本日、産業競争力強化法案が閣議決定されたようです。
その法案要綱等5点セットが、経済産業省のHPに載っています。
http://www.meti.go.jp/press/2013/10/20131015001/20131015001-2.pdf
この法律は、我が国経済を再興すべく、我が国の産業を中長期にわたる低迷の状態から脱却させ、持続的発展の軌道に乗せるためには、経済社会情勢の変化に対応して、産業競争力を強化することが重要であることに鑑み、産業競争力の強化に関し、基本理念、国及び事業者の責務並びに産業競争力の強化に関する実行計画について定めることにより、産業競争力の強化に関する施策を総合的かつ一体的に推進するための態勢を整備するとともに、規制の特例措置の整備等及びこれを通じた規制改革を推進し、併せて、産業活動における新陳代謝の活性化を促進するための措置、株式会社産業革新機構に特定事業活動の支援等に関する業務を行わせるための措置及び中小企業の活力の再生を円滑化するための措置を講じ、もって国民生活の向上及び国民経済の健全な発展に寄与することを目的とすること
と、大変高邁な目的を掲げております。
で、その「規制の特例措置の整備」ですが、第8条に規定されています。
第八 新たな規制の特例措置の求め
一 新たな規制の特例措置の適用を受けて新事業活動を実施しようとする者は、主務大臣に対し、当該新たな規制の特例措置の整備を求めることができるものとすること。
二 主務大臣は、新たな規制の特例措置を講ずる必要があると認めるときは、遅滞なく、その旨及び新たな規制の特例措置の内容を、当該求めをした者に通知するとともに公表するものとすること。
三 主務大臣は、新たな規制の特例措置の整備の求めが、他の関係行政機関の長が所管する規制について特例措置を求めるものである場合には、新たな規制の特例措置を講ずる必要があると認めるときは、遅滞なく、当該関係行政機関の長に新たな規制の特例措置の整備を要請するとともに、その旨を当該求めをした者に通知するものとすること。
四 新たな規制の特例措置の整備を求められた主務大臣は、新たな規制の特例措置を講ずる必要がないと認めるときは、遅滞なく、その旨及びその理由を当該求めをした者に通知するものとすること。
五 関係行政機関の長は、当該要請を踏まえた新たな規制の特例措置を講ずることとするときは、遅滞なく、その旨及び新たな規制の特例措置の内容を主務大臣に通知するとともに、新たな規制の特例措置の内容を公表するものとすること。
六 関係行政機関の長は、当該要請を踏まえた新たな規制の特例措置を講じないこととするときは、遅滞なく、その旨及びその理由を当該要請をした主務大臣に通知するものとすること。
七 関係行政機関の長から通知を受けた主務大臣は、遅滞なく、その通知の内容を当該通知に係る規制の特例措置の求めをした者に通知するものとすること。
ほかにもいろいろと山のような規定がありますが、どれもかつての通産省的匂いがいっぱい漂う産業政策もので、これだけが(主としてよその官庁の規制についての)規制緩和ものという感じですね。
で、問題はここでいう「規制の特例措置」の定義です。第2条に定義規定があって、
この法律において「規制の特例措置」とは、法律により規定された規制についての別に法律で定める法律の特例に関する措置及び政令又は主務省令により規定された規制についての政令等で規定する政令等の特例に関する措置であって、認定新事業活動計画に従って実施する新事業活動について適用されるものをいうものとすること。
これを見る限り、「規制」そのものの定義はないようですね。
ただし、明文で「法律により規定された」「政令又は主務省令により規定された」とあるので、実定法令上のこの規定と明示できないような判例法やら慣習法がこの「規制」に当たらないことだけは間違いありません。日本型雇用システムそれ自体は、本法律上でも「規制」ではあり得ないのです。あまりにも当たり前ですが。
一方、労働基準法の労働時間規制がこの「規制」に当たることはいうまでもありませんし、労働契約法18条の「5年で無期」も、一定の要件に該当する法律関係に一定の法律効果を強行規定として与えようとするものですから民事効のみとはいえ「規制」には違いないでしょうが、問題は労働契約法16条の解雇権濫用法理をただそのまま書いただけの規定が、ここでいう「法律により規定された規制」なのかどうか、でしょうね。
もしそれが「法律により規定された規制」だとすると、論理必然的に、民法1条3項の一般的な権利濫用法理も「法律により規定された規制」だし、その前の2項の信義誠実の原則も「法律により規定された規制」だし、そのまた前の第1項の公共の福祉原則も「法律により規定された規制」になるし、何でも使える魔法の杖、90条の公序良俗規定も「法律により規定された規制」ってことになるわけですが、そういう解釈なのか、法案を閣議決定する前に内閣法制局でとことん詰めた議論をしているはずなので、是非伺ってみたいところではあります。
もしそうだとすると、「新事業活動」のために邪魔であれば、信義誠実の原則も守らなくていいし、公共の福祉に従わなくてもいいし、公序良俗に反してもいいということも(論理的に)あり得るのか、その場合、主務大臣である法務大臣にその「規制」の特例措置を求めて、上のような手続が進行することになるのか、法学徒なら誰もが興味を惹かれるところではないでしょうか、ねえ。
(追記)
河野太郎衆議院議員が、そのブログで、この雇用特区を礼賛しているのですが、
http://www.taro.org/2013/10/post-1410.php(雇用特区について)
その中で、
この雇用特区に関して、例えば朝日新聞は「例えば「遅刻をすれば解雇」と約束し、実際に遅刻したら解雇できる」などと書いているが、そもそも、それは公序良俗に違反しているだろうし、特区が定めるガイドライン違反になるだろう。
これを見ると、どうも公序良俗という法の一般原則は特区といえども適用除外できないものと考えているようです。
しかし、もしそうであるなら、同じように法の一般原則である権利濫用法理も信義誠実の原則も、やはり特区といえども適用除外できないはずなんですね。
いや、権利濫用法理一般は適用除外できないけれども解雇権濫用法理は適用除外できるというのであれば、公序良俗一般は適用除外できないけれども雇用に関する(たとえば男女別定年制がそれだというような)公序良俗は適用除外できることになるのか、そっちはダメだというならそれはなぜなのか、きちんと論理を整理する必要がありそうに思えます。
(再追記)
と書いたときには、まさかものの見事に、公序良俗は適用除外できないけれども、権利濫用法理は適用除外できると、どんぴしゃの台詞をどや顔で吐く御仁が出てくるとはさすがに思わなかったですが、やはりこのあごらーな人がその役目を(無意識のうちに)買って出たようでありますな。
http://agora-web.jp/archives/1563572.html(「解雇特区」って何?)
民法には公序良俗に反する契約は無効とする規定があります(90条)。公序良俗というのはむずかしい言葉ですが、非常識な契約は(たとえ当事者が合意しても)無効になるという意味です。
民法には権利濫用はこれを許さないという規定(1条3項)もあります。解雇も原則としてできるのですが、例外的に客観的に合理的な理由がないようなひどい解雇は権利濫用として無効になるのです(労働契約法16条)が、それを目の敵にしている人が、こういう台詞を語るのを見ると、心和むものを感じますね。
いずれにせよ、よい子の皆さんは、法律に関するお勉強は、法律のことをよくわかっている人から聞くのが一番です。
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