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2013年11月26日 (火)

忘れられた地域移動雇用政策@『労基旬報』11月25日号

『労基旬報』11月25日号に掲載した「忘れられた地域移動雇用政策」です。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/roukijunpo131125.html

 日本の雇用政策は、外部労働市場指向型と内部労働市場指向型を行ったり来たりしてきたということは、本連載も含めて今まで繰り返し述べてきました。大まかにいえば、1960年代の高度成長期には職業能力と職種に基づく近代的な労働市場を目指す流動化政策がとられ、石油ショックの後1980年代までは日本型雇用システムを高く評価し、雇用調整助成金などによって雇用維持を促進する政策がとられ、1990年代後半からは再び労働移動の促進政策にシフトしてきています。最近も民主党から自公政権への移行で雇用維持から労働移動へという思想が強調されています。

 多くの雇用分野でこれに沿った動きが見られるのですが、ある分野だけはそれとはいささか異なる動きを示してきているようです。それは地域雇用政策といわれる分野です。

 歴史をさかのぼると、1950年代末の炭鉱離職者対策から始まって、1960年代の地域雇用政策の主力は労働者の広域移動の促進にありました。1960年の職業安定法改正により広域職業紹介の規定が設けられ、1966年の雇用対策法では国の施策として労働者の地域間の移動のために必要な措置が設けられ、職業転換給付金の中に広域求職活動費、移転資金、帰省旅費、労働者住宅確保奨励金などが設けられました。とりわけ注目すべきは、近年批判の的になった雇用促進住宅です。もともと炭鉱を離職して移転就職した人向けの宿舎として始まり、その後他業種の移転就職者にも拡大され、労働移動促進政策華やかなりしころには続々と新設されていきました。

 ところが、1970年代初め頃から地域雇用政策は違う音色に変わっていきます。仕事のあるところに人を動かすのではなく、人のいるところに仕事を持ってくるという発想が主力になっていくのです。1971年の農村地域工業導入促進法や1972年の工業再配置促進法を背景に、1975年には地域雇用促進給付金が設けられ、1987年には地域雇用開発促進法が制定され、地域雇用開発助成金制度により、賃金助成のみならず施設設備の設置整備の費用もカバーされるに至りました。70年代から80年代のこの時期は、全国の人口動態で見ても、都市部への移動が止まった時期です。

 こうして移転就職者が激減する中で、かつての労働移動促進政策は雇用政策としては前面からは消えてしまいました。雇用促進住宅は移転就職者以外の住居に困っている労働者にも拡大され、1980年代には入居者のうち移転就職者は少数派になってしまいました。やがて2000年代には公務員の無資格入居問題が報じられ、雇用促進住宅自体が批判の標的となり、ついにその廃止・売却が決定されるに至ったのです。

 ところが一方、1990年代以後、人口動態は再び都市部への集中を示すようになりました。これは、いったん地方に進出した企業が、グローバル化等で海外展開することが多くなり、地方の空洞化が進み、雇用機会が失われていったことが背景にあるのでしょう。

 ところが、この新たな労働移動は公的機関の関与のほとんどないままに民間主導で進んでいったのです。多くの派遣・請負会社が雇用機会の乏しい地方で労働者を募集し、都市部に連れてきて就労させるという仕組みが作られ、その際派遣・請負会社が宿舎を用意することも一般に行われました。この実態が世間に明らかになったのは、2008年のリーマンショックで派遣切りが行われた際、多くの労働者が宿舎を出て行かざるを得ない状況が報じられた時です。

 民間主導の広域移動が活発に行われていた頃、国の地域雇用政策は依然として地域雇用創造等といった看板を掲げていました。美しい言葉をちりばめた地域雇用開発計画は量産されましたが、それが意味のある実績を上げたようには見えません。雇用政策全体が流動化促進に舵を切っていたのに、この分野だけかつての夢を追い続けていたように見えます。つまり現実と乖離し続けていたように見えます。

 その乖離が皮肉な形で露呈したのがリーマンショックでした。無駄の極みとして雇用促進住宅の廃止・売却を決定したその直後に、民間宿舎を追い出された派遣・請負労働者たちを収容するために、急遽雇用促進住宅を活用することとなったのです。長らく忘れられていたかつての地域移動雇用政策の置き土産が、公的政策の中では居場所をなくしていったそのあげくに、その本来の趣旨に沿った使い方でもって注目されるに至ったのですから、皮肉の極みと言えましょう。しかしその皮肉を生み出したのは、90年代以降も地域移動に目を向けず。地域開発の夢を追い続けた雇用政策であったことも確かでしょう。

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