービス労務の投入量に対して、異常なまでに低い価格付けしか社会的にされていないことが、この生産性の低さをもたらしているのです。

ちなみに、世界中どこのマクドナルドのCMでも、日本以外で「スマイル0円」なんてのを見たことはありません。

生産性を上げるには、もっと少ないサービス労務投入量に対して、もっと高額の料金を頂くようにするしかありません。ところが、そういう議論はとても少ないのですね。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-2546.html(サービスの生産性ってなあに?)

(追記)

ついった上で、こういうコメントが、

http://twitter.com/nikoXco240628/status/17619055213027328

>サービスに「タダ」という意味を勝手に内包した日本人の価値観こそが諸悪の根源。

たしかに、「サービス残業」てのも不思議な言葉ですね。英語で「サービス」とは「労務」そのものですから素直に直訳すれば「労務残業」。はぁ?

どういう経緯で「サービスしまっせ」が「タダにしまっせ」という意味になっていったのか、日本語の歴史として興味深いところですね。

※欄

3法則氏の面目躍如:

http://twitter.com/ikedanob/status/17944582452944896

>日本の会社の問題は、正社員の人件費が高いことにつきる。サービス業の低生産性もこれが原因。

なるほど、ルクセンブルクやオランダやベルギーみたいに、人件費をとことん低くするとサービス業の生産性がダントツになるわけですな。
さすが事実への軽侮にも年季が入っていることで。

なんにせよ、このケーザイ学者というふれこみの御仁が、「おりゃぁ、てめえら、ろくに仕事もせずに高い給料とりやがって。だから生産性が低いんだよぉ」という、生産性概念の基本が分かっていないそこらのオッサン並みの認識で偉そうにつぶやいているというのは、大変に示唆的な現象ではありますな。

(追記)

http://twitter.com/WARE_bluefield/status/18056376509014017

>こりゃ面白い。池田先生への痛烈な皮肉だなぁ。/ スマイル0円が諸悪の根源・・・

いやぁ、別にそんなつもりはなくって、単純にいつも巡回している日本生産性本部の発表ものを見て、いつも考えていることを改めて書いただけなんですが、3法則氏が見事に突入してきただけで。それが結果的に皮肉になってしまうのですから、面白いものですが。
というか、この日本生産性本部発表資料の、サービス生産性の高い国の名前をちらっと見ただけで、上のようなアホな戯言は言えなくなるはずですが、絶対に原資料に確認しないというのが、この手の手合いの方々の行動原則なのでしょう。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-2546.html(サービスの生産性ってなあに?)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_b2df.html(労働市場改革専門調査会第2回議事録)

(参考)上記エントリのコメント欄に書いたことを再掲しておきます。

>とまさんという方から上のコメントで紹介のあったリンク先の生産性をめぐる「論争」(みたいなもの)を読むと、皆さん生産性という概念をどのように理解しているのかなあ?という疑問が湧きます。労働実務家の立場からすると、生産性って言葉にはいろんな意味があって、一番ポピュラーで多分このリンク先の論争でも意識されているであろう労働生産性にしたって、物的生産性を議論しているのか、価値生産性を議論しているのかで、全然違ってくるわけです。ていうか、多分皆さん、ケーザイ学の教科書的に、貨幣ヴェール説で、どっちでも同じだと思っているのかも知れないけれど。

もともと製造業をモデルに物的生産性で考えていたわけだけど、ロットで計ってたんでは自動車と電機の比較もできないし、技術進歩でたくさん作れるようになったというだけじゃなくて性能が上がったというのも計りたいから、結局値段で計ることになったわけですね。価値生産性という奴です。

価値生産性というのは値段で計るわけだから、値段が上がれば生産性が上がったことになるわけです。売れなきゃいつまでも高い値段を付けていられないから、まあ生産性を計るのにおおむね間違いではない、と製造業であればいえるでしょう。だけど、サービス業というのは労働供給即商品で加工過程はないわけだから、床屋さんでもメイドさんでもいいけど、労働市場で調達可能な給料を賄うためにサービス価格が上がれば生産性が上がったことになるわけですよ。日本国内で生身でサービスを提供する労働者の限界生産性は、途上国で同じサービスを提供する人のそれより高いということになるわけです。

どうもここんところが誤解されているような気がします。日本と途上国で同じ水準のサービスをしているんであれば、同じ生産性だという物的生産性概念で議論しているから混乱しているんではないのでしょうか。

>ていうか、そもそもサービス業の物的生産性って何で計るの?という大問題があるわけですよ。
価値生産性で考えればそこはスルーできるけど、逆に高い金出して買う客がいる限り生産性は高いと言わざるを得ない。
生身のカラダが必要なサービス業である限り、そもそも場所的なサービス提供者調達可能性抜きに生産性を議論できないはずです。
ここが、例えばインドのソフトウェア技術者にネットで仕事をやらせるというようなアタマの中味だけ持ってくれば済むサービス業と違うところでしょう。それはむしろ製造業に近いと思います。
そういうサービス業については生産性向上という議論は意味があると思うけれども、生身のカラダのサービス業にどれくらい意味があるかってことです(もっとも、技術進歩で、生身のカラダを持って行かなくてもそういうサービスが可能になることがないとは言えませんけど)。

>いやいや、製造業だろうが何だろうが、労働は生身の人間がやってるわけです。しかし、労働の結果はモノとして労働力とは切り離して売買されるから、単一のマーケットでついた値段で価値生産性を計れば、それが物的生産性の大体の指標になりうるわけでしょう。インドのソフトウェアサービスもそうですね。
しかし、生身のカラダ抜きにやれないサービスの場合、生身のサービス提供者がいるところでついた値段しか拠り所がないでしょうということを言いたいわけで。カラダをおいといてサービスの結果だけ持っていけないでしょう。
いくらフィクションといったって、フィリピン人の看護婦がフィリピンにいるままで日本の患者の面倒を見られない以上、場所の入れ替えに意味があるとは思えません。ただ、サービス業がより知的精神的なものになればなるほど、こういう場所的制約は薄れては行くでしょうね。医者の診断なんてのは、そうなっていく可能性はあるかも知れません。そのことは否定していませんよ。

>フィリピン人のウェイトレスさんを日本に連れてきてサービスして貰うためには、(合法的な外国人労働としてという前提での話ですが)日本の家に住み、日本の食事を食べ、日本の生活費をかけて労働力を再生産しなければならないのですから、フィリピンでかかる費用ではすまないですよ。パスポートを取り上げてタコ部屋に押し込めて働かせることを前提にしてはいけません。
もちろん、際限なくフィリピンの若い女性が悉く日本にやってくるまで行けば、長期的にはウェイトレスのサービス価格がフィリピンと同じまで行くかも知れないけれど、それはウェイトレスの価値生産性が下がったというしかないわけです。以前と同じことをしていてもね。しかしそれはあまりに非現実的な想定でしょう。

要するに、生産性という概念は比較活用できる概念としては価値生産性、つまり最終的についた値段で判断するしかないでしょう、ということであって。

>いやいや、労働生産性としての物的生産性の話なのですから、労働者(正確には組織体としての労働者集団ですが)の生産性ですよ。企業の資本生産性の話ではなかったはず。
製造業やそれに類する産業の場合、労務サービスと生産された商品は切り離されて取引されますから、国際的にその品質に応じて値段が付いて、それに基づいて価値生産性を測れば、それが物的生産性の指標になるわけでしょう。
ところが、労務サービス即商品である場合、当該労務サービスを提供する人とそれを消費する人が同じ空間にいなければならないので、当該労務サービスを消費できる人が物的生産性の高い人やその関係者であってサービスに高い値段を付けられるならば、当該労務サービスの価値生産性は高くなり、当該労務サービスを消費できる人が物的生産性の低い人やその関係者であってサービスに高い価格をつけられないならば、当該労務サービスの価値生産性は低くなると言うことです。
そして、労務サービスの場合、この価値生産性以外に、ナマの(貨幣価値を抜きにした)物的生産性をあれこれ論ずる意味はないのです。おなじ行為をしているじゃないかというのは、その行為を消費する人が同じである可能性がない限り意味がない。
そういう話を不用意な設定で議論しようとするから、某開発経済実務家の方も、某テレビ局出身情報経済専門家の方も、へんちくりんな方向に迷走していくんだと思うのですよ。

>まあ、製造業の高い物的生産性が国内で提供されるサービスにも均霑して高い価値生産性を示すという点は正しいわけですから。
問題は、それを、誰がどうやって計ればいいのか分からない、単位も不明なサービスの物的生産性という「本質」をまず設定して、それは本当は低いんだけれども、製造業の高い物的生産性と「平均」されて、本当の水準よりも高く「現象」するんだというような説明をしなければならない理由が明らかでないということですから。
それに、サービスの価値生産性が高いのは、製造業の物的生産性が高い国だけじゃなくって、石油がドバドバ噴き出て、寝そべっていてもカネが流れ込んでくる国もそうなわけで、その場合、原油が噴き出すという「高い生産性」と平均されるという説明になるのでしょうかね。
いずれにしても、サービスの生産性を高めるのはそれがどの国で提供されるかということであって、誰が提供するかではありません。フィリピン人メイドがフィリピンで提供するサービスは生産性が低く、ヨーロッパやアラブ産油国で提供するサービスは生産性が高いわけです。そこも、何となく誤解されている点のような気がします。

>大体、もともと「生産性」という言葉は、工場の中で生産性向上運動というような極めてミクロなレベルで使われていた言葉です。そういうミクロなレベルでは大変有意味な言葉ではあった。
だけど、それをマクロな国民経済に不用意に持ち込むと、今回の山形さんや池田さんのようなお馬鹿な騒ぎを引き起こす原因になる。マクロ経済において意味を持つ「生産性」とは値段で計った価値生産性以外にはあり得ない。
とすれば、その価値生産性とは財やサービスを売って得られた所得水準そのものなので、ほとんどトートロジーの世界になるわけです。というか、トートロジーとしてのみ意味がある。そこに個々のサービスの(値段とは切り離された本質的な)物的生産性が高いだの低いだのという無意味な議論を持ち込むと、見ての通りの空騒ぎしか残らない。

>いや、実質所得に意味があるのは、モノで考えているからでしょう。モノであれば、時間空間を超えて流通しますから、特定の時空間における値段のむこうに実質価値を想定しうるし、それとの比較で単なる値段の上昇という概念も意味がある。
逆に言えば、サービスの値段が上がったときに、それが「サービスの物的生産性が向上したからそれにともなって値段が上がった」と考えるのか、「サービス自体はなんら変わっていないのに、ただ値段が上昇した」と考えるのか、最終的な決め手はないのではないでしょうか。
このあたり、例の生産性上昇率格差インフレの議論の根っこにある議論ですよね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-0c56.html(誰の賃金が下がったのか?または国際競争ガーの誤解)

経済産業研究所が公表した「サービス産業における賃金低下の要因~誰の賃金が下がったのか~」というディスカッションペーパーは、最後に述べるように一点だけ注文がありますが、今日の賃金低迷現象の原因がどこにあるかについて、世間で蔓延する「国際競争ガー」という誤解を見事に解消し、問題の本質(の一歩手前)まで接近しています。・・・・・

国際競争に一番晒されている製造業ではなく、一番ドメスティックなサービス産業、とりわけ小売業や飲食店で一番賃金が下落しているということは、この間日本で起こったことを大変雄弁に物語っていますね。

「誰の賃金が下がったのか?」という疑問に対して一言で回答すると、国際的な価格競争に巻き込まれている製造業よりむしろ、サービス産業の賃金が下がった。また、サービス産業の中でも賃金が大きく下がっているのは、小売業、飲食サービス業、運輸業という国際競争に直接的にはさらされていない産業であり、サービス産業の中でも、金融保険業、卸売業、情報通信業といたサービスの提供範囲が地理的制約を受けにくいサービス産業では賃金の下落幅が小さい。

そう、そういうことなんですが、それをこのディスカッションペーパーみたいに、こういう表現をしてしまうと、一番肝心な真実から一歩足を引っ込めてしまうことになってしまいます。

本分析により、2000 年代に急速に進展した日本経済の特に製造業におけるグローバル化が賃金下落の要因ではなく労働生産性が低迷するサービス産業において非正規労働者の増加及び全体の労働時間の抑制という形で平均賃金が下落したことが判明した。

念のため、この表現は、それ自体としては間違っていません。

確かにドメスティックなサービス産業で「労働生産性が低迷した」のが原因です。

ただ、付加価値生産性とは何であるかということをちゃんと分かっている人にはいうまでもないことですが、世の多くの人々は、こういう字面を見ると、パブロフの犬の如く条件反射的に、

なにい?労働生産性が低いい?なんということだ、もっとビシバシ低賃金で死ぬ寸前まで働かせて、生産性を無理にでも引き上げろ!!!

いや、付加価値生産性の定義上、そういう風にすればする程、生産性は下がるわけですよ。

そして、国際競争と関係の一番薄い分野でもっとも付加価値生産性が下落したのは、まさにそういう条件反射的「根本的に間違った生産性向上イデオロギー」が世を風靡したからじゃないのですかね。

以上は、経済産業研究所のDPそれ自体にケチをつけているわけではありません。でも、現在の日本人の平均的知的水準を考えると、上記引用の文章を、それだけ読んだ読者が、脳内でどういう奇怪な化学反応を起こすかというところまで思いが至っていないという点において、若干の留保をつけざるを得ません。

結局、どれだけ語ってみても、

なにい?労働生産性が低いい?なんということだ、もっとビシバシ低賃金で死ぬ寸前まで働かせて、生産性を無理にでも引き上げろ!!!

とわめき散らす方々の精神構造はこれっぽっちも動かなかったということでしょうか。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-fcfc.html(労働生産性から考えるサービス業が低賃金なワケ@『東洋経済』)

今年の東洋経済でも取り上げたのですけどね。

「日本の消費者は安いサービスを求め、労働力を買いたたいている。海外にシフトできず日本に残るサービス業をわざわざ低賃金化しているわけだ。またその背景には、高度成長期からサービス業はパート労働者を使うのが上手だったという面もある」(労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎統括研究員)

こう考えると、サービス業の賃金上昇には、高付加価値化といった産業視点の戦略だけでなく、非正社員の待遇改善など労働政策も必須であることがわかる。「サービス価格は労働の値段である」という基本に立ち戻る必要がある。

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yuanjiuさんの拙著評

Chuko読書メーターで、「yuanjiu」さんが拙著にこういう感想を寄せていただいています。

http://book.akahoshitakuya.com/cmt/34108116

日本の労働環境がどういった経過を経て現在の問題に至っているのかを丁寧に解説している。ろくな育成もなく管理者になって、ずっと疑問に感じていた、中途半端な成果主義や考課の仕組み。会社に悪意がなかったとしても、何故過酷な労働環境を変える事が難しいのか、やっと理解できた。理解できたけど、一朝一夕で変革できる問題じゃない。今死にたい位苦しくても、社会の助けは見込めない。結局自分でジョブ型の生き方を自力実行しないといけない。改善には十年くらいかかる。そんな中でどう働いていくか、環境は過酷だと知る厳しい参考になりました


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マナーの悪い客は・・・

フランスの面白い話題ですが、

http://labaq.com/archives/51812345.html(「マナーの悪い客はコーヒーの値段が高くなります」フランスに斬新なカフェが登場)

http://arbroath.blogspot.co.uk/2013/12/cafe-charges-less-for-politeness.html(Café charges less for politeness)

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客のマナーの良さによって、コーヒーの値段に差がつくという仕組み。

「コーヒー1杯」7ユーロ(約1000円)
「コーヒーを1杯いただけますか」4.25ユーロ(約600円)
「こんにちは(おはよう・こんばんは)。コーヒーを1杯いただけますか」1.4ユーロ(約200円)

これは、スマイルはゼロ円だと思って、俺様はお客様、神様だぞおこの野郎、と威張りかえってる日本人客にこそ適用したいですね。

さらに、マナーが悪くなれば、モンスター客割増としてずんずん高くなる。

さしずめ、

「君らは本来は失業者で、他の先進国なら移民がやる仕事だが、国の移民政策によって職を得られている。割高なコーヒー代を払っている国民にもっと感謝し、コーヒー代に見合った自国民にしかできない世界最高のサービスを提供するよう精進しなさい」」

などと罵るウルトラモンスター客には、最上級の割増率を適用したいところです。

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まやさんの拙著書評

Chuko読書メーターで、「まや」さんが拙著『若者と労働』を次のように評していただいております。

http://book.akahoshitakuya.com/cmt/33248332

日本と欧米の労働慣行を「メンバーシップ型」「ジョブ型」とモデル化して比較することで、日本が抱える労働問題が浮き彫りにする本。日本の労働に関する法律が想定しているのは、欧米が一般的に採用する「ジョブ型」と呼ばれるシステム。そのため、法と労働社会の不一致が起きている。これによって起きた弊害が若者の雇用問題やブラック企業の台頭。この本は日本型雇用と言われる「メンバーシップ型」を批判するだけではなく、今後の解決策や展望(「ジョブ型」に変えていく)を詳しく分かりやすい筆致で書いてあるのでおすすめ本として紹介します。


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女子中高生「仕事創る力」養う 働くための準備着々@日経新聞

本日の日経新聞に「女子中高生「仕事創る力」養う 働くための準備着々」という記事が載っています。

http://www.nikkei.com/article/DGXNASDR20001_Q3A211C1TY5000/

女子中学校や高校で働く力を養う取り組みが広がっている。生徒、学校と保護者、企業などが一体となり、自ら仕事を創り出せる「次世代の働く女性」の育成が始まっている。・・・

96958a9c93819680e0e2e2e2e38de3e2e3e・・・フリーターやニートが急増した2000年以降のキャリア教育は、若者の職業人としての資質の欠如などを問題視しがちだった。これに対して3校の試みは、職業や社会の動きに迫って、将来働く際に必要な力を養うことに力点が置かれているのが特徴だ。

若者の雇用問題に詳しい労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎統括研究員は「自己分析や職業観の形成にとどまらず、社会が何を求めているかをよく見て考えようとするアプローチは評価できる」と語る

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リベサヨの果ての果て

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なんというか、リベサヨが左翼の代表選手になっちゃって久しい日本では、こういうことになるんですな、という嘆息しか出てこない。

セレブに、金に糸目をつけずに食い物に贅沢三昧できるのが「フード左翼」で、貧乏ゆえにジャンクフードで暮らすのが「フード右翼」なんですな。

そりゃ、リベラルいっぱいなサヨクな皆さんが憎まれるはずですわ。

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『情報労連REPORT』12月号は労働教育特集

2013_12_3『情報労連REPORT』12月号は、「働くことを学ぶ「労働教育」を見直そう」という特集を組んでいます。

登場するのは、

抽象的なキャリア教育を脱し、労働と教育の関係の再構築を 本田由紀、

職場でワーク・ルールを話し合おう 道幸哲也、

「働く」を大学生に伝える 藤村博之、

子どものキャリアに親はどうかかわる? 児美川孝一郎

高校生を「バイターン」で就労に 石井正宏

といった面子です。

だいたい名前を見ただけで、何を言ってるか想像がつくと思いますが、

このうち、最後の石井さんというのは、株式会社シェアするココロ代表取締役で神奈川県立田奈高校相談員、ということでおわかりの通り、あの田奈高校のバイターンを実施している方ですね。

本ブログでも以前、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/post-8b68.html(バイトみたいにインターン@田奈高校)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-5428.html(田奈高校のバイターン@『東京新聞』)

などで取り上げてきたことがあります。

詳しくはこのリンク先を

http://sharecoro.com/byturn/

終わりの方の常見陽平さんの「愛と怒りのはたらく道」は、季節柄「忘年会の意義を再定義せよ」ですな。

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ジョブ型正社員とは何か?@『損保労連GENKI』10月号

106『損保労連ホットラインGENKI』10月号に、「ジョブ型正社員とは何か?」を寄稿しました。

http://www.fniu.or.jp/kikanshi/genki2014.html

 最近「ジョブ型正社員」という言葉が盛んに飛び交っています。今年6月の規制改革会議の答申が、職務、勤務地、労働時間が特定されている正社員、つまり「ジョブ型正社員」を増やすことが労使双方にとって有益だとし、ジョブ型正社員に関する雇用ルールの整備を行うべきと提言したことがきっかけです。これに対し連合は、解雇されやすい正社員をつくりだすのは反対だと批判しています。どう考えたらいいのでしょうか。

 実は、「ジョブ型正社員」ということばを使い出したのは私です。ただ、この発想は厚生労働省の研究会などで「限定正社員」とか「多様な正社員」と呼ばれてきたものです。その問題意識を簡単に整理しておきましょう。近年の日本の労働社会では、低賃金で雇用が不安定な非正規労働者の増大が大きな問題になっていますが、雇用が安定した正社員にも拘束が多く過重労働に悩まされるなど多くの問題があります。最近は過重労働なのに使い捨てにするブラック企業まで出てきました。

 その背景にあるのは、職務も勤務地も労働時間も制限がない代わりに、仕事が少なくなったりなくなったりしたときでも配転や残業削減などにより雇用を守るという日本独特の正社員の在り方です。これは一見望ましいだけのように見えますが、いざというときに雇用を維持するために日頃から職務や勤務地が変わる配転が求められますし、いざというときに残業を減らして雇用を守るために日頃から恒常的に残業をしていることが求められます。いままでの(主として男性の)正社員たちはそれの方が望ましいと考えてきたのですが、女性や若い世代が同じ価値観であるとは限りません。

 ところが日本の労働社会は、こうした無限定の正社員か、さもなければ非正規労働者化という究極の二者択一を迫ってきました。そのため、不本意に非正規労働者として働いたり、不本意に正社員として働かざるを得ない人々を創り出してきたのです。政府はワーク・ライフ・バランスが大事だと言いますが、一方で正社員には残業や配転を命じられたら従う義務があり、断ったら懲戒解雇してもいいと最高裁がお墨付きを出しているのも実態です。

 こうした板挟みの中で、日本型正社員のように無限定ではなく、欧米の普通の正規労働者のように職務、勤務地、労働時間が限定されているけれども雇用期間は無限定というタイプを広めていったらどうか、というのが「ジョブ型正社員」の発想です。その肝は、正社員に対しては極めて強大な企業の人事権を限定するということにあります。雇用期間を無限定にするというのは、非正規労働者のように「期間満了したから明日から来なくていいよ」と言わせないためです。つまり、解雇しにくくするのが目的です。

 もちろん、企業の人事権を制約しているのですから、いざ仕事がなくなったというときに(やってはいけないはずの)遠距離配転をして雇用を維持しろとは言えないでしょう。その意味では解雇のしにくさがいままでの日本型正社員よりも劣ると言えるかもしれません。でも、どんな業務でも命じられたら従わなければならない日本型正社員は、「仕事を探すのがお前の仕事だ」という無理無体な人事命令でも、原則として従わなければならないのです。どちらが望ましいかは、労働者自身が考えることであって、労働組合が頭ごなしに無限定正社員が正しいなどと言うのは変だと思います。

 ただ実は、連合がジョブ型正社員に懸念を示すのにはそれなりの理由があるのです。それは、この議論が何が何でも解雇をやりやすくしようという不純な動機で持ち出されているのではないかというふしがあるからです。私も規制改革会議に呼ばれてジョブ型正社員についての意見を述べたのですが、その時にも委員の一人から「整理解雇というよりも、パフォーマンスが悪いときに解雇できるということが非常に重要」という発言がありました。その前後にも産業競争力会議などで、あからさまな解雇自由化論が打ち出されたりしています。しかし、ジョブ型正社員というのは雇用契約にやるべきことがちゃんと書いてあるのですから、就職当初の試用期間中に何もできないと判断されて解雇されるのならともかく、ずっと同じ仕事で働いてきた労働者をいきなりパフォーマンスが悪いなどといって解雇することが許されるはずはありません。このあたりは、政府の会議の委員も議論が混乱しているように思います。

 とはいえ、そういう悪意が裏にあるからといってジョブ型正社員という考え方そのものを頭から否定するのは、労働者がより望ましい働き方を選ぶことができる可能性を押しつぶすことになりかねません。自分の仕事と自分の生活を大事にしたい、会社の言うがままに振り回されたくないと願う労働者の希望を叶える方向で、ジョブ型正社員の正しい姿を創り出していくことこそが、労働組合に求められていることではないのでしょうか。

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東海林智『15歳からの労働組合入門』

1106322397毎日新聞の労働担当記者であると同時に、マスコミ文化情報労組会議議長でもある東海林さんの5年ぶりの著書です。

若年労働者が置かれた貧困の現場を告発しつつ、労働組合を通じて働く希望を取り戻す道を提示する画期的ルポルタージュ。

各章が一編ずつのルポになっています。タイトルは「・・・労働組合入門」ですが、序にあるように、労働組合法の解説書ではありません。

15歳からの労働組合入門-序にかえて

働く尊厳を取り戻すまで—派遣労働者と労働組合の出会い
ダブルワークの高校生—若者の就職をめぐる受難
学生ユニオンという希望—労働者の権利を学び、行使する
ストライキの復活—メトロレディースが立ち上がるとき
企業による殺人—過労死、そして遺族の闘い
人間としての価値まで奪われて—カフェ・ヴェローチェ雇い止め事件
心と体を破壊されて—労働規制緩和のゆがみと痛み
GSユニオンが職場を再建するまで—現場と仕事にこだわる男たちの闘いの記録
人らしく働かせろ—秋田書店景品水増し、不当解雇事件
一人で漂う若者たち—派遣労働者が仲間と支え合う道

ブラック企業時代の労働組合—今野晴貴×神部紅×東海林智

巻末の鼎談は、とりわけ今野さんの現状分析の手さばきが冴えを見せています。

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通常の労働者と同視すべき短時間労働者

そんなのがいるのか?と言われ続けて6年目にして、ようやくパート法8条1項の「通常の労働者と同視すべき短時間労働者」というのが出てきたようです。

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2013121000930(正社員との差額支払い命令=パート男性訴え認める-大分地裁)

これは時事通信の報道であって、判決文自体は未公開なので、具体的な事案の中身等はよくわかりませんが、

正社員と同等の業務なのに賃金が低いのは不当として、大分市のパートタイムの男性運転手が勤務先の運送会社(東京)に差額分の支払いなどを求めた訴訟の判決が10日、大分地裁であった。中平健裁判官は請求を一部認め、会社に差額分約160万円などの支払いを命じた。

原告代理人の弁護士によると、正社員と同一視できるパート労働者の差別待遇を禁止するパートタイム労働法違反を認め、差額賃金の支払いを命じる判決は初めてという。
 中平裁判官は、男性の職務内容や配置転換などが正社員と同等で、賃金や週休日数で差別的扱いをすることは同法違反と指摘した。(2013/12/10-22:01)

まちがいなく、「通常の労働者と同視すべき短時間労働者」と認めたものですね。

しかし、これって、運送会社の運転手(多分トラック)なので、正社員の方も実はかなりの程度ジョブ限定型のように思われます。逆に言うと、正社員がジョブ型であればあるほど、非正規の均等待遇と言いやすいわけですね。

(参考)

http://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxselect.cgi?IDX_OPT=2&H_NAME=&H_NAME_YOMI=%82%bd&H_NO_GENGO=H&H_NO_YEAR=&H_NO_TYPE=2&H_NO_NO=&H_FILE_NAME=H05HO076&H_RYAKU=1&H_CTG=1&H_YOMI_GUN=1&H_CTG_GUN=1

第八条  事業主は、業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)が当該事業所に雇用される通常の労働者と同一の短時間労働者(以下「職務内容同一短時間労働者」という。)であって、当該事業主と期間の定めのない労働契約を締結しているもののうち、当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されると見込まれるもの(以下「通常の労働者と同視すべき短時間労働者」という。)については、短時間労働者であることを理由として、賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生施設の利用その他の待遇について、差別的取扱いをしてはならない。

 前項の期間の定めのない労働契約には、反復して更新されることによって期間の定めのない労働契約と同視することが社会通念上相当と認められる期間の定めのある労働契約を含むものとする。

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きいちさんの書評

読書メーターで、「きいち」さんが『若者と労働』を書評していただいています。

http://book.akahoshitakuya.com/cmt/33972776

日本型雇用と言われてきた「メンバーシップ型」、スキルと経験を武器に企業間移動を標準とする「ジョブ型」。どちらがいい悪いではなく、欧米でもメンバーシップ型の企業はあるし、日本にもジョブ型の歴史はあって、どの社会も言わばグラデーション、長所も矛盾点も抱える。何かを悪者にせず、冷静に実態を踏まえ少しでも矛盾の少ない状態を模索する著者の姿勢がいい。私自身は今どうやら、濱口の提案する「ジョブ型正社員」のようなので実感値もある。◇一番暮らしよいのは、どれか固定じゃなくキャリアの過程で行き来ができる状態なのではと思う。

この社員のあり方へのプレーンな姿勢を、たとえば現在の教育の職業的意義や教育訓練給付金のような過去の施策にも適用すべきだったのではと感じた。改善は必要だけど、断罪は思考停止に直結するのだから。

わたくしのスタンスについて、「何かを悪者にせず」ときちんと指摘していただいているのはうれしい限りです。そう、若者論にせよ、中高年論にせよ、いちばん事態を悪化させるのは「何かを悪者に」仕立て上げるたぐいの議論なのです。まさに「断罪は思考停止に直結する」のですから。

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EUのトレーニーシップ勧告案

去る12月4日、EUの欧州委員会が、トレーニーシップに関する勧告案を提案しました。

http://ec.europa.eu/social/main.jsp?langId=en&catId=89&newsId=2011&furtherNews=yes

若者雇用が問題であり続けてきたヨーロッパで、その解決策として期待されつつ、その濫用が問題として指摘されることの多いトレーニーシップについて、欧州委員会が指針となるべき事項を勧告案として提起しました。

The guidelines would increase transparency with regard to traineeship conditions, for example by requiring that traineeships be based on a written traineeship agreement.

The agreement should cover learning content (educational objectives, supervision) and working conditions (limited duration, working time, clear indication whether trainees would be paid or otherwise compensated and whether they would qualify for social security).

この指針は、トレーニーシップの条件の透明性を高める、たとえばトレーにシップが書面によるトレーにシップ協定に基づくことを求めている。

この協定は、学習内容(教育目的、監督)や労働条件(期間の限定、労働時間、有償か否か、社会保障資格の明記)をカバーすべきである。

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『HRmics』17号

1海老原嗣生さんのニッチモの雑誌『HRmics』17号が、現物はまだ届いていませんが、ネット上にはアップされているようなので、一足早く紹介。

http://www.nitchmo.biz/hrmics_17/_SWF_Window.html

特集は「近くで見た欧米企業」。欧米企業の採用はどうなっているのか?と懇切丁寧に説明しています。私の言う「ジョブ型」の細かな仕組みを、外資系企業の幹部経験者の言葉に基づいて説明しています。関心のある方々は読む値打ちがあります。

そのほか、常連による連載もいろいろとありますが、いちいち紹介しませんので、是非上のリンク先をクリックして下さい。

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『若者と労働』重版のお礼

Chuko8月に刊行した『若者と労働』(中公新書ラクレ)が、ほぼ4か月で重版されました。

この間、多くの方々に取り上げていただき、暖かい書評を頂いてきたことに、心よりお礼申し上げます。

見つけた書評は、ブログ、ツイートも含め、こちらにまとめてあります。いろんな見方があるのだなあ、と感じる評もありました。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/chukobookreview.html


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久しぶりに『新しい労働社会』評

131039145988913400963読書メーターで、久しぶりに『新しい労働社会』(岩波新書)への書評が載りました。

http://book.akahoshitakuya.com/cmt/33896874

日本の労働問題について一冊読めば大体わかる。「労働なきコーポラティズム」に象徴されるように日本は昔から労働組合の力が弱い。右肩上がりの成長を続けていた時期はそれでなんとかなったが、フルタイムの非正規労働者の出現で労働行政も大きな転換期を迎えていると感じた。少し細かい内容も多いが、マスコミや他の新書より突っ込んだ内容。労働行政の難しさと面白さがわかる。

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規制改革会議雇用WG報告

12月5日の規制改革会議に、雇用ワーキンググループの報告がアップされています。中身は、「労働時間法制等の見直し」、「ジョブ型正社員の雇用ルールの整備」です。

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kaigi/meeting/2013/committee2/131205/item3.pdf

どちらも、わたくし自身が雇用WGに呼ばれてお話しした内容が、相当程度取り入れられたものになっており、世の中の流れにそれなりに良い影響を及ぼしているのかな、と感じたりもしています。

ジョブ型正社員については既に山のように述べてきているので、ここでは、労働時間法制について。

ここで、①労働時間の量的上限規制、②休日・休暇取得に向けた強制的取り組み、③労働時間の長さと賃金のリンクの切り離し、の三位一体改革を主張している点は、まさにわたくしがずっと唱えてきたことなので、それがこういう形でまとまっていくのは喜ばしいことです。

この意味で、昨日野党から国会に提出された過労死防止法案とも相互補完的な関係にあるとも言えるので、政治的な対立図式にとらわれずに、望ましい方向に話を進めていって欲しいと思います。

(参考)

https://twitter.com/500drachmas/status/409446006829244416

この規制改革会議の意見には、濱口桂一郎JILPT統括研究員の主張が強く反映されている。濱口氏の著書は新書で3冊ほど出版されており、とてもわかりやすい

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リストラをめぐる日本の政策の推移

昨日、都内某所で日本・EU労働シンポジウムの準備会合が開かれ、わたくしも短い報告をしました。

以下はその英文資料です。

How Japan’s policy has changed over recent years with respect to “restructuring”            December 5, 2013

1. The context governing the labor society in Japan

・The labor society in Japan is governed by constitutive principles that are different from those ruling over labor societies in EU countries.
・In the main stream of Japan’s labor society (relating principally to regular employees at large- and medium-sized companies) the employment relationship between a company and its employees is not based on “jobs” but on the “membership.” The employment contract is a mere “blank slate” and each employee is required to perform various sorts of “jobs” pursuant to company orders.
・For the above reason, a transition from education to work is an “inclusion into membership” rather than a “job placement.”
・A dismissal for an economic reason, therefore, means an “exclusion from membership” rather than a “job displacement.”

(Supplementary explanations)
・There also exists in Japan a “job”-based labor society as in the cases of medical doctors and professional drivers. But they belong to minority groups. Another notable aspect of Japan’s labor society is that among medium- or small-sized companies (“SMEs”) the nature of membership becomes gradually thinner as they become smaller.
・Such a contrast between Japan and EU countries becomes clearly visible in the case of a business transfer. The basic rule under the applicable EU directive urges an employee to move to another company following his/her job. But in Japan the application of such a rule is strongly objected (the case of IBM Japan).

2. How a membership-based society copes with a business fluctuation

・Japan, too, lives a market economy. It is subject to a business fluctuation. A change in its industrial structure causes demand for labor in each individual “job” to change. 
・Here we should note that the employment relationship in Japan is not based upon “jobs” and therefore the loss of a “job” does not necessarily result in the termination of an employment relationship. Under the Japanese rule a company is required to keep the employment relationship with the employee, whose job has been slashed, by relocating him/her to another “job” that may be available in the company. (In this case the newly assigned job may not be a job of the same or similar type. There are many cases where an employee is transferred from a production process at a plant to a sales department within the same company.)
・Such a job shift is permitted as an obligatory effort aimed at avoiding dismissal under the legal principle governing dismissal for economic reason adopted in the court precedents.
・Since the mid-1970s the Japanese government (labor administration) has kept pushing ahead with an employment policy that places top priority on the maintenance of employment.
・The policy has certain significance in that it mitigates social pains resulting from a “job displacement.”
・However, this may conversely mean that a dismissal  due to a compelling economic reason is not taken as a “job displacement” (not attributable to himself/herself), but is stigmatize as a “exclusion from a company”  because of his/her incompetence of performing any “job” in the company. (In Japan, the displacement of a redundant worker is made as a dismissal due to his/her deficient capabilities)
・The legal principle governing dismissal for economic reason in Japan substantially encourages companies to avoid dismissal, but it is lacking in any such well-defined criteria as are adopted in EU countries that shall serve to determine to-be-dismissed employees. The Japanese principle rather tends to encourage the dismissal of middle-aged or older employees.
・Such a situation works to curb dismissal of redundant workforce, causing big businesses in need of downsizing employment to cut back workforce by soliciting voluntary resignation avoiding dismissal as far as possible.

3. Non-regular employees as buffer materials against a business fluctuation and the change in their nature

・A mechanism to protect an employee’s “membership” from unavoidable business fluctuations will require his/her employer’s internal flexibility, such as reduction of overtime work and relocations, as well as its external flexibility to reduce the workforce itself. In the case of Japan, such external flexibility has been applied principally to non-regular employees (part-time, fixed-term and temporary agency workers, etc.). 
・Such a mechanism can be deemed as a discrimination in the labor market, but  it has not been considered as a problem in the macro society until recent years.
・The reason for the above is that a majority of non-regular employees is composed of housewives, students and other people who work to help their household economy only to a subsidiary extent. If the Japanese economy dips into a slump they withdraw from the labor market and live as dependent family members of regular workers who are protected as “members” of the company that employs them (under the above policy designed for maintaining employment) and sustain their household economy.
・Consequently, although many of the non-regular workers were terminated from employment in an economic slump, a greater part of such workers turned into non-workforce and therefore did not immediately contribute to a higher unemployment rate.
・Since the mid-1990s, however, the number of non-regular workers who are expected to sustain households has been on the increase, principally among younger people. In the 2000s, all such younger people were gradually growing into older generations (non-regular workers turning middle-aged).
・When the 2008 Lehman crisis caused lots of non-regular workers to be terminated from employment, a fairly large portion of such people were thrown out of companies totally jobless. They required policy measures that should provide them with jobs.

4. The “employment maintenance” policy predicated upon a membership-type society

・Even if a country is governed by a “job”-based society, it often seeks to avoid, as far as possible, “job displacement” due particularly to a cyclical business fluctuation, by adopting a policy designed to maintain employment. Such a policy is likely to be adopted, particularly in Germany, France and some other countries in the European Continent. As part of such policies they implement reduced working hours under work-sharing programs.
・In Japan, in 1975 the government implemented “Employment Adjustment Subsidy,” which are aimed at covering a certain proportion of wages to be paid by companies that maintain employment in the face of shrinking business activities resulting from a business fluctuation or any change occurring in the industrial structure. This plan finds its roots in the “Kurzarbeitergeld” adopted in Germany (1969).
・Since the second half of the 1970s, Japan has managed its employment policy giving top priority to maintaining employment by providing employment adjustment subsidies. Such policy management should not necessarily be deemed a problem; it should be pointed out, however, that a policy giving priority to maintaining employment in a society that is not based on “jobs” tends to make little of “jobs” because the policy seeks to maintain employees’ “membership.”
・The policy aimed at maintaining “jobless” employment in a Japanese fashion is surely effective for keeping the unemployment rate lower than in European countries and the United States and therefore is an effective employment policy in the sense that, thanks to the subsidies provided by the government, it prevents companies from creating unemployed people as much as it can (helped by government subsidies).
・At the same time, however, such a policy makes it difficult for those who were unfortunately displaced (because their employers could no longer keep them employed) to find jobs upon the recovery of the economy.
・In the case of Europe or the United States, if a worker was displaced because of a reduced number of “jobs” in an economic slump, then it will be possible for the worker to “return to the job” if “jobs” increase following an economic recovery. Older jobless people will have a greater advantage in finding new “jobs” than less skilled younger people.
・However, in the case of Japan, workers were left displaced after their employers made all possible efforts to keep them employed, until finally all possible “jobs” were exhausted. Then, a displaced worker carries a stigma in the sense that his/her being unemployed means he/she is incapable of any kind of a “job”. So it becomes quite difficult for the worker to find a new job. Precisely for this reason, Japan’s long-term unemployment rate is fairly high despite its relatively low unemployment rate. (Different from the cases of European countries, the unemployed people in Japan including middle-aged and older people are paid unemployment benefits that do not exceed one year. Consequently, Japan’s high long-term unemployment rate is not attributable to unemployment benefits.)

5. How employment policies have changed in Japan

・The employment policies adopted in Japan have not always given priority to maintaining employment; rather, Japan’s employment policies have kept swinging between promotion of labor mobility and employment maintenance.
・Since the latter 1950s through the 1960s and the early 1970s, the Japanese government adopted a policy designed to encourage employment mobility. The 1960 Income-Doubling Plan and the 1967 Employment Plan were both aimed at developing a “labor market based on skills and jobs.” Principal subsidies offered were job-change benefits.
・To cope with the impact of the 1973 oil crisis, in and after 1975 the government adopted a full-fledged employment maintenance policy using the above-mentioned employment adjustment subsidy. The policy, combined with the four requirements for a dismissal for economic reason adopted by the court at that time, prompted a corporate behavior to be established (principally among large- and medium-sized enterprises) towards avoiding as far as possible “exclusion from membership.” Thereafter, over the 1980s through the early 1990s Japan enjoyed an exceptionally low unemployment rate among advanced economies.
・The early 1990s saw the so-called bubble collapse. It gave rise to a slumping economy and caused redundant workforce to be increasingly felt among companies, resulting in a gradual increase in the unemloyment rate. Such a new situation led the government to correct its policy that sought to prioritize employment maintenance. The policy slogan then adopted by the government was “labor mobility without unemployment,” which sought to have employees directly transferred from one company to another by means of a secondment or other measures without experiencing unemployment.
・Because of the 2000 revision of the law, companies downsizing their business were now required to draw up a “plan to assist employees in getting reemployed” instead of the thus far adopted “employment maintenance plan.” In keeping with such a change, government subsidies were now changed to support outplacement.
・To cope with the impact of the 2008 Lehman crisis, the government eased the requirements for employment adjustment subsidy. A lot of companies began to make use of the eased subsidy, causing the employment maintenance policy to again be a central policy.
・In 2013, the new government advocated a policy for (re-)shift from employment maintenance to promotion of labor mobility. The government intends to provide the labor mobility support subsidy in an amount larger than for the employment adjustment subsidy. The government also is considering providing support to “re-learning.”

6. Brief summary and conclusion

・Corporate behaviors and employment policies giving priority to maintaining “membership” over “job”-based employment has long contributed to keeping Japan’s unemployment rate at a low level.
・It has become notable, however, that people who are not saved by such a policy have greater difficulty in securing the “membership” of another company. It will result in a higher rate of long-term unemployment. There has actually been an increase in this part of unemployment.
・Contrastingly, the European/U.S.-type employment policy adopted by Japan in recent years (which are focused on education and training provided outside companies) becomes less effective, particularly in the area of large-sized companies, when it becomes increasingly “job”-based.
・That said, if the government weakens the mechanism designed for employment maintenance that is actually serving to rein in unemployment and seeks to increase the effect of such “job”-based policies, it may, on the contrary, raise the unemployment rate.
・Thus, Japan’s employment policy now finds itself in a paradoxical situation. It is difficult to get to a conclusion in a simple-minded manner (as do many pundits or commentators).

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sasaさんの『若者と労働』評

Chuko_2sasaさんの「MAD MOTHER BLUES」で、『若者と労働』について、ユニークな視点からの書評を頂きました。

http://lovesloth.blogspot.jp/2013/12/blog-post.html

なにがユニークか、というと、

たぶん、「ジョブ型正社員」のイメージは、この本が一番分かりやすいのではないかなと、思った。しかし、ここでは、その内容とか先生の説について吟味することは、あんまりできない。というのも、わたしは、「20年前のわたしの会社って、もしかしたら、かなりジョブ型雇用の会社だったかもしれない」と、自分の経験を反芻しながら読んでしまったからである。

かつておられた会社が「かなりジョブ型」だったというのですが、具体的にどうだったかというと、

・・・確かに普通のメンバーシップ型雇用の採用をしていたんだけど、中途採用も多かったし、男性も女性も、入社後に最初に配属になった職場からあまり離れないような、そういう感じで働いていた。配転はあるのだけど、どこかいつも同じような仕事をしていて、その仕事の専門性を高めていくような感じで働く人が多かった。・・・

・・・採用についても、外から見ると、新卒を何百人採用するという感じで行われているのだけど、内部では「自分の部署にこれだけの欠員が出たので、こういう適性のある人を何名採用してほしい」と人事に要請して、それが基本で採用計画が立てられていた。・・・

でも、わたしが、本を読みながら思ったのは、「女子はみんなジョブ型だったわよね」ということ。・・・・・・そう思って最後まで読んでいたら。。。あら、女子の一般職がジョブ型正社員のモデルとして出てくるじゃない!・・・

それをジョブ型と呼ぶかどうかは別として、典型的なメンバーシップ型とは違う要素がかつてはけっこうあったのですね。ところが、

・・・実は、この会社、昭和が平成に変わる頃、ジョブ型ぽい働き方が、典型的なメンバーシップ型に変容していった。円高不況で経営が苦しくなり、人件費を削減するために、男子労働者の雇用が保護されて、彼らはメンバーシップ型の働き方になり、その代わりに女子は軒並み肩を叩かれた。・・・

このあたり、世間の感覚とは違うかも知れませんが、典型的にメンバーシップ型の働き方というのは、伝統的なものというよりも、それまでむしろ薄いあるいは緩いメンバーシップ感覚だったものが、高度成長が終わった後でより「濃縮」して、サイズが縮小する一方その中に残された者にはより強いオブリゲーションが課せられるようになるという現象は、世間一般でも見られるように思われます。

何にせよ、こういう経験を踏まえた拙著へのコメントはとても有り難いものです。ありがとうございます。

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『若者と労働』へのネット上書評

Chuko拙著『若者と労働』へのネット上の書評です。

山野晴雄さんの「三鷹の一日」から:

http://yamatea.at.webry.info/201312/article_5.html

日本キャリアデザイン学会のメールマガジン『キャリアデザインマガジン』第112号(2013年12月2日発行)に「私が読んだキャリアの一冊」として、濱口桂一郎さん(労働政策研究・研修機構)の『若者と労働-「入社」の仕組みから解きほぐす-』(中公新書クラレ、2013年)を紹介しました。

拙著の内容を詳しく紹介いただいた上で、

・・・ジョブ型正社員は、現在の日本のように、労働条件の劣悪な非正規労働者になりたくなければ、職務も労働時間も勤務場所も無限定なメンバーシップ型の「正社員」になることを受け入れざるを得ないという、どちらにしても劣化した労働条件のもとで働くというあり方についても問い直すものになっています。これを実現させることは多くの困難を伴いますが、著者が言うように、一歩一歩進めていくしかないように思います。

本書は、現在、日本社会で大きな問題となっている「若者と労働」の問題について、欧米諸国での問題と対比しつつ、その問題点と解決策を論じた書物として、若年労働政策を論じる場合には避けて通れないものとなっています。ぜひ多くの人に読んでもらいたい思っています。

と評していただいております。


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『季刊労働法』243号

Tm_i0eysji0m42g労働開発研究会のHPに、今月中旬に刊行予定の『季刊労働法』冬号(243号)の案内がアップされています。

http://www.roudou-kk.co.jp/quarterly/archives/005917.html

特集は「障害者雇用法制」です。こうしてみると、若手研究者に障害者雇用問題を扱う方が増えたことがわかります。

改正障害者雇用促進法の概要
厚生労働省職業安定局高齢・障害者雇用対策部障害者雇用対策課

障害者雇用促進法の差別禁止条項における「障害者」の概念
    北星学園大学教授 中川 純

障害者雇用促進法における「障害者差別」と「合理的配慮」
    福島大学准教授 長谷川珠子

障害を理由とする雇用差別禁止の実効性確保
    専修大学准教授 長谷川 聡

精神障害者の雇用義務化と今後の課題
    新潟青陵大学准教授 所 浩代

もう一つの第2特集は、国際労働関係法ということですが、これは全然別の話をむりに国際というネタで結びつけたという感じです。

2006海上労働条約と国際労働法の新展開 
    明治大学法科大学院教授 野川 忍

退職後の競業避止特約と国際裁判管轄権・準拠法――アメリカの州際事件を参考に――
北海学園大学准教授 村上 愛

EU経済統合にみる労働関係抵触法の新たな課題~サービス提供の自由と労働法の市場保護的機能の調整~
    中央大学大学院 山本志郎

この最後のトピックは、私もいくつ記事にまとめたことがあるので、どんな風に書かれているのか、興味があります。

そのほかはいろいろです。

■書評■
毛塚勝利著『事業再構築における労働法の役割』を読んで
弘前大学専任講師 成田史子

■連載■
    ■労働法の立法学 第34回■
雇用助成金の半世紀
    労働政策研究・研修機構統括研究員 濱口桂一郎


■イギリス労働法研究会 第18回■
イギリスにおける規制緩和の動向と労働法制への影響
    島根大学教授 鈴木 隆

■アジアの労働法と労働問題 第18回■
インドネシアにおける労働と法
    青山学院大学教授 藤川久昭

■北海道大学労働判例研究会 第31回■
有期雇用契約に設けられた試用期間中の解雇
     リーディング証券事件(東京地判平25.1.31労経速2180号3頁)
    釧路工業高等専門学校准教授 大石 玄

■筑波大学労働判例研究会 第38回■
外国人研修生・技能実習生の受入れに係る関係者の共同不法行為責任の成否
     雲仙アパレル協同組合ほか事件・長崎地判平成25・3・4判例集未登載LEX/DB文献番号25500556
佐賀大学教授 早川智津子

■同志社大学労働法研究会 第10回■
在職中の競業避止義務をめぐる法的課題
     ―ドイツ法の議論を中心に
同志社大学大学院 河野尚子

■神戸大学労働法研究会 第26回■
使用者の配慮を導くアプローチ
 ―労働者の宗教への配慮を素材として―
神戸大学准教授 櫻庭涼子

■ローヤリング労働事件 第11回■
個別労使紛争事件と集団的労使紛争事件の交渉から解決まで
 ~労働側弁護士の職務と使命
    弁護士 棗 一郎

わたくしのは、日本再興戦略で打ち出された雇用調整助成金から労働移動助成金へという話について、歴史的に振り返ってみたものです。

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政治的に正しいブラック企業の呼び方

ブラック企業という呼び方がポリティカリーコレクトか、という問題が勃発しているようなので、参考までにわたくしがnippon.comに書いた「ジョブ型正社員と日本型雇用システム」の各国語翻訳版において、ブラック企業に関わるところがどう訳されていたかを改めてみてみましょう。

http://www.nippon.com/ja/currents/d00088/(「ジョブ型正社員」と日本型雇用システム)

メンバーシップ型は「ブラック企業」問題の根源

今日、社員への長時間労働強要などの点で大きな社会問題となりつつある、いわゆる「ブラック企業」問題についても、その根源にはこのメンバーシップ型モデルがある。本来は長期的な雇用保障と引き替えの無限定的な働き方を、保障のないままで若者に押しつける企業とブラック企業を定義するならば、現実に正社員の枠組みが縮小する中でいつまでもメンバーシップ型を唯一絶対のモデル視する発想こそがブラック企業現象の最大の原因ということもできよう。

http://www.nippon.com/en/currents/d00088/(Addressing the Problems with Japan’s Peculiar Employment System)

The Membership-Based Model Allows Abuses by “Black Companies

Nowadays the problem of burakku kigyō, literally “black corporations,” in Japanese, is emerging as a major social issue. These are companies that force their employees to work unreasonably long hours and otherwise place excessive burdens on them. This abuse is grounded in the membership-based model of employment. The companies in question are ones that apply the no-limits approach traditionally adopted in return for long-term job security, but without providing security. It seems reasonable to say that the biggest cause of the “black corporation” phenomenon is slavish adherence to the membership-based model at a time when the scope for hiring regular employees has sharply shrunk.

http://www.nippon.com/hk/currents/d00088/(「限定型正式雇員」和日本式僱用體系)

「會員制」型是「血汗工廠」問題的根源

如今,強行要求雇員從事長時間勞動的所謂「血汗工廠」問題,已逐漸形成為一大社會問題,其根源就在「會員制」型這個模式上。如果把「血汗工廠」定義為將原本以保障長期就業為交換條件的不固定的工作方式,在沒有任何保障的狀態下強加於年輕人的企業,那麼也可以認為,在實際縮小正式雇員名額的情況下,仍將「會員制」型作為唯一絕對的模式這種觀念,才是「血汗工廠」現象出現的最大原因。

http://www.nippon.com/fr/currents/d00088/(Les problèmes spécifiques du  système de l’emploi japonais)

Le modèle de l’emploi à vie et les emplois de misère

A l’heure actuelle l’Archipel est confronté à un grave problème social, celui des black kigyô (littéralement « entreprises noires ») qui proposent ni plus ni moins que des emplois de misère. Dans ce type d’entreprise, les employés sont en effet contraints d’effectuer des heures de travail interminables en étant soumis à des pressions physiques et morales constantes. Si ce genre d’abus est possible, c’est à cause du modèle de l’emploi à vie. Les « entreprises noires » appliquent le même principe d’absence de limite en termes de tâche, de nombre d’heures et de lieu de travail qui sont exigées traditionnellement en échange de la garantie de l’emploi à vie. Mais elles n’offrent bien entendu aucune sécurité de l’emploi. Le phénomène des emplois de misère proposés par les « entreprises noires » semble directement lié à l’attachement excessif des travailleurs japonais au modèle de l’emploi à vie au moment où le recrutement des employés permanents a considérablement diminué.

http://www.nippon.com/ar/currents/d00088/(نظام التوظيف في اليابان)

نموذج وظائف العضوية وتأصل مشكلة ”شركات القائمة السوداء“

وتتجلى عيوب هذا النمط من التوظيف في تنامي العديد من المشكلات الإجتماعية بسبب إجبار الموظفين على العمل لساعات طويلة وظهور ”شركات القائمة السوداء“ التي تجبر موظفيها على العمل لساعات طويلة وممارسة ضغط نفسي عليهم ومضايقتهم في حال عدم انصياعهم للأوامر. إن مثل هذه الشركات تؤمن وظائفاً تشبه الوظائف التقليدية ولكن بدون ضمانات في الحفاظ على الوظيفة. لذلك فإن السبب الرئيسي في تأصل ظاهرة ”شركات القائمة السوداء“ يكمن في سيطرة نموذج التوظيف بنظام العضوية وكونها النمط الأوحد للتوظيف

http://www.nippon.com/es/currents/d00088/(La problemática del modelo de empleo japonés)

El modelo basado en la membresía, base para la mala praxis de las “empresas negras

El actual problema de las llamadas “empresas negras”, entidades que explotan a sus empleados y les obligan a hacer jornadas interminables, también tiene sus raíces en el modelo de empleo basado en la membresía. Estas empresas aplican el modelo japonés a la hora de exigir a los empleados que trabajen sin limitaciones, pero sin ofrecerles a cambio la seguridad de conservar el empleo de por vida. Considerando el contexto laboral actual, podemos aventurar que el fenómeno de las “empresas negras” se debe a la aplicación del modelo de empleo basado en la membresía en un momento en que la tendencia es contratar cada vez menos empleados fijos.

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大内伸哉『解雇改革』

9784502076909_240大内伸哉さんの新著『解雇改革 日本型雇用の未来を考える』(中央経済社)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

http://www.biz-book.jp/%E8%A7%A3%E9%9B%87%E6%94%B9%E9%9D%A9%E2%80%95%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9E%8B%E9%9B%87%E7%94%A8%E3%81%AE%E6%9C%AA%E6%9D%A5%E3%82%92%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B/isbn/978-4-502-07690-9

解雇論議が再燃を見せる今、気鋭の労働法学者である著者が、日本の解雇法制の現状と問題点を丁寧に解説し、ビジネスの現場の論理を踏まえた実践的な提言を行います。

非常に包括的に、というのはいろんな意味で、たとえば経済学や人事労務管理論における議論もたくさん活用しながら、という意味もあるし、欧米諸国の解雇法制を横断的に見ながら、という意味もあるし、労働法学者の議論にありがちな、やや視野が狭いのでは?という感じとは正反対の、非常に包括的に、今日の法政策課題としての解雇問題に正面から取り組んだ本です。

そしてまた、基本的な認識についても、わたくしときわめて重なる点が多いです。アメリカを除いて、世界中どこでも解雇に正当な理由を求めるのが普通なので、その点では日本は何ら特別ではないが、むしろ、経済上の理由のように、本来正当な理由がある場合であっても、日本型雇用システムにおいて、長期雇用の期待があるために解雇が制限される点に特殊性があるのだ、そして、それは会社の人事権に刃向かったような場合に雇用保障が消滅することと裏表の関係にあるのだ、ということは、まさにわたくしが力説してきたところです。

では、hamachanは大内説に賛成なのか、というと、いささか疑問の残る点があります。それは、上の点で、労使でルールを作り、雇用が継続する期待の範囲を明確化するという提言の「労使」ってところにあります。期待の範囲の明確化というのは、まさにたとえば職務や勤務地限定の正社員について、その職務や事業所がなくなったら配転の努力義務はないよ、と明確化するというような話ですから賛成ですが、それをどの「労使」が決めるのか、という問題です。

実はここが、ご存じの通りもっとも強硬な従業員代表制否定論者の大内さんは、使用者が定める就業規則に書かせて、裁判所がチェックするという話になっているんですね。それでは「労使」になるのか、ということで、労働者はみんな労働組合を作る権利があるんだから、といえばその通りですが、そこはそういうものではないだろう、と思うわけで、ここは大変根深い話になります。

わたしはむしろ、労働条件変更と並んで、この解雇問題が集団的労使関係システムの議論の一つの入り口になると思っているのですが。(先日、都内某所で痛飲しつつ喚いていた話とつながりますね)

何にせよ、今日の労働法政策の注目論点である解雇問題について、まず第一に読まれるべき基本書といっていいと思われます。

ご本人のブログでの紹介もリンクしておきます。

http://souchi.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/post-5c50.html

労働法の専門研究者は別として,今後,解雇のことを論じる場合には,この本を読んでいなければ話題についていけないでしょう。タイトルは,もともとは「解雇法制のグランドデザイン」でした。内容的には,まさにそういうものとなっています。いろいろ批判されることは覚悟のうえです。でも,少しでも多くの人が,この問題に関心をもってもらえれば,それでいいのです。解雇のことは,どうしても冷静な議論が難しくなります。冷静に政策論をすると,どうなるのかを,本書を読んでじっくり考えてもらえれば著者としてのこの上ない喜びです。

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