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りっぴぃさんの拙著批評に寄せて

Chuko女性弁護士の「りっぴぃ」さんが、拙著『若者と労働』への違和感をつぶやかれています。

https://twitter.com/rippy08/status/394023693480779777

濱口さんの「若者と労働」。新書だから細かいことを書けないのは仕方ないのでしょうが,私がどこか違和感を持ってしまっていたのは,「古き良き日本型雇用」みたいなのがあった,というのが所与の前提とされている点もあるかも。

https://twitter.com/rippy08/status/394024257916633088

承前)「日本型雇用」といわれるもの(若年期に就職して長期継続雇用,定昇あり,年功序列,みたいなの)が適用されていたのは,実はそんなに「みんな」ではないですよね。男性に限っても,思われているよりは少ない,という記憶(正確な数字は覚えてません・・・(>_<))

https://twitter.com/rippy08/status/394024659852619776

承前)ただし,「日本型雇用」の「恩恵」に浴していた人(「正社員」として就職した人の妻子など)は確かに多かった,らしいので(これまた,数字は覚えてない),前提として間違ってはいないんでしょうが。でもなー,何だかなー

https://twitter.com/rippy08/status/394024986358194176

承前)労働関係の話でもいちいちもにょもにょするのは,私自身の女性性が関わっている,というか,個人的感情です。なかなかこういう個人的感情を切り離して議論できないので,学習会とかでもいつもモヤモヤしつつも発言できず・・・とかなりがちです。

112483「若者」論という新書ゆえに、きちんとそこまで展開できていませんが、『日本の雇用と労働法』では、「第5章 日本型雇用システムの周辺と外部」において、女性労働者、非正規労働者、中小企業労働者について、それなりに記述をしておりますので、もし、そういう人々の存在を無視しているかのような記述と感じられたのであれば、併せてお読みいただければ幸いです。

端的にわかりやすく書くと言うことは、その分何かを書かずに済ませてしまうということでもあるわけで、りっぴぃさんのような批評は当然ではあるのですが、書かれていないことはすべて考えていないことというわけではありません。

とりあえず、女性労働については、もう少し突っ込んで書いた文章があります。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/olgata.html(OL型女性労働モデルの形成と衰退)

日本の労働問題についての研究は、主として重化学工業の男性ブルーカラー労働者を対象として行われてきました。しかしながら産業化初期から戦争直前に至るまで、日本の雇用労働者の半数以上は女性でしたし、現在もまた労働力の女性化が進みつつあります。女性労働者に対する労務管理を抜きにして日本の労務管理を語ることはできません。しかし、日本型雇用システムが確立するまでの、主として繊維工業を中心とする女性労働と、日本型雇用システムが確立した後の、主として事務作業を中心とする女性労働とでは、その意味合いが全く異なっています。また、近年の女性労働を考える上では、非正規労働者としての就労形態が重要な意味を持ちます。
 いずれにしても、女性労働者は正規労働者であっても、企業へのメンバーシップを中核概念とする日本型雇用システムの中では異分子的な存在であり続けました。逆にいえば、女性労働者の視点から日本型雇用システムを見ることで、その意味合いをよく理解することができます。

・・・・・・・

4910200371038なお、先日紹介した『エコノミスト』臨時増刊号(10月14日号)に、わたくしとともに寄稿しているみずほ総研の藤森克彦さんの「女性の活躍促進に、就業の多様化を ワークライフバランスの推進もカギ」が、みずほ総研のサイトにアップされているので、それも紹介しておきます。基本的な視角がわたくしとよく似ていますので。

http://www.mizuho-ir.co.jp/publication/contribution/2013/economist131014.html

このように、主要先進国と比べると、日本社会は依然として「男性稼ぎ主モデル」が根強く、女性の就業促進には厚い壁があることがうかがえる。女性の就業を妨げる根底には、どのような要因があるのだろうか。

筆者は、日本で女性の就業を妨げる要因は、長期雇用を特徴とする日本独特の雇用契約にあるとみている。この点、労働分野の研究者である濱口桂一郎氏が本質的な指摘をしている。すなわち、企業が社員を採用する際に、欧米では「職務(ジョブ)」が先にあってそれに合った人をあてがうが、日本では会社の一員(メンバー)にふさわしい人を選んで採用し、その人に職務をあてがう。

つまり、日本の雇用契約は「メンバーシップ型」の契約となっていて、社員は会社のメンバーとして採用され、長期雇用が重視される。そして長期雇用は、生活給込みの年功賃金と共に「男性稼ぎ主モデル」の基盤となり、人々の生活を安定させてきた。

一方、長期雇用などによる「生活安定機能」は、長時間労働、配置転換、転勤といった「企業による強い拘束」とセットで提供されてきた。すなわち、正社員の雇用を守るには、企業は不況期に最適な正社員数にしておけばよい。そして景気が良くなり生産量を増やす必要が生じたならば、正社員数を増やすのではなく、残業時間を増やすことで対応していく。

つまり、日本の雇用システムには、正社員の長期雇用を守るために、あらかじめ長時間労働が織り込まれている。また、配置転換や転勤も、不要となった部署の社員を別の部署に異動させることによって、正社員の雇用を守る役割を果たしてきた。

このように、「生活安定機能」と「企業による強い拘束」をセットで提供してきた雇用システムは、「男性は仕事、女性は家事」という役割分担を前提にする上では、実にうまく機能してきた。

しかし、「共働き世帯」が増えてくると、「企業による強い拘束」は支障が大きい。例えば、夫婦が共に正社員であれば、双方に長時間労働が課せられ、家事・育児の時間を捻出することが難しくなる。その結果、女性を中心に「仕事を続けるか、出産・育児を諦めるか」という二者択一が迫られる。また、夫に転勤が命じられれば、仕事を持つ妻は「仕事を辞めて夫についていくか、別居をするか」といった選択を迫られることにもなる。

欧米諸国では、人事、経理、企画、営業といった「職務(ジョブ)」を前提にして、人をあてがう「ジョブ型」の雇用契約となっている。そのため、当該職務がなくなれば、解雇はやむを得ないと考えられている。その代わり、「職務」の範囲を超えた残業、配置転換、転勤は行われない。「企業による拘束」は弱いので、「共働き」を行いやすい雇用システムとなっている。・・・・・

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