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« 毛塚勝利編『事業再構築における労働法の役割』 | トップページ | 農業の適用除外の再検討 »

2013年10月 8日 (火)

経済学者の意識せざるウソ

いつものことではあるのですが、朝日の紙面にでかでかと出ているので、

今朝の朝日の15面、経済学者の松井彰彦氏が、「改正労働契約法 「身分差」埋める努力を」というのを書いているのですが、これが、法律そのものを知らないまま、慣行を法律規定と思い込み、その慣行を是正しようとしている法律を、その趣旨と正反対のものと取り違えるという、ある種の経済学者に典型的な間違いを堂々と犯しています。

・・・もちろん、この問題は大学に限らない。元々の原因は正規労働者と非正規労働者の間の身分差にある。

日本は欧米諸国と比べても、正規労働者と非正規労働者を法律によって明確に区別し、前者を手厚く保護することで知られている。・・・

こういう、法学部の1年制でもたやすくその間違いを指摘できるような台詞を、東大経済学部教授が平然と吐けてしまうのが、今日の現状というわけです。

いうまでもなく、日本国の実定法体系は、欧米と共通のジョブ型で作られています。しかし、日本の企業、とりわけ大企業が、事実上の慣行として強固なメンバーシップ型のシステムを確立してきたため、その下で生ずるさまざまな紛争の処理も、現実に存在するメンバーシップ型の枠組を前提として判断されてこざるをえず、結果としてメンバーシップ型に立脚する膨大な判例法理が積み重ねられてきた、ということは拙著で繰り返し述べたとおりです。

判例法理は膨大に積み上がっても、実定労働法自体に「正規労働者と非正規労働者を法律によって明確に区別し、前者を手厚く保護する」などという馬鹿なことはありません。むしろ、実定法だけ見ていけば、事実として厳然として存在するメンバーシップ型を前提とした「正規労働者と非正規労働者の間の身分差」を、何とか少しでも縮小しようと努力を試みているわけで、その一つの現れが、この松井氏が口を極めて非難している昨年の労働契約法改正であったわけです。

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H19/H19HO128.html

第十八条  同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約(契約期間の始期の到来前のものを除く。以下この条において同じ。)の契約期間を通算した期間(次項において「通算契約期間」という。)が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。この場合において、当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件(契約期間を除く。)と同一の労働条件(当該労働条件(契約期間を除く。)について別段の定めがある部分を除く。)とする。

 当該使用者との間で締結された一の有期労働契約の契約期間が満了した日と当該使用者との間で締結されたその次の有期労働契約の契約期間の初日との間にこれらの契約期間のいずれにも含まれない期間(これらの契約期間が連続すると認められるものとして厚生労働省令で定める基準に該当する場合の当該いずれにも含まれない期間を除く。以下この項において「空白期間」という。)があり、当該空白期間が六月(当該空白期間の直前に満了した一の有期労働契約の契約期間(当該一の有期労働契約を含む二以上の有期労働契約の契約期間の間に空白期間がないときは、当該二以上の有期労働契約の契約期間を通算した期間。以下この項において同じ。)が一年に満たない場合にあっては、当該一の有期労働契約の契約期間に二分の一を乗じて得た期間を基礎として厚生労働省令で定める期間)以上であるときは、当該空白期間前に満了した有期労働契約の契約期間は、通算契約期間に算入しない。

(有期労働契約の更新等)

第十九条  有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。

 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。
 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。

(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)

第二十条  有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。

そういうまさに「正規労働者と非正規労働者の間の身分差」を埋めようとする実定法の試みが、しかしながら現実の(大学を含めた)メンバーシップ型社会の圧力の前になかなか効果を発揮できない姿を目の前にして、よくぞ人ごとみたいに「「身分差」埋める努力を」などと言えるものだと、もののわかった人ならあきれてものが言えなくなるところですが、朝日新聞の記者も含めて、そういうリテラシーが欠如している人々にはどうにも通じないようなのですね。

(参考)

https://twitter.com/Keikolein/status/387422814245883904

あ。この嘘ははまちゃん先生じゃなくてもイラッとするなー。それをただ載せる新聞にも腹立つーっ“

https://twitter.com/sumiyoshi_49/status/387518052436160512

国による法規制と民間の慣行による規制を混同するのは、経済学者の職業病なのなのだろうか。

https://twitter.com/04_17/status/387521161015214080

学者に専門分野以外の事を喋らせてはいけない。

https://twitter.com/konno_haruki/status/387496091626659840

経済学が悪いのではなく、勉強不足。経済学でも、制度学派の本を一冊でも読んでいれば、こうはならない。

一番冷静に事態を解説しているのはPOSSEの今野さんでした。

https://twitter.com/shimashima35/status/388125483730100224

「法律によって明確に区別し」とまで言っているのだから、どの条文か指摘できるはずだよね?突込み入れれば勉強不足が露呈する。

https://twitter.com/tm_tkuc/status/387598768943558656

俺の浅い読解力ではhamachanさんの経済学者に対する意見は「法に(文字で)書いてあることと書いてないことを混同するな」と「大企業の事例を全体に適用できると思うな」の2点に集約されると思うんだけどね。

https://twitter.com/bn2islander/status/388272923452010496

hamachan先生は非正規を正規化しろとは言ってないようには思った。有期の無期化は主張していてもね

正確にいうと、非正規を特殊日本的メンバーシップ型正社員にしろなどと言っておらず、欧米で普通の無期労働者、つまり「ジョブ型正社員」にしようと言っているのですが、

そこをわざと理解できないふりをして、「日本型正社員になんか出来ねえだろ、バカ」と言って、人の意見をよく読まない善男善女を惑わすわけです。

まあ、左右の極論派から見当外れの人格攻撃や属性攻撃を受けるほどに、「ジョブ型正社員」論が現実に世の中を動かす理論となりつつあるということの一つの表れなのでしょう。

主観的にはどんなに声をからして応援しても、経団連からも規制改革会議からもOECDからも歯牙にもかけられず、洟も引っかけられない評論家諸氏にできるのは、議論の中身をわざと無視した人格攻撃や属性攻撃だけというのが、かの有名な「第3法則」の示すところであったわけですが。

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コメント

愛読者です。初コメントになります。

このようなことは大変申し上げにくいのですが、あえて言うと、
濱口先生はは他にも言ってることは大体正しいのに、表現で損してて大変もったいないと思います。

例えば溜池通信のかんべえ氏が叩かれず、濱口先生が叩かれやすいのは、
かんべえ氏は穏やかな婉曲表現やユーモアを多用し、相手を悪し様に罵らないのに対し、濱口先生はそうでないからだと思うんですよね。

この松井先生に対する記事だって、内容は完全に正しいんですが、
いくら正しいとは言っても、言われた松井先生側にとってはダイレクトすぎてカチンとくるはず。
一方、同じ内容をかんべえ氏が仮にあの溜池通信の文体で書いたとしても、絶対に叩かれない。

違うのは表現方法だけなんですよね。

濱口先生はせっかく正しくてまともなこと言ってるのに、それだけで叩かれるのは本当に死ぬほどもったいない。
もう少し表現をオブラートに包んだりと多少工夫するだけで、さらに良くなると思うんですが。。。

工夫の仕方については、この本がおすすめです。

人を動かす
http://www.amazon.co.jp/%E4%BA%BA%E3%82%92%E5%8B%95%E3%81%8B%E3%81%99-%E6%96%B0%E8%A3%85%E7%89%88-%E3%83%87%E3%83%BC%E3%83%AB-%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%8D%E3%82%AE%E3%83%BC/dp/4422100513

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理論経済学者の松井彰彦氏の朝日新聞に掲載されたエッセイに関して、労働法学者*1の濱口桂一郎氏が「経済学者の意識せざるウソ」と事実認識に間違いがあると指摘している。松井氏は著名な経済学者なのだが、実務よりの濱口氏から見ると事実認識に不満があるらしい。しかし、問題の指摘方法が丁寧とは言えずちょっと分かりづらい主張なので、出来る範囲で解説してみたい。... [続きを読む]

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