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2013年10月25日 (金)

田中萬年さんへのとりあえずの応答

田中萬年さんから「宜しくご批判、ご教示下さい」と宿題をいただきました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-f815.html#comment-101754992

ご無沙汰しています。
 私は労働問題の専門書には近寄りがたかったのですが、最近、私にも理解できる解説書として濱口桂一郎さんの評判の三新書、『新しい労働社会』(岩波新書、2009年)、『日本の雇用と労働法』(日経文庫、2011年)、『若者と労働』(中公新書ラクレ、2013年)を学習出来るようになり、マクロな労働問題も少し理解できるようになりました。三新書は私のように労働問題の専門家でない者に労働問題の理論的学習を可能にした有りがたい著書です。
 濱口さんの三新書を学ぶことによって職業訓練の理解と整理もこれまでよりも一段高めて考えることが出来るようになったと考えています。
 そしてまた、一方ではその整理による欠点も見えてきました。
 そこで濱口さんの論では欠落している職業訓練の問題について述べてみました。私がこれまで整理してきた労働者保護-生産増強の思想軸を交差させて分析すべき事を述べました。
  「『労働基準法』における職業訓練理念の混迷-労働者保護と生産増強の思想軸の必要性-」を2013年10月25日にアップしました。オリジナルです。ご省らの上、宜しくご批判、ご教示下さい。

この論文はこちらにありますが、

http://www.geocities.jp/t11943nen/ronbun/KIJYUNHOUkonmei.PDF

疑問として提起されている点について、きちんとした回答にはなりませんが、とりあえずの応答としてごく簡単なメモ書きをしておきます。

なお、職業教育訓練に関しては、新書の記述はいずれもごく簡略ですが、その元になった

http://homepage3.nifty.com/hamachan/dualsystem.html(「デュアルシステムと人材養成の法政策」 『季刊労働法』第213号)

ではもう少し詳しく書いていますので、主としてそれを引用する形で応答します。

<1>の「戦後の1947年に制定された労働基準法は企業内教育訓練には消極的」との指摘は妥当なのか疑問がある。

<2>の「技能者の養成は本来公的な職業教育の充実によって達成すべきものであるという立場に立っていました」はより疑問が大きい。

については、

戦後1947年に制定された労働基準法は、第7章として技能者養成の規定を設けました。制定過程を見ると、前年4月の第2次案で徒弟雇傭の認可制が打ち出され、雇用期間、賃金、労働時間などの適用除外も示されています。その後徐々に規定が拡充され、6月の第4次案では徒弟とは「使用者と生活を共にして技能を修得する目的を以て使用される未成年の労働者」との定義規定がおかれましたが、8月の第6次案ではこれが「使用者は徒弟、見習、養成工その他何等の名称を以てするに拘わらず技能の習得を目的とする未成年を酷使してはならない」という所謂徒弟禁止規定に変わり、技能の習得を目的とする未成年者の使用を資格を有する者が行政官庁の許可を受けて行う場合に限定しました。重要な変更は11月の第8次案で規制対象が未成年者から労働者一般に広げられたことで、章題もそれまでの徒弟から技能者の養成に変わっています。

この規定の趣旨は当時の質疑応答集に明確に表れています。「技能者の養成は、職業教育の充実によって、相当その目的を達成することができると考えるが、義務教育以上に進学のできない者については、矢張り労働の過程で技能を習得させることが必要であり、又ある種の職業にあつては、その性質上、学校教育だけでは、練達せる技能者を養成することが期待できない部門があるので、これを全面的に禁止することは我が国の現状に鑑み適当でない」云々。つまり、学制改革による公的な職業教育こそが、従来一般的であった企業内人材養成に代わるべきシステムであるという思想が背後にあり、技能者養成制度はやむを得ない限りの代替物という考え方だったわけです。

次に、

<3>の「教育界では普通教育が偏重され、職業高校は沈滞してしまいました」の論は微妙な説明である。「沈滞してしまいました」はその前には隆盛だった、と言うことを意味してもいるようだが、それは何時頃かが問題となるからだ。

について、

一方、本来の道とされたはずの職業教育ですが、新制高等学校は総合制が原則とされたため、普通教育偏重の傾向が生じ、戦前の実業学校を受け継ぐ職業高校は沈滞してしまいました。1949年の教育刷新審議会建議「職業教育の振興方策について」は、新制高校の画一化を避け、職業教育単独校を多数設置することや、企業・産業団体との共同教育組織を設けるべしと訴えました。1951年に関係者の運動で産業教育振興法が議員立法として制定されて、ようやく単独職業高校が増加し、職業教育も充実し始めたということです。しかしその後も教育界では、普通教育を本来の姿と考え、職業教育を継子扱いする発想が牢固として残っていたようです。

この「沈滞」という言葉は、産業教育振興法について書かれた資料にあった表現なので、当時の職業郁関係者たちの認識を表していると見ることができます。沈滞する前とはいつかといえば、それは中学校、高等女学校と並ぶ中等学校として実業学校が存在した戦前でしょう。

上のように整理しても、未だ、「労働基準法」の職業訓練問題の整理は完全では無い。それは、ジョブ型の典型とも言える徒弟制の理念的位置づけの問題である。

そうは認識されていなかったし、現にそうではなかったからでしょう。

労働基準法立案者の念頭にあった徒弟制とは、

徒弟制は年少者が親方の家庭に長年住み込んで、技能のみならず、しつけ、社会常識等の訓練を受け、5~6年後の年季明けに職人となり、さらに恵まれたものは後に親方になるという徳川時代以来の私的訓練制度です。

・・・この職人徒弟制に対して、明治以降洋式工業の導入に伴って、未経験の若年労働者を見習職工として採用し、熟練職工の下で技能の習得を行っていく工場徒弟制が拡大していきます。しかし、例えば『職工事情』などを見ると、きちんと技術の習得をさせるよりも雑用や使い走りに利用することが多く、徒弟というより少年工に過ぎないのが実情で、少し技術を覚えると他の工場に転じて渡り職工になるという状態だったようです。

・・・上述のような明治期の徒弟制の実態に対して、公的な職工養成システムを確立することで対応しようという動きが早くから行われています。

あるべきジョブ型社会システム(公的な職業教育)からは否定されるべき存在であったのです。

なお、

なお、濱口さんの理解できない学校職業教育の整理として、濱口氏が中等職業教育の始まりは東京職工学校としている(『日本の雇用と労働法』100ページ)ことがある。「職工学校」という名称から生じる誤解である。

当該ページを見ても、「公的職業教育の出発点」とは書いていますが、「中等職業教育の始まり」とは書いていません。

もちろん、公的職業教育の出発点という位置づけが適切であるか否かという議論はありうると思いますが、少なくとも、

東京職工学校は…尋常中学校卒業程度を入学資格とする学校で、実際においては最初から専門学校であって、これを中等工業学校とみることは出来ない。

というのは何ら関係がないように思われます。

以上、拙速な応答ですが。

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コメント

ご回答ありがとうございました。
大変遅くなりましたが、ご回答に対する再度の疑問をブログ「『労働基準法』における職業訓練理念の混迷」再論
に記しましたので、お時間がありますときに宜しくご批判下さい。

読ませていただきましたが、上での議論に付け加えるべきことはほとんどなさそうに思えます。

1.わたしは労働基準法制定『過程』の議論を引用しました。『以前』ではありません。立法過程の議論は立法者意思、つまり「労働基準法の思想」を確認する上で重要です。

2.わたしは徒弟についての「現時点」での是非の価値判断は論じていません。労働基準法制定当時の立法担当者の認識、価値判断を論じています。それを良いと(現時点で)考えるか否かは、歴史の議論では何の意味もありません。

3.「ジョブ型」のシステムも思想も、単一でも一色でもありません。田中さんの考える「ジョブ型」のあるべき論とは異なるジョブ型論はいくらでもあり得ますし、現にあります。労働基準法制定当時の立法担当者の思想もその一つです。

4.細谷俊夫氏が何を言っているかは私には関係ありません。「私」は、繰り返しますが、「私」は、東京職工学校が中等職業学校の始まりだなどと書いた覚えはありません。私は何も読み飛ばしていませんよ。私の書いてないことを、「確か、そのような趣旨で濱口さんもどこかに書いておられた筈ですが」といわれてるだけだと思います。

以上、いずれも内容的には枝葉末節に類することなので、あえてエントリを起こさず、コメント欄に書き込むこととします。

なお、ツイッターでは「濱口さんは制定以前の議論で回答されているわけで、私の法制定後の提起とかみ合うはずがありません」といわれていますが、上記論文では私に対してはもっぱら労働基準法それ自体について問われていて、労働基準法制定後の変化については論じていないように思います。

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