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2013年9月25日 (水)

OECD失職者政策レビュー

いまから5年前、OECDのアクティベーション政策レビューの調査チームの皆さんが来日し、わたくしからご説明したことがありますが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/oecd-dd50.html(OECDアクティベーション政策レビュー)

本日、再びOECDの調査チームに説明する機会がありました。今回のテーマ別レビューは「displaced workers」(失職者)です。

Activation今日のお二人のうち、シュルティ・シンさんは、5年前のアクティベーション政策レビューの時にもお会いしていました。

アクティベーションについてはその後報告書にまとめられ、わたくしの翻訳によって日本でも出版されていますが、

http://www.akashi.co.jp/book/b82108.html

今回のレビュー結果もそのうちとりまとめられ、邦訳されることになるのでしょう。だいぶ先ですが。

アクティベーションのときと同様、欧米における「失職」と日本における文脈の違いを再三強調してきました。

日本の労働社会における「失職」                                       2013/09/25

1 労働社会の文脈

・日本の労働社会は、OECDの本プロジェクトが前提としているものとは異なる。
・労働社会の主流(大企業や中堅企業の正社員が中心)は、雇用関係が「職(job)」に立脚したものではなく、「社員であること(membership)」に立脚している。雇用契約は「空白の石版」であり、企業の命令に従ってさまざまな「職」を遂行する。
・それゆえ教育から労働への移行は、「就職(job placement)」ではなく「入社(inclusion into membership)」である。
・従って経済的理由による解雇は「失職(job displacement)」としてではなく「社員であることからの排除(exclusion from membership)」として現れる。

(補足的説明)
・日本にも医師や運転手のように、「職」に立脚した労働社会は存在する。しかしそれらは少数派である。また、中小零細企業ではメンバーシップ性は次第に希薄になる。
・両者の対比は企業譲渡の際に明確になる。EU指令では職に伴って企業を移転することが基本ルールだが、日本ではそれが反発を呼ぶ(日本IBM事件)。

2 メンバーシップ型社会の景気変動への対応方法

・日本も市場経済であり、景気変動があり、また産業構造の変動によっても、個々の「職」に対する労働需要は変動する。
・しかし、雇用関係が「職」に基づいていないので、ある「職」の喪失は必ずしも雇用関係の終了の理由にならない。企業内に他に可能な「職」があれば配置転換により雇用関係を維持することがルールである。(同一ないし類似の「職」に限らない。工場生産工程→営業というケースも多く見られる)
・これは、日本の裁判所の判例法理においても、整理解雇法理における解雇回避努力義務の一つとして認められている。
・後述のように、日本政府(労働行政)も1970年代半ば以降、雇用維持を最優先とする雇用政策を進めてきた。
・これは「失職」の社会的苦痛を減らすという意味では一定の意義を有する。
・しかし逆に言えば、やむを得ず行われる経済的理由による解雇が(自己の責任によらない)「失職」ではなく、企業内に遂行しうるいかなる「職」もないゆえの「会社からの排除」として、社会的スティグマを付与されてしまうことをも意味する。(剰員整理解雇が能力不足による解雇として現れる)
・このことがさらに剰員整理解雇への抑制効果として働き、大企業になればなるほど、雇用を縮小せざるを得ない場合でも、できるだけ解雇という形をとらないで、希望退職募集を通じて剰員整理しようとする。

3 景気変動の緩衝材としての非正規労働とその性格変化

・避けられない景気変動から「社員であること」を保護するための仕組みとしては、時間外労働の削減、配置転換のような内部的柔軟性とともに、労働力そのものを減らす外部的柔軟性も必要となるが、日本ではその役割が主として非正規労働者(パートタイム、有期、派遣等)に与えられてきた。
・これは労働市場における差別といえるが、マクロ社会的には近年まであまり問題とされなかった。
・その理由は、非正規労働者の大部分が家庭の主婦や学生など家計補助的に就労する者であり、不況時には労働市場から撤退して、(上記雇用維持政策により)「社員であること」を保護される家計維持的労働者の扶養家族として生活することができたからである。
・このため、不況期には非正規労働者の雇用終了は多く発生しても、その多くは非労働力化し、直ちに失業率の上昇をもたらすことはなかった。
・しかし、1990年代以降、若者を中心に家計維持的な非正規労働者が増加していき、2000年代には彼らが次第に年長になりつつあった(非正規労働者の壮年化)。
・2008年のリーマンショックによって多くの非正規労働者が雇用終了されたときには、そのかなりの部分が失業者としてあふれ出し、政策対応を要請することとなった。

4 メンバーシップ型社会を前提とした「雇用維持」政策

・「職」に基づく社会であっても、とりわけ循環的景気変動に対してはできるだけ「失職」を避け、雇用を維持することを政策として志向することは多い。とりわけ独仏など大陸欧州諸国ではそうである。その場合、操業短縮などによるワークシェアリングが用いられる。
・日本では1975年に雇用調整給付金が設けられ、景気変動や産業構造変化により事業活動が縮小する企業が雇用を維持する場合にその賃金の一定割合を助成することとされた。この制度の源流はドイツの操短手当(1969年)である。
・1970年代後半以降、日本の雇用政策は雇用調整助成金による雇用維持を最重要課題として運営されてきた。そのこと自体は必ずしも問題とは言えない。しかし、「職」に基づかない社会における雇用維持優先政策は、「社員であること」を維持するために「職」を軽視する傾向を生みがちである。
・日本的な「職」なき「雇用維持」政策は、(助成金の援助によって)企業が頑張れるぎりぎりまで失業を出さないという点においては、欧米諸国に比べて失業率を低水準にとどめる効果があり、雇用政策として有効であることは確かである。
・しかしながら逆に、(企業が我慢しきれずに)不幸にして失業してしまった場合には、景気が回復しても簡単に復職することは困難となる。
・欧米では不況のため「職」が少なくなって「失職」したのであれば、景気回復で「職」が増えれば「復職」することは可能である。少なくとも当該「職」に技能のない若い労働者よりも有利である。
・しかし日本では企業の中にあてがうべきいかなる「職」もなくなるところまで頑張ったあげくの失業であるから、失業者であること自体が「どの「職」もできない」というスティグマとなり、再就職が極めて困難となる。このため、失業率自体は比較的低水準であるにもかかわらず、長期失業率はかなり高い。(欧州諸国と異なり、失業給付の給付期間はかなり短く、長期勤続の中高年でも1年を超えないので、長期失業率の高さは失業給付によるものではない)

5 日本の雇用政策の推移

・日本の雇用政策は常に雇用維持優先であったわけではない。むしろ、過去数十年にわたって労働移動促進と雇用維持を揺れ動いてきた。
・1950年代後半から1960年代を経て、1970年代初めまでは、日本政府の立場は雇用流動化促進政策であった。1960年の国民所得倍増計画、1967年の雇用対策基本計画など、「職業能力と職種に基づく労働市場」の形成を目指していた。主たる助成金は職業転換給付金であった。
・1973年の石油危機に対して、1975年以降上記雇用調整給付金による雇用維持政策が全面的に行われ、同時期に裁判所で確立した整理解雇4要件と相まって、「社員であることからの排除」をできるだけ回避するという企業行動が(大企業や中堅企業を中心として)確立した。この後1980年代を経て1990年代初めまでは、日本は先進国の中で例外的に低い失業率を誇っていた。
・1990年代前半のいわゆるバブル崩壊により景気が低迷するとともに、人員余剰感が高まり、失業率も徐々に上昇し始め、雇用維持最優先の政策が修正され始めた。当時の政策標語は「失業なき労働移動」であり、出向等により失業を経ることなく企業から直接他の企業に雇用が受け渡されることが目指された。
・2000年の法改正により、事業規模縮小の際に作成すべき計画がそれまでの「雇用維持計画」から「再就職援助計画」に変わり、助成金もアウトプレースメント支援などに変わった。
・2008年のリーマンショックに対して、雇用調整助成金の要件が緩和されるとともに多くの企業が活用するようになり、この面では再び雇用維持政策が主力となった。
・2013年新政権は、雇用維持から労働移動促進への(再)転換を政策の軸に掲げ、雇用調整助成金よりも労働移動支援助成金の支給額を多くすることを目指している。また、「学び直し」への支援も検討されている。

6 失業給付の意味

・日本では1947年、欧米諸国にならって失業保険制度が設けられた。
・1974年に雇用保険制度に改正された。これは従来の労使折半負担による失業給付に加えて、企業負担(「雇用税」に相当する)による雇用保険3事業(現在は2事業)を設けた。その主たるものが上記雇用調整給付金である。他に種々の雇い入れ助成金がある。
・上記のような雇用維持型政策の下では、大企業や中堅企業の正社員は失業のリスクがかなり低くなり、直接失業給付を受給する可能性は乏しくなる。その代わり雇用調整助成金によって、在職しながら間接的に雇用保険財政による生活保障を受けているとも言える。
・こうして、失業給付の主たる受益者は相対的に雇用維持傾向が希薄な中小零細企業の労働者となる。
・失業給付の受給期間は自己都合退職が短いのに対して、解雇・倒産による失業は特に中高年者については(相対的に)長期に設定されている。しかし、日本では「職」によらない年功的な賃金体系のため中高年者の前職賃金に基づく失業手当額が高くなり、低い再就職賃金との落差が生じる。このように、「職」に基づき技能のある中高年失業者が選好される欧米に比べ、中高年失業者の再就職はより困難となり、受給期間を過ぎても長期失業者となる可能性が高い。
・一方非正規労働者については、従来は多くが家計補助的労働との前提に基づき、1年以上の雇用見込みの者のみを対象としていた(家計補助的な者から失業保険料を徴収することは不適当と考えられたことも理由である)。しかし2008年のリーマンショックで雇用終了された家計維持的非正規労働者が失業者としてあふれたため、1か月以上雇用見込みの者に拡大された。
・それでも受給資格が得られない者や失業給付の受給期間が切れても就職できない者のために、厳格に職業訓練の受講を条件とする無拠出の失業手当制度として、2011年に求職者支援制度が設けられた。

7 小括

・「職」に基づかず「社員であること」の維持に重点を置いた企業行動や雇用政策は、日本の失業率を低く維持することに貢献してきた。
・しかし逆に、そこからこぼれ落ちた者は、再び「社員であること」を確保することがより困難となり、長期失業率を高めることになる。近年はこの部分が増加している。
・これに対して近年導入された(企業外の教育訓練を中心とする)欧米型の雇用政策は、それが「職」に基づくものであればあるほど、とりわけ大企業分野では効果が乏しくなる。
・とはいえ、それら政策の効果を高めるために、失業を抑制している雇用維持型の仕組みを弱体化させると、かえって失業率を上昇させることになりかねない。
・日本の雇用政策はこのパラドックスの中にある。(評論家に多い)シンプルマインデッドな結論が困難な所以である。

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