今朝の日経には、新聞記者というのはここまで無脳で愚昧になれるのかと思われるような記事が、ご丁寧に2人の署名入りで載っています。
http://www.nikkei.com/article/DGKDZO62681840W3A111C1EA1000/(厚労省、規制緩和の「約束」反故? 「有期雇用、全国で延長」に暗雲 労政審の壁高く)
もちろん、あるトピックにどういう立場から記事を書こうが、それは新聞社や新聞記者の自由ですが、そのトピックの最大の問題点に全く思い至らぬまま、ネタ元の言葉の表面だけを鬼の首を取ったようにもてはやしているだけでは、1年生記者が警察ネタをそのまま垂れ流しているのを何にも変わらないというべきでしょう。
他の規制緩和案件では、それなりに中身を理解して、その上で記事を書いていると思われるのに、こと雇用労働問題になると、突如として予め決められたルールででもあるかのように無脳になるというのは、組織に何か問題があるのではないか、と思わざるを得ません。これこそ『日経病』でしょうかね。
ここで論じられている有期の長期コマギレ雇用という問題に対する記者としての見識はどこにも見られず、ただただ戦略特区の民間委員のこれまた労働問題には無脳愚昧な意見をそのまま子どもの使いのように繰り返すだけ。
挙げ句の果てに、最後の台詞がこれです。
・・・特区での規制緩和を否定し、さらには自ら約束した全国規模での思い切った規制緩和からも逃げ切ることは許されない。
この記者たちが、肝心の特区法の条文すら読んでいないことはこれからわかります。
先日本ブログで紹介したように、
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/post-77af.html(国家戦略特別区域法案)
附則
(検討)
第二条 政府は、産業の国際競争力の強化及び国際的な経済活動の拠点の形成の推進を図る観点から、一定の期間内に終了すると見込まれる事業の業務(高度の専門的な知識、技術又は経験を必要とするものに限る。)に就く労働者であって、使用者との間で期間の定めのある労働契約を締結するもの(その年収が常時雇用される一般の労働者と比較して高い水準となることが見込まれる者に限る。)その他これに準ずる者についての、期間の定めのある労働契約の期間の定めのない労働契約への転換に係る労働契約法(平成十九年法律第百二十八号)第十八条第一項に規定する通算契約期間の在り方及び期間の定めのある労働契約の締結時、当該労働契約の期間の満了時等において労働に関する法令の規定に違反する行為が生じないようにするために必要な措置その他必要な事項であって全国において実施することが適切であるものについて検討を加え、その結果に基づいて必要な措置(第三項において「特定措置」という。)を講ずるものとする。
2 厚生労働大臣は、前項の規定による検討を行うに当たっては、労働政策審議会の意見を聴かなければならない。
3 政府は、特定措置を講ずるために必要な法律案を平成二十六年に開会される国会の常会に提出することを目指すものとする。
ここに書いてあるとおり、労政審で検討するということが書かれているだけであって、「自ら約束した」などと、法理の条文も読めないようです。なぜこういう規定になったのかは、もちろんこの後に述べるように、無脳愚昧な経済学者や新聞記者でなければ一目瞭然にわかることがわからないような特区関係者の手から、もう少しもののわかった労働関係者の手に委ねるためであって、労政審で良心的な公益委員からも疑問の声が上がっているのは、あまりにも当たり前と言えます。
しかし、それよりも何よりも、この無脳愚昧な記者たちは、上記エントリで私が提示した、根本問題には、全く何の問題意識もないようです。
本ブログで何回も申し上げているように、「一定の期間内に終了すると見込まれる事業の業務」であれば、「高度の専門的な知識、技術又は経験を必要とするものに限」らなくたって、既に労働基準法第14条第1項柱書きに基づき、「期間の定めのある労働契約の期間の定めのない労働契約への転換に係る労働契約法第十八条第一項に規定する通算契約期間の在り方」をあれこれ議論するまでもなく、7年でも10年でも「一定の事業の完了に必要な期間を定めるもの」であれば長期の有期労働契約を締結することが十分可能です。むしろそれを変にコマギレにしてわざと労働契約法第18条に引っかかるようにすることは、労働契約法第17条第2項の趣旨に反することになるはずです。
もう少し詳しく解説したのはこちらですが、
http://homepage3.nifty.com/hamachan/webrousei1022.html(国家戦略特区騒動の帰結)
・・・ところが次の有期雇用に関する項目はどうも理解しきれないところがある。まずは素直に読んで欲しい。
(2) 有期雇用の特例
・
例えば、これからオリンピックまでのプロジェクトを実施する企業が、7年間限定で更新する代わりに無期転換権を発生させることなく高い待遇を提示し優秀な人材を集めることは、現行制度上はできない。
・
したがって、新規開業直後の企業やグローバル企業をはじめとする企業等の中で重要かつ時限的な事業に従事している有期労働者であって、「高度な専門的知識等を有している者」で「比較的高収入を得ている者」などを対象に、無期転換申込権発生までの期間の在り方、その際に労働契約が適切に行われるための必要な措置等について、全国規模の規制改革として労働政策審議会において早急に検討を行い、その結果を踏まえ、平成26年通常国会に所要の法案を提出する。
・ 以上の趣旨を、臨時国会に提出する特区関連法案の中に盛り込む。
まず思いつくのは、これを書いたひとは労働基準法第14条第1項本文の規定を知らないで書いているのではないか、ということだ。
(契約期間等)
第十四条
労働契約は、期間の定めのないものを除き、一定の事業の完了に必要な期間を定めるもののほかは、三年(次の各号のいずれかに該当する労働契約にあつては、五年)を超える期間について締結してはならない。
つまり、現行法でも、プロジェクトのための雇用なら7年であろうが10年であろうがその期間を定めた労働契約を締結することが可能で、その場合反復更新はしていないのだから、7年経とうが10年経とうが無期化することもあり得ないのである。
とはいえ、政府の中枢が決めた文章に、こんな労働法の基礎の基礎のようなことが抜けているとは思えない。とすると、この検討方針は、たとえば7年間のプロジェクトに必要な人材を、労働基準法で認められた7年契約の有期雇用で雇うことをあえてしないで、わざわざ1年刻みの短い有期契約にして、1年ごとに小刻みに更新して、そのくせ無期にすることも嫌がって、それで7年目まで使い続けたいというニーズに、わざわざ対応しなければならないという趣旨に理解するしかない。しかし、それが「高い待遇を提示し優秀な人材を集めること」になるのだろうか。
1年刻みで、何年目に切られるかも知れない不安定な状態におくよりも、「プロジェクトが予定されている7年間という長期間、安心してじっくりと仕事をしてくれ、更新なしだからそれで終わりだが」という方が、その集められるはずの「優秀な人材」氏にとっても、はるかに「高い待遇を提示」していることになるのではないかと思われるのだが。
7年契約で雇おうと思えばいくらでもできるのに、必死にそれを免れたがるような企業に、わざわざ雇われたがる「優秀な人材」とは、そもそもどういう人材であろうか、そんな企業に魅力を感じる人材などいるのだろうか、と次々に疑問がわいてくる。
言うまでもなく、はじめから7年間限定なのだから、メンバーシップ型正社員のように定年まで責任を負うわけでもない。あくまでもプロジェクトの期間だけの有期雇用でプロジェクト終了後は後腐れもないのに、それを嫌がる本当の理由を是非聞いてみたいところである。
もちろん、そういうあまりにも当然の疑問は、「全国規模の規制改革として労働政策審議会において早急に検討を行」う中で、審議会の委員諸氏から提示されると思われるので、誰かそれにきちんと答えられる人(少なくとも厚生労働省の担当者ではないはずだが)を呼び出して、答えてもらう必要がありそうである。
日経新聞の2面に麗々しく署名入りで記事を書いたぐらい自信があるのなら、なぜ現行法でも可能な長期の有期契約では絶対に駄目で、わざわざ不安定なコマギレ契約を長期間続けなければならないのかについて、説得力ある説明を是非紙面上で示していただきたいところです。
少なくとも、
2 使用者は、有期労働契約について、その有期労働契約により労働者を使用する
目的に照らして、必要以上に短い期間を定めることにより、その有期労働契約を反復して更新することのないよう配慮しなければならない。
というあまりにも当たり前のことしか書いてない、それゆえに何の意味があるんだと酷評されてきたような条項にすら真っ向から反するような不自然なコマギレにしなければいけないんだ、「逃げ切ることは許されない」んだ!とまで、堂々と署名入りでがなり立てるのですから、よほどの自信があるんでしょう。
無脳愚昧といわれて怒る自負があるのなら、是非示していただきたい。
(追記)
余計なことですが、先日、別件で日経のベテラン記者に取材を受けたとき、話の流れでこのトピックにも話が及び、上述のような理路を説明しておいたのですが、残念ながら日経新聞社の中では、そういう中身のある情報は共有されないようですね。
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